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【第一章 出撃せよ、ギルド対抗戦!】

『なろうコン応募作品』です。

頑張ってみました。宜しくお願い致します。

プロローグ:クロニクル オブ アイオーン】


(TVCM 十五秒ヴァージョン)


 ――夢の宇宙へ、一緒に冒険だ!

 大人気オンラインゲーム、『クロニクル オブ アイオーン』がパワーアップ!

 新種族、新職業を追加! 新クエストも続々登場! 更に、ギルド対抗戦も遂に実装!

 これはもうハマるっきゃないよね!?

クロニクル オブ アイオーン! みんな、ここで待ってるよ!


(運営会社のロゴが最後に映し出される。会社名は、グノーシス)


  *  *  *


(とある記者会見での発言を抜粋)


 ――ところで今回、このオンラインゲームを大々的に宣伝するにあたって、どのような部分を売りとして出していくのか、社長自ら発信していくと我々報道陣は伺っているのですが?


「ええ、今回のプロジェクト『クロニクル オブ アイオーン(以下COA)』は、我が社グノーシスの全てを出し切った最高傑作です。このオンラインゲームの売りは、従来のモノとは全く新しい臨場感です。まるでその世界の中で呼吸をし、体感し、成長し、現実の人生と寸分違わぬリアリティを味わえるのです。まさに、第二の人生を我々がユーザーの皆様に提供するといっても過言ではありません」


 ――つまり、ネット内で理想の生活が出来るという訳でしょうか?


「その通りです。この世の中、なかなか思い通りに行かないものです。毎日報道される凶悪犯罪、先行きが見えない政治、一向に平和にならない世界情勢。嘆くばかりで、我々はただ指をくわえて傍観せざるを得ません。私自身、社長という立場にいると、忙殺のあまりにオンラインゲームの中へ逃げたくなる時があります」


(会場、一斉に失笑が漏れる)


「そういう現代のストレスを、我々の提供するサービスで発散してもらいたいと思っております。いわば我々が提供するのは理想の環境なのです! 自分の思うとおりに世界を歩んでいけるのです! そして、このゲームを通して、自分の可能性に是非気が付いていただきたい。そう思っております」


 ――は、はぁ……。で、では、お時間の都合もあるようですので、最後に未来のユーザーの方々へ社長から一言お願いします。


「皆さん! 『クロニクル オブ アイオーン(COA)』は、必ず貴方たちの人生を変えてみせます!」


 ――ありがとうございました。



【第一章 出撃せよ、ギルド対抗戦!】


 ◆1


「……遅い。エントリー締切まで、もう時間がないぞ?」

 漆黒の装束に身を包み、深雪のように白い肌の男がイライラしながらぶつぶつと呟く。その姿は架空の怪物、吸血鬼のようだ。彼のように、カオスと呼ばれる種族は大抵モンスターの格好をしている。口元から覗く牙がさりげなくそのことを主張していた。しかし純白の肌に似つかわしい、ショッキングピンクのウルフカットを左右にゆらゆらと揺らし続けるほど約五分間。彼は早くも我慢の限界に達してしまった。

「何だよ、まったく! 新人二人のデビュー戦だっていうのに、当の本人たちがいないんじゃ意味がなくね?」

 どかっとその場で胡坐をかいてふてくされる吸血鬼。それをアンドロイドのような外見が特徴的な種族、ドールの幼い少女がなだめに入る。

「ユーリちん、クールになるんだ。今、二人とも『嘆きの祭壇』から急いでこっちに向かってるって。今、ボクのところに密談チャットが来た」

「はぁ? 何で『嘆きの祭壇』なんかにいるんだよ? あそこ、新人二人にはもう楽勝過ぎるだろ?」

 ユーリと呼ばれた吸血鬼の男は、機械幼女の発言に思わず首を傾げてしまう。

「思ってたよりもレベル上げに手こずったらしいね。あそこのMAPは経験値時給率凄く良いんだ、知らなかった?」

 ユーリは首を振って見せると、機械幼女は呆気にとられてしまった。

「攻略掲示板にも書かれていない穴場なんだよ。今日のギルド対抗戦に向けて、レベルアップをしたいっていうからさ、ボクがそこを紹介したんだよ」

「その割には時間かかってるようだけどな。ミッシェル、本当にそこ、効率良いのか?」

 ミッシェルと呼ばれた機械幼女は、浮かない表情を浮かべてこう述べた。

PTパーティー組んで、誰一人チャットや離脱せずに一時間黙々と作業のように狩っていれば、ボクのレベルでもかなり稼げる場所だよ。でもほら、あの二人は……」

 言葉を濁すミッシェル。ユーリも彼女が言いたいことを察したようで、深い溜息が出てしまった。

「姫と飼い犬の主従関係か」

「うわ、ギルド内での禁句をさらっと言ってのけるユーリちん!」

「そこに痺れなくてもいいし、憧れなくてもいいからな」

「うわー、ボケ殺しー」

 ミッシェルはけらけらと笑ってみせた。

「でも、恐らくそんな感じだろうね。狗役の天ちんがせっせと狩っている横で、姫役のちゃんが優雅に放置してたんだと思うよ?」

「それじゃ効率半減だろ……。何のための経験値時給効率なんだよ……?」

「うん、馬鹿だねー、あの二人。そのことに全然気が付いてないんだもの。特に天ちん。あの人は生粋のドMとみた!」

「お前もさらっと酷いこと言ってるじゃねぇか!」

 ミッシェルの頭を思わず叩くユーリであった。その行動に対し、ミッシェルは膨れっ面のままユーリを睨み付けた。

「わっ、幼女を殴るなんて、ユーリちんはとんだ××野郎だね!」

「おい、チャットのフィルターが掛かってるぞ? てか、そんなに殴られるのが嫌だったのか。悪かったよ、ミッシェル」

 ユーリがすぐさま謝罪の言葉を掛けると、ミッシェルはにっこりと微笑んだ。ユーリは許してもらえたと安堵した矢先のことだった。ミッシェルはすぐさま通常チャットと文字の色が違う発言を行った。

『わっ、幼女を殴るなんて、ユーリちんはとんだ××野郎だね!』

「ギルドチャットに流すんじゃねぇっ!」

 ミッシェルの暴挙に慌てふためくユーリである。その狼狽するさまを満足そうに見下すミッシェルであった。

「ボクが本気で怒ったら、この程度じゃ止まらないよ?」

「勘弁してくれ!」

「ん? 『してくれ?』って聞こえたけど、何で命令形なのかな?」

「勘弁してください、ミッシェル副ギルドマスター様!」

 幼女から発散されるただならぬ威圧感! それに負けたユーリは、その場で土下座を決め込んでしまった。ミッシェルは至福の表情のまま、土下座しているユーリの背中にちょこんと腰掛けた。

「うむ、許す許す。新米ギルドマスターのユーリちん!」

 うふふふふ、と笑い声を漏らす幼女に座られ、ユーリはリアルに泣きたい気分であったのは、言うまでもなかった……。

 と、そこへ。

「あ、ありのまま起こったことを話すぜ! 副マスが暴行されたと聞いて駆け付けてみれば、何故かギルマスが土下座している上に副マスが座ってふんぞり返っていた!」

 と、狐の顔と尻尾を持った黒スーツの男がやってきた。如何にも要人警護のスペシャリストのような服装で、眼の吊り上がった狐の顔のおかげで、黒服の怪しさが増し増しになっているのだった。彼はビーストと呼ばれる種族で、外見は動物と人間をミックスしたような種族である。

「うわー、陽菜も天ちゃんで今度やってみたいなー。女王様って感じー」

 と、呑気そうな発言をしたのは、一見どこにでもいるような女子中学生の風貌であった。セーラー服に茶髪のツインテール。おでこの上からは、いわゆるアホ毛と呼ばれるくせ毛が飛び出ている。他のメンバーが人外の風貌なため、普通の人間の格好はこの場合、とても浮いて見えてしまう。彼女はコモンという種族である。このCOAの中で、最も人間に近い存在の種族という設定だ。

「姫ちゃん、頼むからやめて。俺、ああはなりたくない……」

 狐男は顔を青ざめさながら断った。

「天楽、俺だって……、好きでやってるわけじゃない……(血涙)」

 チャット欄に、ユーリの無念の言葉がログに流れていった。

「……ですよね。お互い、なんか似たような境遇ですよね」

「そうだな、頑張ろうぜ、天楽……」

 この日を境に、狐男の天楽と吸血鬼のユーリは、いつの日か立ち上るべく同盟を組むのだが、それはまた別の話である。

「お、ようやく新人二人が来たね? 待ってたよ。他の四人は既に待ち切れなくて対抗戦待合室のMAPに移動してるよ」

「え、まじかよ? 俺には何にも言ってなかったぞ?」

 ミッシェルの発言に、土下座のまま驚くユーリ。その驚く様に、ミッシェルも驚いた。

「あれ? 他のメンバーとフレンド登録してないの? さっきのフレンドチャット聞こえてなかったんだ?」

「いや、ギルドチャットあるし、今すぐにしなくてもいいかなぁ~って。てか、何のためのギルドチャットだよ? ギルドのことなんだからフレンドで話す必要なくね?」

 憤るユーリをよそに、ミッシェルが何かメッセージを受け取ったようだ。

「なんか、さっきの奴は誤爆したらしいよ? ギルドチャットに合わせたつもりがフレンドだったっていう。今、ボクが『ギルマスが拗ねてる』って発言したら、誤爆したうぅたんが平謝りしてるし」

「おい、何を勝手に言ってんだよ!」

「マスター、ごめんなさいぃぃぃぃ~!(涙)」

 うぅたん、と呼ばれた人物のチャットログが、突如ギルドチャットに出現した。

「ウチの誤爆でマスターが悲しむなんて、そんなことらめぇぇぇ! お詫びに、うちの全裸画像をマスターのメアドに添付するんで、それで許してくださいぃぃぃ!」

「いや……。いいよ、全力で拒絶する」

「なんとっ?」

 ドン引きのユーリの態度に、うぅたんの驚きの顔文字がチャット欄を所狭しと埋め尽くす。納得いかないのか、うぅたんがユーリを問い詰める。

「そ、そもさん! ウチのいたいけな全裸画像に、何でマスターは興味を示さないのですっ? つるつるなのは今だけなんですよ? レアですよ?」

「せっぱ! それはうぅたんの正体が小学生だからだ。女子小学生の裸体で満足するほど、俺は貪欲でもないし変質者でもない。そしてなにより、色気が足りないだろ、子供って」

「未成熟なところが堪らないんじゃないですか、こういうのは! 来年ウチが中学に上がったら、急にもじゃもじゃ生えてくるかもしれないっていうのにっ! 今だけの、天然つるつるボディを見たいと思わないんですかぁ?」

「自分でつるつるとかいうな。発言でBAN喰らうぞ? てか、何で禅問答のやり取りを知ってるんだよ?」

「お姉ちゃんが教えてくれたっ!」

「アゲハさんか、なるほど……」

「呼んだかしら?」

 また一人、ギルドチャットに新たな人物の発言が加わった。

「アゲハさん、ちーっす」

「はろはろ~、ミーちゃん」

 ミッシェルがかしこまってアゲハという人物に挨拶をした。どうやら彼女、誰にでも毒を吐くわけではないらしい。

「ユー君、うちの妹。結構、発育良いわよ?」

 アゲハの発言に、ユーリたち一同大コケをかます。

「何言ってるんですか、貴女は!」

「だって、うぅがモニタの前でリアル涙目なんだもの……。『ウチの魅力を全否定されたー』とか言ってるけど?」

「「えぇぇ……」」

 ユーリ、ミッシェル、天楽、陽菜の四人とも、これにはどうリアクションしていいか分からなくなってしまった。

「うぅの悪ふざけもアレだけど、ユー君、いくらなんでも容赦なさすぎよ。小さくてもレディーの扱いは丁寧にしてあげてね?」

「は、はぁ……」

 ユーリはがっくりと肩を落として項垂れてしまった。弱ったユーリを見て、ミッシェルが更に追い打ちを掛ける。

「てかさ、ギルマスは基本、メンバーとフレンド登録しておくべきなんじゃないのかな? うちのギルド、そんなに大所帯じゃないわけだし。少なくても、ボクは全員と登録してるよ」

「げ。まじかよ? ジャバさん、マスター引き継ぎの時に教えてくれなかったぞ?」

「教えるわけないじゃない、あの先代マスター、ジャバウォック様がさ」

 ユーリは少し思案を巡らせたあと、何かを諦めたように言葉を漏らした。

「ああ、教えないよな。口癖が『マジだりぃ』のあの人が、マメに引継ぎしてくれるとは思えない……」

 なんだかギルド対抗戦が始まる前なのに、精根尽きかけているユーリであった。

「がんばれー、ユーリちん。それで、いつかボクを認めさせてちょうだいねー」

 このやり取りを傍目で見ていた天楽、遠回しに陽菜に密談チャットで意見を申し立ててみた。

「姫ちゃん、他人に頼りっきりになると、ああいう人になっちゃうかもしれないよ?」

「陽菜はー、天ちゃんに感謝してるんだよー? もし陽菜が駄目な人になったら、天ちゃん助けてね?」

「駄目だ、勝てる気がしない……」

 天楽の背中に、ずっしりと敗北感が圧し掛かったのだった。

「てか、そろそろエントリー締切だぞ! 二人とも急げ!」

 ユーリが慌てて新人二人に催促する。が、どうも二人のノリりが悪い。

「あの、ギルマス。いつまでその態勢なんですか?」

「副マスさんもずっと座ってるよねー」

 ミッシェルも呆れたように溜息を吐く。

「ユーリちん、意外と嫌がらないってことは、もしかしてキミもドMなのかな?」

 ユーリは冷静になって自分の置かれている状況を再確認してみた。

 呆然と佇む新人二人。ユーリの上に座り続けるミッシェル。

 そして、ユーリ本人は、今までずっと土下座のポーズのままなのであった……。


 ◆2


 無事、ギルドメンバー全員の対抗戦エントリーが完了し、土下座から解放されたユーリはギルドメンバーを改めて招集した。

「みんな、今日は新人二人の初陣だ。気合入れていくぞ!」

 おーっ、とメンバーの気合の雄叫びがギルドチャットを埋め尽くす。

「しかし、ジャバ様が顔出すなんて珍しいねー」

 ぽつん、と陽菜がそんなことを発言する。横で見ていた天楽が慌ててフォローに入った。

「すいません、ジャバ様! 姫ちゃんに悪気はないんで……」

「別に気にしないって。追及するのも面倒臭ぇし。マジだりぃけどよ、やっぱここは先輩として手本見せないとなんねぇだろう?」

 ジャバ様こと、ジャバウォックは横たわったポーズのままそう発言した。

「ま、俺様が出張ったからには、勝利は確実だろ。ほぼレベルカンストのキャラの力、見せてやんよ」

 寝ながらにしてこの余裕の発言である。並のプレイヤーならばただの痛い奴で終わってしまうのだが、彼、ジャバウォックはその言葉の通りなのである。COAに置いて古参のプレイヤーであり、ランカーとして名を馳せる有名人、それが『不条理の盾』ことジャバウォック。彼自身なのである。

「キャー、ジャバ様ー!」

「素敵ー! 抱いてー!」

 ミッシェルとうぅたんの嬌声がチャット欄を流れていった。

「ジャバさん、マジで助かります。ジャバさんがいれば、どんなギルドが来ても怖くないですよ!」

 ユーリが意気揚々と語ると、ジャバウォックは欠伸をしながら答えた。

「ま、俺様が出来るのは防御と回復だ。ほら、俺の種族、アルビノだし、職業は衛生兵だからな。しかも武器が盾一本だからさ、攻撃スキルはほとんど使い物にならねぇんだわ。だから火力はお前らに任せるわ」

 面倒臭そうにひらひらと手を振って、そう言ってのけるジャバウォックであった。

「大丈夫ですよ。ジャバさん一人で鉄壁ですからね。後は俺たちに任せて下さい」

 胸を張るユーリ。他のメンバーもすっかり安心しきっているようだ。

「あれ? そういえば雷斗はまだ放置かしら?」

 アゲハが先程から動かない人物へ視線を投げた。

 肌が褐色で小柄の体型、短髪に紫の髪にサングラスという一見ガラの悪そうな人物である。

 しかし、人間離れした骨格は、どちらかというと異星人と呼ぶにふさわしい格好である。彼の種族はセットラー。他の惑星からの移住民という設定だ。ちなみに、アゲハは幼女型のセットラーで、職業は看護師である。いわく、白衣の幼女は天使、らしい。

「ああ、さっき『緊張して超腹痛いんですけど~』って言ったっきり戻ってきてないな。先にエントリー済ませてるようだし、いざとなったらそのまま戦闘フィールドに転送されるからいいんじゃねぇの?」

 ジャバウォックが起き上り、首をおっさんのようにぐりぐり回しながら発言した。

「雷斗さん、胃腸が弱いの? ウチみたいにお腹出して寝てたのかなぁ?」

「うぅ、後半の部分は言わなくていいのよ?」

 うぅたんが心配とともに妙な暴露をするので、実姉のアゲハはまるで保護者のような態度でうぅたんをたしなめる。

 と、そこへ。

「チョリ~ッス! いや、腹痛すぎでヤバ過ぎだったでしょ、マジで!」

 何とも軽いノリの発言がギルドチャットの現れた。

「噂をすれば影、だな」

 天楽が漏らした言葉に、陽菜が興味を示す。

「天ちゃん、それどういう意味?」

「……密談チャットで教える。だから空気読んで。お願いします」

 気苦労の絶えない狗であった。

 雷斗は悪びれた素振りを見せず、勢いに任せるように発言しまくる。

「マジ予想外だわー。便意マジありえねーわー。つかさー、まだなんかムズムズするんですけど、これ、マジ山ヤバ男じゃね?」

「雷ちん、もう下痢止め薬を飲んどきなよwww いっそ瓶ごとwww」

 見兼ねたミッシェルが草を生やしながらつっこんだ。他のメンバーもそれに続けて草を生やし続ける。

「まじっすか、ミッフィー! ちょっと今から楽器のマークの下痢止め薬買ってくるべ! つーことで放置していい?」

「家wwにwwwなwwいwwwのwwかwwwよwwwwwwwwwwwwww」

 ミッシェル、どうやら笑いのツボに入ったらしい。この後もしばらく草が生えた発言が続いたのだった。呆れたユーリが無理矢理会話に割り込み、流れを断ち切った。

「おいこら! 新人二人がぽかーんとしてるじゃねぇか。もうすぐ対戦相手が決まるぞ? みんなしっかりしてくれ!」

 途端、ギルドチャットがぱたりと止まった。就任したてとはいえ、ギルドマスターのオーラが既にユーリには備わっているようである。

「流石ギルマス、見事に流れを戻した」

「えっと、つまりどういうことー、天ちゃん?」

「姫ちゃん、とにかく対抗戦を頑張ろうね……」

「? うん、頑張ろうねー」

 状況が全く把握していない様子の陽菜相手に、既に心が満身創痍の天楽であった。

 そうこうしているうちに、ユーリたちのギルドの対戦相手が決まったようだ。

「えっと? 俺たちのギルド、『フラグメント』の対戦相手は……。は? なんだ、このギルド?」

 ユーリが対戦相手のギルド名を見て目が点になっていた。

「ユーリちん、相手のギルド名がどうしたの? って、ブーーーーッ!www(噴飯)」

 ミッシェルが再び笑いのツボに入ってしまった。その場で笑い転げるミッシェルを見た何がどうなっているのか、ただただ呆けるしかない他のメンバーたち。心配になった天楽が、恐る恐るユーリに声を掛けた。

「あの、もしかしてすごく強いギルドなんですか?」

 だが、ユーリの表情は先程とうって変わって、余裕のある笑みを湛えていた。

「いや、たぶん無名だろうな。聞いたことないギルド名だ」

「良かった、デビュー戦が大乱闘だったら軽くへこみますからね」

 胸を撫で下ろす天楽。

「俺も対戦相手が確認できるのか。どれどれ? ん? 『肉球決死隊』? なんなんですか、これ?」

「肉www球www決www死ww隊wwwww」

「ミッシェル、笑い過ぎだ。……確かに妙な名前だけどさ」

 ぷっとユーリが思わず吹き出す。すると、たちまちメンバーにそれが伝染してしまう。

 笑い転げているミッシェルを除けば、メンバーは必死に笑いを堪えている状態だ。しかし、徐々に込み上げてくる何かを、次第に抑えきれずにいた!

 と、その時だった!

「やいやいやい! うちのギルド名を笑うんじゃニャいニャー!」

 いきなり猫型のビーストの女性が喧嘩腰で割り込んできた。

「あ、ウチと同じ猫型ビーストだぁぁ!」

 目を輝かせて相手のビーストの女性に近寄るうぅたん。

「やっぱりビーストは良いですよねぇ」

「お? あんたも同じ猫型ニャ! うんうん、猫はいいよニャ!」

 賛同されたと思い、ビーストの女性はうんうんと頷く。だが、うぅたんは急に冷めた目付きでこう言い放った。

「だがしかし、猫とかそんなのどうだっていい。ビースト特有の上半身薄着チラリズムが良いに決まってるじゃないですか」

「うぅ? そのネタはさすがに内輪で留めようね? おっぱいは正義だって言いたいのは分かるけども、今は抑えて、ね?」

 アゲハが慌ててうぅたんを引っ張り戻した。が、最後の一言が完全に蛇足である。

「と、とんだ変態幼女コンビだニャ! きっと中身はむさ苦しいキモヲタのおっさんに違いニャんだニャ!」

「ウチ、小学六年生の女子だよぉぉー?」

「あたしは女子高生ですよ」

「ニャッ?」

今度は相手の猫型ビーストの女性が唖然としてしまった。

「……信じられニャいニャ。名のある強豪ギルドの『フラグメント』が、まさかこんな変態集団だったニャんて! 折角憧れていたのにガッカリだニャ!」

「いや、違います誤解です勘違いしないで下さい。変態なのはこのドラ猫と白衣の幼女だけです。他は至って健全なんですよ」

 ユーリの咄嗟の弁解に、当事者姉妹が噛み付いた。

「マスター! ウチは変態じゃなくて淑女だよ(キリッ)!」

「マスター? ちょっと後でお話がありますので、お時間よろしいですか?」

 胸を張り誇る妹と、無自覚の変態の姉。ユーリは常に二人による風評被害の憂き目に晒されているのだ。

「と、とにかくニャ! うちら『肉球決死隊』は全部猫型ビーストで統一した超攻撃型ギルドニャ! 『不条理の盾』が居ようが、変態幼女コンビが居ようが! この猫姫率いる猫軍団の火力にひれ伏すがいいニャ!」

 ニャッハッハッハー、と高笑いしながら戦闘フィールドへワープした猫の女性。嵐のように去っていった彼女の後は、しばし無言の時間が流れた。

「……みんな、勝つぞ」

 ユーリがぽつりと発言する。心なしか拳が強く握られて震えている。

「ここでおめおめと負けたら、『フラグメント』はただの変態集団だと! このサーバー内に流布してしまう! そんなこと、あってたまるか!」

 握った拳を天高く挙げ、闘志を燃やすユーリ。

「マジだりぃけどよ。あそこまで大見得切られたら、俺様の本気を見せてやらねぇとなぁ!」

 ジャバウォックも、先程の啖呵に触発されたようだ。

「だからウチは淑女なんだってばぁー。もー怒ったぞー!」

「相手の誤解、解かないといけませんね。うふふ……」

 変態姉妹のうぅたんとアゲハも戦闘意欲が高まってきている。

「売られた喧嘩は、買ってやりましょう。上等ですよ、マスター!」

「えー、喧嘩はやだなぁー」

「姫ちゃん……」

 相変わらずの天楽と陽菜。

「ヤッベ! マジヤベーべ! なんか超ヤバいんですけど!」

「なーんか面白くなってきたね! 楽しみっ!」

 そして闇雲にはしゃぐ雷斗とミッシェル。

八人のそれぞれの思いが収束し、ギルドの勝利という目標へ一斉に溢れ出す! ユーリが円陣を組むようにいうと、掛け声を発した。

「よし! 打倒肉球ーッ! 全力出すぞ!」

「「おう!」」

「何度でも立ち向かえ!」

「「おう!」」

「目指すは勝利ーッ!」

「「イエェェェェェェス!」」

 フラグメント恒例の円陣が決まった! 周囲のギルドもこれに拍手で歓喜している。もはやギルド対抗戦の風物詩の一つになりつつあるのだ。

「天ちゃん、陽菜、ちょっと恥ずかしいよー……」

「我慢するんだ。俺も正直恥ずかしいんだ」

「あはは、やっぱりー?」

 ただ、天楽と陽菜は密談チャットでこの状況に恥じらいを感じていた。


 ◆3


 今回の戦闘フィールドは高原である。起伏に富んだMAPの活用が戦術に大きく影響する。

「念のため、ルールを簡単におさらいするぞ。新人二人いるからな」

 ユーリが手早くギルド対抗戦のルール説明をする。

「制限時間は三十分間。出場最大人数は十人だ。簡単に言えば、制限時間内に相手を数多くノックアウトさせたほうが勝ちだ。ノックアウトの数が、そのままギルドの得点になるからな。連続撃破などのコンボによるボーナスもあるけど、それは各自実戦で掴んでくれ」

「了解です、マスター」

「うん、分かったー。天ちゃんよろしくねー」

「やっぱり……」

 陽菜の予想通りの発言に、天楽は絶望、メンバー全員は苦笑してしまった。ユーリが軽く咳払いをすると、再び説明を続ける。

「続けるぞ? いくらノックアウトしても、俺たちの拠点が破壊された時点で敗北確定だ。絶対に拠点は守り切るんだ。いいな?」

「任せて下さい、マスター」

「うーん、それも天ちゃんに任せるー」

「もう姫ちゃんはいるだけでいいよ……」

 半ば諦めの境地の天楽である。

「奴さんたち、十人フルメンバーのようだね。数でこちらは負けてるけど、問題ないよね?」

 ミッシェルはジャバウォックをチラチラと盗み見していた。それに気が付いたジャバウォックは、巨大な盾を手にして敵陣を見据える。

「なぁに。『理不尽の盾』は伊達じゃないっつうの」

 ふぁああ、とあくびをしながらそう発言したのだった。

そして、いよいよ開戦の刻限が迫る。

『ニャッハッハー! 肉球の恐ろしさ、その身で感じるがいいニャー!』

 モニタにデカデカと映し出される相手ギルドの煽り文。対する『フラグメント』の煽り文は、

『新人デビュー戦&変態風評被害防止戦!』

 この煽り文に、ユーリがずっこけた。

「おい、勝手に煽り文変えんなよ。副マス権限を濫用するな、ミッシェル!」

「ちぇっ、反省してまーす」

 しかし、その顔は完全にユーリをおちょくっている顔だ。ユーリは内なる怒りを闘志に変えることでこの場をやり過ごすことにした。

「開戦だ! よし、みんな行くぞ!」

 ぶわぶぅ~! ぶわぶぅ~!

 ホラ貝のような音色が戦場に響き渡る。すると、地平線の彼方から、一斉に猫の軍団がこちらへ突撃してくるではないか! これにはミッシェル、意外そうに目を細める。

「ありゃ? 奴さん、作戦も何もないのかな?」

「どうやら最初は玉砕覚悟の突撃のようですね。真正面から行くのはちょっと危険だと思います」

 天楽は冷静に戦況を分析する。だがしかし、ジャバウォックは盾を構えると、スキル発動のために力を溜めだした。

「ああ? こういうときこそ俺様の出番だろ? 真正面、大歓迎だ!」

 ジャバウォックが先陣切って敵陣へ立ちはだかる!

「鋼鉄の巨壁発動! こっから先は通行止めだぜー!」

 盾が光り出したかと思えば、目の前に突然巨大な鉄の壁が競り上がってきたではないか。

 まるで、猫たちの氾濫を食い止める鉄の堤防!

 しかし、猫たちは止まるどころか更に勢いを加速させていく!

「予想通りニャ! みんな、シールドブレイク準備ニャ!」

「「ニャ~!」」

 猫たちも一斉にスキル発動のために力を溜め始めた。

「マズいですよ! シールドブレイクされたら、ジャバ様でも危険だ!」

 慌てる天楽。これは無理もない反応である。ゲームバランスの関係上、シールドスキルを突破するためのスキルがこのシールドブレイクだからだ。ビーストと一部の職業が使用可能なこのスキル、全員がビーストの相手側は無論、全員使えることになる。

 しかし、『フラグメント』の面々は全く揺るがない。むしろ、白けてすらいるのだ。

「ジャバ様に定石の手順が通じると思った時点で、相手は格下ですね」

 アゲハが気の抜けた様子で発言した。

「ヤッベー、超ウケるんですけど! ジャバ様が何で『不条理の盾』か知らないんじゃね?」

「え? え?」

 アゲハと雷斗の発言に、天楽は首を傾げるばかりだ。そうしているうちに、猫たちは鉄の巨壁に到達してしまった。

「喰らいやがれニャ! シールドブレイク九連爆撃ニャー!」

 相手のマスターの合図を皮切りに、猫たちの一糸乱れぬ連携攻撃が、鉄の堤防の一点を集中攻撃する!

「ああ、せっかくの壁が!」

 狼狽する天楽。

「ニャッハッハー! ゲームの仕様には流石に逆らえニャいニャ!」

 勝ち誇る猫のマスター。

 が、目の前の鉄の堤防は全く崩れていなかった!

「ニャにっ? これはバグかニャッ? 九連爆撃の相乗効果でもビクともしニャいニャ!」

「どういう事なんですか、これ?」

 天楽もこの光景に動揺してしまう。

「ふふふ、説明しよぉー!」

 そこへノリノリなうぅたんが割って入ってきた。

「ジャバ様はね、対抗戦中でも寝落ちできるようにって、防御とVIT(耐久値)の数値がほぼ上限いっぱいまで上がってるんだよぉー!」

 そこへミッシェルも割って入ってくる。

「シールドブレイクは確かに有効だけど、スキル使用者の攻撃力と防御力に二倍以上の差が開きすぎると効果が薄いんだよ。ジャバ様は既にランカーレベルだし、その殆どを防御面に振り込むくらいのディフェンス馬鹿だからね。しかも、ジャバ様の種族はアルビノ。全種族の中で、唯一VITが最高のSランクまで上がるんだ。あの人はこのサーバー最強の盾だよ。その盾に対して、並のシールドブレイクなんかじゃ、全く歯が立たないんじゃないかな?」

 ミッシェルは猫たちが死に物狂いで鉄の堤防を殴り続けるさまを、ニヤニヤと笑いながら眺めていた。

「つまり――、完全にレベルの差があるという事ですか?」

「その通りよ。だからあたしたちは、ジャバ様がいるとすごく楽なの」

 天楽の疑問に、アゲハが楽しげに微笑んだ。

「さっすがジャバさんだぜ! 相手が疲弊したところを一気に畳みかけるぞ!」

 ユーリがジャバウォックからの合図を待つようにメンバーに指示した。いつもならば、ジャバウォックが相手の疲弊を見極め、合図とともに壁を解除、そのまま敵陣へなだれ込むのが、『フラグメント』の必勝パターンである。

 だが、巨壁発動からわずか五分足らず。壁が突如音を立てて崩れ落ちるではないか! これにはユーリをはじめ、メンバー一同驚愕した!

「え、何が起きた?」

「うわー、これこそチートじゃないの?」

「マジッスかっ? 壁崩れるの初めてなんですけど!」

「お姉ちゃん! どうなってるの?」

「分からない……、こんなこと初めてよ」

「レベル差云々関係ないじゃないですか!」

「うわー、壁が割れちゃったねー」

 そして戦場に響く金属がぶつかり合う衝撃音がひとつ、ふたつ!

 続けて巻き起こる爆発音! ジャバウォックがいたところが、辺り一面火の海になっているではないか!

「すまん、やられたぜ……」

 ギルドチャットに流れる、敗北のメッセージ。なんとジャバウォック、まさかのノックアウト!

「ちょ、ジャバさん! 何があったんですか?」

 ユーリが血相を変えて発言する。

「油断した! 相手のメス猫マスター、俺と同じくらいのランカーをギルドに引き入れてやがった。俺が三発耐えるのが限界だったなんて情けねぇぜ、全くよぉ!」

「なんだって!」

「ニャーッハッハッハ! こんなこともあろうかと、つい最近ランカーさんを引き入れていたのニャ。さっき、九連爆撃と言ったはずニャ? 十人目のランカーさんには溜めの長い超必殺スキル、『メテオボム』の準備をしていたニャー」

 ほくそ笑む猫マスターは、その隣に赤いローブを羽織った猫耳の少年を侍らしていた。恐らく、彼がジャバウォックを倒した張本人だろう。

「しまった! 相手、特殊攻撃系のランカーを連れてきやがったのか! ビーストは普通物理攻撃のスペシャリストだからな。物理相手ならジャバさんで完封だ。でも就く職業次第では特殊攻撃でもいけるんだった。完全に盲点突かれたぞ、チクショウ!」

「ユーリ、特殊攻撃は防御とVITが役に立たない!」

 ミッシェルの言う通り、特殊攻撃を防ぐには、防御とVITの値は意味がない仕様なのだ。つまり、ジャバウォックの盾では防げない!

「くっ! 俺様は一旦拠点で復活を待つ。頼むから持ち堪えてくれよ!」

 そう言って、ジャバウォックの横たわった身体が一瞬で消えてしまう。一定時間が経つまで、拠点で足止めを食らう仕様なのだ。

 ユーリは守りの要を失ったことで、逆に攻めに力を入れようと考えた。

「みんな、あの赤いローブの猫耳を食い止めるんだ! 他の奴らも拠点に近付けないように叩くぞ!」

「「おk!」」

 すぐさま全員、赤いローブの猫耳に向けてスキルを放つ!

「ボクの火力で、まずは雑魚を焼き払うよ!」

 ミッシェルの背中のシャッターが開くと、幾重もの爆発音とともに何十発ものミサイルが垂直に撃ち上げられていく! そのミサイルはある高度まで達すると、弾頭は突如地表にいる猫たちに向けて容赦なく降り注ぎ爆撃した。

「ニャニャニャッ!? ネトゲじゃなければ大惨事ニャー!」

 降りしきる爆炎の矢が、これでもかと猫たちを襲う!

「やっりー! まとめて七人撃破! ボーナスついて四十九ポイントゲットー!」

 しかし、猫マスターと赤いローブの猫はいまだ健在のようだ。

「あ、ミッフィーいいなぁ! んじゃ、俺いっちゃいまーす!」

「あたしも混ぜて。同じセットラー同士、ここはスキル相乗効果狙いましょうよ」

「それヤバくね、アゲアゲ! もちガンガンとイッちゃって!」

 雷斗とアゲハが同時に詠唱を開始!

「させないニャ! こちらもスキル相乗効果発動ニャ!」

 猫のマスターとその配下が同時に剣を構えて二人に飛び掛かった!

「種族一致効果のエックス斬りを喰らうニャ!」

 二人の猫の剣の軌道は二人を的確に狙い定める!

 だが! その軌道上に割って入るは、同じビーストのうぅたんと天楽の二人であった! 猫たちの剣を、二人とも真剣白刃取りで受け止めているではないか!

「ハァハァ、おっぱいゆらゆら揺らして戦闘するなんて、なんてけしからん! ギルド戦じゃなければスクショ連打確定、ハァハァ!」

「うぅちゃん。今は戦闘に集中しよう! おっぱいはいつでも揺れているから!」

「アイアイサー!」

 二人はほぼ同時に相手の腹を蹴り飛ばした! 相手が怯んだ隙を突き、うぅたんと天楽のスキル相乗効果が発動!

「ラピッドファイア!」

 うぅたんの光速の二丁拳銃が、猫たちの足もとを射抜く!

「ニャアッ! 動けないニャ!」

 足を撃たれて数秒スタンする効果が発動!

「これでアンタたちは回避が出来ない。そしてスキル相乗効果発動!」

 天楽の拳が赤く輝きだす。その輝きは、まるで太陽のようにメラメラと燃え広がっていく! 猫マスターとその配下の顔が見る見るうちに青ざめていく。

「や、やめるニャ~ッ!」

 だが、天楽はエネルギーをフル充填した炎の拳を、二人に直撃させた!

「炎拳奥義、日輪にちりんッ!」

 巨大な火球が拳から放たれ、猫たちは火達磨になりながら、まるでボーリングのピンのように弾かれて飛んでいった。

「炎属性相乗強化ぱねぇな! いつもの二倍のダメージ出たぞ!」

 天楽が興奮気味に発言すると、うぅたんがぽかーんと飛んでいく二人を眺めていた。

「属性相乗効果なんて、あんまり気にしてなかったよぉー? でも凄いね! 今度お姉ちゃんと一緒にやってみる!」

「そ、そうか……」

 天楽の脳裏に「もしかしてこのギルド、戦略なんて考えたことないんじゃないのか?」という考えがよぎってしまった。

 と、そこへ。

「随分と余裕ですね……」

 朱いローブの猫少年が二人の背後にいつの間にか迫っていた。

「うわぁぁっ! いつの間にぃぃっ?」

「うぅたん、こいつ、移動詠唱スキル持ってるぞ!」

 高レベルの装備品の中に、移動中でも詠唱できるようになる装備が存在する。通常はその場に留まって詠唱するのだが、これがあれば歩きながら詠唱が可能なのだ。慌てた天楽が、詠唱を阻止しようと赤ローブに飛び掛かった。

「遅い」

 赤ローブの差し出した手の平から電撃の槍を放った! 辺り一面が瞬時にモノクロの世界へ早変わりし、全てを焼き焦がしていく。槍は天楽とうぅたんの身体を高熱と電磁波で黒焦げにしながら、やすやすと二人とも貫いてしまった。

「うわぁ……。猫の丸焼きだよぉ……」

「これは笑うしかない……。ダメージ二千オーバーとか耐えられるわけが……」

 ちなみに、一般的な中堅のキャラクターの体力が約千前後。その二倍のダメージを叩きだされてしまったら、もはや生き残ることは不可能である。

 かくして、うぅたんと天楽も拠点で復活を待つ身になってしまった。

「くっ! 流石ランカーだな。ワープスキルで一気に隙だらけの二人に近付いて瞬殺か」

「感心してないで、ボクたちも雷ちんとアゲハさんを護衛しないと!」

「おっと、そうだった!」

 ユーリとミッシェルがセットラー二人の詠唱を護衛するべく、赤いローブの猫と対峙する。

「ボクが電磁バリアでガードする! ユーリちんの種族、カオスはAGI(素早さ)が高いから、気合でどうにか避けて!」

「ちょ、気合って!?」

「気合があれば何でもできる! 不安だったらスキル使いなよ!」

「ランカー相手に気休めだと思うけどな――、ええい、破れかぶれだ!」

 ユーリはスキルを詠唱すると、ミッシェル、雷斗、アゲハの周りに竜巻のようなエフェクトが巻き起こった。勿論、ユーリ自身もである。

「よし、『風魔』発動! 回避率大幅アップ!」

「特殊防御力を上げないのか。本当気休めだね」

 赤いローブの猫がこちらに向かって突っ込んでくる。そして走りながら氷の礫を数回こちらに投げつけてきた!

「その程度なら、ボクにだって防げる!」

 ミッシェルは前方に電磁バリアを高速展開、氷の礫を弾いた。

「へへーんだ。ビーストのMIN(精神力)は所詮Bランクどまり。セットラーのように最高のSランクまで上げなきゃ、ボクの電磁バリアは破れないよ!」

「ふむ、ドールのバリアの強さはLUC(幸運)で決まる。しかもドールはLUCが最高のSまで上がるからな。少し分が悪いか?」

 すると、赤ローブは素早くミッシェルの懐に潜り込み、そのまま身体を数発殴り付けた!

「うわっ、なになになんなのーっ?」

 いきなりの連続ダメージに驚くミッシェル。パニックになっているようで回避動作が遅れてしまっている。

「この、離れろ! 魔ヶまがつち! 蛇縄くちなわ! 呪戒じゅかい!」

 ユーリの種族の固有スキル、高速詠唱で連続呪術攻撃を行った。しかし、全てこれは瞬間移動で避けられてしまう。だが、これでミッシェルから赤ローブが離れていった。

「大丈夫か、ミッシェル?」

「だ、大丈夫。回復薬はまだ切れてないから」

 ミッシェルの身体を緑色の光が包み込む。回復薬を使ったエフェクトである。

「物理と特殊の二刀流か。厄介だな……! まだジャバさんの復活に時間かかるっていうのにな!」

 ユーリの言葉に焦燥の色が見え隠れしている。相手は恐らく特殊攻撃メインだろう。しかし、ビーストという種族の特色上、スキル構成次第では殴りに行ける特殊アタッカーが実現してしまう。赤ローブはミッシェルの電磁バリアを排除すべく、電磁バリアの効果がない物理攻撃のラッシュを仕掛けてきたのだ。ミッシェルが倒れれば、赤ローブの特殊攻撃が飛んでくる。だが今のユーリたち四人は、物理防御に関してかなり心細いステータスの種族なのである。ジャバウォックがいない今、物理攻撃のラッシュが来たら止めることは不可能なのだ。

「次は決めるぞ……!」

 赤ローブは腰を屈め、次の瞬間、地面を蹴り出し、弾丸のように一直線にミッシェルを狙い澄ます。

「駄目! 避けきれないよ!」

 ミッシェルがノックアウトを覚悟したその時!

「プラズマアロー!」

「アイスバレット!」

 雷斗とアゲハの二人の特殊攻撃の詠唱が完了、電撃と氷塊のコンボが赤ローブに直撃する。

「おっしゃぁっ! 効いてる効いてる!」

 ユーリは帯電した氷塊が赤ローブへ立て続けにぶつかっていく様を見て、思わず歓喜の声を上げる。だが、ミッシェルは何かに気が付いた。

「待って、アイツ、こっちにまだ突っ込んできてる!」

「おいおい、結構ダメージ与えてるだろ? なんで立ってられるんだよ!」

 ふと、ユーリの後ろで爆発が起きた。爆風はユーリとミッシェルを軽々と空中へ放り投げ、容赦なく地面へ叩き付けた。

「うおおっ? ビックリした! なんだ今の?」

「や、やられた……!」

「ミッシェル、しっかりしろ!」

「ごめん、ノックアウト……」

 ミッシェル、いきなりのノックアウト! ユーリも先程の爆発で瀕死の状態だ。

「アイツ、さっきの攻撃で、私の身体に時限爆弾を取り付けたんだ。迂闊だった……。時限爆弾なんてマイナーなアイテム、まさか使われるとは思わなかった」

「……てことは、雷斗とアゲハさんは?」

 ユーリが二人の立っていた場所をみると、既にそこは真っ黒に焼け焦げた物体しか残っていなかった。

「やべー、爆死とか超ヘコむんすけど。これ、何かに使えね?」

「意外だったわ。これからは時限爆弾の時代が来るわね……」

 こうして、ミッシェル、雷斗、アゲハが拠点へ逆戻り。この場に残るはユーリと赤ローブの二人。

(このままじゃ負けてしまう! 『秘策』敢行まであと少しだというのに!)

 朱いローブの猫はおもむろに、ユーリに向かって手招きをし出した。完全に挑発している証拠である。

「無駄だ。レベル差があり過ぎる。少なくても二十レベル以上は離れているはずだ」

 ユーリは言い返すことが出来ない。それは事実だからだ。

「このまま拠点を攻撃しに行ってもいいが、やはり全員ノックアウトしよう。二度とお前たちがこのサーバーでのさばることができないように恥を晒してやる」

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる赤いローブ。

「一回だ。あんたに一回だけ行動のチャンスをやる。それで私を倒せたら勝機があるかもしれないぞ?」

「舐めやがって!」

 ユーリは早速スキルの詠唱を始め出す。その姿に驚くとともに、憐みともとれる発言をし出す赤いローブ。

「はぁ……。あんたは少年漫画の熱血主人公か何かのつもりなのか? ゲームのシステム上、我々の勝利は確定だ。どんなに足掻いたって無駄無駄。ひっくり返ることはない」

 完全な勝利宣言である。と、同時に、ユーリたちへの最後通牒でもある。赤ローブの猫は揺るぎない勝利を確信し、『フラグメント』の面々は、敗北を悟ってしまっただろう。

 しかし、それでも、ユーリの顔は真っ直ぐ赤いローブの猫を睨み付けていた。

「なんだその眼は? まだ勝てると思ってるのか?」

「勝てると思ってるから、アンタを睨んでるんだ!」

 ユーリの少し長めの詠唱が完了した。すると、次第にユーリの身体がゆっくりと闇の中へ消えていってしまう。

「大呪術、『黄泉送り』の術!」

「なにぃ?」

 ユーリの体力が瞬く間になくなり、ノックアウトになってしまった。その代り、赤いローブの周囲に黒いオーラが纏わりついた。

「げっ、体力の上限が三分の一にっ?」

 ユーリの大呪術、『黄泉送り』とは? 自分が戦闘不能になる代わりに、対象者の体力上限を一定時間三分の一にまでカットするいやらしい妨害呪術である。どんなに高レベルでも、体力の上限を減らされたら、その後の戦闘で簡単にノックアウトになってしまいやすい。まさに身体を張った嫌がらせである。

「ざまぁみろ! へへへ……」

 こうして、ユーリも拠点送りになった。

「勝てないからって嫌がらせかよ! ……まぁ、これで邪魔ものはいなくなった。こうなったら、ジャバウォックが復活する前に、拠点を素早く叩いておこう」

 赤いローブの猫が、『フラグメント』の拠点へ向かおうと、悠然と歩を進めた。

 その時だった。

 前方から巨大な空中戦艦が、赤いローブの猫の頭上へ向かってくるではないか!

「な、な、なんだこりゃああああ!」

 予想外の状況に、赤いローブの猫は腰を抜かしてしまった。そして、頭上から聞こえてくる呑気な口調。

「あ、こんにちわー、陽菜だよー、よろしくねー」

 なんと、陽菜が空中戦艦を操ってやってきた。

「あ、ども。ご丁寧に。こちらこそ、じゃなくて!」

 目の前の大砲は、どう考えても赤いローブの猫に向けられているわけで。今の彼の体力は、あの大砲の一撃で軽く吹き飛ぶわけで。つまり形勢逆転。目の前に見える、死、死、死!

「これを狙ってたのか、あいつはあああああっ!」

「えーっと、どーんっ!」

 陽菜の戦艦から一斉砲撃された赤いローブの猫は、戦闘フィールド遥か彼方まで飛んでいき、お星さまになったのだった。

「よくやった、陽菜ちゃん! 見たか、俺の『秘策』を!」

 ユーリ大絶賛! 戦闘開始から拠点を動かなかった陽菜を密談で説得し、彼女の職業のバイヤースキル『買付』により、陽菜の所持金の殆どを叩いて戦艦を購入してもらったのだ。

「もー、せっかく溜めたお金がなくなっちゃったよー」

「陽菜ちゃん、そんなに拗ねないで。レアアイテム見つけたら、天ちゃんに預けるから」

 アゲハの慰め方に、天楽が疑問の声を上げる。

「あの、何で俺に預けるんですか? 姫ちゃんに直接あげればいいじゃないですか?」

「だって、結局天ちゃんが露店で捌いて、陽菜ちゃんに貢いでいるんでしょ?」

「ぐふっ」

 図星のようである。

「えへへー、天ちゃんよろしくー」

「お、おう……。俺に任せろ」

 このやりとりに、ギルドチャットがある単語で埋め尽くされるのだった。

「狗だな」

「狗ね」

「狗だね」

「狗だぁぁー」

「超狗じゃね?」

「糞狗だな、マジだりぃ」

「みんな酷ぇよ!(絶望)」

 天楽の心は、今日もこうして鍛えられていくのであった。

「さて、天ちん弄りもこれくらいにしてっと。陽菜ちゃん! トドメを刺しちゃって!」

「えっと、トドメー? どれですか、副マスー?」

「いや、相手の拠点を砲撃で破壊しちゃってちょうだいってこと!」

「はーい、わかりましたー!」

 陽菜の戦艦が砲撃の準備を開始する。勝利を確信したギルドメンバーに、ようやく安息の時間が訪れた。

「いや、ジャバさんが倒れた時はどうなることかと」

「ユーリちんに同意。それにあの赤ローブの人強かったー!」

 既にギルドチャットは反省会モードに入っていた。

「火力二千ダメージとか、マジ無理ゲーですよ。ジャバ様が三発耐えられただけでも凄いですよ、ほんと。あれは属性強化スキル取得してますね」

「天ちゃん、そのことなんだけどさ。俺様って強いよな……? ランカー(笑)とか、不条理の盾(苦笑)じゃないよな……?」

「らめぇぇぇぇっ! ジャバ様、意外とメンタルが豆腐並みに脆いんだよぉー!」

「大丈夫です、貴方は不条理の盾のジャバウォックですよ! (笑)とかじゃありません! 気を確かに持って!」

「ジャバ様、ここはアゲてかね? 超オニアゲでいいんじゃね?」

 各自がジャバウォックを励ましていた。そのとき、陽菜のチャットがぽつんと現れた。

「あのー、発射しまーす」

「よーし、カウントダウンだ! 新人の手柄を皆で祝おうぜ!」

 ユーリの提案にみな賛成する。ユーリの号令からカウントを始めることにした。

「それじゃいくぜ、せーの!」

「「さーん! にーぃ! いちぃー! どーんっ!」」

 戦艦の大砲から火を噴く砲弾、すぐさま着弾、爆炎を巻き起こす。強襲を受けた拠点は、跡形もなく吹き飛んでいった。

 ――ただし、自陣の拠点がっ!

「「ええええええええええええええええええええええええええええええええ――ッ!」」

 一同、唖然! 一瞬、何が起きたのかわからなくなるほどの衝撃!

「ちょ、おまっ、陽菜、ちゃん……?」

 ユーリはショックで途切れ途切れのチャットしか打つことが出来なくなってしまった。

「あれ? あれーっ? 撃つ方角間違えちゃったー! ごめんなさーい!」

 一同、大コケ!!

「だって、ここ、どっちがどっちだか分からないんだもんー。拠点も同じ形だしー」

「いやいやいやいや! 自分の後ろ側に撃ったよね? 敵の拠点は前のほうだよ?」

 ミッシェルもこれにはつっこまざるを得なかった!

「だから、えっと、ごめんなさいー!」

「ミッシェルさん、俺から一言いいですか?」

 天楽がフォローに入るようだ。

「姫ちゃんは、俺たちよりも常に想像の斜め上をゆく行動を、無意識に行うんですよ。……ですから、もう諦めましょう」

 フォローというより追い打ちだった。

「んー、あれー? そういえば、陽菜たちって勝ったのー? 天ちゃーん、どうなのー?」

「……負けたよ、姫ちゃんの一撃でね」

「天ちん、ボク諦める!」

「俺も諦めるわ……、天楽」

 ミッシェル、ユーリをはじめとするメンバーは、この日、ある意味悟りを開いたという。

 かくして、新人二人の初陣は、COA史上初となる自滅による敗北で幕を下ろしたのであった。


<続く>

次回、【第二章 苦痛を伴う現実と享楽を有する理想郷】!

お楽しみに!

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