FOLDERー07 Access Code
特別案件処理班には、比較的新しく、小綺麗な印象を与えるライトグレーの棟が用意されている。ハーフレイヴン設立と同時に建てられた他棟には特殊な造りのものが多数見受けられるが、それに比べ、この棟はそうしたものがない。
地下一階から三階までの計四階建てとなっており、等間隔に設置された窓からはせわしく動き回る人影が見られる。
組織設立に様々な経緯を含む特別案件処理班が有する敷地内最南端の棟は、人の出入りが非常に多い。
様々な部署の人間が行き交う一室には、黙々とデスクワークをこなす登闇の姿がある。常人がみたら卒倒するであろう尋常ではない量の情報整理をしていた彼のもとへと、新たな仕事が舞い込んだ。
「登闇さーん、これもお願いします」
「おぉクマ、そこら辺に置いといてくれよ」
「だから何で俺がクマなんすか?」
「だってみたまんまじゃんか」
「ですよねー、隊長ー」
クマと呼ばれた男の後ろにいた四人の同僚も、登闇の言葉に笑いながら頷いた。
少し前から見られる日常の風景だ。忙しさの中にもほんの少しの息抜きはある。
「いつも思うんすけど、ここの規模もっと大きくしないんすか?勿体無いっすよ」
特別案件処理班は、班・隊レベルの規模だが、発言力及び実力はトップクラスの水準を誇っている。
若年であるということと、少々の人格的問題を除けばかなり優秀な部類に入る。だが、抱え込んだ数々の問題が原因で、一部の部署や幹部からあまり良い目で見られていない。
‥‥特にじーさんたちがうるさいだよなぁ、予算とか‥‥権限とか‥‥
「‥‥それなぁ、俺も考えてんだけどさ、規模が大きくなるといろいろと変わってくるだろうし、まだ検討中かな」
大量の情報をさらりと処理しながら、かさばる書類と多数のデータチップを運び込みに来た五人に苦笑いを向けた。
「そんなもんすかね」
相槌を打った男たちは踵を返して扉に向かった。毎度のことながら仕事が早い。
ご苦労さま、って声をかけたいんだけど上手いタイミングが見つからないんだよな。
「じゃあ俺らはこれで」
「おいおい、まだ話は終わってないんだぞ?」
「何すか?」
五人の中から一人が代表して答えた。体格が良く、がっしりとした印象を受けるクマと呼ばれた男だ。
この男たちは自分よりも年下の者に指示されることを気にしてはいないらしい。そのことを嬉しく感じるとともに、僅かながらの不信感も首をもたげてきた。
ここの特殊な指揮系統が呼ぶ波紋は大きい。常に年長者からの反感を買っている。しかし、数多いハーフレイヴン在籍の兵士の中には、自ら関わることを望む者も少なくない。恐らく彼らはその類だろうと割り切り、口には出さず、疑ってしまったことを彼らに謝った。
「ああ、大したことじゃないんだけどな。中央制御室で異常があるみたいだから見てきてくれないか?」
「わかりました。運び残しが終わってから確認しときますよ」
即座に返答した男は、部屋の外にある資料諸々を指差し、先程の登闇と同じような苦笑いを返した。他へ届けなければならないようだ。
「‥‥分かった。暇になってからでいいんだぞ」
自らは受け取る側である登闇は、改めて下請けの辛さを思い知り、そんな彼らに密かに同情の念を抱くのだった。
†
「よっし、今日の分終わったし登闇サンに言われた雑務でもやっとくか‥‥」
今日の仕事分を終わらせた男は用事があった他四人を先に帰らせ、登闇が発見した中央制御室の異常を確認するために、制御室へと続く廊下を進んだ。
「あー、この作業なんとかなんねぇかなぁ」
過剰とも思えるセキュリティーを一つずつ解除しながら向かうという作業はかなり面倒だ。
解除されたセキュリティーは解除後に自動で書き換えられるため、安全性と機密性は高い。また、機密性を高めている要因の一つとして、立地条件も挙げられる。中央制御室は、中央棟から伸びる通路を外れ、軍の管轄ギリギリにある半封鎖区域に建てられているため、軍の人間でも近付ける機会は少ない。
「ん?」
中央制御室の心臓部に当たるサーバールームへと辿り着いた男は、早々にある異変に気づいた。
通常使用されることのないメインコンピューターを繋ぐモニターが点灯していたのだ。慌てて灯りを付け、モニターに近寄った。
「これは‥‥」
男が確認しに近づいたのとほぼ同じタイミングで更なる変化が起こった。ぼんやりと輝いていただけの画面に文字が浮かび上がる。
『アクセスコード』
浮かんだのは一瞬。
「!!」
そしてもう一つ、消えた文字を追うようにして表示された。
『ニノマエトウヤ』
男にはこの言葉が示す意味はか分からなかったが異常事態であることは認識し、登闇へと報告する為にサーバールームを出、中央制御室を後にした。
†
「そいつは‥‥わかった。‥‥毅仁に出す報告書をまとめとけ。‥‥ん?できる限り詳しくだ。‥‥そうしてくれると助かる。‥‥それじゃあな」
下請けの男ーークマからの緊急報告を受けた登闇は、音をたてないように受話器を置き、左手に持ったマグカップを口元まで持ち上げた。
「‥‥」
ほんの数分前に自分で淹れた紅茶。まだほんのりと温かく、いい香りがする。勿論、砂糖とミルクはたっぷりといれた。
「ふぅ」
本来の色から大分白に近づいた紅茶が胃に収まり、少しだけ冷えた体を程よく暖めてくれた。気のせいかもしれないが、固まっていた思考も幾分かほぐれた。
動き出すタイミングが予想より早いな。あいつらもそこまで馬鹿じゃないか‥‥
一人だけになった室内を見渡し、椅子に深く座り直した。
「あんなに目立つことするかねー」
手の平にとった角砂糖を転がして呟く。転がされた角砂糖はその身を少しずつ削り落とし、手に張り付いた。
「まぁ、何とかなるか」
ポチャン‥
手の平から転げ落ちた砂糖は、紅茶に吸い込まれるようにして沈んでいった。
遅くなりました
多分、次話も遅くなるかもです‥‥