FOLDERー02 偽親闇希
輸送機が移動する際に伴う独特のローター音と振動を背中に感じながら、改めて自分の体をチェックしていく‥‥異常は無い。次に備品だ。出撃前に支給されたローブは、漆黒の一部を朱に変えて酷い臭いをまき散らしている。その下に着込んでいた濃緑の軍服に臭いが移っていないことを願うが、おそらく見込みはないだろう。
‥‥コレ洗濯だよな、確実に‥‥‥はぁ‥‥
ザッと身辺確認を終えた登闇は、動きづらいローブを脱ぎ捨てて一息ついた。
「竹島さん、俺が留守の間何もなかった?」
しばし間を空けた登闇は、操縦席に座った顔馴染みに質問を飛ばす。
「特に何もなかったけど‥‥あ、天恵ちゃんが毅仁と一騒ぎしてたけどそれ以外は何も。今更だけどさ、俺の方が登闇くんよりも年と階級は上だよね?」
「その通りだけど何か問題ありますかー?」
何でもないよと首を振った竹島は、ため息混じりの冗談で場を和ませてくれた。
時々つまらないオヤジギャグも飛んできたが、それらは総スルーしてやり過ごした。
「‥‥ふぁああ~‥‥それじゃ、俺寝るわ」
‥‥あと、どんぐらいかかんのかな?
「はいはい、着いたら起こすさ」
ま、着いてから起きりゃいいや‥‥
まどろみの中で生返事を返した登闇は、直ぐに意識を手放した。
†
「味方ごとやったのか?」
篠原毅仁大佐の幹部執務室に呼ばれた理由はそれだ。
‥‥しばらくぶりだな。
芸術的な壁画がかけられている壁の、すぐ側に設置された巨大な本棚には、小難しそうなタイトルに混じって不埒な雑誌が見え隠れしている。堂々としまってるから逆に目立たない‥‥とでも思っているのだろうか。
花や絵画などを除けば一般的な装飾物が少なく、窓のない殺風景な部屋を、より殺伐とした雰囲気にさせていた。
もしかしたら気付かないところに金がかかっているのかもしれないが、登闇の目にはそれら以外、特に目立ったものを見つけることができない。何よりも部屋の飾り付けに対してさほど興味のない登闇にとっては、この部屋の外見的な良し悪しなど関係なかった。
「‥‥‥」
この室内だと逆に目立つサイズの机には、見慣れた厳つい顔がある。登闇に目線を合わせたまま微動だにしない。きっと、質問に答えるまでそうしているだろう。
濃い緑色をした軍服の裾を弄りながら部屋を観察していた登闇は、しばらくの間を挟んで口を開いた。
「ええ、多分巻き込んだかと思います‥‥ですが目標及び味方に死者は出ていません。目標には一部、再起不能の者がいますが‥‥」
思い出したかのように唐突に、かつ気怠げに放たれた言葉に、男はため息を隠しきれなかった。そしてそれを、ここぞとばかりに吐き出す。退屈なデスクワークで溜まった疲れがそうさせた。今後待ち受けるであろう過酷な書類作成のことを考えてもう一度、深いため息をはいた。
‥‥何だかんだ言ってもコイツもガキだからな‥‥‥
「まぁ、お前のおかげで被害が最小限に済んだんだ。ありがとな、登闇」
そう言って机の前にいた登闇まで手を伸ばし、その頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
登闇の上司、篠原毅仁は、登闇が物心ついてからの育ての親だ。
登闇がとても幼い時ーー十年前にとある事故で両親を亡くした時から、親戚以上に登闇を可愛がってくれている。今は毅仁の家とここ、ハーフレイヴンを新たな生活の場としている。だが、いくら家族のように親しい者といえど、十七にもなって頭を撫でられるというのは恥ずかしいものだ。
「うわっ!なにしやがるバカオヤジッ!!」
本当の親ではないので、『親父』ではなく『オヤジ』。とても育ての親に対する敬称とは呼べない。
毅仁自身はかなり気にしているらしく、そのように呼ばれることを嫌う。本人曰わく年齢的な問題であるらしい。
「ほぅ?」
仕事場にいる間は、なるべく大佐とその部下、という構図通りの関係を意識していなければならない。家族といえど、地位の高い者が緩ければ周囲への示しがつかない。
しかし、ふとした拍子(その原因のほぼ全てが毅仁の行動による)によって自宅で行うような行動、言動になってしまう。毅仁はそれに対するペナルティーと称して様々な面倒事を押し付けてくる。大量の雑事や年少の兵士らのカウンセリング、情報整理などが主だ。そしてこの瞬間、毎回思う。嵌められた、と。
「ま、待て‥いや、待って下さい大佐!私はそのようなこと‥‥」
それを既に何度も体感している登闇は危険を察知し、慌てて弁解するが手遅れだった。毅仁の反応は素早く、目つきも変わっている。
「言い訳はいらん。お前に頼みたいことがあるんだが‥‥文句は無いよな?」
登闇の言葉に被せるようにして声を発した毅仁は、偉そうに足を組み手を重ね、反応を楽しむかのように薄く笑った。
その目には先ほどまでの家族に向ける暖かなものではなく、鋭く冷徹な、軍人の浮かべる眼光があった。
「あ~、もう!やる、やってやるよ!!」
有無を言わせぬ視線に射抜かれた登闇は、降参だとばかりに両手を挙げた。断りきれないのは長年の付き合いから良くわかっている。
‥‥どうしていつもこうなるんだ?
手法は単純なのだから、自分が気を付ければいいだけだ。なのに、反射的に動く体はそれを受け付けない。
「よぉし、よく言った」
登闇の反応に満足してか、姿勢を崩した毅仁は、諸々の事情説明と細かな指示を飛ばすと、登闇に解放令を出した。
「‥‥それでは失礼します。た・い・さ」
登闇は思考の何割かをこれから起こる事態の想像に割きつつも、決まり文句を口にして幹部執務室を後にした。
ゆっくりとした不定期更新となりますので、気長にお付き合い下さい(_ _)