FOLDERー15 死神の悪戯~50%finished!~
「‥‥‥Existance‥‥Definition」
ふと、呟かれた言葉。身体中に悪寒が走る。全ての理を否定したかのような嫌な感覚。それが心と身体を相互に這いずり回る。なに?この気持ち悪い感覚‥‥コイツがやったの?
「死神‥‥今、何したの?」
「んー?イタズラだよ、イ・タ・ズ・ラ」
こちらを見返した登闇は冗談めかして笑った。その表情下の真意は読めない。
「隊長ー俺らは慣れてるからいいんすけど、玲奈ちゃんには説明してあげたほうがいいと思いますよ。最初気持ち悪いですから」
へらへらと笑っていた登闇に、三島の責めるような声が飛ぶ。
「めんどくせーから古馬頼む」
「ふう‥‥‥了解したよ」
古馬は丸投げされたそれを引き受けた。断ってもどうせ無理だというのがありありと顔に浮かんでいる。
「さて、コレには僕の推測とか仮定論とかも多いからその辺は頭に入れといてね」
コクコクと頷き返した。これから行動を共にする人間のことはなるべく知っておいた方がいい。それが実戦に関係するならなおのこと。
「さっき登闇くんが行使したのは、存在定義と呼称される精神干渉系の上位互換魔術だ」
「‥‥精神干渉系の上位互換?」
聞き慣れない単語の羅列に玲奈は疑問を浮かべた。
「そう。ただ、ハッキリとしたことが判明してるのはここまで。本人が話さないからね。それで、ここからが僕の仮説に入るんだけどさ、玲奈ちゃんは登闇くんと戦ったことあるよね?」
「ええ、もちろんです」
あんな一方的な戦い、二度と思い出したくもない。あ、でも最後だけなら少しいいかなー、なんて思ったりしなくもない。あくまで感謝してるだけで他意はないのよ他意は。
「その時って何かこう、上手く言い表せない変な感じしなかった?」
「ありました!‥‥そういえばさっきのと同じような感覚だったかも‥‥」
「うん、その通りだ。そして君はその中で『存在しない存在』に触れているはずだよ」
古馬の言うそれは的を射ているように思える。あの有り得ない現象を説明するのにピッタリの言葉だ。
「‥‥何というか、いきなり別の空間に移動したみたいでした‥‥言われてみれば確かに存在しない存在、ってやつだったんだと思います」
満足気に頷いた古馬は、でも、と続ける。
「あくまで推測と仮定論、だよ。もちろんこれから話すこともね」
「はい‥‥仕組みとかってどうなってるんですか?」
古馬の目がギラリと光った‥‥ような気がした。あー、もしかしてやっちゃったかも‥‥
「存在定義とは五感と精神の同時干渉、それによって存在しない存在‥‥もっと簡単に言い換えるならば実体のある幻、それを誤認させることができると僕は考えている。加えて魔力にも影響があって、感情のフィードバックを促すんだ。更に外部から浸透したウェーブはニューロンを結び付けるシナプスに働きかけ‥‥‥」
「難し過ぎですー!」
玲奈の理論的思考は途中でストップし、古馬の説明の半分も理解できなかった。そしてここまでで得た結論は、よくわかんない、だ。
「アハハッ、ゴメンゴメン。つい調子に乗っちゃって」
‥‥うぅ、死神のヤツ‥‥こーなるのわかってて‥‥‥
「お喋りはそこまでにしてくれ。そろそろ基地に到着するぞ」
緊張した竹島の言葉に応えるようにして機体の傾きが大きくなる。超長距離の高速飛行をしてきた輸送機が、着陸体制に入ったのだ。
「‥‥すいませ‥‥私、も‥がまん、できな‥‥」
雪丘が限界に達した。
‥‥見なかったことにしよう。みなかったことに。それが美幸のためだからな。
「‥‥さて登闇くん、頼んだよ」
「へーい」
データベースのハッキングは済んだ。兵士たちへの干渉も終了している。レーダーや対空設備、監視カメラ諸々の無効化も完璧なはずだ。だけど、何かが引っかかる。もしもを想定していればきりがないが、それを差し引いても不安が取り除けない。
「‥‥」
「考え過ぎないようにしてくださいよー。隊長の悪い癖ですから」
そうだ‥‥そうだ、な。準備は万全、問題なしだ‥‥‥といいなぁ‥‥
†
「なあ、お前知ってるか?」
「何を?」
「なんでも、中央のお偉いさんが来るらしいぜ」
「ふーん、こんなところにか?」
「一応、補給に寄るだけらしいんだけど、俺の予想じゃあ無人兵器に関係することだと思ってる」
「ああ、アレか。俺らんところには全く情報が入ってこないからなー」
朝からやけに騒がしい。どこもかしこも同じような話題で持ちきりだ。必ず入っている単語は無人兵器。それに関しては以前から暗い噂が絶えない。ここで何かが起こっていル‥‥?‥‥なーんて、
「まあ、私には関係ないことですがネ」
そんなことよりも義眼の調子が悪い。数日前に新調したばかりなのに‥‥アイツ、また欠陥品をつかませましたネ!
『おはようございます、皆さん。私、中央のトウアンと申します。まずはお礼から言わせて頂きましょうか。本日は‥‥‥』
何と退屈な放送だろうか。こんなものを聞いていても無駄だ。中央の者独特の高圧的な物言いがないだけで、中身は大差ないのだから。それに、人前に顔を出さずに放送で済ませるというのも気に入らない。
「フェイシャン!」
部屋の隅っこでボケっとしているところに、大声で名前を叫ばれた。嫌というほど聞いて、耳に染み付いた声だ。
「何デスカ?」
やや気怠げな声音になってしまった。
「中央のやつが整備士に話を聞きたいって言って、あんたが選ばれたらしいのよ」
同じ整備士仲間の女だ。名を美という。
いつもいつも‥‥どうしてこう、面倒ごとしか運んでこないんデス?たまには美味しい話を持ってきて下さいヨ‥‥
「えー、代表のところに行くってことデスカ?そんな面倒くさいこと嫌デスヨー」
「あーそうそう、ボーナスが出るとかなんとか言ってたかも‥‥」
ピクリ、と目に見えないキツネ耳が反応した。勿論、飛翔のものだ。
長い付き合いというのもあり、お互いの弱いところなんて数え切れないくらい知っている。
「それで私はどこに行けばいいんデスカ?」
「‥‥案内するわよー!」
小さくガッツポーズを決めたメイはニッコリと笑い、飛翔を連れて上官の下へと向かった。
扉をノックする音が廊下に響いた。
飛翔を連れてきた美はさっさと帰ってしまったため、今は一人だけだ。
何の問題も起こさず仕事に従事していれば関わることの無い部屋。今その中に踏み込もうとしている。
不思議と緊張しないものだ。扉一枚開ければ、この基地の最高責任者と中央の高官がいるというのに‥‥何故だろう。
「フェイシャン君か、入りたまえ」
「失礼しマス」
まず感じたのは違和感。目の前に座るトウアンと名乗った男からだ。
‥‥どうして私の『右目』に映らナイ?私の左目は、肉眼はその姿を捉えてイル‥‥義眼には見えないのカ?
「どうかしましたか?」
おかしい、思った瞬間に問われた。
「あなたは‥‥いや、お前何者ダ?」
「フェイシャン君!なんてことを‥‥」
「ハッハッハッ、フェイシャン殿はご冗談が上手いですなぁ」
朗らかに微笑むトウアンの目は笑っていない。左目にしか見えないその半透明の体が一瞬ブレる。そして次の瞬間、消えた。
「‥‥むぅ~?私は‥‥何を‥‥‥」
「代表!トウアンという男は‥‥?」
「‥‥トウ‥アン?誰だね、それは?」
覚えてイナイ‥?一体何が起こっタ?
理性を押しのけ、本能がでしゃばってくる。危険を告げるアラートが鳴りっぱなしだ。
「それよりも君、勝手に入らないでくれ。せめて私の許可を取ってだね‥‥」
「失礼しまシタッ!」
無礼を承知で部屋を飛び出したフェイシャンは、夢中でメイのいる兵器庫に走った。
「メイ、朝の放送を‥‥覚えていマスカ?」
「ああ、あのトウアンとかいうやつのでしょ?」
それを聞いたフェイシャンは胸をなで下ろした。どうやら、記憶に何らかの細工を施されたのは今のところ代表だけのようだ。自分とメイ以外の者は確認していないので何とも言えないが。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「実は‥‥」
トウアンについて見たことを全て話した。信じられないようなその話を、メイは黙って聞いていた。
「‥‥ハッキリ言って信じられないわ」
「‥‥ですよネー」
当たり前だ。こんな話を鵜呑みにされたら逆に不安になる。言い方がおかしいが、その点ではホッとさせられた。
「何が、目的だったのかしら。意味のない点が多過ぎるわ」
否定はしなかった。‥‥その理解力が嬉しい。
「そう、デスネ‥‥」
「彼に利益なんて無いじゃない?それに、もし記憶操作みたいなことができるなら私たち全員の記憶を消せばいいのに、それもしない」
言われてみれば確かにそうだ。不自然な点が多過ぎる。欲しがっていた情報は整備士に聞けば手には入るレベルのもの‥‥カ?
ダメだ。マトモな推理にもならない。こういう時、頭の回転が早いメイが羨ましい。
「‥‥頭がパンクしそうデス」
「無い脳みそ使って考えるから、よっ!」
すぱーん!!
場を支配していた重い空気が、小気味いい音に叩き壊された。
「イタッ、何するんデスカ!これ以上バカになったらどうするんデス!」
「アハハ、手遅れだっつうーの」
一兵士である自分たちが関わるべき問題ではない。だけど、また関わることになるかもしれない‥‥そう、思った。