FOLDERー14 死神の悪戯~now loading!~
ーー四月二十日午前零時五十八分。第二飛行場。
「全員乗り込んだな?」
「ああ、よろしく頼む」
「しっかり捕まってろよ。今日のは早いぞ」
号令とともにエンジンの回転数が上がる。徐々に延びていくそれは聞き慣れた音よりもやや高く、耳につく。
「あ、酔い止め飲み忘れた」
雪丘が呟いたが時すでに遅し。離陸準備を終えた輸送機はその鋭角なボディを唸らせ、急加速を始めた。
「吐かないでくれよー。これ新しいんだから」
操縦席から竹島の陽気な声が飛んできた。特別案件処理班の面々とは面識があり、機内の空気がギクシャクとしたものになることはない。
竹島はこの機を新しいと称したが、実はこの輸送機、大型の戦闘機を急遽改修してできたもので、輸送機としての機能は薄い。輸送機とは思えぬ鋭角なボディ、心許ない積載量、狭い機内‥‥etc.
どちらかといえば高速戦闘可能な上に、ある程度の貨物も運べる万能戦闘機、といったとこだろうか。
「竹島さん、一つ聞いていいですか?」
「そうかしこまるなって。ソイツで慣れてるから。こないだも‥‥おっと、話がズレたな。で、何だ?」
登闇を指差した竹島はクスリと笑った。
「ええ、その‥‥降下方法について何ですが」
「ハッハッ、心配いらないよ。機体を着陸させるさ。何せ飛び回ってる分の燃料がないもんでね」
後ろを振り向き、不安そうな玲奈に向かって微笑んだ。しかし、最後の言葉は明らかな駄目押しだ。余裕が無い、って‥‥本格的にマズいんじゃないか?
「なぁ、竹島さん」
「ん?」
「余裕が無いっていうのは、行き帰り分しかないってことか?」
「そうそう。だから無駄なことはできないんだよ」
「‥‥」
今更ながら、今回の任務はかなり問題が多いと思った。補給のできない環境と限られた作戦期間。それに加え、偵察と護衛の二つの作業。はっきり言ってこの人数と装備でこなせる任務ではない。普通の隊なら放棄して当然で、非難されることはない。そして、だからこその特別案件処理班なのだ。可能か不可能かではなく、やるかやらないか。それが求められる。
「ホント、スピード勝負ってやつだねぇ」
小さくなりつつある基地を眺めていた古馬が視線を戻した。男の目から見ても所作の一つ一つが色っぽい。
「呑気なこと言ってんなー、お前」
「焦ったってしょうがないでしょ?それに呑気なのは君もだよ」
こういう状況での古馬の発言は至って正論だ。正論だが何故か腹が立つ。
「そーいえばさ、登闇くんって僕たちのこと名前で呼んでくれないよねぇ?」
ふむ、と一人頷いた。
「言われてみれば確かに。でもさ、下の名前で呼ぶよりも上の名前で呼ぶ方がしっくりくるヤツってたまにいないか?」
「ああー、それわかります。俺、隊長に慶一なんて呼ばれたらぶっ倒れますよ」
すると登闇は間髪入れずに、
「慶一」
「‥‥‥いや、ものの例えっす」
苦笑いの三島はガックリとうなだれた。
「僕も勝彦じゃあしっくりこないねぇ‥‥美幸ちゃんはどうだい?」
「え、私は別に‥‥」
急に話を振られた雪丘は困惑気味だ。酔い止めを飲み忘れたと言っていたが大丈夫だろうか。いつもの無表情に若干の陰りが見受けられる。
「美幸、美幸‥‥‥うーん、同じぐらいかなー」
「確かにねぇ。じゃあ美幸ちゃんはどっちがいい?」
何が面白いのか、古馬はニヤニヤしている。人が困っているのを見てニヤつくとは失礼なやつだな。
「‥‥美幸でいい。みんなそう呼ぶから」
ぶっきらぼうに返した雪丘は気分が悪いのか、うつむいた。
「だってさ、登闇くん」
「そっか、んじゃ、そう呼ばせてもらうか」
カクカクと頷いた雪丘は、そのまま沈黙した。やっぱり具合が悪いのかな?
「って、おい、大丈夫か?」
「そっとしといた方がいいんじゃないっすか?気分悪そうですし」
そうだなと返事を返した登闇は、先ほどから一言も発しない玲奈に目を向けた‥‥寝てる。ほんの少し前まで着陸の心配をしてたというのに。
どんだけ神経太いんだコイツ?
「‥‥んが‥‥‥この、来るなぁ‥‥爪が‥爪がぁ‥‥‥」
‥‥何の夢見てんだよ。
「どいつもこいつも作戦前に呑気なもんだ」
とはいえ、目的地まではもうしばらくかかる。その間に休息するのもいいだろう。
「‥‥‥」
しかし、寝てしまっては起きて直ぐの行動に支障を来す。少々苦労するが、意識を保ったまま目を閉じることにした。それでも、体は休められる。
†
「おい、みんな起きろ」
寝ていたわけではないのだが、竹島の声に目を開ける。周囲を見渡すと玲奈以外は活動を再開していた。
「大変なことに気付いたんだ」
「どうした?」
「非常に言いづらいんだが‥その、着陸場所の確保してない‥‥‥」
「‥‥あれぇ?もう到着?」
真剣な竹島の言葉に、玲奈の場違いな発言が重なる。いろいろ間違えてるよ‥‥二人とも‥‥‥
「「「「‥‥‥」」」」
「‥‥コホン、それで、なんとかできないかな?」
緊張の糸が再び張り直された。
「無問題だ。それぐらい何とかするさ」
玲奈が降下方法を尋ねた時に気付いていくれれば良かったのだが、まあいい。時間の問題だったのだろうし。
「何とかって、どうするつもりですか?」
俯いていた雪丘から絞り出すようにして問いが発せられた。
「着陸できる場所が必要なんだろ?だったらそいつを借りりゃいい」
「借りるって‥‥まさか、蘿北口岸の基地っすか!?」
「ビンゴッ、俺に任せろよ。お前らはこん中で大人しくしててくれりゃいい。もしもの時は一働きしてもらうけどな」
右手の親指を立てた登闇は、イタズラを思いついた子供のように笑った。実のところ悪質な悪戯に変わりないのだが、それをわざわざ説明する必要はない。
「そんじゃ竹島さん。着陸よろしくー」
「わかった。どうなってもしらねえぞ」
何の説明もなしに踏み切れるのは竹島が登闇のことを信頼しているからだろう。しかし竹島の心情には、敵陣とは言わずとも、火に片足を突っ込むぐらいのものは浮かんでいた。それが表情に出ないのはベテランパイロット故だ。
「隊長‥‥私‥気持ち悪い、です‥‥」
蘿北口岸の基地まで僅か十キロメートルの地点で雪丘が呟いた。機体が下降気味に傾いたことが引き金になったようだ。
「大変よ死神!美幸さんが吐きそうだって!」
「‥‥もう少しオブラートに包んで言ってやれよ」
「美幸ちゃん、一応エチケット袋渡しとくよ」
顔色の優れない雪丘は、古馬から袋を受け取った。その細い手は震えている。
「登闇くん。手遅れかもしんないけどさぁ、レーダーだの対空設備だのってのはどうすんの?」
「心配すんな。俺が無力化‥‥もとい誤魔化しといたから」
半ば自棄になった竹島の心の叫びは、登闇の一言に一蹴された。
「さてと、一芝居打つとしますか」
気分だけでも、と服装を整えた登闇は、小さな欠伸を一つして自席に背を預けた。