FOLDERー13 玲奈の特技?
「よぉし、偵察行ってこい!」
「はひぃ?」
机に突っ伏していた登闇へと、怒鳴り声が降ってきた。余りに唐突な出来事に、変な言葉を口走ってしまう。
「中国の国境付近で不審な動きがあった。全員起こして準備しろ!」
「‥‥耳元でさわぐなよぉ!」
誰かもわからない相手に怒鳴り返してしまった。もしこれが上官なら非常にマズい。毅仁辺りでありますように‥‥
「ぬっ!?吾が輩的には大声で話しとらんぞぉ!」
もしかして、この暑苦しさは‥‥大将!?‥‥あ‥俺クビかも‥‥
「大将?!失礼しました!」
すかさず飛び起きる。半分寝ぼけていても、状況の確認と大将への敬礼は忘れない。
階級や歳が上の者にも臆さないのが一登闇という人間だが、この人だけは、大将だけはどうにも苦手である。
視線だけデジタル時計に送ると、そこには午前五時丁度が示されていた。まだ仕事には早い時間だ。
「うむ、良い心掛けだ。だがそれよりも‥‥」
この人の前で一度ペースを崩されたら一貫の終わりだ。まともに対抗できるのは奥さんだけだとか‥‥
「何でしょうか?」
「とっとと偵察へ行けぇええ!!!!」
覚醒仕切っていない登闇の耳に、強烈な目覚ましとなって飛び込んだ。
「イェッサー!」
嵐、もとい天変地異が去った。あの人だけは本当に苦手だ。話すだけで疲れるし、得体の知れないプレッシャーが襲ってくる。
「‥‥オハヨーっす。って、隊長ーどーしたんすかー」
ドアから三島がひょっこりと顔を出した。
シフトを組み、徹夜で回すために用意されたベッドで寝ていた者たちは無事で済んだようだ。
羨ましいぃ‥‥
あのパーティーの後、関係者だけで親睦会を行い、夜中まで騒ぎが続いた。翌日が休みではなかったことと時間的な関係から、この棟の施設を使わせてもらった。
徹夜を要する事態に陥ったことが無く手付かずで放置されていた設備なのだから、勝手に使用しても文句を言われることはない。何時でも使えるように整備だけはされていたので、その点に関しては問題なかったのだが、如何せん数が足りなかった。こちらは七人、ベッドは六個。そこではみ出した登闇だけが今朝の参事に見舞われた。
「おはよう‥‥いろいろあってな。とりあえず全員起こしてこい」
「へ?」
まだ目が覚めきっていないのか三島の反応は鈍い。ぼさぼさになった髪を撫で付けながら、欠伸までし始めた。
「だーかーらー、全員起こしてこいっての。出動要請があったんだよ」
「こんな時間に?誰っすか?」
「大将だよ、大将」
「!りょーかい」
三島は一瞬だけ体をビクッと震わせると、見事なターンを決めて部屋から飛び出して行った。
「‥‥‥」
大将は中国の国境付近で不審な動きがあったと言っていたが、中国がこのタイミングで動く意味はない。デメリットばかりで、メリットが非常に少ない。
「‥‥王族でも関係あんのか?」
第四次世界大戦以降、中国は王政を復活させた。しかし独裁ではなく、それまでの民主制に王政を上乗せしたようなもので、以前のものと大差ない。民衆を先導できる駒が必要だったのだろう。絶対的で、中身のない駒が。
中国の王政復活と重なるようにして、日本では半民主制、半国政の軍隊、ハーフレイヴンが設立された。その成り立ちはやや複雑で、世界大戦で磨耗した自衛隊と軍事企業、一部の政府組織などが互いに吸収合併してできた特殊な機関だった。
「‥‥それとも、遠山のやつらか?いや、そんなに早く行動に出るとは思えないね‥‥となると」
「やぁ、登闇くん。おはよう」
「おはようございます」
「おっはよー」
「ん?ああ、おはよう」
三島が起こしてきたらしい。
古馬の後ろに雪丘、玲奈と続き、最後に三島が入ってきた。
「真実ちゃんと天恵ちゃんは起こしてきてないけど、大丈夫っすよね?」
「ああ、天恵は許可が出てないし、真実を駆り出すほど戦力不足でもない‥‥妥当なメンバーだな‥‥‥顔洗ってくる」
再び襲ってきた眠気を覚ますため、急いで洗面所に向かった。
部屋を出る前に大まかなことを古馬に説明してきた。今回の任務の詳細は不明だが、難易度は高くないと予想される。しかし、単なる偵察とはいえ、ココに回ってきた任務だ。何かある、あるいは何かが起こる可能性を否定できない。それに、大将の言葉も引っかかる。
「う、冷てぇ」
春先の水はまだ冷たさが残る。ぐだぐだとした思考と眠気をシャキッとさせるには丁度いい。
「そろそろ戻るか」
諸々の作業を済ませ、トイレ前に設置された小さな洗面所から部屋に戻った。
「Glock18C、PPー19Bizon、G3A3、M82A3、M870MCS、C4、TNT、NVD、グレネード各種‥‥‥よし、こんなもんかな」
目を輝かせながら武器の手入れをする玲奈は、他者を寄せ付けない雰囲気がある。
「なあ玲奈、何で何世代も前の装備使ってんだ?ここならもっといいのがあるのにさ」
余計なこととわかっていてもついつい聞いてしまう。
「んー、ただ単に好きだから、ってのもあるけど、古い物にもそれなりの良いところがあるのよ」
「例えば?」
「第一に、現代の武器と違って完全なマニュアル操作であること。第二に、マーニの性能差が顕著に現れるということ‥‥かな」
すらすらと語る玲奈は完全に別人だ。人が変わった、と言えばいいのだろうか。普段の軽さは何処へやら、一転して専門家の顔になる。
「マニュアル操作の利点は?」
玲奈の意見を聞いてばかりだが、彼女の新たな一面を見るという意味では必要なことだし、後の実戦で役に立つ。何より個人的な興味もある。もう少しばかりご教授願おう。
「一番大きな理由は、相手側からのクラッキングを受けない、かな。大まかな処理をコンピューター任せにしてる現代武器に勝る点だわ。使用者の腕が問われるけど」
クラッキングは俺の十八番なんだけどなー‥‥
「その次のは?」
あ、そーいやコイツと戦った時はどうだったかな?覚えてねーや‥‥
「これもさっきのとあんまし変わらないわ。コンピューター制御で性能をコントロールをされた武器なんて私に言わせれば死んでるも同然。その武器本来のクセが出ないから、マーニが受ける影響も取り回しも大きく変化するわ。だから調整無しの武器で立ち回るにはちょっとした慣れが必要なんたけどね」
一気にまくし立てた玲奈は息継ぎを一つすると、登闇が聞く前に講義を再開した。
「あ、あとねー、コレ全部自前のなんだよ?」
「自前って?」
つまり、どーゆーことですか?
「むっふっふ、ワタクシの自主制作ということなのでーす。耐久性を犠牲にして極限まで軽量化した特別モデル!オリジナルの欠点を補完し、驚異的な性能を実現!そして驚きなのはその価格!なんとプライスレス!安定の玲奈ブランドです!」
「おい、途中宣伝入ってるよ‥‥」
というかプライスレスって‥‥‥それ、原価いくらだよ‥‥ってゼロ円か‥‥
「ちなみに、各機材及び原材料、施設等は、兵器開発研究部の提供でお送りします」
‥‥止めたげて下さい。研究部の人たちは予算を限界まで切り詰められているんです。そのせいで日々の食事は三食カップラーメンなんですよ。
「‥‥今度ささやかなお礼を送っておこう‥‥」
と、まぁそそんなことは置いといて、
「お前自分の分野に強いなぁ。凄く生き生きしてた」
パチパチと控え目の拍手を送り、素直に感嘆の声を漏らした。
「へぇ、玲奈ちゃんはいわゆる武器オタクってヤツ?」
いつの間にかこちらに来ていた古馬が会話に飛び込んできた。
確かに古馬の言うように、玲奈は武器オタクの気がありそうだ。この手のことに関する熱意が半端じゃない。自主制作は行き過ぎな気がするが‥‥
「いやぁ、ちょっと詳しいだけよ~」
武器オタク、という単語を誉め言葉として受け取ったのか玲奈は照れた様子だ。普通、オタクとか言われたら怒るもんじゃないのか?
「おっと、忘れるとこだった」
さもわざとらしく手を打った古馬は声音を変えた。彼お得意の導入方法だ。
「さっき詳しいデータが送られてきたんだけどね。どうやら、今回はスピード勝負みたいだ」
先の玲奈と同じように、古馬の雰囲気も別ものに変わる。三島と雪丘も召集し、本格的に段取りの説明に入った。
「偵察区域は中国とロシアの国境付近、蘿北口岸だ。警備事態は薄く、着地点にもよるけど、ロシアからの干渉を受ける可能性は少ない。留意すべきは、現地の自然環境と地雷原、後は‥‥完璧な情報じゃないけど無人兵器の類が確認されたらしいから、それもね」
「んん?何でこの作戦がスピード勝負なんだ?今のを聞いた限りじゃ、そこまで急ぐ必要があるように思えねぇんだけど」
装備品の点検と詰め込みを行いながら聞いていた三島が口を開く。三島の言う通り、ここまでの話の中でその理由となるものはない。
「ああ、それはね、食糧と装備の補給ができないらしいんだ。この時期は物資の搬入前だから、その辺の事情らしいよ」
玲奈から小さな悲鳴が上がった。相当な量の装備を抱えていくのだから当然だ。果たして偵察にそこまで必要なのかは疑問だが。
それにしても、だ。この任務、無茶が過ぎる。怪しい、と言い換えてもいい。いつもの考え過ぎならいいのだが‥‥
「それともう一つ、迅速な撤退をするために、輸送機は作戦エリア付近で待機してもらうことになってる。輸送機の護衛も含まれてるから、ちょっとハードかもね」
一通りの説明を終えた古馬は、明日の午前一時出動だと告げ、自らも荷造りを始めた。
眉一つ動かさず、一言も発しなかった雪丘は既に準備する物がないのか、手持ち無沙汰な様子で窓の外を眺めている。
「明日かぁ‥‥」
雪丘以上にヒマな登闇は、三島をからかって時間を潰した。
はい、私、MGS好きなんですよ
そのせいで武器があんな感じに‥‥
でも玲奈の講義は結構こじつけ感がありますよねー