性悪女と罵られた伯爵令嬢は、通りすがりのヤンデレ騎士に溺愛される
【ご注意】
この作品は『私は女神。今、あなたの心に直接語りかけています』の作中作小説です。
このままお読みいただくことも出来ますが、本編があることをご了承ください。
「リオレット・サリアン! 今日をもってお前との婚約を破棄する!」
ニールセン侯爵家の三男、エディウスの声が大広間に高らかに響き渡った。
王宮で開かれた宮廷舞踏会。優雅な旋律が流れ、シャンデリアが眩しく煌めくなか、貴族たちの視線が一斉にリオレット・サリアンへと突き刺さる。
今日は、その彼女の社交界デビューの日。華やぐ熱気は凍りつき、周囲が一斉に静まり返った。
「エディウス様、どうして……」
「彼女のこのドレスを前にしてもまだとぼけるつもりか。お前が自分の妹であるミレイナに何をしてきたのか聞きている。可哀想に、彼女は勇気を振り絞って私を頼ってきたのだ!」
リオレットの婚約者であるエディウスに、さりげなくしなだれがかり涙を浮かべる異母妹ミレイナ。
彼女の美しい白のドレスが、ワインによって汚され無残な姿になっている。
いきなり身に覚えのないことを責められたリオレットは、ただ戸惑うように二人を見つめた。
「エディウス様、私は彼女のドレスを汚すようなことなどしておりません、どうか――――」
「言い訳が見苦しい! これ以上醜い姿を晒さないでくれ」
エディウスは吐き捨てるように言い放ち、うんざりしたようにリオレットを睨みつけた。
「世間で何と言われているか知っているか。傲慢で我儘な伯爵令嬢。後妻と異母妹をいびり、男に色目を使う性悪女。それがお前の正体だ。……行こうミレイナ。この女にこれ以上関わる必要はない」
「はい、エディウス様……」
肩を抱かれて去る間際、ミレイナは勝ち誇ったようにリオレットを見て微笑みを浮かべた。
ざわめく周囲の貴族たちは遠巻きに彼女を眺め、聞こえよがしに嘲笑と陰口が囁かれる。
(どうして……エディウス様は、私の生きる希望だったのに)
その場に一人取り残され、婚約者を失ってしまったことにリオレットは呆然と立ち尽くした。
*
*
*
リオレットに不幸が訪れたのは、もうすぐ十歳を迎えるという冬の日のこと。母が病に伏して亡くなってからだった。
葬式も終わり、優しかった母の面影を思い出しては、悲しさと寂しさに暮れて泣いていたばかりの日々。
そんなある日のこと、父親であるサリアン伯爵が一組の母子を家に連れて帰ってきた。それは母を失って長かったひと月が過ぎた頃。
「お前に新しい家族を紹介しよう。彼女はコリーヌ、お前の新しい母親になる。そしてこの娘は私のもう一人の娘で、お前の妹となるミレイナだ。これからは仲良くやっていくように」
そうして紹介された彼女たちは、これまで父親が別邸に囲っていた妾とその娘だということを初めて知った。
恥ずかしげもなく父親が語った内容は、実母がリオレットをお腹に抱えていた頃にコリーヌの元へ通っていたということだった。そして彼女もまた子を身籠り、ミレイナが生まれたという。
*
「ちょっとお姉様、まだ掃除が終わらないの? さっさと終わらせて部屋から出ていってちょうだい。邪魔なのよ」
「ごめんなさい。今部屋に戻るところなの」
昼食から戻ったミレイナに嫌味を言われ、雑巾と箒を手にして顔をそらすようにして部屋を後にした。
後妻のコリーヌとミレイナは、初めこそリオレットに対して優しい笑顔を見せていた。しかし生活が馴染み父親も家に帰る日が少なくなると、その態度が変わっていった。
初めは小さな意地悪から。それが次第に過剰になり、彼女たちが来て半年後にはリオレットは使用人同然の扱いを受けるようになっていた。
食事の同席も許されなくなり、食べ物も用意されないため、自ら厨房に足を運ばなくてはならない。
「すみません。何か残り物はありませんか?」
部屋の掃除を終えて厨房へ向かったリオレットは、お腹を空かして使用人に声を掛ける。しかし分けてもらうのは彼らの食事の残り物。パンの固い部分や具の少ないスープを与えられた。
ここにいる使用人たちのリオレットへの態度は二つに割れていた。コリーヌが新たに雇った使用人たちは、主人に倣い嘲笑する者。もう一方は古くから仕える使用人だが、同情はしてもコリーヌには逆らえず見て見ぬふりをする者。
新しい女主人に従うしかない理由は、侍女頭を含めた高級従事者たちが次々と辞めさせられていくのを見ていせいだった。リオレットを大切に扱う彼女らを邪魔に思い「身分の低かった私を認めない侍女達が嫌がらせをしてくる」と夫に泣きつき追い出した。
そして味方を失ったリオレット自身も、継母からの虐めにより心が萎縮し父親に現状を訴えようとしなかった。
母の死から目まぐるしく変わった生活に、まだ十歳だった彼女も混乱したのだろう。見知らぬ継母が家を仕切り、当り前だったことが当たり前でなくなっていくことに翻弄される。
何が普通で何が異常かもわからなくなり、リオレットはこれが当たり前の生活なのだと思い込んでいった。
生きていくことは、とても苦しくてしんどいもの。
そんな生活の中で、リオレットが唯一楽しみにしていた日があった。
それは婚約者エディウスとの面会の日。その時だけは、日常から解放されたような晴れやかな気分になった。
初めてエディウスと出会ったのは、リオレットが九歳の時だった。
母を失う少し前、ニールセン侯爵の三男であるエディウスと婚約を交わした日のこと。いずれ伯爵家に婿入りするという彼は、まだ十一歳だというのにとても紳士で大人のように見えた。
自分とたった二つしか違わないというのに、大人たちと一緒に堂々と会話を繰り広げている。
少々引っ込み思案で大人しい少女だったリオレットには、そんなエディウスの姿がとても眩しかった。
「リオレット、これからは僕たちも仲良くしていこうね」
婚約を交わした後、友達のように笑いかけてくれてくれた彼に淡い恋心のような、憧れに似た感情を抱いた。
――――しかしその初顔合わせをしてから数か月後、リオレットは愛する母を亡くすことになる。
それからエディウスは徐々に変わっていった。
月日を重ねるにつれて、彼から笑顔は消え口数が少なくなっていく。
婚約者として交流を続けていたものの、二人の心の距離は縮まるどころかどんどん離れていく。
何か悪いことを言ってしまったのだろうか、知らずに失礼な態度をとっていたのだろうか。そう思って謝っても、エディウスは不機嫌さを隠さなくなり言葉には棘が混じるようになった。
それでも、リオレットはエディウスと会えるだけで幸せだった。
『リオレット、これからは僕たちも仲良くしていこうね』
まだ母が生きていた頃の、優しい笑顔と幸せな思い出がずっと彼女の心に残っていたから。
◇
それから数年が経ち、リオレットは十五歳を迎えた。
ある日の昼下がりのこと。秋風がいつもよりも冷たく感じる日に、コリーヌの言いつけで中庭の掃除をしていた。
箒で掃きながら枯葉を集めていると、びゅうと突風が吹いて髪とスカートを乱して通り過ぎていく。
「あっ!」
せっかく集めた枯葉は舞い上がり、それは柵を越えて飛ばされていった。
「おい、気を付けろ!」
怒声が聞こたので慌てて駆け寄っていくと、枯葉を浴びてしまったらしい通行人が怒っていた。
近寄ってみれば、それは運の悪いことに街を巡回していた騎馬隊だった。駆けつけたリオレットに一人の騎士が声を荒げると、それを諫める声があった。
「街中で大声を上げるんじゃない……おや?」
騎馬隊の先頭にいた若い騎士が、リオレットの姿を見て立ち止まる。
「君は……」
「大変申し訳ありませんでした」
リオレットの顔はみるみると青ざめ、震える声で謝った。彼らの装いを見て王家直属の騎馬警備隊とわかったからだ。
彼らは王室近衛府に所属するエリートで、その多くは貴族で構成されている。粗相があってはならない人たちであるため、使用人姿のリオレットはただ頭を下げ続けるしかなかった。
「そんなに深く頭を下げないで。ちょっと枯葉が馬に掛かった程度だから気にすることはないよ」
「しかし」
声を荒げた騎士が口を挟もうとすると、若い騎士がそれを制する。
「君もこの程度のことで大きな声を出すな。もう行くぞ」
去り際に真剣に見つめる騎士の視線にも気付かず、リオレットは恐縮したまま警備隊を見送った。
それから、その騎馬隊の若い騎士とは度々顔を合わすようになった。珍しい藍色の髪色をした彼は、目の前を通りがかるとすぐにわかる。
巡回でいつも通る道なのか、リオレットが庭にいる時によく顔を合わすようになった。彼は馬に乗ったままそばに寄り短い挨拶を交わす。
初めは緊張していたリオレットも次第に慣れ、その内に二言三言の会話をするようになった。
それは天気だったり季節の移り変わりなどの、本当に小さな話。いつしか二人は顔馴染みになっていた。
「私のような人間と言葉を交わしても良いのですか?」
ある日、リオレットは騎士に尋ねたことがあった。きっと自分はこの家の下級使用人と思われているだろう、そう思っていたから不思議だった。
「なぜ? 私が誰と話そうと自由だ」
そういって微笑む彼に戸惑いつつ、その答えにほっとした。
相手は名乗ることをしなかったし、リオレットも尋ねることをしなかった。だから互いに素性を知らぬまま、ささやかな時間を共有するだけの間柄にすぎない。
それでもこの日常の小さなやりとりは、唯一心が癒される貴重なひとときに思えた。
それから二年近くが過ぎて、リオレットは十七歳になり成人を迎えた。
ミレイナも数ヶ月後には成人し、間近に控える宮廷舞踏会で二人同時に社交界デビューを果たすことを父親から伝えられる。
リオレットは意外にも、伯爵令嬢としての教育だけはしっかり受けていた。その理由はコリーヌが自身の評価を落とさないため。
貴族社会に出てからリオレットが粗相をすることになれば、伯爵家の面子は台無しになり女主人の資質を疑われるからだ。
毎日令嬢と使用人との二重生活を続けていたリオレットは、ある日とんでもないものを目にした。
それはエディウスとの面会日、迎え入れる準備をするために部屋へ向かう途中でミレイナとエディウスが廊下で話している姿を目にした。
こちらに気付いていないのか、二人は親し気に言葉を交わして笑顔を見せている。これから私と会うはずなのに、どうしてミレイナと?
リオレットは嫌な予感がするにもかかわらず、二人から目が離せなかった。するとエディウスの肩越しにミレイナがこちらを見ていた。
にっと笑顔を見せると、まるで見せつけるようにしてエディウスに抱きついた。背を向けているエディウスは、当然リオレットに気付いていない。
彼女を優しく抱き留める姿を見て、リオレットは逃げるようにしてその場から離れた。
母の喪が明けて以来、何をされても泣いたことはなかったのに、たったこれだけのことで涙が溢れそうになる。
違う、あれはきっと何かの勘違いよ。そう自分に言い聞かせて、エディウスと会うまでの僅かな間に心を落ち着けようと努めていた。
「ミレイナと何を話していたかだって?」
継母のコリーヌが同席のもと、エディウスと話をしている時にどうしても気になって尋ねてしまった。あれは彼女が私に嫌がらせをする為にわざと見せつけたんだと、そう思いたくて。
「何が聞きたい? 私が誰と何を話そうと勝手だろう。君が気にする必要のないことだ」
「しかし、とても親しくされていたようで……」
「申し訳ございませんエディウス様。リオレット、あまり殿方を困らせるような質問は控えたほうがよろしいのではないですか? お二人が結婚なさればミレイナは義妹となるのです。お見掛けしたら当然ご挨拶をいたします」
おっとりと穏やかに会話を挟むコリーヌは、その視線で黙るように示した。このように優しく諭すような口振りの時は、その後が怖いことをリオレットは知っている。
「随分と生意気な口を利くじゃないの」
エディウスの前であのようなことを聞けば、コリーヌが怒るだろうことは分かっていた。それでも訊かずにはいられなかったという気持ちを伝える。
「お許しくださいお継母様。でもあの時……」
パンッと乾いた音が響いた。遅れて左頬がジンジンと疼きだしたのを感じて、頬を叩かれたのだと理解した。
「私の娘のことをあなたが語らないで。――今日は仕置きとしてたくさん働いてもらうわ。ドレスを脱いだらメイド長のところへ行ってちょうだい。この後の指示を出しておくから」
呆然とするリオレットを尻目に、冷たく言い放ってコリーヌはその場を後にする。
叩かれた頬に手を当ててその場に立ち尽くした。これまで使用人扱いはされてきたけれど、直接手を上げられることはこれまでなかった。
そのことに驚いて、思わず悲しむことさえ忘れてしまった。
けれどあの日見た光景は、最悪な形となってリオレットの前に表れる。
リオレットとミレイナが社交界デビューを迎える宮廷舞踏会。
その時に信じられないことが目の前で起こった。
「今日をもって、お前との婚約を破棄する!」
夜も深まり、皆音楽に合わせダンスを踊ったりゆったり会話を楽しんでいた中盤のこと。突然エディウスが声を荒げた。
ミレイナの白いドレスが、ワインで大きく汚され紅い雫を滴らせている。
何が起きたのかわからないまま、リオレットは彼の目を縋るように見つめた。
「エディウス様、どうして……」
「彼女のこのドレスを前にしてもまだとぼけるつもりか。お前が自分の妹であるミレイナに何をしてきたのか聞きている。可哀想に、彼女は勇気を振り絞って私を頼ってきたのだ!」
とぼけていると言われても、リオレットには何も身に覚えがない。
それでも目の前にいる婚約者は、彼女がやったのだと決めつけ責め立てる。
違うと訴えても、否定され罵られた。傲慢で我儘、男に色目を使う性悪女だと。
「行こうミレイナ。こんな女に関わる必要はない」
冷酷な眼差しで見下されながら、立ち去ろうとする彼にはもう何も言えなかった。
『リオレット、これからは僕たちも仲良くしていこうね』
あの日、優しく語りかけてくれた少年。
母が生きていた頃の思い出と共に、彼の姿は幻となった。
◇
「皆さん、お静かに」
突然、ホールに良く通る声が響いた。皆が一斉に振り返ると一人の男性が数人の騎士を引き連れてホールの真ん中まで歩いてくる。
「え?」
リオレットは思わず目を見張った。
それは、庭掃除をしていた時にいつも挨拶をしてくれた藍色の髪の青年。
「どうしてここに……?」
そう呟いてからハッとする。王室近衛府の騎馬兵なのだから、当然相手は貴族だ。その彼が舞踏会にいてもおかしくないということにやっと気が付いた。
「ロイズ閣下」
リオレットに歩み寄る彼を見て、誰かがそう囁く。
閣下? その言葉に礼も忘れて彼の顔を見つめる。
いつもの騎馬隊の服ではなく、上等なコートに身を包んでいる
「クラード・ロイズ公爵?……今日は参加されていらっしゃったか?」
「いえ、陛下が居られた時にもお見かけしなかったと……」
周囲からヒソヒソと声が聞こえてくる。しかしそんなことなど意に介さず、彼はリオレットに語り掛けた。
「随分と待たせたね。君を迎えに来た」
そう耳元で囁くと、彼はくるりと周囲に向き直った。射抜くように鋭い目を、その先にいるエディウスとミレイナに向ける。
「王室近衛府、副長官としてこの場をお借りいたします。――――エディウス・ニールセン、ミレイナ・サリアン!」
大きな声で名前を呼ばれて、ミレイナがびくりと肩を震わせた。側にいたリオレットの両親……特にコリーヌはハラハラしたように娘を見守っている。
「お前たちの軽率な嘘でこの宮廷舞踏会を侮辱したことを国王に報告する。その覚悟はできているか」
「軽率な嘘? 誤解でございます。このリオレットは――――」
「わ、私は嘘なんて何も……」
ミレイナは明らかに動揺し、言い訳のようなものを口にする。
「ほう、まだ彼女に罪を着せようとするのか」
クラードは薄く笑うと、連れてきた近衛兵に合図を送った。
素早くエディウスとミレイナを拘束し、身動きを取れないよう両手を封じる。
「な、なんだこれは、私が何をしたというのですか!」
「いや! 助けてお母様!」
周囲に動揺が広がる中、二人の叫び声がホールに響く。
「お、お待ちくださいクラード・ロイズ閣下。これには事情が……」
そう言いかけたサリアン伯爵とコリーヌも、説明を遮られるようにして近衛兵に腕を取られた。
「なっ……?」
「ひっ!」
「まさか、これだけでお前たちを捕らえに来たと思ったのか? サリアン伯爵、エディウス・ニールセン。国王への背信・背任行為の罪でお前たちを拘束する」
「え……」
名指しされた二人は、呆然とクラードを見つめる。
「お前たちが務める宮廷会計院内で不正が認められた。国王を欺き、多額の国費の横領。サリアン一家は不正に得た金で私腹を肥やしていたな」
「ち、違う、違う。なぜそのようなことを……」
サリアン伯爵は取り乱したように言葉に詰まる。
クラードの口から知らされた衝撃の事実に、リオレットは声を無くして驚いた。まさか父親とエディウスが、国費の横領をしていたなんて。
もしそれが事実ならばサリアン家の名は地に落ち、その歴史に終焉を迎えるだろう。そして娘であるリオレットもそれを覚悟した。
これまで苦しい思いをしてきて、さらに落ちていくなんて。どれだけ惨めな人生なのだろう。
「連れて行け」
何かを喚きながら引き摺られるように去っていく婚約者と家族を眺め、リオレットは途方に暮れる。
自分も今から連れ出される。そう思って諦めた気持ちでクラードを見つめると、彼はそっと手を伸ばしてリオレットの頬を撫でた。
「どうして、そんなに悲しい顔をしているんだ?」
「まさか、いつもお庭で挨拶をしていた貴方が……」
公爵様だったなんて。でもそれ以上は言葉にならずに俯いた。
ほんのわずかな交流だったけれど、ほっと一息つける大切な時間だった。そんな彼に捕らえられる日が来るとは思いもしなかった。
「……私は、君を救いに来たんだよ」
はっと顔を上げて目が合うと、その顔は微かに笑っていた。そして彼は再び顔を上げて周囲を見渡す。
「後に正式に発表しますが、リオレット・サリアンは彼らによって長い間不当な扱いを受けていました。彼らの横領計画に加担していないことはすでに確認してあること、そのため近衛府が彼女を一時保護することをここではっきりとさせておきます。
――――彼らが言い逃れをできない機会を伺っていた為、会場を巻き込んでしまったことを謝罪致します。それでは、皆様は引き続きお楽しみいただけますよう」
そう言って人々に向かってクラードが頭を下げた。そしてリオレットの手を取り連れて行く。
「では、行こう」
そう言って微笑むクラードを見て、リオレットはぼんやりしたまま頷いた。まるで夢の中の出来事のようで自分のことではないみたいだ。
突然の婚約破棄宣言から、急転直下の逮捕劇。
こんな日が訪れるなんて考えもしなかった。こうして彼に手を引かれて歩いている今も、リオレットには信じられないことだった
◇
◇
◇
「クラード様、お顔が近いです」
あれから数日が経ち、リオレットの心境もやっと落ち着いてきた。
けれど救ってくれたクラードは、リオレットの動揺を誘うようにあれこれと構う。
目の前に様々な種類のデザート並べられ、どれを食べようが悩んでいる姿をクラードがニコニコしながら見つめている。
「気が散る?……でも君とこうしていられることが嬉しいんだ。伯爵邸でやせ細った君を見た時、とても胸がしめつけられる思いがした。だから今は、これまで君に足りなかった愛情を受け取ってもらいたい」
「どうしてそこまで……私をただの使用人とは思われなかったのですか?」
「――――リオレットとは、一度会ったことがあるからね。君は忘れてしまったのかもしれないけれど」
そう言って、クラードが懐かしむように目を細めた。
リオレットは少し頬を赤らめて、お部屋に戻りますと言うので菓子を持たせて帰らせた。
まだ甘やかされることに慣れない彼女には刺激が強かったのかもしれない。
クラードが初めてリオレットに会ったのは、腹違いの兄である第一王子の立太子式の日だった。
当時十四歳だった彼は祝賀会を途中で抜け出し、庭園の一角で時間を潰していた。
正妃の子供が四人もいる中で、唯一の庶子である自分だけが除け者にされているようで嫌だった。異母兄弟である彼らは王子と呼ばれるのに、自分だけが同じように名乗れない。
生みの母は王の寵愛を受けることだけを気に掛け、一人息子のクラードのことなど見向きもしなかった。
使用人に囲まれても孤独は埋められることなく、クラードの心を蝕んだ。
そんな腐りかけていた気持ちを抱えていた時に、目の前に一人の少女が現れた。数本の花を手に持ち、不思議そうな顔でクラードを見つめる。
「君は誰? どうしてこんなところにいるの」
「わたくしはサリアン伯爵のむすめ、リオレットと申します。王太子殿下のお式が終わって、少しの間お庭でお花摘みをしてもいいと言われ、お散歩をしておりました」
「ふうん……」
当時はまだ母を亡くす前だったのだろう。幸せそうな子供を見て、少しだけ卑屈な気持ちになった。
「君は幸せそうだね。羨ましいな」
そう言うと、少女は少し考え込んだあと手に持っていた花束の中から一本を取り出した。
「どうぞ、これを」
クラードは一輪の花を渡されて、少女の顔を見つめる。
「お花をもらうと幸せな気持ちになれると、おかあさまが言っていました。エディウス様の為に集めたお花だったのですけれど、よかったら一本差し上げます」
そう言ってあどけない笑顔を見せると、恥ずかしそうにそのまま走り去ってしまった。
「リオレット様、お待ちください――」
スカートのすそを上げて小走りにやってきた侍女が、少女を見つけて追っていく。
つまらない人生の中の、ほんの一瞬の小さな出来事。だけどこのささやかなやり取りが、彼の薄暗かった心に仄かな明かりを灯した。
「絶対に、彼女を手に入れると誓ったんだ」
ぽつりとクラードが呟いた。
あの日、庭の掃除をしていた彼女を見て唖然とした。なぜ伯爵令嬢が下女の真似事をしているのかと。
そしてサリアン伯爵家について調べ上げ、状況を理解した。要は後妻にとって前妻の子であるリオレットが気に入らず、エディウスを実娘に横取りをさせたかったらしい。
そんなつまらない物など、壊してしまえばいい。そう思って彼女を救う計画を立てた。
「とても嬉しそうですね。クラード様」
彼の幼馴染でもある側近が語りかけた。
「ああ。やっと大切な花を手にすることができたよ」
きっかけは、たった一輪の花だった。
この美しくも繊細な花を、永遠に枯らさぬよう大切に生け続けよう。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
前書きでも書きましたが、この小説は作中作の短編小説で、本編の結末は大きく変わる予定です。
このお話を気に入られた方は、本編のお話にご注意ください。




