セシリア・サーディスⅡ
(――どうして、こうなってしまったの?)
わたくし、セシリア・サーディスは自宅のリビングでお父様とお母様と一緒に、突然来訪してきたお祖母様と向き合うように座っていた。
厳しい顔つきをしているお祖母様を見て、お父様もお母様も完全に委縮してしまっている。
どうしてそんな弱々しい態度なの? いくら祖母だからって、彼女は伯爵家。わたくし達は公爵家なのだからもっと堂々としていればいい。
しかし、いくら身内で爵位に差があったとしても、お父様にとってお祖母様は義理のお母様。爵位が高くてもそれなりの態度をしなくてはならないのでしょうね。
お祖母様はハーミルトン伯爵家に嫁いできた【二等星】の魔女で、現役時代は医療院で優秀な治癒魔法の使い手として名を馳せていた。
数十年前は魔物が活発化する最悪の周期――スタンピードが各地で起こり、お祖母様も寝る間を惜しんで多くの魔法使い・魔女の命を救った。その功績を王族に讃えられ、『癒しの魔女』という二つ名を与えられた。
かつてお祖母様に命を救われた者は社交界の顔役や魔法省の重役など高いポストに身を置いており、恩返しとして色々と手助けしてくれる方々が多い。
故に伯爵にも関わらず、公爵であろうと無碍にできないほどの社会的地位を有しておられる。
きっと両親がここまで委縮するのも、この事情があるせいでしょうね。
「……先日、ミセス・ミナジマから話を伺いました。セシリア、あなたは恐れ多くもシリウス様に再婚約を申し出たそうね」
「失礼ですがお祖母様、それはおかしなことではないでしょう? 魔力の高い魔女が【一等星】を含む魔力の高い魔法使いの元へ嫁ぐのは常識ではありませんか」
「確かにその通りです。ですが、それはあくまで花嫁がいらっしゃらない場合に限ります。あの方はすでに花嫁を得た身。何かしらの不祥事を花嫁が起こさない限り、その関係は誰も割り入れないほど強固なものです。あなたがしていることは、非常識極まりない行為ですよ」
まるで話の通じない子供のように言ってくるお祖母様。
呆れたように肩を竦めるその態度に、わたくしは恥辱を受けたように感じて言い返す。
「ですが、花嫁なんて所詮異世界からきた平民でしょう? あんな地味な女よりも、わたくしのように高貴で身分がはっきりとしている魔女の方がいいはずよ!」
「セ、セシリア……まさかシリウス様にそんなことを仰ったのか……!?」
「まさか。わたくしはそのような醜態は晒しません。……ただ、花嫁には少しばからお話をしに伺っただけですわ」
冷や汗を流すお父様の質問に答えると、隣で聞いていたお母様の顔色が白くなってふらりと手すりにもたれかかった。
……何よ、その反応? 別に普通のことなのに大袈裟ね。
訝しむわたくしを見て、お祖母様は大きくため息をついた。
「はぁ……セシリア、あなたがシリウス様のお屋敷に約束もなしに訪問し、花嫁の頬を叩いたことはすでに知っています。しかも花嫁を愛人にして、あなたが正妻になる? なんて恥知らずなのかしら」
「恥知らずって……どうして分かってくださらないの!? わたくしが、あんな花嫁であることしか価値のない女に劣るとでも? それこそひどい侮辱だわ!」
頭に血が上るのを感じながら、わたくしはお祖母様に怒鳴り散らす。
それを見てお父様はお母様と同じように顔を白くし、お母様はぐったりとさらに手すりにもたれかかる。
だけど、お祖母様はいつもより冷めた目でわたくしを見つめながら言った。
「……セシリア。あなたは魔女として素晴らしい腕を持ちながら、社交界という華々しい世界に夢中になるあまり、本来触れてはならない場所を土足で踏み荒らしてしまった。これは王族に対する不敬罪と同じくらい重い罪です」
「お、お祖母様……?」
「此度の件は、すでに国王陛下に報告しております。私はあなたの祖母として、国に仕えた魔女として、今ここで国王陛下から下った王命を告げます」
王命――それは、貴族も平民も身分問わず必ず従わなければならない国王陛下直々の命令。
その名が出てきてわたくしも両親も顔を白くする中、お祖母様は杖を取り出して振るうと、深紅のベルベッドリボンで結ばれた巻き物が現れる。
お祖母様はリボンを解き、巻き物を広げると厳かに告げる。
「――セシリア・サーディス公爵令嬢。此度の【一等星】シリウスの花嫁に対する不遜な態度と言動に問題があると鑑みて、エルラルド公爵と婚姻を結ぶことを決定する」
「はぁっ!?」
「また、サーディス公爵とその夫人には監督不行き届きがあるとみて、賠償金と領地の一部没収を命ずる」
お祖母様が淡々と読み上げた王命にお父様はがっくりと頭を垂らし、お母様は意識を失ってしまった。
その横で、わたくしは全身を震わせながら婚姻を命じられた相手を思い出す。
エルラルド公爵は、【一等星】リゲルが治めるアルゲバルの近くの領地で暮らしている。しかし、彼は今年で五五歳を迎える。
なんならお父様と同い年で、子宝に恵まれないのを理由に何人もの女をとっかえひっかえしてきた生粋の好色家!
そんな……そんな男の妻になれと……!? この王都で、蝶よ花よと育てられてきたわたくしが!?
「そ、そんな王命聞けるわけないわ! わたくしは絶対にお断り――」
「王命が下った以上、あなたに拒否権はないわ」
直後、お祖母様は指を鳴らすとリビングに続々と使用人が入ってくる。
メイド達が断りもなくわたくしの腕を掴んで無理矢理立たせると、そのままリビングから追い出すように引きずっていく。
「は、放しなさい無礼者! このわたくしを誰だと思っているの!?」
「構いません。そのまま部屋に放り込んでおきなさい。お風呂とトイレ以外は絶対に出さないこと」
「お祖母様ッ!」
「エルラルド公爵の輿入れは今日から一週間後。その間、屋敷……いえ、自室から出ることは許しません」
冷たい目で見つめるお祖母様。実の孫であるはずのわたくしを、まるで罪人のように見つめてくる。
嫌……その目は、嫌……! わたくしは、何も悪いことをしていないのに!」
「お父様! お母様! 助けてくださいッ!」
必死に両親の助けを求めるも、彼らは何も言わず抜け殻のように黙り込むだけ。
いつも可愛がって、わたくしの名を優しく呼んで、愛してくださったのに……っ。
どうして? どうして? どうして?
「セシリア」
必死に抵抗しながらも荒く息を吐くわたくしに、お祖母様は言う。
何の感情も抱いていない、罪人を処罰する執行人のような目でわたくしを見つめながら。
「――これが、花嫁に手を出した魔女の末路です」
その言葉と共に、リビングの扉は固く閉じられた。
――それから、わたくしは自室から出ることを許されなかった。
お風呂とトイレ以外はドアにカギを閉められ、杖も没収されたから魔法も使えない。食事を運んできてくれるメイドに頼んでも、彼女達は巻き込まれるのを恐れてこちらを見ようともしない。
窓もお祖母様の命令でお父様が魔法で封じられているせいで、脱出できない。何もできずベッドに横たわると、ドアの向こうでメイド達の話し声が聞こえてくる。
『セシリア様ったら、とても愚かなことをしたわね』
『花嫁はたとえどんな出自でも【一等星】と同等の扱いになる。それこそ子供でも知っている常識ですのに』
『まあでも、お嬢様は少し痛い目見ないと分からないのよ。結婚適齢期なのに未だに婚約者がいないのは、ご本人が夢見がちなところがあったから……』
『王命とはいえあのエルラルド公爵に嫁ぐなんて……きっとすぐに離婚されるわ。そうなったら、今度こそ嫁の貰い手がなくなるかもしれないわね』
『それこそ自業自得だわ。セシリア様、お可哀想に……』
好き勝手に囀るメイド達の声に、わたくしの心は黒く染まっていく。
花嫁が【一等星】と同等? あんな地味で、なんの取り得もない、育ちの悪い女が?
この美しく、高貴なわたくしよりも!? 誰よりも幸せになるべきわたくしよりも!?
(――――許せない)
許せるものか。わたくしの幸せを邪魔する者は、すべて!!
わたくしは魔法界で誰もが羨む幸せな女になる。それが、一番正しいのだから!!
ベッドから起き上がったわたくしは、ゆっくりと本棚に近づく。
上から三番目の、一番右端の本をゆっくり押すと、カチッと何かが音がする。そのままゆっくりと振動音を響かせながら、本棚は左右に開いて階段が現れる。
これは、お父様達ですら知らない隠し通路。幼い頃、偶然見つけて以来、内緒で城下町に遊びに行っていた。
この階段の先の道は、すでに頭に入っている。
手元にあるわずかなお金を手に、わたくしは階段を降りる。
己の幸せを手に入れるために――――あの花嫁を、殺さなくては。




