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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第三章
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15.理解できない気持ち

「『王都付近にて魔物目撃 王宮は近隣地域住民に結界魔導具を無償提供する』……か」


 朝、いつも通り朝食作りする前にエリーがアイロンがけした新聞を手に持っていて、今日は早めに起きてしまったこともあってまだ時間に余裕がある。

 厨房でエリーが淹れてくれたお茶を飲みながら、わたしは新聞を開く。

 アイロンがけした新聞は、朝露で塗れていた部分を見事に乾かし、ポストに入れるときに皺が寄った部分がないからとっても読みやすい。


 しかし、新聞の内容はとても物騒だ。

 シリウスから聞いた話では、魔物は理性ではなく本能で人を襲う習性を持つ存在。逆に天馬を含む魔獣は、高い理性と知性を持ち、接し方させ誤らなければ隣人としてそばにいてくれる。

 色んな色の体毛と目を持つ魔獣に反し、魔獣は黒い体毛と赤い目で統一されているのも特徴だ。


 本来、魔物は山奥から人里に下りてくることはあっても、王都――より正確に言うと王族の力が行き渡っている土地まで近づくことはない。

 もちろん【一等星】が管理する二一の地にもあまり近づくことはない。それは、王都と二一の地に結界が敷かれているからだ。

 王都では王宮の外壁を挟むように置かれた複数の水晶の柱、二一の地では屋敷の地下深くにある魔石(ませき)が結界の役割を果たしている。


 だが、王都と二一の地の郊外の村は結界の範囲外で、小さな集落などは毎月魔法省で結界用の魔石を新しく貰い、また効果が切れそうになる時期に買うのを繰り返している。

 ちなみに、千鳥(ちどり)さんの家にも結界用の魔石があり、彼女が定期的に魔力供給している。

 そういった結界があるため、魔物は人が寄り付かない土地に現れたり、放牧している家畜や行商中や避暑地に向かう馬車(天馬ではない普通の馬の方)を襲うこと話はたくさんある。


 しかし、最近巷を騒がせている魔物は違う。

 どうやら彼らは自然と王都に近付いたのではなく、意図して野に放たれたことだ。倒された魔物の両肢には、どれも枷を嵌められた形跡があり、調教師(テイマー)の仕業による犯行だと言われている。

 しかも魔物は、魔力のある女性ばかりを狙っているらしく、必要外の外出を自粛するよう呼びかけられている。


「本当に物騒ね……っと、そろそろ朝食作らないと」


 新聞を読んでいる間に、シリウスがシャワーを浴び終わる時間に差し掛かっている。

 最近、夜遅くまで仕事で頑張っているため、今日の朝食はパンケーキとトマトとチキンのチーズ焼きだ。


 トマトはヘタを取ってくし型に切った後、タマネギとニンニクをみじん切りにする。フライパンにオリーブオイルを塗り、ニンニクで香りを付ける。その後にタマネギを入れて透き通るまで炒める。トマトを入れて、潰しながら混ぜ、塩、コショウ、ハーブで味を調整しながら煮込む。その後はザルで種や皮を取り除くように漉せば、トマトソースの完成。

 鶏モモ肉は繊維に沿って薄切りにし、食べやすい大きさにカット。塩コショウで味付けをしたら、オリーブオイルで余分な脂を取りながら焼き目がつくまで焼く。

 焼き目がついた鶏モモ肉にトマトソースを加えて軽く煮込む。その後、グラタン用の耐熱皿に移してチーズをまぶしてオーブンで七分ほど焼けばオーブン焼きの完成。


 次にパンケーキはボウルに卵と砂糖を入れて、すり混ぜる。混ざったらサラダ油を入れて白っぽく乳化するまで混ぜる。乳化したら牛乳、バニラエッセンスを加える。そこへ振るった薄力粉、ベーキングパウダー、塩を加えて、ホイッパーでさっくり混ぜる。ダマがなくなれば生地は完成。

 次にフライパンを弱火で温め、サラダ油を薄めに塗る。手のひらをかざして熱さを感じるようになったら、フライパンを濡れふきんの上で一度冷まします。極弱火に調整して、生地をお玉で流す。

 極弱火で二分弱焼き、生地にプツプツと穴が空いたらフライ返しでひっくり返す。ひっくり返してまた二分弱焼いけばパンケーキの完成。これを数回繰り返し、三枚重ねのパンケーキを二つできる。あとはレタスとトマトのサラダを作れば、今日の朝食は完成だ。


 いつものようにエリーに食堂まで運んでもらうと、ちょうどシャワーからあがったばかりのシリウスが椅子に座るところだった。

 髪がしっとりしていて、シャワーを浴びたおかげで体温が上昇し、頬がほのかに赤く染まっている。服もかっちりしていなくて、シャツのボタンを二つ外しているせいで逞しい胸板が見える。

 朝の日差しがちょうど差し込んでいることもあって、フェロモンみたいなものが可視化されてキラキラ輝いていて見える。


「お、おはようシリウス」

「おはようマユミ。今日も美味そうだな」

「で、でっしょー? 昨日収穫したトマトが結構多くてね、トマトソースから作ってみたの」

「ああ、通りでハーブとニンニクの匂いがするのか。匂いだけでも腹が減りそうだ」


 大人の色気を漂わせているシリウスから目を逸らしつつ、私も席について朝食を食べる。

 パンケーキはホットケーキミックスで作ることが多いせいで、薄力粉を使うレシピで作るのは初めてだったけど……うん、ベーキングパウダーのおかげで生地がふわふわで、メープルシロップをかけるとしっとり食感になる。

 チーズ焼きもトマトの酸味とこんがりチーズのまろやかさがマッチしていて、鶏モモ肉も余分な脂を取って焼いたおかげで脂っぽくない。口直しのサラダも、特製ドレッシングのおかげで口の中がさっぱりする。


「マユミ。今日の予定は?」

「今日? 今日は……千鳥さんのところでレッスンをした後、ミナと王都でショッピングするよ」

「……そうか。私は今日、王都近隣で魔物が出現した場所のパトロールだ」

「やっぱり、今も魔物はいるの?」

「ああ。恐らく調教師(テイマー)を雇っているどこかの貴族の仕業だろう」

「え? 調教師(テイマー)って、個人で雇えるの?」

「雇えるぞ。ただ、その場合は裏仕事を任せることが多いが」


 この世界の貴族は、そのほとんどが汚れ仕事を得意とする呪術師を雇うことが多い。

 それは政敵などの障害を取り除くためだったり、汚れ仕事を代わりに担うためだったり……シリウスがコーデリアさんに仕掛けられてきた暗殺や呪いは、そういった汚れ仕事専門の魔法使い達がやっていた。


「今回の場合、別の目的を遂行するためにあえて囮として利用している可能性がある。その目的がわかればいいが……生憎検討がつかない」

「コーデリアさんが、シリウスを消すために……ってのは、流石に考えすぎ?」

「……いや。正直なところ、私も義母上(ははうえ)が怪しいと思う。セシリア嬢の件を含めて、彼女が私達に憎しみの矛先を向けていてもおかしくない。だが、義母上(ははうえ)は私の命を狙ったことは、すでに王宮側は知っている。もし同じことをすれば、今度こそ義母上(ははうえ)は私に関する記憶を全て消され、どこかの僻地に一生幽閉されるだろう」

「そう……」


 ……分からない。何度考えても、コーデリアさんの気持ちが。

 周りの期待に応えられなかったことも、自分の息子が【一等星】でなかったことも、その原因が全部シリウスにあることも全て。

 どれだけ考えても、やはり他人事として受け取ってしまい、彼女の抱く感情は全て逆恨みだと思ってしまう。


 それがきっと正しいのだと思う。事実、私も千鳥さんもそう思っている。

 周りが勝手に押し付けた期待をわざわざ背負い込んで、尚且つシリウスにその怒りをぶつけるなど愚かな行為としか言いようがない。

 ならいっそ、全て忘れてしまった方が、彼女にとって幸せなんじゃ……そう思った瞬間、シリウスが椅子から立ち上がり、そのままわたしを抱きしめた。


「すまない。私の問題でお前がここまで気を負ってしまうとは」

「……ううん。わたしは別にいいよ。どれだけ考えても、コーデリアさんの気持ちを理解できないし、することもできない。むしろ心配なのは、あなたの方よ」

「私?」

「だって……血のつながりはないにしろ、あなたにとっては母親だもの。家族のことで悩むのは当然だから」


 かつてのわたしは、家族の間にできた問題を解決することすら諦めていた。

 どれだけ悩んでも、どれだけ従順に接しても、あの人達の態度が変わることはなかった。

 もうすでに別の形で解決したとはいえ、今でもたまにそれぞれの道を生きているだろうかつての家族を思い出すことがある。それは、シリウスだって例外じゃない。


「…………そうだな。私の場合、【一等星】になった日からすでに義母上(ははうえ)との縁はもう切れていると思っている。たとえ彼女がまた何かしても……私は、【一等星】として罰を下す。そして、二度と義母上(ははうえ)には会わないだろう」

「……」

「……こんな判断を下す私を、冷たい男だと思うか? マユミ」


 声を震わせながら訊く彼に、わたしは静かに首を横に振る。

 その反応に安堵したのか、小さく息を吐いた彼の顔がゆっくりと近づいてくる。

 何故この流れで、と思うかもしれないけれど、今のわたし達にとってはそれ以外の方法を知らない。


 ただ静かに、唇を重ねる。

 お互いの冷たさを肯定するように。

 それが正しいのだと、互いに言葉なく言い訳しながら。

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