14.闇夜の企て
「はぁ……」
王都の西にある貴族街。中でも豪奢な屋敷で暮らす僕、アレン・エル・クリストファー・ニュクスはため息をついていた。
自室の執務机の上に広げているのは、サーディス公爵家の家紋が捺された封蝋がついた手紙。
皺だらけのくしゃくしゃな便箋に書かれていたのは、婚約解消の申し出だった。
セシリア・サーディス公爵令嬢。
財務大臣であるサーディス公爵を父に持つ彼女は、待望の一人娘ということもあってかなり甘やかされて育てられてきた、いわゆるステレオタイプのお嬢様だ。
鍛錬を積めば【三等星】となれる実力を持っていながらも、貴族令嬢らしくドレスや宝石などの流行品に夢中だった。
魔法や階級は実力主義の色が濃いせいか、【二等星】まで昇格できる魔法使いと魔女は意外と少ない。
その大半が王宮魔法使いになっているが、僕のように専門分野に携わることもある。
【三等星】ならば貴族令嬢でも魔女として箔がつくにも関わらず、彼女は必要最低限の魔法を身に付けるだけで、階級には無頓着だった。
もちろん、貴族の中には魔法学校を卒業した証明書目的で入学する者や本格的に魔法関連に職に就くために入学する者もいる。セシリア嬢の場合は前者だろう。
魔法学校を卒業した者は等しく【五等星】の階級を与えられる。これだけでも箔付けには十分らしく、【五等星】でありながら【三等星】の魔法使いの元へ嫁いだ貴族令嬢は少なくない。
セシリア嬢の場合、彼女は【三等星】になれるほど魔力が高く、なおかつ公爵という爵位が高いご令嬢。当時、独り身だった義兄上の婚約者としては申し分なかった。
しかし、彼女は【一等星】の仕事も責務も大半は理解しておらず、押しかけ女房じみた行為ばかりしていた。
最終的に義兄上が魔法で魔物を討伐した姿が恐ろしくなり、婚約解消した……というのが、僕でも知っている話。だが、この手紙には何故その経緯に至ったのか事細かに記されている。
――義兄上と彼女の婚約解消の原因は、母上だった。
母上は、義兄上が幸せになることを邪魔するために、わざわざ魔物討伐現場に向かわせるよう唆したのだ。
全ては、【一等星】シリウスにより相応しい、貴い青い血を持つ子供を産ませるために。
それを読んだ瞬間、僕は先ほどまでの母上の様子に納得がいった。
この手紙がくしゃくしゃになっている理由。
それは、母上がこの手紙を読んで、癇癪を起こしたからだ。
帰宅直後、屋敷に響き渡るほどの金切り声を聞いた僕が急いで駆けつけると、リビングのテーブルやソファをひっくり返し、手紙をくしゃくしゃに丸めて床に放り投げる母上の姿。
鬼の形相になった母上を見て、僕はすぐさま気分を落ち着かせた後、リビングを魔法で元の姿に戻した。
その後、すっかり怯えたメイドに頼み込んでハーブティーを用意させた僕は、床に放っておいたままの手紙を取った。
斜め読みだったが、その手紙がサーディス公爵家からの婚約解消の申し出という内容だと知り、母上の目に再び触れないよう隠しながら「私服に着替えてくる」と言いながらリビングを後にした。
そしてメイドから母上がようやく落ち着いたと聞き、すぐに手紙の内容を確認して、今に至るというわけだ。
(サーディス公爵家は『先進派』とはいえ、母上の条件である魔力の高さと青い血の濃さが充分にあったから選ばれた)
母上のような『伝統派』である名家はほとんどおらず、母上の実家にすらその血を保っている家は二〇ほどしかいない。
しかしどの家もすでに既婚者ばかりで、『伝統派』で残っている未婚者は僕だけ。
ならば、『先進派』や青い血の濃さなど出来る範囲で妥協した結果、セシリア嬢が選ばれた。
一〇代で結婚している貴族令嬢には珍しく、セシリア嬢は二〇歳を過ぎても未婚であった。
それは義兄上の婚約破棄の件でほとぼりが冷めるのと、娘に甘いサーディス公爵が彼女に見合う婚約者を探すために手間取ったからだ。
貴族社会にとって、伴侶探しは幼少期の頃から済ませられる通過儀礼だ。セシリア嬢にも婚約者候補として挙がった令息達はいたが、どれもすぐに別の令嬢の婚約者となってしまった。
伴侶探しは時間との勝負だ。家柄や爵位などを重視すぎると、いつの間にか別の家に盗られることはザラにある。サーディス公爵家もその例だ。
本来、義兄上との婚約はサーディス公爵家にとっても、決して逃すことができない話だった。
それを母上によって潰され、僕と婚約するよう誘導させたという事実は、プライドの高い彼女にとって屈辱だったのだろう。
その気持ちは、僕にも理解できる。
僕だって、義兄上と祖父の存在によって、『【一等星】になりそこなった男』や『馬鹿魔力王女の息子』など陰口を叩かれていた。
その時感じた屈辱は、一生忘れられるものではない。
そう考えるならば、セシリア嬢が婚約解消を望むのは致し方ない。
(……だが、問題はその後だ。義兄上と再婚約? あの人にはもう花嫁がいるんだぞ)
魔法界にとって、花嫁は希少価値の高い存在。
わざわざ別の世界から連れてきた彼女らは、様々な生い立ちを経験している。特に太陽の魔力はこの魔法界には花嫁しかない魔力で、この力は他の魔女では代用できない。
故に彼女らの身元は魔法省も王族も保証し、大きな不祥事を起こさない限りは伴侶にした魔法使いの元で暮らすことが許される。
そして、魔法界の魔女が花嫁を害する、もしくは花嫁自身の意志にそぐわない行為をすることは許されていない。
花嫁の価値は、魔法界の魔女が考えるよりずっと高い。セシリア嬢のように義兄上と再婚約し、正妻の座を奪う行為は当然タブーだ。
しかし、相手は世界の中心は自分で回っていると考えているお花畑脳のお嬢様。説得するだけ無駄だろう。
(セシリア嬢には悪いが、サーディス公爵に直接この婚約解消の件をなしにしてもらおう。もしそれがダメなら、花嫁を害そうとした被疑者として拘束させることになる)
もちろん義兄上のためではないし、あの花嫁のためでもない。
僕の貴族として、そして婚約者としてのせめてもの責務だ。
そうと決まれば、さっそく母上に報告しなければ。
部屋を出て、僕は母上がいるリビングへ向かう。
リビングの重厚な扉が少しだけ開いていて、蝋燭の灯りが漏れ出ていた。
珍しい……普段から扉をしっかり閉める人なのに……。
「―――それで、どうなの?」
母上の声が聞こえ、はしたないと思いながら扉の隙間から中を伺う。
そこには、母上だけでなく黒いローブを目深く被った男が立っていた。
ローブの男は母上の前に向かい合うように立っており、左胸には悪魔の翼と鞭が縫われたワッペンがついていた。
「どうと言われましても……いくら調教師の私でも、あの数を相手にするのは骨が折れます」
「言い訳は結構よ。とにかく、一刻も早く彼らを始末してちょうだい。そのためにわざわざ我が家で持て余していたあなたを呼んだのよ?」
「……ええ、分かっております」
それだけ言って、男は転移魔法で消えてしまう。
調教師……それは、魔獣を使役する魔法使い・魔女の総称だ。魔獣の中でも扱いを間違えなければ飼いならせる天馬などを育てるために、専門としている者はいる。
しかし、中には魔物……人間も魔獣も問わず攻撃してくる恐ろしい生き物を調教できる者もいる。
そういった調教師は犯罪者もしくは裏稼業として扱われ、その証として悪魔の翼と鞭が縫われたワッペンがついたローブを身に付けられる。
あの男は、魔物専門の調教師。ならば、母上が彼を呼んだ理由など―――一つしかない。
信じたくない気持ちで耳を傾けていると、母上はゆっくりとグラスにワインを注ぐ。グラスを手にし、中に入った赤い液体を揺らしながら呟く。
「これで……これでようやく消える……わたくしの汚点、わたくしの不運、わたくしの憎悪が。ふふふ……ふふふ……早く見たいわぁ。【一等星】と花嫁の血塗れた死体を」
「――――!!」
ここで声を我慢した僕は、本当によくやったと思う。
だけど母上が義兄上と花嫁の殺害を本気で企てていると理解し、すぐさま踵を返して自室に戻る。
そしてすぐさま便箋を手にし、急いで文字を書いていく。
(早く、早く書かないと。母上が戻れるうちに!)
いくら母上でも、【一等星】とその花嫁を殺害させたら、厳罰は免れない。
そうなる前に早く知らせないといけない。
たとえマザコンと言われようが、今の母上を守れるのは僕だけなんだから――――




