アレン・エル・クリストファー・ニュクス
僕の名前はアレン・エル・クリストファー・ニュクス。
王族の末端に連なる者であり、先代シリウスの息子。
そして、前国王の末の娘であり、先代シリウスの妻であるコーデリア・エル・ヴィクトリア・ニュクスが僕の母だ。
僕の人生は、生まれた時から永遠に超えられない壁が立ち塞がっていた。
かつて先々代シリウス――僕の祖父の妻であるチドリ・ミナジマは、異世界から連れてきた花嫁であり、父上を生んだ女性。
故に、母上も父上との間に同じ【一等星】を生むことを、周囲から期待されていた。
しかし、母上の願いは叶わなかった。
僕が産まれる前に、父上が次代シリウスとなる赤子を連れてきたからだ。
【一等星】はその名と力を継ぐ新しい器が生まれたと、『神託』として伝えられる。その器を赤子の内から引き取り、一〇年という歳月をかけて必要な教養と魔力を受け継がせる。
それが他の【一等星】ならよかったが、問題は父上と同じシリウスだったことだ。
父上が先々代シリウスの息子だったせいで、母上は二代続けて【一等星】が生まれるという周囲からの確証のない身勝手な期待を背負わされていた。
しかし、父上が連れてきた赤子は同じ【一等星】シリウス――つまり僕は【一等星】でないことが証明されたと同義だ。
周囲が身勝手な期待を押し付けたというのに、それを『裏切った』『期待外れ』だと言って罵り、僕を出産してもお祝いの品やメッセージカード、それと見舞いに来るのは一部の親類縁者のみだった。
この日から、母上の心は次代シリウス――義兄上への憎しみに囚われてしまった。
日々の面倒は全て家憑き妖精に任されながら育てられた義兄上は、父上の教えを受けていく度にみるみる成長していった。
僕も母上の方針で引退した王宮魔法使いによる英才教育を受けてはいたが、その実力はそれなりに差が出ていた。
【一等星】として相応しい素養と学習能力は、やがて母上にとって真っ先に排除すべきモノへとなった。
最初に母上が行ったのは、毒殺。
魔法植物の管理を生業とする【一等星】シリウスの屋敷には、単体で毒性のある植物、もしくは組み合わせで毒になる植物がごまんとあった。
王族として高い教養を受けた母上は、己が持つ知識だけでなく屋敷の書庫にあった魔法薬学の書籍を読み漁り、義兄上の食事に密かに一服盛った。
しかし義兄上は食べる前に見破られる、もしくは盛られてもすぐに解毒薬で難を逃れた。
次に暗殺者。
王族というのは、常日頃から命を狙われる危険がある。それは政敵であったり、謀反を企てる悪徳貴族だったり……故に王族でも王家専属の暗殺部隊というものが存在する。
母上の実家も汚れ仕事を担ってくれる暗殺組織を雇っており、母上はそのツテを使って義兄上を亡き者にしようとした。
結果、兄は負傷を追いながらも暗殺者を全て退けた。しかも父上に学んだ魔法の実験体として。
いくら暗殺組織でも、標的が強すぎたらいくら金を積まれても誰もやりたがらない。
そのせいで母上の依頼を受ける暗殺者はいなくなり、しばらくの間は母上の癇癪が収まらない日々が続いた。
最後は呪い。
これも暗殺組織と同じで、呪い専門の魔法使い――呪術師がおり、王家にも母上の実家にも数名ほど存在する。
けれど、母上の実家のいる呪術師は暗殺組織から話を聞いていたせいもあり、中々依頼を受けてはくれなかった。
そこで、最後の手段として母上自らが呪いを下すことになった。
いくら降嫁したとはいえ、母上は王族の血を引いている。流石の呪術師達も母上に何かあってはならないと考え、呪い返しを伝授させた。
そこから母上は怪しまれない程度の頻度で義兄上に呪いをかけた。
母上は王宮で『馬鹿魔力王女』と陰口を叩かれてはいたが、あの人がかける呪いはたとえ初級でもかなりの効力を持った。
もしこれが【二等星】の王宮魔法使いならば数日で呪い返し、【三等星】以下なら呪い返しをする前に虫の息になるだろう。
だけど、義兄上はたった半日で母上の呪いを跳ね返した。
呪い返しの一つである身代わりの魔法――術者の毛を入れた人形を、呪い返しの対象と誤認させる魔法――が、何度も発動した。
母上はまるで狂ったように呪いをかけたけれども、いくら身代わりの魔法に必要な人形が量産可能でも限度がある。
やがて義兄上の呪い返しに追いつけず、母上は呪いをかけることをやめた。
そのまま膠着状態が続き……やがて、義兄上はシリウスの名を賜った。
新たな【一等星】が誕生したら、先代とその一家はすぐさま別の住居へ移さなければならない。【一等星】の屋敷は【一等星】のもので、そこで暮らせるのは当人とその伴侶のみだけだから。
王宮から手配されたメイド達に荷造りしてもらう間も、彼女達はヒソヒソと毒を吐いた。
『魔力が高いくらいしか能のないコーデリア様』
『いくら魔力の高い子を産んでも、【一等星】でなければ意味がないのに』
『コーデリア様のご実家は、この一件のせいでますます肩身が狭い思いをしていらっしゃるらしいわ』
『王妃様もこの一件のせいで、ますますご体調を崩されて療養のために領地に移されてしまった』
『所詮は家柄と青い血だけしか能のないのだもの、この結果は当然だわ』
『やはり『魔力馬鹿王女』でも、花嫁には勝てなかったということよ』
そんな容赦のない言葉が、ナイフとなって母上の全身を突き刺す。
これまで義兄上への憎しみで心身共に限界だった。それがこの言葉のせいで、ついに悪感情を堰き止めていた壁が崩壊した。
人が出せるとは到底思えない叫びを上げ、普段の上品な姿勢から想像できないほどの荒んだ足取りで母上は父上と義兄上の元へ走っていった。
別の部屋で作業していた僕も、その声を聞きつけて母上の元へ走った。
そして、そこで見たのは今まで儚げな笑みしか見せなかった母上ではない。
全ての憎しみを全身に纏った、悪鬼のような母上だった。
『何故なのです!? 何故わたくしが与えられるはずだった全てを、こんな卑しい者に明け渡さなくてはならないのですか!? 伝統? 掟? そんな古臭いものに縛られるなどまっぴらよ! 返しなさい、わたくしのものを! 返せ! 返せ! 返せぇぇぇっ!!』
その叫びと共に放たれた母上の渾身の魔法は、無情にも義兄上の魔法によって防がれた。
容赦なく魔法で母上の意識を奪った義兄上。髪が激しく乱れて、譫言のように『返せ』を繰り返し呟く母上。
そして、気を失った母上を横抱きにした時に見せた、父上の哀愁と罪悪感に満ちた顔と呟き。
『…………すまない、コーデリア』
その時の父上の姿を、顔を、声を、僕はきっと一生忘れない。
それから父上は、これまでの負い目なのか最西端の地にある別荘に行ってしまった。
貴族街で一緒に暮らしても、きっとあの屋敷での辛い日々を思い出すかもしれないという配慮からだったのだろう。
現に父上がいなくなってから、母上の心は以前より穏やかになったのは覆せない事実だ。
それから僕と母上は、母上の実家が用意した信用たる使用人達と一緒に貴族街の屋敷で暮らした。
僕が大人として成長し、魔法学校を首席で卒業し、『魔法道具開発部』の部長として功績を上げていった。
それは魔法植物より魔法道具が好きだった僕にとっては天職で、やりがいも充実感もあの屋敷にいた頃とは比べ物にならなかった。
そうして何年か過ぎた頃、義兄上が花嫁を連れてきたという噂が流れた。
先々代のように花嫁を娶った義兄上。他意はないにしろ、せっかく落ち着いた母上の心を乱すには十分だった。
母上は義兄上と花嫁を引き離そうと考えていたようだけれど、僕は正直どうでもよかった。
ただこれ以上、母上があの頃のように憎しみに囚われず、穏やかに過ごせればいいと本気で思っていた。
変に藪蛇を突っつかず、必要最低限の接触しかせず、ただ母上の望むままの未来を歩む。
それが、【一等星】として生まれなかった僕の贖罪なのだから。
―――だけど、この時の僕は気づいていなかった。
母上が義兄上――いや、【一等星】シリウスに抱く憎しみが、僕の想像よりも根深く、歪んでしまっていることに。




