コーデリア・エル・ヴィクトリア・ニュクス
わたくしの名前は、コーデリア・エル・ヴィクトリア・ニュクス。
この魔法界の王族の人間であり、先代【一等星】シリウスに嫁いだ元王女。
……そして、王家から受けた使命である『【一等星】に選ばれる子供を産む』を果たせなかった、役立たずの魔女。
わたくしの家は、魔力と血筋を重要視する『伝統派』筆頭の一族。
親戚同士で婚姻を交わし、血を繋げてきた一族は、わたくしという魔力だけ高い女を生み出した。
尊い青い血を引き、高い魔力を持ったわたくしは、己の生まれた環境に誇りを持っていた。
しかし、時代の移り変わりで『伝統派』の反対勢力である『先進派』にとって、わたくしの存在は負の遺物のように見えているようで……。
わたくしのことを見て、『魔力馬鹿王女』と陰口を叩くメイド達は、『先進派』が『伝統派』の権力を削ぐために手配された薄汚い駒。
追い出したくても、有力貴族出身が多いせいで誰をクビにすればいいのか分からなかった。
毎日のように宮廷内のあちこちで聞こえる陰口。
『先進派』達の薄汚い骨董品を見るような目。
そして、魔力が他界だけで大した魔法を使えないわたくしを蔑む『伝統派』達。
敵からでなく仲間からも馬鹿にされ、わたくしの目から涙が零れない日はなかった。
毎日のようにお母様の部屋に行っては、抱き着くように泣きついていた。
お母様はお体が弱く、一年のほとんどをベッドの上で過ごされていた。毎日のように微熱と咳が出て、ひどい時は高熱が一週間も続くこともあった。
お母様の病弱は、近親婚による弊害だ。
お母様のご両親はいとこ同士だった。法律上は婚姻関係でも問題ないけれど、お祖母様の母親とお祖父様の母親は血の繋がった双子の姉妹。
故にご両親の青い血もかなり濃く、それをさらに強く引いてしまったお母様はこんなにも病弱なお体で生まれてしまった。
わたくしを産む際も死の淵をさ迷われたこともあったけれど……それでも、わたくしが嫁入りするまではお元気だった。
ご存命だった頃、お母様はいつもわたくしに言い聞かせていた。
『コーデリア、あなたはこの世界で最も貴い青い血を引く娘。この身に流れるその血の価値をいつか誰もが思い知るでしょう。ですから、どんな悪意にも挫けずに、将来素晴らしい魔法使いを産むのですよ』
王家やその系譜に準ずる女は、貴族の子息の元へ嫁ぐ運命。
だからこそ、わたくしも王女として相応しい殿方へ嫁ぐことが決まっていた。
それが、【一等星】シリウス――王家の命によって選ばれた、わたくしの夫。
彼はとても口数が少なく、いつも険しい顔をなさっていた。
黙々と役目を全うし、手伝いとしてやってくる妖精達に不器用ながらも親しく接する彼は、これまで出会ってきた殿方とは違っていた。
夜会で会う殿方はわたくしの地位を狙い、汚れきった青い血を持っているくせに偉そうにふんぞり返る者ばかり。
それと比べれば、生家が『伝統派』寄りであった夫の方がまだマシというもの。
ならば、わたくしは彼の妻としての役目を果たすだけ。
この世界に誇れる子を産む。それこそ、生まれながらに【一等星】になれるような、そんな素晴らしい子を。
………………そう。わたくしは頑張ったの。
周りの期待に応えるために。お母様の願いを叶えるために。なにより、愛する夫のために。
そう、頑張った。
頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。頑張って――――その結果が、貴い青い血も魔力もない【無星】の女の子供に全て奪われた。
ああ、憎い。憎い。憎い!
あの人と同じ髪と瞳をした、あの汚らわしいモノ!
わたくしが生んだ息子の方が相応しいのに、【一等星】を奪われた!
これは間違いなのだと、夫に何度も進言した。
でもあの人は無表情で、静かに言った。
『間違いではない。神託の通りになった』
何度もそれだけ言って、話を終わらせた。
やがて夫は、次代としてあの異物を育て始めた。
あなたには愛する息子がいるのに。わたくしと血が繋がった、貴い青い血を持つ子が!
息子すら義務として接するようになったあの人に憤りを感じながら、わたくしは異物を排除するために動いた。
異物を殺せば、きっとあの人は目を覚ましてくれると信じて。
……でも、異物はしぶとく生き残った。あらゆる商人から手に入れた毒も、腕利きの暗殺者も、強力な呪いも、次代として必要な訓練として消化されていく。
とうとう手が尽きたと知った時は、異物が屋敷に来て一〇年も経っていた。
それは、あの人が【無星】になり、異物が【一等星】になる年。
執務室で粛々と行われた代替わりの義。急いで扉を開けた時には、すでに異物の肩に【一等星】にしか身に纏うことが許されるローブをかけられた後だった。
……ああ、ああ、ああ!
奪われた! 奪われた! 奪われた!
わたくしの努力を、願いを、夢を全て踏み躙って! 平然とした顔で、当たり前のように受け取った!
『何故なのです!? 何故わたくしが与えられるはずだった全てを、こんな卑しい者に明け渡さなくてはならないのですか!? 伝統? 掟? そんな古臭いものに縛られるなどまっぴらよ! 返しなさい、わたくしのものを! 返せ! 返せ! 返せぇぇぇっ!!』
これまでの憎しみを吐き出した叫びを上げながら、わたくしは杖を取って――――
そこから先の記憶は、わたくしにはない。
気が付くと、わたくしは息子と共に今も暮らしている貴族街の屋敷のベッドで眠っていた。
あの人は目覚めたわたくしを見て、昔より皺だらけの手で頬を撫でる。
それを最後に、あの人は最西端の地にある別荘に行ってしまった。
……あの人は最初から、わたくしに対してなんの情も抱いていなかったのだろう。
ただ王命で結婚しただけの関係。たとえ子が生まれても、わたくし達は永遠に赤の他人。
あの人が用意した鳥籠に入れられても、わたくしは諦めない。
あの異物――当代シリウスを名乗るあの男から、全てを取り戻すために。
そのためならば、わたくは――――
この手を血に染めることすら厭わない。




