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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第三章
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13.苦くて冷たい紅茶の味

 言葉数少ないお茶会の後、わたしは前のようにシリウスの部屋にいた。

 クラシカルな内装をしたこの部屋は、彼が愛用している香水の香りが漂っている。スパイシーだけど柑橘系の香りは、不安でざわついていた心を静かに宥めてくれる。

 ベッドに腰かけ、彼の肩に頭を預けるわたしの髪を撫でながらシリウスは話し始める。


義母上(ははうえ)は、青い血至上主義の正統派の人間なんだ」

「青い血……人間界でいうハプスブルク家みたいなもの?」

「そうだ。彼女の実家は配偶者をなるべく血の濃い血縁者の中から選ぶ徹底ぶりで、青い血を尊ぶ正統派のリーダー格なんだ」


 かつて魔法界にも魔力と血を重視した時代があり、一時期貴族社会の間では近親婚が当然のように行われていた。

 しかし近親婚による弊害で病弱や障害――特に魔法を上手く扱えない子供がたくさん生まれてしまった。

 これは優秀な魔法使い・魔女を輩出する名家にとっては凋落と同じくらい深刻な事態になり、コーデリアさんのような魔力が高い者が生まれたのはもはや奇跡だと言うくらいだった。


 この近親婚を重く見た王家は、青い血同士の婚姻を制限。それに伴い血統や爵位ではなく魔力の高さを重視する先進派が誕生したことで、たとえ平民でも魔力が高ければ貴族と結婚できるようになった。

 そもそも、【一等星】自体が地位も身分も関係ない者から選ばれるため、先進派が多くなるのは自然の摂理だ。


「しかし、今の貴族の中には未だに血統を重視する者がいる。義母上(ははうえ)の実家を含み、魔法界創世記からいる名家の中で先進派に鞍替えした家は両手の指で数えられる程度だ」

「それで、なんで先進派のセシリアさんと結婚するの? 普通逆じゃない?」

「確かに伝統派から選べるには選べる。だが、その伝統派にアレンの元に嫁いでくれる令嬢がいないんだ」


 聞けば、ここ数年で正統派の令嬢達は同派閥の令息達の元に嫁いでいる。

 本当ならアレンもその波に乗るはずだったが、我が子可愛さで血も魔力の高さも申し分ない相手をコーデリアさんが選別している間に品切れになってしまったのだ。


「結果、先進派ではないが伝統派と大差ない青い血を持つサーディス嬢が婚約者に選ばれた」

「なのに、彼女はその婚約を解消してシリウスの正妻になることを望んだ……」

「正直なところ、花嫁を持った魔法使いが貴族同士の繋がりのために愛人を持った例はある。が、どの愛人も日陰者として一生を終えるか、離婚して別の相手の元に嫁いでいる」

「どうして? 花嫁でもわたしは超がつくほどの庶民だよ?」

「簡単だ。魔法使い達にとって、花嫁は至宝そのもの。一番愛しい存在がいるのに、ほかの女に目移りなどするものか」


 男らしく骨ばったシリウスの指が、わたしの頬をくすぐるように撫でる。

 全身の産毛が逆立ってぶるりと身を震わせると、今度はつむじに唇を落とした。

 ここぞとばかりの激しいスキンシップは、否応なしにもわたしの心臓を激しくさせる。


「だが、あの令嬢が屋敷に押し入るところがマユミに手をあげるとは……許しがたいことだ」

「あれにはわたしも驚いたし、ムカついてるわ。……それで、シリウスはどうするつもりなの?」

「どうもこうもない。いくら元婚約者とはいえ、今のサーディス嬢はアレンの婚約者だ。当人同士で問題を解決するべきだ。私達には関係ない」

「そう、だよね……」


 シリウスの言う通り、今回の件は当人同士の問題だ。

『婚約』という扱いの難しいものを、いくら巻き込まれたとはいえ他人である自分達が関わっていいものではない。

 そのはずなのだが……。


(でも、なんだか嫌な予感がする……)


 嵐の前の静けさ、というのだろうか。

 不穏な空気を感じて、わたしは震えを誤魔化すようにシリウスに身を預けるのだった。



☆★☆★☆



「なるほど、そんなことがあったのですね」


 翌日、わたしは千鳥(ちどり)さんの邸宅でミナと一緒に昼食を共にしていた。

 親睦パーティーをきっかけに始まった礼儀作法のレッセンは、(かなで)さんがいなくなってからも継続している。

 花嫁同士の交流の場は意外にも少なく、仮に貴族の令嬢達のお茶会に招かれてもマナーの粗探しなどされて恥をかかされることがある。そういった点では、千鳥さんのレッスン継続はある意味安心の場になっている。


「コーデリアさんの件もそうですが、サーディス嬢のことはわたくしも少し苦言を申しましょう」

「できるのですか?」

「ええ。幸い、あの方の母方の祖母は社交界にも顔が利く伯爵夫人であり、わたくしの数少ない友人です。事情を話せば納得してくれるでしょう。それに――」


 千鳥さんが続きを言おうとした瞬間、ネモフィラがとある女性を連れて現れた。

 年は千鳥さんとそこまで離れておらず、落ち着いたネイビーのドレスを着ている。白く染まった髪は上品な団子結びになっていて、衰えを感じさせない佇まいはまさに貴婦人そのもの。

 来客の登場にわたし達はすぐに席を立ち、お辞儀をする。


「ようこそ、いらっしゃいました。ティエラ・ハーミルトン伯爵夫人」

「久しぶりね、ミス・ミナジマ。それと……ミス・タカナシと、ミス・ウォーカー」


 女性――ミス・ハーミルトンの挨拶に、わたしとミナはカーテシーをしながら交互に挨拶する。


「お初にお目にかかります。当代【一等星】シリウスの花嫁、マナ・タカナシと申します」

「お初にお目にかかります。当代【一等星】プロキオンの花嫁、ミナ・ウォーカーと申します」

「まぁ、なんて礼儀正しいの。あなたの教育がよく行き届いているわね、チドリ」

「まだまだよ。社交界ではこれくらいできて当然なのよ」

「ふふ、相変わらず手厳しいわね」


 親し気に会話をする二人に、ミス・ハーミルトンは同じくカーテシーをする。

 その仕草はわたしとミナより数倍も洗練されていた。


「初めまして、私はティエラ・ハーミルトン。この度は孫娘がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「あ、いえ、その、そこまででは……とりあえずお座りください」


 こんなにお淑やかな女性に初対面にも関わらず頭を下げた姿を見て、わたしはしどろもどろになりながらも席に座るよう促す。

 その間にネモフィラがお茶を用意し、それを一口飲むとミス・ハーミルトンはふぅっと息を吐いた。


「娘の旦那……サーディス公爵が不妊症気味だったせいで娘との間に子が中々できず……ようやく生まれたセシリアさんのことを溺愛しているの。そのせいかあの子は少々我儘になってしまって……」

「親バカほど厄介なものはありません。今のうちに現実を思い知らせないと、彼女も九重(ここのえ)さんのような未来が訪れますよ」


 千鳥さんの厳しい指摘に、ミス・ハーミルトンだけでなくわたし達も口をつぐむ。

 奏さんは【一等星】ベテルギウスの花嫁にも拘らず、シリウスに一目惚れし彼の花嫁になることを望んでいた。結果、彼女の想いはわたしの嫉妬と激しい現実逃避によって歪んでしまい、【二等星】ジェルマ・クォーツネルに利用されてします。

 ジェルマは三代前の【一等星】カノープスの子孫であり、【一等星】の血を継ぐ己が【一等星】でない現実を受け入れず、全ての【一等星】に対して逆恨みしていた。


 彼は花嫁の特性を利用し、血で作った人工魔石を製造。その力で【一等星】になりあがろうと目論み、次のターゲットシリウスの花嫁であったわたしを狙った。

 ジェルマによって洗脳された奏さんによって誘拐されたわたしは、致死量ではないが少なくない血を採られた。

 もし、あの時シリウスが助けにこなかったら、あのまま血を搾り取るまで飼い殺されていただろう。そう考えるとぞっとしてしまう。


 その後、ジェルマは騎士団の調べで余罪が見つかり監獄行き。洗脳が解けた後も態度が変わらなかった奏さんは、ベテルギウスさんによって人間界送還された。

 人間界送還は、花嫁が魔法界において世間を騒がせる大事件を起こすか、花嫁としての役割を放棄した際、その花嫁を娶った魔法使いは、己の手で魔法界での記憶を消去させ、人間界に還すという残酷な処罰。

 彼女はベテルギウスさんの手によって魔法界とそれに関する記憶を全て消され、人間界に戻った。交通事故による記憶障害として処理されて。


 この一件は既に魔法界全土に知れ渡っているため、ミス・ハーミルトンも当然知っている。

 人間界送還が花嫁にとって重い処罰だとしたら、この世界の魔女にとっての重い処罰はきっと、奏さんよりも重く辛いものになるに違いない。

 それはきっと、いくら孫娘の我儘に頭を悩ませているこの人でも避けたい道だ。


「そうですね。……今度、あの子が懲りずに茶会を開くそうだから、その時に釘を刺しますわ」


 ミス・ハーミルトンは物憂げなため息をひとつ吐くと、そのままネモフィラが淹れた紅茶を飲んだ。

 カップを注いでから時間が経っているせいか、味は苦く冷たかった。

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