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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第三章
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11.尊き青い血

(何を言っているんだ、こいつは?)


 サーディス公爵令嬢からの突然の求婚(プロポーズ)

 あまりの理解不能さに困惑した私の表情が出ていたのか、サーディス公爵令嬢の口元が軽くひくついた。


「……そんな顔をするなんて思ってもいませんでしたわ」

「それは大変失礼した……が、その求婚(プロポーズ)は受け入れられない。そもそも私とあなたの婚約関係はとっくの昔に解消され、アレンとの婚約が決まっている。戯れはご遠慮願いたい」

「あら、わたくしだって別に何の策もなく申し込んでいるわけではありませんわよ? ちゃんとした理由がございます」

「理由……?」


 訝しむ私に、サーディス公爵令嬢は客室に置かれている水差しの水をグラスに注ぎ一口飲む。

 ただ水を飲んでいるというだけなのに、何故ここまで上品に見えるか不思議だ。


「シリウス様もご存知でしょう? コーデリア様はご自分の中にある王族の血が清らかのまま、正しく継承されていくことにご執心であることを」


 ……彼女の通り、それは貴族界隈ならば全員が知っている話だ。

 義母上(ははうえ)の実母である先代王妃陛下は、先代国王陛下の遠い従妹に当たる女性だった。かつて、近親婚による弊害で精神虚弱や病弱、さらに身体的奇形や障害が出たことで、近親婚を王命として出してまで廃止させた。

 しかし貴族の中には血の綺麗さや魔力の強さで伴侶を見つけることが今も続いており、王命に背かないほど血の薄い親戚や分家から婚約者をあてがっている。


 先代国王陛下も自分の魔力に釣り合う伴侶を見つける際、なるべく王家の血筋を引いていない魔女を探すも見つからず、苦渋の決断の末に選ばれたのが先代王妃陛下だ。

 先代王妃陛下の家は徹底した正統派で、誰よりもその身に流れる青い血を愛し、誇りに思っていた。

 逆を言えば、青い血を流れていない平民を平然と見下す差別主義者でもあり、彼らに強い権力が回らないよう、歴代国王陛下達がわざわざ制限をかけるほどの家だった。


 その思想は義母上(ははうえ)にも受け継がれている。先代王妃陛下には義母上(ははうえ)の他にも現国王陛下と王弟陛下、さらに二人の元王女殿下(この二人も既に降嫁している)がいた。

 なのに、実母の狂った思想が彼女にだけ受け継がれているのは……恐らく、義母上(ははうえ)が陰で『魔力馬鹿王女』と呼ばれていたからだ。


 完全に不敬罪確定のその蔑称は、魔力が高いことだけしか能がない義母上(ははうえ)に臣下や使用人の誰かがつけたもので、教育係であったピリシア侯爵夫人からお叱りを受けるたびに、わざわざ扉の隙間から覗いて嗤うメイドまで現れるほど広まった。

 もちろんこれには先代王妃陛下の怒りを買い、その蔑称を使って嗤った者は解雇、もしくは多額の賠償金を払っての降格という処罰を受けた。


 以降は本人や先代王妃陛下の前で蔑称が出ることはなかったが、王族が立ち寄らない仕事場などで陰口として利用されることは度々あった。

 もちろんそれは義母上(ははうえ)の耳にも届いており、一時は食欲不振を起こすほど落ち込んで自室に引きこもるほどだった。

 娘が一方的に受ける仕打ちを見て、先代王妃陛下は決めた。


 ――我が家の偉大な思想を、尊い青い血を守ることの素晴らしさを伝えようと。


 何故そんな思考回路になるのか、王弟陛下から話を聞いた私や他の【一等星】達ですら理解できなかった。

 ただ、王弟陛下は言った。


『きっと、母上はコーデリアの心を少しでも癒したかったのだろう。たとえ魔力が高いだけしか才能はなくても、大切な娘であることに変わりないと伝えるために』


 そんな予想斜めをいく不器用さを見せた先代王妃陛下は、実家の思想を義母上(ははうえ)に毎日説いた。

『あなたに流れる血はこの世で最も尊い青い血。それを馬鹿にする者は、その価値を理解しない愚か者。あの忌々しい呼び名はすぐに忘れなさい。あなたは誰よりも素晴らしい、青い血を引く娘なのだから――』


 そんな言葉を先代王妃陛下は毎日毎晩、それこそ病を患い身罷るその時まで言い続けた。

 結果、義母上(ははうえ)は誰よりも青い血の綺麗さを重要視し、元伯爵家の出だった先々代の息子である先代シリウスの元に嫁いだ。


 青い血を持つ自分が、先々代のように自分の子を次のシリウスにすれば、誰よりも正しいであると証明するために。

 その後の顛末は……私も知っての通りだ。


「あの方の掲げる青い血絶対主義は、今の魔法界では時代遅れ。いくら先々代シリウス様が王族傍系の伯爵出身で、わたくしとアレン様がこのまま婚姻しても彼女が望む青い血には到底及ばず死ぬまで文句を言い続けるのは目に見えている。…………ならば、その青い血に価値がないことを教えれば、コーデリア様も目を覚ましてくれるでしょう?」


 そこまで言って、サーディス公爵令嬢が何を企んでいるのか分かってしまった。

 彼女は私と結婚し子を産むことで、自分の息子の青い血は価値も貴重性もない、ただ色が赤い血液であることを知らしめる。

 そしてその時に生まれた子が男ならば、今年一歳に迎えられたばかりの王女殿下と婚約関係を結べれば……サーディス公爵令嬢は、未来の国王の母となる。


 その事実は、青い血ではなく地位を重んじる先進派貴族達にとっては強烈な攻撃。

 正統派にとってはこれ以上ないくらい大打撃を与えられるカード。

 そして――義母上(ははうえ)がこの世で最も忌み嫌う反逆行為だ。


 ただでさえ、チドリの件で花嫁に対しての嫌悪感は凄まじい。

 それにマユミはこの世界における地位で言うなら平民。

 義母上(はは)が嫌う要素しかないのに、ここで溺愛する息子の婚約者の裏切りが入れば精神状態がさらにおかしくなるのは確実だ。


「……ねぇ、シリウス様。たしかに昔のわたくしは返り血を浴びて魔物を倒したあなた様に恐怖しました。それでもあの時抱いた恋心は変わっておりませんわ」


 するり、と私の胸に寄りかかり、艶めかしい手つきでローブを脱がした。

 手つきが明らかに常習者のそれ。……どうやら、私と婚約破棄した後はそれなりに夜遊びをしたようだ。


「お慕いしておりますわ、シリウス様。あなた様の隣に立てる女性は、この世界でわたくしだけですわ」


 ゆっくりとシャツのボタンが外される。プチ、プチ……とリズミカルに。

 だけど、白魚のような細い指は途中でピタリと止まる。

 何故、ここで手を止めたのか。それはきっと……〝これ〟のせいだ。


「――ああ、失礼。少々刺激が強いものを見せてしまったようだ」


 私の首筋に咲いた、赤い花。

 顔も知らぬ令嬢達に嫉妬し、私という花を寄せ付けないために付けた独占欲の証。

 それが今、私を守る盾となっている。


「そ、それは……っ」

「私の可愛らしい花嫁は、夜会で他の令嬢が言い寄ってくるか心配だったらしくてな。いじらしくも所有の証をつけてくれた」


 そっと指先でキスマークを撫でると、妄想したのかサーディス公爵令嬢の顔が赤く染まる。


「私はあなたの未来設計にも、青い血にも興味はない。……私はただ、愛する花嫁と穏やかな人生を歩んで、死が二人を分かつ日まで幸せになりたい。それ以上の願いなどない」

「で、ですが、これはあなたにとってもいい話のはずですよ? 今まで毛嫌いしてきたコーデリア様に復讐――」

「だから、そういうのは興味がないんだ。義母上(ははうえ)が何を目論んでいようと、どれだけ私を毛嫌いしようと、あの女にわざわざ労力と時間を割くような真似はしたくないんだ」


 私の言葉に絶句するサーディス公爵令嬢から顔を背けると、ベッドに放っていたローブを着る。

 そして、そのまま彼女の横を通り過ぎ、扉の前で立ち止まる。


「――これ以上、私達に関わるな。あなたはアレンと結婚することだけを考えればいい。今のあなたは、私の義弟(おとうと)の婚約者なのだから」


 それだけ告げると、私は客室を出た。

 サーディス公爵令嬢を、部屋に残したまま。

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