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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第三章
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10.夜会

 王都には貴族が個人的に夜会を開くために使用される娯楽用の小宮殿がいくつもあり、私、シリウスが暮らすセイリオスの屋敷と比べて何倍も広い敷地を有している。

 華美に建てられた小宮殿の中には、貴族の虚栄心をそのまま具現化したような高価な調度品が惜しげもなく飾られており、悪い方に趣味がいい内装になっていた。

 今回の会場となっている大広間では、涙滴型にカットされた水晶が煌めくシャンデリアの下、思い思いに着飾った貴族連中が酒の入ったグラスや愛用の扇を片手に談笑している。


 中でも一番の人だかりがある中央には、今回の主役でありセシリア・サーディス公爵令嬢とその父であるサーディス公爵、そして義弟のアレンと義母上(ははうえ)が挨拶に来た招待客の対応をしている。

 久しぶりに見る元婚約者のセシリアは、私の中の記憶とあまり変わっていない。


 緩やかな曲線を描く金髪も、最上級のサファイアにも引けを取らない青い瞳も、まるで貴族令嬢のお手本のような見た目もそのままだ。

 今回のために仕立てた青いドレスは、最上級の絹を使っており、あちこちを南の地特産であり最高級の大粒の真珠をふんだんにあしらわれている。あれ一着で一般家庭の五年分の生活費が吹っ飛ぶほどの逸品。

 それだけサーディス公爵家は、今回の娘の婚約に力を入れているのだろう。


(――ああ、本当に面倒だ。貴族の道楽に付き合うのは)


 生みの母が花街の娼婦であったことを除いても、どうやら私はこういう夜会には肌が合わない性質(たち)のようだ。

 そもそも【一等星】に選ばれた出自は様々だ。私のような最底辺の生まれの者がいれば、王宮魔法使いを数多く輩出した家の者、実の両親が【無星】だった者など様々だ。

 実際、プロキオンは北の寒村の農家の出身だし、ベテルギウスはオリオン工房で働いていた職人夫婦の間に生まれた一人息子だ。


 この二人も夜会は肌合わないと言っていたし、他の【一等星】もこの手の付き合いは憂鬱だと言う者が多い。

 一番得意としているのは王族の傍系である名家出身のアークトゥルスと基本的に社交的な性格をしているベガ辺りだろう。

 何度か夜会で狡猾な貴族達に引けを取らない態度を見せた二人を思い浮かべながら、私は給仕から飲み物を受け取る。一応、護衛をしているためノンアルコールのシードルだが。


「「シリウス様!」」


 喉の渇きを潤していると、ちょうど屋敷内を見回っていた魔法使い二人が私の元へ来る。

【二等星】ジャン・ピーセルと、同じく【二等星】のリオン・グラシス。

 王宮魔法使いの中では最年少だが、それなりに場数を踏んできた実力者達だ。走って来たのか首筋に汗が浮かんでおり、頬は若干赤らんでいた。


「小宮殿内外は全て確認しました。不審者はどこにもおりません」

「客室は『お休み中』のところ以外、全部空室でした!」

「……そうか。ご苦労だったな」


 報告してきた二人の赤らんだ頬の理由を察した私は、思わず呆れた顔をしてしまった。

『お休み中』は夜会特有の隠語であり、主に夜の営み真っ最中を指す言葉だ。

 いくら婚約発表の場とはいえ、夜会は夜会。先に盛り上がって酒に酔った男女が会場からいなくなり、自然と気分が高揚して()()()()()()になってしまうことはよくある話だ。


中には婚約者や伴侶がいる身で、見知らぬ相手と一夜の遊びに興じる者もいる。

 金と権力で何でも手に入る貴族達は、常に退屈がつき纏っている。退屈を紛らわせるために悪い薬や違法な賭博に手を出すこともある。

 そのせいで没落する者は少なくない、むしろこういう場での夜遊びは他と比べてノーリスクノーリタンなのだ。


 貴族社会にとって、愛人を持つことは暗黙の了解だ。

 特に優秀な魔法使いを輩出した名家や、跡継ぎを欲する家などは正妻が来る前にすでに愛人とその子供がいるのは当たり前。

 もちろん正妻と愛人の間で泥沼の戦いが起こるが、どちらが負けても夫の方は跡継ぎが無事なら問題ない。


 政略でしか結婚が成り立たない貴族社会。

 恋愛感情など邪魔でしかなく、多少の火遊びは貴族のたしなみ。

 虚栄と贅沢でしか心を満たせない哀れな連中だ。


「シリウス様、そろそろご休憩のお時間です。別室にてお休みを」

「ああ、分かった」


 リオンに言われ、私は飲みかけのノンアルコールシードルを給仕に渡す。

 そのまま大広間を出て、毛足の長い絨毯を踏みながら休憩室として宛がわれた部屋に入る。

 貴族目線では少しだけ豪奢なベッドや調度品が置かれた部屋。こういった部屋ですら品位や格を見定めるため、清掃ひとつすら気が抜けない。


 チリひとつない部屋を見渡しながら、【一等星】にしか与えられないローブをベッドの上に乗せてそのまま座る。

 そこでひと息を吐いて、そのまま寝転ぶ。ズシンとした重い疲労が全身を襲い、スプリングがギシギシと軋んだ。

 どうやら自分が思っていたよりも、かなり疲労があったようだ。


「はぁ……早くセイリオスに帰りたい……」


 東の地で最も自然に囲まれたセイリオス。

 気さくで優しい住民達。いつでも活気に満ちた市場。

 そして……マユミ。


 私が選んだ大切な花嫁。

 彼女の存在ほど、私の心を穏やかにする者はいない。

 彼女以外の女と結婚するなど考えられない。もし、それを邪魔する者がいれば―――


(容赦なく、叩き潰す)


 我ながら物騒な方法に苦笑しながらベッドから起き上がると、突然ノックもなしに扉が開かれる。

 靴音を鳴らして入ってきたのは、今宵の主役であるはずのセシリア・サーディス公爵令嬢。

 令嬢らしい微笑を浮かべる彼女だが、サファイアのような青い瞳は獲物を狙う獣のように爛々と光っていた。


「……サーディス公爵令嬢。何か御用で?」

「まぁ、シリウス様ったら。以前のように『セシリア嬢』とお呼びしてもいいのですよ?」

「私は既にあなたとの婚約関係を解消した身。そしてあなたは今、我が義弟の婚約者。あまり私に近づくと義母上(ははうえ)がうるさい」


 いくら降嫁したとしても、義母上(ははうえ)は王族出身。

【一等星】とはいえ、下層の生まれである私は王家が認めた女性か花嫁しか婚姻を結べない。


 もしここで彼女と二人きりなれば、色々と面倒になる。それは、彼女も知っているはずだ。

 するとサーディス公爵令嬢は、何故かくすくすと笑う。


「まあ、おかしなことを仰いますのね。確かにコーデリア様は王家の出身ですが、王位継承権最下位の、降嫁するしか価値のない元王女殿下です。アレン様は王族の血を引く御方ですが、傍系の血筋の席を置いているだけで王位継承権がないのは周知の事実ではありませんが」


 こ、この女……よくも平然と王家の人間を侮辱できたな……!?

 サーディス公爵令嬢の言う通り、義母上(ははうえ)が先代に嫁いだのは王位継承権が一番下であり、降嫁しか利用価値がなかったからだ。

 アレンも王族の傍系の血筋ではあるが、王位継承権があるのは国王陛下直系の子息子女のみ。アレンが国の頂点として立つことは一生ない。


 貴族ならば、たとえ王位継承権がなくても王族と縁を持つことはかなり旨味がある。

 しかし……それだけで、この女は満足するのか? と問われれば私はこう答えられる。

 ―――答えは否、と。


「お前…………まさか、王族になりたいのか?」

「そうですわね……ある意味では近いかもしれません」

「近い?」

「ええ」


 口紅を塗った唇を艶やかに動かしながら、サーディス公爵令嬢はこちらに近寄る。


「わたくしはね、シリウス様。この世界の誰もが羨ましがる幸せな花嫁になりたいのです」


 上品な仕草で私の胸元に手を置くと、そのまま甘ったるい声で言う。


「――――シリウス様。わたくしと結婚してください」


 その花顔(かがん)に相応しくない、怪物のような欲望を浮かべて。

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