08.深夜の語らい
エリーに頼んでもらい、厨房で夜食を作る。
魔法界ではよく、夜食としてフィッシュアンドチップスやサンドイッチが出されている。
ちょうど夕飯に使ったスモークサーモンが残っていたので、これで朝食用のベーグルやその他具材を使うことにした。
半分に切ったベーグルの断面にマヨネーズを塗って、レタス、スライスしたタマネギ、スモークサーモン、クリームチーズの順番に乗せて、残った半分のベーグルを挟む。
最後に半分に切ったら完成。わたしの分も作って、紅茶を用意すれば夜食の準備は終わり。
両側に取手がついたアンティーク調のトレーにそれらを乗せて、シリウスの部屋に行く。
付き添ったエリーが代わりにノックすると、彼女は微笑んでそのまま静かに立ち去る。
彼女の後ろ姿が見えなくなった時、シリウスが扉を開けた。
普段はきっちりとしているのに、今着ているシャツは皺があり、顔もどこかやつれていた。彼はわたしと持っている夜食を見て目を丸くしていた。
「一緒に夜食、食べない?」
トレーに乗せた夜食を見せながら笑顔で言うと、シリウスは少し戸惑った顔をしたが、首を軽く掻いた後ため息を吐いた。
「……分かった。入ってくれ」
入室する許可をもらい、わたしは初めてシリウスの私室に入る。
黒と白を基調とした大人らしく落ち着いた雰囲気の部屋だが、使われている木材の色が濃いせいか重く感じる。
家具も書棚やウォークインクローゼット、それから執筆机と椅子以外なく、わたしの部屋よりも質素だ。
シリウスは杖を振るって、執務机に置いてあった羊皮紙数枚を丸テーブル一卓と椅子二客に変身させる。
テーブルの上にトレーを乗せて、そのままティーポットを手に取り、カップにお茶を注ぐ。
夜ということで、紅茶はカフェインレスのアールグレイが用意されていた。
椅子に座って手を合わせ、「いただきます」と言ってからベーグルサンドを齧る。
もちもちしたベーグルが歯応えよく、スモークサーモンの香りやクリームチーズのあっさりとした風味が口の中に広がる。間に入るレタスとタマネギのシャキシャキ具合が絶妙だ。
シリウスのために用意した夜食なのに、にこにこ顔で頬張ってしまう。シリウスもベーグルサンドに手に取り、一口食べると眉間に寄っていたシワの線が減った。
「……うん、旨いな。このスモークサーモンはどうしたんだ?」
「今日の朝市に売っていたのを買ったの。それで夕飯はスモークサーモンのクリームパスタにしたの」
「そうか。きっとそれも旨かっただろう」
微笑みながらベーグルサンドを食べるシリウス。
だけど、いつもよりあまり食が進んでいなかった。ほんの一口か二口食べた後、すぐに手を止める。その繰り返しだ。
(……やっぱり、昼間の件のせい?)
義理の親子の再会とセシリア・サーディスの婚約の件が、彼を苦しめている。
もちろん初対面かつ当人に一度も会ったことのないわたしに、できることなどほぼない。
それでも……話くらい、聞くことくらいはできる。
「シリウス」
わたしはそっとシリウスの手を取る。
びくっと微かに震えるも、わたしは気にせず落ち着かせるように優しく力をこめる。
「全部話せ……とまでは、いかないけどさ。せめて愚痴くらいは聞かせて?」
「マユミ……」
これが、今のわたしにできる精一杯の譲歩。
それでもシリウスは察したらしく、苦笑した後に紅茶を一気に飲み干した。
まるで話す準備のためと言わんばかりに。
「……そうだな。じゃあ、聞いてくれるか?」
改めて話をするということになり、わたし達は夜食を全部完食し終えた後、そのまま布団の中に潜り込む。
わたしもだけど、シリウスのベッドは大人三人が寝ても十分な広さがある。
ベッドボードと背中に枕を入れて、上半身を起こしたまま、シリウスは話し始めた。
「あの義母上から聞いたと思うが、私には婚約者がいた」
「うん、エリーからもある程度教えてくれたよ」
「なら話は早いな。事の発端は……国王からの命令だった。いくら【一等星】になったばかりだったとはいえ、未婚かつ婚約者がいない状態のままでは権力争いに夢中な連中の恰好の餌。そうならないために、当時私に釣り合うほどの魔女であるセシリアが選ばれた」
元婚約者の名前を出した途端、シリウスの顔が苦いものになる。
か、顔に出るほど強烈な人なの? セシリアさん……。
「公爵家の娘だけあって、礼儀作法も教養も文句の付け所がなかった。……だが、少々夢見がちなところがあるのと、典型的な貴族らしい傲慢な態度、なにより人の話をロクに聞かない姿勢が、正直に言って生理的に受け付けられなかった」
「せ、生理的って……そこまで?」
「ああ。あの女と茶を飲んで話すくらいなら、パーティーでたまに会うウザい連中と話した方がまだマシだ」
「そこまで??」
基本的に面倒臭い人種でも、作り笑いで対応するシリウスがここまで言うなんて……!
いや。それ以前に、彼にそんな印象与えるセシリアさんが逆にすごいの?
「【三等星】で魔女としての腕を磨いたら、【二等星】に昇級するにも関わらず、彼女は貴族の贅沢な生活と家柄に合う相応しい男の妻になることに望んだ。たとえ先代に引き取られたとはいえ、感覚が平民に近い私とでは、まず価値観が合わなかった」
「あー、価値観は大事……話が合わないだけでハブるとかほんと理解不能……」
「だな。それにやれパーティーやらやれドレスが欲しいやら所構わず言ってきてな……自分のわがままは誰であろうと通ると思っていたこともあり、私は流石に嫌気が差した。……そんな時だ、義母上が市街地付近に出た魔物討伐に出動していた私の場所を教えたのは」
そこまで言って、シリウスは背中に挟んでいた枕を元の位置に戻すと、そのままぼふっと仰向けになる。
「彼女が私を見つけた時、ちょうど魔法で魔物の首を刎ねたところだった。おぞましい魔物の首がまるでバターみたいに斬られ落ちていき、その返り血が私に浴びて真っ赤に染まるのを見て、夢見がちな少女のような浮かれた恋が一気に冷めたのだろう。悲鳴を上げ、涙を流しながら『化け物』と罵ったサーディス公爵令嬢は、そのまま実家に逃げ帰り……翌日、サーディス公爵家から婚約解消の手続き書類が同封した手紙が屋敷に届いた」
「行動早すぎない? 絶対事前に準備していないと無理でしょ」
「私もそこまでは知らん。大方、あの義母上が用意しておいたのだろう。……そうして私はお望み通り手続きを済ませ、見事婚約解消。そして、マユミを迎えるまで独り身を貫いたというわけだ」
「なるほど……それは、お疲れ様です……」
シリウスの婚約解消までの経緯を聞いて、思わず彼の頭をよしよしと撫でてしまう。
だって……セシリアさんの行いは女としてひどいものだ。勝手に懸想しておきながら、勝手に幻滅する。
早苗さんも大概だったが、彼女も遜色ないくらいひどい。
「そんな顔をするな。あのまま婚約解消しなければ、私はマユミを迎えに行けなかった。むしろ勝手にやってくれて助かったと思っている」
「そうなの……? 無理とかしてない?」
「していない。ただ今回は、義母上の無断訪問に苛ついたことと、アレンの婚約者が彼女になって正直意味不明すぎて混乱していた。明日にはちゃんといつもの私に戻る?」
「本当?」
「本当さ」
くすりと苦笑しながらシリウスは、ぐいっと腕を引っ張る。そのまま自分の唇とわたしの唇をくっつけた。
数日ぶりのキスに、わたしは自然と目を閉じて感触を堪能する。また少し離れても、また重ねて……しばらくして、ようやく離れる。
互いに小さく笑い合いながら、わたしはうつ伏せで倒れて、自分の頭を彼の胸の上に乗せる。シリウスは笑いながら優しく髪を梳いた。
「明日の朝、一緒にご飯食べようね」
「ああ。もちろん」
ささいな、それでも大事な約束を交わしながら、最後にもう一度キスを交わす。
そのままわたし達は、ゆっくりと心地よい眠りについた。




