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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第三章
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シリウスⅠ

 王都からセイリオスに戻った後、私、シリウスは自室にこもっていた。

 大の大人がみっともないと思うが、それでも今も腹の中で渦巻く怒りを落ち着かせるにはこれしかない。

 夕食を食べに行かなくて腹が『食事を寄越せ』と訴えるが、それでもこの部屋から出ることはできなかった。



 コーデリア・エル・ヴィクトリア・ニュクス。先代の妻に選ばれた、前国王の末の娘であり、現国王の実妹。

 前国王夫妻の間に生まれた五人の子供達――その内三人いた王女の中で一番魔力が高いからという理由で嫁がれた。

 生まれた時から王女として甘やかされた彼女は、【一等星】に嫁いだ魔女としてやるべき朝食作りを全てエリーに任せ、自分は好き勝手に過ごしていた。


 もちろん先代も蝶よ花よと育てられた箱入り娘が、まともに役目を遂行できるとは思っておらず、ただ妻として子を産む役目を果たせばそれだけで十分だったらしい。

 しかし、チドリは違った。先々代の花嫁であり、先代の実母である彼女は、息子に相応しい妻として料理を学ばせようと躍起になった。

 魔法界でも姑が嫁に料理を教えることはあるし、チドリも周りと同じように料理を学ばせ、時に厳しく接しながらも仲良くなるとしていた。


 だが、甘やかされて育った義母上(ははうえ)にとって、それらは全て不敬であり侮辱に当たる仕打ちだった。

 包丁の使い方、食材の切り方、火の扱い……目敏く監視するチドリの注意が飛ぶと、彼女は癇癪を起こして厨房を出た。それも一度や二度でもない。ひどい時は、一日で数回もあった。

 それでもなんとか交流を図ろうとしたが、ついに彼女はチドリに杖を向け……そのまま失神魔法を放った。


 いくら花嫁といえど、王族の魔法を受けたチドリは、病院で二ヶ月も入院を余儀なくされ。

 これには先代も怒り、罰としてチドリが退院するまで自室軟禁を命じた。

 それ以降、チドリと義母上は会話どころか会うことすらしなくなり、二人の中は修復不可能なほど断絶してしまった。


 この出来事は娯楽の少ない魔法界にとっては醜聞(ゴシップ)のタネになり、社交界でも持ちきりになってしまった。

 王族である義母上に表立って言う者はいなかったが、陰でひそひそと心無い言葉を吐く輩は少なくない。


『いくらシリウス様の元に嫁いでも、所詮は王族。我儘なのは変わりない』

『未だ子を孕めていないのに、チドリ様に無礼な真似をするなんて……』

『いくらコーデリア様でも、チドリ様のような素晴らしい花嫁の前では、妻としても魔女としても足下にも及ばないのだろう』


 そんな陰口が、社交界に参加するたびに彼女の耳に届いた。


(それからだ。義母上が花嫁の存在を嫌厭(けんえん)するようになったのは)


 花嫁の持つ太陽の魔力は、魔法界の者にとっては貴重な蜂蜜のように甘美なものだ。

 もちろん花嫁を娶ることはそこまで重要視していないとはいえ、その魅力に抗えない者もいるため、躍起になって己の花嫁に相応しい娘を見つけようとする魔法使いはいる。

 王族ですら伴侶に相応しい者がいなければ、花嫁を娶るよう言われることもある。


 中でも【一等星】を産んだ花嫁は滅多にいなく、この一〇〇〇年の歴史の中でも両の手の指で足りほどしかいない。

 そんな一人になったチドリの息子――先代シリウスの元に嫁いだせいで、義母上にかかる周囲の期待は増長していった。

 どれもこれも、一方的かつ自分勝手なもの。それを王族だからと、【一等星】の妻になったからと、義母上は勝手に背負った。


 ……正直なところ、この件に関しては完全に義母上の自業自得。

 それが彼女の選んだ道だったし、たとえ上手くいかなかくとも責められることなどない。

 なのに……王宮の高官共は、権利などないのに義母上を責め立てた。


『【一等星】を産めなかったのか……』

『チドリ様は【一等星】を産んだというのに』

『いくら王族の女性の中で魔力が高いコーデリア様でも、花嫁には敵わなかった』


 落胆、失望、幻滅。

 身勝手な感情で好き勝手言う連中は、義母上の心を容赦なく傷つけた。

 その後、その高官達は不敬罪で処罰を受けて王宮を追い出され、彼女の花嫁嫌いはさらに加速していった。


 後は、もう私の記憶通りだ。

 次代シリウスとして屋敷に連れてこられた私は、義母上から仕向けられる呪いや暗殺に対処しながらも、正式に【一等星】シリウスの名を継いだ。

 その後屋敷を出る際も、義母上は激しく抵抗していた。


 一〇〇〇年も続く慣習をくだらないと唾で吐き、己の幸せを全て私に奪われたと思い込み、必死に取り返そうと掴みかかってきた。

 その時の彼女を見て、私も先代も全て察した。

 ああ――この女の心は、もう壊れてしまったのだ、と。


 先代の魔法によって意識を奪われた義母上は、王都の貴族街でアレンと一緒に暮らすも、先代は何故か最西端にある王宮の管理下にある別荘地に行ってしまった。

 あのまま貴族街で暮らすと思っていた私は、驚いて先代に手紙を送った。返事は一日も経たない内に返ってきた。


『あのままコーデリアと暮らしても、彼女の心は永遠に元に戻らない。

 ……ならば、離れて見守ったほうがまだマシだ』


 簡潔に書かれた先代の言葉は、妻への心の平穏とやすらぎを案ずるものだった。

 彼も彼なりに、義母上を愛していた。不器用で無口な性格が仇になり、妻にその想いが届いていないと知っていながら。

 それからは、【一等星】としての仕事をして、役目に嫌気が差して人間界に家出して、そしてマユミと出会って……今に至る。



 過去を振り返った私は、ようやく体を起こしてベッドの上で胡坐をかく。

 義母上のアポなし訪問も頭が痛いが、一番痛い話はサーディス嬢のことだ。


(そもそも、何故セシリア・サーディス嬢をアレンの婚約者にした? 義理の兄の元婚約者を自分の息子に宛がうなど正気の沙汰じゃない)


 ただでさえ、行動ひとつだけで醜聞(ゴシップ)にも特ダネにもなる。

 特に【一等星】シリウスとその先代の息子の婚約者になったサーディス嬢は、社交界でかなり注目される。

 ……いや、むしろそれが狙いか? 未だ嫁がない娘は、本当はとても価値ある宝であると知らしめるために。


「…………………ああクソ、腹が減って何も考えられないッ!」


 今まで我慢していた空腹が限界に達し、苛立ちもひどくなる。

 適当にパンとチーズを食べて、それから寝酒にワインでも飲もうとベッドから立ち上がろうとした時だ。

 コンコンコン、と控えめに自室の扉がノックされた。


「誰だ?」

『シリウス、わたし。今いい?』


 扉からくぐもった花嫁の声が聞こえ、私はすぐさま扉の方へ歩いて開ける。

 そこにいたのは、トレーに二人分のベーグルサンドと紅茶を用意したマユミ。

 私が目を丸くしていると、彼女は笑顔で言った。


「一緒に夜食、食べない?」

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