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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第三章
60/70

07.因縁

 一見、変哲もない黒いローブ。左胸に大犬の紋章(エンブレム)が刺繍されたそれは、【一等星】しか身に纏うことができない特別なローブだ。

 一〇〇年生きたユニコーンの毛を織り込んで編まれ、損傷や悪意ある魔法を弾く魔法と、着用者の成長に合わせてサイズも変わる魔法が付与されている。


 式典などの重要な催しや定例会、そして登城でしか着用しないローブを着ているのは、この世界で二一人だけ。

 その内の一人に入っているシリウスは、目の前にいる義母と義弟を睨みつけていた。

 わたしという花嫁に害をなそうとしたから。


「シリウス、母上から手を放せ!」

「言われなくても放すさ」


 アレンさんが母親の手首を掴んでいるシリウスを叱責すると、彼はくだらなそうに鼻でを笑いながら手を放す。

 強く掴まれたせいでコーデリアさんの手首は赤くなっていて、すぐさまアレンさんが駆け寄ると治癒魔法をかけた。

 怪我をした母親を息子が治療する、というどちらかといえば立場が反対だけど、あまりおかしくない光景に、何故かシリウスは嘲笑する。


「相変わらず母親にべったりだな、アレン。昔からこの女の味方で言いなり。母親のためなら私に呪いを飛ばすことすら厭わない……まったく、大した家族愛だ」

「黙れ。母上の気持ちを知らないくせに!」

「なら、そっちは私の何を知っている? シリウスに選ばれた、たったそれだけのくだらない理由で目の敵にして、己の不幸を全て私のせいにする貴様らが」


 一触即発。まさにその言葉がぴったりなほど、三人の間には入り込めない空気が流れている。

 睨みつけるアレンの横で、コーデリアさんはさっきよりも強い憎悪をシリウスに向けていた。

 あまりの空気の重さに息を呑むことすら忘れていると、コーデリアさんはこちらをチラッと一瞥するとどこか勝ち誇りながら美しい笑みを浮かべる。


「アレン、今日はそこまでにしなさい。これ以上騒ぎが起きたらエリーが強制的に屋敷から追い出されてしまうわ」

「元凶が何を言っている。そもそも、一体どのような用件で屋敷に来た?」

「ああ、それはですね。血は繋がってはいなくても、一応家族関係がありますから。わたくしの息子、アレンの婚約報告しに来たのです」


 家族に婚約報告……そういうの、ドラマの世界の話かと思ってた。

 でも、わざわざ忌み嫌っている相手の家に来るまでのこと? わたしなら絶対にしない。


 シリウスは心当たりがあるのか嫌そうに顔を歪めるも、コーデリアさんは嬉しそうに語った。

 まるで、私に言い聞かせるような口調で。


「アレンさんの婚約者に選ばれたのは、サーディス公爵家のご令嬢、セシリア・サーディスさん。あなたのかつての婚約者よ」



♢♦♢



「つ、疲れた……」


 お風呂に入り、エリーの厳しい監視下でしっかり髪を乾かしたわたしは、自室のベッドに倒れ込んだ。

 いつもならここで、今日の勉強の復習とかしているのに……ベッドから一歩も動けないのは、昼間のせいで精神的疲労が半端ないからだ。


 結局、コーデリアさんは愛息子(まなむすこ)の婚約報告をした後、そのまま屋敷から出ていった。

 ……というより、玄関の扉の隙間からエリーがじーっと凝視していたから、潮時だと思ったのが正しい。

 家憑き妖精は、屋敷を管理しているだけでなく、その守護を担う役目を与えられた妖精。彼女らが敵認定した人物は、たとえどんなに強い魔法使いだろうと、守護する屋敷の敷地内に入ることはできない。


 先代シリウスの妻であった彼女は、その知識を知っていたこともあり、勝ち誇りながらも悔しげな顔をするという器用な真似を披露した。

 その帰り際、アレンさんはこちらを振り返ると、声を出さないまま唇だけ動かして、そのままコーデリアさんと一緒に空飛ぶ馬車に乗った。

 わたしは読唇術なんてものは使えないし、分からないけど……間違っていなければ、あの時『ごめん』と言っていた。マザコンみたいな感じだったけど、根は悪い人ではないのかもしれない。


「元婚約者か……」


 ベッドの上でごろりと寝転び、うつ伏せから仰向けに変わったわたしは天蓋を見つめる。

 セシリア・サーディス――シリウスの婚約者として話が上がった女性。本当ならシリウスに訊きたかったけど、本人は義親子の襲来で機嫌が悪くなってしまい、自室に閉じこもってしまった。

 仕方なくエリーに頼み、筆談を交えながら教えて貰った。


 セシリアさんの生家であるサーディス公爵家は、ここ数十年から続く名家であると同時に、現当主である父親は財務大臣というかなり高い地位にいる。

 彼女自身も淑女として文句のない振る舞いと気品を持っており、【三等星】だが同年代の中では一番優秀な魔女。

 シリウスとの婚約話が持ち上がったのは、彼が『シリウス』を襲名してしばらくした頃だった。


【一等星】となったシリウスは、他の王宮魔法使いと一緒に登城しながら魔物討伐と家業を並行しながら仕事をしていた。

 その際に多くの令嬢に言い寄られ、辟易してしまった彼は紳士にはあるまじき態度で接してしまったことが問題となった。

 このことに他の【一等星】達は自分達の品位を貶めると考え、すぐさま彼に婚約者を宛がった。


 それが、セシリアさんだ。

 もちろん最初は拒否していたシリウスだったけれど、この婚約が他の【一等星】達と国王の命令ということを知り、渋々ながらも了承した。

 しかし彼女は貴族の令嬢そのもののような女性だった。


【三等星】になれるほどの腕を持ちながらも、魔法の練習よりお茶会の誘いを優先し、仕事中だろうとプライベートだろうとシリウスの元に押しかけ、婚約者として好き勝手に振る舞った。

 その時のシリウスはすでにわたしと出会った後で、花嫁と決めた娘がいながら別の相手と婚約関係にあることはかなりのストレスだった。

 あまりにも(いびつ)な一方通行な関係が続き……婚約解消となるきっかけが訪れた。

 それは、コーデリアさんだ。息子よりいい婚約者を宛がわれたことが気に入らなかった彼女は、セシリアさんを唆してシリウスが向かった場所へ誘導した。

 しかもその場所が、ちょうど魔物討伐が行われている王都の外れの市街地だったのだ。


 当時、シリウスが討伐を頼まれたのは三頭のイノシシの魔物。【一等星】なら対処できたが、卒業してから魔法の練習をサボったセシリアさんには敵わない魔物だった。

 突然現れたセシリアさんの悲鳴によって興奮した魔物は、怒りのまま彼女を襲いかかろうとしたが、間一髪でシリウスが魔法で全て討伐した。

 その時の討伐の仕方が、風の魔法で一刀両断というかなり刺激が強かった。


 結果、魔物をまるでバターを切るように倒したシリウスを恐れ、セシリアさんは涙と返り血で汚れた顔でぐちゃぐちゃにしながら婚約解消を言い渡した。

 それから数年、二人の間には音沙汰はなく、婚約解消から一度も会ったことはない、とエリーは教えてくれた。


「そんな因縁のある女性が、義理の弟の婚約者になったら、そりゃ色々と考えるよね……」


 もしわたしがシリウスの立場なら、元婚約者が身内とそんな関係になっていたら、たとえ恋愛感情がなくても気になってしまう。

 ……でも、今のシリウスはそんな状態ではない。

 ただでさえ因縁のある義親子がアポなし訪問しただけでなく、さらに因縁ある元婚約者の話があったらそれどころじゃない。


(そういえば、シリウスが屋敷にいるのに夕飯の席にいなかったの初めてかも)


【一等星】としての仕事のため、たまに数日屋敷を空けることがある。

 もちろんわたしはエリーとお留守番で、夕食を含む食事は一人で食べるということがある。

 元の世界にいた頃から一人で食べることは慣れていたけど、やはりシリウスがいないと味気ない。


 シリウス自身も屋敷にいる時は必ず一緒の席について食事してくれていたのに、今日それをしないということは……それだけ精神的に参っているという証拠。

 今も自室で空腹に気付かないまま閉じこもっているわたしの旦那様。なら……花嫁として、彼の将来の妻としてやるべきことがある。


「…………よし!」


 活き込んでベッドから降りたわたしは、パタパタ走りながら自室を出る。

 これから向かう先――それはもちろん、厨房だ。

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