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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第一章
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シリウスⅠ

 魔法界の夜は静かだ。

 夜は月の魔力が最も効力を発揮する時間。魔法使い達の一日の疲れを癒し、優しい眠りへと導かせる。

 この世界に置いて睡眠は食事の次に重要視されており、私、シリウスも本当ならその眠りに導かれなければならないが、その前に少し寄り道をした。


 寄り道先は、私の花嫁として迎えた少女――マユミ・タカナシに与えた部屋。

 人間界の日本では『小鳥遊愛結(たかなしまゆみ)』と呼ぶらしい。東洋ではファミリーネームが先なのは知っていたけれど、あまり慣れないな。

 静かにドアを開け、あまり足音を立てずに彼女が眠るベッドに近づく。


 マユミはぐっすり眠っていた。このベッドの布団やシーツには、安眠効果のあるハーブや花の香りを移している。

 たった一日でいろんなことが起きて混乱している彼女のためにと思って。

 いらぬ気遣いかと思ったが、上手く活用できたようで何よりだ。


 そっと優しく髪を撫でると、柔らかい寝顔がさらに柔らかくなる。

 風呂に入って幾分か柔らかくなった髪は、絹糸のようにさらさらだ。指の間を通って落ちたそれは、もっといい香油などで塗ればきっとさらに美しく仕上がるだろう。

 だが、布団からはみ出た彼女の両手は、あかぎれだらけだ。長い間、水仕事をしていたのだろう。一応必要な化粧品は用意したが、明日エリーにあかぎれに効くクリームを用意させなければ。


(――危なかった。あと少し遅ければ、彼女はどこかに連れて行かれ、身を売られていた)


 あの時のことは本当に肝が冷えた。

 多少高い金を払ってても、《鴉》を雇っておいてよかったと痛感させられた。


《鴉》というのは、魔法界と人間界を行き来し、両世界での問題などを発見・監視する者のことだ。

 基本は【六等星】の、それも隠密や変身に長けた魔法使いか魔女が就く仕事で、支払う金の多さ次第では長期任務を任されることもある。

 その中には、花嫁を迎えるまでの間の護衛や監視も含まれている。


 花嫁に選ばれた娘は、太陽の魔力による恩恵を与えられるが、その反動なのか不遇な身の上が多い。

 知り合いに花嫁を迎えた者もいるが、その娘も両親を亡くしている。

 マユミのその中の一人ではあるが、彼女の場合はもっとひどい。


 実父のアラタ・ムトウは別の女性と結婚して、恋人とまだ胎の中にいたマユミを捨てた最低な男。

 実母のハナ・タカナシは女手一つで彼女を育て上げるも、七年前に体を壊してこの世を去った。

 実父の結婚相手である義母のサナエ・ムトウは、母親似らしいマユミに家事を押しつけるなどして虐げたクズ女。

 そして、義姉のアユミ・ムトウは、手を下していなくても一切庇うことなく、ただ傍観していた。


 ああ、今でも腹立たしい。

 一方的に彼女を売ろうとし、それを黙認しようとした連中を。

 もっと早く迎えに行けばよかったと、食堂に現れるまで何度思ったことだろうか。あの連中と縁を切るためならば、金などいくらでも払ってやろう。


(だが、これでようやく守れる)


 マユミはこれまでいた花嫁の中では、かなり高い太陽の魔力を保有している。

 花嫁も教育次第では魔法界生まれの魔女よりも強力な魔法を行使することができるし、きっと彼女が拵える朝食はとても素晴らしいものになるだろう。

 他の誰かに奪われないよう、きちんと『証』をつけなければいけないが……それは明日でも遅くはない。


「――おやすみ、マユミ」


 そっと前髪を避けて、白い額に唇を落とす。

 マユミはキスをされて一瞬だけ身じろいだが、そのまま再び小さな寝息を立てて布団の中に潜る。


 その様子が子供っぽいけれど可愛らしく、私は小さく笑いながら部屋を出る。

 明日の朝、彼女に私の花嫁である『証』をつけることを楽しみにしながら。


 だが、私は知らなかった。

 月の魔力を受けすぎて深い眠りに落ちたマユミが目を覚ましたのが、二日後の朝になってしまうことを。

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