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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第二章
47/71

15.花嫁の力

 北の地に一番近い最西端の位置するカリーナエ。

 貴金属に宝石、さらに魔石も採掘できる山が多くあるその土地は、代々【一等星】カノープスが治めている。

 カリーナエの中心は賑やかだが、その周辺は鉱山で働く炭鉱夫達やその家族が暮らすあばら家が密集した区画が点在しており、装飾品を製作する工房や鍛冶場などもそこにある。


 そんなカリーナエは、鉱物や貴金属による恩恵を受ける代わりに、農作物が育たず、家畜を飼育するには適していない。

 食材や日用品は全て他の土地から仕入れたもので賄っており、宝石や装飾品以外のものは中々手に入らない。

 だからこそ、こんな土地に立派な居を構える者は、宝石関連の仕事をする魔法使いか貴族しかいない。


「ここか……」


 私、シリウスは王都にあるクォーツネル伯爵家ではなく、カリーナエにある屋敷に訪れていた。

 クォーツネル伯爵家は、カノープスの家業である魔石を含む鉱石・貴金属の採掘・販売の一部業務を担っており、今王都にある宝飾店や貴族向けの魔法道具専門店をいくつも経営している。

 クォーツネル伯爵家にはジェルマの他に二人の弟がおり、長男であるジェルマは宮廷魔法使いの地位を得るために家督を放棄しているため、自然と次男が継ぐことになっている。


 次男は【四等星】だが鑑定能力と商才に恵まれており、伯爵家の次期当主であることは確定している。

 三男は上の兄二人と比べて自由に育ったため、商売よりも社交界で遊ぶことを優先させているが、その裏では次男が出来ない交渉や取引を担っており、社交界に参加しているのもその一環だということは誰も知っている。


(だが、どちらも営業範囲が王都かその郊外のみだ。いくらカリーナエから品を仕入れているとはいえ、ここに屋敷――それもジェルマの名義でわざわざ建てる必要はないはずだ)


 カリーナエには宿泊出来る酒場はあるが、貴族がご所望する立派な宿屋はない。

 代わりにカノープスの屋敷で宿泊するため、むしろわざわざ何時客が来るか分からない宿屋を造らないというのが正しい。

 だからこそ、この土地にカノープスの屋敷と同じくらい立派な屋敷があること自体おかしい。


 慎重な動きで立派な造りをした門を通りすぎ、屋敷の玄関の扉のドアノブに手をかける。

 当然ながら鍵はかかっており、すぐさま魔法で開錠する。

 この魔法は泥棒がよく使う手口。そのため、開錠防止魔法というものが開発されているが、この屋敷にそれが施されていなかったのは運がよかった。


 そっと扉を開けて、静かに中へ入る。

 華美な調度品がいくつも置かれており、廊下の床に敷かれた毛足の長い絨毯は足が埋もれてしまうほどふかふかだ。

 そのおかげで足音が消えており、ゆっくりと屋敷の中を歩く。


 家憑き妖精がいないのに室内が綺麗なのを見るに、定期的に掃除婦が出入りしているのだろう。

 そもそも家憑き妖精は、【一等星】の屋敷のように長い間特定の地に建てた家にしか現れない。

 外観や内装の綺麗さを見たところ、この屋敷は建てて一〇年近くしか経っていないはず。家憑き妖精がいないのは当然だ。


「……指輪よ、片割れの場所を示せ」


 このまま無闇に歩き回っても時間を無駄にすると思った私は、杖を左手薬指にしている指輪に向けて先を当てる。

 コツン、と先が指輪に当たるとその間に蛍のような光の玉ができて、そのままゆっくりと廊下の先に向かって飛んでいく。


 婚約式で作られたこの指輪は、ただの証だけではなく、相手の居場所を教える魔法が付与されている。

 花嫁がいる私達のような魔法使いにとって、彼女達は弱点でもある。

 そのため、怨恨で花嫁が誘拐される事件が多発し、異世界婚姻課は婚約式で交わす宣誓書に両者の名前を記した際に指輪に変身する魔法の他に、人間界で言うGPSに似た魔法を付与させたのだ。


 光の玉は急かすようにくるくると動いたのを見て、私はその後を追う。

 廊下に燭台すら灯っておらず、月明りしか光源がない中、光の玉はこの屋敷の中ではとても目立つ。

 やがて光の玉はある一室の前までくると、そのまま扉の中へ吸い込まれる。……これは、捜し人が見つけた知らせだ。


「マユミ!」


 すぐさまこの部屋にかけられた開錠防止魔法を解き、扉を蹴破りたい気持ちを抑えながら開いて中に入る。

 濃いブルーの天蓋ベッドに仰向けで寝転ぶ少女。だけど、その両手足首にはベルドがつけられている。

 傷つけないようベルトの下に何重にも布が巻かれているが、明らかに監禁目的の束縛だ。


 ベッドの上に寝転ぶマユミは、意識を失っているのか起きる気配がなく、ぐったりしている。しかも顔色がいつもより青い。

 一瞬息を止めそうになるも、その原因はすぐに見つかった。彼女のために用意した服(上は半袖の白いシャツブラウス、下は黒のショートパンツだ)、露わになっている肘の内側に小さな赤い点がいくつもある。


「鬱血痕……まさか、あいつ……!」

「ええ、そうです。ミス・タカナシの血を魔石の材料にしました」


 私の呟きを拾うような返答。その声を聞いて、私は背後を振り返る。

 予想通り、部屋の扉の前にジェルマが立っていた。宮廷魔法使いに与えられるローブも帽子もそのままだが、唯一違うのは今まで重々しくつけていた装飾品がないことだ。

 代わりに、親指サイズの透き通ったアメジストがついた指輪を右手に三つはめている。


「ジェルマ、随分と大胆な誘拐計画を目論んでくれたな。私の花嫁は返してもらうぞ」

「それはいけません。彼女の血――太陽の魔力の含有量はとても高い。このまま魔石製造にご協力して頂きます」

「協力だと? こんなのはただの人体実験だ。私が何をしようと、ベテルギウスが貴様の犯行を魔法省にも王宮にも知らせてくれる。これ以上、自分の立場を悪くするような真似はよせ」


 表向きは諭しながらも、後ろに回した杖を振るってマユミを拘束するベルトを静かに切る。

 幸いにもジェルマの視線は私に向けられている上に、扉の近くに置かれた小型の照明器具ではこっちまで届かない。精々薄っすらと見えるくらいだ。

 だが、ジェルマはゆっくりと俯かせると、くつくつと笑い出す。その笑い方は、相手の恐怖心を煽らせるような不気味さがあった。


「ああ、本当に……【一等星(貴方がた)】は傲慢だ」

「なんだと?」

「我らのような魔法使いと魔女に、貴族の爵位だけではない等級があることは構いません。人というのは、そういったものがあるからこそ、己の力を磨くために努力する。……だが、貴様ら【一等星】はどうだ? 神託などというまやかしのようなお告げで、生後一日で全てを手に入れる約束をされている。我らの血の滲むような努力を嘲笑うように! 本来、【一等星】すらもその努力に見合った者だけが得るべき称号。たった一度の幸運で得た力を我が物顔で振る舞うような貴様らが―――私は、昔っから嫌いだ!!」


 ジェルマの突然の告白は、流石の私も目を丸くする。それと同時に、私はほんの少しだけ、彼のことを賞賛したい気持ちになった。

【一等星】に対して面と向かって言ってくる者は少ない。それは【一等星】の名がどれほど高いものか、自分達が他者に与える影響力が貴族のものとは違うと理解しているからだ。

 もちろん、裏で陰口を言われることはあるし、あらゆる目的のために密かに毒薬や媚薬を盛ってくる者もいる。


 しかし、ジェルマのように対面し、はっきりと物申し者はいない。

 特にジェルマは三代前のカノープスによって、人生を歪められた被害者。

 私のように裏で何かを言われ、神託によって【一等星】の地位と力を手に入れた者を嫌悪してもおかしくはない。


 彼の怒りは正常だし、【一等星】によって被害を被った遺族の一人としての言い分も納得はいく。

 ……だが、それでもマユミを私から奪おうとしたことは、許せるものではない。


「ジェルマ、貴様の言い分は理解した。だがそれでも、私は貴様を許さない。我が花嫁を(かどわ)かし、血を抜き取った罪。ここで償ってもらう」


 風切り音を出しながら杖をジェルマに向ける。

 しかし本人は私に杖を向けられてなお、薄ら笑いを浮かべる。


「……悪いが、私もここで捕まるわけにはいかない。このまま消えてもらおう、【一等星】シリウス!」


 ジェルマは同じように杖を突き出した。

 しかしその直後、彼のはめている指輪の一つが光り、そこから紫色の光が二本の帯を作り出す。

 そのまま彼の腕に巻き付き、杖先から炎が発射される。


「くっ!」


 すぐさま防御魔法を発動。ガラスのような透明なドームが私とマユミを包み込む。

 炎は渦巻くように襲いかかり、部屋中の調度品を燃やす。

 真っ赤に染まる視界。だが、目の前に張っている盾がピシリと音を立てながら亀裂を走らせる。


(おかしい。今のジェルマが使ったのは、中位の炎魔法だ。だがこれは、上位に匹敵している……!?)


 いくらジェルマが【二等星】――【一等星】に近い力を持つ魔法使いだからといって、この威力は明らかに異常だ。

 一向に弱まらない炎の向こうで、ジェルマの右腕――今も巻き付く光の帯を見て、私は舌を打った。


(そうか。あの指輪の石、マユミの血が入った魔石―――!)


 魔法使い・魔女の血は、髪と同じくらい魔力が宿りやすい人体の一部。

 自分の杖を得る際、自分の血を注入した魔石をつけてもらうよう、アンタレスに頼むことが多い。

 ただし【一等星】は初代から受け継がれた杖を継承するため、補助用魔石以外の魔石をつけてはならないという決まりがあるため、私の杖は自分の魔力と見合う補助用魔石をつけている。


蒼星(そうせい)の光』。我が領地であるセイリオスでしか採取できない魔石。

 魔石は地中深くの魔力を吸い上げ、結晶化したもの。鉱山を含む洞窟は魔石の採掘場として有名だが、『蒼星(そうせい)の光』はセイリオスの木々が根から魔力を吸い上げ、枝につける葉のように数粒できる。


 これはセイリオスの特産品でもあり、一粒で金貨が一〇〇枚は軽く飛ぶ。

 歴代のシリウスはこの『蒼星(そうせい)の光』――特に自身の魔力に馴染みやすい物をつけており、私もそれに従ってつけている。

 アンタレスが言うには、私の杖は他の魔法使いよりもかなり強力で、王族すらも私の魔法に対抗できるか分からないほどだと言っていた。


 ……だが、甘かった。

 まさかマユミの太陽の魔力が、ジェルマの魔力をここまで底上げしようとは!


「くそっ!」


 ピキピキと音を立てる盾の(ひび)を見て自然と悪態をつき、すぐさまマユミを抱える。

 盾が壊れる直前で上位の水魔法を放つと、炎魔法と直撃し辺り一面が白い煙に包まれる。

 視界を煙で遮られている間、私はジェルマに気づかれない内に部屋を抜け出す。


(ひとまず、マユミを安全な場所に運ぼう。今はそちらが最優先だ)


 血を抜かれてぐったりする最愛の少女を片腕に抱きかかえながら、私は人気のない廊下を疾走した。

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