表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第二章
44/70

シリウスⅢ

 魔法界は食文化が人間界より発展している。

 常に人間界で出た最新のグルメを取り入れ、時にレトロな内装と食事を提供することでマンネリ化を予防。

 さらにプライバシーを確保するために、個室があったりする。


 私、シリウスが仕事に行っていたベテルギウスを大通りでとっ捕まえ、連れ込んだ店も二階に個室があった。

 その店は人間界でいうイタリアンを提供する店であり、昼時ということもあり店内はランチを楽しむ者達で溢れ返っていた。

 ひとまず給仕にこの店のおすすめのグリル野菜のラクレットチーズとスパイスフライドチキン、それとエールを二人前頼んで、私は反対側の席に座り、ちびちびと水を飲んでいたベテルギウスに見る。


「……それで、どうする気だ?」

「どうするって……何をだ?」

「分かっているだろう。ミス・ココノエは一生君を夫と認めない。これ以上そばにいたってどっちも精神的に消耗して倒れるだけだ」


 あの親睦パーティーの後、新聞社は連日ミス・ココノエのことを取り上げた。

 本来ならこの手の話題は三日で鎮火するはずだが、さらに悪化したのは他でもない、ルベドで暮らす者達だ。

 ルベドもそうだが、代々【一等星】が治める土地に住まう者はみな、【一等星】に敬愛を抱いている。


 それは喜ばしいことでもあるが、同時に厄介でもある。

 もし敬愛する【一等星】が矢面に立たされたら、領民は烈火の如く怒り、原因となったものを排除しようと躍起になる。

 今回も以前からミス・ココノエに対してあまり好感を抱かなかったルベドの民達が、新聞社が取材した際に好き勝手に言ったことが原因だ。


 元々、ミス・ココノエとルベドの領民との関係はあまり良くなかった。

 それは彼女自身が身売り同然でベテルギウスの花嫁になったことも起因しているが、彼を慕う領民達の言葉が煩わしくなって、冷たい態度を取り続けたせいでミス・ココノエに対する心証が悪くなった。

 そのため、これまでの鬱憤を晴らすかのようにミス・ココノエがどれほど最悪な女なのかを伝えた結果、新聞では彼女を『裏切りの花嫁』と呼称するようになった。


 ほとんどの領民が取材を受けたことは、流石のベテルギウスもショックを受けた。

 そのせいで今も領民との関係はぎくしゃくしており、今回の王都での仕事も予定を前倒ししてまで押し込んだものだ。

 給仕が頼んだ料理を持ってきて、テーブルに並べ終える。退室前にグリル野菜を満遍なく敷き詰められたスキレットにたっぷりのチーズをかけられる。


 半円形にカットしたチーズの側面を炙って、チーズをグリル野菜などに流すこの光景はいつ見ても圧巻だ。

 野菜もあえて塩胡椒で味をつけず、チーズの塩気を楽しむ仕様になっているため、野菜本来の甘みも味わえる。

 元々店自体がチーズを使った料理が有名ということもあり、メニュー表にはチーズ料理がたくさんある。


(今度、マユミを連れて行くか)


 きっと彼女ならば、この店の料理も美味しそうに食べるはずだ。

 そう思いながらチーズがたっぷりかかったグリルポテトを食べていると、ベテルギウスはぼそぼそ声で言う。


「…………分かってるんだ。これ以上、カナデが俺を好きになることはない。ここまで拒絶されて気付かないほど馬鹿じゃないつもりだ」

「…………」

「だから……俺は、もし彼女がまた問題を起こしたら、人間界送還をしようと思う。その方が互いにいい」


 人間界送還。

 魔法界に連れてきた花嫁が、【一等星】や魔法界に何かしらの問題行為を起こした場合、相手を連れてきた魔法使いの責任として、花嫁とその家族の記憶を消し、人間界に帰すというものだ。

 一度人間界送還さえた花嫁は二度と魔法界に戻ってくることはなく、たとえ別の魔法使いが望んだとしても連れて行くことは出来ない。


 花嫁を得た魔法使いならば、身を切られるような思いを味わうことになる罰。

 もしこれが私とマユミだと思うと……そう妄想するだけでも背筋がゾッとする。


「……本当にいいんだな?」

「いいんだ。これ以上君達にも迷惑をかけられないし…………それに……もう、嫌われて拒絶され続けるのは疲れたんだ…………」

「ベテルギウス……」


 そう言ったベテルギウスの顔は、親睦パーティーで見た時より憔悴していた。

 無理もない。自分の花嫁が選んだ少女が親によって半ば無理矢理嫁がされ、しかも私に片想いをしていたというのだ。

 本来なら、原因の一人である私がこんなことをするのは、むしろベテルギウスにとっては余計な世話なのかもしれない。


 昔からそうなのだ。

 ベテルギウスは真面目で優しい性格のはずなのに、見た目のせいで何度も勘違いや誤解され、いらない面倒事を引き寄せた。

 その度に私に助けを求められ、時に鬱陶しく思いながらもプロキオンと共に学生時代を歩んだ友を見捨てることはなかった。


 しかし……今回は違う。

 ミス・ココノエの件は完全に私に責任があり、本来ならば罰せられる立場なのだ。

 それなのに……ミス・ココノエがベテルギウスの花嫁だから、彼女が犯した問題の責任を彼自身に支払わせるのは少々重すぎるのではないか?


「……ベテルギウス。今回の件、本当にすまなかった。私がもっとしっかりしていれば、このようなことが起きなかった。だから……もし君が無理をしているなら、ミス・ココノエの人間界送還は私が代理で務めてもらうよう、陛下に―――」

「シリウス」


 せめてもの償いとして、人間界送還の執行人代理を申し出ようとした直後、ベテルギウスが私の名を呼ぶ。

 いつもと変わらない優しい声色に、私は顔を上げる。

 エールにも料理にも手をつけていないベテルギウスは、いつも通り強面ながらも優しさを感じる笑みを浮かべていた。


「君の気持ちは嬉しいし、俺も出来ることならそうしたい。……でも、カナデのことは彼女の意思をロクに確認しないで舞い上がっていた俺にも責任はある。だから……彼女の人間界送還は俺がやる。それがせめてものけじめなんだ」

「…………そうか。いらない世話をかいたな」

「構わない。むしろ、そこまで言ってくれて嬉しかった」


 ……全く、彼のこういう真面目さには本当に敵わない。

 独り善がりな自分が恥ずかしくなり、気を取り直すようにエールを飲んでいると、扉の隙間から白い鳥……いや、鳥の形をした手紙が入ってきた。

 この世界の郵便は、基本的に手紙を鳥に変身させて飛ばす。鳥は手紙に戻ると、そのまま私の目の前に置かれる。ベテルギウスにも、同じ手紙が置かれている。


「差出人は……エリー?」


 我が家の家憑き妖精からの手紙に、私は焦燥感を抱いた。

 エリーを家憑き妖精は基本、あまり手紙を出さない。そうする前にちゃんと主人に伝えてくるし、言い忘れなどもない。

 そんな彼女達が手紙を出す理由……それは、緊急事態のみだ。


 急いで封筒を開き、便箋を広げる。

 そこに書いてあったのは、たったの一文。


『マユミ様、攫われタ。攫っタ相手ハ、カナデ・ココノエ』


 たったそれだけ。だが私と、同じように手紙を受け取ったベテルギウスにとってはそれだけで充分だった。

 すぐさまローブを手にし、料理の代金を多めのチップを入れて支払い。そのまま店を出ながらローブを羽織る。【一等星】の証である、そのローブを。


「シリウス、手紙にはなんて?」

「マユミがミス・ココノエに攫われたという内容だ。そっちは?」

「カナデが……勝手に家に出て、数時間で戻ったことくらい……。でも、その前にクォーツネル卿が訪れたって……」

「なるほど」


 あの狸爺め。親睦パーティーでマユミのことを狙っていたようなことを言っていたが、まさか白昼堂々と実行するとは。

 しかもミス・ココノエなら、きっと己の目論見に利用できると踏んで。


「ひとまず、お前の家に行く。ミス・ココノエに話が聞きたい」

「ああ……そうだな」


 畳みかけるように起きた花嫁の犯行に、ベテルギウスは顔色を悪くする。

 だけど、今の私に彼を慰める余裕はない。

 マユミが攫われたことに対する焦り、ミス・ココノエとジェルマの犯行に対する怒り、そして……己の油断が招いた甘さに対する後悔。


 ぐちゃぐちゃになった感情を抱えて、まともな慰めの言葉など言えない。

 ……それほどまでに、今の私に余裕などなかった。

 そんなことを悟られないようなるべく冷静さを装いながら、私達はベテルギウスの屋敷があるルベドへと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ