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シリウスの花嫁  作者: 橙猫
第一章
24/70

武藤歩美

 あの不思議な魔法の世界から戻ってから二週間後、あたし、武藤歩美(むとうあゆみ)は荷造りをしていた。

 キャリーケースに畳んだ服を入れる。どれもママが借金してまで買ったフランド物ではなく、それより前に自分のお小遣いで買ったリーズナブルなもの。

 両親に可愛がられていた頃の影響が抜けていなかったせいもあり、ママはあたしに可愛い服を着せたがっていた。


 フリルがたっぷりついたブラウスとスカート、ピンクが基調のワンピース、そしてキラキラのアクセサリーとストラップシューズ。

 これさえあれば、『誰にでも愛される女の子』になれるのだといつも言っていた。


 でも、本当はあたし、こんな可愛い色とデザインは好きじゃない。

 もっと大人っぽいデザインと、ネイビーのような落ち着いた色が好き。

 だから、この家を出る時はママが買った服は全部売ると決めていた。


(でもまさか、フリマアプリで売ったら、一週間の内に完売するとは思わなかったなぁ)


 あの後調べたら、ママが買ってくれた服はそれなりに値の張るものだったらしい。

 そのおかげで思いかげない収入を得て、懐があったかくなっているあたしは何もない自室を見渡す。

 この部屋で一〇年以上使ったせいか、物がなくなった部屋は薄ら寒く感じる。


 けど、今日はせっかくの門出だ。

 気を取り直すように深呼吸してから、あたしはキャリーケースを引きずりながら部屋を出た。


 魔法界から人間界に戻った後、パパとママは離婚した。

 シリウスさんによって本心が暴かれた二人は、もう家族として過ごすことができなくなった。まぁママの場合、愛結を売って捨てようとした挙句あたしをあの魔法使いの元に嫁がせようとした時点で、この結末を迎えるのは当然だ。

 パパも娘二人に絶縁を言い渡された上に、ママの数々の悪行のこともあって、もう一緒にいる意味がなくなった。


 離婚後、あたしの親権はパパのものになったけれど、宣言通り一緒に暮らさず都内にある女性専用マンションで一人暮らしすることになった。

 幸い、シリウスさんがくれたあのお金があるから、少なくとも大学卒業までの学費と生活費は充分に持つだろう。

 パパが探偵を雇うために結構な額を使ったけど、お金はまだある。けどあたしもパパもずっと持っておくわけにはいかないので、諸々が落ち着いた後にまだお金が残っていたら、その時は全額ボランティアに寄付する予定だ。


 その間に、パパにも転機が起きた。

 ちょうど働いている会社が地方に新しい支社を建設し、そこの支社長に昇格すると通達されたのだ。

 心機一転としてパパはその申し出を受け入れ、夏には支社長としてさらに仕事に専念することになった。


 たけど、やはりあたしを東京に残して一人暮らしさせるのが心配なのか、週に一度連絡することと、長期休暇には必ず会うという約束をさせられた。

 本当は断りたかったけど、心配のしすぎでパパが倒れるような事態になったら嫌だから、仕方なく了承したけど。


 ……そして、肝心のママはしばらく音信不通だった実家に帰ることになった。

 詳しいことは知らないけど、ママのパパ――つまりあたし達のおじいちゃんはママの結婚と離婚に至るまでの経緯を知って怒髪天が突くほど激怒し、どこかの田舎に追いやろうとしていた。

 結局、ママのママ――おばあちゃんの頼みで家にいさせることになったみたい。


 けれど条件として、家に毎月生活費を入れなければならなくなり、今まで専業主婦という名のニートだったママは、ハローワークの職業訓練を受けながら職を探しているらしい。

 ああ見えて昔は勉強家で、就職に有利な資格を何個か持っているので、近いうちにいい職場が見つかるだろう。


 でも、愛結に対する児童虐待に近い行為や、パパとデキ婚した経緯のせいもあり、互いに会ったり連絡を取り合わないようおじいちゃん達に言われてしまった。

 初めて会った孫娘(あたし)に、心底申し訳ない顔で。


『たとえ早苗(さなえ)がお前のことを愛していても、あいつは母親としても女としても最低なことをした。……そんな奴に、子供に会わせる資格も、もう一度母親になる資格もない』


 あたし自身、あの時にママに絶縁を言い渡したし、向こうもあたしの気持ちを痛いほど思い知っているから、そうなる可能性はないだろうが念のため注意するよう心がけることにした。

 そうして家族がバラバラの人生を歩むことになり、今日あたしは住み慣れた家を出る。


「よいしょ……っと」


 少し重いキャリーケースを持って、門を通り抜ける。

 振り向くと立派な二階建て一軒家があり、カーテンを取って丸見えになったリビングは、物が全部無くなったせいでがらんとしている。

 生まれてからずっと住み慣れた我が家を離れるのは寂しいけど、ようやく両親の歪な束縛から解放されると思うと少しだけ気分が楽になる。


愛結(まゆみ)は今頃どうしてるんだろう?)


 キャリーケースには入れず、片腕に抱えていた郵便箱を抱きしめる。

 これは魔法界にいる義妹の元に手紙を届けるという魔法の郵便箱で、これだけが今のあたし達を繋いでいる絆そのもの。


 愛結。あたしの腹違いの妹。

 あたし、本当はずっと妹がいるって知って、嬉しかったんだ。

 お姉ちゃんとして仲良くなって、一緒にお菓子を作ったり、同じ部屋のベッドで寝たり、親に内緒の恋バナができるんだって期待していた。


 でも現実は残酷で、パパは腫れ物のように扱い、ママはかつての恋敵とそっくりな彼女を憎んだ。

 あたしはなるべく両親にバレないように気を遣ったけれど、それはあなたにとってはただの気まぐれに見えたかもしれない。

 それでも、あたしはあなたが好きだった。ロクに会話すらしていなかったけど、あなたを嫌っていなかった。


 だからあの時、恨んでないかって言われた時、びっくりしたの。

 本当に驚いたけど、それと同じくらい嬉しかった。

 愛結も同じように、あたしのことを気にかけていたんだって。


 だから、あたしはずっと願うよ。

 あなたがあの魔法の世界で、あなたを一番に想う人と幸せになれるように。


「愛結ー、元気でねー!」


 綿菓子みたいな雲が浮かぶ青空に向かってそう叫んだあたしは、キャリーケースをゴロゴロ転がしながら歩き出す。

 新たな新天地に向けて。

 そして、あたしの幸せを掴み取るために。

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