73.秋の日を行く
ショウリュウの都、その大通り。季節は秋、街路樹の葉は紅く色付き地面を紅く染める。日に日に短くなっていく昼と、それに比例するように寒風が吹くのを感じていた。衣替えもとうに始まり、中には少し気が早く真冬のように何枚も重ね着をしている者も見受けられる。
その中をロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人が歩いている。彼らが向かっているのは冒険者御用達の武器屋だった。
「ロロの剣もそろそろ換え時だと思うけど」
「やっぱそうかなぁ?」
彼らは魔物討伐の依頼を終えて都に帰って来たところだ。もうすぐ沈んで行く夕陽に照らされながら若干早足で進んで行く。
今日彼らが討伐したのはイトマシラと呼ばれる蜘蛛と猿が合わさった特徴を持つ魔物だ。六本の腕で器用に木の枝を掴んで渡り、口からは糸を吐いて罠を仕掛ける魔物だ。普段は然程危険度が高くなく罠に掛かった小型の獣や魔物を狩るだけの魔物であるが、群れが大きくなると狂暴性を増し周囲の者に襲い掛かる事がある。今回、彼らはその群れを叩き数を減らすという依頼を受けていた。
依頼は大きな問題も無く進んで行った。感知の魔法で糸の位置を割り出し風の魔法で切り裂き無力化する、イトマシラは確かに大きな群れを形成していたのだが少しずつ釣り出して各個撃破を試みる。いつの間にか三人には魔物討伐のいろはが身に付いていたらしい。
そして群れを維持するには壊滅的な被害を受けイトマシラが散り散りに逃げて行く中、ある一頭が三人に襲い掛かった。それをロロは一刀両断する、つもりだったのだが。
イトマシラの六本の腕は長くその人間には不可能な複雑怪奇な動きは驚嘆に値するものだが、木の上から飛びかかるという戦法を取った時点で勝敗は決まっていた。自由落下中には速度も軌道も変える事が難しい。ロロ達は自分たちの周囲の木の枝を事前に切り落とし、空中で枝を掴んで軌道を変えられないように準備をしていたのだ。
故に、ロロにとっては間合いに入る前に剣を振るうだけ。数え切れないほどに振り抜いたその一閃がイトマシラの胴体へ。
そして、イトマシラは剣の上で死体となった。胴体が僅かに繋がったまま。ロロは確実に両断出来ると踏んで振り抜こうとしていたはずが出来なかったのである。
要するに、これは。
「手入れはしてるけど切れ味は落ちて来てる気がするんだよなぁ」
ロロの剣は自身でも依頼を終える度に手入れをしているし、不定期にではあるが武器屋に持って行って時間をかけて研いでもらっている。が、何事にも限界はある。肉や骨を断つ度に刃は零れ刀身は錆びる。表面を研ぎ直したところで内部がどうなっているかはわからない。
「それに私たちの受ける依頼の何度も上がってるでしょ? 前よりもたくさんの魔物を相手にするようになったから」
「あ~、それもそうか」
冒険者を始めたての頃は三等星以上の冒険者が一緒にいる事もあり、たとえ相手が大きな群れであろうと彼らだけで相手をするという事はまず無かった。四等星になってすぐの頃も志吹の宿の方針でまずは数頭の魔物を相手に確実に対処できるかどうかを見られることになる。
しかし今、四等星になって半年は経った。その間にも多くのことを経験した彼らはこの度のようにイトマシラの大きな群れへの対処という依頼を任されるまでになったのだ。それは実力を認められたという事であるが、そのせいで剣への負担はより大きなものとなっている。
「この前も買い損ねたでしょ? 今回は報酬も良かったし買い替えたら?」
「わ、私も、それが良いと、思う」
「ハクハクハクにまで言われるとなぁ」
冒険者になってからずっと使って来た剣であり思い入れはあるが、しかし始めた頃に買った安物の剣でもある。これからより危険度の高い依頼を受ける事になるのなら余裕のある時に買い替えてしまった方が良い。
「じゃあそうするかな」
そんな一幕もありながら彼らは武器屋へ。そこにはいつものように様々な武器が並んでおり、いつか誰かの手に渡る日を待ちわびている。
「よう、今日は剣を研ぐのか?」
既に常連である三人に店主は陽気に声を掛けて来た。
「いや、新しいやつを買おうかなって」
「ほぉう? まあお前らも冒険者になって一年半ぐらいか? 中々筋が良いって評判だしな。ここは一つ良いやつを見繕ってやるよ」
店主とロロは連れ立って剣の売り場へ向かう。瑞葉とハクハクハクは見てもどうせわかりやしないと店内を適当に物色することに。
「お金が溜まったら私も短剣を新しいのに替えようかな。ハクはどうする?」
「私は、杖があるからいらないかも」
「杖は短剣の代わりにならないと思うけど……」
二人はどちらかと言えば魔法を使う事の方が多く、あまり武器屋の世話になる事は無い。ハクハクハクは大きな盾を常に持っているのだが三人でいるとあまり前に出る事も無く使う機会が無いので傷もほとんどない状態だ。そんなわけで店内をぶらついてみてもあまり見所も無く退屈していたのだが。
不意に店の戸が開く。
「む、瑞葉にハクハクハクか」
「牛鬼さん、どうも」
そこに現れたのは牛鬼、志吹の宿に拠点を置く三等星の冒険者だ。見たところ彼も自らの刀の手入れの為にここを訪れたのだろう。
「依頼終わりですか?」
「うむ、少し遠方でヒャッキャクサソリが現れたとの話があってな。その討伐へ赴いていたのだ」
「一人でですか?」
「いや、他の三等星も連れてだ。身一つで倒せると思う程自惚れてはおらんよ」
ヒャッキャクサソリはこの辺りで定期的に現れる強い魔物の代名詞と言っても過言では無い。あれらは元々虎狼ホンソウにいたのだが何の因果か一部の群れが山河カンショウの国へ棲みつき、今となってはこちらの方が数が多いとまで言われている。その生態は未だに謎に包まれており、気が付けば成体が出現して人々に襲い掛かるという事が繰り返されている。
基本的には二等星以上か三等星の中でも特に力のある者が複数人で対処する事になっている程の強い魔物だ。
「おかげで刀が傷んでしまってな。研ぎ直そうと思ってここに来たのだ」
長く冒険者を続ける牛鬼の刀は名刀の類であり、彼自身の技量や纏う魔力のおかげもあって多少の事では刃が痛むことは無いのだが硬い外殻に覆われたヒャッキャクサソリ相手ではそれも限度があったらしい。
「最近は忙しそうですね。ミザロさんやザガ十一次元鳳凰の皆さんが遠方の依頼に行ってるんですよね?」
「……どうだろうな」
瑞葉がそれとなく口にしたミザロやザガ十一次元鳳凰の事だが、一応彼らが長くショウリュウの都を離れている事については公にはなっていない。しかし既に二か月は姿を見せていないのでいくら秘密にしようと段々と勘付く者は出て来るし、宿では既に多くの冒険者が噂している事だ。
そして当然ながら中には事情を知っている冒険者もいる事だろう。一番上の実力者がいないという事はその下の者にとっては大きな負担となるし、もしミザロ達の手が足りなくなればお呼びがかかる事も考えられる。そしてその冒険者とは二等星を擁する天柳騎の三人組や、イザクラ考古学団、そして長く冒険者を続ける熟練者で経験豊富な目の前の三等星。
瑞葉はじっと牛鬼を見つめてその表情から裏にある事情を読み取ろうと試みるが残念ながら海千山千の老獪さを持つ彼の表情はまるで変わる様子は無い。
「ミザロさん達が何をしてるか牛鬼さんは知ってます?」
それを見てちまちまとしたやり方を面倒に感じたのか瑞葉は直接的に尋ねる。が、牛鬼はおどけたように知らぬとの身振りを示す。
「そんなに隠すような事ですか?」
「隠すも何も、知らぬだけだ」
裏で何が起こっているのかは既に冒険者の中では様々に噂されている。崎藤などに直接尋ねた者もいるが偶然彼らのいない時に来ているだけだろうとはぐらかされるだけ。しかし牛鬼を始め熟練者が足を止める間も無く跳び回り忙しない日々を送っているにも関わらず彼らを長期間遠方の依頼に駆り出す必要があるかは怪しい。余程の事が起こったのだろうと想像する者は多い。
そして今やその余波がロロ達の元にも訪れている。今回のイトマシラの件にしても人員に余裕があるなら同等以上の実力の持ち主をもう一人二人連れて行く予定だったが、知り合いの冒険者たちは皆忙しくとてもそんな余裕は無かったのだ。結果的には何の問題も起こらなかったとはいえ、冒険者としては万全を期して依頼を迎える事が出来ないと言うのは少々恐ろしい物である。
そんな状態故に瑞葉などは何か知っているのなら説明ぐらいは欲しいものだと考えているのだが、残念ながら牛鬼はそれを話すつもりは無さそうだ。
「少し前に新作の美味しいお菓子を見つけたんですけど、話してくれれば教えますよ?」
そんな懐柔策にも。
「知らぬ以上は話す事も無い。残念だ」
「むむむ」
牛鬼は応じない。
「……前に一緒に行った大通りの草餅の店なんですけど、裏に息子さんが店を出したんです。お餅を使ったワッフルとか言うやつで美味しかったですよ」
「ワッフルか、それは是非とも行ってみるとしよう」
結局は話してしまうあたり瑞葉にはこのような尋問は向いていないという事なのかもしれない。
「あれ、牛鬼さん?」
そうこうしている内にロロが戻って来る。
「なんか久しぶりに見た気がするな」
「お互いに依頼で都を離れる事も多かったからだろう」
「それもそうか」
うんうんと頷くロロの手には見慣れない剣がある。
「その剣にするの?」
「ん? ああ、そのつもり。折角だし牛鬼さんも見てくれよ」
ロロが剣を鞘から抜き放つ。店の灯りに照らされて銀色の刀身部分が鈍く光る両刃の剣。
「……前と違うの?」
瑞葉が思わずそんなことを言った。隣にいるハクハクハクが思っていても口にはしなかった言葉だ。とはいえ、素人目には前の剣と大きな違いがあるようには見えないと言うのも事実だろう。
しかし、牛鬼はじっと刀身を見つめ感嘆するように息を漏らす。
「ほぉう、中々良い剣だな。以前のものに比べて良い鋼を使っている」
「おお、牛鬼さんわかるのか! 俺は見てもさっぱりわからなかったぜ」
ロロの言葉を聞いて瑞葉とハクハクハクは自分の感想は間違ってなかったのかと唸る。そもそもロロも剣を使いはするが刀剣に対して造詣が深いわけでも無い。実のところ店主に言われるままに手にした部分もあったわけで、こうして詳しい者がいたのは幸運だったとさえ言える。
「比較的安価だけど質の良い鋼を使ってるからとりあえずこれを買っとけば間違いないって言ってたぜ」
「だろうな。量産品の中では間違いなく最上級の部類だ。これより上の物となると鍛冶師に頼んで一点物を作ってもらう方が早いだろう」
「それってお高いんじゃないですか?」
「そうだな。例えばこの刀は知り合いの鍛冶師に頼んだものだが――」
そう言って自分の刀を手に牛鬼が述べた金額はハクハクハクの持つ杖と同等の金額だ。
「……それって単なる刀ですよね?」
「折れず曲がらず良く切れる刀だ」
牛鬼は自慢げにそう言う。
ハクハクハクの杖は遺物であり、未だその仕組みは未解明である丙族の魔力制御を助ける力を持つ特別な杖だ。そのような物に特別な価値が付くのは当然と言える。対して牛鬼の刀は言ってしまえば頑丈で良く切れるだけに過ぎない。そこらの包丁と機能としては変わらないとさえ言える。
「いや、高いですね、刀って……」
それで瑞葉から思わず漏れた呟きだったのだが。
「何を言う! 刀だぞ! 日本刀だ!」
「え?」
牛鬼が刀を抜きその刀身を光に照らす。そしてそこに現れる美しい刃文を見惚れるように眺めている。
「これほど美しい刀を間近で見られるというのに、少しの金を惜しむなど……」
「……刀、お好きなんですね」
突然の豹変ぶりに皆驚きを禁じ得ない。本人もその自覚はあったようで少し気恥ずかしそうに咳ばらいをする。
「ごほん、まあ、何だ。刀剣の類は男児の憧れでもあるからな」
「そうですか?」
「うむ、幼い頃は刀を振るい悪人をばったばったと切り伏せる剣客に憧れを抱いた頃もある。日本男児であればその想いには共感出来る事だろう」
「はぁ、にほんだんじ?」
「あ……、いや。まあ、そういう一種の、共通認識のようなものがあるのだ。主等は知らずとも良い」
瑞葉は怪訝に思うのを隠しもせず牛鬼をじっと見つめる。牛鬼も余計なことを言ったとの自覚があるのか視線を逸らし天井の端を見つめている。そしてふと思い立ったように立ち上がると、
「店主、この刀の手入れを頼む。行くところがあるのでな」
そう言って足早にこの場を去って行った。
「……怪しい」
瑞葉は去り行くその背を見つめて呟く。
「怪しい?」
「いや、怪しいって何だよ」
思わずその反応にはロロとハクハクハクが突っ込みを入れた。
「確かに変だけどさ、別に何も悪いことはしてないだろ?」
「それはそうだけど……、でも変じゃない? 急に慌てた感じに出て行ったりさ、なんか変な事も言ってたし」
「にほんだんじって言ってたね」
「でしょ? 聞いたこと無いもの、そんなの」
ロロやハクハクハクもそう言われて記憶を遡ってみるが、残念ながらその言葉に関する記憶が出て来ることは無い。
それを抜きにしても今日の牛鬼はどこか変だったとは言えるだろう。普段ならば刀の話ももっと落ち着いた様子で話していたのではないだろうか? 今日に限ってあれほど興奮し自分を抑えられなかったのには何か理由があるのではないだろうか?
「……ちょっと探ってみない?」
「え?」
「何を隠してるのか、知りたいと思わない?」
気になる事を知りたいと思うのは当然の反応だろう。しかし瑞葉がこうも積極的に人に関わって行くのは珍しいとロロは思う。いや、彼女本人ですら自分からこんな言葉が出たのには驚いていると言えるだろう。それでも彼女がそれを決行しようと思ったのは。
もし弱味を握れたなら、牛鬼さんが知っている事を全部話してもらおう。なぜミザロさんやザガ十一次元鳳凰のみんなが長く都を離れているのか。
そんな思いがあったからだ。
彼女はこれまで冒険者として依頼をこなす中で、人々を守るために最も大切なものが何かという事に一つの結論を出していた。
それは情報だ。
少し前、カクラギと共にハジの村へ行った時、魔王大戦が始まった地はとある僻地の名もなき村だったという話を聞いた。その時に彼女は思ったのだ、それはつまり様々な情報に精通していなければ真の意味で人々を守る事など出来はしないという事なのだと。都の中でどんな問題が起こっているのか、近隣の地でどんな獣や魔物が跋扈しているのか、遠く離れた土地ではどんな営みがされているのか。それらを知り、そして起こり得る問題を未然に防ぐ事こそが人々を守る事に繋がる。
しかし彼女たちはまだ四等星であり、上から彼女らに全ての情報が開示されることは無いだろう。彼女らの知らぬ間に優秀な冒険者たちが片付けてしまった危機も数多くあるはずだ。
それ自体は悪い事ではない、が。本当に自分に出来る事は何も無いのだろうかと思ってしまうのも仕方のない事である。そして、だったら自分で何が起こっているのかを確かめようと思うのも、当然の事と言えるのだろう。
故に彼女は、この機会を逃さぬよう、牛鬼を追う提案をしたのだ。
突如始まった尾行作戦、三人は三方に分かれてそれぞれに牛鬼を追う。さて、魔物相手の追いかけっこは逃げる方も追う方もそれなりに経験のある彼らであるが、人間相手となるとそうはいかない。どの程度の距離を取って追うべきか、視線を上手く遮り隠れる術は、その他諸々あまり知識が無いものだ。
これが単なる一般人を追うのであれば彼ら三人は四等星の冒険者、その身体能力や魔法の力でどうとでもなっていただろう。
しかし相手は牛鬼、三等星の、そして長く冒険者として培ってきた経験を持つ者だ。
「……む?」
牛鬼が異変に気付いたのはまず魔力、ハクハクハクが周囲を感知する為に放ったものである。彼は自身の周囲、主に刀の間合いまでであるが、そこで何が起こったかは目を閉じていても分かるし、目に見えない何かであってもその動きが分かる。
自身に触れた魔力はその動きと性質から見て感知系の魔法だと当たりを付けると彼は即座に周囲への警戒を密にする。
そも、街中で感知の魔法が放たれるという状況は滅多な事では起こり得ない。本来感知の魔法は建物や木々や地形に遮られ自分の目で見えない場所の情報を得る為の物であるが、街中でそれが必要かと問われれば否と答えざるを得ない。いや、どちらかと言えばそれを行うとあまりに怪し過ぎると言うべきか。街中においては例えば建物の中に誰かいないかを探るという目的が考えられるが、それを行う理由があるのは多くの場合は空き巣などの犯罪者になるだろう。建物に人がいるかどうかを調べるなら普通に中に入ればいいのだから。
つまり、牛鬼が警戒を始めたのは周囲に何か邪な考えを持つ者がいる、と考えての事である。
「……何か警戒してるな」
そんなことは露知らず、瑞葉は遠くから双眼鏡を手に牛鬼を観察している。遠くを見渡せる建物に昇り運良く早々に牛鬼を発見した彼女はどの程度の距離まで詰めようかと考えていたのだが、そうしている内に牛鬼が周囲を気にしている事に気付く。
まさかこの距離でもばれているのだろうか、などと不安になっているようだがいらぬ心配である。
「ハクとロロはどこにいるんだろ」
それで彼女は一旦牛鬼から視線を外しロロとハクハクハクを探し始める。
ハクハクハクがいるのは牛鬼から程近い所である。但し彼女はその事に全く気付いていないのだが。実のところ彼女はあまり牛鬼を追う事に乗り気では無いのだが、折角だからと魔法の練習を兼ねて参加している次第だ。試しているのは感知の魔法、その精度を上げる事である。
杖を手にした彼女は魔法の制御に関して今までとは雲泥の差と言えるほどに大きく力を付けたと言って良いだろう。そこで彼女は大雑把に行っていた感知の魔法に関してより詳細な情報を手にすることは出来ないかと考えていた。具体的には、大勢の中から特定の一人を探し出せるような。
しかし。
「……う~ん?」
残念ながらあまり芳しい結果は出ていない。適当に歩き回りながら何度か感知の魔法を使ってみるものの中々個人を特定することまでは出来ないものだ。実際、牛鬼が自身の感知範囲に入っていたにも関わらず何度か見逃し、その結果牛鬼を警戒させてしまっているだけなのである。
しかしそんなこと彼女は気が付いていないのでこの後も何度か同じことを繰り返すのだろう。
そんな中で今最も牛鬼に警戒されずに彼の近くにいるのはロロなのかもしれない。ハクハクハクはそれなりに近い距離にいるものの魔力の発信元であるせいで大雑把とはいえ方角を知られている。それに対して単に街中を歩き回り探しているだけのロロは単に街歩きをしている他の人々と大差ないのだ。
問題はロロがそこまでこの尾行に乗り気ではない事か。
瑞葉が妙にやる気を見せていたのでとりあえず乗っては見たものの牛鬼を追う理由が彼にとってはあまり無いように感じている適当に歩き回る傍ら偶然にでも見つけられれば儲け物と言ったところか。
「とはいえなぁ、歩き回るだけだとつまらないよなぁ……」
そんなことを呟き、歩き回りながらでも何か出来ないかと考えていたのだが。
ふとロロは、何気なく、牛鬼を探すという目的もあったことだし本当に何気なく、路地裏の方に視線を向けた。
「ん?」
そこで見かけたのは路地裏を駆けて行く人影が幾つか。人目を忍ぶように路地裏を駆けて行く姿は妙に気を引いた。
「何だ?」
ロロはそこで牛鬼を探すのと今の人影を追うのとで少し悩む、が。
「……こっちの方が気になるな」
即座にその答えが出る。あっさりと牛鬼の事を忘れて今の人影の方を追いかけ始めたのだ。その結果彼は牛鬼の程近くにいたにもかかわらず全くの方向違いの方へと駆けて行くのだった。




