72.山河カンショウの国の僻地にて
ショウリュウの都、農場にて。気持ちの良い目覚めを迎えたロロは外に出て朝の陽射しを浴びる。思い浮かぶのはあっという間に過ぎて行った感謝祭の日々。
毎日を荷物の配達で駆け回り、最終日には去年と同じように瑞葉、ハクハクハクと共に露店を巡った。サキサキサや安川といった冒険者の顔馴染みがやっている露店や依頼を終えた後の打ち上げでよく行く店などを見て回り、彼らはその一日を大いに楽しんだのである。
そんな楽しいひと時が終わると彼らは志吹の宿に寄せられた感謝祭の後片付けの依頼を受けて過ごしていた。そしてそれもとうとう終わりを迎える。
「よーっし、今日からまた頑張るぞ、と」
本格的に冒険者としての活動が再開される。
ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人はいつものように志吹の宿で落ち合い軽食を取りながら次に受ける依頼について話し合う。
「次は何をしたい?」
「俺はそろそろ身体をしっかり動かしたいぜ」
「感謝祭期間に散々走り回ったと思うけど」
「あ~、それもそうだけどな」
「私は、その、杖をしっかり、使いたいかな」
イザクラの都で新品となったハクハクハクの杖は今の所あまり活躍の目を見ていない。というのもショウリュウの都に戻ってからはどちらかといえば感謝祭の準備などに力を尽くしていた為、ハクハクハクの強大な威力を持つ魔法は出番が無かったのである。
「じゃあ魔物退治かな。とりあえず何かあるか聞いてみようか」
話がまとまり三人は受付にいる崎藤の元へ。
「今日はどんな依頼がお好みかな?」
「魔物退治があればそれで」
「魔物退治ね。近場だとあまり目立った魔物の被害は無いけど幾つか目撃情報があるからその辺りで」
と、崎藤が幾つかの依頼書を出そうとした時。
バンッ。
音を立てて扉が開かれる。その場にいた者の注意は自然とそちらを向いた。
「カクラギさん?」
「お、君達か。色々と頑張っているようだね、噂は聞いてるよ」
そこにいたのは自警団のカクラギ、彼はロロと瑞葉が冒険者になる試験を受けた際にその同行者として試験の様子を見守った一人だ。
「何かあったのかな?」
崎藤は少しだけ緊張を孕んだ様子で尋ねる。自警団は都の治安を与る組織だ、それが冒険者の拠点へ来るのは何か問題が起こった事を示唆する、時もある。
「いえ。遠方の視察に人手を借りたくて依頼をしに来ただけですよ」
今回に関しては特に問題は起こっておらず冒険者という人手を借りに来ただけらしい。崎藤は自然と緊張を解いてカクラギの持って来た依頼書を受け取る。
「ハジ村の視察ね。そう言えば最近行ってなかったねぇ」
「ええ、感謝祭も終わって色々と落ち着いているもので、今の内に行っておこうかと」
崎藤、カクラギの間には共通の認識があるようでさっさと話を終えてしまうが、その場にいるロロ達三人には何が何やらわからない。
「ハジ村ってのは?」
冒険者をやって一年半近く、様々な知識も見識も増えて来た頃だがそもそもそのような村の存在すら聞いたことが無いのだ。
「ハジ村はここから北に山を五つぐらいは超えたところにある村でね、まあ小さな村だよ」
話を聞けば住民がおよそ三十人ほどの本当に小さな村で、ショウリュウの都との交流もほとんど無いような場所らしい。目立った特産品なども無く商人にとっても村落を巡る旅人にとってもわざわざ立ち寄るほどの価値が無い。
余所にはそこに村があることなどほとんど知る者は無く、本当にただ人が住んで暮らしているだけの場所なのである。
「不定期に、大体年に一回か二回ほどの間隔で自警団で様子を見に行ってるんだ。とはいえあまり人手は割けないからね、冒険者を何人か借りて道中の安全を確保しているんだよ」
「魔物も出るのか?」
「それを確かめに行くのが主な目的かな。しかし先も言ったように山道でね、全くいないって事は今までに無かったね」
ロロがちらりと後ろを振り返り瑞葉とハクハクハクを見る。二人はロロに任せるというような身振りで答えた。
それを受けて彼は。
「じゃあそれ俺達が受けてもいいか?」
「君達が?」
「ロロの怪我もすっかり癒えましたし、ハクも杖を新しくしたので魔物退治の依頼があればそれを受けようかと思っていたところで」
「成程ねぇ。しかし結構遠いから少し日数がかかってしまうけど」
「別に近い内に用事は……。豊穣祈願の祭りに間に合えばそれでいいかな、と」
「ああそれなら大丈夫。向こうへの滞在期間を含めても長くて二週間ぐらいだね」
「だったら決まりだな!」
こうしてロロ達はカクラギと共にハジ村へと向かう事となる。
翌々日、準備を終えた一行はショウリュウの都を後にする。ハジ村への道中は基本的に徒歩で行くことになる。
「道らしい道は無いからね。魔物の相手よりも道中の山歩きの方が余程きついかもしれない」
カクラギのそんな言葉通り彼らが行くのは道というのが憚られる様子の木々の生い茂る山中である。山河カンショウの国はその名の通り多くの山があるわけだが、彼らが通るのはその中でも人が分け入ることの無い山々となる。
「この辺りはショウリュウの都からはそれなりに近いけれどあまり珍しい植物は無くてね。切り拓くほどの価値も今の所無いからほとんど放置されているんだ」
ごつごつした岩や折れた枝で足をとられそうになり、平坦な場所を歩こうにも木々の枝葉がそれを邪魔するように前を塞ぐ。しかしだからと言って周囲への警戒を忘れてはいけない。このような人の手の入らない場所は一部の獣や魔物にとっては棲み処として都合がよく、時には群れで過ごしている事も珍しくない。山林の開拓を行おうとしたところでそれらに襲われ中止になったという話はそう珍しい話でも無いのだ。
ガサッ。
ここもまたそのような獣の縄張りらしい。足音を聞き即座に戦闘態勢に入る三人を見てカクラギは彼らの成長にどこか嬉しくなり思わず頬が緩む。
「ここは君達の成長ぶりを見せてもらおうかな」
「任せてくれよな!」
現れたのは牙獣だ。山河カンショウの国において非常に多く生息している獣であり、山林を中心に群れて暮らしている。トウボクサイのような自分たちよりも大きな魔物相手でも群れで襲い掛かり狩りの対象としてしまう獰猛さを持つ獣であり、当然縄張りに入って来た人など格好の獲物である。強靭な顎と鋭い牙は半端な盾を噛み砕く力強さを持っており如何に熟練の冒険者といえど噛まれてしまえばただでは済まないだろう。
尤も、熟練の冒険者が牙獣に噛まれることなどまずあり得ないのだが。
三人は落ち着き払った様子で襲い来る牙獣を見つめる。ロロは大口を開けて噛み付こうと跳びかかるそれを難なく躱し、同時に剣で切り付け血飛沫を舞わす。瑞葉は全体を見渡しながら遠方に魔法を放ち牙獣の襲って来る方向を誘導しているようだ。そしてハクハクハクは彼女の後ろで魔力を溜めている。
「ん、もう、大丈夫」
「あ、もう? ロロ!」
「分かった!」
ロロが近くにいた牙獣を引き付けて下がる。その結果、自然とハクハクハクから見て直線状に何頭かの牙獣が姿を現した。
「風よ、螺旋を描き貫け」
ハクハクハクが放ったのは冒険者が扱う魔法の中では基本の一つ、風の槍。比較的扱いが簡単で周囲への影響の少ない風の魔法の中でも貫通力に長けた魔法だ。とはいえその威力は一般的に牙獣を一頭倒すなら十分と思われる程度なのだが。
杖を通して放たれた風の槍はその速さも威力も一般的に想像されるものに比べ桁違いであった。それでいて制御も確かであり、ロロはそれが通り過ぎて行ったのを遠くで木が打ち抜かれて大きな音を立てた事でようやく気付いたほどだ。
地面には身体を打ち抜かれた牙獣が数頭転がっており、その様子を見て後方からこちらへ向かっていた他の牙獣は本能的な恐れを感じて去って行った。
戦いの終わり、である。
「随分と成長したね」
カクラギが拍手を交えて三人を称える。
「落ち着いて相手の出方を見ながら自然と三人で連携が取れていた。前で引き付ける役、後ろからそれを援護する役、そして最後の止め。君達が歩んで来た道のりが自然と想像できるいい戦いぶりだったよ」
「ありがとうございます」
「もうあのぐらいだったら任せてもらっても大丈夫だぜ!」
「ははは、確かに任せても問題は無さそうだね。しかし私も自警団としてあまりさぼっている姿は見せられないさ。次は私も戦わさせてもらうよ」
そんな一幕もありながら一行はハジ村への道のりを突き進んでいく。
三日かけて辿り着いたハジ村は事前に聞いていた通り小さな村で、小さな畑が幾つかとそれに隣接する家屋、それに僅かな家畜が飼われているだけの場所だ。普段ならばロロ達三人は村の中を見て回る時間を取って見物したりするものだが、ここではそんな時間を取らずともすぐに端から端まで見れてしまう。
「カクラギさんの言ってた通り本当に小さい村なんだな」
「だね」
ショウリュウの都という大勢の人が様々な営みをする場所で暮らしているロロと瑞葉からはそんな言葉が零れる。ハクハクハクは自分の故郷に比べても小さな村だと心の内で感じている。
カクラギは慣れた様子で村の中央の家へ向かって行く。道中、外にいた村人は彼らに好機の視線を向けていたが話しかけて来ることは無かった。ロロ達がその視線を少し気にしているのを見るとカクラギは、
「この村を人が訪ねて来ることなんて滅多に無いからね、物珍しいんだろう」
と、言う。実際、この村に誰かが訪ねるのは年に一、二度来る自警団の面々か、何らかの理由で迷子になって偶然辿り着いた者か、あらゆる町村を訪ねて記録するような奇人の類に限られる。因みにこの中で訪れる頻度が最も高いのは自警団の者になるだろう。
そんな好奇の視線を受けつつ彼らが入って行ったのは村長、と言う程この村には厳格な上下関係は無く村のまとめ役の家だ。その家はどうやら壁と屋根があるだけで土足のまま入って良く、中では地面にござのようなものを敷いて横になっている老人がいた。
「こんにちは。お久しぶりです」
カクラギの挨拶を聞きその老人はゆっくりと視線を上げる。
「……ああ、君か。もうそんなに経ったかね?」
「ええ、私が顔を見せる程度には」
ロロ達が事前に聞いた話では以前にここへ来たのはおおよそ一年前との事だった。しかしこのまとめ役の彼はそのような時間が経っている事に無頓着であるらしい。ゆっくりと身体を起こすと以前に顔を見た時からの事を思い返し始める。
「……うむ、確かに、木々の葉が落ち、雪に覆われる辛い日々を超え、雪解けの水で喉を潤し、以前に顔を見た時のように暖かい日だ。どうやらいつの間にかそれほどに時が経ったらしい」
言いながら彼は寝床らしいござの傍にあった壺を手に取り、その中からまだ生きている芋虫のようなものを掴み出すとそのまま齧り付く。ロロ達三人は事前の説明の中でこの村の人は多少風変わりな事をする時があると聞いていなければ思わず驚きの声を上げていただろう。
しかし表情に出さずにやり過ごすには彼らはまだまだ若く、翁は三人の視線に頭を掻いた。
「……ああ、都の者は話の途中で物を食べると失礼になるんだったか」
「え? あ、すみません。つい気になって見てしまって……」
瑞葉は思わずそう謝ったのだが、三人共気になっていたのはいきなり物を食べだした事よりもその食事内容の方であったことはついぞ口にされることは無かった。
村のまとめ役たる翁の案内で彼らが向かったのは村の狩人の住む小屋だ。そこは翁がいた小屋よりも大きく瑞葉は狩人の方が大きな家に住んでいる事には違和感を抱いていたが、中に入ればその理由はすぐにわかる。
「おぉ」
思わず感嘆の声が出たのは、小屋の天井から吊るされた大量の肉が目に入ったからだ。どうやら乾燥させて保存しているようでここは狩人の小屋でありながら食料の保管庫を兼ねているらしい。一行はぶつからぬよう身を屈めて奥へ進む。
吊るされた肉を幾つか掻き分けた先にあった部屋では狩人らしき者が生き物の骨で作られた弓を大きめの植物の葉で磨いている所だった。彼は傍に皆が来たのに気付いてもその手を止める事は無く、逆にロロ達もそれを邪魔することは無くじっとその様子を見つめる。
ようやく彼が手を止めたのは弓全体を磨き終えて植物の汁が骨に染み付いた後だった。
「爺さん、そいつらは?」
「毎年の、客人だ」
「……ああ。そう言えばそのぐらい経つのか」
この言葉で時節が過ぎるのに無頓着なのは翁だけではなくこの村の者が皆そうなのだと瑞葉とハクハクハクは気付く。暦に従って様々な事をしながら生きている身からすればあまりに想像し難い生活だ。
そんな生活を営む狩人は立ち上がり大きく伸びをすると、ふらふらと歩き出す。と言っても向かう先はすぐそこ、吊るされた肉の間だ。その数はかなり多く、この数の獣を彼が狩ったのだとすればその腕の程が窺えるというものだ。手前にある肉は既に表面が乾き水分が抜けているように見える。狩人の彼はそれを掻き分けて奥へ行き、吊るされた肉を手で触りながら何かを確かめるようにしている。
「カクラギさん、あれは?」
「もう少し待とう」
それからもしばらく狩人は何かを見極めるように肉を観察したり触ったりしていたが、やがてそれも終わり一行の元へ戻って来る。
「最近の狩りで獲ったのは奥の肉だな、こっちだ」
狩人の言葉に従い肉を掻き分けて奥へ進むと確かに入り口付近にあった様な乾いた肉とは違うまだはりがあり水分の残った肉が吊るされている。瑞葉たちはそんなことよりも周囲の生臭さが気になっているが狩人もカクラギもそれを気にする風は無く話を続ける。
「これは何の獣ですか?」
「大顎……、そっちで言う、牙獣、だったか?」
「そうですね。牙獣……、数はどの程度いたか覚えておられますか?」
「群れだ。この辺のは罠でまとめて獲った。しばらくは狩りに出掛けずとも良さそうだと道具の手入れをしている」
「成程、ありがとうございます。参考になります」
カクラギはそれからもしばらく最近の狩りの様子を聞き出していたが、目新しい話が出そうも無いのを確信すると礼を言って退散する流れとなる。
狩人の小屋を出てからもカクラギは他の村人から話を聞くことを続けた。彼が尋ねていたのは村の中の出来事ではなく、主に木の実や山菜などの採取に出掛けた際にあった出来事についてだ。外の様子で何か変わったことは無かったかという事を色々と聞き続ける。
結論から言えば彼の聞き込みに成果があったかと言えば、無かった、そう断言していいだろう。本当に大した話は無く、精々わかったのはこの村人がどのように日々の暮らしを送っているかという事ぐらいだろう。
「あとは何かあるか?」
「いえ、問題ありません。ここまでお付き合い頂き感謝します」
そして村人から話を聞くのに同行していたまとめ役の翁とも別れ、ロロ達の頭には疑問だけが残る結果となる。
「……えーっと?」
「俺達は何をすればいいんだ?」
一日を村の中での聞き込みに費やした結果、得られたものが何も無い。ロロ達がそう感じるのは無理も無いだろう。まさかこの小さな村の人々との親交を深める為にここまで来たわけでは無いだろう。そもそもわざわざ自警団が人を割いてまでこんなところにまで来たからには何かあるはずだ、彼らはずっとそう思っていたのだから。
しかしカクラギは特に気負う事も無く、
「今日は村の外で野宿だ。明日からはこの辺りをぐるりと回って、何も無ければ明後日には都に戻ろうか」
と今後の予定を軽く話すのみだ。
いまいち納得いかない三人はカクラギを不満そうにじっと見つめるが、
「まあまあ、君達の疑問に関しては明日の見回りの際に話すよ」
と誤魔化す。ロロ達は若干の不満を抱きながらも野宿の準備をさっさと始める事となる。
夜、屋根も無く月明かりの眩しいその場所で瑞葉は一人考える。
自警団、或いはカクラギ個人とこの村の関係性は悪くない。その一方で特別彼らの関係性が良いわけではない。強いて言えば、お互いに存在は認知しているが関わりは無い同僚のような存在に思えた。瑞葉が自身の立場で考えるなら偶に志吹の宿で見かける冒険者程度の存在だ。お互いに邪魔をする気は無いし何かの拍子に困難に見舞われていれば手を貸すこともあるかもしれないぐらいの薄い関係性。
それを保つことに何か意味はあるのか?
その答えが明日の見回りの中で見つかるのかどうなのか、疑念を抱きながらも彼女は眠りに就く。
朝の陽射しが人々を照らす時間、ロロ達一行は朝食を終えて周辺の調査へと向かい出す。このような山歩きも随分と慣れたものであり、足元が多少悪かろうが文句の一つも言わずにすいすいと進んで行くのが彼らだ。
この調査でカクラギは何か特別な事をするのだろう、三人はなんとなくそう考えている節があった。やはりここまで来たからにはその理由があるはずだと考えていたからだ。しかし行けども行けどもそのような事をする気配はない。周囲を警戒しつつ時にハクハクハクに周辺の生き物がどの程度いるか感知の魔法で調べてもらい、偶にやって来る獣や魔物を返り討ちにする。
それらにはどこか特別な事がある様子は無かった。
太陽が真上に輝く頃、彼らはようやく休憩をとる。森の中の少し開けた場所で火を起こし軽い昼食だ。返り討ちにした牙獣の肉を直火で焼くと脂と肉汁が地面に垂れる。その様子にロロとハクハクハクは涎を垂らしていたが、あまり肉が好みではない瑞葉は渋い顔だ。それに彼女としてはいい加減知りたい事もあった。
「……カクラギさん、私たちの疑問は見回りしながら解決するみたいな事を言っていたと思いますけど、どうなんでしょう?」
未だに自警団がわざわざここへ人を寄越した理由は分からない。特別強力な魔物がいる様子も無ければ、村の人が自警団を心待ちにしている様子も無かった。こうして見回りしていても襲って来るのは牙獣程度で、それであれば優秀な村の狩人に任せても良いとさえ思ってしまう。
極端な話、ここに来る時間で他の依頼をこなせばより多くの人を救えるのではないか? そんな疑問を瑞葉は抱いているのだ。誰も望んでいないのならこんな事やめても良いじゃないか、と。
「そうだね、そろそろここに来た目的を話そうか」
カクラギは手元の飲み物を軽く口に含むと目の前で燃えている火を見つめる。それは燃えている炎を通して遥か過去の出来事を覗いているようにも見えた。
「何から話すべきか悩むけれど……、まあ結論から言ってしまおう。自警団はここに、何も起こっていないことを確認しに来ているんだ」
「何も起こっていないこと?」
「……敢えて難解な言い回しを使ってますか?」
「いや、これは言葉通りの意味さ」
言葉通りとカクラギは言うが三人共が理解し難い表情をしている。それもそうだろう、わざわざそんな事の為に時間をかけるのか? そう思うのは当然なのだから。
「おそらく君達は今それなら他の事に時間を使えばよかったとでも思っているかもしれない」
「そんなことは思ってないけどさぁ」
そう言うロロの隣では図星だったらしい瑞葉が思わず視線を逸らしている。
「しかし馬鹿に出来ないものだよ。君達が生まれる前の話、かの魔王大戦のお話をしよう」
魔王大戦、それはおよそ二十程前にあった大きな戦争だ。強大な力を持った魔王は多くの魔物と一部の丙族を従えて村を、町を、国を襲った。
「君達も学校で魔王大戦については軽く聞いているだろう?」
「多くの町やショウリュウの都にも大きな被害が出て、最終的には国の垣根を超えて一等星二等星の冒険者が集まって魔王を打ち倒したとは聞いてます」
「そうだね。ショウリュウの都も被害を受ける程に大きな争いだった。でも都の被害って言うのは実際には大した事は無いんだよ」
「そうなんですか?」
「消えた村や町が幾つあるかについてはあまり語られないからね」
何でも無いことのように放たれた言葉だった。しかしそれが意味する事の重みは語るまでも無いだろう。ロロ達は翼獣の町がクビナシトラの群れに襲われた時の事を思い出す、もしもあの時に守り切ることが出来なかったとすればどうなっていたのだろうか? あそこに住んでいた人々は町から逃げ出し生き延びられたかもしれない、しかし元の暮らしに戻ることは出来なかっただろう。
「つまり、自警団はこういう所が消えて無くならないようにここに来てるって事なのか?」
ロロにそう問われるとカクラギは唇を噛んで頬を掻いた。
「その言い方だと少し違う、だろうね」
その反応にロロは首を傾げる。
「あくまで我々はショウリュウの都の自警団だからね。冷たい言い方をすれば余所の村の治安まで守る謂れは無いのさ」
「だったら何で?」
「それは」
「この村が存続することがショウリュウの都にとって得になる、から?」
瑞葉の呟きにカクラギは大きく頷いた。
「その理由はわかるかい?」
「……いえ、そこまでは」
「魔王大戦の始まりの地は知ってるかな?」
「……? いえ」
「とある小さな村だよ」
魔王大戦の始まりをどことするかには人によって意見が異なってはいるが、その中でも有力な意見の一つがもはや名も忘れられたとある小さな村だ。
その村は大きな都や町からは遠く離れた場所にあり、日々を長閑に平和に暮らす事だけを続けていた。魔王が現れるその時まで。
元々他の町との交流など持っていなかったその村はあっという間に滅ぼされた後、その事実に気付かれることも無かった。魔王はその村の跡地で力を蓄え十分な力と多くの魔物を得た後に侵攻を始めたという。
「そんなことがあったのか……」
「そうだね。だから自警団がこのハジ村に人を送るのはこの周辺で脅威が育っていないか確認をする為、というのが大きいわけだよ」
交流のある町や村は人の行き来の中で何か起こったのであれば自然と伝わって来る。しかしこのような僻地でしかも余所との交流を持たぬ村であればこちらから出向いて確認しなければどうなっているかなど誰にも分からないのだ。
もしも魔物や悪意を持った人々がこの辺りを拠点に力を付けているような事があれば、それはいずれショウリュウの都や山河カンショウの国にとっても脅威となりうるかもしれない。それを未然に防ぐのは自警団の仕事の一部と言っても過言では無いわけだ。
「……人を守るって思ったより難しいと言うか、色々あるんだな」
ロロはこれまで目の前で起こっている危機から人々を守れればそれで良いと思っていた。それこそがかっこいい冒険者のあるべき姿だと。しかし危機はどこからやって来るのかわからず、それを未然に防ぐためにはもっと広い視野を持たなければならない。
それはロロには難しい事だった。
「まだまだ君達は子供だろう? これから色々と学んで知って行けばいいだけだよ。人生の先は長い、君達はまだまだ成長できる」
カクラギはそう言うが今すぐに強く、そう願う気持ちを抑えるのは難しい。ロロは遠くを見る。視線の先には沢山の木々が、それを超えて行けばハジ村があるだろう。更に遠く行けば自分たちが超えて来た山々がありその先にはショウリュウの都が、そして更に向こうは……、ロロには想像もつかない。
冒険者になって都から遠く離れた土地にも多く訪れた。しかし彼らが訪れたことの無い土地など数え切れず、この世界のほんの一部の事しか知る事は出来ない。
ロロは思う、今もどこかで誰かが悪意を育てているのだろうか? と。
数日後、依頼を終えた彼らは都へと帰り報酬を貰う。ロロ達は魔王大戦の話を聞こうと知り合いを探したが、宿にはミザロやザガと言った有力な冒険者は見られなかった。




