70.対決、強盗団
山河カンショウの国、イザクラの都。人通りの少ない道を珍しい形をした杖を持った男が走る。そしてその後ろを追いかけるように四人の冒険者が走っていた。
「待てぇー!」
大きく声を上げて走るのはロロだ。その瞳は前方を走る男を捕らえて離さない。それに続くようにハクハクハクが、そして少し遅れて瑞葉と十六夜丸の三人も男を追う。
男が持っている杖は彼らが直前にハクハクハクの為に買った旧世代の遺物だ。それが高価であったという事実を差し引いてもこのまま放置など出来るはずが無く、必ずや取り返すという強い意志で彼らは走り続ける。
ロロと男の距離が詰まって行く。このまま行けばロロが男を捕まえて一件落着となるのだろうか?
瑞葉は魔法の準備をしながら考えていた。男があの杖を通りすがりに見かけて衝動的に盗ったのならばこのままあっさりと解決するだろう。ではもしそうでなかったなら? 例えば、遺物の店に入って行く四人を見かけた時に高価な物を購入して出てくる可能性を考慮していたとしたら?
その場合、ある程度の計画を練る余地がある。雑に奪った後に逃げ切る為の計画があるとすれば……。
ふと、瑞葉は周囲を見た。穏やかな街並み、人々は既に姿を消して後に残るのは建物と街路樹程度。その街路樹は天を仰ぎ微動だにしない。
違和感を覚えた。杖を盗まれた時に目を覆う程の強い風が吹いた、にも関わらず今は僅かにも風が吹いていない。
そんなことがあるだろうか?
「……有り得る」
瑞葉はそう呟いた。そう、有り得るのだ。どんなに穏やかな凪の日でも強い風が起こることはある、いや、起こすことが出来る。
魔法だ。
あの風はひったくりをした男がやったのか? その問いにはおそらく違うと瑞葉は感じた。もしそうならばとっくにロロに対して風を放ち少しでも動きを止めようとしているはずだ。
「十六夜丸さん、あの男、仲間がいるかもしれません」
「む、そうなのか?」
「さっきの風は仲間の仕業かも」
「なるほど……、となると次も来るな」
今、ロロとハクハクハクは男との距離をどんどん詰めている。放っておけば男が捕まる、この状況を黙って見ているはずは無い。
「つまり我輩たちの仕事は」
「ええ、仲間の方を捕まえたいですね」
先程まで瑞葉は走る男の前方に風を起こして足止めをしようと考えていたがそれを中断し周囲の警戒を始める。
この状況で狙うなら当然ロロとハクハクハクだ。どこから魔法が飛んで来たかを即座に把握する為に必要なのは。
「魔力視か」
瑞葉は自身の目に魔力を集め周囲の魔力をその目に映す。逃げる男やそれを追うロロやハクハクハクがその身に纏う魔力、隣を走る十六夜丸の魔力、周囲を照らす魔力灯から漏れる魔力、そして高い建物の上、屋上より立ち昇る魔力。
瑞葉がそれに気が付いた次の瞬間、屋根の上から魔力が放たれる。
「そこっ!」
瑞葉は軌道を先読みしロロ達の下へそれが届く前に自身の魔法を当てる。
二つの魔力がぶつかり風が弾け周囲に気流の乱れを生んだ。逃げた男やハクハクハクが驚きの顔を見せる中で動きを止めない者が数人。
「そこの屋上です!」
「よし来た!」
瑞葉の声を聞き十六夜丸が宙を駆ける。彼女は魔法で空中に見えない足場を作り出し、三階ほどはあろうかという高さの建物をあっという間に駆け上がった。屋上にいた者は驚き逃げようと試みるも周囲を小さな竜巻に囲まれている事に気付く。
「神妙にせよ!」
後ろから十六夜丸の声が聞こえると即座に体の自由を奪われ地面に転がされるのだった。
そしてそれとほぼ同時にロロも逃げていた男を組み伏せていた。中空で弾けた風に驚いている間に距離を詰められ、後は為す術も無く取り押さえられたらしい。
一件落着、という事なのだろう。
「ほら、ハクハクハク」
ロロは取り返した杖をハクハクハクに手渡す。その様子を見て組み伏せられている男は怒りを顕わにしながら彼らを睨み付けた。
「丙族なんぞに与する裏切り者め……」
ロロは言葉の意味もわからぬように目を丸くして、ハクハクハクは男の瞳の奥にある憎悪に思わず身を竦める。
「丙族が俺達に何をして来たのかわかってやってるのか!? 貴様は人として恥ずかしくないのか!?」
男は怒り、憎悪、不快感、それらを込めた問いをロロに投げかける。しかしその問いに対してロロは危うく取り押さえている手が緩みそうになる程に困惑していた。
魔王に与した丙族が多く居たことから彼らがある種の差別的扱いを受けている事はロロだって理解している。ショウリュウの都でも家がある農場のように丙族を立ち入らせないようにしている場所だってあるし、知り合いにだって丙族を嫌っている者もいるのだ。
だが目の前の男のそれは少々行き過ぎているようにさえ思えた。
「あんたは相手が丙族だったら盗みを働いても良いって言うのか?」
「何を馬鹿な……。俺は丙族が力を持たぬよう、その武器を奪っただけだ!」
「何だよそれ……。ハクハクハクは冒険者としてたくさんの人を助けて来たんだぜ? あの杖はこれからもっとたくさんの人を助ける為に手に入れたんだぞ」
「はっ、丙族にはそこらの木の棒でも持たせておけばいいんだ」
話にならない、ロロは思わず頭を抱える。
冒険者になって一年以上経った。その中で色々な人と関わる内に世の中には様々な人がいると思って来たものだが、ここまで話の通じない相手がいるとは想像もしてこなかったのだ。まるで自分の捻くれた、捻くれ切った考えこそが正しくそれ以外は間違いだと断ずるようなその態度にはもはや何も言う事が出来ない。
「魔王の残党に家族を殺されたのか?」
大抵、丙族を目の敵にしたり恐れている者は過去にそう言った体験をしている。例えば瑞葉の母である樹々は夫を殺され、知り合いの冒険者である天柳騎のアグニは友を殺されたという過去がある。
であればこの男もおそらくそれで考えが捻じれ戻らなくなったのだろうと推察されたが。
「お前は未だに魔王の残党なんて言ってるのか」
と、想定外の答えが返って来たのだった。まるでそんな事どうでもいいと言わんばかりの言葉にロロはより困惑を強めて行くのだった。
同時刻、屋上にて十六夜丸が捕らえた男が彼女に連れられて下へ降りて来る。十六夜丸に首根っこを掴まれたその男は隙あらば逃げるつもりであったが、想像以上にその力が強いのと下から見上げている瑞葉が周囲に起こしている小さな竜巻を見て諦めたように項垂れている。
地面に座らされた男はただ黙って俯いていた。瑞葉と十六夜丸は互いに見合ってどちらが質問するかと無言で問うと、瑞葉がその役目を十六夜丸に譲る。
彼女が一歩前に出た。まるで男を威圧するように見下ろし口を開く。
「とりあえずお主らが何者で何を目的にしておるか話してもらおう」
「……俺達は、まあ、単なる泥棒だ。高そうな杖を持ってたんで盗もうと思った。それだけだ」
男は何かを隠している風であったが十六夜丸はそれを一旦無視して別の事を聞こうとしていたのだが。
「丙族が俺達に何をして来たのかわかってやってるのか!? 貴様は人として恥ずかしくないのか!?」
少し離れたところからそんな声が聞こえた。それはロロ達の取り押さえている男が発した声だ。
「……あの馬鹿」
目の前の男は思わず苦い顔を浮かべる。
「どうやら、お主等は丙族を狙っておったようじゃな」
男はその言葉を否定しようとはしなかった。今更隠す意味も無いという事だろう。
「いつからあの子に目を付けていた?」
「あれが遺物の店に入るのをたまたま見たんだ。もしかすると高価な物を持って出て来るかもしれないと思って店の前で張ってた。そしたら案の定ってわけだ」
これは恐らく事実だろう。そもそもハクハクハクがイザクラの都に来たのが今朝である以上、目を付けてからそこまで時間が経っていないのは間違いないのだ。彼らがハクハクハクに目を付けたのは偶然であるのが必然である。
「なぜ丙族を狙う?」
「聞く必要があるか? 想像はつくだろ」
「話す気は無さそうじゃな」
十六夜丸は溜息をついて話にならぬと首を振る。もう一人の男と違ってこちらはかなり口が堅いようだ。
「どうします?」
「イザクラにも警察機関はある。そこに連れて行って終わりじゃな。悪いが手伝ってもらいたい」
「それぐらい当然ですよ」
十六夜丸はどこからか取り出した縄で男の腕を縛りあげるとそいつを引き連れてロロ達の方へ。そして結んで余らせていた縄でもう一人の男の腕も縛る。
「これで良し、後は連れて行くだけじゃな」
「丙族に与する馬鹿どもが! 地獄に落ちろ!」
「こっちの男は口汚いのぉ」
「さっきからずっとこんな感じだぜ」
口を塞ぐべきか四人は悩んだが面倒だったのもありそのまま連れて行く事に。うるさいのは嫌で不快な気分になるものだが、こっちの男は口が軽いので何かしらぽろっと変な話をし出すかもしれないとも思っての事だ。
例えば。
「お前らはもう終わりだ! 仲間たちがすぐに来るからよ!」
「あ、馬鹿」
こんな風に。
「まだ仲間がいるのか?」
「俺達がどれだけいると思ってやがる。お前らたった四人で何が出来るか特等席で見させてもらうぜ!」
高らかに声を上げる男と頭でも痛いように苦い顔をする男の組み合わせは見ていると少々面白いものだが、ロロ達にとってはあまり面白くも無い話だ。
「……先に行って警察を呼んで来よう」
十六夜丸はその話を聞くと簡単な地図を三人に託し先へ行こうとした、のだが。今回は残念ながら間に合わない。
彼らが気付いた時、周囲には異様な気配に満ちていた。あれほど人の気配が無かったはずの通りの建物の影一つ一つから影が覗いている。それでも静けさを放つこの場の恐ろしさは誰よりもロロ達四人がはっきりと感じていただろう。
「囲まれてる」
「みたいだのぅ」
「どうする?」
「……どうしようか」
出方を窺っていても状況は好転しないだろう。敵の仲間がどれ程いるのかはわからないが、このまま待っていて増えることはあれど減ることは無い。だとすれば彼らがすべきことは一つしかない。
瑞葉が三人の背を叩く。
「行くよ」
彼女の言葉と共に四人は一斉に動き出した。
ロロとハクハクハクが右に、瑞葉と十六夜丸は左に飛び出す。近くの路地に飛び込んで視線を遮った。
「追え!」
薄暗い通りに声が響き、大勢の影が姿を現して二手に分かれた彼らを追う。
十六夜丸は前を走る瑞葉と後方の様子を見ながら手元にある武器を確認している。
「それでどうするつもりでおるのだ?」
そして何より、あの場を逃げるように指示をした瑞葉にそう尋ねた。それは何か考えがあってそう促したのだろうと思っての事であり。
「全員で同じ方に逃げた方が良かったと思うが……」
敢えて二手に分かれる事を決めた事に疑問を感じたからだ。
「私たちの勝利条件は幾つかあるけど、一番簡単なのは」
瑞葉の言葉を遮るように前か二人の男が現れる。しかしそれを察知していたかのように瑞葉は風弾を放った。それは威力こそ低いものの動きを止めるには十分であり、その隙に十六夜丸が前に出る。
彼女はいつの間にか手甲を付けておりそれで男たちを殴り飛ばす。急所を突いたその一撃に吹き飛ばされ壁にぶつかりそのまま崩れ落ちる。あっさりと二人は気絶したらしい。
「この程度の相手ならば返り討ちにするのが早いか?」
十六夜丸の付けている冒険者のバッジは四等星のものだ。実力で言えばロロ達と同程度で、少なくとも今現れた程度の相手にならば後れを取ることは無い。仮に相手が全員この程度の実力でしかないなら彼女の考えも間違いでは無いだろう。
しかし。
「これだけ数がいれば中には多少腕に覚えがある人もいると思う。普通に相手をするのは危険だよ」
それなら猶更固まっていた方が良かったのでは、と思う十六夜丸であったが瑞葉は、
「だから十六夜丸さんにはこの場から逃げて欲しい」
と言い放った。思わず急なその言葉にぽかんとする十六夜丸に瑞葉はその真意を告げる。
「……成程、そう言う事なら確かにその方が良かろう」
「とりあえず私はロロ達の所に戻るので、そちらは頼みます」
「うむ、あいわかった」
十六夜丸が走り出し角を曲がってその姿が見えなくなる。それを確認すると瑞葉は元来た道を戻り出すのだった。
ロロ、ハクハクハクの組は路地を駆け抜けながら逆側に行った二人の事を思う。
「瑞葉と十六夜さん、向こうに行っちゃったな」
「うん」
「俺達こっちに来て良かったんだよな?」
「たぶん……?」
瑞葉は軽く手で行く道を示しただけだったので二人はもしかすると自分たちが指示に対して間違った行動をしたのでは、と悩み出す。
「でも二人共何も言って来なかったし大丈夫だよな?」
「走り出したから、今更、みたいな?」
「あ~、確かにそれもあり得るか」
まるで仕事終わりに家にでも帰る時のような呑気さだが、二人は決して周囲への警戒を怠っているわけでは無い。
「おっ」
現に道の先で上から飛び降りて来た覆面の男の存在に二人はすぐさま気付く。そしてそれを見たロロは地面を蹴って加速した。
「なっ!?」
覆面男はロロの急加速に驚きの声を上げる。それもそうだろう、十分に距離がある位置で飛び降り迎え撃とうとしていたはずが今や着地と同時に攻撃を受ける位置まで来ているのだ。そしてこの落下を止める術は彼には無い。
ロロは落ちて来る彼に向けて鞘を付けたままの剣で突きを放つ。
「ぐぼぁ!」
鳩尾に入った一撃に為す術も無く男はその場に崩れ落ちた。反撃を警戒していたロロは少し拍子抜けした風に目を丸くする。
「気絶した?」
「みたいだな」
追い付いたハクハクハクも手応えの無さに少し驚いている。そのことはロロにある気付きを与えた。
「……これは、つまり」
「つまり?」
「二手に分かれて敵を倒そうって事じゃないか?」
瑞葉が二手に分かれたのは敢えてそうすることで効率よく敵を倒そうとする試みであるという事だ。無論、実際には瑞葉にそんな考えは毛頭も無い。
しかし。
「そ、そう、かも?」
ハクハクハクは目の前のロロの言葉に思わず頷いてしまう。彼女も色々と考えていたはずだが目の前で起こった事とロロの言葉の勢いに流されてしまったと言うべきか。
「となればどうやって倒して行くか考えようぜ!」
「う、うん」
瑞葉の思惑から外れ二人はどうやって敵を倒して行くかに考えを移して行く事になるのだった。
二手に分かれたロロ達の内、特に大勢が追って行ったのがロロとハクハクハクの組だ。何せ彼らは丙族を目の敵にしているのだから当然だろう。では二手に分かれたロロ達のどちらの方が戦力として上なのかというとこれも簡単だ。
間違いなくロロとハクハクハクの組だろう。
「よっ!」
ロロが前方に現れた男に一撃を入れる。肩を打った一撃で男は武器を落とし追撃の膝蹴りをもろに喰らって昏倒し崩れ落ちた。
「よっしゃ、次だ!」
ロロの長所を挙げるならばそれは思いきりの良さという事になるだろう。彼は生来の性格故かあまり悩むという事をせず目の間の物事に対して自身の考える最短距離で解決を目指す。普段ならば考え無しに動き回ってしまう欠点となる部分だがこういった突発的事態に置いては誰よりも早く動くというその一事において強みを発揮する。
元々計画の練られていない敵の散発的な襲撃を持ち前の瞬発力であっさりと処理していくのだ。
では一緒にいるハクハクハクはロロについて行くだけなのかといえばそんなことも無い。
「たぶん周りにはいないかな?」
「あ、し、調べる、ね」
ハクハクハクはその持ち前の魔力がある。彼女はその場に立ち止まると杖を手に魔力を練り上げ、それを一気に周囲に広げた。元々彼女が扱う感知系の魔法だ。
「……向こう、に、広場があってそっちに集まってる」
「お、じゃあそっちに行くか?」
その言葉にハクハクハクは思わず頬を歪める。ロロをあまり一人には出来ないな、と心の底から思うのだ。
「たぶん、私たちを、追い込もうとしてるよ」
「ん? あ、待ち伏せか」
ハクハクハクの頭の回転は比較的早い方だ。普段はそれをどう表現するかに気を遣っている内に話が流れてしまって口を出せないだけで、きっちりその考えを聞けば深い考えを持っている事に気が付くだろう。ロロが暴走しないように事前に釘を刺せるというわけだ。
「じゃあどうする?」
「追い込まれる、と、危ないから……」
ここまで二人の良い点を語って来たが欠点も当然にある。
「危ないから?」
「……危ないね」
この二人では咄嗟に策を考える事が出来ない。いつもそう言った策を考えるのは瑞葉の役目である為に大局的に物事を考えるのは苦手なのだ。ここからどうするのが正解なのか、それを導き出すのが彼らには難しい。
そして今の状況でそこまでのんびりしている暇は無い。
「あ、来た」
相手が待ち伏せ場所に追い込もうとしているという事は準備が整えば当然に後ろから敵がやって来るという事だ。先程から近接戦でロロに仲間があっさりと沈められているのを見たからだろう、遠くから魔法や投擲物で攻撃を仕掛けて来る。
「とりあえず逃げよう」
「う、うん!」
そこで走り出してしまうと後の道は決まっている。行く先々で敵が現れてまるで導かれているかのようにある場所へ。
「これ、まずいよな?」
途中で流石にロロも気付いたが。
「ど、どうしよう?」
焦っている二人に解決策は思い浮かばない。
そしてそうこうしている内に広場へと辿り着く。そこには当然、大勢の敵が身を潜めているのだ。
「あ~、戻るか?」
ロロがそんな提案をしてみるも当然後ろからもすぐに敵が追い付いて道を塞ぐ。正に袋の鼠、追い詰められて絶体絶命といった状況だろうか。この状況に震えるハクハクハクは隣にいるロロの表情を仰ぎ見る。
「……失敗したかなぁ」
呑気にもそんなことを言っているロロの顔を。
魔法、矢、投石が二人に向けて放たれた。その数は咄嗟に数えるにはあまりに多く避け切るのははっきり無謀であると誰にでも即座に理解できただろう。
「ハクハクハク!」
しかしこの状況をどうにかする事は可能だ。ハクハクハクもそれを理解していたのだろう、練り上げていた魔力を解放し周囲に凄まじい気流を生む。本来ならばそれは周囲、ロロをも巻き込んで破壊と恐怖を生む恐ろしい魔法となっていたはずだが、杖の力を借りた彼女はその気流を上手く制御し飛来物を吹き飛ばし攻撃を防ぐに留めた。
「なっ! 何だあれは!?」
遠距離攻撃の第二陣が発射されたがそれらはハクハクハクの魔法を超える事が出来ない。衰えることの無い気流の渦に一部の者が恐れをなし始めた頃。
「おい、男の方はどこ行った!」
誰かがその事に気が付いた。矢や投擲物を巻き込み渦を為す気流に意識を持って行かれた隙に彼は動き出していた。建物の屋上、広場をよく見ようと塀から身を乗り出した男が顎に一撃を貰って倒れ込んだ。
「さ~て、後何人だ?」
その場には後二人ほどいたのだが突然の奇襲に驚いている隙にロロにあっという間に制圧された。
「よっしゃ、次だ!」
ロロは即座にその場から移動し次の場所へ向かう。
このまま順調に行けばほとんどの敵を倒して無事にこの場を切り抜けられる、その事に若干の現実味を帯びて来た頃、事態はより苛烈な方へと動き始める。
「……たかがガキ相手だと侮り過ぎたな」
敵の集団のまとめ役が冷静な態度で呟く。彼は弓の構えを解くと周囲にいる者に手信号で指示を伝える。周囲の精鋭部隊は即座にその指示に従って動き始めた。
「……ガキどもめ、目に物見せてやるよ」
ロロが異変に気付いたのは三組目の敵部隊を叩きのめした時だった。
「……何も飛んで来なくなってるな」
先程までハクハクハクを狙って放たれていた魔法や矢などが飛んで来なくなっていた。ロロはそれを確認すると即座に広場に戻り合流する。
「ハクハクハク、あいつら逃げたのか?」
「そ、そう、かも? 調べるね」
一旦二人は物陰に身を隠しハクハクハクが魔力を周辺に広げる。それは物陰に隠れている大勢の敵の位置を看破していく。
「まだ、いるよ」
「ん~、じゃあハクハクハクに防がれて意味無いからやめたのか?」
「そうかも」
実際、魔力や矢、その辺の石ころでさえその数は有限で無意味に撃ち続ける事など出来はしない。ハクハクハクの気流の守りを抜けられないとわかった時点でそんな事は早く切り上げ別の手段を講じる必要があるわけだ。
そして敵が姿を現していないのならばロロ達も同じように次にどうすべきかを考える必要がある。
「隠れてる場所が分かるなら先手を打つか?」
ロロの考えは単純明快、実際これはある程度効果的だ。潜伏しているつもりの敵に逆に不意打ちを仕掛けられるのだから。ハクハクハクもその考えには同意しどこから行くかを話し始めたのだが……。
今この場においてはその僅かな時間が命取りだ。
二人の視界、そこに小さな何かが遠方から投げられたのが目に入った。
「投石か?」
「大丈夫、だよ」
その軌道は確かに二人の方へ向かって来ていたがハクハクハクが魔法によって空中で受け止める。
「おお、凄いな!」
「こ、この杖のおかげ、だよ」
そんな呑気な事を言っている場合では無いのだが。
二人はまだ気付いていない。ここはイザクラの都、多くの旧世代の遺物が持ち込まれ誰もが簡単に手に入れる事が出来る場所である。冒険者も、考古学者も、その辺の一般人も、或いは強盗団も。
風に乗って空中を漂っているそれが遺物であると、まだ彼らは気付いていない。
時間が、来る。
宙を舞う楕円形のそれは先端部が少し出っ張っており、よくよく見ればロロ達はそれが自分たちも見たことがある物だと気が付けただろう。それはこの敵に襲われる前、遺物の店で見たある物。
閃光弾だ。
白い光が世界を飲み込む。渦中にいる者にはそうなったとしか思えない強い光が降り注ぐ。ロロとハクハクハクにとってそれは想定外の事で咄嗟にそれに対して何か出来る事は無かった。
幸運だったのは彼らがその光を知っていたが故に何が起こったのかは即座に理解できたこと、そして偶然空中で受け止めていたことだ。そのおかげで距離があった為に僅かだが光の影響が小さかったこと、そして建物の影ならば光の影響を受けないと高をくくっていた一部の敵も目を潰されていたのである。
しかし即座に行動を開始する影も多くある。
「行け!」
声と共に、いや、声を待たずとも既にロロとハクハクハクの下へ向かう多くの者。それに対して二人は突然の光によって目を開ける事が出来ずにいる。
「ハクハクハク、気流を!」
経験しているが故か、ロロの判断は早かった。即座に遠距離からの攻撃を警戒しハクハクハクに気流の盾を使うように指示する。ハクハクハクもその声で現状を完全に把握し魔力を一気に開放する。しかしそれだけでどうにかなるわけでは無い。気流の壁は確かに遠距離攻撃を逸らし彼らの身を守ってはくれるだろう。一方で直接近付いて攻撃を加えようとする者に対しては無力だ。
ロロは周辺の地形を思い返していた。それを格別意識して見ていたわけでなくとも視界には入っていたのだから思い出す事が出来れば何かの役に立つと判断しての事だ、が。彼は元々然程記憶力が良いわけでも無い、曖昧な記憶が形成するそれはやはり細部が曖昧な信用ならないものだ。
ならばどうすべきか。
「ハクハクハク、魔力感知は出来るか?」
魔力感知であれば目が見えていなくとも敵の位置を掴むことは出来る。出来るのだが。
「気流と同時は、難しい、かも」
元々魔力制御が不得意なハクハクハクではたとえ杖の力を借りても同時に二つ以上の魔法を使うのは難しい。せめてもう少しこの杖を使った魔法制御の習熟期間があれば別だったかもしれないが、こればかりはどうしようもない。
ではどうすべきか。
ロロが咄嗟に思い出したのは少し前の事、楼山の都、翼獣の町への旅から帰ってからの事、魔法師ソラに師事して魔法の使い方を教わっていた時の事だ。魔力を通して自身の身体の内がどうなっているのかをより詳細に理解したその時。
彼女は言った、ロロには身体から離れた魔力を制御することは難しいと。その一方で身体の内にある魔力の制御に関しては中々のものであると。
それを思い出したロロはなぜか今、ふと思ったのだ。剣に魔力を帯びさせるのが出来るのはどうしてだろうか、と。
その答えが出るより先に彼が取った行動は一歩下がる事、そしてそこにある建物の壁に手を付ける事だった。
剣に魔力を帯びさせることが出来るのはまるでそれを身体の延長のように感じる事が出来るからだ。ならば手に触れた建物だって同じようなものだろう?
結論から言えばそれは半分正解だった、と言うべきだろう。ロロの魔力は建物の壁を伝い周囲の地形を彼に伝える、が、彼の魔力制御の技術及び魔力量ではそれが広い範囲に至ることは無い。精々、彼の剣の間合い程度の広さの事しかわからないだろう。
それでも、この時に関して言えばそれで十分だった。
ロロは地形を把握した瞬間、無意識的に魔力を広げるのを止めて自身の下へと戻した。それは魔力制御を苦手とする彼には周囲に魔力を広げながら別の行動をすることが難しかったと言うのもあるし、そもそもこれ以上やる意味が無いと理解していたという事もあるのだろう。
本来ならば魔力を地形に沿って広げたのならばその魔力に後から触れた物や者の情報も取得出来るはずだが、彼の実力ではまだそこまでは至らない。そうであれば彼がすべきことは呼吸を落ち着け、耳を澄ませ、近付いて来る敵がどこから来るのかを見極める事だ。
たっ
足音が。
たったっ
段々と。
たったったっ
近付いて来る。
ロロが剣を振った時、彼の横にある路地から一人の男が飛び出して来たところだった。まさかの攻撃に反応も出来ずまともにその一撃を喰らった彼は後ろに吹き飛び声を上げる事も出来ず沈む。
「なっ、見えてるのか!?」
無論、ロロの目は未だ閉じられている。今の一撃も当たったのは半分偶然のようなものだろう。それでも、その一撃が敵の足を止めるには十分となったのだ。
閃光による目潰しと同時に仕掛けるはずは相手からの反撃を喰らうなど話が違うと、先鋒を引き受けた男たちの間に困惑が走る。しかし彼らもすぐに気付くだろう、追撃が来ず今の一撃が偶然の類か或いは距離がかなり近く無ければ位置が掴めないのだと。
ならばロロのその一撃が無意味だったのかと問われればそれは違う。時間を僅かに稼いだことで状況が一気に変化することがある、今がその時だ。
風が吹く。それはハクハクハクが周囲に張っている気流の内側に発生した。
ドォン!
その風は地面に当たると同時に大きく音を出して弾ける。まるで爆発音のようなその音にその場の誰もが驚きと共に動きを止める。強盗団の一味は勿論、ロロとハクハクハクもだ。
何が起こっているのかを把握する僅かな時間が更に経過する。そしてその時間でロロはようやく目を僅かに開ける事が出来た。
「がっ」
「うわっ!? ごふっ」
ロロは近くにいた二人を殴り飛ばすとハクハクハクを抱えて近くの路地へと入り込む。先の音が何かは分からなかったが何らかの爆発がハクハクハクの気流の守りを越えて来たと判断した彼はあの場にいるのを危険と判断したのだ。
思考の過程はともかくその判断自体は正しいとすぐに判明することになる。
「逃がすか!」
目の前に現れた二人の男の身のこなしは先程まで倒して来た相手とはどこか風格が違う、ロロはそう感じる。明らかに実力が先程までより一段上の、無傷で倒すのは厳しいと感じられる相手。しかし彼は怯むことも臆することも無く即座に戦闘態勢を整える。
「ん?」
直後、向かって来る男たちの足元に風の渦が発生した。
「何だぁ!?」
それは踏み入れた者の足を傷付けその表面を切り刻む。ロロはその現象をこれまでに何度も見たことがあった故に即座に何が起こっているのかを理解し、前に踏み込んだ。
ロロが剣を振り抜くとそれが一等近くにいた男の顎を打ち付ける。
「んがっ」
その一撃を受けた男は意識が天まで飛んで行ったところだが、背後にいたもう一人は仲間の安否を気にすることも無く手の内にある短剣を抜き放ちロロに突き出した。その一撃に対してロロは驚くことも無く事も無げに斜め前方、気を失った男を盾にするような位置へ走り込んで躱す。
「ちっ!」
男は舌打ちと共に回り込んだロロを追いかけるように身体を旋回させ、直後に背後から襲い来る強大な力の塊に声を出す間も無く吹き飛ばされた。受け身も取れず吹っ飛んでいく様には思わずその場の誰もが心配したほどである。
とはいえ、二人はとりあえずの危機を脱したわけだ。ロロは二人の男が気を失っているのを確認するとハクハクハクの下へ小走りに駆け寄る。
「今の風弾か?」
「う、うん」
「今までとはやっぱり違う感じだな」
これまでのハクハクハクでも風弾で人を吹っ飛ばすことは出来るだろう。ただしその際には近くにいたロロも凄まじい風圧を感じていたことだろう。
「今のやつ、ぶつかるまで全然気付かなかったぜ」
しかし今回の一撃、ロロは風の塊が男にぶつかり弾けるまでハクハクハクが魔法を放った事に気付いていなかった。周囲に威力を逃さずぶつける、これが本来あるべき風弾の形とはいえあまりの変わりように驚かずにはいられない。
「この杖のおかげ、二人が、その、買ってくれたおかげ、かな」
「何言ってんだよ。今こうやって助けてくれたのはハクハクハクだからな、実力実力」
「そ、そうかな」
「そうそう」
二人がどこか和やかな雰囲気になっていると上から咳払いが一つ聞こえた。
「とりあえずこっち来てくれる。どんどん囲まれてるから」
呆れたような表情で見下ろす瑞葉がそこにいたのだった。
建物の屋上へと場所を移し三人が合流する。とりあえずは状況は落ち着いているものの瑞葉はとかく現状に不満たらたらのようであった。
「何でまともに戦ってるのよ……」
「いや、気付いたら囲まれてたんだよ」
「どうせロロが正面から突っ込んでったんじゃないの? とりあえず逃げて時間稼いでくれれば良かったのに……」
「二手に分かれてばしばし倒して行くんじゃないのか?」
瑞葉はその言葉を聞いて頭を抱える。まさかあの数の差を見ても正面から争う道を選ぶとは思っていなかったのだ。
「ハクも同じ考え?」
特にハクハクハクは慎重な意見を言うだろう、そう見込んでいたのだが。その肝心のハクハクハクは目を逸らしている。
「……うん、ちゃんと考えを伝えておかなかった私が悪かった。現状を話すよ」
「そういや十六夜さんは?」
「そこも含めてね」
今も彼らを包囲すべく賊は動き続けている。既にこの場の誰もが理解しているがロロ達の実力は賊の一人一人と比べてかなり高い。たとえ四等星といえどそこらの一般人に毛が生えた程度の実力しかない者達には荷が重いというものだ。
一方でそれは三人の勝利を確約するものではない。先程の閃光による目潰しも無傷で切り抜けられたのは運が良かったに過ぎないのだ。もう一度同じ事が起こればどうなるかわからないし、他にも彼らが遺物を所持している可能性は十二分にある。油断すれば、或いはたとえ油断しておらずともどうなるかはわからないだろう。
それでも、瑞葉は勝利を確信している。その理由は。
「十六夜丸さんには考古学団の実力者を呼びに行ってもらってる」
「え?」
「だから私たちは逃げて時間を稼ぐだけでいいの」
そもそも自分たちだけで解決しようと思っていない、ただそれだけの事だ。手に負えない事態が起こったなら対処できる者を呼べばいい。勝利とは自分たちの手だけで手に入れるものではないのだ。
「でもさ、俺達で倒したっていいだろ?」
しかしロロは不満げな様子だ。とはいえその程度で瑞葉が怯むことはない。
「あれだけ大勢いるんだから誰か呼んで来てもらった方が確実でしょ?」
「いやいや、寧ろあんなにいるんだから俺達が戦わないでどうするんだよ。逃げ回ってたら巻き込まれる人が出るかもしれないし」
「いいや、ここで無駄に戦ってもしょうがないでしょ。まとめて一蹴できるぐらい強い人を呼んでもらえば確実に首領格まで一網打尽に出来るんだから、後に禍根を残さない方がいいでしょ」
「目の前で横暴を働くのを見逃せって言うのかよ」
「その方が確実だって話をしてるの」
別にこの問答に明確な答えは無いだろう。おそらくは何を重視して考えるかであり、どちらが正しいという話では無いはずだ。元々この二人は同じ想いを持って冒険者を志したと言っても正確は反対を向いている。細かな部分では考えに相違が出るのもやむなしだ。
目の前で言い争いを始める二人にハクハクハクはおろおろとして動揺を態度に表していたが。
ふと、影が目に入った。
楕円形の、影。
「閃こ」
ハクハクハクがそれが何かを言い切るより早く光が弾ける、と思われた。
既に閃光弾の特性を把握していた瑞葉は周囲に魔力を展開し何かが近付いて来れば即座に対応できる態勢を取っていた。彼女の感知範囲にそれが入った瞬間、瑞葉の懐から一枚の布が飛んで行く。
直後、光が放たれる。しかしその光は大部分が布に遮られ、仮に直視していたとしても精々一瞬目がくらむ程度の眩しさになっていた。
閃光弾の不発に近辺の強盗団は驚きと共に一瞬動きを止める。本来は目のくらんでいるところに攻撃を仕掛けるはずだったがこの状況にどうすべきか迷っているのだ。
「ハク、周囲の感知」
「あ、うん」
対して瑞葉を筆頭に三人は冷静だ。先程までの言い争いは何だったのかと思う程に落ち着いて次の行動に移っている。瑞葉の指示通りハクハクハクが周囲を魔力で索敵する中、ロロは閃光弾を拾い上げるついでに逸って姿を現した敵の一人を叩きのめす。
索敵を完了したハクハクハクは青い顔で瑞葉に告げる。
「瑞葉ちゃん、囲まれてる、かも」
「でしょうね。とりあえずハクは遠距離攻撃を警戒しておいて。包囲を抜けられそうな方向はあった?」
「ど、どっちに、行っても変わらない、と、思うよ」
今瑞葉たちがいるのは周辺では一等高い建物の屋上。本来なら屋上を伝ってさっさと逃げでもしたい所だったが、その手を取らないのは高いが故に目立つからだろう。上を取られず奇襲を受け辛いという利点から選んだ場所だったが逃げるには不向きらしい。故に瑞葉はこの場に籠城し時間を稼ぐのが最良と考える。相手は数で勝っていて包囲しているという状況、無理に攻め急ぐような事はしてこない。
と、考えているあたり瑞葉はまだ経験が足りないという事なのだろう。
既に時間が差し迫っている事は強盗団にとっては周知の事だ。大人数である以上一度動き出せば人目に付きやすく、ましてや先程閃光弾という派手に目立つ一発も放っている。あれを見た一部の住民は何があったのかと野次馬に来る者もいるはずだ。そうなれば自然と強盗団がいる事も露見し然るべき機関に報告が行く。
彼らは既に警察機関に連絡が行きここに来るまでの時間を時限と決め来んで行動すべき時なのだ。それはつまり早々に退散するか、それとも。
「来るぞ!」
下を覗き込んでいたロロが動き出す周囲の影を見て声を上げた。
強盗団が選んだのは、仲間を大勢打ち倒しいい気になっている丙族とそのお友達を数で押し潰す、多少の犠牲をものともせず突き進む道だ。
ロロ達三人の連携は一年以上もの経験を経て様になってきている。しかし彼らには経験が足りない。特にこういった街中で人を相手にするような経験が。
隣の屋上から飛び移って来る者が、爪の付いた縄を壁に引っ掛けて下から登って来る者が、脅威の跳躍力で上空から降りて来る者が、縦横無尽に彼らに襲い掛かる。
「ハクハクハクは上を頼む!」
ロロの声に反応してハクハクハクが上空に向けて魔力を解き放つ。それとほぼ同時に瑞葉は見えている範囲の縄を魔法で切断する。ロロが横から飛び移って来る者達の対処を引き受けるが、明らかに手が足りない。
「ひゃっはー!」
「ああもう!」
奇声を上げつつ屋上へ一人の男が飛び移って来る、と同時に瑞葉が苛立ちと共に魔法を放った。その一撃は狙い通り男を後ろへ吹き飛ばし屋上から落下させる、のだが。
男は落ちる直前、持っていた物を投げた。
「閃光弾っ!」
瑞葉が再び布を被せその閃光を塞ぎにかかる。ロロとハクハクハクも即座に目を背け被害を最小限に留めようとしたのだが――。
これは閃光弾ではない。
布で完全に包むのは間に合わない、が、光を遮るだけでも効果は半減する。三人は目を閉じるなり背けるなりすれば然程影響は無いと考えていたが。
キィイイイィィン!
放たれたのは光ではなく音、耳をつんざき脳を揺らすような圧倒的な音だ。
「あ、これって……」
瑞葉は何か言おうとしたのだが自身の発した声すらまともに知覚できない状態に思わず口を噤む。何が起こっているのか考えをまとめように先程の音が頭の中で反響し思考が進まない。視界は開けておりまだ敵がこちらへ向かって来ている事は分かっている。しかし、音の聞こえない戦場がこれほど恐ろしいものとは考えもしなかった。
ロロが前に飛び出す。そうしながら後方を指差すのが見えた。気付かぬ間に後方からも敵が回って来ているのだ。瑞葉は隣にいるハクハクハクの肩を叩きそのことを知らせつつ迎撃の為に魔力を練り始めた。
三人はこの事態の中、混乱から早く立ち直った方であると言っても良い。が、やはりまだ甘いと言わざるを得ない。
彼らは足元に転がって来ている遺物の存在に気付いていなかった。
それが炸裂するまで、あと、三秒、二秒、一秒。
「ん?」
「え?」
「んみ?」
ロロ達のいる屋上へ踏み込んだ強盗団の面々が不意に動きを止めた。それは地面を転がっている閃光弾の巻き添えを喰らう事を恐れ目を背けたとかそういう話では無い、純粋に彼らは自らの力で身体を動かせなくなったのだ。
強盗団の視線はある一点を向いている。ロロ達も自然とその方向を見た。そこには本来ならば何秒か前に光を放ち周辺の人々の視界を奪うはずだった閃光弾と、それを手に持った一人の老人。彼の顔はこの場の誰もが知っていた。何せ彼は有名人、誰もが知る考古学の権威にして二等星の冒険者。
「家老、だと!?」
イザクラ考古学団の団長を務める老翁、家老である。
「十六夜丸に頼まれて来てみれば、危ない所だったようだ」
ロロ達はまだ耳が聞こえておらず何を言っているのかは定かでなかったが、少なくとも自分たちを助けに来たのだろうという事は察して肩の力を抜いて行く。
「うむ、それで良い。若者には少し休んでいてもらおうか」
強盗団は未だ戦力を残している。今、屋上にいる第一陣は閃光弾の存在を悟られぬための囮だ、後方には未だ精鋭がその牙を研いで待っている、のだが。
彼らは動くことが出来ないでいた。行くか退くか、その二択であることは頭で理解できているのだが蛇に睨まれた蛙のように身体が動かない。
「……おい、どうする?」
「に、逃げるか?」
「老人一人増えただけでビビってんのか?」
軽口を叩いた所で状況は変わらない。彼らの体はまるでいう事を聞かず嫌な汗が流れるばかり。まるで……、そう、まるでこの後の結果が何をしようと変わらない、本能がそれを理解しているかのようだ。
そしてその事に気が付いた強盗団のボスは、その怒りに火を点けた。
「ふざけるな! たかがジジイ一人に何で俺達がビビらなきゃならねぇ!」
それは周囲を燃やし尽くす火種を見つけたというよりはただ単にやけになっているだけのようであったが、たとえそうだとしてもその怒りは本物だ。
故に彼は武器を手に取り彼曰くたかがジジイの元へ跳びかかる。
「ぶっ殺してやる!」
そしてそんな彼に続き周囲の者も武器を手に駆け出した。
家老はその全てを、ただ興味も無さそうに、つまらなそうに、まるで数匹の蟻が身の程を知らず歯向かって来たかのように見つめる。
二等星ともなると各々が得意な魔法や武器を必殺の領域へと昇華させているのが基本だ。例えば竜神は周囲の地形を操り敵を丸ごと地面に飲み込ませるのを得意としているし、ミザロであればどんな相手でも捉え切れぬ程の剣技で以て敵を制圧する。
では家老にとってのそれは何なのか?
これを一言で表すのは難しい。家老はどちらかというと例外の立ち位置にいる。彼が扱うのは魔法だが彼にとって得意な魔法は無く、魔法が得意なのだ。
「熱っ!」
前方から向かって来た者を炎の壁が囲う。
「な、氷だとっ!」
後方から奇襲を仕掛けた者が氷の壁に阻まれ。
「うわっ、何で浮いてんだ!?」
左方から駆ける者が宙に浮き。
「ぐえっ」
右方から飛びかかる者は地面から生えた鎖に締め付けられる。
それらの事が完全に同時に起こり、何ならまだ余力があるからと未だ隠れ潜んでいる者も突如柔らかくなった地面に足を取られて動けなくなっている。
ロロ達は目の前で起こった突然の出来事に思わず声を失い、あちらこちらで同時に発生した様々な現象を見つめる事しか出来ない。例えば炎の壁は触れるのを躊躇させるほどに勢いよく燃え上がっているにも関わらず地面には影響を及ぼすことは無くただ相手をその場に留まらせている。無論、そんな炎は魔法の産物であることは想像が出来る。そしてそれが家老によるものであることも当然わかっていた。しかしそれと同程度の威力と精度の魔法が四つ、それらを同時に発生させたというのは信じがたいものだった。
「すげぇ……」
ロロの口からは思わず感嘆の声が漏れる。あれほどの数がいたにも関わらずこの場に現れるや否や一瞬で制圧してしまう。自分たちは三人がかりでも危うかったというのに、たった一人で、傷一つ無く、あっという間に。これが自分の目指す先なのだと心が沸き立つのを彼は感じている。
「……あんな一瞬で」
瑞葉の口からはただ呆然と驚きの声が漏れる。それと同時に思うのは自分の未熟さだ。たった一人で人々を苦しめる強盗団をあっさりと制圧した家老と、三人がかりで時間を稼ぐ事しか出来なかった自分たち。上を見ればきりが無いというのは理解していてもそれは悔しさと情けなさをもたらすものだ。
「……」
言葉を漏らすことすら出来ずただ目の前の光景を見つめるのはハクハクハク。目の前で起こったその全てがたった一人の人が引き起こした事象であるというのに驚きと畏敬の念を抱くのだ。そして彼女は思う、こういう人こそが英雄になれるのだろうと。
「その内に警察が来る。少し事情は聞かれるであろうが、まあ悪いようにはならぬよ」
家老は三人に向けてそう言った。
全てはもう終わった事だとはっきり宣言したのだ。やがて十六夜丸が警察を連れてやって来る。イザクラの都での長い一日が終わりを迎える。




