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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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69.旧世代に思いを馳せて

  山河カンショウの国、イザクラの都、外縁部にある商店街。そこを年若い四人の冒険者がいた。

「いざ行かん! こっちに我輩が懇意にしておる商人がおるのだ!」

 先頭を行くのはイザクラ考古学団の一員、十六夜丸。彼女は威勢の良い声と共に商店街を駆け抜ける。

 その後方で彼女に必死に追いすがるのがロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人だ。

「ねえ、何で走ってるの!?」

「十六夜さんが走ってるんだからしょうがないだろ」

「あ、ま、曲がった、よ」

 一行はイザクラの都に来たのだからと冒険者の活動に役立つような遺物を求めて露店巡りをしているのだが、その案内を買って出た十六夜丸が唐突に走り出し、しかしそれを止める術も無く全員で走り回っている。

 周囲の者は彼らを見て何かあったのかと訝し気な視線を送るが誰もそれに答える余裕などない。結局、通り過ぎて行った彼らの事もその内皆の記憶から薄れて行った。

 十六夜丸がようやくその足を止めたのは路地裏に店舗を構える雑貨屋のように見えた。瑞葉は息を切らしながら尋ねる。

「ここが?」

「うむ、この場所こそが我輩の一押し、というやつだな。少々店舗は手狭だが品揃えは良いぞ」

 竹製の籠に雑に積まれたぬいぐるみ、棚には手帳や筆記具、壁掛けには時計や鉢植え。ロロ達は思わず顔を見合わせて苦い顔。

「私たち雑貨が欲しいわけじゃ……」

「ここにあるのは全て旧世代の遺物だと言うのにか!?」

「……これが?」

 三人は思い思いに売り物を手に取ってみるが、どう見てもそれらがそんな大それた物には見えない。例えばロロは一冊の手帳を手に取りめくっているが、それは少々古ぼけただけの何ら変哲の無い物に見える。瑞葉が見つめる時計はゆっくりと確かに時を刻んではいるがそれ以外にこれと言った特徴は無い。ハクハクハクはぬいぐるみを軽く抱きしめてみるもそこらで売っている物との差が大してわからないようだ。

「十六夜さんには悪いけどちょっとよくわかんないな……」

 思わずロロがそんな呟きを漏らす。

 それを聞き十六夜丸は彼の持っている手帳と同じ物を手に取った。

「例えばこれは中々に優秀な手帳でな」

 その中の一頁を開きすらすらと何かを書き込んだ。

「……お店の物では?」

「良い良い、気にするな。それで今しがた少し書き込んだが、これに魔力を込めると」

 十六夜丸の魔力が手帳に、そしてその中に埋め込まれたある機構へと行き渡る。

『ホンジツ、ヨテイ、アリ』

「うわっ!」

「なんか言った!?」

 三人がそれぞれの様相で驚きを見せる。十六夜丸はそれを見て得意気だ。

「この手帳は魔力を込めると今日の日に何か書き込まれているかを教えてくれるというものでな、これが中々忙しい時に重宝する」

「どういう仕組みなんですか?」

「細かい話をし出すとあまりに長くなるのでかいつまんで言うが、この中に魔力を検知する機械があるようでな。そこに魔力を込めるとそれを用いて手帳に書かれている情報を読み取るようだ。この技術は現代では未だ再現できておらん」

「旧世代ってそんなよくわからん技術があったのか」

 ロロの口から正直な本音が漏れ出る。それを聞いた十六夜丸は苦々し気な表情を見せた。

「よくわからんとは何だよくわからんとは……」

「いや、手帳開いて見ればいいかなって……」

 実際手帳を開くぐらいは大した手間ではない。魔力を込めればその手間が多少省けると言われた所であまり興味が沸かないのも尤もな話だろう。

 しかし。

「……そうは言うがな、技術とは繋がりであろう?」

「繋がり?」

「うむ。技術とは生まれたその時から、或いは生まれるその前から連綿と繋がる一本の線のようなものだ。その中のある点だけを切り抜いても価値があまり無いかもしれない。しかしこの技術があるその先は分からんものだ」

「んー?」

「例えばこの手帳における遺物は付属の用紙に書かれた内容を読み取る、が行われておる。」

「そうだな」

「これは言い方を換えれば接している物体の表面に何があるのかを感知するとも言えるかもしれんな」

「……そうかも?」

「となるとこの技術を解明することが出来れば、例えば地面に押し当てる事で遠方にいる魔物の位置を掴むことが出来るようになるやもしれんぞ?」

「……えっと、そう、なのか?」

 ロロはいまいち理解し切れていないようだが、要するにこの手帳の技術は地面の表面を魔力が伝いその上で動く何かがあることを読み取る装置、の前段階であると言いたいようだ。実際には現状に対しての未来が少々離れすぎている気はするが。

 しかし瑞葉やハクハクハクは感知系の魔法の仕組みを肌感覚で理解しており、少なくとも系統は間違いなく同列にあると理解した。

 ただそれと同時に。

「まあ言いたいことは分かったけど、いらないかな……」

「んなぁー!?」

 三人が欲しているのは技術の途中経過ではなく完成品であり使える道具だ。少なくともそれは少しだけ便利な手帳ではない。

 ましてや瑞葉にとっては十六夜丸が掲げた未来にあり得る技術さえ自身の魔法で実現できそうだと感じてしまったのだから猶更だろう。天賦の才は時に未来の技術を先取りしてしまうものである。

「そうか……、我輩にとってはこれほど魅力あふれる品はそうは無いのだが……」

「ミザロ姉、あの志吹の宿の二等星の冒険者ね、剣を手入れしてくれる鞘とか持ってたんだけど。俺達は魔物や獣と戦うことが多いからそういう時に便利な物があると嬉しいかな」

「む、魔物とか……。となると……」

 十六夜丸は店の奥に行くと店主と何やら話し出す。少しするとどうやら話が付いたようで三人を奥へ来るように促した。

 店舗の奥、頑丈な扉を抜けた先で広い通路を十六夜丸を先頭にして歩いて行く。無機質で固い印象を受ける壁に四方を囲まれたその空間は何やら居心地の悪さを感じるようだ。

「この先には何が?」

 瑞葉が上げた声が壁や天井に反響する。古い魔力灯の瞬きが目に眩しい。

「この向こうは遺物の中でも少々珍しい、と言うか……、一点物が多くあるのだ」

「一点物?」

「旧世代の遺物は大雑把な区分として技術と道具という区分がある」

「技術と道具」

「道具とはそのまま出土した魔力灯や未だその中身が解明され切っていない機器など様々だ。対して技術はそれらに付随している現代に存在しない技術の事になる」

「成程?」

 ロロは既に話に付いて行くのを諦めたような表情を見せており、瑞葉とハクハクハクは頭を抱えながらも十六夜丸の講義を理解すべく必死に話を整理している。

「主等を騙そうとした男が旧世代で使用されていた技術を再現した道具を売ろうとしていたであろう。遺跡から発掘したわけでは無いが、あれも本当だったなら遺物として見做されるわけだな」

「そうなると遺物って結構広いですね」

「うむ、一部の魔力灯などあまりに一般化したものに関しては遺物と呼ぶべきかどうか争いもあるのだが……、それについては我々のような考古学者が争う事であって気にする必要はあるまいな。それで、だ。技術が解明された物に関しては当然ながら現代で再現しようと多くの者が時間と労力を費やし採算が取れると判断された物は量産されて行く」

「魔力灯なんかは正にそれって事ですか?」

 瑞葉の問いに十六夜丸は頷く。

「あれも考古学者や技術者達の努力の結晶でありその裏には並々ならぬ物語があるのだが……、それはそれとして、だ。全ての技術が量産までこぎつけるわけでは無い」

「さっき言ってた採算の問題ですか」

「うむ。それに未だ解明されていない技術は山ほどあるでな」

 遺物の構造や技術について解明されているのが全体の何割かという点に関しては学者の間でも諸説あるが、どう贔屓目に見積もったところで三割程度であると言うのが定説だ。中には我々は一割もあれの中身を理解していないと唱える者までいる。

 考古学者にとって旧世代の解明は悲願であるがその道のりは未だ険しい。

「そういう訳で、この先にあるのは未だその構造が解明されていない道具や現代で再現したは良いが採算が取れんと判断され倉庫の肥やしになった者達だ。量産される物では無いのでな、これらは一点物と呼んでおる」

「そういう事ですか」

 一応の納得、それと同時に新たな疑問が沸き上がる。

「解明されていない物に関しては実用性が無いのでは?」

 そもそも利用方法が分からない道具など何の役にも立たないと思うのは当然の思考ではある、が。

「否、その物が何をする為の道具であるかは分かっている。しかしどうしてこれにそのような事が出来るのかはわからない。そういう道具がここにあるのだ。何かもわからない物はこのような商店に払い下げられんよ」

「それを解明できていないのに払い下げられる理由は?」

「同じ物が出土しているからになるな。一点物とは呼んでおるが別に本当に一つしか無いわけでもない。旧世代に置いては量産されている場合もあるのだ」

「……そういうものですか」

「そういうものだ」

 どうにも馴染みの無い考古学の世界の常識に翻弄されつつ一行は目的の場所へと近付いて行く。広い通路の先にあるのはまたしても頑丈そうな大きな扉。

「さっきから思ってたんだが凄い扉が固そうだよな」

「ここには一点物の中でもこのような扉が必要な物が置かれておると言う事だ」

 十六夜丸は店主から借りた鍵で扉を開ける。

 扉の先には一見して何に使うかわからない物で溢れていた。筒状の管を幾つも繋げたような巨大な機械、掌に収まる大きさの楕円状の球、壁に飾られた名刺程の大きさの絵、ばね状にまとめられている植物の茎。

 これらはほんの一例に過ぎず三人は訳の分からない物に圧倒され声も出ないようだ。

「おそらくこの中になら気に入る物もあるだろう。何か欲しい物があれば声を掛けてくれ」

 十六夜丸はにやりと笑みを浮かべながらそう言うのだが。

「そう言われても……」

 三人は困った様子で苦笑いを浮かべる。

 十六夜丸からすればここには魔物と戦う者にとって役に立つ物の宝庫なのだろうが、三人からすれば一体どうやって使うのかわからない物ばかりだ。

 顔を見合わせて互いにどうしたものかと悩んだ後、とりあえず三人はそこらの物を手に取ってみる事とした。

「十六夜丸さん、この球は一体?」

 瑞葉は手近な所で腰ほどの高さの籠に目一杯に入っている楕円状の球を手に取った。その表面は堅く、およそ遊びに使う物では無さそうだということは想像できる。

「それに目を付けたか。これはの、中々面白いぞ」

 言いながら十六夜丸は無造作に籠の中からそれを一つ取り出し外への扉を開けた。

「何を?」

 全員が疑問符を浮かべその行動を見守っていると、そのまま彼女は手に取ったそれを外に投げる。

「まあ見ておれ」

 その言葉に全員が部屋の外を、広く無機質な空間を転がって行く球をじっと見つめる。それが何度か跳ねて勢いを失って行く中で、不意に三人はそれが膨れ上がったような気がした。

 直後。

「うわっ!」

 三人共が声を上げて目を覆った。彼らを襲ったのは強烈な光だ。目を開けていられぬほどの、直接浴びた結果しばらく目を開けることが出来なくなる程の。

「はっはっは、今のは閃光弾だ。あのような強力な光で目潰しをする道具だな。凄まじい効果だろう?」

「……直接体験して嫌って程実感してます」

 未だに三人共、目がちかちかしてまともに開く事も出来ない。ハクハクハクは視力を一時的に失ったことで漠然とした不安を覚え周囲を見渡すように顔を左右に振っている。しかしそんなことをしても何になるわけでも無く、寧ろ落ち着きのない行動は足元にある物に躓く原因にもなりかねないだろう。十六夜丸は彼女を見て閃光弾の威力を誇らしく感じる。

 しかし残りの二人は彼女とは対照的にかなりの落ち着きを見せていた。

「凄いな! さっきの籠に入ってたのは全部あれなのか!?」

 いや、ロロの方はどうやら興奮しているようだ。

「今のってどうやったんだ? 投げたら勝手に光るのか?」

「あ、あぁ。あれは魔力を込めるとおよそ十秒ほどであのような光を発する仕組みらしい」

「じゃあ俺でも使えるのか?」

「魔力があるなら使えるだろう」

「おお! 凄いな……。俺って魔法苦手だからさ、こういうのがあると便利そうだよな!」

 どうやら自分の視界が奪われた事よりもそれを手にすることが、自分の力とすることが出来ることに興奮しているようだ。

 少々面食らった物のこれはこれで十六夜丸の期待通りの反応と言える。実演した甲斐があったと言うものだろう。

 残る一人、瑞葉はどうだろうか。

「……お主はいやに落ち着いておるな。或いは不意打ちを喰らって気分を害したか?」

 先ほどから口を噤みじっと立ち尽くしたまま何も言おうとしない。その姿は落ち着いてただ視力が戻るのを待っているようにも見えるし、見ようによっては怒りの余りに無表情になっているようにも見える。十六夜丸は少々冷や汗をかいて彼女を見つめるが。

「む?」

 不意に瑞葉が歩き出す。もう目を開けられるようになったのかとも思ったがロロとハクハクハクは未だに目の周りを覆っており視力が回復したようには見えない。ならば当然彼女も同じはずだ。

 しかし不思議と瑞葉の歩みには淀みは無く、扉を出て足音の反響する広い空間へ。そのまま一直線に地面に落ちている球の所へ向かって行く。そして彼女は当然のようにそれを拾い上げるとゆっくりと目を開けた。

「相手の位置が分かっているなら一方的に攻撃できるって言うのは良いですね」

「……そ、そうであろう」

 十六夜丸は瑞葉の感想などよりもその直前の行動の方がよっぽど気になっていたのだがその問いを彼女は飲み込んだ。

 イザクラ考古学団には大勢の冒険者がおり、その中には家老を始め高位の冒険者も何人かいる。彼らの中には今の瑞葉のように閃光を受けたところで普段と変わらぬ動きをする者もいた。曰く、視界を奪われたのならそれ以外を頼れば良い。

 瑞葉が行ったのは周囲に魔力を広げることで周辺の地形を把握するというある程度知られた魔法の技術に過ぎない。十六夜丸はそれに気が付いたから黙ったのだ。それを高精度で行える四等星など聞いたことは無かったが。

「これはどのぐらい魔力を込めたら使えるんですか?」

「む、あ、ああ。そこの端がでっぱっておろう」

 改めて見ると楕円の頂点の片方に先ほどまでは無かったでっぱりがある。

「それが出たら魔力が十分に籠っている合図だ」

「じゃあ今も魔力が?」

「いや、一度使った後は再使用できるまでに時間がかかる。およそ五分ほど経ってそれが戻れば再び使うことが出来るのだ」

「成程」

 瑞葉がそれを持ったまま考え込む。実際に三人で依頼を受けた時の使い道に関して考えているのだろう、過去に受けた依頼などを思い起こし有用な使い時を模索する。

 部屋の中の三人はしばらくそれを見つめていたが長くなりそうだと感じると。

「他の品を見て待っていよう」

 と、それぞれ思い思いに気になる品を見て行く事に。

 ロロは自身の手に馴染むような剣やそれに類する道具が無いかを探し始める。十六夜丸は品ぞろえを遠巻きに眺めてどこか満足そうに嘆息した。

 そしてハクハクハクは。

「……むぅ」

 うろうろと部屋を行ったり来たりしているが何かを手に取ることも無くただただ歩き回るのみ。

 ハクハクハクにはあまり物欲が無い。それは別に現状に満足しているという訳では無く、自分自身の望みが分からないが故だ。今も色々と見ているのだが何が欲しいのかはわからないし、何が必要なのかもよくわかっていない。

 瑞葉が傍にいれば彼女が色々と手助けをするのだろうが今は外で何やら考え事中だ。ハクハクハクはどうした物かと悩み、考え、そして。

「あ、あの……」

「む、どうした?」

 意を決して十六夜丸へと話しかけた。無論、ハクハクハクからすればロロの方が話しかけやすい相手なのだが、今の彼女に必要なのは問題を解決できる力だ。要するにハクハクハクに必要な物を示してくれるだけの知識がある相手が必要なのである。

 残念ながらロロはその相手に不適格と考えられたらしい。

「わ、私に、ひ、必要な、必要そうな? もの、あるかな、って……」

「……ふむ、そう言われてものう……」

 ロロはそんな会話をしている二人の方を一瞬見たが、それだけだった。間に入るつもりは無いらしい。

 ハクハクハクにとって他者との人間関係を上手く構築するのは大きな課題点だ。普段からわざわざ言いはしないがロロもその事は認識している。

 故に自ら踏み出した一歩に対して邪魔をするような事はしないのだろう。

「わ、私は、その、魔法を使うんだけど……。魔法の、制御は、に、苦手で」

「魔法使いか……。丙族だったか?」

 十六夜丸は前髪に隠された額をじっと見つめる。そこにある丙族皆に刻まれている痕を透かしているかのように。

「あ……。そ、そう、です」

 ハクハクハクはついその視線に身体を竦め、フードをより深く被った。十六夜丸ははっ、と我に帰り頭を下げる。

「あっ、済まぬ……。気分を害するつもりでは無かったのだ、それに自分は何か思う所があるわけでは無い。ただな」

 言いながら十六夜丸は歩き出し、ある所に飾られていた杖を手に取る。金属で作られた柄の先端部に丸い筒が幾つも付けられているような形だ。

「これを」

 ハクハクハクは言われるがままその杖を受け取る。

「……これ、は?」

 そして手に持った瞬間、不思議な感覚を覚えた。初めて持ったにも関わらずその杖は非常によく手に馴染むような、まるでそこにあるのが当然であるかのように感じるのだ。

「手に馴染むか?」

 ハクハクハクはその問いに不思議そうにしながらも頷く。

「そうか。この杖は特殊な機能があってな、先端部を見て欲しいのだが」

 杖の先端部、筒が幾つも付けられているような見た目の部分をハクハクハクは見る。

「この筒が魔力制御を手伝ってくれるらしい。例えば風弾を撃つ際にこの杖を通して打つとこの先から放たれるのだ。少し試してみよう」

 そう言うと十六夜丸はハクハクハクを連れて扉を出る。広い空間では未だに瑞葉が何か考え事をしていたが、二人が出て来るのを見て一瞬そちらを向きその手に持つ杖を見てどこか訝し気な表情を見せた。

 十六夜丸とハクハクハクはそれに気付かず杖の使い方について話している。

「まずは魔力を杖に込めてそれから掌ではなく杖の先に風弾を作り出すようにするらしい」

「魔力を杖に……」

 元々ハクハクハクは手に持った物に魔力を込めるのはそう苦手な事ではない。しかしこの杖はいつも以上に楽に魔力を込める事が出来る。普段がこちらが魔力を押し込んでいるのだとすればこの杖はまるで向こうからも吸い上げているかのような感覚を覚えるのだ。

 いざという時にその僅かな差が明暗を分ける事はあるかもしれないのだが、それでもハクハクハクはこの違和感が何だか不気味で少し嫌な汗をかいている。

「では実際に撃って見よ」

「こ、こんなところで?」

「なあに、ここの壁が頑丈に作られておるのは元々試し撃ちを想定しての事。まあ多少の手加減はしておいて欲しいものだが」

 やけに広く無機質な空間の意義を理解したことでハクハクハクはとりあえず一旦遠慮を捨て、杖の先に魔力を集める。

「……え」

 それはすぐに完了した。普段のハクハクハクからは考えられないほどあっさりと、だ。彼女は物に魔力を込めるのは簡単にこなすが、その中で魔力を部分的に強く込めることは得意ではない。例えば盾に攻撃を受ける瞬間その部分だけ魔力をより強く込めて盾のの防御力を上げる技術があるが、彼女がやる場合は子供が駆け寄って来る場合でも間に合いはしないだろう。

 それが今はあっさりと出来た。まるで指先に力を入れるがごとく、杖も身体の一部なのだと言わんばかりに簡単に出来てしまったのだ。

「良い調子だ。そのまま撃つが良い」

 十六夜丸が天井を指差す。ハクハクハクはそれに従い魔力を風の塊へと変え。

「風よ、撃ち抜け」

 唱えた言葉と共に杖の先端より風弾が放たれる。本来、ハクハクハクの魔力制御ははっきり言って下手で風弾から漏れ出た風が周囲を騒がせ地上にいる瑞葉や撃った本人であるハクハクハクにも強く感じられたはずだ。

 しかしこの時ばかりは違った。

 天井へと向かう風弾はただ自身の通り道のみを進み、その威力が削がれることなく真っ直ぐに進む。天井にぶち当たり風が弾けて大きな音を立てた時、ハクハクハクは風弾のあるべき姿とはこれなのかと初めて感じたほどだ。

「……凄まじい威力だのう」

 十六夜丸は未だ天井が揺れて衝突音の余韻が残っている事に少々の冷や汗をかいている。瑞葉は先程まで考えていたことも忘れて天井とハクハクハクを交互に見つめ驚いた様子だ。

 そしてそれを撃った張本人もまた、驚きの余りに目を丸くして固まっている。

「え、えぇ……?」

 普段とのあまりの違いに杖を持つ手が震え、恐怖なのか高揚なのかもわからぬ感情がぐるぐると渦巻いていた。

 ただ一つ間違いないのは、今手に持っているこの杖は確かな性能を持っているという事だろう。

「……この杖は魔力制御を助ける杖なのだが、特に丙族の者には効果が高い」

「丙族、には?」

「うむ、遺物の中には時々そういう物があるのだ。昔から丙族は魔力が高いが故に問題も多かったのだろう、丙族に特に大きく作用する物品が多く作られていたようだ」

「へぇ……」

「旧世代において丙族とは余程重用される存在だったのであろうなぁ」

 旧世代。ハクハクハクはその時代に思いを馳せる。

 それは今よりおよそ三百年以上も昔の事だ。現在よりも高度に発展した文明の跡は今でも地中などに残っており人々はそれらを遺跡として探索する。そこから発掘される旧世代の遺物は時代の栄華を極めた事を想像させるが今となっては滅びた文明。

 未だに解明されない技術を多く持っていたかの文明はなぜ滅びたのか?

「一説によれば魔王のような存在が現れ戦いの日々を送っていたとの話もある。武器や兵器が多く発掘されているのはその証拠であろうとな」

 そんな疑問を察したのか十六夜丸がそんなことを口にした。

 ハクハクハクの頭の中では丙族と他の人々が手を取り合い魔物と戦う姿が想像される。旧世代ではそのような姿が当たり前だったのだとすれば……。

「ハク、その杖買うの?」

 気が付くと瑞葉が傍に来ていた。

「いいんじゃないか? さっきの凄かったぜ!」

 ロロも気が付けばすぐ後ろに。

「……いいの?」

「欲しいんなら買った方がいいと思うけど」

「だよな!」

 ハクハクハクは先の一瞬、旧世代の世界を少しだけ羨んだ。しかしそれはある種の気の迷いだったのだろうと断じる。

「じゃあ……、買おうかな」

 彼女の傍には共に戦ってくれる者達がいる。今に生まれた事を悲嘆する理由などありはしないのだ。

「そうか。因みにお値段が――」

 十六夜丸が示した値段を聞いてまたひと悶着あったのだがそれはまた別の話だろう。ただまあ、最終的にはこの杖がハクハクハクの手元に渡ったことは確かだ。閃光弾などは泣く泣く諦められたようだが。




 店を出た彼らは宿へと向かうことに。十六夜丸も道案内を兼ねてついて来るようだ。

「この宿はイザクラ考古学団とも付き合いが深い。我輩がいた方が話も早いだろう」

 そんなことを言いながら宿のおすすめ箇所を幾つも語り、それがいつの間にか宿で使われる遺物の話、それらが出土した遺跡の話と変わっていく。どうも十六夜丸はこうして色々と語るのが好きなようで、時に遺物の話を語り、また旧世代の考察を謳い、時に考古学者の道を説く。冒険者の中には武勇伝を語るのが好きな者も多いが、彼女の場合は考古学関連の話が次々と飛んで来るので一般人には少々聞いていて退屈に思う事もあるだろう。

 実際、不勉強な三人では瑞葉やハクハクハクですら話に付いて行けない事が多々あるのだ。

「遺跡の中には明らかに丙族を意識した造りのものも時々あるのだ。例えば我輩が以前に調査に同行した遺跡では丙族とそれ以外を識別して別の扉を開けるという構造になっていたな」

「んー? どういうことだ?」

「つまりだな、扉が左右に二つあるのだ。その少し手前で何らかの方法で丙族かそうでないかを識別しそれぞれに対応した扉が開くようになっているのだな」

「何でまたそんなことを?」

「これが分からんのだ。何分、その時に行った遺跡は損傷が激しくてのう……。内部はぼろぼろで辛うじて持ち出した遺物もそのほとんどが壊れて調べる価値も無いと判断されてしまった」

「そうなんですか……」

 現代で丙族が差別的扱いを受けるのはおよそ五十年前の魔王大戦に端を発する。その時に一部、というには多くの丙族が魔王に与し多くの人々を襲い、更には魔王が死んだ後にも魔王の残党として人や町を襲ったという過去があるからだ。

 しかし三百年以上も前には当然そんな価値観は存在しない。人々は一体如何なる理由で丙族とそれ以外を区別していたと言うのだろうか?

「当時の生き証人でもいれば話は早い。だがそれが居らずとも過去の謎を解明するのが我ら考古学者の本分というわけだな」

「……難しい学問ですね」

 何が正解かはわからない、そんな難題に挑む彼らは傍から見れば奇人変人の類なのだろうが、しかし十六夜丸はどこか誇らしげに胸を張る。その気持ちを持てるかどうかが考古学者とそれ以外の違いなのだろうか、そんな思いが三人の中に木霊した。

 夕陽が沈んで行く。暗くなる前に露店の者は商品を撤収し店仕舞いだ。それに伴い人の影も段々と減って行く。一行が歩く道は昼間とは様相を大きく変えて、知の都に相応しい落ち着いた雰囲気を醸し出す。

 杖を掲げて歩くハクハクハクは余程それを気に入ったのだろう。傍から様子を見ているだけでもそれがはっきりと伝わって来る。

「高かったけど良い買い物だったね」

「だな」

 その様子にロロと瑞葉も満足げだ。他にも欲しい物はあったがそれは今後冒険者として活動しお金を稼いでから手に入れれば良い。幸いにもイザクラの都は逃げはしないのだ。商品が売り切れる可能性に関しては黙秘するが……、とはいえ今隣を歩く十六夜丸のように相談できる相手はいるのだ。その時の事はその時に考えれば良い。

 そんなことを考えながら歩く彼らの下に強い風が吹く。

「おおっ?」

「うわっ」

 それは思わず顔を覆ってしまう程の風だ。四人は急な事に驚いて人が近付く気配に気付かなかった。

 背後から駆け寄る一つの影、それは十六夜丸、ロロ、瑞葉を無視してハクハクハクの所へ。そしてその手に持った杖を奪い取った。

「え?」

「な!?」

「む?」

「あぁー!?」

 気が付いた時には杖を手に一つの影が走り去って行く。

「待てぇー!」

 ロロの声を合図に全員がその後を追い出した。

 どうやらイザクラの都の一日はまだ終わらないらしい。




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