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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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68.イザクラの都

 山河カンショウの国、イザクラの都。君はその場所を知っているだろうか?

 そこは正に知の都。考古学発祥の地とも呼ばれるこの場所には大勢の考古学者が集い、それに伴い遺跡より発掘された多くの旧世代の遺物が持ち込まれ研究されている。ショウリュウの都にもイザクラ考古学団と呼ばれる一団がいるが、彼らも大本を辿ればこのイザクラの都からショウリュウの都周辺の遺跡を調査する為に派遣された一団であったのだ。

 では、そんな考古学の権威が集う都には学者や学問を志す若者しか訪れないのだろうか?

 いや、そんなことは無い。

 ここに持ち込まれる遺物は自然と人を惹き付ける魅力がある。研究を終えた後、貴重な遺物は博物館に寄贈され人々の好奇心をくすぐる展示品として役目を果たすだろう。さして珍しくも無い物は商人へ払い下げそのまま好事家や冒険者など必要とする者の手元へ渡って行く。

 長い月日の中で自然と噂が広まっていく。イザクラの都に行けば旧世代の遺物が簡単に手に入ると。その噂が更に人々を惹き付けることでその人々を狙い商人も集まって行く。こうしてイザクラの都はいつしか学問を修める者が大勢住まう中心部と、商人や観光客で賑わい外縁部へと別れ、より発展して行く事になったのだ。

 そんな都の入り口に若い冒険者が三人。

「おおっ! あれがイザクラの都か!」

 ロロ、瑞葉、ハクハクハクだ。

 彼らがイザクラの都へ来ることとなった理由は、まあ、ある種の偶然である。




 数日前、依頼より戻った三人にイザクラの都行きを提案したのは志吹の宿の店主、崎藤だ。

「イザクラの都、行ってみない?」

 そんな軽い調子の提案に三人は当然困惑することとなる。

「イザクラの都、ですか?」

「そう、イザクラの都」

「何かあったのか?」

「何かあったって言うほどの事じゃないんだよ。イザクラ考古学団は分かるでしょ?」

 イザクラ考古学団とは名前に反してショウリュウの都に居を置く考古学者兼冒険者の一団であり、三人も以前にそこが企画した遺跡探索体験会に参加したことがある。

「もちろん知ってますけど……」

「実は彼らの主力が今ちょっとした用事で向こうに行っててねぇ。とある遺物の鑑定を頼みたいんだけど出来なくてさぁ」

「他の人には頼めないんですか?」

 何も考古学者とはイザクラ考古学団にしかいないわけでは無い。無いのだが……。

「ショウリュウの都にいる考古学者ってほとんどはイザクラ考古学団に属してるんだよね。理由は簡単であそこが一番環境が整ってるから。学ぶにもやっぱり資料も人材も揃っている所が良いんだよ。逆に言うとそこに属していない人ってまあ、正直な所あんまり信用できる人がいなくてねぇ……」

 ショウリュウの都において個人で考古学者を称する者は大抵の場合に実力不足であるか、或いは奇妙な妄想に囚われた学者を名乗るのもおこがましいような者となる。

「まあそんなわけだからお届け物が出来る人はいないかと探しててさ」

「……それはそういう仕事の人に頼むべきでは?」

 物を運ぶというのはそれだけで一つの立派な仕事だ。それを生業とする者も大勢いる。崎藤たちも当然その考えはあるのだが。

「要するにまあ、物を運ぶついでにイザクラの都を見てみたくないかなって」

 冒険者の拠点を運営する者は当然ながらそこに属する冒険者たちをあらゆる意味で支援する義務がある。彼らに適した依頼を振り分けるのも当然だし、安全な街道や危険な魔物の情報などを共有するのも仕事の内だ。またより高位の冒険者を目指す者に対してはそれを奨励するような行為も求められている。例えば優れた指導を行える者の紹介、より広範な依頼の斡旋、そして遠方の町への渡来の経験だ。

 ロロ達三人がより高位の冒険者を目指しているのは崎藤たちには周知の事だ。そこで彼らは今回遺物の配達という比較的簡単な依頼のついでにイザクラの都へ行って見識を深めてもらおうとしているのだ。

「イザクラの都だって、どうする?」

「うーん、ついさっきこの辺の依頼をしばらく受けようって言ったばかりではあるけど……」

 ロロはそう呟きながらまだ見ぬイザクラの都に思いを馳せる。学問の都として有名なその場所に賢そうな雰囲気を闊歩した姿を想像する。

「あ。サキちゃんが、去年行った、って、言ってたね」

「あー、そう言えば前に話を聞いたっけ」

 丙自治会の一部の者は去年にイザクラ考古学団と共に勉強会と称してイザクラの都へ行っていた時期がある。その中には彼らの友人であるサキサキサも含まれており、初めて会った時に彼女から少し話を聞いたことをロロは思い出す。

「遺物の露店とかがあるって言ってたっけ」

 空想の賢そうな人々が闊歩する中に威勢のいい者が声を上げている露店が追加された。その様子はどう考えても場違いで可笑しみがある。

「……なんか段々気になって来たな」

 ロロは元々好奇心旺盛で行ったことの無い場所や見た事の無い物には惹かれやすい。今回は初めこそ事前に決めていた計画と異なるせいで二の足を踏んでいたが、考えが進めば当然のように好奇心がくすぐられて行く。

 そんな折、彼らの後ろでずっと黙っていたミザロが最後の一押しとばかりに口を開く。

「イザクラの都の露店は面白いわよ。様々な物があるの。例えば私の武器も」

 ミザロが腰に下げた剣を抜く。その刀身は鈍い光を放ち見る者を魅了する輝きを持っていた。

「それも遺物なのか?」

「剣の方は優れた物だけどただの剣よ。こっちの鞘がそうね。イザクラの都で見つけた遺物なの」

 三人はその言葉に鞘を見るが、一見するだけではそれが遺物であるとはわからない。

「詳しい仕組みは割愛するけど勝手に剣の手入れをしてくれるのよ。常に切れ味の良い状態を保ってくれるわ」

「え、それって便利だな」

「街を長く離れる時は便利で重宝するわ。こんな風に遺物は時に冒険者の助けになってくれるものよ。天柳騎のディオンさんがいるでしょ?」

 天柳騎のディオンと言えば三人が共に依頼へ行ったことのある三等星の冒険者だ。魔力で動く機械馬に跨り巨大な槍で戦う実力者でもある。

「彼が扱う機械馬は彼が遺跡で見つけた遺物だと言うわね」

「そういえばそんなことを言っていたような……」

「冒険者として上を目指すなら自分の実力を高めるのが一番大事だけれど、相応に装備を整えるのも大切な事よ。二等星や三等星の冒険者はそれ相応に質の高い武器や防具を身に付けているものだわ」

「なるほどなぁ」

 良い装備が彼らの実力を高めてくれるわけでは無いが、質の悪い装備では実力を発揮できないのは道理だ。錆びた剣では巻き藁すら切れず、そこらの剣で固い殻を持つ魔物は切れない。自身の実力や戦う相手に応じて装備を更新していく必要があるだろう。

 そんなミザロの誘う言葉に三人の頭の中ではまだ見ぬ遺物への期待が渦巻いている。そしてそういう期待に弱いのがロロとハクハクハクだった。

「よーし、じゃあイザクラに俺達にぴったりの遺物を探しに行こうぜ!」

「おー!」

 ロロが音頭を取ればハクハクハクがそれに呼応するように拳を天に突き出す。瑞葉はまだ迷っていたのだが、もはや二人を止めることなど出来そうもない。翼獣の町へ行く時もこんな調子だったなと溜息をつくのみだ。

「じゃあ君たちに任せようかな。明日でいいかな?」

「急ぐなら今からでもいいぜ!」

「そこまで急がないよ。それに依頼から帰って来たばかりだろう? 今日はゆっくり休んで明日にしなよ」

「ロロ、そもそもイザクラへの行き方知ってるの?」

「あー、知らないや」

 瑞葉が頭を抱え、周囲には笑い声が木霊した。

「イザクラへは船が出てるから四日ぐらいで着くよ」

「結構遠いな」

「道中は船にほぼ乗りっぱなしだからここから一番楽に行ける都だね」

 ショウリュウの都からイザクラの都へ向かう場合は船で川を通り行くのが一般的だ。ショウリュウの都から続く竜頭の川を下り、山河カンショウの国で最も大きなサンガの川を上って行けばイザクラの都が見えて来る。この二都の間は船の往来が多く、それらを守る為に周辺の魔物は定期的に討伐されており安全確保は万全だ。

 山河カンショウの国には四つの都が存在しその中で最も密接な関わりを持つのがこの二つの都であるのは、船だけで行ける楽さと道のりが安全であるという二点が大きく関わっているだろう。

「いやー、楽しみだな。露店ってどんなものがあるんだろうな」

「お金、いっぱい持って行かないと」

「イザクラの露店は玉石混交、掘り出し物もあれば何の役にも立たないような偽物もあるわ。そこだけは気を付けてね」

「はーい!」

 そんなことがあって翌日。彼らは崎藤から荷物を受け取るとイザクラの都へ向かう船へ。二つの都を繋ぐ客船は中々に大きく、また大勢の人がそこへ乗って行く。ロロとハクハクハクは今更のように嫌がる瑞葉を引っ張って乗り込み内部を探検するなど中々楽しそうな道中だ。

 そんな二人と対照的に瑞葉は甲板で常に青い顔をしていたとか。口から魚の餌を撒いていたなどという話もあるが詳細は不明という事にしておこう。

 そして四日の時が過ぎ、彼らはイザクラの都へと辿り着く。




 ロロ達がイザクラの都を訪れ初めに驚かされたのは入り口となる門の上部。そこにはロロ達の動く姿が映っていた。

「何だあれ?」

「私たち、だね」

「写真みたいな?」

 口々に呟きながら手を振ってみたり跳ねてみたりと身体を動かす。そうすれば上部に映っている彼らの姿も同じように動き回る。

「おおー、凄いぞあれ。どうなってるんだ?」

「上から撮ってるんだよね。位置的に……、あれかな?」

 瑞葉が指差した先には写真機に付けられるようなレンズが彼らの方を向いているのが見える。そして映像の方も瑞葉が真っ直ぐ上を指差している姿が映っている。

「あれから見える景色があっちに映し出されてるんだ」

「凄いな! ……写真で良くないか?」

「いや、動いてる方が良いでしょ。新聞の写真が動いてたら凄くない? この前のO・デイさんの写真が動いてたら観客の熱気とかもっと伝わるじゃん」

「確かに!」

「他にも使い道は多いんじゃないかな。例えば冒険者が魔物討伐の際に持って行けば魔物の姿を映せるから実際に行かなくてもどんな見た目でどんなことをしてくるのか教える事が出来る、とか」

「おお!」

「遠くの人に、元気な姿、見せられる、かも?」

「それも良いな!」

 そんな風に入り口付近で話をしていると通りすがりの人物が三人に目を付ける。彼は穏やかな笑みを浮かべながら近付くと。

「君達、面白そうな話をしているね」

 と、話に割り込んだ。

「そんなに面白いですか?」

 瑞葉は突然話に入って来た人物に若干の警戒を覚えながら尋ねる。男は上を見上げそこに映った自分たちの姿を指差しながら答える。

「あれは最近完成した技術でね。あのカメラの先にある物をモニターに映像として映し出す技術なんだ。ただまだまだ問題点が多くて、カメラと直接繋げたモニターにしか映せない。そして両者を繋ぐコードは現状だと大した距離が出なくてね……」

 そこまで言うと彼は瑞葉たちの方を見て少し残念そうに肩を竦める。

「まあ要するに君たちの言っていたような使い方はまだまだ出来そうも無いんだ」

「そうなんですか……」

「と、まあ、これはイザクラの都の住民からすれば当然のことでね。何せこれが設置される時には大々的な催しと共に説明があったものだから、ついついここまでしか出来ないと思って考えてしまうんだ。そんな私からするとさっきの君達の話は……、そうだね、未来が感じられてとても面白かった」

 今は出来ない事でもいつかはそれが実現する日が来るかもしれない。技術というのは初めは未完成でもいつの日か発展する。そしてただの空想でしかなかったことを実現し、それすらも超えて未来を形作って行くのだろう

 既存の枠を外れた考えを聞くと言うのは確かに一部の人間にとっては面白いのかもしれなかった。

「君達は観光客かな?」

「一応仕事だけど……、終われば暇だな」

「そうか。私は遺物の露店を開いている者でね、時間が空いたら見に来るといい」

 そう言って男は三人に地図を渡す。

「来てくれれば退屈はさせないさ。面白い話を聞かせてくれた礼に掘り出し物を幾つか紹介するよ」

 そのまま男は去って行った。どうやら彼は都の入り口で客に相応しい人物を探していたのだろう。

 さて、そんな客引きを受けた三人はと言うと。

「い、遺物の露店、だって」

「まあ元々見に行くつもりだったしね」

「よーし、じゃあ早く届け物を終わらせて行こうぜ!」




 イザクラ考古学団への届け物に関してはすんなりと終わらせることになる。目的地はイザクラ考古学団の本部。初めての都という事もあり多少道に迷いこそしたが、かなり大きな建物で見つけるのは難しくは無い。そして辿り着いてしまえば後は物を渡すだけだ。

 応対した落ち着きのある男性は冒険者が来たことには少し驚きを見せる。

「わざわざここまで? 何か依頼でもあったのかい?」

「崎藤さんが届け物のついでに観光して来たらどうか、と」

「そうかそうか。泊まるところはもう決まっているかい?」

「いや、そういや何も考えてなかったな」

「ならば」

 男は一枚の紙を取り出すとそこに何やら地図を描き込んでいく。

「よかったらここの宿に行くといい。我々の知り合いがやっている所でね。宿に旧世代の遺物を飾っていて好きに見学することが出来る。ついでにこの紙を見せれば多少は融通を利かせてくれるだろう」

 地図の端には殴り書きの文字か印かわからないようなものが書かれており、おそらくは店主との間にある合図のようなものなのだろう。

「わかりました。ぜひ行ってみますね」

「この後はどこへ行くつもりだい?」

「露店に行くんだ。遺物の露店をやってるって人に会って、仕事が終わったら行くって言ってるんだ。地図も貰ってるんだぜ」

 ロロが先に露天商から受け取った地図を見せびらかす。男はそれを見ると微笑みを浮かべた。

「そうかい。良い物が見つかるといいね」

 そんな世間話を終えるとロロ達はイザクラ考古学団の本部を後にした。

 三人が居なくなったそこではさっきまで笑みを浮かべていた男性が何やら考え込んでいる。やがて若い女性を呼びつけると何か言い、それを聞いた彼女は外へと出て行った。




 ロロ達三人は地図を頼りに目的の露店へと真っ直ぐ進んで行く。道中には幾らか気になる店もありはしたのだが先に約束をしているという事もあり断腸の思いでそれらを無視して進んで行くのだ。

「結構賑わってるよな」

「そうだね。露店とか食事処がすごく多い」

 今彼らがいるのは観光客向けに様々な店が立ち並ぶ都の外縁部だ。多くの観光客がそこに建ち並ぶ遺物の露店を目当てにイザクラの都を訪れ、それらを見て回る中で腹の空いた者は自然とそこに店を構える食事処へ入り、夜も更けて来れば宿の灯りが次々と点き始めるのを確認できる。

 商機を感じた商人たちによって自然と形成されたこの区域はロロ達のような初めてこの都を訪れた者にとって非常に目移りしやすく、ただただ通り過ぎるには目に毒なものが多くあるようだ。

 しかし、彼らはそれらをどうにか通り過ぎ目的の場所へ辿り着く。

「おや、君達は今日会った……」

「仕事が終わったからな。約束通り来たぜ!」

「そうかい、随分早かったね。でも安心してくれ。ちょっと商品を取って来よう」

 店はまだ準備中で男は少し驚いたようだったが、商売には支障が無いらしい。すぐさま裏にある商品から選りすぐりの品を幾つか持って来た。

「剣に、小盾、手甲に……、この小さいのは?」

「それは魔力灯だね。魔力を込めると光る」

 瑞葉は小さな四角い石のようなそれを手に取ると魔力を込める。すると淡い光が手の周囲を照らした。

「へぇ、こんな小さな物もあるんですね」

「昔は小型化にもかなり力を入れていたみたいでね、時々遺跡からそういうものも出て来るのさ。君達は見たところ冒険者らしいしこういう装備の類が欲しいんじゃないかと思ってね」

「この剣は触ってもいいのか?」

「どうぞどうぞ」

 ロロは剣に興味津々だったようでそれを手に取ると鞘から抜き刀身を見る。

「……見た感じ普通だな。切れ味は良さそうだけど……」

 銀色に輝く両刃のそれはロロが持っている冒険者になった当時に買った安物の剣よりは多少物が良さそうに見える。しかしここはイザクラの都、そして遺物の露店だ。普通の剣では味気が無い。

「これも遺物なのか?」

「そうだね。柄の所に宝石がはまっているだろう?」

 ロロが視線を下ろすと柄の中心に小さな青い宝石がはまっている。注意深く見つめてみてもロロにはそこからそれ以上の情報を読み取ることは出来そうもない。

「そこに魔力を込めると面白い事が起こるんだ」

 ロロは言われるがまま魔力を宝石に注ぐ。すると。

「うわっ!」

「ぴっ!」

 思わず驚き危うく剣を落としそうになった。その突然の反応に近くで見ていたハクハクハクも驚き後ろに飛び跳ねる。

「ちょっと、危ないでしょ!?」

「いや、だってさぁ……」

 怒る瑞葉とそこから逃げるように視線を商人の方へ向けるロロ。

「面白いだろう?」

 と商人は楽し気に笑っている。瑞葉はそんな彼らの様子に大きく溜息をつくと、

「何があったの」

 と改めて尋ねた。

 ロロは剣を持った手を伸ばし改めて魔力を込める。宝石はロロの魔力を吸うとその怪しい輝きがゆっくりと揺れ動き始める。

 振動だ。

「……揺れてる?」

「持ってみろって」

 瑞葉はおっかなびっくりな様子で剣の柄に触れると微細な振動が起こっているのをはっきりと確認した。

「魔力を込めると微細な振動が起こる剣だ。いいだろう?」

 商人は得意げにそう言ったのだが三人にはその良さが分からない。魔力を込めると振動が起こる剣と言うのは多少の面白味があるという点には一定の理解を示したものの、彼らが欲しているのは冒険者の活動に役立つ武器であり宴会芸に使えそうな物ではないのだから。

 故に自然と苦笑いを浮かべる三人に商人はどうやら知らないようだね、と呟く。

「振動剣の素晴らしさを教えよう。少し待っていてくれ」

 そう言うと彼は再び裏に行き一冊の本を持って来た。

「それは?」

「考古学の研究に基づき過去にあった技術を解説する本さ。そこらの店でも売ってるよ」

 本の表紙には『旧世代技術についての考察』という実に単純明快な題が付けられている。彼はその中のある頁を開き三人に見せた。

「あ、振動剣って書いてある」

「どこだ?」

「ほら、ここ」

 瑞葉が指差した先にあるのは振動剣の文字。曰く、

『遺跡を探索する中で一部の施設には刃を振動させる機構が付いている機械が散見される。これは即ち旧世代における研究においては振動によって刃の切れ味を増幅させていたという事に他ならない。現代においても物を切断する技術は重宝されるものであり、いずれは日々の暮らしに使う包丁や冒険者の持つ剣などにも応用していきたいものだ』

 とのことだ。

「へぇー、振動すると剣の切れ味が良くなるのか?」

「そういうこと。この剣は遺跡から出て来た遺物なんだ。この本が書かれた当時はまだ見つかって無かった物でね、伝手を頼って数本だけ入手した物の一つさ」

「おぉ、じゃあ貴重な物なんだなこれ」

「そうだね。だからそれなりにお値段は張るけれど」

 そう言って商人が見せた金額に思わず三人の顔は引き攣る。三人が三人あまりお金を使わない人種であり払えない額では無いが、これまでに冒険者として貯めたお金の大部分が消えることになる。

 そんな彼らを見て商人はふふふ、と微笑みを見せる。

「そんな表情になるのは分かるよ。僕だって高いとは思うさ。とはいえそういう品だからね、これは。……でもまあ折角の出会いだ、ここは少しおまけしよう」

 そう言うと彼は端数となる金額を全て切り捨てる。それでおおよそ二割引程になるだろう。

「これでどうだい? 流石にこれ以上はちょっと難しいよ。僕にも生活があるからね」

 三人は顔を見合わせてどうするか、と互いに声を出さずに相談する。剣となれば当然持ち主はロロだ、そしてそのロロは……、振動剣に心を奪われているようだった。瑞葉は溜息と共に好きにしろと言わんばかり、ハクハクハクもそれに頷く。

 二人に背を押されロロは一歩前に出た。

「じゃあこれを」

「ちょーっと待ったぁ!」

 ロロの声を遮るように女の声が響く。

 その場の全員の視線が声の主の方へ向いた。黒く艶のある髪を後ろで結んだ顔立ちの整った美人であまり見かけない事に着物を着ている。山河カンショウの国の四都市の一つである九華仙の都では着物を普段着にしている者も多いようだが、ロロ達はおろか商人すらそんな者を初めて見た様で驚きのあまりぽかんと口を開けている。

「……知り合い、じゃ、なさそうだね」

 どうにか正気に戻った商人はロロ達にあれが誰なのかを尋ねようとしたが、顔を見て即座に誰も知らないのだと判断したらしい。それを確認すると咳ばらいを一つして少しむっとしたような表情を作った。

「商売の邪魔は感心しないなぁ。君がどういうつもりかはわからないけど人と人とが話をしているのに横入りするのはあまり礼儀がなってないんじゃないかい? ……ああ、それとも君もこの振動剣が欲しいのかな? それだったらまだ在庫があるから特別に売ってあげてもいいけど」

「そんな二束三文の、がらくた、などいりません」

 商人の言葉に対し女は特にがらくた、という言葉を強調してそう言った。

「がらくたとは酷い言い分だね。これは書物にも書かれているような旧世代で扱われていた技術のもので」

「確かに振動剣の研究は一部で進められています。そして実際に効果があることも発見されました」

「だったら」

「しかしその振動数は一般的な想像を遥かに超えるものでなければなりません。少なくとも、その剣に用いられている程度では効果は無いと言ってよいだろう」

 その指摘に商人は言葉に詰まる。それ即ち彼女の指摘は正しいという事だ。

 ロロ達は口を挟むことも出来ず剣を、商人を、そして突然現れた女を見つめる。

「そんな子供だましのような物品が遺跡から出土したことはありません。入り口で引っかけた観光客にがらくたを旧世代の遺物と偽り売りつける者がいるとの話は聞いていました。ここでそれが罪になるのは御存じでしょう?」

 イザクラの都では多くの遺物の露店があり多くの店はぼったくりのような値段の物も置いてあるとはいえ実際に旧世代の遺物を売っている。しかし一部の店では特殊な鉱物や魔法の力で以て遺物と偽った商品を売り付け多額の利益を得ていた。

 過去にそれらを野放しにしていたところ観光客や他の真面目な商人からの不満が大きくなり、結果として都は対応を始め偽の遺物を売ることはこの都で大きな罪となっている。

「大人しく捕縛されてもらいましょう。暴れると容赦は出来かねるが?」

 一歩、一歩と女が商人に詰め寄る。

 もはや言い逃れは出来ないと悟った商人は次の瞬間、足元にあった小楯を女に向けて投げ付ける。女はそれを軽く躱し更に一歩近付くが、

 ドオォン!

「はっ?」

 突如後方から響いた巨大な音に思わず振り返った。その機を逃さず商人が走り出す。

「あ、待て!」

「誰が待つか!」

 女が追いかけ始めたものの商人は意外にも俊敏な身のこなしでそのままこの場から逃げきってしまうかと思われた。しかし彼女の前を走る影がもう一つあった。

 ロロだ。

 ロロも突然の音には驚いていたようだが他の誰よりも早く逃げようとする商人を追いかけ始めていたのだ。

 そして。

「うわっ!」

 商人の前方に突然竜巻を思わせる強い風が吹いた。それは中へ入るのを危険に思う程に強く、商人が思わず足を止める。それを見た女が何が起こっているのかと疑問に思う中、ロロが商人の肩を掴んだ。

「これ以上逃げないでくれよ。あんまり手荒な事とかしたくないし」

 もはやどうにもならないと悟った商人はがっくりと肩を落とす。ロロは他の三人、特に瑞葉に向けて親指を立ててそれに応えるように彼女も親指を立てるのだった。




 商人は女によって然るべき場所に連れて行かれた。彼は相応の処分を受けることになるだろう。

 そしてロロ達三人と彼女は今、食事処にいる。

「この度はがらくたを売りつけられそうになっていたところを助けて頂きありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとう、ござい、ます」

 三人に深々と頭を下げられた女は頬を掻いて気まずそうな顔をする。

「いや、寧ろ礼を言うのはこちらだ。あの男を取り逃がしそうになったところを助けてもらったではないか。顔を上げてくれ」

 実際、逃げたあの男を捕らえたのはロロと瑞葉の手柄と言っていいだろう。ロロは誰よりも反応が速く、おそらく何も無くともその内に追い付いて捕まえる事が出来たはずだ。そしてそれが早い段階で適ったのは前方に風の魔法で小さな竜巻を起こした瑞葉のおかげである。

 二人はあの瞬間に自分に出来ることを瞬時に判断し行動したのだ。彼女が礼を言うのも当然ではあるのだが……。

「それはそうかもなんですけど……、私たち結構な金額を払うところだったんで……」

「そうなのか?」

「はい、実は……」

 瑞葉から伝えられた金額を聞いて女は顔を青くする。どうやら想像よりも随分と高い額だったらしい。

「それはそれは、ライ殿の懸念は当たっていたようだのぅ……」

 しみじみと女が呟く。そんな彼女を見て三人は顔を見合わせ、そして代表するように瑞葉が彼女に尋ねた。

「えっと、そろそろあなたの事聞いてもいいですか?」

「……む、そう言えば名乗ってなかったか?」

 三人は彼女の事を未だに何も知らないが、どうやら本人はいつの間にか名乗りを上げた気分だったらしい。

 ごほん、と彼女は咳ばらいを一つ。

「我が名は十六夜丸! イザクラ考古学団の所属にして四等星の冒険者でもある」

「イザクラ考古学団の?」

「うむ、まだまだ若輩者ではあるが爺様のように文武両道の傑物を目指して修行の日々を送っているのだ」

「爺様?」

「イザクラ考古学団の首魁である家老殿だ。名前ぐらいは聞いたことがあろう?」

 家老と言えば誰もが知っている有名人だ。考古学の権威でありその深い知識からショウリュウの都では何か起こった時の相談役として頼られている存在であり、それでいてそんじょそこらの冒険者が束になっても敵わないほどの強さを誇り二等星の座に就いている。

 十六夜丸は彼を文武両道の傑物と評したが、彼の様々な逸話を聞けばその評に文句を付けられる者など居ない。

「家老さんかあ、凄い人だもんな」

「ロロはあんまり知らないでしょ」

「ばれた? 名前と凄い人な事は知ってるって」

 ただし、ロロはその逸話に関してはあまり知らないし、瑞葉とハクハクハクもそこまで詳しいわけでは無い。残念ながら彼らは旧世代の遺物や遺跡発掘など考古学に関してはあまり興味が無いのだ。

「イザクラ考古学団では家老殿は皆の手本となる人物でな、その指導の下で考古学で名を上げるような研究をして来た者は多い。自分もそれに続きいずれは天下にこの名を轟かせようと思っているのだ」

「おぉ、それってなんか凄いな」

 確固とした意志の強さで自身のあるべき姿、未来を視る十六夜丸の姿にロロは感銘を受ける。

 彼女は二十歳程度の若さであり、同世代の中には未だ先の事が定まらずとりあえずで日銭を稼ぎふらふらとした生き方をしている者もそう珍しくはない。大抵の場合で親は存命中ですねかじりとしてまだ生きていられるし、五等星の冒険者として街の便利屋になるか郊外の農場に行けばとりあえずの仕事には困らない。多くの場合彼らはそのままなんとなく農場に居着いたり親の仕事を継いだりするものだ。

 そんな中ではっきりと強い意志で考古学を学びより良い自分を目指す十六夜丸の姿はどこか眩しい物がある。

「とはいえ自分はまだまだ修行中の身。先程もあの男を取り逃がしそうになってしまった。まだまだ精進が足らぬという事だ」

「私は十分凄いと思いますけど」

 話が一段落ついた所で瑞葉は少し気になっていた事を思い出す。

「そういえばイザクラ考古学団って事は、もしかして私たちが届け物をした時から後を?」

「うむ、つけていた」

 三人が商人の元へ一目散に向かっていた時、十六夜丸はその後方で彼らを尾行していたのだ。

「全く後ろを気にしてなかったので楽に後をつけることが出来たな」

「そんなことする人がいると思ってなかったんで……」

「応対をしたライ殿に遺物を買いに行く話をしただろう? それがどうも気になったようで、もしかしたら詐欺師の類かもしれんからと自分を遣わしたのだ」

「そうだったんですね」

 厳罰化が進んでいるにも関わらず遺物詐欺は横行しており、特に初めてイザクラの都に来たような人物は格好の的だ。

 かの詐欺師もロロ達を与し易しと考え声を掛けたのであろう。

「ミザロ姉はこの機に新しい武器を買ったらいいって言われたけど、思ったより簡単な話じゃなさそうだな」

「そうだね。私らは旧世代の知識なんか無いからさっきみたいな事があったら騙されそう」

 二人の言葉にハクハクハクもこくこくと頷き同意する。

 イザクラの都で良い買い物をするにはある程度の知識か良い商人を見つける幸運が必要になる。そうでなければ騙されがらくたを掴まされたり、遺物であっても珍しく無い物を高額で買わされる羽目になるだろう。

 しかし、知識と幸運以外にそれを回避する方法が一つある。

「そんなお主等に朗報だ」

「朗報?」

「露店を見て回るのだろう? この十六夜丸が主等の買い物に付き合ってやる」

 本人に知識と運が無くとも物の良し悪しが分かる人物が傍にいればいい。そういう人の繋がりさえあれば何は無くとも万事よし、という訳だ。

「それは助かりますけど……、イザクラ考古学団の仕事とかは?」

「問題ない。ライ殿に仰せつかったのはお主等が詐欺に合わぬよう案内をすることだ。先は相手を捕らえる為に姿を隠していたがここからは我輩が案内しよう。なあに、我輩にとっても良い修行である」

 知識を蓄える事は本でも読めば部屋に籠っていても出来る。しかしそれを日々の暮らしの中で活かせるかどうかは外に出て見なければわからない。

 考古学を学ぶ者にとってイザクラの露店は良い修行場でもあった。玉石混交、高価な遺物からそこら中に溢れている二束三文の物、果ては偽物に至るまで様々な物が置かれている露店でそれらを見極める事は知識が身に付いているかの裏付けを取れる場所になる。

 時に遺跡探索を専門に行う冒険者が持ち込んだ遺物は考古学者の研究に寄与し、時に彼らが詐欺師を然るべき場所に突き出すのは都の治安維持に寄与する。考古学者にとってイザクラの都は良い環境であり、そして彼らが自然とその良き環境を守る。

 その循環の一幕がロロ達の前で行われようとしているのだ。

「じゃあ飯食ったら早速色々見て回ろうぜ!」

 ロロがそう言うのとほぼ同時に食事が運ばれて来た。

 ふと、十六夜丸は異変に気付く。料理を運んで来た従業員の顔が優れないのだ。

「どうかしたのか?」

「え、あ、いえ……」

 従業員はここに座る顔ぶれを見て、それから小声で一言。

「本当に食べ切れるのかと思って」

 それを聞き十六夜丸は首を傾げる。持って来た料理の皿は四人ならば少し多いがまあ妥当な量と見えたからだ。それで去って行く従業員の背を不思議そうに見つめていたのだが、すぐに彼は先に運んだのと同等の量の皿を持ってやって来る。

「失礼します」

 卓上を皿が埋めていく。その皿にはイザクラの都では定番の料理の数々がそれぞれ大盛で載せられている。

「……これは」

 驚きはまだ止まらない。ロロ達は自然に皿を寄せて次を置ける隙間を開けて行くではないか。そしてみたび従業員が皿を運んで来た。

「以上でよろしいですね」

「はい、とりあえずはこれで」

 とりあえず?

 十六夜丸は耳を疑ったが、瑞葉の表情を見ればそれが冗談の類では無いことは分かっていた。

「じゃあ食べましょうか」

「う、うむ」

「朝も食べてないからもうお腹空いちゃったもんな」

「ど、どれも、おいしそう」

 軽い表情のロロ達にこの者達は大丈夫だろうか、と一人不安な十六夜丸。

 あまり残しては申し訳が立たぬ、そう思い彼女は胃がぱんぱんになるまで食べようと意気込んでいたのだが。

 結論から言えばその必要は無く、腹八分の状態で呆然と目の前から消えて行く料理の数々を見つめていたという。

 乾いた笑いと共に、そう言えば新人冒険者の中には店の食料が無くなるほど食いまくる者がいると噂になっていたのを思い出したのだった。




 余談であるが、後にその店ではとある小さな少女が出禁になったという噂が流れたらしい。




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