66.二人の日
ショウリュウの都、志吹の宿。賑わいを見せるこの場所に二人の冒険者がいる。ロロとハクハクハクだ。少し前に来たロロはいつものようにへらへらとした表情を見せて周囲の喧騒に目を向けてみたり何を食べようかと思案していた。そして先ほどハクハクハクが来たところなのだが、その表情は険しく手には汗を握っている。
「……瑞葉、ちゃんは?」
つい昨日の事、瑞葉は彼女の母親である樹々に丙族、つまりはハクハクハクと一緒にいるところを見られたのだ。丙族嫌いである樹々はその場を駆け出し瑞葉もそれを追って行ったのだが、その後どうなったのかをハクハクハクは知らない。
そしてこの場に瑞葉がいないという事はもうここには来ないという事なのだろうか、そんな想像が彼女の頭には過っている。
が。
「今日はお休みだって。なんか樹々さんとこれまでの話を色々するんだってさ」
「これまでの話?」
「今までは家でハクハクハクの事を適当にぼかして伝えてたから改めてどんなことがあったのか話すんだって。まあ俺達も一年以上一緒にいるからな、話せることなんて山ほどあるって事だろ」
「……じゃあ、えっと。また一緒に、いれるの?」
「そうだな。なんかよくわからんけど上手く行ったらしいぜ」
ハクハクハクはほっと胸を撫で下ろす。それは二人が喧嘩にならず、或いはなったとしても最終的には丸く収まった事に対してであり、自分がこの先も瑞葉と一緒にいることが出来るという事に対してでもあった。
「ま、そういうわけだから今日は二人だな」
「そうだね」
彼女は何の気なしに返事をし、直後、二人きりという今の状況を改めて認識する。
好きな人と二人きりという現状を。当然この状況は彼女にとって緊張せずにはいられず、とりあえずどうにか緊張を悟られぬよう椅子に座るが手には汗を握っていた。
もしかして瑞葉はこの状況を狙って今日は家にいると言ったのだろうか、そんな邪推もされていたが今の瑞葉にそこまで考える程の余裕は無くロロに言った理由が全てである。
それはともかく今のハクハクハクにとって重要なのは、折角湧いて出たこの機会をどう活かすかという事なのだろう。彼女は今すぐに告白してそういう仲になりたいとまでは思っていないが、ロロが自分の事をどんな風に思っているのかは気になっている。それを僅かばかりでも知れたらと思うのは当然の心理だ。
彼女はじっとロロを見つめ、しかし目が合いそうになるとすぐに視線を逸らす。
「とりあえず何か食べようぜ」
「う、うん、そうだね」
お品書きをめくりながらハクハクハクは思う。いつからロロを好きになったのかは曖昧だが以前はここまでそのことを意識してはいなかった。ロロと目が合いそうになるだけで鼓動が高鳴り顔が熱くなるような事は無かったはずだ、と。
瑞葉にその事を伝え、更には彼女が思いの外協力的であった為に自分の中でも気持ちが抑えきれずどこかたがが外れているような状態なのかもしれない。彼女の理性は自分の精神状態をそんな風に分析する。
分析したところでそれを抑えられるわけでは無かったが。
「なあなあ、これ新作だって。これ食べてみようぜ」
「そ、そうだね。食べよう」
ロロが笑顔でこちらを見るだけで自分が普段どんな風に喋っているかもわからなくなり返した言葉が変では無かったかと不安に駆られる。
「どうぞー、新作の牙獣の冷製しゃぶしゃぶでーす」
「お、来た来た。食べようぜ」
「う、うん」
料理が来たので食べるのに集中しようと思うのだが一々自分の所作が気になって来る。料理を取る手はぎこちなくなっていないだろうか、食べ方が汚かったりしないだろうか、いつも大量に食べているのにロロが呆れているのではないだろうか。
今更のような疑問の数々が彼女の食べる手をいつもよりも遅くする。
「……食欲無いのか?」
「え?」
「だっていつもだったらこれぐらいすぐだろ?」
とりあえずで頼んだ料理は一皿だけ、いつものハクハクハクならあっという間に食べ切っていただろう。しかし今日は肉を一切れ一切れ、野菜を一枚一枚口に運ぶことで無闇に時間をかけている。彼女を少しでも知る者ならば不自然と思うのは当然だろう。
「具合でも悪いのか?」
「い、いや。違うよ、全然、大丈夫」
「……そうかぁ?」
じーっと、ロロがハクハクハクを見つめる。思わず彼女はその場で縮こまり自分の内心がばれやしないかとひやひやしていた。
が。
「わかった! まだ瑞葉の事心配してるんだろ。大丈夫だって、明日か明後日かわからないけどまた来るよ。ま、もうちょっと親子水入らずでいさせてやろうぜ」
当然というかなんというか、ロロがその手の事に察しが良いはずなど無い。
「あ、えと、で、でも、その、ほら。瑞葉ちゃんにまた会えるか、って、心配で、つい……」
彼女はこれ幸いとばかりにそれに乗っかり事なきを得たのだった。
ハクハクハクとしてはこの機会にロロとの仲を深めたいと思うのだが、二人きりと言うだけで緊張し心臓が破裂しそうな彼女にはそんなことをする余裕は無い。ともすれば変な事をして嫌われてしまわないかと不安になるばかりで、これならば三人でいた方がましとさえ思える程だ。
何か、何か無いだろうか。この状況を打開する何かが。
彼女は思わずそんなことを思ってしまう。
そしてその願いは。
「あ、ハクちゃんだ」
「……サキちゃん?」
幸か不幸か叶うのだった。
偶然にもこの場に現れたのはハクハクハクと同じ丙族のサキサキサだ。彼女はハクハクハクの昔からの友人でありロロとも何度か依頼に行ったりしたこともある仲だ。
彼女は空いている席に座り込み改めて二人を見る。
「瑞葉はいないの?」
彼女にとっても三人はいつも一緒にいるという認識なのだろう。瑞葉がいないというのはそれだけで変に見えるらしい。
「今日は家の用事で休みなんだ」
「そうなんだ」
とはいえ理由に関してはあまり興味が無いようでそれ以上突っ込んだ話を聞こうとはしない。単純に珍しいから興味本位で聞いただけのようだ。
それに彼女にはここに来た目的がある。
「ところで二人は今って暇?」
二人は顔を見合わせる。そして示し合わせたように頷き合った。
「何か頼みがあるなら引き受けるぜ」
ロロの頼もしい言葉を肯定するようにハクハクハクも握り拳を作る。
「本当? 実はね、ちょっと欲しい物があってそれを取りに行きたいんだよね」
「どんなものなんだ?」
「木材なんだけど、ちょっと遠いし荷物も多くなりそうだから一人で行くと何往復かしないといけなそうでね」
「それなら任せとけって」
胸を叩き自身の頼もしさを主張するロロだが。
「ロロには期待できないけどハクちゃんが手伝ってくれるなら余裕だよ」
ばっさりと切り捨てられる。
「……まあハクハクハクの方が力があるのは認めるけど、俺だってひ弱ってわけじゃないぞ」
「怪我人に期待しても仕方ないでしょ……」
当然であるがロロの腕の怪我は未だ治っていない。左腕は吊り下げられ固定されたままだ。以前に聞いた医者の話ではもう一か月ほどは固定したままだろうとのことだ。
「ちょっとした物を持つぐらい大丈夫だって。左手使わなきゃいいんだろ?」
「本当に大丈夫?」
「平気平気!」
瑞葉がこの場にいたならば何が何でも止めたことだろう。しかし今日はこの場に居らずハクハクハクとサキサキサはロロの勢いに押されて渋々同行することを了承した。
ついでに言えばハクハクハクには少しでも長く一緒にいたいという多少の下心があったという点も一応ここに記しておこう。
サキサキサが二人を連れて向かう先は果樹園のあるショウリュウの都の西側地帯だ。農場とは反対方向にあり彼らがあまり足を踏み入れる事の無い場所でもあった。
「向こうは山の斜面があって日当たりが良いんだよそれで果樹園にしてるって聞いてるぜ」
「そうなんだ。畑と果樹園で適当に分けたのかと思ってた」
都の西側は大昇竜の山の裾野が広がっておりそこに生えていた果実を目当てに人々はこの土地を切り拓いたという話もある。ただショウリュウの都の成り立ちについては幾つかの説があるので信ぴょう性に関しては少々疑問が残る話だ。
ただ、現在ではここで採れる多くの果実が様々な土地に運ばれショウリュウの都の一大産業として親しまれているのは間違いない。
「しかし何で果樹園に木材を? 実じゃないのか?」
そんな場所に行くとなれば普通はそこで育てられている果実を売ってもらうのだと思うだろう。しかしサキサキサによればそこへ向かう目的は木材だという。
「実は感謝祭に丙自治会でもちょっとした小物を売ろうってなってて」
「小物?」
「まあほとんどは子供の作ったちょっとした飾りの予定だよ。それに私も参加することになってね、折角だから何か面白い物を作ろうと思って色々考えてるわけ」
「それで木材?」
「まあ木材って言っても剪定した枝をちょっと分けてもらうってだけね。話を持ち掛けてみたら案外すんなり通っちゃって」
「なるほどなぁ」
「サキちゃんはね、凄く器用でね、色んなものを作ってるんだよ」
そう言われてロロは以前にも豊穣祈願の祭りの準備の為に共に依頼を受けた時、そんな話があった事を思い出す。
「それなら感謝祭の時は是非とも見に行かないとな」
「ふふふ、度肝を抜かすようなものを作ってみせるよ」
そんな会話をしつつ三人は果樹園へ辿り着く。
果樹園の人は快く三人を案内し剪定した枝を置いてある場所を教えてくれ、そこから好きなだけ持って行ってくれという。
「サキ先輩、どのぐらいいるんだ?」
「んー、ちょっと待ってね。いる分を選別するから」
サキサキサは大量にある枝を前に自分の使いやすそうな枝を選別し始める。その様子は真剣そのもので今度の感謝祭に向けての熱意の高さが窺える。結果、どうやらしばらくロロとハクハクハクは手持無沙汰らしい。
自然と二人は近くに腰を下ろして話し始めていた。
「サキ先輩って置物とか作るの好きなんだっけ?」
「そうだよ。その、自治会の、集会所にね、いっぱい飾ってある、の」
「そう言われると色々と飾ってあった気はするな」
ロロは然程頻繁に丙自治会の集会所を訪れているわけでは無いのでそこに何があったかなどうろ覚えだ。ハクハクハクは最近は定期的に訪れており、またその際にはサキサキサとも話をして作品を見せてもらっているので非常に馴染み深い物である。
「最近はね、子供たちを相手にね、色々なものの、作り方を教えたりしてるの。わ、私が前に行った時には、えと、あ、折り紙、をね、教えてたよ」
「折り紙かぁ……。なんか紙を折って生き物とか作るんだよな」
「私もね、一個覚えたんだ」
そう言うとハクハクハクは懐から紙を一枚取り出していそいそと折り始める。所々うろ覚えで何度かやり直したりしながらもそれは段々と形になって行く。
「ここを折って、広げると……」
「おー……。鳥か?」
「鶴って言う鳥なんだって」
「鶴? 聞いたこと無いな」
「私も。この鳥はね、平和をね、象徴する取りなんだって。折り紙をね、広めたっていう人の本にね、書いてあるの」
「へぇ、それはいいな。まだ紙はあるのか? 俺にも作り方教えてくれよ」
「う、うん」
ハクハクハクはもう一枚紙を取り出すとロロに手渡し、自分の手にある折り鶴を広げる。
折り方を教える最中に手が触れ合いそうになる度にハクハクハクの心臓は高鳴り、間近で彼が笑顔を見せる度に思わずにやけそうになるのを我慢する。こうしていると彼女は自分にとって如何にロロが大きな存在となっているのかを再認識させられる。
それは彼女にもう一歩進んだ関係になりたいと思わせると同時に、この関係を失いたくないとも思わせるだろう。
「あとはこの羽を広げればいいんだな!」
完成した折り鶴は少々折り方が雑で不格好ではあったがロロはそれを誇らしげに高く掲げる。
「どうだ、ハクハクハク!」
ハクハクハクは自身に向けられた笑顔に思わず笑みを零した。それと同時にどうしても考えてしまう。この笑みは一人の友人に向けられたものでしか無いのだろうか、それとも自分にだけは特別になのだろうか、そんなことを。
彼女はロロを独占したいとまでは思っていないが、それでも彼の中で自分がどこか特別な物であって欲しいと思うのは自然な事だろう。ロロの気持ちを知りたいのだ。
「うん、ちゃんと、ね、出来てるよ」
「だろだろ?」
しかしそんなことを聞くには相当な勇気と覚悟が必要だ。その一歩を踏み出せる者は中々いない。
「……あ、あのね」
それでもこの時のハクハクハクは彼女にとって稀有な事にその一歩を踏み出そうとしていたのだ。それは相応の勇気と覚悟が彼女の中に備わっていたというよりは、ちょっとした熱に浮かされて暴走しているようなものではあったが。
しかし人と人との関係がより深くなっていく時いというのは往々にしてそんなちょっとした暴走のようなものが切っ掛けになるものだ。故にその一歩は歓迎されるべきものである。
「ロロ、は……、その、私の……。私と? ね。うん……」
詰まりながら、呼吸を整えながら、頬を赤くしながら、それでも彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
ゆっくり、紡ぎ過ぎた。
「一緒にいて、ね……、た」
「お待たせー!」
ハクハクハクの言葉を遮るように声が響く。間の悪いことにサキサキサが戻って来たのだ。当然彼女はハクハクハクが今にも勇気を振り絞っていたことなど知る由もない。悪気無く稀有な一歩が踏み出されようとしているのを邪魔してしまったわけである。
「あー! 折り鶴だ」
「どうだ、サキ先輩。今教えてもらってたんだ」
「……ま、初めてならそんなもんかな」
「微妙な評価だな」
「こことか折る時にもっと丁寧にすると全体が揃って綺麗になるんだよね。まだ紙はある?」
「ハクハクハク、まだあるか?」
「……あ。うん、あ、あるよ」
完全に話を牽引しているのはサキサキサになっており、ハクハクハクが言おうとしたことは流れてしまった。彼女は紙を手渡しながら冷静になり、自分が言おうとしていたことを見つめ直す。
一緒にいて楽しい?
そんな問いに対してロロは決して悪い返事はしないだろう。一年以上の付き合いだ、それぐらいはハクハクハクでもわかっている。ただ今日の彼女はそれだけで止まらなかったはずだ。
二人でいても楽しい?
問いの内容が狭まって行く。多分、これにもそんな悪い返事はしない。そうなれば更にその先へ、核心へと迫っていたのだろうか。ハクハクハクはこの場でそんなことを聞こうとしていたことに赤面する。あそこでサキサキサが戻って来てくれて助かった、と。もう少し遅かったら……、良い結果にしろ悪い結果にしろサキサキサを手伝うどころでは無かったかもしれない。
「ほらね。これが完璧な折り鶴よ」
「おお! 全然違うな!」
「折る時にきっちり重ね合わせてはみ出ないように折るんだよ。後は慣れかな」
「なるほどなぁ」
折り紙談議に話を咲かせる二人をハクハクハクはじっと見つめる。ロロは誰とでも仲が良い。あの気難しいソラとでさえ二人で楽しそうに会話していたぐらいだ。自分は彼にとってはどこにでもいる仲の良い友人の一人なのだとしても不思議は無いだろう。
ロロは一緒にいて楽しい、誰にでも優しい、皆の力になろうとするかっこいい人なんだ。
ハクハクハクは思わずため息をついた。
それは裏を返せば誰も特別にはならないという事でもある。強いて例外を挙げるならば幼い頃から共にいる瑞葉ぐらいなのだろう。
「難しいね」
思わずぽつりと呟く。手の中にある折り鶴はよくよく見れば端が重なり合っておらず、まるで自身と誰かの心の内を表しているかのように思えるのだった。
サキサキサの選んだ枝とお土産に買った果物を持って丙自治会の集会所へ。
「折角だから何か食べて行きなよ。お土産の果物も切っちゃおう」
そこでサキサキサがそんなことを言った。
「いいのか?」
「もちろん。全部食べるわけじゃないし。ハクちゃんも運ぶの手伝って」
「う、うん」
そうしてロロを入り口に残し二人は奥へ。
ハクハクハクはサキサキサの背を見ながら考える。ロロに対して踏み込むのはもはやその勇気が、或いは浮かされる程の熱が吹っ飛んでしまって難しいが彼女に対してなら、と。
「さ、サキちゃん」
「ん?」
「サキちゃんは、その、ロロの事、どう思う?」
「……んー?」
突然の質問に若干困惑したのかサキサキサはその意図を探るようにじっと見つめる。しかし考えるのが面倒だったのかすぐにそんなことは止めて口を開く。
「まっ、優秀な後輩って所かな。偶に評判を聞くと悪くない感じだし、ゴウゴウさんも一目置いているみたいだし、それにハクちゃんもお世話になってるしね。……今や私の方が冒険者としては下だしね」
彼女はロロや瑞葉より一年程前には冒険者になっているが未だに五等星であり、いつの間にか冒険者としては格下となってしまっている。それでもロロはサキ先輩と呼んで態度を変えるようなことは無いが。
まあいずれにせよ彼女にとってそう悪い印象は無いらしい。
「でも何で急にそんなことを?」
そんな事よりもやはり急にそんな問いを投げられた事の方が気になるだろう。親しい友人同士だ、当然それぐらいは聞き返す。
「え、えと、ちょ、っと、気になっただけ」
ハクハクハクはそれをはぐらかそうとした。が、表情や態度を見れば察しの良い者は気付くぐらいには隠し切れていない。
「……好きになっちゃった、みたいな?」
そしてサキサキサは察しの良い側だった。ハクハクハクは顔を赤くして俯く。
「そっかそっか、それだとまあ気になるよね、私がロロの事をどう思ってるのか。……まあ話すのは楽しいけど友達でしかないかなぁ」
「そ、そうなんだ」
「うーん、なんて言うか、馬鹿にするわけじゃないけどロロって子供っぽいじゃん?」
それはその通りだ、とハクハクハクは思う。というよりそれを否定できる者は恐らくいないだろう。考え方も行動も子供の無計画無軌道な感じがよく顔を出しているように見える。
「私は大人っぽい人に引っ張ってって欲しいんだよね。俗に言う白馬の王子様みたいなさ」
目を輝かせて空想の王子様を見つめるサキサキサに、人の事言えないんじゃ、などと思っても口が裂けても言えないことだ。
「そういう訳だから私から見るとロロはちょっと対象外かな。年下には興味無いよ」
きっぱりと言い放つ彼女にとりあえずハクハクハクは胸を撫で下ろす。
「ふふふ、今、ほっとしてるでしょ」
「……うん」
「今度こっち来た時に根掘り葉掘り聞くからね」
安心するには早かった、とハクハクハクは項垂れた。
先の果樹園で買った果物を切り分けてついでに幾らかのお菓子や飲み物を持ち二人はロロの元へ。
「お待たせー」
「お、旨そうだな。それがさっきの?」
「そ、華桃」
ロロは早速それを手に取ると口に放り込む。サキサキサは切り分けた桃に舌鼓を打つ彼を見つめ、不意に口を開いた。
「実はさっきここの子供に恋愛相談を受けてね」
果物へと伸ばしていたハクハクハクの手が止まる。
「恋愛相談?」
「そ、最近の子供は進んでるね」
「俺らもまだ子供みたいなもんだろ」
「私はロロよりも一年も先輩だけどね。寧ろ大人の魅力を放っているからあの子も私に相談したってわけ」
「そう言われるとそうかもな」
唐突な会話の流れに対してハクハクハクは全身から嫌な汗が流れるのを感じていた。当然だが、さっき恋愛相談をして来た子供などいない。この会話は明らかに。
「ロロも恋愛ごとで相談があれば聞いてあげるよ?」
そう、明らかにロロから好きな人がいるのかを聞き出そうとしているのだ。
ハクハクハクがちらりと横目で見ると彼女は親指を立てて笑みを浮かべる。この先を聞くのが怖い、ハクハクハクははっきりとそう思った。
……思ったのだが、一言一句聞き逃さぬようしっかり聞き耳を立てている。
「好きな人かぁ……」
思いを馳せるように天井を見る。その時点でその対象がここにはいない誰かなのではないかとハクハクハクは不安を覚えた。やはり瑞葉なのだろうか、それともこの前仲良くしていたソラが? 或いは自分の知らない繋がりのある誰かが。
悪い想像は幾らでも膨らんでいき、もはやこの場にいるのも耐え難いと感じ始めた時。ロロがとうとう口を開く。
「……うーん、ちょっと今のところいないかなぁ」
「いないんだ」
好きな人はいない、その言葉はハクハクハクに希望を与えると同時に自分がその対象ではないという事に少ししゅんとなる。それでも他に好きな人がいるよりはましだと思い、話の続きに集中する。
「正直その、あんまりわかんなくてさ。そういう、恋愛みたいなのが」
「そうなの? 大体みんな学校にいる間に一人ぐらい好きな人とかできるものだと思うけど。結構盛り上がってたわよ、誰が誰の事好きとか」
「確かにそういう話はあったけどな。まあ、あんまりついてけなくて……」
「ふーん、ま、まだまだお子様ってことだね」
「そういうサキ先輩はどうなんだよ」
「私? ま、いなくも無いかな。でも私は理想が高いからね。まず身長は――――」
そこからサキサキサの長い語りが始まる。ハクハクハクにとっては幸いな事にその話があまりに長かったおかげで自分が話す番が回って来ずに済んだのだが。或いは、サキサキサがそこまで考えて長話をしたのかもしれないとも思ったのだが考え過ぎだろう。
サキサキサと別れ二人はそれぞれ家路に就く。ハクハクハクは今日もとりあえず途中までは一緒に帰ることにしたようだ。
ロロは好きな人がいないという、であれば自分の事を意識させられるような何かがあれば十分に可能性があると考えたのだろう。その為に出来る行動が今の彼女にはとりあえず少しでも長い時間一緒にいることぐらいしか思いつかなかったらしい。
「サキ先輩は相変わらずだったな」
「そ、そうだね」
「そういやサキ先輩が作った置物見たけど凄かったな。手先が器用ってのは前に聞いたけど俺じゃあんなのとても作れないぜ。感謝祭が楽しみだ」
「サキちゃん、頑張ってるから」
「だな、俺達も負けずに頑張らないと」
自分を意識させたい、と考えてはいてもそもそもハクハクハクは話を主導するのは苦手だ。基本的に受け身で会話をする癖がついており会話の中で、というのは難しいだろう。更に意識させるとはどうやればいいのかさっぱりわからない。彼女は恋愛の経験どころか人付き合いの経験そのものがあまり多くない。何をどうすればいいのか見当もつかないのだ。
更にもう一点、気になることがある。
ロロには好きな人がいない、これをただただ言葉通りに受け取って終わりでいいのだろうか? 彼はそういうのが分からないと言っていた。その点の方が大事なのではないだろうか?
彼女はこの時になってようやく一つの決意をする。ロロがどんな人間なのかをより深く知りたい、と。その為にこれから動いていこう、と。
……だから、その、今から……、はちょっとまだ心の準備が。明日、明後日……。あ、瑞葉ちゃんにも話を聞きたいし、瑞葉ちゃんが戻って来てから……。うん……。
それがいつ行動として現れるのか、それはまだ分からないようだ。




