65.魔法のような治療法について
ショウリュウの都、中心部。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人が並んで歩く。
「腕の怪我、大丈夫なの?」
ハクハクハクはロロの吊り下げられた腕をじっと見つめる。彼の腕は翼獣の町での一件以来まだ治り切ってはいない。
「まあここまで帰って来たわけだし家で寝てなきゃいけないわけでも無いだろ?」
「放っておくとそのまま依頼を受けそうだけどね」
「こんな状態じゃ崎藤さんやミザロ姉が受けさせてくれないだろ」
「それもそうだけどね」
彼らが向かっているのは志吹の宿。特に依頼を受ける予定があるわけでも無いが最近は何は無くとも自然とあそこにたむろしている事が多い。知り合いの冒険者と話をしたり次は三人でどんな依頼をするか考えたりするのは中々に楽しいもののようだ。
そうして三人が宿に辿り着くと。
「ちょっといいかな?」
宿の主人である崎藤が三人に声を掛ける。どうやら近くで店の改装を行っている所があり人手が欲しいとのこと。
「まあここで暇しててもあれだし行こうか」
「う、うん」
「よーし、俺の力を」
「ロロは留守番ね」
当然だがロロは留守番、腕が折れている人間は流石にお呼びでない。ただ瑞葉は少し考えた後にハクハクハクに耳打ちする。
「ハクも残る? ロロの見張りとかなんとか言って」
一瞬ハクハクハクは瑞葉がそんなことを言った理由が分からなかったのだが、すぐに気付いて頬を赤く染める。要は二人きりの時間を作ろうとしているのだ、そしてこの機に距離を縮めてはどうかという事なのだろう。
ただハクハクハクとしては瑞葉の厚意はありがたいのだが。
「きゅ、急に、二人きり、は、ちょっとまだ……」
どうやら心の準備が出来ていないらしい。瑞葉は頭を掻いて間違った気の遣い方をしてしまったらしいと反省する
「それじゃちょっと行って来ようか。ロロは私たちがいないからって無茶しないように!」
「分かってるって。俺だって早く治したいし」
「絶対だからね!」
瑞葉が立ち上がりそのまま外へ向かう。
「い、行って来る、ね」
「おう、行ってらっしゃい」
ハクハクハクも瑞葉を追って小走りに外へ向かった。
残されたロロは当然ながら無茶をする気などない。先程言った早く治したいという言葉に嘘偽りは無いのだ。既にこの状態で一か月以上にもなり、その不便さは身に染みて感じている所である。
「誰か話が聞けそうな人はいないかな、と」
故に彼は周囲を見渡す。食事時は過ぎたが未だ賑わっているそこに自分の目的の助けになりそうな人はいないかと。
「……うーん、知り合いがいない。適当に声かけてみるか?」
残念ながら今日は知り合いらしい人物がいない。どうやらキララを目当てに長時間居座っている者が多いようだ。飲み物を何杯も注文しては駄弁っている者が何人も見られる。
「いっそ他の所に行くか……?」
ロロはそう呟いて他の候補を考える。とはいえ、ここ以外で冒険者が集まり彼が普通に訪ねられる場所は丙自治会の集会所ぐらいの物だろう。悪い選択肢ではないがそれならばここでもうちょっと粘るべきか悩むところではあった。
「どうしよっかなぁー……、ん?」
その時、志吹の宿の扉が開かれ中に一人の冒険者が入って来る。ロロはその姿に見覚えがあったし、何より彼女は非常にロロの目的にとって都合が良い人物に思えた。受付で崎藤と少し会話するとどうやら思ったような依頼が無かったのかそのまま踵を返したのだが。
「ソラさーん!」
ロロが彼女に呼び掛ける。突然の事にソラ自身はおろか、崎藤なども訝し気な表情を浮かべていたのが印象深い所だ。
瑞葉とハクハクハクはとある冒険者用品店の改装を手伝っていた。建物が古くなっており本格的に暑くなるこれからに向けて模様替えと一緒に建物自体も改装してしまおうという事らしい。彼女らが担当するのはとにかく荷物の運び出しだ。ある程度は売り払ったようだが未だ多く残っている在庫をとにかく外へ運び出す。
重たい棚も一人で持ち運べるハクハクハクの存在は店主にとっても瑞葉にとっても頼もしく、中にあった荷物はどんどん外へ運び出され気が付けば店内は空っぽに。
そういうわけでさっさと依頼を済ませた二人はお礼に幾らかの駄賃を頂き、町をぶらぶらしていた。
「折角だからちょっとお菓子食べようよ。向こうに牛鬼さんに教えてもらったお店があるんだ」
「うん」
そんな瑞葉の提案で二人は休憩がてらお菓子を食べる。それは数日前に牛鬼にとある話を聞く際に教えてもらった店だ。蜜漬けの果物が寒天の中に浮かぶそれをハクハクハクはじっと見つめる。
「これ、綺麗だね」
「でしょ? 牛鬼さんのお菓子への嗅覚は流石だよね」
言いながら瑞葉はそれを一口。爽やかな甘さが口の中に広がるのを楽しむ。それを見ながらハクハクハクはふと思う。
「……瑞葉ちゃん、は……、牛鬼さんの事が、好きなの?」
「ごほっ!」
不意の質問に思わず瑞葉はむせる。何度も何度も咳き込む彼女の姿にハクハクハクは慌てながらもその背中をさする。
そしてようやく落ち着いて来ると瑞葉は皿を膝の上に置いて口を開いた。
「別に牛鬼さんの事をそんな風に見てないよ。というかいきなり怖い事言わないでよ」
「……でも、仲良いでしょ? ロロとは違う、って言ってた、から、ね?」
「牛鬼さんとは共通の趣味がある友達ってだけだよ。ハクもロロもお菓子は好きだけどわざわざ食べ歩いて店を開拓するほどではないでしょ? こう、熱量が丁度同じぐらいだから一緒にいて楽しいってだけ」
「そうなんだ」
瑞葉は大きく溜息をついた。まさか牛鬼とそんな風に見られるなど考えた事も無かったのだ。そもそも彼女と牛鬼は親子ほどに、下手すれば孫でもおかしくはない程度には歳が離れている。いくら彼が結婚していないと言ってもそんな風に考えようとすら思いもしなかったぐらいだ。
ただ、この時ばかりはほんの少しだけそれについて考える。たとえ普段どれだけ有り得ないと無意識に思っていても、面と向かって問われれば誰だって考えてしまうものだろう。
その結果。
「……うん、有り得ないよ」
やはり無い、と瑞葉は結論付けた。
牛鬼と趣味が合うのは確かでそうして一緒に話をしている時間は確かに楽しいが、特別年上好きでもない限りこの歳の差にはどうしても忌避感が付き纏うものだ。
「友情と恋愛はやっぱり別物なんじゃないかな」
それが彼女の出した結論だ。
「……そうなの?」
それに対してハクハクハクは疑問符を付けた。
「わ、私はね、その、ロロの事を……、ず、ずっと友達、だって、思ってたの。でも、その、いつからかはわからない、けど……、ね?」
ハクハクハクは顔を真っ赤にしてそれ以上の言葉を紡ぐのを止める。
「まあ、最初から好きになるなんて外見に一目惚れしました、って時ぐらいなのかもね」
その人がどんな人かもわからない以上は外見ぐらいしか判断できる要素が無いのだ。そうであれば付き合いが増えて様々な事を知る内に相手の事を好きになると言うのが常道だろう。
友情の延長線上が恋情なのかはわからないが、友情を抱いていたはずがいつの間にかそれが恋情になっていたというのはよくある話なのかもしれない。では牛鬼はどうだろうか?
「……まあ、そうだとしてもやっぱり無いかな。下手すればおじいちゃんだよ?」
「……それも、そうだね」
お菓子の皿を空にすると二人は宿へと向かう。依頼を終えた報告をする必要があるし、何よりきっとロロが一人で暇そうにしているだろうから。
まあロロであればそこらの人にこの前の武勇伝でも語っているかもしれないなんて言っていたのだが。
瑞葉たちが依頼へ行っているその時、ロロはついこの前に一緒に依頼へ行き、更には虎狼ホンソウの国への旅に同行し翼獣の町でクビナシトラと共に戦った冒険者、魔法師ソラと向かい合って座っていた。
「何か用? 私も暇ってわけじゃないんだけど」
その彼女は不機嫌そうな様子を隠そうともしない。
実際にはソラは特別用事などあるわけでは無い。今日は依頼でも受けようかと思ってここに来たわけだが都合の良いものが無かった為に帰って魔法の訓練でもしようかと考えていたところだ。そこをロロに呼び止められて席に着いたのだが……。
はっきり言えば彼女はロロの事が苦手だ。翼獣の町で起こった様々な出来事の中で彼は時に彼女の内面を刺すような事を言って来たりしたことは忘れていない。それを抜きにしてもどちらかと言えば戦闘方法が近接戦闘寄りで身体を鍛えているロロとはあまり同席したくないというのが本音だろう。
しかし、ロロの一言でその考えは一変することになる。
「実はさ、魔法について教えて欲しくて」
そんな言葉が出て来るなどと考えていなかったソラはその言葉の意味をしばらく理解できなかった。
「こうして大怪我してみて思ったんだけど、やっぱ魔法って大事だなって思ってさ。折角だからハクハクハクにも言われたんだけど折角だからこの機会に特訓しよ」
「魔法の素晴らしさに気付いたって事?」
結果、ソラの言葉はロロの説明をぶった切る形で紡がれる。しかしそれに気を悪くするようなロロではない。
「うーん、まあそんな感じかな」
「素晴らしいわ!」
ソラの大声に宿中の人がソラの方を見たが彼女がそれを気にする様子は無い。
「魔法の布教を続けて来て今日ほど嬉しい日は無いかもしれない。未だ若い身空の君が魔法の素晴らしさを理解してくれるなんて」
感激し涙まで流さんばかりのソラに対しロロは思わず頬を掻く。そこまで言われると流石に少しばかり引いているらしい。
「えっと、まあ、うん。とりあえず、魔法ならソラさんが詳しいだろ? ちょっと教えて欲しくて」
「任せなさい」
彼女は胸を叩きその任を請け負った。
キララが水と共に少し騒がしいという注意を届けるとソラも落ち着いたようで水を半分ほど飲みロロを正面から見据える。
「……確か魔法は苦手って話だったわね」
「そうなんだよ。風弾も全然でさ」
「とりあえず裏の訓練場に行きましょうか。どちらにしろ現在のあなたの状態を見なければ何を教えていいかわからないし」
「わかった」
二人は崎藤に許可を取り裏手にある訓練場へ。とりあえずでソラは倉庫から的を引っ張り出す。
「まずは風弾でこれに当てるところから試してみましょうか」
「任せろ!」
ロロは深呼吸をし魔力を練り上げる。
「風よ、撃ち抜け!」
適当な距離に置かれた的を風弾で当てる。これは非常に簡単で、少なくとも四等星の冒険者であれば出来ない者はいないだろう。
これに関してはロロも例外ではない。
ロロの放つ風弾は真っ直ぐに進みそのまま的に当たりそれを揺らす。確かにそんな現象が起こった。
「……これは」
「どうだ?」
ソラは思わず冷や汗が流れるのを感じた。彼女は自身の魔法への執着ゆえに様々な人の魔法を見て来た経験がある。共に依頼をこなす事があればその者が魔法を使う場面をどう観察するかに注力し、通りがかりに魔法の訓練をしている者を見つければその訓練を覗き見し、時に高名な冒険者に直接魔法を使っている様子を見せてもらえるよう頼み込んだこともある。
その中でもロロは。
「……あ、圧倒的に下手」
想像を遥かに超えて下の下の下。ちょっと勘の良い子供の方が上手いとさえ思ったぐらいだ。
「一応聞くけど今のは真面目に?」
「もちろん」
「……そう」
救いようがない、彼女はそう思わずにはいられなかった。
ロロの風弾は確かに的に当たった。それは良い。問題は当たっただけという事だ。ある程度まとまった威力があれば的は簡単に倒れていただろう、しかしそうはならなかった。ロロの風弾には威力が無いのだ。そしてその原因は。
「……手から離れた後、すぐに魔力が制御を失っていたわね」
風弾とは魔力を掌の辺りで練り上げそれを風に変換し前方に打ち出すというのが基本的な共通認識だ。ロロの場合前半部分は大した問題は無く出来ている。しかし後半部、前方に打ち出す際に練り上げた魔力が一気に周囲へと拡散し前へ飛んで行く風弾本体の威力が僅かしか残っていないのだ。
その上、距離に応じて更に威力が目に見えて減衰していく。的に辿り着いた時にはそれを僅かに揺らす程度の威力しか残っていない。これを実践的に運用すると言うのは無理があるだろう。
「魔力量が特別少ないわけじゃ無い……、身体強化は普通に出来るのよね?」
「ああ」
「……今から言う部位だけを強化してみて」
「ん? わかった」
「右手」
ロロの右手にすぐさま魔力が行き渡る。ソラはそれを自身の目ではっきりと確認する。
「左足」
体内の魔力がソラの発した言葉を理解するとほぼ同時に目にもとまらぬ速さで移動する。
「……左手、右手、右足、腹部、右のつまさき―――――」
「わ、わ、わ!」
ソラが次々と身体中の様々な部位を述べて行くとロロはそれに必死で食らい付くように体内の魔力を移動させていく。おおよそ一分、そんな時間が続いた。
「上腕二頭筋! こめかみ!」
「じょ、じょうわん? こめかみ?」
もはや最後には細かすぎてロロがぱっとどの部位か判断出来なくなったことでとうとう追い付くことが出来なくなる。逆に言えばすぐに理解できる部位ならば魔力の移動が追い付いていたという事でもあるが。
「ソラさん、こめかみってどこだっけ?」
ロロの問いはソラの耳には入っていないようだった。彼女はじっとロロを見つめて何事かを考え込んでいるようだ。手持無沙汰なロロは身体を揺らしてみたり頬を掻いてみたり吊り下げられた自身の左腕の包帯を軽く引っ張って見たりしている。
「難しいわね」
そして、ソラが不意に発した言葉がそれだ。
「難しい?」
「あなたは自分の身体の中を流れる魔力を扱うことに関しては上手い方だと思うわ」
「そうなのか?」
「ええ、さっき試してわかったけど、あの早さで次々と魔力を動かすのはかなり難易度が高いのよ。身体強化に関しては強度はともかく練度の面では三等星でも通じると思う」
強化部位を即座に変えると言うのは比較的難度の高い技術だ。それを平然とこなせるのはロロの確かな実力の現れと言えるだろう。
しかし。
「でも魔力が自分の身体から離れた途端一気に制御を失っている。それは自分でも自覚があるんじゃない?」
「まあ、なぁ……」
ロロは思わず頭を掻いた。彼自身、そういう自覚はあった。遠方へ魔力の塊を飛ばそうにも、自分の身体から離れた魔力を維持すると言う事がどうにも彼には理解し難く感覚的に全く掴めないのだ。
「努力次第で改善は出来ると思う。例えば」
ソラは自身の指先に光を灯す。
「あ、それこの前ハクハクハクに教えてもらったぜ。ほら」
それを見てロロも同じように指先に光を灯した。その光は少しばかり不安定で輪郭が揺らいでいたがソラはそれについては何も言わない。
「じゃあその光を徐々に高く上げてみて」
ソラの指先から徐々に光が高く上がって行く。胸の前にある指から離れ顔の高さ、更にそれを超えて頭上に輝き、それでも止まることは無く空へ向かってどこまでも上がって行く、
「……よぉし」
ロロは気合を入れたかと思うと自身の胸の前に構えた指先の光を睨み付ける。それはしばらくの間、指先で不安定に揺れているだけだった。しかし時間と共に動きが見える。徐々に、徐々にその光は高く上がって行き。
彼の顎先で弾けた。
「……難しいな」
「今のあなたにはそうでしょうね。でもこの練習を続ければ多少はましになるはずよ。頭の高さを楽に超えられるようになれば風弾で的を倒すぐらいは楽に出来るでしょうね」
「そうなったらすごい進歩だな。よーし、やるぞ!」
「でもあなたにこれは向いてないわ」
やる気になったロロに水を差すようにソラが言う。ロロは思わず手を止めて彼女の方を見た。
「人には向き不向きがあるのはわかるでしょ? あなたにこの手の魔法は向いてない。練習自体は無駄にはならないだろうから続けるべきだと思うけど」
「……えっと。じゃあ練習を続ける?」
「いえ、それは毎日寝る前なんかに十分ぐらいやると良いわ。毎日の習慣にすれば徐々に確実に上達するから」
「そうなのか、じゃあそうしよ」
ロロは素直に彼女の言う事を聞き入れる。しかしその裏には確かな不安が、今までも考えていたが魔法に詳しいソラにまでこのように自身の下手さを認められた結果より色濃くなった不安が首をもたげている。
「……やっぱり俺って魔法は諦めた方が良いのかな?」
ロロは自身に魔法の才が無い事ぐらいはとっくにわかっていた。瑞葉のように様々な魔法を使えることも無く、ハクハクハクのように強力な魔法が使えるわけでも無い。だからと言って自分に価値が無いとまでは思わないが、どうしても二人に対し劣等感のようなものを覚え始めていることも事実だった。
それが今回ソラに魔法を習おうとした主な理由では無いが、心の片隅にもそれが無いなどとは決して言う事は出来なかっただろう。
ただし。
「私はそんなことは言ってない」
ソラはすぐさまきっぱりと否定した。魔法を諦める必要など無いのだと。
「誰もが全ての魔法を使えるわけじゃない。私にだって得意不得意は存在する」
「そうなのか?」
「当たり前でしょ。何でも出来るなら今頃三等星、いや二等星にもなれてるかもね」
実際の所ソラが三等星になれない主な理由は実績不足という点が大きい為、今の発言は若干的外れではある。彼女は自身が気に入った依頼が無ければ基本的には魔法の訓練を優先する為に依頼をこなすと言う実績が足りていない。とはいえ今回の件で多少の実績が上がっておりそう遠くない時期に三等星への昇格が決まる可能性はあるが。
そんな話は置いておいて、急にソラの周囲に風が吹き始めていた。
「風?」
「あなたはさっきから言っているように身体から魔力が離れると途端に制御を失ってしまう。これはもうわかったでしょ?」
「それとこれは何の関係が?」
「逆に身体から離さずに使う分にはかなり高い制御技術を持っている」
「えっと?」
「だからこんな風に身体に纏う様に魔法を使う分には問題ないんじゃないかしら?」
ソラの周囲の気流は彼女の身体の表面を撫でるように回り続けている。地面から舞い上がった砂が彼女の周囲をぐるぐると回っているのを見ればそれが分かるだろう。
「……要するに、えっと」
ロロは地面に絵を描き始めた。そこには人とそれを覆う何か、そして同じく人とそこから少し離れた位置にある円が描かれている。
「こんな風に魔力を自分から離すんじゃなくて自分の身体を覆って……、その中で魔法を使う?」
「たぶんその理解で合ってるわ。自分の魔力が自分の身体の中だけを流れているわけじゃないでしょ?」
「服とか覆ってるしな」
「その延長線上の技術ね。今の私はもう少し大きく魔力で覆ってその中に気流を起こしている」
「成程……、それって意味あるのか?」
「この程度の風じゃあんまり意味無いけど、風である必要も無いでしょ。例えば雷の魔法を使えば近付くだけで相手を痺れさせる事も出来るわ」
「おお……、俺雷は使えないな」
「要は考え方次第で色々できるって事。私以外にも話を聞いてみるのも良いわね。私は魔物を遠距離から仕留めるのに特化した戦法を使ってるから近くで戦うなんて考えたことも無いわ。要するに専門外って事」
ソラは自身が魔法に傾倒し始めた理由故に自分から生きている魔物に近付こうとはしない。可能な限り遠距離から仕留める手段を模索し、不可能であればそもそも手を出さず罠を張るなどするだろう。故にロロに対して戦闘方法にまで口出しすることまでは出来ないししようとも思わない。
「はっきり言えばあなたの場合は離れた位置の魔法制御を身に付けるよりはそういう自分の身体の範囲で強い魔法を身に付けた方が上達は早いと思う。そういう意味でなら中々に得難い才を持っているとも思うわ」
「……そうなのか」
ロロは自身の魔法技術を褒められたのは初めてだった。或いは単に外に向けて魔法を放つよりはまし、程度の意味だったのかもしれないがそれでも彼が本来の調子を取り戻すには十分な事だ。
「じゃあさ、俺、教えて欲しい魔法があるんだよ」
だから彼は本来の目的を果たすべくそんなお願いをする。
「あら、どんな魔法かしら? 大抵の魔法は使えるつもりだけど」
そらは当然二つ返事で了承した。魔法狂いの彼女が魔法を教えて欲しいという願いを断ることは無いだろう。
「身体を治す魔法なんだけど」
ただその頼みはどうやら想定外だったようでソラが思わず眉間に皺を寄せた。
「……それは治療系の魔法がどういう扱いかわかって言ってる?」
「え? なんか駄目なのか?」
「……知らないのね。まあ安心なさい、別にそれが悪い事ってわけじゃないから」
「そうなのか」
ソラは少し頭を悩ませる。彼にどういった説明をすべきかを。
人の身体を治療する魔法は多くの魔法使いに研究され、しかしそれが成果として現れたことは無い。それが事が出来る者も存在するが、一般化するには程遠くその者だけが使用できる魔法でしかないのだ。
ソラも当然この難題に取り組んだ経験がある。様々な有識者から話を聞いて来たし、翼獣の町では実際に自らの身体を治療できるというマイスにも話を聞いたのだが、残念ながらその成果は今のところ何も上がっていない。彼女の人目に触れぬ肌にある自ら付けた切り傷はその証明とも言えるだろう。
魔力は人の身体の内より出づるものでありながら人の身体に寄与することこそ最も難しい、と言うのはある種の哲学のようであるがその難題が解消される日は今後も来ないのだろう。
「……腕の骨が、どんな風に折れているかはわかる?」
故に、ソラは変に考えるのを止めた。理屈立てて研究する研究者には使えず、それをただ出来るから出来る、とだけ言う者が使えるのならば余計な情報を与えるのはそれを覚える妨げになるのかもしれない、ふとそんな風に思ったのだ。
「どんな風に? ……どうだろう、中が見れたらいいんだけどなぁ……」
「例えば魔力を流してみたら? 骨の形が分かったりしないかしら」
「うーん?」
ロロは自身の腕に魔力を流す、が、首を傾げるばかりだ。
「例えば人差し指に魔力を流して」
「流して?」
「その指を触ってみれば外の肉の部分と中の骨の部分の境目がなんとなくわかるわよね」
「ああ、まあ、なんとなく?」
「それで骨の部分にだけ絞って魔力を流す」
「……うーん?」
ロロは自身の指をこねくり回しながら魔力の流し方を試行錯誤している。ソラは少々難しいことを言ったか、と別の手段を考え始めていたが。
「あ」
「え?」
不意に何かを掴んだのか。
「出来たかも」
ふとした瞬間にロロは指の骨だけに魔力を流すことに成功していた。
「……勘が良いわね。だったらそのまま骨を伝って他の指の骨に魔力を移せる?」
「えっと……」
ソラの魔力視はロロの魔力の動きをはっきりと捉えている。それは彼の身体の中、おそらくは骨のみを通って指と指の行き来していた。
「こんな感じか?」
「そのまま腕の方へ」
「ん、んー? あ、こうか……、えっと、これは? んー……」
しばらくの間、ロロは唸り続ける。しかし悩み、戸惑いながらも確かに彼の魔力は動き続けている。徐々に徐々にそれは彼自身の身体の内側を、骨がどのようになっているのかを鮮明に浮かび上がらせていく。
「……なんとなくわかったかも。たぶんここが折れてると思う」
「……そう。まあ私には言われても分からないけど」
「こっからどうするんだ?」
「それはまあ、骨が折れてるんでしょ?」
「うん」
「魔力で骨をくっつけるのよ」
「なるほど! ……なるほど?」
急に雑になった説明に思わずロロも首を傾げる。しかしソラにもそれ以上は言いようが無いのだ。彼女が読んだ本や聞いた話では治療の魔法とは傷を治そうと思って魔力を集中したら治る、という本人たちの証言が得られている。
ならばそれに従ってみようと言うのが彼女の今回の方針だ。理屈や理論はすっ飛ばしてそれで出来るのかを試してみるのだ。
「えっと?」
「大丈夫よ、自分を信じて」
「……わかった!」
そしてロロはそれを自分への期待の表れと都合よく受け取ったらしい。扱いやすくて助かるなどとソラが思っていることなど知らず、ロロは自身の骨をどうにかくっつけようと魔力を流した。
「骨をくっつける、くっつける……、くっつけるかぁ……」
流石に難しいか、とソラはもはや成功するなどとは微塵も思っていないようで帰ってから何をするかを考え始めている。折角だから久しぶりに治療の魔法について新しい文献でも無いか探しに行くのも悪くない、なんて考えている。
「……うーん」
「難しいかしら」
「ちょっとすぐってのは無理かも」
「まあ新しい魔法を覚えるなんて一朝一夕で出来るものじゃないわ」
「ソラさんでもそうなのか?」
「私が新しい魔法を覚える時は大抵幾つもの文献を読み漁ってそれを自分なりに解釈してまとめて、それからひたすら練習ね。実戦で使えるようになるまで何か月もかかった魔法だってあるわ」
「そっか、じゃあ俺も毎日練習しないとな」
「もし出来るようになったら教えてね」
「もちろん!」
それからソラはロロの頼みで魔法制御の練習法について幾つか解説し丁度昼時となったところでお開きとなる。
「ソラさんもお昼食べるだろ? 俺が払うぜ」
「お礼のつもり? でも気にしなくていいわ。私は魔法にもっと本気で取り組む人が一人でも増えてくれたら嬉しいの。今日はその手伝いをしただけよ」
「えー、でもせっかくだからさぁ。ソラさんが普段どんな風に魔法を覚えてるのかとかもっと聞いてみたいし」
ロロは興味津々といった様子で目を輝かせている。彼女は社交辞令でそんな言葉を投げる者は今までに何度も見て来たものだが、本心からその言葉を告げる者を見たのは初めてだった。
「……しょうがないわね」
彼女にとって魔法に興味をそこまで持ってくれているというのは悪い気がせず、今日の予定は全て取り消してひとまずはロロに魔法の素晴らしさを語ることにしたのだった。
太陽が頂点を過ぎて少し傾きを見せた頃、二人の年若い冒険者が志吹の宿へ戻って来る。瑞葉と墓ハクハクだ。彼女らは依頼を終えて帰りにお菓子を一つまみし、依頼の報告へと戻って来たわけだ。
瑞葉が報告書を持って受付へと向かう。
「崎藤さん、依頼終わりました」
「はいはい。確認しますよ。……うん、問題ないね」
簡易な報告書を読み終えると足元からお金の入った袋を取り出す。
「じゃあこれが報酬ね。またよろしく」
「はい、ありがとうございます」
お金のやり取りを終えると瑞葉は振り返り、そこでようやくハクハクハクが固まっている事に気が付く。
「……ハク?」
呼びかけても返事は無く、彼女の視線はある方向に向いて固まっている。その視線の先にあったのは。
「ロロ、と、ソラさん?」
楽し気に会話をしている二人の姿だ。ロロは目を輝かせてソラの話を聞き、ソラの方もその反応が面白いのか話に熱が入る。ロロは反応が大きいから話していて面白いのである意味では聞き上手なのかもしれない、などとぼんやり瑞葉は思った。
それからふと、なぜ二人が同席しているのかを不審に思う。あの二人は仲が良かっただろうか?
「……うーん?」
瑞葉にとって二人は決して仲が良かった印象は無い。寧ろソラにとってのロロとは触れられたくない過去に無造作に触れた相手であり悪印象だと思っていたのだ。
それが何か楽しそうに話をしているというのは見ていて不思議な光景である。
「ハク、行こうか」
「……う、うん」
まあいいか、と大して深く考えることも無く瑞葉は二人の方へ一歩を踏み出し、すぐに歩みを止める。ハクハクハクが付いて来る気配が無いからだ。
「どうかしたの?」
「……お、お邪魔、かな、って」
瑞葉にはその言葉の意味が分からなかったようだ。ただ沈んで行くハクハクハクの表情と今の状況からなぜそんな言葉が出て来たのかを推測すると、一つの結論が浮かぶ。
「……ロロがソラさんの事を、好きじゃないかって?」
だから他の人に聞こえないように小声でそう尋ねた。それに対してハクハクハクは小さく頷く。
瑞葉は全くその想像がつかなかった。ロロがソラの事を、というのは彼女にとってあまりに突飛な考えに思えたからだろう。
「ソラさんって、綺麗だから、その、みんな好きになる、かな、って」
客観的な評価として、ソラの見た目は間違いなく美人に位置するだろう。そしてその見た目は間違いなく人を惹き付ける。ザガ十一次元鳳凰のツバサも彼女の事を好いているし、その他にも彼女を狙っていた者は中々に多い。
ただし、彼女は中身に少々の、或いは多くの問題があるのでほとんどの者にとっては遠くから見て目の保養にするのが一番という結論が出ている。彼女の魔法狂いという中身を知って猶も好いているのは現状ではツバサぐらいのものだろう。
それはそれとして、ロロがその見た目に惹かれてソラを好きになり彼女と同席して話をしている可能性は二人から見れば全く無いとは言い切れないのかもしれない。
「……考え過ぎだよ。行こう」
しかし瑞葉はそれをばっさりと否定してハクハクハクを引っ張ってロロの方へ。その姿に気付いたロロは二人に手を挙げる。
「おー、依頼は終わったのか?」
「ハクがいたからすぐだったよ。ソラさんこんにちは」
「……ええ、こんにちは」
瑞葉は今の今まで忘れていたのだが、よくよく考えればソラとは翼獣の町で思い切り喧嘩になった相手なのである。睨むように見据えられてようやくそれを思い出し、ロロよりも自分の方がずっと気まずい相手だったと視線を逸らす。
「今な、ソラさんに魔法の練習法とか教えてもらってたんだ」
それ故にロロが喋り出してくれた時には助かった、と息をつく思いだったようだ。
「魔法の? ロロが? 珍しい」
「腕がこんなだからさ、この機会に俺も魔法が上手く使えるようになろうと思って」
「まあ外を走り回られるよりはいいかもね」
そんなこんなで瑞葉、ハクハクハクも交えて四人で魔法の談義が始まる。幸いにも魔法について話してさえいればソラの機嫌は良く二人にとってもなかなか為になる話で聞いていて面白いようだ。
時は夕暮れ、ソラと別れ三人は家へ帰ることに。
「私、ちょっと買う物があるから、その、途中まで一緒に行く、よ」
ハクハクハクは緊張気味になりながらそんなことを言った。実際に買いたい物があるのは事実だったようだが、それと同時にもう少し二人と、或いはロロと一緒に居たい気持ちもあるのだろう。
ソラと話をしているロロを見て焦りのような気持ちも出て来ているようだ。瑞葉はハクハクハクのそんな気持ちを想像して笑みを浮かべる。ロロが誰かの事を好きになると言うのはあまり考えられないと思ったのだ。逆に言えばそれはハクハクハクの事を好きになるかもわからないという事だが、その辺りに付いては一旦考えるのを止めた。
ロロは大抵の人と簡単に仲良くなる。その中に男女差は感じられずただ誰とでも仲良くなるのだ。それは心の隙間に入り込むのが上手いと言うよりはただ図々しいだけなのになぜか上手く行っているだけのようにも思うが、それはそれとしてその先の恋愛感情なるものをロロが持っているのかは疑問視していた。
瑞葉はそこまで考えてそれは自分自身がそうだから誰もがそうだと思っているだけかもしれないと気が付く。ハクハクハクがそうだという事も言われるまで気が付かなかったのだ、ロロがそうでないとなぜ言えるのだろう。
「むぅ……」
「瑞葉ちゃん、どうかした?」
「ああ、気にしないでちょっと考え事」
そんなことをしている内に街の端、少し先には農場へと続く道が見えている。道を少し進めば丙族立ち入り禁止の看板も設置されておりハクハクハクが来れるのはここまでだ。
「じゃあね、ハク」
「また明日な」
「うん、また明日」
三人は互いに手を振る。
その向こうで走り去る人影が。
「ん?」
その足音に思わず振り向き、三人はその姿を見る。瞬間、瑞葉の顔が青褪める。
「……お母さん?」
走り去る母親の姿を彼女はどうしようもない事が起きたかのようにただ見ていた。




