63.久しぶりショウリュウの都
山河カンショウの国、ショウリュウの都。数日ほど翼獣の町で身体を休めたロロ達はこの日、ようやく彼らの住む地へ帰って来た。
「なんか随分久しぶりだ……」
「実際出てから一か月ぐらい経ったからね」
そもそも本来の予定では楼山の都でイワムシ及びトリデノオヤド討伐を終えればそのまま帰って来る予定だった。それが翼獣の町まで足を延ばし、更にそこで急遽クビナシトラの討伐をし結果大怪我を負ったロロの治療で数日間の足止め。
十日ほどで帰る予定が結果的に倍以上の日程になっている。
「本当はもう少し向こうで休んでも良かったんだけどね」
そう言って瑞葉はロロの腕を見る。彼の腕は当然ながら治ってなどいない。おそらく二か月ほどかかるだろうというのが医者やミザロの見立てだ。
「もう寝てるのは飽きたしいいだろ。本当に他の所はもう何ともないんだから!」
腕以外は打身や擦り傷で済んでいたのだろう、彼はもう腕以外には違和感も感じていない。それでも瑞葉はずっと心配していてこの帰りの道中も何かにつけてロロの事を気にしていたものだ。
「安川さんとソラさんに感謝しときなさいよ。二人のおかげで帰り道に魔物や獣に遭わずに済んだんだから」
「二人共ありがとうございます!」
「気にするな、当然のことだ」
「そうね。これに関しては安川さんと全く同意見よ」
流石に二人共まさか怪我人を戦わせるわけにはいかないし、ましてやロロならばこんな状態でも真っ先に飛び出しそうと見てかなり慎重に魔物のいない道を選んで案内していた。どうにもならなそうな場所ではミザロを先行させて倒させるなど、気分は護衛依頼でもやっているようだったという。
「ま、何はともあれ戻って来たんだ。とりあえず志吹の宿に行こう」
「おー!」
こうして彼らは一か月ぶりの都へ足を踏み入れる。
一か月と言うのは長いようで短い。その間に起こる変化は微々たるものだ。例えば季節の商品の品揃えが少し変わっていたり、人々の服装が少し涼し気なものになっていたり、日除けの下で駄弁っている人が増えたり。そんな程度のものだ。
一行は確かに少し暑くなってきたと実感しながら宿へ向かう。折角だし冷たい飲み物でも貰おうと話し、ついでに小腹も空いたし軽食もなどと予定を話している。偶に知り合いに挨拶を交わしながら彼らは進む。
さあ、懐かしき志吹の宿へ。
中へ入った瞬間、彼らは、つまり、ミザロの傍にいる者達は急に何度か気温が下がったのではないかと錯覚したという。
「いらっしゃいませー!」
皆が食事をとっている卓の間から元気な声で出迎えの挨拶、それをしたのは研修中の札を胸元に付けた従業員だ。歳は二十台前半ぐらいの女性で、左右で結んだ長い髪の毛が印象に残るだろう。元気で人懐こい様子の彼女は駄弁っている冒険者たちに愛想を振りまきながら飲み物や食事を運んでいる。やたら客が多く盛況なのは或いは彼女を目当てにした男共がいるからだろうか。実際疑いようも無く彼女の容姿は可愛らしく、具体的な言及は控えるが身体的にも魅力に溢れていると言えるだろう。
そんな彼女の方をじっと見つめてその場に立っているミザロ、がなぜだか恐ろしくてロロ達は彼女の表情を見ることも出来ずただ同じように立ち止まっていた。
「あー、ミザロちゃん! やっと帰って来たんだ。お帰り」
そしてようやく奥から出て来た宿の主人崎藤は普段通りにそんな風に彼女に声を掛けたが。
「……えっと、もしかして……、怒ってる?」
直後にその様子を見て冷や汗がどっ、と流れ出るのを感じたという。
「崎藤さん、彼女は?」
「え、あ、ああ! えっとね、彼女はその、二週間前に雇った子で、キララちゃんって言うんだけど。宿の業務をやってもらってるんだよね」
「そうですか……、あの子を、雇ったんですね」
「い、いや、ね? そろそろ僕らも人手が足りないなって思ってたし……」
「私がやるので大丈夫だと言ったはずですが」
「でもミザロちゃん一か月も空けてたから色々と手が回らなくなって来てね……。そしたらザガが従業員を雇うべきだって……。帰ってくるまでに仕事を仕込めばミザロちゃんも納得するだろうからって……」
色々と言い訳を並べているがミザロの視線は厳しい。崎藤はしどろもどろで言葉を続けるも彼女の様子にすぐに黙り込んでしまう。
「……えっと、怒ってる?」
ついにはそんな聞くまでも無いことを聞いてしまったが。
「……いえ、なぜ私が?」
返って来たのは誰もが考える間を必要とすることも無く嘘と看破できる言葉だった。
依頼の報告はミザロに任せて、というか今のあの二人の間に入って行く事など恐ろしいので、ロロ達は一旦逃げるようにラウンジへ。なんとか空いている席についた彼らはどうしたって受付の方、ミザロと崎藤の様子を気にしている。
「ミザロ姉めっちゃ怒ってたな」
「凄かったね」
「そんなに勝手に人を雇われたの嫌だったのか?」
ロロや瑞葉はなぜ彼女が怒っているのか理解できないようで首を捻る。
実際、崎藤の行動は宿の主人としても冒険者の拠点の主人としても当然と言っていい程度のものだ。普段はミザロがその圧倒的な能力で多くの仕事を片付けているから運営が可能となっているがこれまでの崎藤、ミザロ、ヤヤの三人しかいない状態がおかしかったのだ。
寧ろキララは新人としては仕事が出来る方であり、経営者としての人を見る目はあったと褒めても良いぐらいだろう。実務上の話をするなら怒る理由など無いのだが。
「何だお前ら、なんでああなってるのかわからないのか?」
しかし安川はそうなるのも当然だと言わんばかりの態度。
「わかるんですか?」
「お前ら鈍いな、あれは」
声を潜めてその先を口に出そうとした瞬間、安川は背後からとてつもない圧力を感じた。恐る恐る振り返るとミザロが凄まじい形相で睨みを利かせている。
「……いや、やっぱり自分で考えてみることだな」
そして彼はそれ以上を口にすることを諦めた。
「えー、教えてくれよ」
「嫌だ、俺は命が惜しい」
ミザロであれば実際に殺しはしなくとも彼女の依頼に同行させられるという恐ろしい刑罰を受ける可能性はある。牛鬼曰く、死にはしないが自身の能力を限界までこき使われるらしく終わった後は丸一日横になって寝ていたという話もあるのでこれ以上彼女を怒らせることは出来ない。
「……あの」
そんな中で安川にだけ聞こえるようハクハクハクが声を上げると視線と身振り手振りで尋ねる。安川はそれに対して小さく頷いた。
この場でミザロの怒りの理由をわかっているのは安川とハクハクハク、分かっていないのがロロと瑞葉。そして。
「そろそろ何か頼みましょう。かなり魔力も消費しましたしお腹が空きました」
そもそも興味が無いのがソラだ。彼女は道中にダウジングの魔法などを使い続けていたせいでもうくたくたらしく、大して興味の無い人間関係に首を突っ込む気など皆無らしい。
「それもそうだな。早く食べようぜ。おーい」
「はーい、少々お待ちくださーい!」
ロロが声を掛けると新人従業員キララははきはきとした声で返事をする。そして中々に機敏な動きで目の前の作業を終わらせると一行の元へ。
「お待たせしましたー! ご注文ですか?」
今の間に決めておいた注文を伝えると彼女はすらすらと手元の用紙に書き取り不備なくそれをヤヤに伝える。彼女は食堂の従業員としては仕事ができて愛想もあり周囲に元気を振りまく優秀な存在だ。
「まだ二週間って言ってたっけ?」
「キララさんでしょ? さっき崎藤さんがそう言ってたね」
「仕事完璧に覚えてるって感じだったな」
「ここの仕事だったら他の食堂でも似たような事するだろうしそこの経験じゃない?」
「なるほど」
ロロ達の感想は至極真っ当なものであるし、寧ろ宿としては今までには無かった華のようなものが加わって良い事尽くめだろう。元々ミザロが看板娘のような存在ではあったが彼女は少々堅すぎて、何なら若干の威圧感すら与える事があったほどだ。有名人であるし美人ではあるのだが、宿に来て癒されたいと思う人々にとっては若干敬遠される理由にもなっていた。キララはこれまで足りていなかった物を確実に埋めてくれている。
「繁盛してるな、ヤヤさんも大変そうだ」
繁盛するせいで普段よりも料理が運ばれて来るのが遅い点だけはどうにもならないようだが。
「普段なら宿で食事をとらないような奴までいるぞ」
「そうなのか?」
「あの奥の奴らとかは贔屓にしてる店があるから普段はそっちで食ってるはずだ」
「へー」
彼らは少々女癖の悪い事で有名な冒険者であり、普段は可愛い子のいる酒場にたむろしているのだが今日はどうやらキララを目当てにここにいるらしい。彼女は時折彼らに呼ばれては色々と質問攻めにあいながら飲み物を注いだり皿を片付けている。
「……ただまあ、あの子はあいつらには興味無いみたいだがな」
「何でわかるんだ?」
安川は自身の耳を指差す。
「あ、聞こえるのか」
他の者には周囲の喧騒の中で離れた席の会話など聞こえもしないが安川にはそのぐらいの音を拾うのはわけもない。
「軽くあしらってたな。見た目と違って身持ちは堅いらしい」
「……そんなにあの人って軽そうですか?」
「……勝手なイメージだからそこは突っ込まんでくれ」
そんな会話をしているとようやく食事が運ばれて来る。次々と料理が置かれる中で話しかけたのはキララの方からだった。
「皆さんはミザロさんと一緒に依頼に行かれてたんですか?」
尋ねるのはミザロの事。考えてみれば志吹の宿にミザロが勤めている事は周知の事実、しかし彼女は勤め始めてから未だに会ってもいない。どのような人物なのか気になるのは当然とも言えるだろう。
「依頼……、も、行ってたぜ!」
「も?」
「えっと、元々楼山の都に依頼で行ってたんですけど、その後にミザロさんについて虎狼ホンソウの翼獣の町って所に行ってたんです」
「えー! 虎狼ホンソウの国まで行ってたんですか? 凄いですね!」
「おーい、ちょっとこっち来てくれ!」
「あ、はーい! せっかくなので後で手が空いたらお話聞かせて貰っても良いですか?」
「もちろん!」
「ありがとうございます!」
キララは軽く会釈すると他の客の方へ向かって行く。
「明るくて話しやすい人だな」
「そうね」
思わず二人は他の客の相手をしているキララを見ていたのだが。
「……お前らのんびりしてていいのか?」
安川の台詞に振り返り。
「え……、あ!」
思わず声を上げた。
ロロと瑞葉がキララに気を取られている内に運ばれて来た料理がどんどん無くなっている。安川とソラは既に自分たちの分を確保しているがそれ以外はハクハクハクが黙々と食べ進めているのだ。彼女は基本的に遠慮しながら食事をするが今日は気心の知れた相手ゆえか遠慮などない。
「だ、だいじょう、ぶ。無くなったらまた、頼む、から」
「いや私たちもお腹空いてるから」
「その肉は俺のだ!」
楽しいひと時が過ぎて行く。
一時間ほどが過ぎただろうか。段々と周囲の人も減って行き静かになって行く宿の中。片付けられていく食器、綺麗に拭かれる机、椅子は納められ軽く床の掃除も行われ。
「ようやく一段落つきました」
キララがロロ達の所へやって来る。彼女は皆に飲み物を配ると隣から椅子を持って来て座る。
「すみません、遅くなっちゃって」
「全然! 俺達も色々話してたしまだ食ってるし」
爪長鳥の唐揚げを食べながらハクハクハクが軽く会釈する。他の者はもうお腹いっぱいのようだが彼女だけはまだまだ食べようと思えば食べられるらしい。
「おぉ、よく食べる子がいるとは聞いていましたけれどここまでとは……」
料理を運んで来たキララにはこの卓にどれだけ運んだかぐらいは覚えている。どう考えても五人分にしては多過ぎるとは思っていたようだが、実際に空になった皿の数を見て驚きを隠せないようだ。そしてそれだけ食べてもまだ余裕そうに食べている小さな少女にはもう何も言う事は無いというものだ。
「……ま、まあ、ヤヤさんの料理は美味しいですからね。暖かくなってきましたし少し早いですが夏野菜を使った料理も段々と出て来たんですよ」
「そっか、もうそんな時期だよな。帰ったら手伝いしなきゃなぁ」
「あんたはまず腕を治しなさい」
「ちぇー」
そんな世間話から入り会話は段々と彼らが行った楼山の都でのイワムシ・トリデノオヤドの討伐の話やそこから虎狼ホンソウの翼獣の町での出来事へと移り変わって行く。
「こうクビナシトラが、ドンッ! って。それで吹っ飛ばされたんだよ」
「よく無事でいられましたね……」
「大怪我してるけどね」
「後で聞いたが相当遠くまで吹っ飛ばされたんだってな。よく生きてたもんだ」
「やっぱり魔物に近付いて戦おうだなんて下策よ。キララさんも冒険者になるなら魔法の腕を磨く事をお勧めするわ」
「あはは、今のところその予定はありませんけどその時はぜひ教えを乞わせて頂きますよ」
ソラの熱い勧誘をキララは愛想笑いと共にそれとなく断る。中々彼女は聞き上手でありかつ処世術にも長けているようで次々と皆から話を引き出して行く。
その中で不意に一つの質問を投げかけた。
「そう言えばミザロさんはその時は何をやってらしたんですか? 一緒にいたのですよね」
「前線にいたんじゃないか?」
安川がロロに視線を投げかける。
「後ろにいたのは見たけどあんまり前には出てなかったな」
「あ、えっと、一回上にも、来て。でもすぐに降りた、よ?」
「……ああ、そうだ。砦が襲われた時に敵の場所に当たりを付けたからそっちに向かったとかなんとか」
「敵の場所?」
「砂嵐を操るクビナシトラの変種。要は敵のボスだな」
「お一人で向かわれたんですか?」
「そうらしい。ま、あれに俺達が付いて行けるかって言うと無理だしな」
安川の言葉にはロロですら思わず頷いてしまう。
「やっぱりミザロさん……、二等星って言うのはそれほどに?」
「戦ってる所を見たことがあるのは数人だが、一緒にやるなんてとんでもない」
「ミザロ姉や竜神さんと前に模擬戦? ってやつやったけど。あ、その時は虎イガーの人たちと一緒で」
「あ、虎太郎さんや呉忍さんがいる四人組の」
「そうそう。だから七人がかりでやったんだけど手も足も出なかったよな」
「竜神さんは手加減してくれたからまだ勝負っぽい形になったけどミザロさん相手は何も出来なかったね」
「虎イガーの皆さんは四等星でしたが筋は良いと聞いていますよ。ですが手も足も出ないと」
「めっちゃ凄いんだぜ!」
そこから如何にミザロや竜神が凄いのかをロロが語り出す。負けた事は悔しいのだろうがそれ以上に彼女らの魔法や動きがどれだけ凄くて目標となっているのかを彼は目を輝かせて語ったのだ。
「す、凄いですね……」
その圧には若干キララも気圧されているほどだ。放っておけばいつまでも語っていそうな物だったが。
「やっぱりそんな凄い人となると普段から厳しいので?」
彼女は一瞬の隙を突いて話題を転換させる。
「厳しいっけ?」
「どうだろ?」
「お前らには甘かったな」
「そうなんですか?」
「俺とソラは抽選の結果翼獣の町に付いて行く事になったが、こいつらはミザロ本人が決めたんだよ。こいつらは連れてくから残りは適当に決めろってな」
「おー、それは確かに甘いですね」
「ミザロちゃんは仕事に私情は持ち込まないけどそれ以外は基本的に好き勝手やってるからねぇ」
と、不意にかけられた声に皆が振り返る。そこには崎藤とその後ろは不満そうな表情を隠そうともしないミザロが立っている。彼女は敵視するような視線をキララに向けているがそれを口に出しまではしない。
「……露骨だな」
安川が小声でハクハクハクにそう耳打ちすると一瞬だけその視線が彼の方を向く。たまらず安川は視線を逸らして両手を上げた。瑞葉はなぜミザロがキララを敵視しているのか考えているがいまいちわからない様子だ。何せ彼女から見たキララは明るくて優秀な従業員であり嫌いになる要素など無さそうだ。
そこでふと気付く。ミザロはそもそも働きぶりを見る前からそんな感じだったと。
「んー?」
そもそも戻って来てから二人が話していたことを思い返すと誰かを雇った事が問題だったようにも思える。しかし実際に宿の仕事をたった二人でこなすのが難しいのはミザロも分かっているだろう。いくら何でも怒る程の事ではないように思えるが。
残念ながら結論は出ないまま、その内に崎藤が話し始めたので瑞葉は一旦考えるのを止めることにした。
「えっと、こちらはキララちゃん。二週間前に雇い入れて、今はこっちのヤヤさんの手伝いや掃除なんかをやってもらってるよ」
「初めまして、ミザロ先輩! 精一杯頑張りますのでこれからよろしくお願いします!」
笑顔で手を差し出すキララに対してミザロは数秒の間を置いて握り返す。
「……ミザロよ」
「……し、知ってると思うけどミザロちゃんは二等星の冒険者で偶に依頼をこなしながらうちの仕事を手伝ってるんだ」
「もちろん知ってますよ! お会いするのは初めてですけど新聞や人のうわさ話は色々と聞いてます! でもお写真で見るよりもずっと綺麗な方でびっくりしました」
「……そう、ありがとう」
お互いの凄まじい調子の差に思わず見ているだけで胃が痛くなりそうな会話だが、きらきらした目を向けるキララを見ていると流石に敵視するような目を向けていたミザロもあまり無下には出来ないらしい。
「ミザロ先輩はここに勤めて何年ぐらいなんですか?」
「……難しい質問ね。もう五年以上にはなるけれど冒険者もやりながら徐々に手伝い初めたから正確にいつというのはね」
「そうなんですか。宿の仕事が楽しくなって一線から身を引いてこっちの業務を主体にし出したんですか?」
「……まあそんなところよ」
「そういえば昔にこの近くでツルバネが出たのを倒したのもミザロ先輩ですよね!」
「そんなこともあったわね」
「実はあの時に村で―――」
段々とミザロも口数が増えて行き会話らしい会話になって行く。これはもう笑顔を一切崩すことなく次々と話題を出して行くキララを褒めるべきだろう。間違いなく彼女には人に好かれる才能がある。崎藤はその様子に安心したのか作業が残っているからと受付の方へ戻って行った。
そして十分に彼が離れたところでキララが不意に質問を投げかける。
「あ、そうだ。崎藤さんってどんな方ですか? 一応二週間ほど一緒にいましたけど先輩から見た感じも聞いてみたいです!」
その言葉はミザロの敵意と警戒心を再燃させる。
「……仕事をミスしてばかりの駄目な人ですよ」
「そうなんですか? 私が見た感じそうは見えませんでしたけど」
「あの歳にもなって結婚もできないような人ですから。キララさんはまだここに来て二週間ですので良い所を見せようと張り切っていたのかもしれませんね。それか見ていないところで取り繕っていたのかも。どうにしてもあなたが興味を持つべき人ではありませんよ」
若干感情的になるミザロの姿を見て瑞葉は首を傾げる。確かに普段からミザロは崎藤に厳しいがそこまできつく言わなくてもいいだろうと。
「えー、崎藤さん頑張ってるぜ? 良い所もあるって」
こればかりはロロの言う通りだろう。無論、様々な能力の高いミザロから見れば崎藤の頑張りなど微々たるものだと言われればそれまでだが、しかし仮にもこの志吹の宿と言う冒険者の拠点を任されているのだ。
「……興味?」
ふと、瑞葉は先のミザロの言い回しが気になった。興味を持つべき人ではないというのは妙な言い回しだ。単に駄目な人です、じゃいけなかったのだろうか? そう言ってしまうとまるで興味を持ってほしくないように聞こえる。
「……んー?」
その線で考え始めると瑞葉の中で段々と何かが繋がり出す。元々彼女は頭が悪いわけでは無いし察しが悪いわけでも無い。切っ掛け一つあれば当然その事にも気付くだろう。
……もしかしてミザロさんって崎藤さんの事を?
それに気が付くと色々な事が腑に落ちて行く。なぜ崎藤に手厳しいのか、なぜ今キララに対して敵意を剥き出しにしているのか、そもそも志吹の宿に勤め始めたのはまさか……。
「先輩」
「何ですか?」
キララはミザロに小声で耳打ちする。
「ご安心ください。私が狙ってるのはここに来る冒険者の方なので」
その言葉が瑞葉の耳に聞こえたわけでは無かったが、直後にミザロが顔を赤らめているのを見て。
「き、気付いて……」
「先輩、分かりやすいですから」
二人がそんなやり取りをしているのを見て確信する。ああもうこれはそう言う事なのだろう、と。
「私としてはもう少し素直になった方が良いと思いますよ? せっかく近くにいるのにそれじゃ進展のしようがありませんって」
更に顔を赤くしたミザロは何か文句の一つでも言おうとしていたようだが、これ以上ここにいても勝ち目が無いと判断したのだろう。踵を返し。
「……仕事がありますのでもう行きます」
この場を逃げ出した。彼女の後姿を見ながら。
「ミザロ先輩って可愛い方ですね」
にこにこと笑顔でそう言ったキララに瑞葉、ハクハクハク、安川の三人は恐れをなす。
「ミザロ姉が顔を赤くするなんて珍しいぜ。さっき何言ったんだ?」
「教えませんよ。先輩と二人だけの秘密です」
「ちぇー」
未だに何もわかっていないロロは拗ねて口を尖らせていたとか。
安川、ソラと別れてロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人が街中を歩く。帰る前に色々と買い物をするのだとか。
「お土産はあるけど他にも色々買っておきたいし」
そう言ったのは瑞葉である。翼獣の町や帰りに寄った楼山の都で選んだ土産だけでは足りないと言いたいのだろうか。実際は単に一か月も家を空けていたので顔を出して何を言われるかわからないのでそれを先延ばしにしたいだけだろう。
「ミザロ姉が手紙出してくれてるんだから大丈夫だろ。瑞葉は怪我もしてないんだしさっさと帰ろうぜ」
「うるさい」
ロロの説得も虚しく瑞葉はとある店先で菓子を物色し出す。やがてロロもこれ以上の説得は諦めた様で。
「俺達もなんか買って帰るか」
ハクハクハクにそう言って店の中に姿を消した。偶然だろうか或いはそういう時間帯なのかあまり客のいない店内、今この場では瑞葉とハクハクハクが二人きりである。
「瑞葉、ちゃん」
「ん? どしたの、ハク」
先ほどのミザロとキララの会話を聞いていた時から思っていたことが彼女にはある。ふとした拍子に自覚した想いがある。それは心に秘めたままでもいいし、いずれその当人に告げてみてもいいだろう。ただ、その前に瑞葉にだけは言っておかないといけないと彼女は思っていた。
「あ、あのね」
「うん」
いざ言おうと思った時、ハクハクハクはまるで焚火にでも当たっているかのように口の中が渇いて行くのを感じた。炎が、熱が、水分を奪い口が張り付いて声が出て来ないのだ。
「……ハク、顔赤いよ? 大丈夫?」
瑞葉が心配するほど顔を赤くするハクハクハク。彼女は思わず頬に手を当てて自身の顔がどれだけ熱くなっているのかを知る。ミザロがああも赤くなるのはこういう事なのか、とぼんやりと思う。
「実、はね」
「うん」
何を言おうとしているのか、もしかして体調が悪いのだろうか、或いはとんでもないことをしてしまったのか、どうしてロロがいない時を狙ったかのように言おうとしているのだろうか。瑞葉の中では様々な憶測が飛び交っているがその答えに辿り着くことは無い。
結局はハクハクハクの言葉を待つ他に無い。
そして今、ゆっくりとその言葉が告げられる。
「私、ロロ、の、事が、好きなの」
「……え?」
まるで時間が止まったように彼女らは微動だにしなかった。
夏が始まりこれから暑くなっていくだろう。久しぶりのショウリュウの都では今までと一味違った風が吹いている。




