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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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62.5.非日常への出発

 虎狼ホンソウの国、翼獣の町。クビナシトラとの戦いを終えた翌日、多くの者が翼獣の谷へ感謝の気持ちと共に肉を届けに向かっている時間。彼らとは別の方向へ向かう人影がある。

 ミザロと黒滝だ。

「確かに昨日手伝うとは言いましたけど、どこへ向かってて何をすればいいんで?」

 黒滝は朝になって突然ミザロに引っ張って来られただけで未だにその内容を聞いていない。ただ彼女の雰囲気からただならぬものは感じており無理に手伝いを断るつもりは無かった。

 向かっているのは昨日クビナシトラと戦った天衝岩の方角。しかしクビナシトラの生き残りがいないかを確認するという訳では無いだろう。全てを討伐出来たわけでは無いが元々仲間意識など希薄な彼らが危険な場所へ戻って来るとは考えづらい。

 では何をしに?

「……少し確認したいことがあります」

「確認ですか」

「そもそも昨日のクビナシトラの変種ですが突然現れたのは少々不自然と思いまして」

「まあ、これまでにあんなのがいるなんて報告は聞いてないですね」

 虎狼ホンソウの国において危険な魔物が現れれば付近の町村に報せが入る仕組みが出来ている。場合によっては彼らで大勢の冒険者を出し合ってそれらを討伐しに向かうこともあるようだ。砂嵐を操るクビナシトラなど現れれば当然報せは入る。それどころか大きな都から討伐の為だけに二等星以上の冒険者が派遣されてもおかしくは無いぐらいだ。

 しかし、そんな話は誰も聞いたことが無い。

「これが私の考え過ぎであれば問題ないのですが……」

「何か心当たりが?」

 ミザロは立ち止まり振り返る。

「ここからの話は他言無用ですが、よろしいですか?」

 黒滝はそれを聞いてどうやら想像以上に大きな話に巻き込まれようとしているのかもしれない、と勘付く。

「……俺は田舎でのんびりしてるのが好きなんだが」

「ご安心ください。あなたを積極的に巻き込みたいわけではありません。それに事態が最悪の方向へ転べば結局のんびりなど出来ませんよ」

 黒滝はそれを聞き諦めたように溜息をついて話の続きを促した。

「数か月前にショウリュウの都でとある事件がありました」

 俗にショウリュウ事変と呼ばれるその話は山河カンショウの国であればそれなりに聞いたことがあると言う者も多いのだが、流石に国を跨ぐとそうもいかない。ミザロは黒滝にざっとその内容を説明し、そして。

「その主犯格の一人が虎狼ホンソウの国へ逃げている可能性があります」

 一つの重大な事実を伝えた。

「……それは。いや、つまりあなたがここへ来たのは」

「彼女の確保について虎狼ホンソウの国へ協力を要請する為であり、それと別に彼女の能力故に警鐘を鳴らす為です」

 ミザロは楼山の都を通り翼獣の町へと来たわけだが、元々は虎狼ホンソウの国へ来るつもりは無かった。そもそも楼山の都へ向かった事自体が逃げた主犯格の一人、ハロハロと呼ばれる丙族が居た痕跡を見つけたからである。本来ならそこで決着を付けたかったところであるが更に調べが進んだ結果、彼女は虎狼ホンソウの国へ逃げた可能性が高いとわかったのであった。

 そして彼女は急遽こちらへ来ることになった、という訳である。

「彼女は特異な魔法を扱います」

「……どのような」

「人の悪意を増幅させる、とでも言うべきでしょうか……。精神に作用し人格すら変質させる魔法です」

「そんな魔法が……?」

 黒滝が驚くのも無理は無い。人の人格に作用する、そんな魔法があればと多くの者が想像はして来たがそれを実現したという記録はどこにも残っていないのだから。

「とある魔法の権威によれば不可能では無い、とのことですよ。そもそも不可能を可能にすることこそが魔法の本分では無いか、とも」

「理屈としてはそうなんでしょうけど……、信じがたい」

 そして黒滝は自身が魔法を専攻し学者程では無いにしろある程度は手広く学び実践して来たつもりである。その中で不可能に挑戦したことが無いわけでは無い。こんなことが出来れば便利だ、そんな単純な思いが魔法を発展させてきたことは確かだ。

 しかしそれが彼の中で実を結んだことは無かった。例えば怪我を治療する魔法を試したことはあるが、そもそも魔法でそれをどう実現すれば良いのかが分からない。例えば擦り傷をしたとしてその血管や表皮を魔法で生み出せば良いのだろうか? しかし魔法で質量のある物体を生み出すと言うのがそもそもどうすれば良いのかわからない。では自己治癒力を高めるのはどうだろうか? その自己治癒力に干渉するのはどうすればいい? 身近にいたそれを実現しているマイスに聞いてもその説明は要領を得ず、最終的にはなんとなくわかるだろ? の一言で終わらされる。

 未知の領域へ踏み入れるのは一面の大海に道標も無く放り出されるのに等しい。指針も無く進んだところでその先に何があるかはわからず、それどころか何も見えないことこそが真実で進んだところで元々そこに何も無いだけなのかもしれない。

 黒滝は早々に不可能への挑戦を諦め得意な分野をより伸ばす方向へと舵を切った。寧ろ、一般的にはそれこそが正しい道であり未知へ足を踏み入れるのは邪道に分類されるだろう。

「余程……、才能に満ちていたか、或いは……」

「余程の執念を持っていたか、でしょうね」

 もしも邪道を行くならば一生を浪費することなく踏破出来るほどの才能を、或いは一生を浪費することを恐れることなく進める程の執念を持っているのだろう。

 しかし当の下手人であるハロハロは彼女を見知った者によればそれほど歳を取っているようには見えず、かといって余程の才に満ちているという程の強さを感じない実力ではあったのだが。

 それを知らない黒滝は恐ろしい話を聞いてしまったと憂鬱になりながらもふと気付く。

「……そういえばそれがクビナシトラの変種とどう関係が?」

 この話はクビナシトラの変種が現れたことから始まったことを。しかしそれでいて現状では両者に繋がりらしきものが見えていないことを。

「現状では推測に過ぎませんが……」

 ミザロはその問いに対してそんな前置きをして語る。

「彼女があれを翼獣の町へけしかけた可能性がある、と考えています」

「……まさかだろ?」

「状況証拠しかありませんが……。彼女が魔物や獣相手にも先の魔法を使える可能性が既に確認されています。そして彼女が虎狼ホンソウへ逃げ込んだと見られる直後にクビナシトラの変種が異常な行動を起こした」

「異常?」

「ええ、異常です。なぜならこれまでクビナシトラの変種の報告は上がっていませんから」

 その言葉の意味を黒滝はすぐに呑み込めなかったのだが、しかし彼も熟練の冒険者すぐにそれを理解する。

「……あの変種はこれまで人間から隠れ潜んでいた?」

「その可能性は高いかと。おそらく、自身の強さを知ってはいたでしょうが、同時に人間の恐ろしさもよく知っていたのでしょう。わざわざ関わる必要が無い危険には関わらない、クビナシトラの生態としては非常に模範的では?」

「……確かに急に群れを成して襲って来るのは違和感が強い。あれほどの巨体だ、かなり長生きしていただろう。本当に狙うならばこれまでにも機会は幾らでもあった、という事か」

「ええ、ですから何かしらの痕跡が残っていないかを今から調べに行きます」

 結論を言えば痕跡はあった。死してただの肉塊と化したクビナシトラの変種、その死骸に未だ霧散せず残留思念のように残っている魔力。ミザロはそれを見てこれから忙しくなる事を予見し、志吹の宿を離れる時間が増えることにただ溜息をついた。




 虎狼ホンソウの広大な平原、その中には未だ人類の居場所とはなっていない場所が数多くある。その中の一つに一人の丙族が人目を避けるように隠れ潜んでいる。

「クビナシトラはやられたけど実験は成功ね」

 彼女の名はハロハロ。ショウリュウ事変を引き起こした元凶にして今回のクビナシトラの騒動を引き起こした元凶でもある。

「この力を上手く使えば魔物の行動をある程度操作することも可能……。今回は敵に化け物が混じっていたせいで失敗したけど、本来ならあの程度の小さな町は踏み潰してしまえたはず」

 ふふふ、と笑みを浮かべる彼女の身体は傷だらけだ。

「……しかし、あれほど強いクビナシトラがああもあっさりとやられるなんて……。銀斧が手も足も出ないわけね」

 彼女は確かにクビナシトラの変種に接触しその怒りや憎しみを煽ったのだが、それは簡単な事ではない。あくまで魔法をかける短い時間しか対峙したわけでは無いにも関わらず死を覚悟したほどである。ミザロはそれを子供扱いで倒した。彼女はかなり離れた位置から様子を探っており実際にその場面を見たわけでは無いが、戦いが終わった後に無傷で町へ戻って行く彼女の姿を確認している。

「あれ以上の化け物が必要ね……、となるとやはり始祖の魔獣を探すしか無いわ」

 元々彼女が虎狼ホンソウの国へ来たのは逃走に有利な土地であるという点と別に始祖の魔獣を探しに来るのが目的だ。その途中で見つけた強力な変種にこれでも十分では、などと考えもしたが結果はご覧の通り。

「始祖の魔獣の強さが実際に記録の通りなら……、私を虐げた人間どもを全て……」

 彼女の瞳に憎しみの炎が宿る。それは強く、強く、まるで何かに焚き付けられているかのように、或いは、まるで彼女の他にもそれを燃やす者がいるかのように強く燃えていた。


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