56.翼獣の町、朝
虎狼ホンソウの国、翼獣の町。そのとある宿に山河カンショウの国はショウリュウの都より訪れた冒険者の面々がいる。彼らの多くは自らの見聞を広める為にここに来たのであり、文化や風習の違いに戸惑いながらも楽しんでいた。
翼獣の町に日が昇る。その頃に目を覚ましたのがロロだ。彼は大きく伸びをすると布団を蹴飛ばして跳び起きた。彼は初めての国で何が待っているのか楽しみでならないのか寝起きから高揚感に満ち満ちている。
「今日の夢は爽快だったな。百人組み手でばったばったとなぎ倒す……。夢が現実になるのが楽しみだ」
ロロは拳を突き出しながら鼻歌交じりに部屋を出る。
翼獣の町はそれほど観光に縁のある場所では無く宿はあまり充実していない。彼らは一部屋に雑魚寝をしていたのだが、ロロが起きた時には皆既に出払っておりとりあえず皆を探しに向かったらしい。
まずは誰に出会うだろう。
ロロがまず向かったのは食事処だ。宿の中にあるそこでは様々な料理が用意されており、宿泊客が自由にそれらを取って楽しめるようだ。誰かしらはいるに違いないと当たりを付けて来たのだが、ざっと見る限り残念ながら見知った顔の者はいない。
「……まだそんなに遅い時間じゃないよな?」
時間を確認しても朝食に丁度良い時間でロロは不思議そうに首を傾げる。それで彼はすぐそこにいた見ず知らずの宿泊客の隣へ座った。
「こんにちは!」
「……こんにちは?」
その人は唐突に話しかけられ驚きを隠せないようで口に運んでいた魚の照り焼きが箸から零れ落ちる。
「ちょっと聞きたいことがあって、俺ショウリュウの都から観光に来たんだけど、起きたら一緒に来た人が誰も居なくてさ、見なかったかなって」
「あ、ああ。いや、俺はその人達知らないし……」
彼は小さな声でもごもごと口ごもる。露骨に視線を逸らし迷惑そうにしている彼はどう見ても人見知りなのだろう。
しかしロロはそんなこと気にしない、というか気付きもしない。
「一人は俺の幼馴染でー、ちょっと俺より背が低い。普段はしっかりしてるんだけど何かあるとすぐ慌てるんだよなあ。んでもう一人は俺の友達で俺よりもっと背が低い。恥ずかしがりだからいつも目深にフード被ってて――」
次々と役に立ちそうであまり役に立たない特徴の数々を捲し立てる。
相手の彼は逃げたそうにしているが目の前の料理を残すのも忍びないようで、諦めたように目の前の照り焼きの姿を見つめながらじっとその言葉に耳を傾け続けた。
「――って感じ。誰か見なかった?」
長々と続いたロロの言葉が終わり。
「いや、俺は見てない、と、思う」
即答である。彼はロロの言葉を半分も聞いていなかったが、まあ実際に見ていないのは確かだろう。とういうのも彼は周りの様子など全く見ず、この席に着いて以降は自身の食事とのみ向き合っていたのだから。
「力になれなくてすまない」
「いや、いいよ別に。ここに来てないだけかもだし」
何はともあれ突然現れたこの子からようやく解放されると彼はただただそのことを喜んでいる。目の前の照り焼きは冷めてしまったかもしれないがそれも大した苦ではない。
彼はロロが席を立つのを待った。
待った。
待ったのだが。
「……まだ何か?」
ロロは一向に席を立つことは無く、じーっと見つめ彼の姿を見つめ続けている。
「虎狼ホンソウの国では体を鍛えるのが一般的って聞いたけどお兄さんは細いよな」
その言葉を聞いて明らかに空気が変わるのを周囲の者は感じただろう。実際、たまたま近くに座っていた者などは思わずその場を去ろうかと考えたほどだ。
体の細い件の男はその瞳を鋭く尖らせてロロを睨み付け。
「やっぱ人それぞれだよなあ。そういう人が多いってだけなんだな」
何か罵声を浴びせようと開きかけた口が止まる。振り上げた拳の行き場を失った時のように彼は奇妙な動きでゆらゆらと揺れている。
「なあなあ、お兄さんはどんな仕事してるんだ? 俺は冒険者なんだけど、ほら」
ロロが自身の胸に付けたバッジを男に見せる。
「……ああ、そう」
「ああそうじゃなくてさあ。もしかしてお兄さんも冒険者とか? でもバッジはどこにあるんだ?」
ロロは不躾にも彼の全身を隈なく見やってバッジを探す。
「……ショウリュウの冒険者は遠慮も何も無いのか?」
そして彼は観念したかのようにそんな皮肉を言いながら懐からバッジを取り出す。
「おお、三等星だ! へー、虎狼ホンソウでもバッジの形は一緒なんだな」
「冒険者制度は三大国共通の制度だろう。勉強しなかったか?」
「……した、かも?」
「まあお前は頭の方はあまり良く無さそうだ」
「あー! ひどい!」
叫ぶロロを見て男がくっくっく、と笑みを浮かべる。それを見てロロも笑い出した。そんな笑い声を聞いて外から人がやって来る。
「ロロ、あんた何やってんの?」
瑞葉とハクハクハクだ。
ロロはここであったことをありのままに説明した結果、瑞葉に頭を叩かれ何度も男に頭を下げさせられることになる。
気が付けば食卓を四人で囲んでいる。男は逃げる機会を見失ってしまったと内心嘆いているし、瑞葉とハクハクハクは見ず知らずの人と一緒で緊張が隠せない。
そして当然この状況を楽しんでいるのがこの男。
「改めまして、俺はロロ! ショウリュウの都からやって来た冒険者だ!」
当然のように自己紹介を始めた彼は次を促すように瑞葉の方を見る。彼女は少し渋い顔を見せたが、一度深呼吸をした後は下手糞な笑顔を顔面に貼り付けた。
「えっと、瑞葉です。このロロとは幼馴染で、今日は観光でこちらに、です」
それが終われば当然のようにロロの視線はハクハクハクの方へ。
「は、ハク、です……。よ、よろ、しく?」
最後はもちろん、細身の男。
「……黒滝だ」
「おおー!」
彼はその場の圧力に屈して名前を名乗る。それと同時にロロが声を上げて拍手なんぞをしたものだから周囲の注目が集まり、彼は思わず身を縮めた。幸いにも今は瑞葉がここにおりロロの行動はすぐに諫められた為に周囲の視線もすぐに散って行く。
「ロロ、次やったら殴るわよ」
「わ、悪かったって」
幸いにもロロは小さくなって反省したようでこれ以上の狼藉は行われないはずだ、多分。
さて相手の男、黒滝は少し考えを巡らせる。彼らには悪いがもう食事も終わるしこの場をさっさと去ればいいのではないかと思い付き。
「その、黒滝さん。すみませんでした、ロロが迷惑をかけたみたいで」
「ん、あ、ああ。いや、気にするほどではない」
話しかけられてついそんな考えを忘れてしまう。どうも彼は話しかけられるとそれまで考えていたことが飛んでしまうようだ。それは人付き合いに慣れていないが故か。
「黒滝さんも冒険者なんだぜ。しかも三等星だ」
「三等星? すごいですね」
「ああいや、大したことは……」
余計に話を広げられるのも面倒だったが彼にはどのようにそれを止めればいいのかもわからず流されるばかり。
「たぶん魔法とか得意なんだよ」
「そうなんですか?」
「いや、まあ、ほどほどで」
「でもここってみんな体鍛えてるんだろ? 黒滝さんはあんまり体鍛えて無さそうだから魔法が得意なんじゃないのか?」
「得意と言うかまあ……」
「得意と言うかまあ?」
黒滝の煮え切らない態度を見てロロは詳細を詰めていく。瑞葉はその姿を横から見て黒滝があまり会話に乗り気ではないことに気付いたのだが、今更彼女にはどうしようもない。ロロを引っ張って行くのもいいがその隣ではハクハクハクが黙々と食事に勤しんでいるのだ。机の上には大量の料理が並んでいるがそれを四人で分けるのではなく八割ほどが彼女の物である。少なくともあれが無くなるまではここを離れるわけにはいかないだろう。
「黒滝さん、ああなったロロは止まらないので適当な事をして満足させるのが手です」
そうとなればとりあえず早めに話を切り上げる方法を伝授するのみだ。
「適当な事とは……?」
「何かこう、ちょっと人より得意なことを見せてもらえれば」
故に、瑞葉は黒滝をそう言って煽った。その裏には彼女もまた黒滝が三等星として認められるにあたった理由を知りたいという好奇心あったに違いない。
黒滝は少し考える素振りを見せ、それから懐から一枚の小さな紙片を取り出した。
「じゃあ、今から手品を見せよう。この紙に注目してくれ」
彼の掌にある小さな紙片。それに三人の注目が集まる。
「これを握る」
そう言って彼が紙を握り締める。拳は宙に浮いた状態で固定されていて、振ったりとか何かを被せたりとか他の動きは無い。
「そして開くと」
そのまま言葉通りゆっくりと手が開かれると。
「あ、無い!」
そこには何も無かった。
「……袖に落としたとか?」
瑞葉が困惑しながらもそう言ってみる。確かに拳のすぐ近くには彼の着ている服の袖があるのは違いない。手先の器用な者ならば上手くそこに入れることが可能だったかもしれない。
しかし黒滝は落ち着いたまま、彼女の言葉に頷き。
「ならば今度は袖をまくってやろう」
二の腕まで袖をまくり腕を伸ばした状態で掌を広げる。
「今は何も無いな」
「無い!」
「……ありません」
ロロが即座に、瑞葉は掌の裏まで念入りに確認してから答える。それを確認すると黒滝がゆっくりと手を握り、そして再び開くと。
「おおっ!」
「……何で?」
そこには先ほどの紙片があった。ハクハクハクもいつの間にか食事の手を止めて目を丸くして紙片を見つめている。
「今のは袖から出したように見えたかな?」
「……いえ」
瑞葉は手品の種が分からないことの悔しさを滲ませながら答える。彼女は手に生えた産毛の揺れすら見逃すまいと見張っていたのだ、もしも袖から紙片が動いたような形跡があれば見逃すはずは無い。角度的に見えなかった可能性もあるのかもしれないが、彼女の他にロロとハクハクハクも見ていたのだ、そんな程度ならば誰かが気付くだろう。
「今のって俺にも出来るかな?」
「訓練次第では出来るかもしれないし出来ないかもしれない」
「えー、じゃあどうやったのか教えてくれよ」
「嫌だ。自分で考えるんだな」
ロロが頭を抱えるがそうしたところで答えなど得られるはずも無い。残念ながらこの手品の秘密は分からないままに終わるのだろう、そう三人が思い始めた時だ。
「こちらはお三方の知り合いの方ですか?」
魔法師ソラがそこに現れた。
皆が空の皿を重ねて隙間を作るとソラはそこに自らの食事を置く。
「何やら面白い手品が出来るようで、私にも見せて頂いても?」
黒滝は唐突に現れたこの女に対し明らかに警戒の色を見せている。どうやらロロ達の知り合いらしいという事は分かっている。そうならばおそらくはショウリュウの冒険者だろうと推測も出来ている。
ただそれはそれとしてやはり初対面の相手は苦手なのだ。
「ああ、まあ、もう一度やろう」
しかし彼はそう言った。それは彼の流されやすく押しに弱い性格のせいだが、それだけでは無い。
黒滝がちらりとソラの顔に視線を向ける。そして目が合いそうになると即座に逸らした。これが何を示しているかと言うと、世間一般の評価としてソラは皆が憧れるような美人であるということだ。
「じゃあこの紙を見ていてくれ」
そして彼は先程までと同じように掌を開く。そこには一枚の小さな紙片。袖は未だ捲ったままであり、隠す場所など無いだろう。
ゆっくりと、手が、握り締められる。
「……成程」
ソラが何かに納得したように呟く。瑞葉が不思議に思い彼女に何を納得したのか尋ねようとしたのだが、それより早く黒滝の手が開かれる。
そして当然のようにそこには何も無い。
「まあ、大した手品じゃないが」
「な、すげーよな!」
なぜかロロが自慢げに黒滝の手を叩く。
「ちょ、やめ……」
だから彼は手を引こうとした、のだがそれが横から伸ばされた手に止められた。ソラがその手を掴んだのだ。
「え、あ、な、何か?」
黒滝は自身の心臓が跳ねるのを感じていた。彼は幼い頃より虎狼ホンソウの国の当たり前に馴染むことが出来ず幼い頃から一人で何事にも取り組んでいた。幸い彼には類稀な才能があり冒険者となり三等星とまでなったのだが、それだけの経験を経ても仕事上の付き合いがある者はいても友人と呼べる者はいない。
ましてや異性との関係においては言わずもがな、だ。
そんな彼が今、大勢から想いを寄せられているであろう美人に手を掴まれている。その心境は想像するに余りあるものだ。
尤も、ソラの心境は彼のそれとは大きく異なっているのだが。
「まだそこに紙片はありますね」
「……え?」
「ソラさん、何言ってるんだよ。どこにも無いだろ?」
「いえ、あります。確かにここに」
彼女は黒滝の掌の上で何かを摘むような動作をした。他の者から見た時、それは空気を摘むというまるで意味の無い行為に見えただろう。
しかしその行為は先程まで浮かれていた黒滝の心中を一気に冷静に引き戻す。
「……よくわかったな」
「魔法師たるもの当然の心得です」
二人だけで納得したような顔をしているが他三人は未だどういうことかわかっていないようで首を捻っている。
「そこにあるのか?」
「ええ、触ってみますか?」
ロロが手を伸ばしソラが摘む仕草をしている先に手を伸ばすと。
「おお、何かある!」
確かにそこには何かがある。そして乱暴に触るロロのせいで紙が折れてくしゃりと音を立てる。
「……本当にあるみたいですね」
流石に瑞葉もそのことを疑う時は過ぎたようだ。だから考えを変える。あそこにあるのに自分たちには見えない。そんな現象が有り得るものだろうか?
その答えを三人は知っている。
「……あ、そっか」
「も、しか、して?」
瑞葉とハクハクハクはほぼ同時に気が付く。そして周囲の魔力を自らの目に映し出す、魔力視を彼女らは使った。
「……成程、紙が魔力で覆ってあるんですね。透明化の魔法ですか?」
黒滝は紙をどこかへ移動させたわけでは無かった。彼は紙を自らの魔力で覆いその色を透過させたのである。俗に言う、透明化の魔法だ。
「まだ子供だろうによく知ってるな」
「知り合いに使っている人がいまして」
そしてその魔法はショウリュウの都の冒険者、虎イガーの呉忍が得意とする魔法でもある。それを間近で見たことのある彼女らとしてはもっと早く気が付きたかったぐらいの話だろう。
ところで黒滝の方だが、彼女の言葉に少しへそを曲げてしまったようだ。
「……ま、このぐらいは出来るやつがいくらでもいるってことだ。やっぱり手品みたいなもんってことだな」
本心の所は自信があったのだろう。彼はこれを見せて鼻高々にこの場を去るつもりだったようだが、当てが外れて僻んでいる。
「そう卑下せずとも……」
瑞葉はまた言葉選びを間違えたと後悔するも今更だ。どうにか機嫌を直してもらう方法を考えなければと思い悩む。
いや、その必要は無い。
「何を仰ってるんですか?」
ここからこの空間はソラが支配するのだから。
「今の透明化ですが予め魔力視を用いていた私にはわかりました。魔力が紙を覆ってから透明になるまで非常に滑らかで間断なく行われていました。確かにショウリュウの都にも透明化の魔法を使う方はおられます。私が知っているだけでも片手で足りないほどでしょうか。しかし例えば我々と同じ四等星の呉忍様は広範囲を覆う事こそできますが未だ精度が荒く、また少々時間もかかるようです。彼の場合は仲間との連携でその欠点を補っているようですが、思うに黒滝様であればそのような欠点自体がそもそも無いのでしょう?」
長々と語った言葉が黒滝の耳から頭の方へ染み渡り、彼はゆっくりとその言葉を端々まで咀嚼する。
「……要するに、なんだ。俺の魔法が凄いとでも言いたいのか?」
「なぜそのような当たり前のことを改めて言う必要が?」
断定するような彼女の口振りには黒滝は勿論、同じ場にいるだけのロロ達も気圧されてしまう。
「ソラさん、魔法の事になると本当に人が変わるよな」
「……そうね」
「まだまだ伝えたいことはありますが……、しかし先にどのぐらいの事が出来るのかを見せてもらった方が良いでしょうね。黒滝様、この後お時間は?」
「ん? あー、今日は暇だが」
彼はつい正直に言ってしまったことを即座に後悔する。いきなり腕を掴まれたかと思うとぐい、と強引に引っ張られる。
「うわっ!」
「でしたらさあ広い場所へ行きましょう。私は是非ともあなたの魔法をこの目に納めたいのです。当然大丈夫ですよね? お時間はあるんですもんね? さあさあさあ!」
目を輝かせ駆け出したソラを止められる者はいない。黒滝を連れて走り去って行く彼女の姿を見てハクハクハクがぽつりと声を零す。
「最初に、会った時の、ロロみたい」
「え? 俺あんな強引だったっけ?」
ハクハクハクはその問いに愛想笑いで応えた。
この日彼らに課せられた使命ややらねばならぬ仕事だが。
「これからどうする?」
実は何も無い。この日、ミザロは用事を済ませる為に既に一人この町の町長の元へ向かっている。残された五人には誰一人として何らの用事もない。彼女は観光でもしていてと言っていたが彼らがここへ来たのは唐突な事であり、事前に下調べも何もしていない。
「観光って言っても何も知らないからいまいちどこを回りたいってのが無いからさあ」
適当に町をぶらつくのも悪くないが、この町へ入ろうとした時に警備に当たっていた者に何やら疑われていたのが頭をちらつく。変なことをして問題を起こすのは流石にまずいと瑞葉は考えている。
無論、ロロにはそんな考えは無い。
「外歩いてれば誰か会うだろ。そこで聞けば良くないか?」
「いや、ほら、また変に疑われるかもだし」
「何が?」
この通り、一晩寝ただけで記憶の内から消えている。尤もこれに関しては瑞葉が心配し過ぎとも言えるが。
「だ、誰か、詳しい人とか……?」
「みんな初めてでしょ? 案内できる人なんていないよ」
「あ、そうだ。黒滝さんに案内をお願いすればよかった」
黒滝はこの翼獣の町出身のようだった。案内をすることを承諾するかはともかくどう考えてもこの場の誰よりも詳しかっただろう。
「ソラさんがどっか連れて行っちゃったもんね」
ソラの行方は誰も知らない。三人はまだ食事を終えていなかったのでわざわざ追いかけなかったのだ。
「安川さんにも聞いてみる?」
「あ、そうしようぜ」
ショウリュウの都から共に来た最後の一人、安川は今の所この食堂に姿を現した様子は無い。ロロが起きた時には既に部屋にはいなかったことから早起きしさっさと食事を終えて町の方へ出て行ったのだろうか?
ふと、ハクハクハクが食事の手を止めてじっとある方角を見つめる。
「ハク、どうしたの?」
「あ、あれ……」
彼女が指差した先には帽子を深く被った一人の男。食事中にも帽子をかぶっているのは中々に目立つものだ。そして三人は思う、その背には何だか見覚えがあると。確信を得たのかロロは立ち上がり。
「おーい、安川さん!」
大きな、食堂中に通る声で呼びかけた。
不貞腐れたような顔で安川が三人に同席する。相変わらず彼は帽子を深く被っており、まるで人目に付くのを避けているようだ。
「安川さん、そんな深く被ったら前が見えなくないか?」
ロロはそのことをあっさりと指摘するものだから安川は眉間に皺を寄せる。言うまでも無く、その不利益を被ってもそうしておきたい理由があるからそうしているのだ。
ただまあ彼も大人だ、わざわざ怒りを顕わになどしない。というかロロを相手だとその怒りも空転しそうで馬鹿らしいというだけかもしれない。
彼は大きく溜息をつく。
「お前らは朝から中々騒がしいやつらだ」
「何だそれ?」
「一部始終見てたぞ」
安川が食堂へ来たのは実のところロロが来る少し前だった。ここへ来た瞬間から外界との接触を断つように顔を伏せていたのでロロは気付かなかったが。
「それならこっちで一緒に食べればよかったのに」
「いきなりここのやつに絡んで行ったお前を見た時はどうしようか悩んだがな。まあすぐにそっちの二人が来るだろうと思ってたから放っておいた」
彼の中では瑞葉とハクハクハクはロロのお守り役扱いらしい。実際、多くの者がそう考えているだろうし実態にも即している。
「ふーん。まあいいや。安川さんこれからどこ行くんだ? せっかくだから一緒に行こうぜ」
「まだ何も決めてねえよ」
安川もこの後の予定は未定だった。とりあえずは早々に食事を済ませ一人でどこかへ行ってしまおうと考えていたぐらいのものだろう。ここへ来た目的は見聞を広めること、そしてそれだけならば一人でも出来る、観光客だと説明すればどこへ行くのがいいか教えてくれる気の良い者を見つけるのもそう難しくは無いはずだ。
そう、彼は本当の所この翼獣の町での日々を一人で過ごすつもりだったのだ。
「なあ、お前らもこの後の予定は無いよな?」
しかし少し気が変わったらしい。
「俺から依頼があるんだが、興味は無いか?」
町中を歩くロロは真っ直ぐに伸びる道を前に虎狼ホンソウの国の空気感を感じようとしていた。
「やっぱ広いよな、道が」
翼獣の町の道は広い、それが虎狼ホンソウの国に共通することなのかは彼には分らなかったが大きく広がる道は異国の雰囲気を感じて思わず鼻歌交じりに走り出したくなる。
木材を担いで運ぶ大工、武器を持ち談笑しながら町の外へ向かう冒険者、日差しの中を子供と手を繋いで歩く婦人、本来ならばその誰かにでもこの町の見所を聞きたいところなのだが今日のロロはその誘惑を振り切る。
彼は今、人を探している。
「依頼?」
「……どういうことですか?」
突然の安川の言葉に困惑の声を上げたのは瑞葉だ。ハクハクハクも口には出さなかったが同じ思いだろう。
「お前らが困惑するのも分かる。だが俺にとって切実なやむに已まれぬ事情があることを信じて欲しい」
「はあ……?」
その言葉は三人の困惑を深めるだけだ。やむに已まれぬ事情があるなどと言われてもそれが旅先のこの場所でする依頼なのかと思わずにはいられないからだ。
その説明が今から行われる。
「俺はお前らがここでやっていたことの一部始終を見ていたと言っただろ?」
「ああ、そうですね」
「だからソラのやつがこいつに絡まれた不運な男を連れて行ったのも見ていた」
不運な男とは勿論黒滝の事だ。彼が今、どうなっているのか知る者はいない。
「えっと、それで?」
「ソラを探してあいつが魔法に執着する理由を突き止めて欲しい」
その依頼は彼女たちに納得と更なる疑問を生ませる。
「……つまり、それを突き止めることでソラさんが自分に付き纏ってくるのを止めたいってことですか?」
「そうなる」
「でもそれは直接聞けばいいのでは?」
ごもっともな話である。疑問があるならば直接聞けばいい。ましてこの類の事であればなぜと思うのは当然なのだから聞くことが何らかの失礼に当たることも無いだろう。
しかし、相手が質問に必ずしも答えてくれるとは限らない。
「あのいかれ女はこっちの話なんか聞きゃしねえんだよ」
安川とて自身に出来ることであればわざわざ依頼などしない。要は以前に試みて失敗したのだ。
「こっちが話を聞こうにもその三倍の言葉で俺の魔法について聞いて来やがる。話を遮って耳元で叫んでも聞こえてないみたいに無視してずっと何か喋りやがる。こっちの頭がおかしくなるぜ」
「そんな人には……。普段は、見えませんでしたけど」
瑞葉は思わず反論しかけたが不意に彼女の異常なまでの魔法への執着に言い切るのを躊躇った。ハクハクハクも横で苦笑いを浮かべている。
「ともかく、今は丁度いいかと思ってな。あの男が連れてかれただろ? こっちには旅先でたまたま出会った奴に迷惑を掛けさせない為という大義名分がある」
「つまりそれがあれば言う事を聞くんじゃないか、と?」
「そうだ。それに俺が言うよりはお前らが言った方が効きそうじゃないか? なにせお前らはまだ子供だからな」
ロロ達は冒険者としては一人前の四等星になった。しかしそうは言ってもまだ歳は十六、そんな子供たちに当然の道理を説かれれば良心が咎めるというものだろう。
「だから頼むぜ、ここでの食費の一切は俺が持ってやるからよ」
そして依頼とくれば当然報酬だ。それを忘れる安川では無かった、のだが。
「いいのか!?」
「え、本当ですか!?」
想像以上の食いつきに安川は思わず身をのけぞらす。直後、目を輝かせているハクハクハクと彼女の前に並ぶ大量の料理を見て、しまった、と唇を噛んだが後の祭りだ。一度口に出した言葉を飲み込むことは出来ず、彼は想像以上に手痛い出費で後に涙をのむことになる。
四人は手分けをしてソラと黒滝を探すことにした。ロロはそれで一人翼獣の町を走っている。
「さーて、どこから探そうかな」
虎狼ホンソウの国における彼らの初依頼が始まった。




