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6.かっこいい冒険者

 山河カンショウの国、ショウリュウの都を出て竜尾川を下りそこから雨原の町へと向かう道中。その森の中。一人の商人と三人の冒険者、そして二人の冒険者見習いが野営をしている。三人の冒険者は火を絶やさぬよう見張りをし夜を過ごしていた。商人と二人の冒険者見習いは行軍の疲れを癒すようにテントの中で眠っている。

 夜が明けて初めに起きたのは瑞葉だった。彼女は眠りに就くのが早かったのでその分目覚めも早い。或いは普段と違う環境、そして依頼の道中であるという緊張から眠りが浅かったのかもしれない。軽く体を伸ばそうと思ったが眠っている人を起こすことはないと音を立てないよう外に出る。

「あ」

 まだ日は昇っておらぬ中ぱちぱちと火花の爆ぜる音がする。牛鬼が一人、焚火台の前で暖を取っていた。

「牛鬼さん、早いですね」

「何のことはない。二時も寝れば十分だ」

「それは流石にもう少し寝た方が」

 瑞葉はミザロ、カクラギ、牛鬼の三人が交代で見張りをしていたことを知らない。ここでは彼女はあくまで冒険者の見習いとして扱われている。そのことを知るのは、そして自ら実践するのはまだ先ということなのだろう。

「日が昇る頃には出発の予定だ」

「ならもう少ししたらみんな起こさないといけませんね」

「うむ。……そうだな、湯を沸かそう。水を汲んできてもらえるか?」

「はい、わかりました」

 瑞葉は馬車から鍋を取って水を汲みに向かう。火の様子をじっと見つめる牛鬼を見て雑談とかはあまり得意じゃないのかもしれないと彼女は思う。それで水を汲んできてからもそれほど会話はなく、たまに瑞葉が話を振ってそれに牛鬼が一言二言答える程度だ。しかし然程居心地が悪いものではなく、牛鬼がコップに注いで渡した白湯を瑞葉はゆっくりと冷ましながら飲んでいた。

 瑞葉が白湯を飲み干した頃にぞろぞろと、一人、また一人と起きてテントより出て来る。六人が揃うと朝食をとり野営の片付けを始めた。

「テントの片付けまでできて一人前です」

 そんなミザロの言葉でロロと瑞葉が二人でテントを片付けることとなった。

「これ抜いていいのか?」

「えっと……、うん、大丈夫」

「よし来た」

「それ抜いたらテント畳んで……、それから――」

 試行錯誤の末、二人は無事にテントの片付けを終える。見ていた側もそれを見てほっと胸を撫で下ろしていた。

「今後冒険者として活動するなら今のようなことは何度もあると思います。そうでなくとも使う場面はあるかもしれません。今の経験は忘れないように」

「もちろんだ」

「わかりました」

 周辺の片付けを終え、装備を整え、獅子馬に水を飲ませ、その他全ての準備を終えるとようやく出発の算段となった。前日と同じように先頭にミザロ、ロロ、瑞葉、その後ろに馬車が走り、更に後ろの左右にカクラギと牛鬼が行く。

「さあて、今日も気合入れて頑張るぜ」

 張り切るロロ。昨日カクラギの話を聞いたことで心持ちが変わったらしい。落ち葉を掃き、石を遠くへ投げて馬車を先導する。

「あまり気合を入れて早々にばてないでくださいよ」

 その様子は思わず高保がそう口にするほどだ。

「全然平気だぜ! 俺に任せてくれ」

 何を任せるんだ、なんて瑞葉は思ったがそれ以上にやる気に満ちたその姿には多少なりとも感じ入る部分があった。だから彼女も決して手を抜こうなどと思わなかったのだろう。

 それから二時間ばかり歩いただろう。順調に進みこのまま行けば予定通りの時刻に雨原の町へ辿り着く。しかしながら順調に進む物事ばかりでないというのが世の常らしい。

「うわ、あの木もどかすのか」

 前方に倒木あり。避けて通るには段差がひどく、人の胴程はある太さの木をどけねば先へは進めない。馬車を止めて処理にかかるのだが、幸いにもただどけるだけならばロロ一人でもどうにか大きさだ。

「手伝おうか?」

「いや、俺一人でも大丈夫だ」

 カクラギが手を貸そうとするが、ロロはそれを止めて倒木の中ほどに手をかける。大きく息を吸ってゆっくりと全身で引き上げるようにすると木がゆっくりと宙に浮き始めた。

「冒険者の方はあんな大きな木も持ち上げれるのですね」

「まあ私もあれぐらいはできますが……。ロロ君は身体強化の魔法が得意とは聞いていたが、あれなら四等星でも通じるでしょうね」

「へえ……、それは本当に将来が楽しみですね」

 ロロは道から少し離れたところまで木を運び戻ってくる。多少の疲労は見られたがまだまだ余裕はありそうに見えた。

「どうだ! 俺も結構すごいだろ」

 自慢げにそう言うのにカクラギと高保は素直に拍手を送る。ご満悦な様子のロロはそのまま先に進もうとして不意に立ち止まる。

「ミザロ姉は?」

 道の前方にいたはずのミザロがいない。さっきまでミザロがいた辺りでは瑞葉が大岩を背に佇んで順路からずれた方を見つめている。

「瑞葉ー、何かあったのかー?」

「ミザロさんが向こうの方を見に行くって」

 この時にロロは気付いていなかったが、ミザロが見に行ったのは先ほどどけた木の根元がある方角だ。

「何かあったのか?」

 ロロは何とはなしに瑞葉のところへ。瑞葉はすっ、とミザロが見に行った方を指さす。

「見て、結構たくさんの木が倒れてる」

 指さした先は少し上り坂になっている。そしてぱっと目に映るだけでも数か所は木が倒れていた。根元の方を見るとどれも凄まじい衝撃で圧し折られたかのようだ。

「何があったんだ?」

 ロロは思わずそう口をついて出たが答える者はない。

「カクラギさん、牛鬼さん。ミザロさんが戻ってくるまでとりあえず待機ですか?」

「……うーん、まあ、そう」

 カクラギの言葉は遮られる。

「魔物発見、迎撃準備!!」

 遠方よりミザロの声が響いた。周囲に緊張が走る。のんびりしている暇などない。遠くから聞こえるだろう、地面を駆ける重たい足音が。

「トウボクサイです、気を付けて!」

「トウボクサイ……、何だっけ?」

「魔物よ。犀みたいな、樹液で鎧を作るんだったはず」

 トウボクサイ、それは魔物の名前だ。発見された魔物はある程度の系譜分けがされている。今回ミザロが見つけた魔物は以前にも発見されたもので、見た目はほとんど犀で樹液を体に塗りたくってそれを魔力で硬化させ鎧のようにする特徴を持っている。普通は樹木の表皮を角で傷付けてそこから出てきた樹液を体に塗り付けるのだが、全身を樹液の鎧で覆ったトウボクサイは自らの強さを誇示するように突進で樹木をなぎ倒すのだ。

「鎧か、俺の剣の方が強いってことを教えてやるぜ」

 ロロが剣を抜いて走り出す。

「ああもう……」

 一拍置いて瑞葉も後に続く。二人が昇って行くに連れて足音が大きくなる。その音は複数あり、たまにばきぃ、とおそらく木々にトウボクサイがぶつかった音であろう破壊音が聞こえる。ロロは鼻息荒く坂を駆け上がり、瑞葉は不安と生唾を飲むような感覚がないまぜになりながらその後ろを走る。

 二人が立ち止まったのは上り坂が終わり魔物の姿が見えた時だ。

「ミザロ姉!」

 ミザロが三体のトウボクサイに相対している。更にその周辺を走り回るトウボクサイが四体。その様子を見てロロは手近にいる一体に向けて走り出す。

「っぁ、だから突っ走るなってば」

 瑞葉は頭を抱えたくなるのをこらえ魔力を練り始める。そんな瑞葉を尻目にロロは一体のトウボクサイに斬りかかる、の、だが。

「ヴォォオオ!」

 敵が黙って斬られるのを待つはずがない。後ろから向かってくるロロに対し急反転し突進を仕掛ける。迫る来る巨体ろ鼻先から伸びる巨大な角、しかしロロはそれを見ても落ち着いていた。いや、落ち着いて見るだけの余裕があった。ミザロ姉や牛鬼さんに比べれば遅い。あの二人が相手なら今頃吹っ飛ばされてるな。そんなことを思うだけの余裕があった。

 一人と一体が交錯する瞬間、トウボクサイが頭を突き上げるように振るう。しかしロロはその直前に横に跳んで躱す。即座に互いが反転、視線がぶつかる。

「風よ」

 瑞葉がそう呟くとトウボクサイの周囲で風が吹き荒れ分厚い皮膚を切る。彼女は離れた所で木に身を隠しながら動きが止まる瞬間を待っていたのだ。風の魔法でトウボクサイは前足の表面がずたずたになり血が流れているが、それでもなお突進を仕掛ける。

「あとは任せろ!」

 ロロが力強く地面を蹴る。地面が弾け一瞬消えたかと思う程の踏み込みは魔物から彼の姿を見失わせる。思わず足を止め、気付いた時には既に真横で剣を振るっていた。前足を切り落とし巨体が崩れる。ロロは集中して剣を握り、とどめに首元を刺した。

「次だ」

 そうして周りを見ると既に走り回る魔物は一体もいない。いつの間にか瑞葉も姿を現してこちらに向かっている。

「隠れてろよ」

「いや、もう意味ないでしょ」

 瑞葉が指をさす。その先にはミザロが剣で地面をついて何をするでもなくぼーっと突っ立っている。その周りには巨大な赤い塊。

「……まさか今の間に全部?」

「そう。あっという間だった」

 ロロは目の前にいた一体に夢中で周囲を見ておらず気付かなかった。ミザロはロロが前に出てきたのを見計らって周囲のトウボクサイを一人で全て倒していた。剣を抜くとまず目の前にいた三体を順々に胴を真っ二つ、それから周囲を走っていた三体を何でもないことのように追いついてそれぞれ先と同じように胴切りにしたのだ。

「……こいつの皮膚、かなり丈夫なんだぜ?」

 そう言いながらロロは剣で軽く背を突くが刃が通らず表面を凹ませる。それを見ながら瑞葉は少し眉をひそめた。

「さっき刺してなかった?」

「あれはさ、研修の戦闘訓練でやったじゃん。防御訓練で」

「魔力を服にまとわせるってやつ?」

 一か月の研修、その中の戦闘訓練で主にやったのは回避と防御の訓練だ。その中でも特に大事と言われたのが魔力による防御。身体強化に近い魔法でで身に着けているものに魔力をまとわせ硬度を上げることができる。普段着でさえ冒険者にとっては鎧に近い。優れた冒険者になればトウボクサイが全力で突進したとしても衣服にさえ傷をつけることが適わないだろう。

「そうそう。あの応用で剣にな。結構集中しないと使えないんだぜ?」

 そしてその応用として武器の硬度を上げることもできる。今回ロロはそうしてトウボクサイの厚い皮膚を貫いたのだ。

「あんたそんなことできるようになってたのね」

「まあな。でもミザロ姉の足元にも及ばないみたいだぜ」

 そう言いながらロロがミザロの方へ歩き出す。瑞葉もその後に続いた。

 ミザロの方へ向かう毎に、その一歩一歩毎に、血の匂いが強くなっていく。瑞葉には考えないようにしていたことがある。しかし今、考えないようにしていたことに嫌でも向き合わされる。視界には肉塊が幾つも映っている。まとわりつくような血の匂いが不快だ。嘘だ。いや、嘘じゃない。血の匂いが不快だ。純枢な嫌悪感だ。魔物とはいえ生き物だ、命を奪うことに躊躇いがある。……それから、そう。不安になる。次にこの肉塊になるのは。肉塊になるのは、誰?

 瑞葉は冷や汗が流れるのを感じている。心臓がばくばくと音を立てているのがわかる。目の前にはロロの背中があった。歩みを止めないその姿に粘つくように頭の中を這い回る不安が少しだけ紛れる気分だった。

「ミザロ姉、起きてるか?」

 近くへ来てもこちらを向きもしないミザロにロロが声をかけた。ミザロは遠くを見つめているかのように微動だにしなかったが、やがてゆっくりとロロの瞳を見る。

「あなたは……、あなたは意外に平気そうですね」

「何がだ?」

「結構、躊躇うんですよ。魔物といえど、殺すとなると」

 瑞葉はその言葉は自分に向けられているのかもしれないと思ったが口を噤んだままロロの背に隠れていた。そして直接その言葉を投げられた彼は。

「俺はかっこいい冒険者になるんだ。このぐらいの魔物わけねえって」

 言葉の意図を理解しているのかいないのか。

「見たかよ俺の必殺技。剣に魔力をまとわせてさ」

「一呼吸置かないと使えないようじゃ実践では通用しませんね」

「えー、ひどくねえか?」

「本来ならあの間に他のサイに吹っ飛ばされてますよ」

 その言葉に思わず周辺の肉塊を見た。もしこれらが生きていたら。

「なら突進してきたやつは投げ飛ばしてやるよ」

 ロロの嘯く言葉にはミザロも瑞葉も無言のまま視線を合わせることもなかった。

「それで、どうするんだミザロ姉。馬車に戻るのか?」

「……ええまあ。ところで一つ質問なのですが」

「ん?」

 何かあっただろうかと瑞葉は周囲を見渡すが、問題があるようには見えなかった。しかし間違いとは得てして最も根本的な部分で犯すものである。

「どうしてこちらに来たので?」

 依頼の内容を振り返ろう。今回の依頼は依頼人である高保及びその荷物が雨原の町へ移動する際の護衛だ。最も優先されるべきことは依頼人の安全である。道中、魔物に襲われた際に護衛の冒険者が取るべき行動とは?

「だっていっぱいトウボクサイがいただろ? ミザロ姉囲まれてたし」

「そう、だよね。ミザロさんが呼んだんじゃなかったっけ? ん-、いや違ったっけ」

「……戻りましょうか」

 ミザロが歩き出す。トウボクサイの死体の横を通り過ぎて馬車の方へと向かう。何の気なしにその様子を見送っていた瑞葉の視線がふとトウボクサイの角に吸い込まれる。

「これ、ちょっと綺麗……、んー?」

 樹液が固まり飴色の衣を纏った角はある種の美しさを持っていたが瑞葉が気になったのはそこではない。トウボクサイは樹液を体に塗りたくって鎧のようにする。しかし先ほどロロと瑞葉が倒した、殺した一体にそんなものはあっただろうか。

「……あ」

 ようやく気付く。ミザロが斬った魔物の中には足が、胴が、首が、樹液の鎧に覆われているものもいる。瑞葉は思う、もし全身があの鎧に覆われていたなら自分の魔法は効果があったのだろうか。ロロの剣は通じていただろうか。ぞっとするような気分、しかしそれだけに留まらない。

「しかしミザロ姉も派手にやったもんだよな。そこら中真っ赤っかだぜ」

 ロロの言う通り、確かに周辺は魔物の血で赤く染まっている。どこも同じように赤く染まっている。

「……ねえ、何匹いる?」

「何が? 虫?」

「トウボクサイ」

 二人はその場で数え始める。そして数え終わった時に互いの数字は揃わなかった。

「十匹」

「そんな少なかったか? 俺は十五は見つけたつもりなんだけど」

 二人共間違いで、トウボクサイの死体は全部で十一体分あった。ミザロはまず樹液の鎧を完成させた四体をほとんど見つけると同時に殺し、それから馬車にトウボクサイ発見の知らせを送ったのだ。二人がミザロの元へ向かった時には既に四体倒された状態だった。二人はそんなこと知る由もないが。

「どっちにしても、私らが見た数より多い」

「多いな」

「多分、ミザロさん私たちが来る前に数を減らしたんじゃない?」

「あー……、俺に任せてくれても良かったんだけどな」

「私たちを危ない目に遭わせないようにしたんだと思う。ロロだって囲まれてたら危ないでしょ?」

 ロロは瑞葉の目を見て考え込み、それから何も言わずに歩き出した。瑞葉もその後に続く。彼女は足取りは重く、先を行く背中が遠く見えていた。ところが数歩進んだところでロロは回れ右をして瑞葉に向き合う。

「囲まれないようにするにはどうしたらいいと思う?」

 その表情は真剣そのもの。瑞葉は額を押さえて大きくため息を吐いた。しかしその頬は少し緩んでどこか嬉しそうに見えた。

「帰ってから考えましょ。高保さんたちを待たせちゃ悪いわ」

「む、そうだな。そうしよう」

 今度は二人して駆け出した。先より足取りは軽い。馬車へ向かい二人が走る。

「……ないぞ!」

「え、あぇ? れ、え?」

 馬車の姿が消えている。今二人が立っている場所からは先ほど馬車がいたところを見下ろせるのだが、その姿はない。ミザロの姿は少し方角を変えて、魔物と戦う前に瑞葉が背にした大岩の方にいた。先を行く彼女は慌てる様子もなく坂を下っている。

「ミザロ姉! 馬車がないぞ」

 ロロが指をさして声を上げるとミザロは振り返って口を開く。

「早くついて来てください」

 それだけだった。それ以上は何も言わず淡々と坂を下るものだから二人共何も言えず急いで合流する。

「馬車は先に行ったんですか?」

 合流し瑞葉が尋ねるがミザロは答えない。ただただ歩く、坂を下る、若干早歩き、いや彼女にとっては普通らしい。それで大岩の元へ辿り着くとそれに隠れるようにしているカクラギ、そして馬車の姿があった。

「あった、いた」

「先に行ってたんですね」

 瑞葉がそう声をかけるがカクラギが首を振る。首を傾げる見習い二人。それを無視してミザロがカクラギに報告を始める。

「私が発見したトウボクサイは全て討伐しました。全部で十一体、中に成体が二体いましたね。群れとしては一般的な頭数かと。しかしはぐれ個体などいるかもしれません。そちらは?」

「とりあえずこちらに被害はない。周囲に他の気配もなし。今は牛鬼殿に更に範囲を広げて索敵してもらっていて何もなければあと三分程度で戻ってくる予定だ」

「そうですか。とりあえず問題は無いようでなによりです」

 ぽかん、と口を開ける見習い二人。そのやり取りは二人がこれまでに想像したことのないものだ。ミザロとカクラギは二人の表情から何やら衝撃を受けていることは察したが、実際その通りで、いや、察したものよりずっと大きの衝撃を受けているという方が正しい。冒険者に対して抱いていた憧れ。ロロも瑞葉も多少は形が違えどその大きさは想像に余りある。小さな頃から農場の手伝いにかこつけて体力や魔力を鍛え、冒険者になることに難色を示していた親を長い期間をかけて説得し、一か月の研修を真面目に受けた上で今ここにいるのだ。

 そして今、二人の中で憧れだったものがはっきりとその姿を現した。

「カクラギさん」

「なんだい?」

「俺たちが向こうに行ってから何してたんだ……、ですか?」

 質問をしたロロ、そしてその隣に佇む瑞葉、二人の視線がカクラギに向けられる。その様子はカクラギも面食らう程に真剣で思わずたじろぐ程だ。彼は想像と違う二人の様子に何やら調子を乱されたのか、こほん、と答える前に軽く咳ばらいをした。

「ミザロが魔物を発見した時点で……、いや、正確には倒木を発見した時点からか。私と牛鬼殿は真っ先に馬車の周囲の警戒をしていた。それから安全な場所への移動を考えていたわけだが、魔物がトウボクサイとわかった時点で即座にこの大岩の陰に移動を開始したよ。トウボクサイはその体躯と巨大な角による突進が危険だろう? だから上から突進してこれないようにここに来たわけだ。そこからはミザロの討ち漏らしや元から離れた場所にいた個体が横から来ないように牛鬼殿と警戒していたよ。その危険性がないと判断した後に牛鬼殿に索敵へ行ってもらって今に至る、かな」

 その説明を一言一句聞き逃さないようロロと瑞葉は集中していて、話が終わっても唇をぎゅっと結んで黙りこくっていた。

「まだ何か聞くことがあるかな?」

「……いえ、大丈夫です」

 見習い二人が何を考えているのか、今までにない反応にミザロとカクラギは顔を見合わせて困惑する。御者席から顔を覗かせてその様子を見ている高保も不思議そうに首を傾げている。数秒後にロロたちの後ろに牛鬼の姿が見えて、偶然だろうがそれとほぼ同時にロロが声を上げた。

「俺、勘違いしてたんだ!」

 怪訝な顔をする牛鬼。思わずミザロやカクラギの方を見るが似たような表情だ。高保も、或いは獅子馬も妙なものを見るような目で彼を見ていただろう。ただ一人を除いては。

「やっぱりそうよね!」

 ロロの言葉に呼応するように瑞葉が声を上げる。周囲はますます困惑を深める。しかし二人はそんなもの気にしない、気にならない。なぜなら彼らはようやく気付いたのだ。

「ああ、本当にな。今までこんなに長い間わかってなかったんだよ」

「そうね……、私たちって馬鹿だったのね」

「だがそれも今日までだろ」

「ええ!」

 拳を合わせる二人。滅茶苦茶盛り上がってる二人。目を輝かせて未来に思いを馳せる二人。

「こやつらは……、何に浸っているのだ?」

 戻ってきたらいきなりわけのわからない劇場が開幕し顔を引き攣らせる牛鬼。後ろを向いて遠くを見つめるミザロ。頭を抱えてあー、うむ、と言葉にならない声を絞り出すカクラギ。遠くからこの旅が無事に終わるか急に不安になる高保。暇そうに嘶く獅子馬。場は混迷を極めている。

 感極まって涙でも流しそうな勢いの二人の間を割って、若干不本意ながら牛鬼もミザロも触れたくないような様子を見せているので仕方なく、カクラギが話を促す。

「えー、っと、急にどうしたの?」

「決まってるだろ!俺たちさ、ずっと勘違いしてて本当に何やってたんだって感じでさ!自分たちが憧れ

「私たちずっとかっこいい冒険者に憧れてて、でもそれが何なのかようやく気付いたんです!今までは魔

れてたのが何だったのかようやくわかったんだ!かっこいい冒険者ってのはさ、この世界を滅ぼそうとす

王を倒すような冒険者がそうなんだと思ってたんです。だって物語の中の冒険者は魔王を倒して世界を平

るような敵を倒すもんだと思ってたんだ!でも違ったんだよ!本当に大事なのはそこじゃなくてさ、つ」

和にするから。そういう物語ばかり読んできたせいで、そういう結果になることが大切なんだって思っ」

「待った待った待った待った!」

 身を乗り出すようにした二人から溢れ出す言葉と想いの奔流に思わず、というか必死な静止の声がかかる。二人はそれを聞いて時間が止まったように言葉の途中で口も空いたまま急に動かなくなる。

「あ、いや、えー、楽な姿勢に」

 二人は顔を見合わせて口を閉じ、ロロは腰に手を置いて偉そうに、瑞葉は杖を両手で固く握りしめる。その目は爛々と輝いていて、カクラギは思わず顔を強張らせてしまう。

「あー、うん。まず、一人ずつ話を聞こう。まずはロロ君からどうぞ」

「よっしゃあ!」

 ロロは拳を握り高く掲げる! 何のポーズだ、と周囲は思ったがその隣で瑞葉が悔しそうに唇を噛む。二人の中では通じ合っているらしい。

「まあさっきも言ったことになるけどな。俺たちってさ、かっこいい冒険者ってのに憧れてたんだよ。ちっちゃい頃からずっとずっとかっこいい冒険者になるって思ってたし、言ってたし、今からそうなるんだ。たださ、さっきのミザロ姉とカクラギさんの話を聞いて思ったんだ。俺たちって何がかっこいい冒険者なのかわかってなかったなって、なあ?」

「ええ。ずっと勘違いしてたのよね。私たちは魔王を倒して世界を平和にするのがかっこいい冒険者だって思ってた。物語の冒険者ってそういうものだから、そういう結果こそが大切なんだって。でも違ったの、ね?」

「ああ! 大事だったのはさ、みんなを守るってことだったんだよ! 平穏に生きてる人たちを守る、これだったんだよ!」

「さっきの二人の話で私たち、やっと気付けたんです! 大切なのは敵を倒すことじゃなかったって、守るべき人たちを守ることなんだって!」

「そうだな瑞葉!」

「ええロロ!」

 二人が拳を掲げて腕を組んだ。

「俺は」「私は」

「かっこいい冒険者になるんだ!!」

 拳を空に向かって突き出すと共に大きな、威勢のいい声が森の中に響く。数秒後にはその声も消え去り辺りは静まり返る。一人ずつ聞くって言ったのに、こんなところで大声を出さないでくれ、こっちの話を聞いてくれ、或る者はそんな言葉も出ずただただ顔を覆い俯く。或る者は何も見なかったことにして依頼人とここからの順路について話をする。或る者は若者にはついていけんと丁度良い段差に腰を落ち着けていた。二人が突き出した拳はまだ上がっている。


 しばらくして二人が落ち着いて、ミザロがそれとなく先の大声に対し二人を注意し、それからようやく先へ進み始める。もっともここから先は雨原の町へ着くまで語ることはほとんどない。せいぜい二人のやる気がそれまでより増していたことと、お目当ての小動物に会えなかったことを瑞葉が残念がっていたぐらいだろう。あの大声で逃げたんじゃないかというような言葉を誰もが心に思ったが幸いにも口にしたものはいなかったらしい。

 森を抜けて平原。幸いにも危険な獣にも遭わず平坦な道を歩くだけだ

「森の中が何だったんだってぐらい楽だな」

 思わずロロがそんなことをこぼすぐらいに楽な道のりだ。瑞葉は既に足腰の体力が残り少なかったところで飛び上がって喜びかねないほどだったが。そしてそんな道をしばらく歩き、ようやく目的の町が見えた。

「もしかしてあれが?」

「ええ、雨原の町です」

「正午は過ぎてしまいましたがほとんど予定通りですね」

「やった、ようやく休める」

「おいおい瑞葉、気を抜くなよ」

「わかってるわよ。かっこいい冒険者になるんでしょ?」

「ああ!」

 二人の様子は戻り切っていないがもはや気にする者はいない。というかこんな状態の彼らに積極的に関わりたいと思う者などいないのだ。

 雨原の町、門の前。

「通行には身分証明をお願いしています」

 門の前に立ち塞がる門番。先頭にいたミザロが冒険者の証、二等星のバッジを見せる。

「二等星! これは失礼を致しました。商人の護衛ですか?」

「ええ、彼ら見習いの試験でね」

 ミザロに促されてロロと瑞葉がバッジを見せる。

「その様ですね。ということは後ろの方々も?」

「ええ」

 そのやり取りを見ながらロロが瑞葉に耳打ちする。

「二等星ってすごいんだな。驚いてたぜあの人」

「そうね。あの魔物たちをあっさり倒せるだけはあるのよ」

 二人がそうやって話している間に高保やカクラギたちも門の通行を許可され町の中へ入る。ショウリュウの都に比べれば建物も少なくその一つ一つも小さいものだが、ロロと瑞葉は初めて見る他の町に興味を隠せない様子できょろきょろと辺りを見回している。高保がこの町で拠点にしているという家へ皆を案内し、それぞれが荷物を置くと高保が二人に声をかける。

「お二人共、よろしければこの町を案内しますよ」

「え、いいんですか?」

 高保の提案に瑞葉は少し驚きながらそう返す。

「僕の仕事はもう急ぐものでもありませんから。元々の予定では来週ぐらいにここに来るつもりでしたからね。今ここにいるということはかなり余裕があるんです。お二人を連れて行っても構いませんよね?」

 高保がミザロに確認を取ると彼女は頷いた。

「構いませんよ。護衛の依頼自体はここに辿り着いた時点で終わりましたしね。明日の出発の時間までは自由時間の予定です」

「だそうですよ。いかがですか?」

「そうなんですね」

 瑞葉には高保の厚意を受けるべきだと思う気持ちがあった。この町に詳しい人の案内はありがたいものだし、善意から出た行動を無下にするべきではないと思っていたからだ。彼女は高保の顔を一瞥する。

「……でも遠慮しておきます」

 そして彼女は案内を断った。

「そうですか? 遠慮の必要はないのですが……」

「高保さん、俺たちは疲れている人を引っ張り起こしてまで観光する気はないぜ」

 びしっ、とロロが親指を立てる。瞼は窪み濃くなった陰影、歩く時の重い足取り、たまに出る欠伸、それらの様子は高保の身体に疲労が溜まっていることを訴えている。

「私たちは勝手に見て回るので休んでてください」

「そういうことだな」

 疲労が見透かされていたことに高保は少しバツが悪そうだった。

「晩御飯は一緒に食べようぜ」

「おすすめのところ、教えてくださいね」

 そう言って二人は観光へと出かけて行った。残された者たちはその姿が見えなくなるまで手を振り見送る。

「いい子たちですね」

「ええ、そうですね」

「あの子たちは試験に合格ですか?」

「無事に帰るまではわかりません」

「なるほど、あとで記念にサインでももらっておきましょう」

 高保は身を翻して歩き出す。

「どちらへ?」

「夕食時まで休んでいますよ。あなたたちはお腹を空かせておいてください。おすすめの爪長鳥の煮込みを御馳走しますから」

「なるほど、楽しみですね」

 雨原の町でそれぞれがそれぞれの時間を過ごす。ロロと瑞葉は都では見ない様式の建物に驚き、食べたことのない獣の肉を食べ、広がる平原を高くから見下ろす。ミザロは土産物屋で真剣な表情で毛獣の彫り物を選っている。カクラギはこの町の警備隊と情報交換し、牛鬼は刀を抱いて眠っていた。

 日が落ちて、場所は高保のおすすめの店。ここは爪長鳥料理がおいしいと評判の老舗だ。

「おお、これが爪長鳥の煮込み!」

「ま、丸ごと入ってるんですね……。しかも二羽も」 

「この頭のところも美味しいんですよ。嘴なんかはぷるぷるして絶品ですよ」

「そうなのか? 食べていいのか?」

「……私はいいかな」

「ロロ君は威勢がいいね。初めて見た人は結構尻込みするんだけど」

「ロロ、あなたはそっちの頭を食べなさい。こっちのは私が」

「む、ミザロよ。それは待った方が良い」

「牛鬼さんは嘴が好きなだけでしたね。しかし私はこの頭の味を余すところなく楽しむことができます」

「それならば嘴だけ渡してくれれば良い」

「いえ、私も嘴は好きなので」

「あはは、喧嘩はやめてくださいよ。あ、爪の唐揚げが来ましたよ」

「爪の唐揚げ?」

「お待ちどうさま。爪唐揚げ三人前どうぞ」

「名前の通り本当に長いですね。爪って固くないんですか?」

「固いさ、ただ二度揚げするとぱりぱりしておいしくてね」

「爪長鳥と言えばこれですね」

「あ! ミザロ姉三本も一気に!」

「ミザロ貴様……」

「ミザロさんって結構、その、食い意地が」

「いいじゃないですか。僕の奢りですからじゃんじゃん食べてください」

「……楽しそうだな、あの席」

「高保さんとその護衛で来たショウリュウの都の冒険者らしいですよ」

「へえ……、そりゃあいい冒険者だったみたいだな」

「そうなんです?」

「そうだろ。あんな笑い合って楽しそうにしやがって」

「それもそうですね」

 楽しそうな笑い声は鍋が空になってもまだ続いていたという。

 翌日、日が昇って辺りが明るくなった頃。

「もう行かれるんですか?」

 高保の前には出発の準備を整えた冒険者とその見習いの姿がある。ミザロが代表して問いに答える。

「ええ。ロロや瑞葉は見習いで遅くなっても問題ありませんが私やカクラギさんは他の仕事もあるので。あまり遅くなるわけにもいきません」

「そうでしたか。もう少し色々とお話したかったですが、仕方ありませんね。もしもここや楼山の都に来ることがあれば僕のところを訪ねてください。歓迎しますよ」

「高保さんもショウリュウの都に来たら教えてくれよ」

「今度は私たちがおすすめの店に案内しますね」

 二人の言葉に高保は目を細めて微笑んだ。

「ええ、是非とも」

 雨原の町を後にする冒険者とその見習い。帰りの行軍は足場の悪い森の中をぐんぐんと進む。その速度は行きよりもずっと速く、特に瑞葉はついていくのに苦労した。しかし幸いにも帰り道は何も起こることなく森を抜けて船着き場付近。

「やった、あとは船旅ですね」

 瑞葉が喜びほっと息をつく。しかし。

「いえ、帰りは途中まで歩きますよ。その方が早いので」

「え」

 曰く、下流から上流へ進むのは船足が遅いので途中の乗り場までは歩くらしい。道中、瑞葉の悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。

 そして、とうとう。

「帰ってきたな」

「……ええ、やっとね」

 ショウリュウの都、東門。冒険者とその見習いはようやく帰ってきたのだ。門を潜りそれから郊外の農場を通り過ぎて都の中央部、更にもう少し歩いて冒険者の拠点、志吹の宿へ。

 ミザロが入り口の戸を開けると中には数人の冒険者と崎藤が話しているのが見えた。崎藤は彼女の方へ目を向けると話を切り上げてカウンターの方へと戻っていく。ミザロが中へ入るので他の面々もその後へ続く。

「やあ、お帰り。どうだったかな?」

「問題ありません。聞くまでもないでしょう?」

 朗らかに尋ねる崎藤を冷たくあしらうミザロ。

「あー、そうだね。……すみません」

「私は着替えて仕事の準備をしますので、あとはお願いします」

「……はい」

 ミザロが宿の奥へ去っていく。崎藤は身を縮めてしゅんとしている。

「ミザロ姉、相変わらず崎藤さんに厳しいな」

「そうね」

「ごほん」

 心の傷から回復した崎藤が咳ばらいを一つ。それからロロたちに向き合う。

「初めての依頼はどうだったかな?」

 その問いにロロと瑞葉は顔を見合わせ、それからふっ、と笑みを浮かべて肩を組んだ。崎藤は気付かなかったがこの時、ロロたちの後ろにいたカクラギと牛鬼が顔を引き攣らせて肩を落としていた。

「崎藤さん、俺たちこの依頼を受けてよかったって思うんだ」

「ええ、この依頼の中で今までより大きく成長したの」

 それはよかった、と崎藤が口を挟む暇もなく二人は続ける。

「そうだな……、俺たちはもはや今までとは別物と言っていいぜ」

「勘違いを正した私たちは目標に向かって一直線に進めるわ」

「瑞葉!」

「ロロ!」

「俺は」「私は」

「かっこいい冒険者になる!!!」

 拳を突き上げる二人。呆然とする崎藤や近くでたむろしていた冒険者たち。牛鬼とカクラギはまた始まったと顔を背ける。

 その日、志吹の宿では二人の冒険者見習いの試験の話題で持ち切りだった。崎藤の奢りで様々な食事が提供されロロと瑞葉はテーブルの中央で船旅の思い出や森の中での出来事を語る。それは大いに盛り上がり、宿の前を通った人は何の騒ぎだろうかと不思議に思う程だったという。

 家に帰ってからもロロと瑞葉の興奮は収まらない様子だった。それぞれ家族に依頼の中であった様々な事を話し、話し、話す。まだまだ話し足りない様子だったが、夜も遅く二人の疲労も溜まっておりいつの間にか眠りについていたという。

 試験は終わり後は結果を待つのみ。今はただこの冒険者見習いにしばしの休息を。


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