50.楼山の都
山河カンショウの国、楼山の都。ここはこの国が誇る四大都市の一つであり、その中で最も標高が高い場所に作られた都だ。そこへ向かうまでの道のりはよく整備されており体力さえあれば辿り着くのは難しくない。しかし険しい岩山の景色を見ていると、道を切り開いた者への畏敬の念が浮かぶことは間違いないだろう。
そんな道のりを彼ら冒険者は踏破した。
「あれが楼山の都か!」
ロロが大きな声を上げる。高保が引き連れる冒険者一行がいるのは楼山の都の手前、或いは少々行き過ぎた場所。彼らは都の門で荷物の入った馬車を引き渡すと一旦引き返し、少々険しい道を登って岩山の一角に築かれた平地へと来ていた。
この平らに均された足場からは楼山の都を一望することができ、人々が作り上げた生活の営みを余すことなく見ることができるのだ。
「あっちの建物、岩にめり込んでませんか?」
「俺の目にもそう見える」
「あの塔はそこらの石を積んで作ってるのか?」
「そうだ。古くからあるものは大抵が特に加工もされていない石を積んで作られている」
初めて来た者が驚きの声を上げるのも無理はなく、見下ろす景色はショウリュウの都とは全く異なっている。多くの建物は石造りであり、古いものは石を積んで建てられ、最近のものは成型した石をやはり積み上げて建てられる。ショウリュウでは煉瓦が比較的馴染みがあるのだが、ここでは煉瓦よりもそこら中で切り出される石を使っていることの方が多いようだ。
「本当にここって岩しかないんだな」
その言葉は都の建物だけを指しているわけでは無い。彼らの立つその岩山の事も指しているのだ。山肌はほとんどが岩で覆われており、稀に植物がその隙間を縫って生えているのが見えるだろう。この山を登ってくる最中にも、木々が生い茂っていたのが段々と地面が岩に覆われ緑が減って行く様に何人かが驚きの声を上げていた。
「さて、見物はこの辺りにしてそろそろ楼山に入りましょうか」
その言葉に皆が見物を切り上げてぞろぞろと降りて行く。その中で最後まで都を見つめていたのが木更津だった。彼は遠くの山肌にめり込むようにして建てられている半球状の建物をじっと見つめているようだった。
楼山の都は石材で作られた防壁に覆われているが、その防壁はあまり高さが無い。
「高さがショウリュウの半分ぐらいしかないよな」
真下まで来た時にロロが思わず呟く。
「この高さだと魔物が入って来たりしないんですか?」
瑞葉が素直な疑問を尋ねると高保はうんうんと頷き。
「もちろん入って来るよ」
と、周囲を驚愕させる答えを放った。
「え、え?」
「いいのかそれで?」
「町の中で魔物と戦うなんざ御免だぞ」
皆が驚きと困惑に声を上げるが、無論、魔物が入って来ようと現在の状態になっているのはちゃんと理由がある。
「実はこの辺りでは壁の高さにはあまり意味が無くてね」
楼山周辺の危険生物はその環境に適応した姿になっている。例えばこれから彼らが討伐に向かうイワムシは背負っている殻を周辺の岩に擬態することで身を守る性質を持っている。そしてその殻は頑丈でとても重く、結果として垂直に切り立った壁を超える術はない。
しかし壁を越えられる生物も当然いる。岩山に巣を作る巨鳥などがそうだ。しかし巨鳥はその名の通り鳥であり空を飛ぶ。壁を高くして防ごうなどと言うのは愚の骨頂であろう。
「他の獣や魔物も基本的に高さに関しては必要が無いか無意味のどちらだからね、維持管理と防壁としての役割を考えるとこのぐらいの高さに落ち着いたというわけさ」
「へぇー。場所によって色々と変わるんですね」
門を潜り中へ入ると先程高くから見渡した街並みが彼らの目の前に広がる。
「おぉ、すげえな」
「本当にね……」
石造りの建物や石畳に覆われた道、とにかく街並みの全てが石で造られたそれはまるで別世界に来たような錯覚さえ感じさせる。
特にロロと瑞葉は農場で生まれ育った為か見渡す限りに土の見えない光景というのは想像すらしたことも無かったようで何だか落ち着かない様子でさえあった。
「ここでも野菜は育つのかな?」
「土が無いのに?」
「畑は大昔に土を下から運んで作り上げたものがあるよ。ショウリュウの都ほど豊かな土は無いけどね」
「そうなのか……。昔の人は凄いな」
楼山で取れる野菜の量はかなり少ない。いくらこの場所が都と呼べるほど広いとはいえ居住地を確保した上でそれを補い切るほどの野菜は取れないのだ。故にこの土地での食料は主に狩りで賄われている。
「至る所で獣の肉が干してあるな」
「楼山の名物ですよ。周辺で獣を狩っては皆が家の前に干すんです。討伐依頼が出ているイワムシやトリデノオヤドも食料になるんですよ」
「旨いのかな?」
「美味しいです、が、少々手間がかかりますかね」
「手間が」
「まあ依頼が終わればその機会も来るでしょうしその辺りは後々」
一行は楼山の様々な文化や習慣について話しながら冒険者の拠点へと向かう。楼山の民はその様子を眺めていた。
「あれってショウリュウの?」
「ほらあの高保さんの隣にいるのってミザロでしょ? 新聞で見たことあるわ」
「あっちはあの長い名前のチームの一人だよな? 見覚えがある気がする」
「他の人も有名なのかねえ」
ざわつく人々を見て一組の男女が足を止めた。その視線は冒険者一行の中の一人に向けられている。
「ねえ、あれ」
「ん? ……おいおい木更津か? 木更津だな?」
「帰って来てたんだ,」
その視線に気付く者は未だいない。彼らは一行が通り過ぎて行くのを見送ると山肌にめり込むようにして建てられた半球状の建物へと向かって行った。
楼山の冒険者の拠点『カナメイシ』は食堂の中に併設されている。一行が中へ入るとまるで待ち構えていたかのように座っていた皆が彼らの方を見る。今は食事時から外れ食堂の客は少ないはずだ。
つまり彼らは皆、楼山の冒険者である。
「来たか、ショウリュウの冒険者諸君」
代表するように一人が立ち上がり前に出る。いや彼が立ったその瞬間には他の者が明らかに迷惑そうな、或いは面倒そうな表情をして見せていたので勝手な行動だろう。
「我が名は慈楼。人々に慈しみを持ち、高楼より人々を見守る、楼山を愛する最強にして最高の冒険者だ。よろしく」
きざな台詞と共に唇をその指にあてて皆に投げかける。彼を知らぬ者はその対応に苦慮するように顔を顰め、彼を知る者はまた始まったとやはり顔を顰めていた。
しかし楼山の者は誰も動こうとしない。関われば面倒なことになるだけと知っているからだ。
「慈楼さん、お久しぶりですね。あちらに依頼を受けに来た方がいるようですし、そちらの対応をしてはいかがですか?」
こんな時に頼りになるのはミザロだった。
「ミザロ君、少々冷たくないかね。私のような素晴らしい人格者を前にそのような」
「剛毅万来の誰かが来ると思っていたのですが、彼らは依頼でも受けているので?」
ミザロは慈楼を無視して他の者に話を振る。その相手は困惑しながらもミザロの問いに首を縦に振った。
「そうでしたか、ついてませんね。楼山一の実力者がここを離れているとは」
「ミザロ君? ちょっと私の話を」
「あなたと話すのは面倒なので他の方を所望します。どうせここに住み着いているのですからあなたはここの仕事を手伝うべきでしょう? 話し相手は、そうですね……、ガイさんがいいでしょう」
「……そこまで言うかね、君」
あまりの扱いに慈楼の事を少々可哀想に思う者も現れたがミザロは容赦しない。
「慈楼さん、向こうへ行ってください。そして話が終わるまで帰って来ないでください」
「……はい」
慈楼は首を垂れてどんよりとした空気を纏いながら歩き出す。その背中はあまりにも哀しみを背負っており、その姿を見たとして誰も彼を二等星の冒険者だとは思わないだろう。
慈楼が去ると筋骨隆々の、ミザロの前に立つとその倍はあるんじゃなかろうかという巨体の男が立ちあがる。
「ご指名どうも。えー、この度はショウリュウの都よりわざわざ来ていただきお礼を申し上げる。俺はガイというものだ。一応ここで二十年程冒険者をやっていて……、まあ自己紹介は追々でいいか。えー、今回は楼山付近に現れたトリデノオヤド及びイワムシの討伐を協力してやっていくわけだ。俺達にも君達にも互いに得難い経験となるよう努力していくつもりだ。とりあえずこれからしばらくよろしく頼む」
彼が頭を下げると拍手の音が響く。それはロロが特に考えも無く打ち鳴らしたものだったがそれは隣へ、或いは遠くへ、次々と伝播していき食堂の中には温かい拍手の音がこだましていく。
「おいおい、下手糞な挨拶をしただけだぜ?」
「良いことですよ。こういった雰囲気の方が皆やりやすいものです」
「それはそうだな」
そんな温かい雰囲気の中、ひとまずと言った具合に依頼の詳細が皆に共有されて行った。
討伐作戦が行われるのは明日の早朝だ。今日の所は互いに親交を深めるべく食堂をほぼ貸し切り交流会と相成る。
ロロ達の卓には明日の依頼で同じ組となった者、木更津と慈楼、そして楼山の冒険者であるコイコイの六人が座っている。
「君たちはまだ四等星になって数か月か。運が良い。我輩のような実力者の戦いを間近で見られるとはな。さては君達、随分と善行を積んでいるようだね」
「まあな、やっぱり俺はかっこいい冒険者になりたいからな。どんどん積んでかないと」
「ふふふ、それは良いなあ。かっこいい冒険者とは大きくて良い夢だ!」
ロロと慈楼は馬が合うらしく二人でどんどんと盛り上がっている。同じ卓についているというのに落ち着いた雑談をしている他の四人とは別世界にいるようだ。
「コイコイさんは丙族なんですね」
「あ……。その、やっぱり丙族はまずかったですか?」
「あ、そんなつもりじゃ。というか、うちのハクも」
瑞葉の言葉を受けハクハクハクが髪を掻き上げる。額に浮かぶ丙の字を見てコイコイは思わず息を吐いた。
「あなたも丙族でしたか」
「あ、うん、その。ハクハクハク、です。よろしく」
「よろしく……。ハクハクハク、ですか」
彼は名前を聞き少し考え込む素振りを見せる。じっとハクハクハクの方をどこか値踏みするように見つめている。
「……荒公候の血筋の方で?」
「え?」
「荒公候?」
ハクハクハクと瑞葉は思わず首を傾げる。荒公候、という言葉に覚えが無いのだ。それは横で聞いていた木更津や近くにいてたまたまその声が聞こえた者も同じであった。
「ああ、失礼。……丙族の名前が二音を繰り返して付けられるのはご存じでしょう?」
「まあ、はい」
「しかし彼女のように三度繰り返されるのは稀のはずです。少なくとも私の知っている範囲ではいませんでした」
彼の言葉を聞いた者が自身の知っている丙族の名を思い返すが、確かにハクハクハクのように同じ音を三度繰り返す名を持つ者に心当たりは無かった。
「これは丙族の中でも極一部の人しか覚えていないようなことですが。その名を付けるのが許されていたのは、荒公候の血筋の者だけだったのです」
「荒公候というのは、その、昔の偉い人ですか?」
「話によれば大昔に丙族を率いていた人らしいのですが……。まあ伝説のようなものですね。今ではそんなことは忘れられて皆好きに名を付けていますよ」
「へぇー、そんな話があったんだ」
そんな思わぬ丙族の小話で盛り上がりながら話は段々と明日の事へと移り変わって行く。
「私たちイワムシやトリデノオヤドを見たことも無いですよ。正直、不安です」
瑞葉が緊張を隠すことも無く机に置いた食器をぎゅっと握り締めている。
「ふふふ、お嬢さん。しかし心配は必要ないのだ。本来なら我輩一人いれば事足りるというもの! おおっ! なぜ我輩はこれほどまでに強く美しいのだ! 神に贔屓されし者の悲哀だなぁ」
慈楼は相変わらず、いや、少々酔いが回っており先程までよりも騒がしい。瑞葉は小声でコイコイに尋ねる。
「慈楼さん二等星なんですよね、本当に強いんですか?」
コイコイはその問いにくすり、と笑う。
「不安になるのは分かりますが、実力は確かですよ」
「場所が変われど二等星になるには相当な実力と実績が必要だ。間違いなく、本物だろう」
コイコイに加え木更津にまでそう言われたが瑞葉は信用ならないといった具合に疑いの眼差しを慈楼に向けている。彼は今もロロと二人でどんちゃん騒ぎを始めん勢いだ。
「明日は慈楼さんの凄いとこいっぱい見せてもらうぜ!」
「そうだな、そうとも! 期待すると良い! 期待以上のものが見られるぞ!」
二人の笑い声が食堂に響く。瑞葉は二人を無視することに決めて目の前のスープを飲み始めるのだった。
翌早朝、大勢の冒険者が楼山の門付近に集まる。言うまでも無く、彼らはトリデノオヤド及びイワムシの討伐へ向かう面々だ。それぞれが雑談に耽ってその時を待っていたのだが、全員が揃ったのを見て楼山の冒険者を代表してガイが前に出る。
「皆、朝早くに集まって頂き感謝する。準備が出来ているのなら早速討伐へ向かおうと思うが、まあ今一度確認してくれ」
それぞれが思うままに荷物を確認する。ロロは剣を手に取り、瑞葉は鞄の中に必要な物が揃っているかを念入りに確認し、ハクハクハクは杖と背負った鞄の紐を握り締める。
「……よし、問題は無いようだな。昨日説明した通りの組み分けで討伐に向かう。皆、怪我の無いように、くれぐれも慎重に、だ。では、集まったところからそれぞれ出発しよう」
ガイの言葉を聞き終えると準備を終えたところからぞろぞろと門の外へと歩き出す。
「先に行きますよ」
ミザロがロロ達に声を掛けて手を振った。
「お前らも頑張れよ!」
虎イガーの虎太郎がロロの背中を叩き先へ行く。
「はあ、面倒だな」
安川がそんな風に溜息をつきながらツバサがまとめ役を担っている集団の方へ向かって行った。
どんどんと人数が減って行く門の前でロロ、瑞葉、ハクハクハク、木更津、慈楼、コイコイの六人が円を描いて向かい合う。
「集まったな。ま、華麗なる我輩がいれば何も心配することは無い。皆、道は覚えているか?」
「一応地図は頭に入れました」
「俺はあんまり」
「そうか。瑞葉君は真面目なようだ、ロロ、君は座学は苦手かね」
「ざがく……」
「勉強のこと」
「ああ、まあ苦手かな」
「ふむ、しかし人と人とは補い合うことができる。今は出来ずともよいさ。いずれは出来るようになればいい」
「おお!」
「我輩は全て完璧で最高なのだがね!」
ロロの拍手と他の者の白けた表情が良い塩梅となったところで木更津が咳ばらいを一つ。
「そろそろ出ないか? 他の者はほとんど行ってしまった」
いつの間にやら残っているのはロロ達の組ともう一つぐらいのものだ。そしてその組も今にも出ようとしている。
「木更津君、君の言う通りだな。早速、行くとしよう」
こうして一行は楼山の門を出る。広大な岩山に潜む魔物との戦いは間も無くだ。




