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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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49.かの高き都へ

 ショウリュウの都、東門付近の広場。とある昼下がりに多くの冒険者がそこに集まっていた。中には有名人もおり通りがかった人はこれから何が起こるのかと好奇の目を向けていた。

「そろそろ集合時間だよな」

 ロロが徐に呟く。その場には多くの冒険者が既に集っていたが、肝心の依頼人がまだ姿を現していない。ここに集まった面々を放置してどこかへ行こうものなら即座に場所を特定され包囲されるであろうからそのようなことはあり得ないのだが。

「……こちらへ向かっているようです。すぐに姿を現すでしょう」

 そう言ったのは魔法師ソラと自称する四等星の冒険者。彼女は探知系の魔法が得意であり依頼主の動向を既に感じ取っているらしい。

「ソラさんが言うなら間違いない。ここでもう少し歓談するとしましょう。こうも多くの冒険者が一堂に会することはあまり無いですからね」

 彼はザガ十一次元鳳凰のツバサ。二等星でありその実力は疑いようも無く、温厚な性格からも多くの者に慕われている。

「確かにあんまりない事だろうけどなあ。俺如きにはあんたみたいな有名人は眩し過ぎて目を逸らしたくなる」

 そうひねた台詞を吐くのは四等星の安川。以前冒険者を辞めることを考えていた彼はロロ達と共に依頼へ行きその考えを改めたようだが、生来の性格までは中々変わらないらしい。

「おいおい、牛鬼さんから聞いたぞ。あんただって三等星目指してんだろ。眩しがってる場合か?」

 後ろから揶揄うように声を上げるのが虎イガーの虎太郎だ。

 その他にも多くの者が居り方々で勝手に話が盛り上がり始める。盛り上がり始める、のだが。

「……こんなに大勢になるとは思わなかった」

「……そうだね」

 大人数の空気に馴染めず端で大人しくしている者も当然いる。例えば瑞葉とハクハクハクだ。

 なぜこんなことになったのだろうか。



 事の発端は志吹の宿を訪れた高保、彼が出した依頼だ。

「実はとある魔物の討伐依頼が出ていてね」

 そう言って高保がロロ達三人に見せたのはトリデノオヤドと呼ばれる魔物の討伐依頼書。

「トリデノオヤド……。なんかあんま聞いた覚えが無いなあ」

 ロロが思わずそう呟く。

「確か岩を背負ったヤドカリみたいな……?」

「えと、確か、その、岩山とかに、いる」

「二人共正解だね」

 トリデノオヤドは主に岩山に生息しており巨大な岩のような殻を背負っている。そしてその大きさは一軒家ほどにもなることがあり非常に危険な魔物だ。

「楼山の都では今この魔物の出現が問題になっていてね。僕がここに来る前に確認されていたのが五体ぐらいだったかな」

「家ぐらいの大きさの魔物が五体……」

 瑞葉は一軒家がそこら中を闊歩する様を想像してみたがあまりに現実味が無く恐ろしさよりも間抜けさを感じてしまう。

「ちょっと想像も出来ないですね」

「まあね。僕も直接見るまでは大袈裟に言ってるだけかと思ってたぐらいだよ。遠くから見てみたけど、感想としては僕みたいな一般人にはどうにもしようがないってぐらいだね」

 それは一般人どころか自分たち四等星程度の冒険者にもどうにも出来ないだろう、瑞葉はそんなことを思う。

「高保さんはそれでここに助けを求めに来たってことなの……、なんですか?」

「ははは、ロロ君は相変わらず敬語がすっとは出て来ないみたいだね。それはそれとして質問の答えだけど、助けを求めに来た、だと少し違うかな」

「少し違う?」

「楼山の都は山河カンショウの国の四大都市の一つだよ。流石に冒険者発祥の地であるショウリュウには負けるけど多くの冒険者がいるんだ。その中にはもちろん、三等星や二等星の冒険者もいるんだよ。トリデノオヤドは確かに脅威だけれどその程度で助けを求める程に層が薄くは無いってこと」

「だとしたら何でここに?」

 ロロたち三人は首を傾げる。高保はにこにこと笑みを絶やさずその様子を見守っていた。

 ところでその後ろで崎藤はとある名簿の作成をしていたのだが、それがようやく完成する。

「高保さん、とりあえずこの辺りの人でどうかな?」

「おっと、拝見させて頂きます」

「何ですかそれ?」

「君たちも見るかい?」

 特に機密でも無いようで高保が自然にその名簿を三人にも見せる。傍にいたミザロも後ろからその中身を確認していた。

「おー、冒険者の名前がいっぱいだ」

「二等星から四等星まで幅広い……。あ、私たちの名前もある」

「……まあ、こんなものでしょう。選定に問題は無いように思うます」

 そこに書かれている名前は二十名ほど、ザガ十一次元鳳凰の有力な冒険者から虎イガーやロロ達のような新進気鋭の者まで様々だ。ロロ達は食い入るようにその名前を見つめるがその共通点は見つけられない。

「全然わからん、何の名簿なんだこれ?」

「私もさっぱり」

「わ、わた、しも……」

 高保がふふ、といたずらっぽい笑みを浮かべる。

「これを見ても分からないと思うよ。この人たちに大きな共通点は無いからね」

「……んー?」

「じゃあどういう名簿なんですか?」

 そう尋ねられて高保は咳ばらいを一つした。

「ごほん、これはね」

 そして天高くその手を突き出し叫ぶ。

「これから行われる楼山、ショウリュウの合同作戦における参加者候補の名簿さ!」

「うおおおっ! なんかすごい!」

 そのあまりに急な盛り上がりに瑞葉とハクハクハクは付いて行けずただただぽかんと口を開けることしかできなかった。



 再び、ショウリュウの都東門付近。ここに集まった冒険者は楼山の都が発案したトリデノオヤド及びその子供であるイワムシの合同討伐作戦の参加者である。無論、その気になれば楼山の都に常駐する冒険者だけでその討伐は可能でありこの作戦の目的は討伐それ自体ではない。

 優秀な冒険者に求められるのはより多くの経験と見識である。

「確かにこの辺じゃイワムシなんて見たこと無いし、色んな人と会えるのは貴重な経験だよね」

 当然だが拠点を異とする冒険者同士で交流すると言うのは貴重な経験だ。場所が変われば文化や習慣が異なり、敵となる魔物の種類も大きく変わる。時に商人や旅人の護衛で遠出をすることがある彼らはその違いを理解しておく必要があった。

 その為には可能ならば他の拠点に赴きその見識を共有してもらうのが手っ取り早い。山河カンショウの国ではそういった目的で特に多くの冒険者が集う四大都市間での冒険者の拠点同士での交流を推進している。

 そのような前提もあり楼山の都では大量発生しているトリデノオヤド及びイワムシの討伐をショウリュウの都と合同で行うことを打診したのであった。

「お、高保さんとミザロ姉だ」

 そして彼らでその顔ぶれが揃う。ここに総勢十三名の冒険者が集い楼山の都へとショウリュウの都より出立したのである。



 ショウリュウの都より東に流れる竜尾の川。船に揺られ冒険者たちは川を上って行く。高保はミザロと共に自身の馬車を船内に停めると甲板にたむろする冒険者を眺めていた。

「いやはや、随分大勢に来てもらえてありがたい限りですよ」 

「いえ、こちらとしても他の都に行ける機会は貴重ですからありがたい申し出でした。特に今回は楼山の都へ初めて行く者も多いですからね」

 山河カンショウの国における四大都市、ショウリュウ、楼山、イザクラ、九華仙に生まれた者の多くは滅多なことでは他の都へ行くことが無い。それは単に自身の住まう都で生活のほとんどが事足りるからである。

 例えば小さな町や村、ロロ達が依頼で訪れたササハ村やナナユウ村などは日々の糧を得るのでさえままならない時もある。その場合に近隣の都へ向かい何かを売って食糧などを買い込むこともあるだろう。

 しかし都においてはわざわざ食料を買いに余所へ行く必要など無いのだ。

「楼山かあ、五日もかかるんだってさ。安川さん行ったことある?」

「いや、俺は他の都へ行くのは初めてだ。山の中とは聞いたけどな、実際どんなんなんだか」

 今回、初めて楼山を訪れる者は半数ほどもおり、皆それぞれに楼山がどのような場所か思いを馳せているようだった。

 楼山の都への旅はおおよそ五日程度かかる見込みだ。まずは船で丸一日ほど川を上り、それから森の中を通って雨原の町を目指す。そこで必要な物資を補給したら今度は楼山の都がある山脈へ向けてひたすら歩くのだ。幸い、雨原の町と楼山の都の間は道が整備されており苦労することは無いだろう。

「道中で我々の力が必要になるのは船を降りてから雨原の町に着くまでの間だろう。この間は森の中を通ることになる。馬車の進路確保と周囲の警戒を手分けして行うのが無難だろうな」

 経験豊富で周囲の教育にも熱心な所のあるツバサが他の者に今後の予定を共有している。初めての道程故に熱心に聞く者あり、既にわかり切っているとばかりに雑談をする者あり、人見知りで誰かの背に隠れる者あり。

「ところで前の時は船内を探検するぐらいに余裕があったと思ったけど……」

「……今は、そんな、……余裕ないです」

 船酔いで甲板の手すりにもたれかかり青白い表情を見せる者もあり、だ。



 数の暴力という言葉もあるが、高保一人の為に十三にも冒険者が護衛を務めるというのははっきり言って過剰にも程がある数だ。故に船を降りて雨原の町への道のりは何の問題も無く、それどころか予定よりもかなり早く到着した。

 雨原の町の広場で馬車を停めると高保が皆の前に立つ。

「ここまで早く着くとは、本当にありがたいことです。普段より鮮度が良いので商品が高く売れますよ。多少、報酬に色を付けてもいいかもしれませんね」

「いいぞいいぞ!」

 何人かが高保の言葉に色めき立つ。実際は多少色を付けたところで大勢で割ることになる以上大した額にはならないのだが、こういうのは実際の利益よりもそういう気持ちが嬉しいものだ。

「私は荷物を下ろす必要もありますし一旦ここで解散しましょうか。折角ですからここに一日長く滞在して予定通りに出発しましょう」

「いいんですか? 魔物が大量に発生してるんですよね?」

「向こうも準備がありますからね。変に早く行っても待たされるだけですよ」

「そうなんですか……」

 そんな会話もあり一行は雨原の町で散り散りになる。高保は早速とばかりに取引先へ向かい、ミザロは気が付くとどこかへ消えていた。安川が一人で歩き出すとその後をソラが追い、更にツバサがその後へ続く。虎イガーの面々は連れ立ってどこかへ消えて行き、その他の面々も思い思いの方へ消えて行く。

 そんなこんなでいつの間にか広場に残っていたのはロロ、瑞葉、ハクハクハク、いつもの三人だけ……、いや、もう一人いる。

「あれ、木更津さんだよな」

 彼は木更津、三等星の冒険者である。痩身長躯の彼はどこか遠い空を見つめその長い髪を風にたなびかせる。その瞳は泥沼のように濁り憂いに満ちていた。

「なんかこの前と雰囲気が違うね」

 瑞葉は思わずそう呟く。

 木更津とロロ達とは直接の面識は無い。お互いにたまに宿で見かける顔だと思っているぐらいだ。その印象が三人に強く残ったのはつい先日。

 高保の依頼を受けて楼山の都へ向かうことを決めた三人が宿でいつものように食事をとっていた時の事だ。



 バアン!

 大きな音を立てて宿の扉が開かれる。中にいた者は皆、目を丸くして扉の方を見つめていた。そこに立っていたのは痩身長躯、長髪を携えた男性。

 余程大慌てで来たのだろう、肩で息をしながら呼吸を落ち着けることもせずに話し出す。

「はあ、はあ。楼山の、魔物討伐……」

 言いながら彼は受付に立っていた崎藤の方へ迫る。その迫力に思わず崎藤が一歩身を引いているのが見えた。そして木更津は拳を受付台に叩き付け言う。

「まだ空きは、あるか?」

 そして彼は参加の手続きを済ませるとそのまま身を翻してどこかへ消えて行ったのである。

 元々高保が持って来た依頼は両都の交流を大きな目的としている部分があり、人数に上限は設けられていなかった。崎藤とミザロの推薦さえあれば誰もが参加自体は可能であり、焦る必要などは無い。

 依頼の噂を聞いた木更津はそんな細かい話を聞く前に走り出し志吹の宿へ向かっていたということなのだろう。



「あの時は驚いたよね。凄い真剣な表情でさ……。あんな勢いで扉が開けられたからまた都の中に変な連中が来たのかと思ったよ」

 瑞葉は年明けに起こったショウリュウ事変の事を思い出す。事変の時は扉が勢いよく開かれるのではなく突然鳴り響いた機械の音に驚いたものだったが、彼女は解決した今でも時折その時の事を思い出して恐ろしくなることがあった。

 ハクハクハクは瑞葉の言葉に頷きつつその視線は木更津の方を向いている。彼の表情や仕草をじっと見つめている。

「……なんだか、悲し、そう? に、見える……、かも」

 彼の視線は遠い空を向いている。虚空を見つめているのだろうか? 瑞葉とハクハクハクはそんな疑問を抱き考え、そして気が付く。

 あの方角には楼山の都があるはずだ。

「そうなのか? 俺にはよくわかんないけど」

 しかしロロには全くそれが分からないようで、彼と楼山の都の関係について考察する二人の事も、憂いに満ちた表情で遠き楼山を思う者も意に介することなく歩き出す。

「木更津さん、だよ……、ですよね! 何やってるんですか?」

 そしてそんなことを言い出したのだからハクハクハクは驚きのあまり口をぽかんと開け、瑞葉は走り出してロロを木更津の前から押し退ける。

「すみませんこいつ馬鹿でいきなりごめんなさい邪魔しちゃいましたね!」

「え、ああ……、そうか」

 一息で浴びせられた言葉の量に木更津は目を白黒させている。そしてあまりに唐突な出来事だった故に彼がロロの言葉を受けた時にどのような表情を見せたのかは彼本人すら既に忘れてしまっていた。

「何だよ、ちょっと話しようとしただけじゃん」

「時と場合! ちょっとは考える!」

 木更津は目の前で繰り広げられている二人の争いに、思わず笑みを零した。

「ロロと瑞葉、だったな。あっちの子がハク、だろう?」

「え、ええ」

「俺達のこと知ってるのか?」

「名前ぐらいはな。俺は横の繋がりが広い方では無いが、それでも牛鬼やディオンが話しているのを聞いたことぐらいはある」

 冒険者になる者は大勢いるが、その中で上を目指そうとする者は一握りだ。自然とそういった者の事は先達の間で噂になって行く。また五等星の間は三等星以上の冒険者と共に依頼を受けねばならないという決まりは、その五等星の者がどういった人物なのか多くの者に広める一助となっているのだ。

 木更津は軽くそんなことを説明すると息を吐き、再び先程まで見つめていた方を見た。

「向こうに高く聳える山があるだろう」

 山河カンショウの国は山と川に恵まれた地形をしている。今彼らがいる雨原の町はこの国では貴重な平原に居を構える町で、その周囲は広い平原となっている。そしてその向こう、彼が見つめる方には他よりも一際高い山岳があるのだ。

「楼山の都はあそこにある」

「あの山の中ですか?」

「ああ、一際高い二つの山が交わっている点があるだろう」

 多くの山が連なっており、その頂上の高さも様々であるが特に目立つのはやはり太陽を呑み込まんばかりに空に向けて伸びている山々。それらがその中腹辺りで交わっているのが誰の目にも見えるはずだ。

「あの辺りは斜面が緩やかになっているんだ。ここからは分からないだろうがかなり広い。誰かが露出した岩肌を削り家を建てて住み始め、いつしか集落となり、更に人が増え建物の形も様々になり気が付けば都になっていた。それが楼山の都だ」

 無論、細かなことを言えばもっと複雑な経緯があるのだが、彼の語ったことは楼山に住む人々が町の歴史として初めに習う概略である。

「……えっと、随分詳しいようですけど、木更津さんは楼山に行ったことが?」

「ああ……、いや行ったことは無い」

 では町の歴史を調べるのが好きな趣味人だろうか。そんなはずも無し。

「故郷だ。俺は楼山の都で生まれたんだ」

「……故郷」

 木更津は楼山の都にて生まれある時にそこを去ったのだが、旅の途中で文無しとなりショウリュウの都で食い扶持を稼ぐ為に冒険者として活動を始めた過去を持つ。

「えっと、聞いていい事かわかりませんが、なぜショウリュウへ?」

「どこでも良かっただけだ。強いて言えば、一度冒険者発祥の地とやらを見てみたかったぐらいだな」

 直感的にその言葉は嘘だと瑞葉は解釈したがそれ以上聞きはしなかった。ほぼ赤の他人である者に明かしたいような事情では無いだろう。どの程度踏み込むべきか、という線引きはきちんとして然るべきだと瑞葉は思う。

 故にそろそろこの場を去ろうかと考えていたのだが。

「木更津さんは三等星なんだよな。どんなことが得意なんだ……、ですか? 俺は身体強化が得意だぜ!」

 ロロが無遠慮に話を続けてしまう。瑞葉は止めようかと考えていたが、それを遮るように後ろから声が。

「わ、私は、魔法が……、得意? なのかな……」

「ハク、無理に乗らなくてもいいから」

 いつの間にかハクハクハクもこちらに来ていて、なぜかロロの話に乗っかる形で話し出すのだ。瑞葉は思わず頭を抱える。

 幸い、木更津の方は特別面倒に思っている風でもない。

「俺が冒険者になったのはショウリュウの都でのことだが、戦闘技術に関しては楼山の都で身に付けたものだ」

 そう言って彼は腰に付けた細長い楔を手に取る。

「でっかい釘!」

「いや、杭でしょ。ほら地面に刺して風に飛ばされないように固定するためのさぁ」

「これは楔だ」

 訂正され瑞葉が顔を赤くする。皆はそれを見なかったことにして話を続けた。

「楼山は岩山地帯にある都市だが、人々はその岩を削り、砕き、様々な事に利用して都市を発展させて来た。楔はその際に岩を砕く為に使用されるものだ。仕事道具として常に持っているからな、自然と周辺の魔物への武器として利用する者も現れだしたわけだ」

 楼山の都で採石なり砕石をしたことがある者ならば誰もが関連の用具を使用したことがあり、そしてその用具を武器とする術が確立されていることも知るだろう。木更津はその中で楔を使用した戦闘術を学ぶことを選んだのだ。

「じゃあ剣とか槍とかは使わないんですか?」

「いや、使う者も大勢いる。ただこれは仕事道具として必ず使う物だから余計な荷物を増やさずに済むということだ」

「あ、成程」

 彼らの仕事は砕いた岩を運んだりなど重労働であり、長物は邪魔になるし荷物を増やして余計な負担まで増えるのを彼らは嫌っていた。

「楼山には楔や鎚なんかを砕石と戦闘の両方に使いやすくする為に日々頭を捻ってる鍛冶師が大勢いたものだ。大抵の場合は皆使い慣れた普通の形の物に落ち着くがな」

「……これを持ってこうか?」

 ロロは楔を握り込む真似をして目の前の空想の敵に向けて振り下ろす。その姿は傍から見ると酷く間抜けだ。

「流石に魔物相手にそんな真似をしている隙は無いだろう」

 そう言って木更津が楔を抜くとそこには小さな穴が空いておりそこに細い紐が通っている。

「主に遠距離から投げて使う」

「それだけで倒せるんですか? 威力不足のように感じますけど……」

「楔は形状故に比較的抜けやすい。何度も抜いては差してを繰り返せばいずれは失血死するだろうな」

 全身に楔の刺さった跡があり血を流しながら倒れて行く魔物の姿を想像すると少々恐ろしいものがある。

「しかしまあ、楔というのは本来それだけで使う物じゃない」

 木更津は逆側の腰に刺している鎚を三人に見せる。

「楔は岩を砕く際に使う物だ。岩の刺しやすい場所を目掛け鎚で打ち込む。これを繰り返せばいずれは巨大な岩も割れて行く」

「じゃあ魔物相手は……」

「遠距離から敵の動きを削ぐ攻撃を仕掛け、最後は急所に楔をこの鎚で打ち込む。これが基本の戦術になるな」

 単純ではあるがそれを実践できるのであれば有効な策だ。そしてそれを実現できるのは木更津の実力が確かである証拠なのだろう。

「遠距離攻撃かあ、俺も何か試して見たかったんだよなぁ」

 ロロが非常に露骨でわかりやすく一度触らせてくれと目で訴える。

「断っていいですよ」

 瑞葉はそう言ったが木更津は少し悩んだ素振りを見せて結局一つをロロに手渡した。

「思ったより重い!」

「特注品だからな」

「これを持って投げればいいのか?」

「それでも肩の力が強ければ威力はある程度出るだろうが……」

 彼は自らも一つ取り出すと紐の部分を持ち先に付いた楔を回し始める。

「こうして遠心力に任せた方が圧倒的に飛距離が出る」

 もはや目でその動きを追えず残像が一つに連なり軌道が円としてしか見えなくなった時、空に向けて楔が放たれる。それはどこまでも天高く昇って行きやがて紐の長さの限界を迎えて止まる。

「おおー!」

「投げる時に回していない方の手は絶対に離さないことだ。心配なら手に巻き付けておくと良い」

「わかった!」

 そう言うとロロはぶんぶんと音を立てて楔を回し始める。回して、回して、回し続ける。

「投げ、ないの?」

 思わずハクハクハクがそう尋ねてしまうぐらいに回し続ける。

「投げ方が分からないんでしょ」

 瑞葉に図星を突かれるとロロは固まり、それに伴ってゆっくりと回転が止まって行く。

「木更津さん、返すぜ」

「いいのか、一度ぐらいやってみても良いんだぞ」

「いや、なんだか上に飛ぶ気がしなくて。こんなところじゃどこ行くかわからないのに投げられないなあって思ってさ」

 彼らがいるのは町の広場だ。幸い周囲に人はいないとはいえ多くの建物が目に見える距離に存在する。

「成程、ならば仕方ない」

 木更津もそれ以上は何も言わなかった。

「よし、じゃあ町を探検だ!」

 そして一瞬で切り替わる思考に少々面食らう。できなかったことを悔やむ気持ちなど彼には無いのだろうか、と。

「木更津さんも一緒に行こうぜ!」

 そして誘いかけて来る彼の笑みにどこか懐かしいものを感じて。

「いや、俺は遠慮する。もう少しここに居たいからな」

 同行することを拒否したのだった。



 雨原の町で彼らは思い思いにのびのびと一時の休息を楽しんだ。それは楼山の都に辿り着いてしまえば、これほど安穏とした時間が訪れないと直感的に気付いていたからなのかもしれない。

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