48.より遠くへ
山河カンショウの国、ショウリュウの都より東に流れる竜尾の川沿いにある小さな村。そこに三人の冒険者がいた。ロロ、瑞葉、ハクハクハクだ。
彼らは四等星の冒険者となり初めて魔物退治の依頼に赴いている。三人だけで、だ。
「はー、来ちゃったね」
瑞葉は不安から思わずそう呟いた。道中の旅路は、瑞葉が船酔いをしたことを除けば、概ね順調だ。既に船や馬車の乗り降りも慣れたものでこれまでの経験が活きている。しかしここまでは知識として知っていれば何も迷うことの無い行為だ。
ここからは勝手が違う。
「今回からは全部私たちで話を聞いて必要なら交渉とかもしないといけないわけでしょ?」
これまで彼らが依頼を受ける時、それが危険性の無い依頼である時を除いての話だが、三等星以上の冒険者が共に来る決まりがあった。依頼主に話を聞く時も大抵の場合は彼らが率先して聞き、時に三人に任せることがあったとしても問題があれば後ろから指摘をしていたものである。
しかし四等星となった今、彼らが付いて来る必要は無くなった。ここに居るのはロロたち三人のみだ。
「不安だ……」
村に入る前から、いや都を出た時には既に彼女の頭の中ではずっとどんな話を聞くべきかをぐるぐると考え続けていたのである。船酔いで気分が悪くなっている間もそれは変わらず、寧ろそのせいで更に頭が痛くなっていたぐらいだ。
そんな彼女の弱音を聞き自らも不安を募らせているのがハクハクハクだ。
「だ、大、丈夫、だ……、と、思う、よ?」
話そうと口を開いても緊張からか口の中が渇いて途切れ途切れになる言葉、上手く話せず段々と無くなって来る自信。そのせいで励ましたいのかそれとも更に不安にさせたいのかわからない言葉を発してしまう。
「ハク、気持ちだけ受け取っておくよ」
瑞葉はそれを察してそんなことを言っておいたが、どうあっても不安なことに変わりは無い。実際、この二人を四等星に上げるのは時期尚早では無いかという意見もあったらしい。然程強い反発では無いが、彼女らのやや否定的で消極的な様には不安が残るというものだ。
そんな中、一人だけ特に反対意見も無く四等星になった者がいる。
「大丈夫だとか不安だとか言ってるようじゃまだまだだな。俺達だけでの初めての依頼だぜ? ここで俺達の凄さを見せつけてやろうぜ!」
ロロだ。この男は何と言うべきか、否定的だとか消極的だとか、そう言った側面が存在するのかも疑わしい部分がある。多少の事ではへこたれず、彼自身の実力を発揮し切るであろうことは間違いない。
今もそうだ。本来なら監督的立ち位置の人物がいない初めての依頼と言うのはある程度の不安や緊張を与える。冒険者の拠点では四等星になりすぐの者にはその実力に対しかなり余裕を持った依頼を回すことを心掛けているが、それでも怪我をして帰る者が多いのも事実だ。いざ頼る者がいないという事実を目の当たりにした時、彼らにかかる精神的負担は大きい。
「よし、村まで走るぞ!」
「ちょっと!」
「あ、ま、待って」
ロロに釣られて二人も走り出す。
こんな時でも普段通りでいられるというのはある種優れた才能なのだ。
結果を言えば何事も無く彼らは依頼を終えた。ロロが先頭に立ち、瑞葉が知恵を出し、時折ハクハクハクが二人に無い視点から物を言う。三人はいつものように行動しいつものように成果を挙げた。
「ありがとうございます。おかげで畑が荒らされる心配も無くなりました」
村人の感謝の言葉がそれをはっきりと示している。
彼らは四等星としての確かな一歩を踏み出していた。
都への帰り道、船を待つ三人はこれからの事を話していた。
「せっかく四等星になったんだぜ? 今までより凄いことしたいよな」
ロロが空に浮かぶ雲を眺めながらそう呟く。
「凄い事って何」
対して瑞葉は若干不機嫌そうに返事をした。彼女はこれから都までの船旅の事を考えてとかく機嫌が悪い。
「落ち着けよ。話でもしてた方が気が紛れるだろ?」
「……まあ、そうかもね。で、何?」
「お前なあ……。えーっとだな。要はこれまで出来なかったことにも挑戦していきたいと」
「これまで出来なかったことって?」
「さあ?」
肝心なところを何も考えていないのは彼らしいと言えるのだが、当然話を聞いていた二人は呆れるばかりだ。
しかしハクハクハクがふと声を上げる。
「あ、の。私は、他の都に行ってみたい、かな」
「おお! いいねえ。そういうのだよそういうの」
冒険者として三人で活動を始めるまでロロと瑞葉はショウリュウの都を出たことすら無く、ハクハクハクもそれに自身の故郷が加わる程度だ。三人が出会ってそろそろ一年、その間の様々な経験は彼らに多くの新たな知見や刺激を与えてくれた。それはより多く広くを知ろうと考えるに十分なほど。
「まあ、確かにちょっと興味はあるかな。昔に上代さんが言ってたけど楼山の都は切り立った山の中にあって都って呼ばれるまで町が発展したのが凄いとかなんとか」
「あー、上代さん昔は旅とかしてたんだっけ?」
「都は全部行ったことがあるって言ってたよ」
山河カンショウの国の都と言えば彼らの住むショウリュウの都、多くの考古学者が集うイザクラの都、山中にあり独特な建造物が立ち並ぶ楼山の都、そして多くの河川が集う場所に発展した九華仙の都の四つだ。
「イザクラの都はイザクラ考古学団の人がいるから結構交流もあるよね。確かサキ先輩も何かで行ってたんじゃなかったっけ?」
「あ、あの、考古学団の人と、自治会の人、が、合同勉強会? って、言ってたよ」
「そうそう。確か遺跡とかについて勉強したって言ってたね」
「今年もやるのか?」
「どうだろ? 今度誰かに聞いてみる? というか行きたいの?」
ロロは改めて瑞葉に尋ねられ考え込む。
「……いや、実はあんまり興味無いかも」
「でしょうね」
「わ、私も、そうかも」
この三人は考古学や遺跡にはあまり興味が無いようだ。ちなみにイザクラ考古学団は後進の育成の為に毎年イザクラの都での勉強会を開いており、申請すれば誰でも参加は可能だ。彼らがそれに参加する日は来ないようだが。
「まあでもイザクラの都に行ってどんな遺物があるかってのは見てみたいかな。前に聞いた話だと露店とかがあって色んな遺物を売ってるらしいし」
「俺は光る剣が欲しいな」
「何に使うのよそれ」
「かっこいいだろ!」
「あ、灯りになる、かも?」
その後も三人はあーだこーだと未来に想像を膨らませ話は盛り上がって行く。同じように船を待つ人々は彼らの仲の良さを微笑ましく感じていた。
「うわっ、とうとう来た」
それ故に船が近付くとその声を最後に彼らの話がぴたりと止んだのには面食らったようだが。
都へ帰り付いた三人は早速とばかりに志吹の宿へ向かう。報告まで終えてこそ依頼の完了だ。
「俺達が完璧にこなしたのを見て崎藤さんも驚くかもな」
「どうだろうね」
難度の低い依頼を宛がわれている事に薄々気付いている瑞葉は少々冷めた返事をする。しかしそうは言っても自分たちの力できっちり依頼をこなせたことへの達成感はあり、内心の高揚は計り知れない。足取りの軽さにそれが現れている。
ガラガラガラ。
そんな彼らの後ろから音が響く。
「馬車だ」
「珍しいね、こんなところを通るなんて」
都の内部で馬車が走るのは主に門の近くだけだ。街中は人通りが多く馬車が走るにはあまり向いていない。中心街を馬車が走っていると人々は決まって雨でも降るのかと空を見上げる程には珍しい。
三人は道の端に避けて馬車を見送るが、実はその中から彼らを見ている視線があったことには気付かなかったようだ。
志吹の宿、ロロが四等星になり初の依頼を達成することに感慨を覚えながらその扉に手をかける。
「帰って来たぜ!」
ロロが扉を勢いよく開けると出迎えてくれたのは宿の店主である崎藤、そして看板娘のミザロ、それに加えてもう一人。
「……高保さん?」
「久しぶりだね。聞いたよ、四等星になったんだってね」
彼の名は高保、ロロと瑞葉が冒険者になる為の試験を受けた際の依頼主だ。
「こんにち……、え、あ、高保さん?」
瑞葉がロロから遅れて中に入り彼の顔を見て驚く。
「……えと?」
ハクハクハクは彼の事を知らない為、二人の後ろで固まっていた。
「彼女は二人の友達かな?」
「あ、え、あ。はい。えっと一緒に冒険者をやっているハクで、えっと。この人は私たちが冒険者試験を受けた時に護衛の依頼を出してた高保さんって人で」
「あ、は、初めまして」
「初めましてハクさん、商人をやっています高保です。どうぞよろしく」
緊張甚だしいハクハクハクに対して高保は柔和な笑みを浮かべて軽く会釈をする。それは商人と言う仕事柄か相手の雰囲気を読み適度に緊張をほぐすような仕草を自然と取っており、ハクハクハクも自然と警戒を解いていた。
「また何かの商売でショウリュウまで来たんですか?」
以前彼がここへ来た時は雨原の町で多くの獣肉を仕入れ都に売りに来ていた。今回も同じだと思うのは当然の流れだろう。
「それもあるんだけどね」
しかし彼がここへ来たのはそれだけが理由ではない。
「ちょっと依頼をね、出しに来たのさ」
この依頼がこれから巻き起ころうとしている一大事変の前触れであることを今はまだ誰も知らない。




