46.行く、逃げる、去る、そしてより強く輝く
ショウリュウの都、中心部。先の騒動による被害で幾つかの建物は壊され、また火事により焼けてしまった場所も多い。しかしながら人々は力を合わせ復旧の為に勤しむだろう。
ただ今はまだその時ではない。
「やっぱりすごい人通りだな」
「ロロ、あまりはしゃぐな」
そこにいるのはロロと彼の父、ナバスだ。二人は今日、都に住む者の義務を果たしに来ていた。
本日は一月四日、三が日を過ぎて徐々に町も賑わいを取り戻す頃だ。そしてショウリュウの都ではこの日から数日をかけて納魔力会が行われる。これはショウリュウの都に住む者の義務であり、人々は自らの魔力を都にある魔力貯蔵庫に納めなければならない。
それは冒険者や自警団の者と言えど例外は無く。
「お、ミザロ姉だ」
広場に作られた特設の会場。多くの人々で賑わっているそこの中心、一段高い壇上には都で最も有名な冒険者、ミザロが立っている。そしてそこにある装置に手をかざすと自身の魔力を注ぎ込む。
「おぉー」
群衆の感嘆するような声が響く。彼らが見ているのはミザロの姿であり、その少し上にある魔力測定用の水晶玉だ。全部で五十あるその水晶の内、三分の一ほどが光り輝いている。
「まあ私は魔法が特別得意なわけでもありませんしこんなものでしょう」
ミザロはそう呟くと皆に一礼して壇上を降りていく。
「さあさあ皆様、我こそはと思う方はぜひ壇上へどうぞ! かの二等星の冒険者、ミザロさんの記録を抜いた方には粗品を進呈いたしますよ!」
その言葉に広場のあちこちから手が上がり、指名された者から次々と壇上へ登る。そして魔力を納めると同時にその魔力の量が水晶玉によって測定されるのだ。
「おー、十個を超えましたよ。これは中々の記録です! ですが残念ながらミザロさんには届きませんでした。しかし彼の健闘を称え、皆様拍手をお願いします!」
会場のあちこちから拍手の音が鳴り響き、壇上に登った彼がその音を受けながら降りていく。
「俺も行こうかな」
ロロはその姿を見ながら腕まくりをしてやる気を見せるが。
「こういった事は淡々と義務を果たすべきだ。見物はここらにして行くぞ」
ナバスはあまり関心が無いらしい。実際、壇上の見世物に関心が無い者は会場の端にある装置に列を為している。ロロは若干後ろ髪を引かれる思いもあるにはあったが。
「それもそうだな」
父の言葉を素直に聞き入れ列に並び出すのだった。
納魔力会の会場を後にした二人は農場と取引のある店を幾らか挨拶して回り家へと帰る。彼らの家がある農場では今日が仕事始めだ。ナバスは本来、納魔力の義務を果たす為に本日は休みとなっていたのだが家で一息つくとすぐに様子を見て来ると農場の方へ向かって行ったのだった。
それで残されたロロはすぐそこにある幼馴染の家を訪ねることとした。
「おーい、瑞葉ー、いるかー?」
扉を叩きながら呼び掛けると少し経ってから跳び起きて走り出す音が聞こえた。
そして勢いよく扉が開かれる。
「……三日ぶりだっけ?」
「なんか顔色悪いな」
瑞葉はぼさぼさの髪で目元に隈を作り寝不足なのが伺えた。そして不機嫌そうにロロを睨む。
「私はあんたと違って呑気になれないだけ」
「呑気ったってなあ。俺は昔からこんなだろ?」
「そうね」
瑞葉は戸に体重を預けながらしばらく目元を抑えていたが、やがて大きく息を吐くと回れ右をする。
「とりあえず上がって」
「おっけー」
瑞葉の母と義父は農場へ働きに出ており今はいない。ロロは勝手知ったるとばかりに自分で食器棚から湯呑を取り出し水を注ぐ。
「お茶とか無いのか?」
「買い忘れてたんだって。明日が納魔力だからその時に買ってくる」
「あー、今日ついでに買ってくればよかったな」
「今日だったの?」
「ああ、今年は初日だぜ。ミザロ姉が壇上に上がってた」
「初日だもんね、ミザロさんにお呼びがかかるのも当然か」
納魔力会は毎年の事なのでいつの間にか催事として認識されるようになっている。ミザロのような有名人を引っ張り出して皆に楽しみながら義務を果たしてもらうのが最近の流行だ。
「二日目だと、いつもなら竜神さんとかだけど、今年は誰なんだろ」
「さあな。……ていうか、今更だけど向こう行くのか? てっきり農場でやるのかと思ってたけど」
ジムニーの農場は丙族に対し様々な負の感情を持つ者を多く雇っている。不特定多数の人々が集まる納魔力会のような所へ向かうのは彼らにとって酷く恐ろしいことだ。故に彼らは特別に農場に設置してある魔力貯蔵庫に魔力を納めることを許されている。
「今年からは冒険者だからね。色々挨拶したいところもあるからってことにした」
「あー、そう言われると冒険者になってから知り合った人の所には挨拶に行ってないな。俺も明日ついて行こうかな」
「ナバスさんが許すならいいんじゃない? 私としてもその方が都合は良いかな」
「ってことはやっぱ樹々さんと揉めたのか?」
「……揉める、までは、行ってない」
瑞葉の母親である樹々は少々心配性な所がある。新年早々にあった都の中心部での騒ぎの事もあり瑞葉一人で納魔力に向かうことで昨日少し言い合いになっていたようだ。
「まあ行けそうなら一緒に行こうよ。ハクにも会いたいし」
「どこ行ったら会えるんだ?」
よくよく考えてみると二人は未だハクハクハクがどこに住んでいるのかは知らない。それは本人があまり口に出したくないようなので触れないようにしている話題だ。
「……まあ、自治会の集会所にでも行ってみましょうか。ハクがいなくてもサキ先輩かゴウゴウさんがいればどこにいるかわかるかもしれないし」
「そうだな、そうしよう」
二人はその後も明日の予定について幾らか話をし、外が暗くなってきた頃にロロは帰って行った。
一月五日、丙自治会集会所。少し前からその付近をうろつく二人の冒険者がいた。ロロと瑞葉だ。
「ハクかサキ先輩かゴウゴウさん、誰かいるといいんだけど」
そう呟きながら行ったり来たりする瑞葉を見てロロは溜息をつくばかりだ。
「先行くぞー」
「あ、ちょっと」
ロロが宣言通りにさっさと戸を開いて中の様子を覗く。受付らしい所で眠たそうに座っていたご婦人が丙族でない訪問者を見て目を見開く。
「んー? どっかで見た顔……。ああ、ハクちゃんのお友達じゃないか」
どうやら何度かここへ来たことのある二人の顔を覚えていたらしい。
「こんにちは、ハクハクハクいますか?」
「残念だけどハクちゃんは来てないよ。今日が納魔力らしくてね。サキちゃん、サキサキサは知ってたよね?」
「サキ先輩とは何度か依頼に行ったことがあるぜ」
「あの子と一緒に納魔力の会場に向かったよ。三十分ぐらい前だったかな?」
「あー、じゃあそっちに行ってみる。ありがとう」
「行ってらっしゃい」
納魔力の会場である広場は中々の人混みだ。壇上には少し前に二等星になり、新年早々に都で起こった騒動で銀斧を含む多くの敵を倒し時の人となった柳がいた。
「おー、柳さんだ。二等星になったって知ってたか?」
「らしいね。新聞に載ってたって上代さんが言ってた。……しかし、すごいぎこちない動き」
どうやら彼女はこのような舞台に慣れていないようで緊張しているのが誰の目にも明らかな様子だ。
「ははははは、柳よ! もっと気を楽にしたらどうだ!」
広場の誰の耳にも届くディオンの声が響く。それを聞いた柳は顔を赤くして彼を睨み付けていたが。
「ディオンさんは相変わらずみたい」
「ああ、相変わらずいい人だぜ」
その後もしばらく柳が壇上で色々と質問攻めにあったりしていたのだが、その頃には二人は元の目的の為にそこからは離れていた。
瑞葉が納魔力の義務を果たす傍らロロはハクハクハク達の姿を探していたのだが、結論を言えばその成果は無かった。
「あ、ロロ……。そっちも見つからなかったみたいね」
二人は一旦別れた後に三十分経ったら会場出口で集合することにしていた。無論、どちらかがハクハクハクを連れて来る予定であったのだが、そうはならなかった。
「これだけ人が多いと探すのも一苦労だな」
「まあね。それか二人共入れ違いで会場を出て行ってたのかも」
「あ、そっか。俺達が集会所に行った三十分ぐらい前に出て行ったって言ってたもんな」
「……ま、とりあえず知り合いに挨拶しがてら適当に探してみようか」
「おう!」
志吹の宿にて牛鬼、安川、街中では虎イガー、ついでに学生の頃の友人にも挨拶をして回る二人。しかしハクハクハクは見つからない。
「んー、どうする?」
いつの間にか日も暮れ始めていた。あまり帰りが遅くなるとまた樹々に怒られるかもしれないと言うのは二人共理解している。
「最後にもう一回集会所に寄っていなかったら帰ろうか」
「じゃあそうしよう」
再び丙自治会集会所。今度はその前で行ったり来たりせずさっさと戸を開ける。
「こんにちはー!」
ロロの元気の良い挨拶、それを受けて先と同じ受付のご婦人はにこりと笑みを浮かべて中へ入るよう促した。
「行こうぜ」
「あ、ちょっと」
さっさと中へ入るロロを追って瑞葉も中へ。
そしてそこには。
「あ、二人共」
「久しぶりー」
良く知る顔が待っていた。時間もあまり無く他愛もない話をしただけであったが、彼らの表情から笑みが絶えることは無かったことだけは確かなことだ。
一月、冒険者にとっては忙しい時期だ。と言うのも三が日はほとんどの者が家に籠り、その後には納魔力もあって色々な仕事が後回しになっている。その手伝いの為に依頼が殺到するのだ。
しかも今年は自警団や有力な冒険者が三国会議の警備に取られているのでそのしわ寄せが残った者を襲っている。
「そういう訳で三等星以上の方は相応の依頼を受けて皆出払っています。私も今はここを離れられませんしね」
宿に依頼を受けに行ったロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人はそんな話を聞いて魔物退治などでは無く町の便利屋としてこの一月を過ごす事を決めたのだった。
故に、一月はあっという間に過ぎ去ってしまった。
二月、三国会議も終わり都も多少の落ち着きを取り戻して来た、と言うことも無い。疲れの溜まった冒険者はしばしの休養を取り代わりにザガ十一次元鳳凰の面々が方々へひた走る。イザクラ考古学団の面々は溜まっていた様々な仕事に取り掛かり支部に籠り切りだ。自警団はようやく通常の状態に戻ったようだが冒険者の人手はまだ足りていないようだ。
「崎藤さんは戻ってきたことですし、一日で終わるような依頼なら私が行きましょう」
「良いんですか?」
「構いません。あなたたちの成長も見ておきたいもの」
宿の仕事もまだまだあったが長い間一人で任せていたのでミザロは少し休むように言われていたのである。それで依頼に出るのでは本末転倒だと崎藤は思っていたようだが。
久しぶりの魔物退治、ミザロは長く見てきた中でそういう時に手痛い失敗をする者を多く見て来た。何かあってはいけないと心配していたのだが、結局それは杞憂であった。
彼女の目の前には横たわるトウボクサイの姿。
「どうだ!」
剣を掲げ得意気な表情を見せるロロ。少し離れた場所では瑞葉とハクハクハクが周囲の警戒をしている。ミザロは冒険者試験の時の事を思い出す。あの時もロロと瑞葉はトウボクサイを倒していた、が、あの時ほど無鉄砲でも無計画でもなく、彼らは当然のようにこの結果を掴んでいた。
「成長したのね」
その裏にある今までの出来事に思いを馳せ彼女は微笑みを浮かべる。
二月のとある日、志吹の宿に依頼帰りのロロとハクハクハクの姿があった。本当は瑞葉もいたのだが宿に戻る途中で牛鬼に会い、その時に近くの茶菓子屋に新商品が出来たらしいと聞いて二人で見に行ったのである。
いつもならロロ達も後ろに付いて行きそうなものだが今日は少し二人で話さねばならないことがあったのだ。
「ハクハクハク、今の内に話しておきたいことがあってな」
「うん」
わざわざそんな前置きをするとは何事だろうかとハクハクハクは身構える。何か悪い知らせだろうか、瑞葉に言えないことなのか、それとも自分に対しての特別に言いたいことが……。
想像するだけで一喜一憂し心臓が絶え間なく音を鳴らすのを彼女は感じている。口の中が渇いて思わず水を飲み干してしまう程の緊張っぷりだ。
まあロロがそんな深い考えなどあるはずも無いのだが。
「実は瑞葉が来週誕生日なんだよ」
「……たん、じょう、び。……瑞葉ちゃんの?」
ハクハクハクはオウム返しに繰り返しながらすぐには意味を把握できないでいた。 しばらく、たんじょうび、という音が何を示しているのか出て来なかったのだ。
「……あ、誕生日。瑞葉ちゃん来週、誕生日なんだ」
ようやく出て来た時、彼女は思わず自身の考えていたことの間抜けさに顔を赤くしていた。ロロはそれに気付く様子も無く、そうなんだよ、と話を続ける。
「毎年さ、瑞葉の家で誕生日会をやってるんだけど……。あっ、今の聞かなかったことにしてくれ」
瑞葉の家はジムニーの農場の敷地内、要は丙族立ち入り禁止の区域だ。ハクハクハクがその誕生日会に行くことは出来ない。
「ん、大丈夫。そういうのは、慣れてる、よ」
「あー、悪い。えっとまあ、それでさ。それと関係なくなんだけど、二人で何か贈ろうと思って」
ハクハクハクはそれを聞くと、目を閉じて瑞葉との思い出を振り返る。頭の中で過ぎ行く光景はどれも忘れられない大切な日々だ。
「瑞葉ちゃんに、贈り物、したい!」
「よっしゃ! 何贈るか考えようぜ!」
「うん!」
贈り物の選定は難航した。瑞葉の喜びそうな物というのが意外に難しいのだ。彼女はあまり自分の物を買わない性格で衣服や装飾品の類には割と無頓着だ。そういった物よりも食べ物の類にお金を注ぎ込んでいるのである。特に好んでいる菓子の類を贈るのも手だが、二人はその手の物にあまり詳しくは無い。まさか本人に何が欲しいなどと聞くのも無粋であろう。
「瑞葉、今日は先に帰っててくれ。俺ちょっと用事があるんだ」
普段なら依頼が終わると二人で家に帰るのを、ロロはそう断って誕生日までの何日かを過ごす事となる。ハクハクハクと二人あーでもないこーでもないと言いながら様々な店を見て回るのだ。
さて、そんな二人の様子に瑞葉が気が付かないかと言うと、まあ、そんなはずも無い。自身の誕生日が迫っていることは分かっていたし、その時の為に二人がささやかなお祝いを用意しているのだろうと気が付いていたが彼女は気付かぬふりをしてさっさと家に帰ったのだ。
「これ、どうかな?」
「……いいんじゃないか?」
後日、瑞葉は前髪に四葉の飾りのついた髪留めを付けていた。何人かの者はそれを自慢している瑞葉の姿を見たという。
三月もあっという間だ。それが過ぎる頃には年始の騒動はショウリュウ事変と呼ばれその内情が皆に公表されていた。壊れた建物は元通り、或いは元以上の物へ建て替えられ、これからショウリュウの都を訪れた人々はそんなことがあったなど気付く術は無いだろう。
四月一日。その日の新聞は一面を大きく飾る記事があった。
「都龍議会、都に住む全ての人々に金一封を贈呈、かぁ」
瑞葉が宿でその記事を見て呟く。周囲もその話題で持ちきりのようで新聞を片手に祝いだと酒を頼む者、旅行の計画を立てる者、店に走り前から欲しかった物を予約に向かう者など様々だ。
「お金がもらえるのか?」
ロロはまだ記事を読んでおらず周りがそんな話をしている所以をまだ理解していない。その横にいるハクハクハクも同じように首を傾げている。
「例の、ショウリュウ事変から復興した祝い金だって。本当に都に住んでいる人全員に配るらしいよ」
言いながら瑞葉が二人に新聞を渡す。そして二人も思わず感嘆の息を吐いた。その金額は平均的な収入から見るとそこそこ大きな金額のようで皆が沸き立つのも無理は無い。
「凄いな、こんなに貰えるのか」
「あんなことがあって沈んでる人もいただろうからね、少しでも活気づけたいんじゃない?」
瑞葉は適当に言ったのだがその考えはあながち間違ってもいない。実際、この日までは都に流れる空気の奥に沈んだ雰囲気が流れていたのを皆は感じていた。喜びの声を上げる横に未だ瓦礫のままの建物が存在しているのを常に感じていたのだ。
しかし都龍議会の出した声明はその空気を払拭し、皆に前を向かせるに足るものだったらしい。
街を見よ、あの焼き菓子の店は新商品を今だけの特別価格でお届けし、串焼きの店では普段よりも火を強め手前の道に香ばしい匂いが充満する、最近流行りの服飾店では上下組み合わせの服を店頭に飾り、普段は路地裏に店舗を構えている店も大通りに露店を出していた。
そんな活気づく都に向けてロロ達も当然走り出す、とは、いかない。
「ところでいつまで俺達はここにいればいいんだ?」
「さあ……」
三人は今日も依頼を受けに来ていたのだが、残念ながら今日の所は彼らの求めるような依頼は無かった。普段ならば誰でも出来るような町の便利屋業をするか、或いは三人で都をぶらぶら歩くのが通例なのだが。
「あ、ちょっと待って。ちょっとね、君たちに話があるから、それまで待ってて欲しいんだよね。まあ無理強いはしないけどさ」
崎藤にそのようなことを言われて三人は軽食を取りながら待っていたのである。途中、ミザロが気を遣って新聞を差し入れに来るぐらいには既に時間が経っていた。周囲はまだまだ人々の喧騒に包まれており、もうしばらく時間がかかるだろう。
「逆にちょっと外に出てから戻って来た方が良かったかもね」
「あー、そうかも」
「で、でも、最初の頃より、減って来たよ」
ハクハクハクの言うことも間違ってはおらず、彼らが来た当初に比べればここに残っている人数は半分程度になっていた。
「……じゃあもう少し待とうか」
「そうだな。ところで俺が新聞に載ってたりしなかった?」
「載るほどの事してないでしょ」
結局、崎藤が三人を読んだのは新聞をもう二周ほど読み終えた後だった。
三人が崎藤に呼ばれると彼の後ろにはミザロも控えており、尚且つ彼らの表情と態度は普段よりもどこか格式ばった様子を見せていた。
「……えっと、どうかしたんですか? あ、ロロが何かやったとか」
「俺何もやってねえよ」
そのつまらないやり取りはそれに対する反応でこれから真面目な話をされるのか判断する為のものであったが、二人の全く変わらない表情を見てロロと瑞葉は居住まいを正す。
「君達三人をわざわざ呼び止めたのには当然、理由がある」
ロロは手を後ろに回し正面を見据えて次の言葉を待っている。瑞葉とハクハクハクは思わず俯いてついついこの後に何か怒られるのではないかと最近にやらかした出来事は無いかと記憶を探っているところだ。
「少し時間は経ったけど、赤倉の町でのことを覚えてるかい?」
赤倉の町、それは去年の末に三人が依頼で出向いた町だ。そこでの出来事に関しては、忘れようにも忘れられないだろう。
「君たちはそこでクビナシトラを倒した。他の誰の力を借りるでもなくね」
当然、そのこともしっかりと三人の頭の中に残っている。通常ならば三等星が出向くような相手を前に彼らは各々の強みを活かすことでその強大な敵を打ち倒したのだ。
しかし或いはそれが怒られる原因だろうか、と瑞葉とハクハクハクは思った。彼らは五等星、その実力はまだまだ発展途上。それにも関わらず危険な魔物を前に逃げることなく立ち向かったことは勇敢だと褒められることでもあるが、無謀だと窘められるべきでもあるだろう。
崎藤がどう考えているかと言えば、彼は志吹の宿の支配人であり多くの冒険者を支える身でもあるが故に、当然そんなことは無謀でありしっかりと注意せねばならないと考えていた。
……いたのだが。
「それが今回の評価に大きくつながったのは間違いないだろうね」
首を傾げる三人。崎藤がミザロに目で合図すると彼女は三人にある物を差し出す。
突起部分が四つのバッジだ。
「ぅあ、え?」
「これってもしかして……」
「四等星のバッジだ!」
それは四等星の冒険者であることを示すバッジ。冒険者として一人前を名乗っても良い、そういう証だ。
「君たちの活躍は結構評判が良くてね。ゴウゴウさんや牛鬼さん、他にも君たちと一緒に依頼をした人がが君たちの事を推していてね。ミザロちゃんも一緒に依頼を受けてみて問題無さそうだって言うから……、まあ、そういうことだね」
三人はそれぞれ四等星のバッジを手に取りじっと見つめる。それは特別な装飾があるわけでもなく、実に単純な意匠のものだ。しかし彼らにとっては流行の最先端を行く装飾品よりもずっと価値のあるものだ。
「なあ、もう付けてもいいのか?」
「もちろん。ぜひつけてみてよ」
ロロは崎藤の返事を聞くや否や胸に付けてあった五等星のバッジを引き千切らんばかりの勢いで取り、そのまま四等星のバッジを付け直す。
「おお……。これが四等星の力か」
ロロは勝手に力が湧き出ているようだが、当然こんなものにそんな効能は無い。しかしそれ自体がただのバッジに過ぎないが、そのバッジにかけられた想いはもっと大きく重たい。
「四等星になるということは、あなたたちの実力が多くの人に認められたということです」
ミザロの言葉に三人が顔を上げる。
「あなたたちはもう五等星の新人冒険者ではなく一人前の冒険者として認められました。故に、これまでのように周囲があなたたちの行動を大目に見ることも無くなるでしょう」
認められるということはそういうことだ。
それまでは新人だから仕方ないで済まされていたことがそうならなくなる。今後、彼らの評判を形作って行くのは良くも悪くも彼らの行動にかかって来るのだ。
瑞葉は思わずその未来を想像し襟元を摘み唾を飲む。ハクハクハクも夢に一歩近付いた喜びと共にその夢に立ち塞がる壁を感じ思わず言葉を失った。
ロロは、未来を恐れない。
「大丈夫だよ、ミザロ姉。俺達は今までだって大目に見てもらおうなんて思ってないぜ」
彼は不器用で頭もあまり良くは無く、機転もあまり効かないのだが、その真っ直ぐな言葉と態度には誰もが一度は眩しさを感じていた。
だからミザロは僅かに微笑んで。
「あなたは少し言葉遣いを改めるべきね。敬語の練習はしておいた方がいいわ」
「あ、あぁ……、ははは」
突然の苦言に対しロロは思わず苦笑いを浮かべるのだった。
四月の始まりに冒険者たちは新たな一歩を踏み出す。彼らがそれを恐れることは無い。前よりも少しだけ輝きの増した彼らの冒険がこれから始まるのだ。




