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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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44.ショウリュウの都の年明け4

 ショウリュウの都、郊外の農場。そこを一人歩く少女の姿がある。瑞葉だ。

「こっちの方だったよね?」

 自問しつつも彼女は立ち止まることなく前へ進む。その胸の内には複雑に様々な思いが駆け巡っている。

 都中に上がっていた火は消し止められたのだろうか。自身を農場まで送り届けた後に都の中心部へ戻っていったミザロは無事だろうか。そもそも彼女は移動中に何かが起こっているのを見ただけで実際に何が起こっているのかは知らず想像することしかできない。母と義父は自分の事を心配しているだろうか。或いは農場でも何か起こっていてそれどころでは無いのかもしれない。

 瑞葉は後ろ髪を引かれるような気がして、何度立ち止まり振り返ろうとしたかわからない。しかし彼女は分かっていた。きっと一度でもそうしてしまえば自分は家へと戻ってしまうだろう、と。

 決してそれが悪いとは思えない。ただの五等星の冒険者にできることなどたかが知れているだろう?

 それでも彼女を突き動かすものは……。

「あの二人、これだけ歩かせたんだからいなかったら後で文句言いまくってやる」

 彼女が見上げるのは寂れた建物。いつか農場の誰かが言っていた、何の為にこんな辺鄙な場所に作られたのかわからない建物。

 瑞葉の胸の内は複雑に様々な思いが駆け巡っている。しかし今、その中心にあるのは共に歩んで来た幼馴染と友人への心配だ。彼女はそれを解消出来ない内はまだ家へと帰るわけにはいかない、そう決意していた。


 建物の扉は開いている。不用心、と言うよりも既に鍵が壊れていたのだ。長年放置されていたのだろう、劣化と破損の激しい外観はもはやこれが人の住める場所では無いと示している。瑞葉は中へ入り、そしてすぐに気が付く。

「……手の跡がある」

 扉の取っ手にくっきりと手の跡が残っていた。人が住める場所ではないにも関わらず、だ。

「最近、誰か入ったんだ」

 こんな場所に用がある人間とは誰だろうか。或いは建物の取り壊しの為に誰かが来たという可能性はどうだろう。子供が見つけて中へ入って見たという線も捨てがたい。他にも可能性を論じればいくらでも捻り出すことは出来る。

 瑞葉はどう思ったのか?

「……やっぱり、ここが拠点なんだ」

 詳細は知らないが都の中心部で何か良くない事が起こっていることを彼女は知っている。その首謀者たちがここで集まっていたのではないか、彼女はそう考えていた。冷静であれば即座に他の可能性も考え付き馬鹿らしいと切って捨てていたかもしれない。

 しかし彼女の心臓は高鳴っている。

 瑞葉は常に冷静であろうと努めているのだが、それは彼女の心が揺れやすい事の裏返しだ。この時も立て続けに起こっている異常に心は大きく揺らされとうに冷静さなど欠いている。

「ここに……、ロロとハクハクハクが」

 いつの間にか彼女の中ではその可能性があるかもしれない程度の事実が真実に置き換わっている。きっと後で自らの行動に恥ずかしみなど覚えてしまうのだろうが、この時ばかりは冷静さを欠いていたことに感謝するだろう。

 彼女の想像は当たっているのだから。


 人の気配の無い一階を隅々まで歩き回り少し肩を落としながら彼女は二階へと登って行く。残念ながら大勢の人がここを拠点として利用していた痕跡は無かった。短期間しかいなかったのだとしても食事を摂らずにはいられない。しかし大勢の食事の跡どころか見かけるのは埃の溜まった部屋ばかり。一部屋ほど使われた跡があったものの精々一人か二人が使っていた程度に感じられる。

 この時点で瑞葉は少し冷静さを取り戻しつつあった。そもそも推論に推論を重ね続けただけのことが真実であるはずがないじゃないかと自身に突っ込みを入れたほどだ。

 しかしここまで来たものは仕方がない。彼女はそう腹を括ってこの建物の隅から隅まで調べたら帰ることにしよう、そう改めて決意していた。

「二人の事は後でミザロさんに頼もう。あの紙が落ちていたことも伝えればきっとすぐに見つけてくれるよね」

 今後の予定を独り言でぶつぶつと呟きながら彼女は次々と扉を開けて行く。ほとんど何も置かれていない部屋は中に入って調べる必要も無いので一部屋にかける時間などほんの十秒程度の事もあった。それで半ば流れ作業のように扉を開けたのだ。

「あ!」

 その声に瑞葉は一瞬固まり、すぐに扉を閉めた。

「え!?」

 驚く声が部屋の中から響く。瑞葉は深呼吸をして再び扉を開く。それと同時に声が上がる。

「何で閉めたんだよ!」

 瑞葉は目の前の光景がちょっと信じられず返答に詰まる。

 部屋の中、その中央には地面に転がされた二人。ロロとハクハクハクがいた。彼らは両手両足を縛られておりろくに身動きもできないらしい。ロロは腹這いのままどうにか瑞葉の元へ行こうと反り返る勢いで僅かに跳ねては前へ進む。

「と、に、か、く、ふう……。た、す、か、った、ぜ」

「跳ねるか喋るかどっちかにして」

 目の前で行われる奇奇怪怪な行動に頭が痛くなる瑞葉であったが、幸いにも二人共元気そうであるのを見てほっとしているのも事実だ。

「二人共、どうしてこんなところに」

「攫われたみたいだ。なんか男の人で、復讐がどうのこうの言ってたぜ」

「ニド、って、名前言ってたよ」

「ニド?」

 彼らはまだ若く生まれる前に活躍していた冒険者のことなど知る由も無い。当然、瑞葉も首を傾げるばかりだ。

「まあいいや。とにかく縄を切るよ」

「ああ、頼むぜ」

「魔法、が、効かない縄だから、気を付けて」

 瑞葉はそんなものがあるのか、と驚きつつもすぐさま小さなナイフを取り出す。依頼へ向かう時は様々な事に使えて便利だからと腰に差していたのだ。

「魔法なんて使わなくても縄ぐらい切るのは簡単よ」

 得意げに彼女はそう言って縄を切ろうとロロの元へ向かう。

 コンコン。

 それは扉を叩く音だ。瞬間三人の表情が歪む。安堵から不安や焦燥の入り混じった表情へ。

「悪いけど、縄を解くのは止めてもらおうかな」

 そこに立っていた彼こそが、ロロとハクハクハクを攫った張本人。

「……あなたがニドさん?」

 瑞葉は振り返りながら尋ねる。そしてそこに立っている男をしかと観察するもやはり見覚えの無い者だった。

「その通り、二人から聞いたのかな? 僕がニドだ」

 都で起こった騒動の首謀者である彼は敢えて仰々しく名乗りを上げた。自分こそがこの物語の主役、或いは悪役であると言わんばかりに。

 その言葉や行動に対し、瑞葉の感想はあまりない。いや、瑞葉だけでなくロロやハクハクハクもだ。三人は彼についてあまりに何も知らない。

 ただの人さらいが名前を名乗ったところでそれに対し何を思えるというのだろう。

「……今なら軽い罰で済ませることもできると思いますよ。監禁や誘拐はそれなりに重たい罰ですが、被害者側の執り成しがあれば多少は変わるはずです」

 故に瑞葉はそんなことを言った。真実を知ればあり得ない道程を。

「つまり罪と罰を小さくするから今すぐ解放しろ、そう言いたいのかな」

「はい」

「それは出来ないんだ」

 たとえこの誘拐が無かったことになったとて彼の犯した罪を追求すればそんなものは誤差程度の意味しか持たないだろう。もはや彼に立ち止まる道など存在しない。

 だから彼は思う、なぜ自分は今、こんなところに立っているのだろう、と。

「でしたら僭越ながら二人の縄を切らせてもらおうかと思います。ニドさんはそこで待っていてください」

「それ行けると思った?」

 当然、瑞葉の提案は通らない。

「良い案だと思ったんですけどね」

 彼女はさも残念そうにそう言ったが、実際はそんなこと思っていない。或いはそんなことを思うことができないほど頭を回転させている。

 詳細は聞けていないが相手はロロとハクハクハクをあっさりと誘拐した人間だ。単純な身体能力で言えば三人の中で最も弱い自分がいたところで何の役にも立たないのではないか。せめて二人の手足を縛っている縄をどうにかしたいがニドはそれに関して決して許そうとしない。

 瑞葉が一歩、ロロの方へ近付くとニドは一歩前に出る。

「……ロロ、ハク、どうにか動けない?」

「ハクハクハク、どうだ?」

「え……、いや」

「その二人の手足を縛ったのは僕だ。少なくとも、彼らに自力で解くのは不可能だろうね」

 瑞葉とハクハクハクは冷や汗が出るのを感じていた。ついさっき偶然にも逃げ出せる状況になっていたにも関わらずいつの間にか目の前には危機が迫っている。

「一応改めて言っておくけど、二人の縄を解こうとするのは止めた方がいい。僕は可能なら君たちを殺したくはないけれど、場合によっては已む無し、だね」

 ニドは冒険者のバッジなど付けてはいない。しかし瑞葉には彼の実力の程が見えていた、いや、見えなかったというべきか。

 冒険者同士が戦うとなった際、まず最初に確認することは相手がどの程度の魔力を有しているか、だ。無論、得手不得手の問題もあり確実なものではないが、基本的には魔力を多く有していればそれだけ実力が高い。

 瑞葉は既に魔力視によってニドの魔力量を見たのだが、彼女の目には何も見えなかった。戦いと縁のない人でさえ魔力を有しているはずなのに、彼女の目はニドが纏う魔力の一切が見えなかったのだ。魔力を隠す術があるなど聞いたことは無かったが、聞いたことが無い故にそれが相当に高度な技術だと悟る。間違いなく、手に負える相手ではない。

 万事休す、そんな言葉が彼女の頭の中に過る。目の前の相手は一対一で勝てる相手とも思えず、かと言ってロロ達を解放するのも不可能だろう。残った希望は何らかの理由でここへ都の冒険者や自警団が様子を見に来ることだろうか。この大変な時に彼らが辺鄙な場所までやって来て敵を倒してくれる。

 無論、そんな可能性があるはずない。

 だからこその万事休す。

「ニドさんさあ」

 その時に下方から声が響く。それは床に転がっているロロの声。これから命乞いでも始まるのだろうか?

 彼の事を知らなければそんな風に思う者もいるだろう。

「何かな?」

 ニドもその一人だ。彼の頭の中で無数の例文が作り上げられる。部下にしてくれとでも言って自分の命だけでも助かろうとするだろうか? それとも自分はどうなってもいいから二人のことは助けてくれとでも言うだろうか? 対極のような言葉ではあるが彼にとってはどちらも同じだ。

 ロロはそこまで殊勝な人間じゃないが。

「ちょっと運が悪いよな」

 運が悪い、その言葉の意味は、当人以外には誰もわからずこの場にいる三人が首を傾げる。瑞葉はこんな時に訳の分からないことをと呆れと苛立ち交じりにロロを睨み、ハクハクハクもどう反応していいかわからず苦笑いを浮かべる。

 ニドは、目を細め少しだけ過去の出来事を振り返る。

「……確かに、僕は運が悪いかもしれないね」

「だよなあ」

「でもどうして急にそんなことを?」

 当然の疑問だ。身動きを封じられ今にも殺されるかもしれない、そんな状況で人の神経を逆撫でするようなことをなぜ言わなければならないのか。

 ロロはもぞもぞと動き出し膝立ちになってニドとその目を合わせる。

「だってさ、捕まえ損ねたのが瑞葉なんだもんな」

 それは彼の本心、その吐露だ。

「ハクハクハクは凄いやつだ。俺なんかよりもずっと凄い魔力を持ってて、腕相撲やっても全然勝てなかったんだぜ。だからさ、こうやって捕まえたのは正解だったと思うぜ」

 話し続けるロロに対しニドは何も言わなかった。それは何が起ころうと状況を変えるには至らないだろうと言う油断もあったのだろうが、それ以上に彼の話を聞いて見たかったのだ。

 少し前と違い、今の彼には未来を生きようとする若き冒険者が何を考えているのか興味があった。

「瑞葉もそうだ。ハクハクハクに比べれば魔力は少ないけど、器用だし頭も良くてさ。俺やハクハクハクじゃ扱えないような魔法をいっぱい使えるんだ」

 瑞葉とハクハクハクも彼の話を遮ろうとはしなかった。それは話の裏にある意図を探ろうとしていたからか、それともただただその真剣な表情に絆されただけなのか。

「二人に比べたら俺なんて大したことないんだ。魔法もあまり使えないし、それを補えるだけの何かも無い。俺は何の取り柄もないやつなんだよ」

 ショウリュウの都では多くの者が一度は冒険者を志す。それは冒険者発祥の地である志吹の宿がある為に幼い頃から冒険者の話を聞く機会が多いから、そしてザガやミザロのような有名人の武勇伝を聞いて憧れる者が後を絶たないからだろう。

 しかしそこから先、本当に冒険者になる者は一握り。そしてその中で上を目指す者は更に減って行く。ニドは現役の頃に自分は才能が無いからと去って行く友人を何度となく見送ったことがある。

「何の取り柄も無い君は、それに悲観しているんだね」

 故に彼は同情した。ロロもまた冒険者を辞めようとしている一人なのだと理解したのだ。その言葉にハクハクハクなどは思わず取り柄なんていくらでもある、そう反論しようとしたのだが。

「ヒカン?」

 当の本人はぽかんとしてオウム返しに言葉を返す。ロロは咄嗟に悲観という文字が出て来なかったようだ。その様子にハクハクハクは横から反論しようとしたのを思わず飲み込む。あんな調子なのに横から何を言うべきだと言うのか。

 結局みんなロロの次の言葉を待つことしかできないようだ。

「……えっと、まあ。……とにかくさ! 俺が言いたいのは!」

 誰もが固唾を呑んで見守る中、ロロは柔らかい笑みを浮かべながら口を開く。

「瑞葉が残ってるからニドさん失敗するじゃん、ってことなんだよ」

 それは信頼だ。

「さっきも言ったけど瑞葉は頭良いし、凄いんだぜ? 小さい頃から何度も助けられてさ」

 瑞葉は思わず声を上げそうになった。そんな信頼は自分には重すぎると。余人より少し魔法が得意なだけ、そんな事よりもっとたくさんの大切なことがあるんだと。

 小さい頃から助けてくれたのはいつだってロロだったじゃないか!

「ニドさん運が無いよ。もしもそこに立ってるのが俺だったらおしまいだったのに。俺はいつだって周りに助けられてここまで歩いて来たけど、こいつらは違うぜ。一人で歩けるぐらい強いんだ」

 その言葉を瑞葉の理性は、本能は、はっきりと否定する。

 いつだって私はロロに手を引いてもらってここまでやって来たんだ。

 そんな声が彼女の頭の中で反響している。前に進むのが怖くて、辛くて、足踏みする自分を彼女はいつだって自覚していた。変えたいと思っていてもそう簡単には変わらない自身の本性が嫌いだった。

 故にこの時ばかりはそれを変えたいと思っても何ら不思議はない。

「ロロ」

 ロロはその呼び掛けに応えるように瑞葉の方を見た。そして、彼女の表情が怒りに染まっているのを見る。

「私が! あんな! 強そうな人に勝てるわけないでしょ!」

 その言葉は彼女の強い本心。実際、彼女は逆立ちしたって敵わないほどの差をニドに対して感じている。三人が万全の状態で戦ったとて敵うかどうかわからないほどの差を。

「私五等星よ! 新人も新人なのよ!」

「いやでもさあ」

「でもじゃないよ! 捕まってるあんたは気楽かもしれないけど私なんてこれからどうなるかわからないのよ!」

 それはただの喧嘩、に見えた。この土壇場に置いて喧嘩をするほどの肝の太さには驚嘆するが、それ以上は無い。ニドも警戒こそ怠ってはいなかったが思わず口の端が緩みそうになるのを堪えることは出来ない。

 子供だ、この子たちはまだまだ子供なのだ。


 ニドはミザロに出会ってからずっと考えていることがある。ここまで来たにも関わらず考えてしまうことが。

 どうして自分はこんなことをしているのだろうか?

 彼がやったことを全て書き記すには少し量が多すぎる、故に幾らかかいつまんで説明するに留めよう。

 彼はショウリュウの都や山河カンショウの国に不満を持つ者を集めた。その目的は国家転覆だ。彼はまずショウリュウの都を陥落させ支配する計画を立てた。その為には多くの必要な物があり、仲間と共に遺跡を巡り幾つもの遺物を手に入れた。例を挙げれば転送ゲート。魔力を糧にゲート同士を繋ぐ異空間を発生させる装置だ。他にも例示するには多すぎる程あるのだが、とにかく長い期間をかけてそれらの物を準備して来た。

 初めは周辺の小さな村に魔物を送り込んだ。彼らの中には多くの実力者がおり、そう強くない魔物であれば捕らえることは難しくない。後は転送ゲートを使って送り込む、簡単だ。

 しかし都の冒険者や自警団は馬鹿じゃない、しばらく経った頃、あっさりとその時の拠点を抑えられ多くの仲間が捕まった。転送ゲートも押収された。

 計画通りだ。

 ニドは押収された転送ゲートの相方を持っていた。これを使えばおそらく自警団内部へ簡単に潜入できるだろう。

 それからはしばらく息を潜めて水面下で動き続ける。仲間を集め、情報を集め、計画実行の時を待つ。

 新年に行われる三大国会議、その時こそ作戦決行の時だ。多くの有力な冒険者や自警団がそちらへ向かうだろう、都の守りが最も薄くなる時と言って差し支えない。

 新年間近、人通りはどんどん少なくなり都内部へ人を送り込むのも簡単になって行く。一度に大勢が入れば目立つが徐々に徐々に人を入れて路地裏にでも潜ませておけばいい。 

 彼は一人ゲートを使い自警団内部へ潜入する。目的は制服だ。ニドの魔法は特殊な物で、限りなく存在感を消すことができるというものだ。場合によっては目の前に立っていても気付かれないこともある。実際には目の前に立つような失策など犯さず、さっさと制服を奪い外へ向かったが。

 彼が向かった先は拘置所だ。そこには大勢の仲間がいる。そして何より切り札と言える実力を持つ銀斧もいる。彼らを解放し都中で暴れてもらおう。

 後は攫った人質を盾にして手に負えない実力を持つ者達を倒すだけ。人質に加えて銀斧を含む三等星級の実力者で囲んでしまえば何とかなるだろう。

 そう、考えていた。

 しかしどうだろう。彼は都の様子を見て回る途中で不意にミザロに出会った。そして少しの会話を交わした。

『ニドさんは多くの村を助けて来たでしょう? お礼をしたいと言う方は大勢います。私も、そういう姿に憧れていました』

 その言葉が頭を離れない。

 彼が復讐を計画したのは誰もが自分たちの事を忘れ、仲間が死んでしまったから。今でも彼は思い出す、魔物を倒した者の仲間も自分も大怪我をし助けを求め入った誰もいない村、都で目覚めた時に行われていた魔王討伐を記念した宴。仲間が死んでいく裏で宴が開かれていたという事実は彼の復讐心を燃やし続けていた。

 しかしこうも思う。

 共に戦った仲間たちは彼らを守ろうとしていたのではないか?

 彼はミザロと話し思い出したことがある。自分が都を離れた理由。彼が冒険者を辞めて世捨て人のように世俗を離れたのは、仲間たちが守ろうとした人たちへ憎しみを向けてしまいそうな自分が恐ろしかったからだ。

 ニドは復讐など望んでいなかった。

 いつからだろう、どす黒い何かにそういった想いが覆われて復讐心をこの心に蓄え始めたのは。彼は、それを、思い出す。


 目の前で騒ぐ子供たちを見ていると彼は思う。こんな風に元気に騒ぐ子供たちを守る為に冒険者を志したはずだったのに、どこでおかしくなってしまったのだろう、と。

 自嘲するような笑みを浮かべるニドであったが、一つだけ勘違いをしている。

「だからぁ! このわからずや!」

「わからずやとは何だ! 俺はわかってるやだ!」

「意味わかんないのよそれ!」

 声を張り上げる二人、それは本当に喧嘩をしているだけ、ではない。ニドは彼が守ろうとした様子を目の前に見て思わず気が緩んでいた。相手は子供と知らず知らずのうちに油断していた。

 もしも彼が目の前の相手を敵と真に認識していれば気付いたはずだ。

 瑞葉の持っていたナイフがいつの間にか消えていたことに。

 パサッ。

 軽い何かが落ちた音。それを聞いた瞬間ニドの表情が変わる。そして即座に瑞葉を取り押さえようと前に出るが、一瞬ロロの方が早い。全力の突進がニドの身体を吹き飛ばす。

「ぐっ」

 壁に叩き付けられた彼はその目で地面に落ちた縄を見た。さっきの音は縄が下に落ちた音だ。そしてその傍に落ちているナイフを瑞葉が拾いに行くのを見た。

「……ナイフを遠隔で動かしたのか?」

 物体を遠隔で動かす、それは非常に難しい魔法。しかしもしそれが出来るならば縄を切ることは不可能ではない。魔力を吸う縄も魔力に触れなければそれを吸うことは不可能。柄の辺りのみに魔力を纏わせて上手く動かし続ければ、そう考えながらニドはその難度に思わず息を呑む。

 そしてロロを見つめた。

「君は、あの子なら出来ると信じてたのかい?」

「当たり前だろ!」

 掲げられた拳を前にニドは思わず、瞬く星の輝きが目に刺さったかのように視線を逸らす。

「ハク、天井を思いっきり撃って!」

「うん」

 短い詠唱の後、風弾が天井へ放たれる。既に劣化の進んでいた天井はいとも容易く打ち砕かれ破片と粉塵が舞い落ちる。

 ニドはその場に立ったまま地面に落ちていく砕けた天井の欠片を眺めていた。おそらくこの埃っぽい粉塵が晴れた頃、三人は既にいないだろう。だがそれでいい、そう思った。今の彼は自分が何をしたいのかわからなくなっていたのだから。物事に区切りを付けることすらできず、ただ幽霊のように漠然と存在し続ける。

「僕にお似合いの結末じゃないか」

 大きな溜息と共に目元を手で覆った。その目尻に流れる水は埃が目に入ったからだ、そう強く唱えながら。

「よっしゃやるぞー!」

 しかし感傷に浸る間も彼には与えられない。ニドの物語はまだ終わっていない、いや、終わらせてなど貰えない。

 煙が晴れて来ると人影が徐々に浮かび上がって来る。それは拳を握りこちらを見つめている。

「やられっぱなしじゃ終わらないぜ!」

 ロロがそこに立っていた。


 土煙が晴れた先でニドは思わず目を疑う。なぜこの子はそこに立っているのだろう、と。

「……逃げないの?」

 あまりにも間抜けな質問だと思いつつそう聞かずにはいられなかったほどに驚いていた。こんなことを聞くとまるで逃げて欲しかったようにさえ思われかねないのに。

 そんな唖然とするニドに対してロロは拳を合わせてやる気満々と言った様子だ。

「当たり前だろ、このまま帰ったら俺捕まっただけじゃん」

「捕まったのに逃げ出せたんだからそれでいいんじゃない?」

「だめだね。やられっぱなしで終わるのはなんか嫌だろ?」

 正に子供の理論だ。ニドは冒険者とは生き延びることこそが重要だと信じている。それは無茶をして仲間を失った故の事なのかもしれないが、無謀な挑戦をすべきではないと言うのは事実だ。

「……僕は、一応三等星ぐらいの実力があるんだけど」

 ニドは現役の頃三等星だった、そして今もその実力は衰えていない。

「本気で戦うつもりかい?」

 その言葉が発されると同時にロロは空気が凍り付いたかのように息苦しさを感じる。それは強者が放つ圧、格の違いを見せつけられているのだ。

 それでもロロは止まらない。

「……ニドさんは勘違いしてるんだよ」

「何をかな?」

 ロロは無言で地面を蹴った。ニドはその動きを既に予期していた。ロロはまだ未熟だ、熟練者であれば魔力の動きを見れば次の動きが読める。そしてたとえロロが身体強化を得意としていると言っても五等星にしては凄い、と言うだけの事。彼の全力はニドにとっては自身の六、七割程度の速さにしかならない。

 次の動きも読める、その動き自体も目を見張る程のものではない。手加減は、無粋だろうと即座にその考えを打ち消す。向かってくるなら仕方ない、ニドはそう思い一撃で気絶させてやろうとその手に魔力を集める。

 そして思わず固まる。

「は?」

 不意に、地面が弾けた。

 いや、弾けたという表現は不適当だ。その程度ではこの事態を表現しきれない。建物の床がひび割れ、壁が砕け散り、天井が目の前に迫る。木片が、瓦礫が、こちらへ向かってくるロロが、そしてニドさえもが、凄まじい力の奔流に飲まれ宙へ突き上げられて行く。

「何、が!?」

 ニドは浮遊感の中で叫ぶ。下方から凄まじい力の塊をぶつけられたかのように身体が空へ向かっている。周囲で共に浮かんでいる瓦礫の中でどうにか己の姿勢を制御し何が起こっているのかを見極めようとしていた。

 魔法だ、即座にそれだけは確信した。周囲を覆う大量の魔力がそれを示している。おそらく圧倒的な出力を持つ風の魔法、そう当たりを付けその出所を探るとそれはすぐに分かった。

「……あの子か!」

 地上、もはや消え去った建物を出てすぐの位置に空に手を掲げたハクハクハクが立っていた。


 建物が丸ごと吹き飛ばされる少し前。瑞葉の指示によってハクハクハクが天井を破壊したすぐ後。

 三人は部屋から出てそのまま建物の外へ向かって走り出す。瑞葉が窓を開ける時間も惜しんで全身を魔力で強化しそのままガラスを割って飛び出した。

「ひっ」

 二階とは言え高さはある、思わず飛び降りたことを後悔する瑞葉。しかしその時間もすぐに終わり、地面がすぐそこに見えた。

 だんっ!

 瑞葉は魔力で強化された足は衝撃を受けても然程の痛みは感じなかったが、地面の上にいる安堵からか足がすぐには動かない。

「だ、大丈、夫?」

 後から飛び降りたハクハクハクが彼女に手を差し伸べる。

「……ありがとう」

 同じ高さから飛び降りたはずなのに全く動じていない友人を前に何やら恥ずかしさを感じながらゆっくりと立ち上がる。しかしのんびりしている暇はない。急いでこの場から離れなければ、いつニドが追って来るかはわからないのだから。

 そう思い二人が走り出そうとした瞬間。

「……ロロは?」

「え?」

 ロロがいない。前ばかり見ていた二人は気付いていなかったがロロは飛び降りていないのだ。二人が飛び降りた窓の方を見るとそこに彼は立っている。

 何やってんの?

 瑞葉の中に生まれた感情は困惑と怒り。額に青筋を浮かべて叫びそうになるのをなんとか堪えており、横にいるハクハクハクはその頬がぴくぴくと怒りに震えているのを恐ろし気に見ていた。

 ロロはそんな二人を見てこう言った。

「一発、殴って来る」

 その言葉に二人が呆れたのは言うまでもない。しかしその続きを聞いて少しだけ、いや呆れているのは間違いないが、本当に少しだけ考えを改めるのだ。

「じゃないと前に進めないだろ?」

 その言葉がどういう意図で発されたのかは本人すらいまいち理解していないかもしれない。聞いてもただなんとなくそんな気がした、とでも言うだけだろう。

 しかし瑞葉はその言葉を聞いて腑に落ちる部分がある、そう思った。ただ漠然とそう感じただけだとしても、その言葉に乗ってみたいと僅かに思ってしまった。

「瑞葉ちゃん」

 ハクハクハクもそうだ。その瞳は輝きを見せ、これから行おうとすることに対する期待と高揚が現れているのが見えた。

 ただ巻き込まれて訳も分からぬ内に解放される。なぜこんなことになったのかは終わった後でもわからない。そんなことは実際の所よくあることなのだろう。

 しかしその原因に対して一言物申したくなったりするのは当然じゃないか?

「ロロ! どうやるの!?」

「建物ごとやってくれ」

「……きっかり一分後ね!」

 その言葉だけで彼らには十分だった。


 話は現在に戻る。建物が砕かれその瓦礫と共に宙に飛ばされた二ド。彼は何が起こったのかわからなかった故にまずその確認に意識を向けた。

「まさかこれ程の魔法が使えるなんて……」

 彼は三人が胸に五等星のバッジを付けていたのを確認している。まさかこんなことができるとは露ほども思わなかったのだ。地上のハクハクハクを見て思わず称賛の声を上げるのも仕方ない。そしてその時、一瞬ではあるが彼は忘れていた。

 先程まで目の前にいた誰かの事を。

 ハクハクハクの魔法に巻き込まれて冷静でいるのは至難の業だ。しかし事前にそれが来ることを知っていたなら、そして巻き込まれた誰かが誰よりも間近でその魔法を見て来た自負を持っていたなら。ロロは宙に浮いた状態でニドよりも早く体勢を立て直し、そして目的が明確であるからこそ一直線に進める。

 宙に浮いたニドを見つけ瓦礫を蹴り進む。

「あっ」

 ニドがロロの姿に気付いた時には既にどうしようもない程に接近していた。そしてその握られた拳が頬に迫る。

「喰らえっ!」

 渾身の右拳、ロロの一撃がニドを撃ち抜く。最後の一瞬、ニドが微笑みを浮かべていたのを誰か気付いただろうか。


 空中から地面に落ちるまでの時間はとにかく長く感じられた。ニドは頬を殴られた衝撃で受け身を取ることもできず落ちていく。

 ドンッ。

 落下の衝撃を全身に食らうとニドはあまりの痛みに動くことを放棄していた。腫れた頬のせいで目を開けるのも億劫だったが彼はその両目を見開く。

「星が……、眩しいな」

 夜空に輝く無数の星が彼の目に入って来る。周囲は瓦礫が落ちる音で騒がしかったが今の彼にはそんなことは気にならない。

 その目に焼き付いているのは空に浮かぶ星々よりも輝いていた瞳だ。

「若さかなあ」

 ロロの行動は若さゆえの無鉄砲さに見えた。ニドの頭の中の冷静な部分はあれに憧れても仕方ないと警鐘を鳴らしている。更に奥深くにある憎しみの心は今すぐ立ち上がってもう一度彼らを人質に取れと叫んでいる。

 どちらも馬鹿らしいと彼は思った。

「ニドさん? どうしてこんなところで寝てるんですか?」

 不意に頭上に顔を覗かせたのはミザロだ。彼女は自警団副団長に郊外の様子を見に行くように頼まれ、先の建物をも吹き飛ばす魔法の轟音を聞き付けやって来たのだ。そして偶然その付近にいるニドを見つけた。

「どうしてだと思う?」

 ミザロは逆に質問されると顔を上げて周囲を見た。破壊された建物の跡、瓦礫の山とその中にいるロロ、そしてそこへ駆け寄る瑞葉とハクハクハク。様々な状況を鑑みて論理と直感が導き出した結論は。

「ああ、ニドさんがこの騒動を手引きしたのですか?」

「……何でそこまでわかるかな」

「なぜ?」

「それは後で話すよ。僕としても色々と頭の中で整理したいことがあってね」

 ニドは言いながらゆっくりと起き上がる。もはや何をしようと言う気も無い、ただ彼は自らが見た星の輝きをもう一度目に焼き付けたいと思っただけだ。

「良い三人組だね」

「その頬はロロですか?」

「ロロ? ああ、あの男の子かな。そうそう。中々無茶苦茶をやってくれる」

 頬をさすると彼の想像よりも大きく腫れており痛みが走る。

「あの子さ、僕に勘違いしているって言ってたんだよね」

「何をですか?」

「さあ? 最後まで言う前に僕と一緒に吹き飛ばされちゃってね」

 ミザロはその言葉で直前に起こった出来事を察する、と同時に後でそんな無茶をしたことや建物を破壊したことに関して注意をせねばならないと心に留め置く。

「だからその中身を勝手に想像することにしたよ」

「どんな勘違いをしたのですか?」

「まだわからないかな」

 その言葉の意図が読めずミザロは怪訝な表情を見せる。一方でニドはどこか憑き物が落ちたように柔らかな微笑みを浮かべる。

「ただ何であれ僕が前へ進める理由付けにしていくよ」

「それは、良いことですね」

 舞う粉塵をかき消すように風が吹く。ニドにはその風が自らの前途を祝してくれているかのように思えた。







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