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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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43.ショウリュウの都の年明け3

 ショウリュウの都、中央広場自警団臨時拠点。そこは都で突如発生した騒動に対処すべく急遽作られた簡易拠点であり、周辺住民の保護や自警団と冒険者の間での情報交換が行われている。

「東門付近は制圧完了し周辺住民の保護を行っております」

「ルーチェ副団長がどこ行ったか知ってるか?」

「どうせどっかで戦ってるだろ、放っておけ。あの人の実力は疑うべくもないし情報処理も正確だ。こっちの手が必要なら誰かに連絡が来る」

「西エリアから連絡が無い。何人か連れて行って来る」

「まだ暴徒がどこに潜んでいるかわからん、気を付けて行けよ」

「ディオンさんがどこ行ったか知ってるか? 礼を言いそびれたんだが」

「あの人ならアグニさんを見つけて二人でどこかへ行きました。元々じっとしてられない性質ですからね。おそらく都中を走り回っているんでしょう」

「おい、あっちで火の手が上がってるぞ」

「消火だ! 手の空いてる者は急いで向かえ!」

「郊外エリアはどうなってる?」

「それなら先ほど副団長がミザロさんに偵察を頼んだと」

「ミザロ殿か。それなら心配はいらんな。こちらの状況が落ち着いてから数人送るとしよう」

 この騒動は全体としては既に収束に向かっている。このような拠点が街中に幾つか作られており自警団や冒険者たちはそこを行き来して情報を集めており、敵の位置をほぼ掌握している。後は少しずつ人数差で押し込み、罠に嵌め、武装解除し拘束する、その繰り返しだ。彼らの勝利は目前である。

 ただし、それを阻む者達の存在を忘れてはいけないが。


 銀色の斧が鈍い光を放つ。星の光が乱反射しているのかちかちかと目に眩しい。

 カクラギは地面に膝をつき肩で息をしている。彼の周囲には戦いの途中で合流し共に戦った仲間たちがいた。しかし彼らも既に全身傷だらけで動くこともできず地面に倒れ伏している。

「少しは強くなったみたいだなぁ、カクラギ」

「……それは、光栄だ」

 銀斧のリュウキ、その名を聞いた時に思い出すのは何だろうか。カクラギは何よりもその強さだった。

 カクラギは元冒険者だ。そこで数年の経験を経た後に自警団に入った。その数年の間に活躍していたのが銀斧だ。多くの者は彼の横暴な態度を嫌い崎藤すら窘めていたのだが、カクラギが彼に抱いていたのはその強さと強さに対しての真摯さへの憧れだった。

 銀斧は天才では無かった。冒険者としては平凡な男で、四等星に上がるのにも何年かかかったし、その後三等星に上がるのも早かったわけでは無い。しかし彼はいつだって強くなる為の努力を惜しまなかった。

 肉体の鍛錬も魔法の修練も一日たりとも怠ったことなどない。強くなる為に技を磨き、魔力を鍛え、命を懸けて魔物と戦った。そして強くなった彼は強大な魔物であるヒャッキャクサソリを二体も同時に相手取り勝利してのけた。その出来事は今でも語り草となっている。

 改めて言うが銀斧は強さに対して真摯だ。そしてその思想が少々行き過ぎているせいか、強きを尊び弱きを蔑む。カクラギは今も思わずにはいられない。その精神が自身にのみ向けられていれば彼は偉大な冒険者となっていたはずなのに、と。

「さて、そろそろ終わりにするか」

 今、その銀斧は目の前に敵として立っている。数名の自警団の皆と共に戦ったが彼の操る銀に光る斧を前には歯が立たずもはや彼自身もあと一発受けられるかどうか。

 カクラギは戦いを通じて感じていた。銀斧のリュウキに勝つには数では駄目だ。圧倒的な実力を持つ個の存在が必要だ、と。自らがそうなれなかったことに無念を抱きながらカクラギは死をも覚悟した。

 その時だ。


 風が、走った。


 直後、硬い物体が衝突する音が響く。それは銀斧の方からだ。カクラギが顔を上げると彼の斧に一本の矢が突き刺さっている。それは斧の表面を漂う銀の煌めきに流されるようにして地面にぽとりと落ちる。

 銀斧は先程までの余裕の笑みを消して周囲を警戒していた。今の一撃の威力、そして現在も居場所を完全には掴めない気配の消し方、そこからカクラギやその他の雑兵のような自警団とは格の違う相手が現れたことを感じ取っていたのだ。

 ヒュッ、ヒュッ。

 風切り音が二つ走る。銀斧はその音から軌道を見切り一つを避け、もう一つを斧で受け止める。

「誰だ! この程度でこの銀斧を殺せるとでも思ったか!」

 そして今度は斧に刺さっていた矢を手で抜くとそのまま投げ放つ。それは放っておけば遠くに見える家屋をも貫く威力であったが、隠れていた女がそれをいとも容易く受け止める。

「銀斧のリュウキか。実力がどんなものかとは思っていたが、噂だけってことは無いらしい」

 そう言いながら姿を現したのは、槍、弓、鞭、ナイフ、斧や刀まで身に付けた凄まじく人目を引く姿をした女。

「私は天柳騎が一人、柳」

 ショウリュウの都が誇る精鋭の冒険者三人組、その一人だ。そして彼女の胸に光るバッジは。

「……二等星?」

 リュウキの呟きの通り、二等星を示している。


 それはほんの二週間ほど前の話。柳が新しい依頼を受けようと天柳騎の面々で宿へ行った時の事だ。

「柳さん。丁度良い所に来ましたね」

 そう言ってミザロが彼女に手渡したのが。

「これは……、二等星のバッジ!?」

「ええ。最近は活躍目覚ましいですからね。特に幼体とは言え大した怪我も無くツルバネを単独で撃破した功績は大きい物があります」

「ほーう、やったではないか柳よ! 我ら天柳騎からも二等星が出るとは……。ふーむ、感慨深いな」

「待て、私のバッジはどこだ? 柳が二等星なら同等の実力を持つ私もそうなるのが自然だろう」

「なぜですか? あなたの実力は認めますが単純な功績は柳さんの方が上でしょう?」

 ミザロが当然のようにそう指摘すると柳とディオンが大笑いする。アグニはバツが悪そうに舌打ちをして顔を背けた。

「さて、柳さん」

「はい」

「これからはあなたも二等星。そのバッジを示すだけで多くの信用を得ることができ、国より多くの支援を得ることができます」

 これはあまり知られていないことだが、三等星以上になると一部の交通費が減額され医療費などはかなりの額が控除されることとなっている。二等星ともなればほとんどただ同然だ。

「しかしそれはより多くの責任を伴うことも意味します」

「責任……」

「尤も、あなたに限っては心配する必要は無いでしょうが」

 ミザロはそう言って話をあっさりと打ち切った。


 そして柳は今、銀斧のリュウキの前に立っている。彼女は自らの強さを知っている。その強さ故の責務も知っている。

 より強い相手を倒せばいい、ただそれだけだ。



 ショウリュウの都の住宅街、その路地裏ではカグリと牛鬼がどこかへ向かって歩き続けている。

「そろそろ話してみてはどうだ? 一体どんな狙いがあってこんなことをしている」

 牛鬼は時折こうして問いを投げかけるがカグリは口を真一文字に結んだまま決して何も話そうとはしない。どうやって拘置所から抜け出したのか、この騒動にどこまで関わっているのか、今はどこへ連れて行こうとしているのか。

 彼女は何も答えずただ歩き続ける。

「主は……、改心したのかと思っていたのだがな」

 牛鬼はただやるせなさを滲ませそう呟く。

 少し開けた場所に出た。そこは家々の隙間ながら少し広く、昔はそこに遠方から魔物が来ていないかを確認する見張り台があったらしい。しかし都はどんどんと広がりついには壁が作られたことでその必要性を失った。その後に見張り台は取り壊されたのだが、その微妙な広さの空間には誰も何も建てようとはせずそのままになっている。今は近隣の集会、と言う名の井戸端会議の場となっているらしい。

 そこで二人を待っていたのは丙族の女。

「背が高く細身、髪が短いマントを身に付けた丙族、か」

 牛鬼が呟いたのは以前にザガや竜神などが総力を挙げて取り潰した組織、に所属していたとされる女の特徴。

 そう、目の前にいる彼女こそ冒険者や自警団が探していたその人だ。

「よくここまで連れて来たわ、カグリ。ただの筋肉馬鹿と思っていたけど評価を改めるわ」

 カグリは軽く礼をして牛鬼の後ろへ下がる。それはこの丙族の物言いに腹を立てて距離を取ったわけでは無い。

 退路を断たれた、牛鬼はその事実に即座に勘付く。つまりこれは。

「成程、確実に仕留める為に、か。余程警戒されているようだ」

 牛鬼は三等星の実力者だ。今、都に残っている戦力の中では上澄みの部類だろう。その戦力を確実に削り取る為にこの状況を作り上げたのだ。

 しかしマントの丙族は牛鬼の言葉をせせら笑う。

「警戒? まあしてないことは無いけれど、大した相手とは思ってないわ。あなた程度なら私一人でもどうにかなるもの」

 直後、周囲を多大な魔力が覆ったのを牛鬼は肌で感じていた。これは威圧だ、魔力を広げた範囲は自身の間合いだと宣言し恐怖を与えようとしているのだ。

 しかし歴戦の冒険者である牛鬼はその事実を知ったところで僅かな動揺を見せることも無い。ただ己の腰に差した刀に手をかけて、次を待つ。間合いの広さは問題ではない、実際に来た攻撃を捌くことこそが重要だ。

 一撃で仕留めようとするマントの丙族と後の先を狙う牛鬼の思惑が交差し互いに動きが止まる。静寂、それが破られた時に勝敗が決するのか。

 否。

「ハロハロ、だから言っただろう。油断はできないって」

 ここにはもう一人いる。牛鬼の背後で黙って二人の動静を見守っていたカグリがゆっくりと前傾姿勢を取る。

「私が崩す。そこをやれ」

「……ま、いいでしょう」

 挟み撃ち、普通ならばそれは効果的な手段だ。背面を覗き見れる人間など普通いない。対処の為にはどちらかへの注意を一瞬でも逸らさねばならない。

 しかし牛鬼は何の問題も無いと確信していた。彼は自身の周囲を魔力で覆うことでその範囲内の動きを全て読み取ることができる。そして外から何かが範囲内へ入って来た時の反射速度は二等星でも手を焼くほどだ。彼はただ正面を見つめ、その時を待つ。

 しかしカグリが地面を蹴った時に、二人は気付く。彼女の狙いは。

「喰らえ!」

 彼女は牛鬼を無視して通り過ぎマントの丙族、ハロハロに殴り掛かった。カグリは純粋な力で言えば三等星の中でも上位に位置する、その一撃を喰らえば負傷は免れない。

「ちっ」

 ドガァッ!

 それは壁が砕ける音、ハロハロが背にしていた壁がカグリの一撃で破壊される。しかし粉塵と瓦礫が散らばる中にハロハロの姿は無い。カグリは即座に視線を上に移す。

 そこには怒りに燃える丙族の姿が。

「同族のよしみで気に掛けてやってたが、もうお前はいらないな」

 彼女の周囲を覆う魔力は強大にして多大、それを感じたカグリは大気が震えているのか自身が震えているのかもわからなくなる。

 しかし先にカグリの意図を汲み動いていた影が一つ。それは跳躍したハロハロの更に上に立っている。彼は空気中を歩くことができるのだ、その程度は他愛もない。

「注意力散漫だな」

 牛鬼の声を聞きハロハロは即座に周囲に風を起こしたが既に遅かった。

 魔力すら断たんとする一閃が走る。



 巨大な火柱が立っている。周囲には溶けた硝子や形の歪んだ街灯、燃えて炭となった家もある。そして全身至る所に火傷を負いながらも未だ立っている自警団の面々と虎イガーの一行がいた。

「どうした? もう終わりかぁ?」

 フィアが熱風を周囲に吹かせながらそう言った。その熱はそこにいる皆の体力と精神力をじりじりと擦り減らしていく。

 彼を相手に虎イガーは善戦したと言っていい。水を操る魔法や姿を消す魔法を上手く使いここまで耐え続けている。しかし炎を纏うフィアに対して決定打と呼べる物は無く、時間を稼ぐのが精一杯ではあった。

 虎太郎は真冬に吹き付ける熱風の中、乾いた笑みを浮かべながら隣にいる呉忍に軽口を叩く。

「呉忍、もう終わりかだとよ。なんか言ってやれよ」

「魔力はもう残ってないぞ」

「……それは聞きたくなかったな」

 呉忍の扱う姿を消す魔法は彼らにとって生命線だ。しかしそれに頼ることはもう出来ないらしい。

「応援は来ないの?」

「要請はしている、直に来るはずだ」

「だと良いけど……」

 段々と悪い流れが来ているのを自警団も虎イガーも察していた。皆、限界が近く、決死の特攻を仕掛けるべき時だと覚悟を決めつつある。

「スーリュー、残りの水は?」

「……全部上げるわ」

「よし、俺が仕掛ける。その後は頼むぜ」

 水を全身に浴びていれば炎の中でも一瞬は行動できる。そして一瞬あれば相打ち覚悟の一撃を放つぐらいは出来る。無論、相手もその程度読んでいるだろうが。

 火柱が上がっている、それは恐怖の象徴だろうか。虎太郎は己に問い掛け、そして答える。確かにあれは怖い、恐ろしい。あんなところに近付けば間違いなく火傷を負う、中に入れば骨も残らず焼き尽くされるだろう。

 しかし、虎太郎は剣を強く握り締める。

「行くぞ!」

 気合を入れて地面を蹴ろうとした、その時。

「待て」

 不意に彼の後ろに誰かが現れた。その者が最も目を惹くのは美しく白金に輝く長髪だろう。そして次にその美麗な顔付きに心惹かれる。

「何だお前は」

 フィアは言葉と同時に炎を飛ばす。虎イガーや自警団は即座にその場を離れ防御態勢を取ったがその美青年は違う。

「私は面倒が嫌いなんだ」

 彼は炎を避けなかった。しかし炎が彼に届くことは無く、徐々に徐々に、彼に近付くにつれて炎は小さくなりやがて消えた。

「なっ」

「問答の必要は無いな」

 周囲一帯の炎がみるみる小さくなっていく。それを見ながら虎太郎は震えていた。しかしそれは恐怖からではない、無論助けが来た喜びでも手柄を取られそうになっている怒りでもない。

「なんか、寒くね?」

 寒いのだ。周囲の気温が明らかに下がっている。それは炎をも飲み込まんとする冷気の渦。先程まで火柱と熱風に襲われていたこの一帯に霜が降りて行く。

「ふ、ふざけるなぁ!」

 激昂したフィアがより炎を強く、高く、昂らせる。霜は一瞬で溶けて蒸発し消えて行く、しかしその炎が誰かに届くことは無い。二人の実力は拮抗しているようだ。高温と低温、対極に位置する彼らの魔法はそれ故に互いに打ち消し合い決定打に欠ける。

 巨大な氷柱が宙を舞えば炎がそれを襲い、地面を炎が走れば氷の壁がそれを止める。無数の魔法が二人の間を走り、その軌跡が炎熱の揺らめきと舞い散る氷晶の煌めきとなった。

 フィアは戦いの中で気付く、自身の不利を。ここまで自警団と虎イガーを相手に魔力をかなり消耗しており長期戦になれば間違いなく魔力切れを起こし負けるだろう、と。しかし小技の応酬に置いて互いの実力に差が現れていない以上、このままなら長期戦になるのは火を見るより明らかだ。

 負けが濃厚にも関わらず策を講じぬ者を人は愚か者と誹るだろう。しかし彼はそうではない、故に勝負に出る。

 火勢が弱まる。瞬間、周囲の道や建物を霜が覆い、それは瞬きをするほどの短い時間でも成長してを表面を覆う氷となる。それが幾重にも積み重なりフィアの足元で完成した氷の柱が彼を貫こうとした。もしもほんの数秒早ければそれは確かに彼の腹部を貫き勝敗を決していたことだろう。

 それよりも一瞬早く、フィアが右手を突き出した。


 爆風が巻き起こる。


「何だ!?」

 自警団や虎イガーが身を伏せる。風が止み視線を戻すとそこには燃える右腕を天にかざすフィアの姿があった。

「はっはっは、俺の勝ちだ!」

 彼は高らかに笑う。それは彼の秘儀、誰にも見せたことの無い奥の手。自らの右腕に全魔力を集中することで凄まじい熱量を発揮する、そう言うと簡単そうだがより高い熱量を魔法で生み出すのは易々と行えることではない。ましてそれは氷に触れた瞬間にそれを気化させ周囲に爆風を起こさせるほどの熱量だ。

 先程までは周囲に炎を散らしていたが今の彼は目の前の敵を葬る、ただそれだけを目的として立っている。

「これで触れるだけでお前は死ぬ」

 周囲の家屋を覆っていた氷が解けてひび割れる音が鳴る。彼が右腕を掲げればその周囲が陽炎のごとく揺らめき、それに呼応するように周囲の音がより激しく鳴った。

「さあ、怯えろ、竦め。お前は体を溶かされる恐怖と共に死ね!」

 フィアが歩き出す。目的は勿論、突然現れた冷気を操る美青年冒険者だ。前へ進むその一歩毎に表情が恐怖へと変わって行くのを期待していた。フィアは元々素行のよろしくない男ではあったが、冒険者の資格を剥奪されて以降、彼の楽しみは人や魔物の恐怖に歪んだ表情を見ることになっていた。

 故に、表情を一切変えないその冒険者の事が彼は気に食わない。

「……お前、状況がわかってないのか?」

「お前よりは分かっている」

「そうか」

 フィアは目の前の冒険者が凄腕であることは理解していた。胸に付けた三等星のバッジは冒険者として一流である証。実際に戦ってみた印象からも少なくとも自身と同等に近い実力の持ち主ではあると感じていた。決して油断はできない相手であり、何らかの反撃の手段を持っている可能性がある。例えば魔力を貯めておき近付いてきたところで強烈な一撃を叩きこもうと言う腹かもしれない。

 しかしフィアが歩みを止めることは無い。

 そんなものは右腕の炎が全て防いでくれる。どれほどの冷気もこの炎を前には児戯同然と言う強い自負が彼にはあった。

「ふっ」

 フィアは笑う。その笑みは当然、期待の笑みだ。決死の反撃も虚しく炎に焼かれる時、どんな無様な姿を魅せてくれるのか、それが楽しみで楽しみでならなかった。

 歩く度に鳴る氷が割れる音はまるで目の前の冒険者の残り僅かな命を表しているようにフィアには思えた。この氷が溶け切ったその時には泣き叫ぶ姿が見れるのだ、そんな期待に震えていた。

 だから氷の割れる音に混じった足音には気付かなかった。


 気を失った元三等星の炎使い、フィアを見下ろしているのはショウリュウの都が誇る精鋭の冒険者三人組天柳騎の二人、アグニとディオンだ。

「ふーむ、どうやら上手く行ったようだな」

「馬鹿を言え、私一人でもあのぐらいはどうとでもなった」

「そうだったか? 中々の実力の持ち主だったようだが」

 そんな風に言い合う二人を自警団と虎イガーの面々は呆然と見つめている。彼らの目の前で起こったことは単純だ。

 自らの奥の手を携えてアグニに襲い掛かるフィアを後方から現れたディオンが一撃の下に打ち倒した。本当にそれだけだ。

「……事も無げにやってくれるぜ」

 虎太郎がそう呟く。彼らは自警団と手を合わせて猶も苦戦、いや既に敗色濃厚となっていた。しかしこの二人はあっさりと敵を倒し、そしてそれに喜ぶ様子も無い。

「ふーむ、皆はここで休んでおくとよい。この男は任せるぞ」

 それどころかディオンはそう言ってそのまま走り出す。気付いた時にはアグニの姿も無く、次の現場へと向かって行ったようだ。余韻らしい余韻も残さず力の続く限り彼らは走り続けるのだろう。

「あれが三等星か」

 虎太郎は自らの闘志を燃やしていた。いつか、いつかは必ず俺もあそこへ。そんな思いを胸に刻む。

「ふぅ」

 しかし今は地面に倒れ込む。もはや気力も体力も限界を迎えていた。周りを見れば同じように地面に倒れ込む者、壁に背を預け休む者、残った力を振り絞りフィアの拘束をより確実なものとする者など様々だ。

 何はともあれこの場の戦いは終わった。彼らは皆限界でもはや動けと言われても立ち上がることもできないかもしれない。しかしこれでも十分なのだ。後は他の者に任せよう。

「火事だー!」

 どこからか叫び声。

「うおおおお!」

「消すぞおお!」

「うおっしゃああああ!」

 咆哮と共に皆が立ち上がる。たとえ空元気だとしてもその勢いは火よりも強く燃え上がっていた。



 カクラギが自警団の仲間を安全な場所に避難させている。その横では二等星の冒険者、天柳騎の柳。そして実力だけなら二等星と呼ばれた元冒険者、銀斧のリュウキの戦いが始まっていた。

 柳と銀斧の最初の一合は互いの武技の見せ合いで終わったようだ。柳が銀斧の元へ一足飛びに向かうと手元の武器を様々に変えながら攻撃し、銀斧がそれを捌く。それだけだった。そこだけ見ているとまるで決まり切った行動を繰り返すだけの組手のようにさえ見えることだろう。

 しかしその実は違う、互いが互いの一挙手一投足から次の攻撃を導きそれを繰り出し防ぐ。

 そう、そこにあるのは二人の強さだ。

 柳は複数の戦型を試し一つの結論に至る。

 銀斧のリュウキは、強い。

 柳の攻撃に対し銀斧の対処はあまりに的確であり、その乱暴で横暴な態度と裏腹に確かな基礎を積み上げてきたのがよくわかる。攻撃の止め方、躱し方、身のこなしの一つ一つが彼の確かな強さの元を指し示すのだ。

「銀斧か、過去の人だと思っていたが中々どうしてやるじゃないか」

 多少上から目線ではあったが、これは紛れもない彼女の本心だ、しかし。

「黙れ」

 それは銀斧の神経を逆撫でする。

 銀斧のリュウキ、そんな二つ名でありながら彼が背負う斧は銀色になど光っていない。金属特有の光沢が以前はあったかもしれないが、使い込まれたそれからは光沢などとうに失われてしまった。では銀とは彼自身の身体的特徴だろうか? いや、決して彼は銀髪であったり瞳が銀色に光り輝くようなこともありはしない。

 ではどうして銀斧なのか?

 今、彼は自警団の者から奪った斧を使っている。それでも彼は銀斧なのか?

 しかしよくよく観察すれば気付くだろう。斧の表面、銀色の輝きが流砂のごとく蠢いていることに。

「俺が過去だと? お前が二等星だと? どいつもこいつも見る目がねえ」

 銀斧がその代名詞を振りかぶり高く跳び上がる。柳は即座に手甲を広げ盾のようにした。躱すのは容易だがそれよりも反撃を狙った攻撃的な選択。

 襲い来る斧を盾で逸らしその隙に致命の一撃を狙う。

「お前如きが化け物になれると思うな!」

 ガンッ!

 斧が盾に触れた瞬間、柳は気付く。それはまるで獣の牙が獲物に深く噛み付いた時のように盾から離れようとしない。

 ただの武器であるはずの斧が盾に食らいついている。

「ちっ!」

 即座に柳は盾を切り離しその場を離脱する。そして彼女は見た。銀斧の周り、まるで意志を持ったかのように蠢く銀の輝き。それは彼の手足のように、或いは巨大な牙のように彼の周囲を吞み込んで行く。

「その盾も安くは無いんだがな」

 切り離した盾は表面から削れて真っ二つに、それからどんどんと削られるようにその姿を小さくしていき今や斧の周囲を煌めく銀の粒となってしまった。

「値段が張れば俺の銀牙を防げると思ったか?」

 銀斧のリュウキ、彼が斧を使う理由は実の所、特に何も無い。彼の攻撃の威力は武器には依存していないからだ。彼は物体を砂のようにして自身の周囲で動かすことができ、彼の斧が纏うそれはあらゆるものに食らい付き削り取る。彼はそれを銀牙と称していた。

「お前も俺の牙で食い千切ってやる」

「はっ、無理な話だ」

 柳が駆け出す。しかし銀斧に向かってではない、彼の周囲を高速で駆け回っている。

「撹乱のつもりか?」

 否、そうではない。無論、そのつもりが一切ないわけでは無いだろうが、それ以上に柳はその場に留まれない理由があった。

「……ああ、気付いたってわけか」

 一拍遅れて銀斧も気付く。

 銀牙は彼の斧が纏っている時にその力を最も発揮する。しかしそれ以外でも大いに活用されうるものだ。例えば自警団の面々は気付かぬ間に足元に這い寄っていたそれに噛み付かれ動けない間に倒された。威力こそ下がるものの距離が離れていれば安全と言うわけでは無い。

 彼の扱う銀牙の必勝の方程式、気付かれぬ間に足を止め防ぐことのできぬ銀斧の一撃で止めを刺す。柳はそれに気付いたからこそ足を止めずに駆け回る。

「確かにそこまで動かれたら足止めは無理だな」

 銀斧はそれを看破した柳を相手に感嘆の息を、吐きなどしない。周囲を駆け回る中から飛んでくる矢を彼は無造作に、怒り任せに掴む。

「……それが二等星か?」

 彼の手の中で矢が粉塵と化し周囲の銀牙と同化していく。斧を握る手は血が滲むほど強く握られ、そこから血だけでなく怒りや憎悪さえも滲ませている。

 斧が天高く掲げられた。

「ふざけるな!」

 そして雄叫びと共に地面に振り下ろされる。その威力は舗装された道路を打ち砕くと共に柳が次に踏むはずだった足場を破壊する。

「ちっ」

 砕かれた礫を受けながら柳は次に来る一撃に備えた。銀斧の一撃は防御不能、彼女には回避以外に道は無い。崩れた足場を踏むその瞬間が勝負だ。

「死ね」

 柳の足が砕けた地面に触れた瞬間、横薙ぎの一閃が走る。

 が、その一撃は空を切った。

 柳が触れた地面は更に砕けて彼女の身体は想定よりも地面に沈み込んだのだ。斧を振り終えた隙を狙いナイフが飛び、銀斧はそれを銀牙により防ぐ。直後に斧が振り下ろされるもそこには既に柳の姿は無かった。

「……逃げ足だけは立派だな」

「お前が遅いんだろう?」

 銀斧は柳を見据える。そこに立っている女の強さを彼は確かに認めていた。自身と同等である、と。故に彼の心に暗い怒りと嫉妬、そして憎悪の炎が燃え盛る。

「お前は、二等星ってのをわかってない」

「……は?」

 唐突な言葉に柳は面食らう。或いは、長く牢の中で暮らしていたせいで精神を病んでしまったのかとすら思ったが、幸か不幸か彼は間違いなく正常だ。

「二等星ってのは、化け物の集まりだ」

 彼は冒険者をやっていた時から、或いはそれよりずっと前から変わらず、強さをこそ信奉している。

「竜神を知ってるだろ」

「当たり前だ、あの人は私の師匠だからな」

「あれこそ化け物だ。あいつはいつだって俺に尊大な態度を取っていたが、その強さは俺の遥か上だった。あいつなら俺の一撃を真正面から受け止めるだろう、その後大地に飲み込まれて俺は死ぬかもしれん。二等星ってのはそれほどの化け物だ」

「……そうかもな」

「俺を捕らえたミザロとかいうやつ、あれも化け物だった。まるで攻撃を当てれる気がしなかった。あれも強さの一つの形だ。他にもザガや琳、家老なんかもそうだ。俺は奴ら化け物の高みに登れなかった、だから三等星だった」

 銀斧のリュウキは横暴な態度故に三等星であることに不満を持っているのだ、そう思っている者も少なくはなかった。しかし実際には彼は自身が三等星であることを当然と感じていた。二等星の化け物と自身には強さに差があることをはっきりと感じ取っていたのだ。

 強さを信奉する彼にはその差がある以上、階級にも差が生じるのが当たり前なのだ。

 しかし。

「お前はどうだ!?」

 今、目の前にいる女はどうだろうか? 本当にこの女が二等星で良いのか? 二等星とは強さの象徴ではなかったのか?

「お前は! 俺から逃げ回るばかりで何もできていない! その程度の奴が二等星を名乗るだと!?」

 銀斧は許せなかった、目の前の女が二等星を名乗ることが、それを推薦したであろう志吹の宿が、それを認めたであろう国が。

「消し飛ばしてやる」

 銀の煌めきが激しさを増す。それまでよりも密度を上げてより威力を上げているのだ。今、銀斧の間合いに入った者はその身体を削り取られわけもわからぬままこの世から消えゆくことだろう。

 柳は落ち着いた表情でそれを見つめる。銀斧に近付けば何が起こるか理解していないわけでは無い。しかし、それでも、彼女は。

「馬鹿だなあ」

 嘲笑う。

「私が二等星な理由? 簡単だ。お前が弱い、私が強い、それだけだろう?」

 銀斧の怒りが爆発する。

 

 二人の実力は拮抗していた。勝敗を分けたのが何だったのか、それは案外簡単な理由だ。実力が拮抗しているのだから、先に手の内を晒した方が負けた。それだけ。


 距離を取ろうと逃げる柳、距離を詰めようと追う銀斧、命懸けの鬼ごっこだ。

「逃げるな!」

 銀牙が舞う、柳の進行方向を銀の煌めきが覆った。

 それが彼の敗因だ。

 柳は刀に手を置いた。二人の距離は刀の間合いのそれよりも遥かに遠い。しかし彼女には躊躇いなど無い。当然のように足を止め刀を抜く。

 狂ったか? 死に瀕して無駄な足掻きを、銀斧はそう思い斧を振りかぶる。刀を振り抜いたその隙を逃すような真似を彼はしない。

 刀の切っ先は鞘より出でて地面を切り裂く。

「お前の負けだ」

 柳と銀斧は奇しくも似た魔法を扱う。二人は共に魔法によって物体に干渉し砂のように変えることができた。ただしその後の戦型は異なる。銀斧はその粒子を纏って戦うが、柳はそれを思うままの形に変えて戦うのだ。

 例えば、足場を敢えて砂のようにすることで攻撃を回避し、元のように固めることでその痕跡を消してみたり。例えば剣を伝う魔力によりその先を粉塵と化し再び固めることで疑似的にその刃をより長くしたり。

「なっ」

 地面から出て来た刀はより長く、鋭く、そのもの本来の間合いを遥かに超えて銀斧を襲う。銀斧は即座に銀牙を下方に集中させたが、先に柳の進行方向を塞ぐ為に量が減っている。この量では柳の魔力で覆われたその刃を噛み砕くには足りない。

 鮮血が走る。

「ぐっ……」

 伸びた刀の切っ先を多少削ったことで致命傷は避けていた。しかし銀斧の脇腹から肩にかけて深い傷が生まれる。

「ぬ、おおおおおお!」

 ただ、それで止まるような男ではない。銀斧は死の淵にあっても止まらない。噴き出す血を物ともせず彼は前へ進む、未だそこに立っている化け物に程遠い者を許すことなど出来はしない。

 だが。

「制御が乱れてるな」

 柳は地面を蹴ると銀斧の懐へ飛び込む。銀牙の制御は見た目よりもずっと困難だ。いくら銀斧とて深手を負った状態でそれをこなすことは出来ない。

 柳の拳が彼の鳩尾にめり込む。

 前進を続けた銀斧はそれ故に交差法のようにより深くその一撃の威力を味わうこととなった。そしてそれは幾ら彼とて耐えられるものでは無かった。


 銀斧の巨体がゆっくりと地に沈む。


 柳は気が付いてなどいなかったが銀斧が倒れた瞬間にこの騒動には決着がついていた。この時点でもはや暴動を働く者は残っておらず、後は自警団や冒険者から隠れ潜んでいる者を捕らえるのみと言っても過言ではない。

 後にショウリュウ事変と呼ばれるこの騒動はひとまずの決着を見たのである。



 故に、ここから先はあまり語られることの無い物語。或いは、もっと先の未来で語られるようになる物語だ。

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