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33.冒険者の師走

 ショウリュウの都、志吹の宿。誰かが白い息を吐きラウンジの暖炉に薪がくべられる季節、瑞葉は手っ取り早く暖を取ろうと掌から火を出し料理を待っている。

「俺もそのぐらいできたらいいんだけどなあ」

 それを見てロロは溜息をつきながら両掌を火で炙るようにしている。

「熱くないの?」

「んー、いや、こうやったら俺も火を出す感覚が掴めないかと思って」

 実際にはロロも火を出すぐらいは出来るのだが、瑞葉のように安定した出力で出し続けることは出来ない。どうにも彼には身体強化以外の魔法の才が無いらしい。

「しかしこの時期になるとやっぱり寒いよな」

「まあもう一年も終わる頃だしね」

 季節は十二月、人々は一年の終わりに向けて忙しなく走り回っている時期だ。宿の主人である崎藤も最近は何やら忙しいようで受付にミザロが立っている時が多い。誰もが忙しないこの時期は冒険者にとっては便利屋としての依頼が増える時期でもあり、一時の稼ぎを求めてこの時期だけ活動する五等星の者が大勢宿に押しかけている。

「今日もミザロ姉大変そうだね」

「あの行列だもんな」

 二人はその様子をラウンジで料理を待ちながら眺めるのが日課となりつつあった。手が空いているのならその手の依頼を受けることも考えられたのだが結局それは見送りとなっている。思いの外多くの冒険者が詰めかけているので普段通りに魔物退治や商人の護衛に勤しむ方が良いだろうと考えての事だ。

「二人は依頼に出ないのかい? この時期はなかなか稼ぎが良いって話だよ」

 料理を持ってきたヤヤが二人に声をかける。

「あー、まあ正直そこまでお金には困ってなくて」

 それぞれ親と生計を共にしており、更に農場から色々と貰ってくるので食費も比較的安く抑えられる彼らはお金に困るということが無い。二人が冒険者としてお金を稼ぐ前から生活ができていたのだから当然とも言える。

「こういう依頼も大事だけど手が足りてるなら俺たちは他の事をやろうかなって決めたんだ」

「そうなの? まあちゃんと考えての事ならいいのよ。とりあえずこれ食べてゆっくりして行ってね」

 ヤヤの持ってきた温かいスープには生姜の効いた水餃子が入っており食べ進めれば身体も温まるだろう。二人がそれを食べながら一息ついていると、入り口の行列の隙間を縫って見知った顔がやって来るのが見えた。

「ハクー、こっち」

 手を振る瑞葉を見てハクハクハクがふらふらと彼女らの方へと向かう。

「きょ、今日もすごい、人だね」

「だなぁ、稼ぎ時らしいけど凄いぜ。崎藤さんもいないみたいだしミザロ姉も大変だよな」

「他に人、雇わないのかな?」

「ミザロさんが嫌がるんだって誰かが言ってたよ」

 受付の狭い範囲を残像が見えそうな速度で動き回るミザロの姿は忙しないを超えて少々異常な様子だ。しかし依頼を受けに来た人たちは慣れているのか平然と依頼書を貰い去って行く。たまにぎょっ、とした様子で立ち止まる者はきっと新人なのだろう。

 そんな様子を尻目に三人は食事を取っているわけだが、いつまでもそうしているわけにもいかない。

「えと、今日はどうする、の?」

 ハクハクハクが二人に問いかける。

「どうするんだ?」

 それに反応してロロが瑞葉に問いかけた。彼女は頭を抱えて大きく溜息をつく。

「ちょっとは自分で考えたら?」

「まあまあ、良いだろ別に」

「……まあ、でも。ミザロさんがあの様子だとあまり時間を取らせるのは申し訳ないかな」

 ちらりと受付の方を見ると行列は減って来ているようだがまだ十数人は並んでいる。この数か月様々な依頼を受けて来た彼らではあるが、どんな依頼を受けるかにはまだまだ悩むことが多い。幾らか相談に乗ってもらえる相手が欲しい所ではあるが、今日の所はそれをミザロに頼むのは気が引けるらしい。

「ま、空いたら私らが受けられる依頼があるかどうかは聞いておいて、それからのことは後でね」

「よーし、じゃあしばらく待機だな。ハクハクハクは何か食べるか?」

「え、あ。じゃあ砲葉菜の炒め物」

「そろそろ採れる時期だもんな。俺は魚にしようかなぁ」

 次の注文はどうしようかと悩んでいると宿の入り口の方から然程大きな声ではなかったが驚くような声が聞こえた。その声に引かれそちらを見ると周囲の目を思わず引くような背の高い男が立っていた。

「ゴウゴウさんだ」

「珍しいね」

 丙自治会会長であるゴウゴウその人がそこに立っていたのだ。彼は普段自治会の方で働いておりあまり宿に来ることは無い。

「悪いが先を譲ってもらうぞ」

 そう言って彼は列の先頭まで行きミザロに視線を投げかける。すると彼が来ることを知っていたのか、或いは想定していたのかミザロが何も言わず一枚の依頼書を渡した。ゴウゴウはその依頼書をじっと見つめるとそのまま踵を返した、のだがその時にロロ達に気付いて立ち止まる。少しの間考える素振りを見せると彼は三人の下へ歩き出した。

「久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「あ、お、お久しぶり、です」

 ハクハクハクが頭を下げながらそう言ったのを聞いてロロと瑞葉は怪訝な表情を見せる。

「ハクハクハクとも久しぶりなのか? 集会所で会ったりしないのか?」

「最近は集会所に居ても奥で事務仕事ばかりしていたからな」

 彼の会長としての仕事は多岐に渡り普段ならば事務の仕事は別の者に振ることも多いのだが今回はどうもそういう訳には行かなかったらしい。

「崎藤さんもいないしみんな忙しいんだな」

「それはそうだろう。もうじき三大国会議だ。年明けに今回は山河カンショウの国で、な」

「あ、そういえばそうですよね」

 三大国、それは山河カンショウの国、虎狼ホンソウの国、凍湖シンシンの国の巨大な三つの国を指す。かつてこの三国は覇権を争っていた時期もあったが互いが牽制し睨み合う時期が続いたことで争いを止め、更に魔王大戦という三国全てに大きな影響を与えた大戦を経て一定の協力関係を持つに至った。

 三大国会議が始まったのは魔王大戦が終わった後の事である。三国の王が一つの場所に集い共同で解決すべき問題を話し合う、平和の為の会議だ。会議を行う場所は毎年三国それぞれの持ち回りで、この年明けに行われるそれは山河カンショウの国の王都で行われるのだ。

「おそらく今頃は王都の警備の確認と二人の王をお連れする街道の整備や警備体制に関して話し合っている頃だ」

「そう言うのは自警団がやるのかと思ってました」

「自警団や軍も当然出て来るが、冒険者も戦力としてはかなり重要だ。例えばザガ達が動けばそれだけで多くの物事が片付くだろう。他の都からも二等星以上の冒険者がかなりの数招集されるはずだ」

 他国の王を迎えるに当たり万が一のことがあってはならず、国を挙げて街道整備や魔物の掃討が進められているようだ。

「ゴウゴウさんは行かないのか?」

「俺は今回の件には手を出していない。ただ自警団も大勢が出払っている分、こちらで問題が起こりやすい。その対処で忙しくはなっているがな」

 ゴウゴウが事務作業に追われていたのも丙族関連の問題が起こった時に自警団がそのまま丙自治会に投げていたからという理由だ。無論、事前の合意があっての事ではあるが。

「だったら依頼なんて受けてる暇あるのか?」

「ああ……、どうにか手を空けて来ただけだ。有力な冒険者が出払っている今、俺がいつまでも自治会に籠っているわけにもいかない」

 ショウリュウの都で有力な冒険者の一団と言えば、ザガ十一次元鳳凰、イザクラ考古学団、天柳騎などが挙げられるだろう。しかしザガ十一次元鳳凰とイザクラ考古学団は現在、三大国会議に向けて国中を忙しなく走り回っており都にはいない。個人で活動するものではミザロが最も力を持っているが彼女は彼女で宿の仕事を回すのに忙しい。

 つまりゴウゴウの言っていることにも一理あるというのは事実だ。

「何の依頼を受けるんですか?」

 瑞葉が尋ねると彼は手に持った依頼書に目を落とした。そして少しの間を置き、それをテーブルの上に置いた。

「赤倉の町の魔物退治だって。赤倉の町ってどこだっけ?」

「九華仙の都はわかるか?」

「えっと、地図の下の方!」

「……まあそうだ。ショウリュウの都と九華仙の都の丁度真ん中ぐらいに位置する町だ。昔は宿場町として栄えていたな」

「昔は?」

「今は丸盆の町がその役目を担っているんですよね?」

 瑞葉の言葉にゴウゴウが頷き話を続ける。

「そうだ。あそこはトンネルが開通してから発展著しい。今はショウリュウ方面にしかトンネルが通じていないが今は九華仙の方へと続くトンネル工事をしている。あれが開通すればますます大きな町になるだろう」

「へえー、すげえ町なんだな」

 実際に丸盆の町の発展ぶりはかなり話題になっており、一部の冒険者は美味しい思いが出来るのを期待してそちらへの移住を検討しているという話もある。しかし今回ゴウゴウが行くのはその丸盆の町ではない。

「赤倉の町は今はどうなってるんですか?」

「……以前は丙自治会に所属している者が町にいてたまにこちらに来ては話を聞かせてくれたのだが、ここ一年ほど来ていない。だが徐々に寂れているのは間違いないらしい」

 商売人というのは現金なものでより便利なものやより儲かる話があればすぐに余所へ行ってしまう。赤倉の町は成程、確かにショウリュウと九華仙を結ぶ道中にあるのだが、それ以上の魅力と言うものが無かった。周辺は山に覆われているがろくに街道の整備をする様子もなく、ある商人が町長にその話を持ち掛けるとにべもなく断られたとの話もある。利用する者は多かったがその多くは不満を内に抱えていた。

 その状況を変えるべく手を挙げたのが丸盆の町だ。丸盆の町は盆地にあり交通の便は悪かった。しかしかの町の町長は山にトンネルを作りショウリュウと九華仙をほぼ直線で結ぶ案を発表した。しかもその案を作るに当たり二つの都の議会からお墨付きを得て、である。こうなると話は早く、先見の明がある商人は早くから丸盆に身を置き店を建てる。トンネルが開通するまでは元々住んでいた町人と工事の為にやって来た作業員がその店に行くぐらいであったが、トンネル開通後は多くの観光客が訪れ店は大繁盛。これを商機と見て大勢の商売人が丸盆へ向かい、まだ九華仙への道が通じていないにも関わらず宿場町として使われているのである。

 赤倉の町はこうした状況に何も策を講じなかったわけでは無いのだが、全てが遅かったと言わざるを得ない。そもそも丸盆のトンネル計画が二つの都のお墨付きである以上は未来に二つの都を結ぶ道が丸盆の町を通って完成することが約束されている。その時点で既に勝算は無かったのだ。

 結局、赤倉は徐々に人の往来も無くなり、いずれ消え行く町と言われているのが現状だ。

 ただ、実際に今の詳しい状況を知っている者はその町に住む住民だけだろう。

「自治会の会長としては赤倉に住んでいた彼女がどうなったのかは知っておきたい。それでこの依頼を受けるわけだが」

 じっとゴウゴウが三人の方を見る。

「折角だ、お前たちも来るか?」

「……いいんですか?」

「まあ最近の俺たちの活躍は噂になってるからな。ゴウゴウさんが力を借りたくなるのもわかるぜ」

 十一月、三人にとってはあっという間に過ぎて行った一か月だ。近隣の町へ向かう商人の護衛や山から下りて来たフクレドリの討伐など、他にも幾つかの依頼を受けそれら全てを問題なくこなした。合間には訓練も行っており、手の空いている時にはザガ十一次元鳳凰や虎イガーの面々が見てくれることもあったようだ。若者が頑張っている姿に宿に顔を出した面々は自分たちも頑張らねばとそれぞれの仕事に精を出したなんて話もある。

「そうだな。お前たちが頑張っているという噂は聞いている。共に依頼を受けその力を見てやるのもいいだろう」

「よーし、じゃあ決まりだな。ゴウゴウさんの出番は無いかもな!」

 ロロの言葉に隣にいたハクハクハクは拳を握りやる気満々と言った様子を見せた。瑞葉は呆れているようだったが、ゴウゴウは三人の様子に顔を手で覆い隠すその下で穏やかな笑みを浮かべていた。


 宿を出て四人が向かうのは丙自治会の集会所だ。

「最低でもあと一人は一緒に来てもらう予定だ」

 ゴウゴウは宿を出てからすぐにそう言った。

「む、俺達だけじゃ不安なのか?」

「ゴウゴウさんがいれば十分では?」

 ロロと瑞葉が疑問を口にする。実際、普通の魔物退治であれば三等星の冒険者が一人いれば大抵は事足りる。五等星の殆ど経験の無い者を連れているのならばともかく、ロロたち三人は既にある程度の経験を積んでおり大抵の相手ならば足手纏いまではならないだろう。

「お前たちの疑問は尤もだが」

 当然、ゴウゴウもそのことは理解している。彼ほどの立場の者であれば望まずとも様々な情報が入って来る。その中には丙族の新人冒険者を擁する三人組の事も含まれている。

 では何を懸念しているのか。

「……少し気になることがあってな。俺はそちらに関して調べることになるかもしれない」

「……んー? どういうことだ?」

 ロロが問い返すとゴウゴウは立ち止まり三人の方へ振り返る。その表情を見て瑞葉がはっ、と気付く。

「……ロロ。そう言えば赤倉の町って確か有名な食べ物があったんだけど何か覚えてない?」

「食べ物? いや、えー?」

 ゴウゴウは話が変わったのを見て前を向いて歩き出す。瑞葉はその様子を見て何かあまり言いたくない話なのだろうというのは悟ったが、具体的には聞かないことに決める。少なくとも、自分たちを関わらせるつもりは無いということなのははっきりと理解できたからだ。


 集会所にはいつも大勢の丙族が集まっている。都で大っぴらに彼らを差別する者はいないが内心どう思っているかは別だ。また通りを歩けば丙族お断りの店は多くありそれを見る度にどうしても自分たちの境遇を意識してしまう。彼らにとってここは誰彼憚ることなく安らげる大切な場所なのだ。

「私、入っていいんですか?」

「やっぱそれ思うよな」

 瑞葉はここに来たのが初めてで入り口で思わずそんなことを尋ねた。それは以前にロロが通った道でもある。

「お前たちはハクハクハクの友人としてそれなりに知られている。遠慮することは無い」

「あ、はい」

 今回は会長様のお墨付きである為何の心配をする必要もないだろう。瑞葉はそれでもどこか遠慮してよそよそしさを残したままであったが。

 一行が歩いているとゴウゴウに挨拶する者が大勢いて彼が慕われているというのがよくわかる。そしてその中にはロロが知っている者もいた。

「お、旦那。出掛けてたって聞いたが今日は事務仕事はいいのか?」

「あ、エゴエゴさんだ」

「ん? あー、この前の」

 ロロとハクハクハクは二か月ほど前に彼と共に依頼に行っている。

「誰?」

 瑞葉が小声でロロに尋ねる。彼女は母の看病で依頼に同行しておらず彼の事を知らない。そして知らない者から見た時に目の前にいるのは室内とはいえこの寒い時期に上半身裸で歩いているある意味恐ろしい男だ。

「そうかそうか、お嬢ちゃんがもう一人のハクハクハクの友達だな」

 対してエゴエゴは彼女が誰なのかを察したようだ。以前からハクハクハクと一緒にいる二人の事は話には聞いているのだからそう難しい話ではないが。

「俺はエゴエゴ、この丙自治会で最も強い男さ」

 彼は自らの肉体美を披露しながらそう言い切った。実際、しっかりと筋肉の鎧が付いたその姿に思わずロロなどは感嘆の息を漏らす。

「自信過剰な所はお前の悪いところだ」

「旦那だって俺の雷の方が強いって認めてただろ!」

「それは否定せんがな」

 子供のように笑うエゴエゴとそれを見て微笑みを浮かべるゴウゴウ。今の様子だけで二人が長い付き合いの友人なのだとよくわかる。

「しかし彼らと知り合いなら丁度いい」

「ん? 何かあったか?」

 ゴウゴウが依頼書を取り出す。

「一緒に来てくれ」

「んー? ああ、赤倉の……」

「そういうことだ」

 今の反応からしてどうやら丙自治会にとって赤倉の町には何か懸念があるようだと瑞葉は思う。

「あの三人も連れてくのか?」

 そうであればこの反応も納得と言うものだ。下手に五等星など連れて行くよりは三等星が二人で行った方が余計な心配事は減ると言うものだろう。

「お前ならば心配は必要ないだろう」

「まあな。俺の実力は旦那も知っての通りだからよ。大船に乗ったつもりでいろよ、お前ら」

 自慢げに胸を張るエゴエゴの姿は頼りにされるのが余程嬉しいと見えた。前に会った時とあまりに様子が違うのでロロとハクハクハクは面食らっているが、きっとこれも彼の一面なのだろう。


 赤倉の町への出発は明日の朝一番に決まった。この日はそれぞれ準備と休養の為に家路に就く。

「じゃあなハクハクハク」

「また明日ね」

「あ、う、また明日」

 ロロ達と別れ一人、ハクハクハクは夜空を見上げながら歩いていた。彼女が思うのは今日までの道のり。

 冒険者として復帰し幾つもの依頼をこなし、疎遠となっていたサキサキサとの仲が改めて深まり、数年ぶりに故郷を訪れ両親の事を知り、今日は丙自治会の会長たるゴウゴウに実力を見たいと一緒に依頼へ行くよう誘われた。無論、彼はそこまで深い考えなど無くたまたま見かけた五等星の面倒を見てやろうぐらいの気持ちだったのだろうが。

「私、頑張ってる」

 思わず彼女の拳に力が入る。それも当然だろう。彼女にとっては塞がっていた自分の夢への道がいつの間にか開けていたのだから。

「私、頑張ってる?」

 そこでふと気が付く。いつの間にか、開けているということに。今歩いている道は本当に彼女が彼女の意志で以て開いた道なのだろうかと。

 この道を歩んで良いものなのだろうか? 彼女はそう自らに問うた。そして思い出したのは。

「……私、は……。私の事ばかり」

 彼女の呟きは夜の闇に飲まれ消えて行く。


 農場への道を歩くロロと瑞葉。二人は明日から向かう予定の依頼について話をしている。

「ゴウゴウさんから誘ってくれたってことは俺達も力が付いて来たってことだよな」

「まあ最低限足手纏いにはならないってことかもね」

「ゴウゴウさんが俺たちを頼る日が来るとはなあ」

「いや頼ってるとまでは」

 ロロは瑞葉の話を聞いているのかいないのか、一人うんうんと頷いて未来のことに思いを馳せているようだ。

「魔物退治頑張ろうぜ。ここで活躍すれば四等星にもなれるかもしれないし」

「いや、まあ、うん。……ああでもゴウゴウさんが褒めるぐらい活躍すれば少しは四等星も近付くかも?」

「だろ? いやあ、俺もとうとう四等星だな」

 ロロが空を見上げ遠く輝く星を見つめる。

「四等星ならどのぐらいだ? あの一番明るいやつの近くのやつぐらいになるのか?」

 瑞葉はロロが指差した先を見つめる。今この空を照らす中で最も明るい星、その傍らにそれなりの明るさを放つ星が一つ。

「あー、星の明るさね。多分もっと暗いやつじゃない? 六等星が見えるか見えないからしいし。あれは三か二ぐらいありそうに見えるよ」

「そっか、じゃあ俺達まだまだだな」

「そうだね」

 瑞葉は想像する、いつか自分が夜空の星のような輝きを放つ日の事を。それはあまりに現実味が無く感じられどこかぼんやりとした背景の中で自分らしき人が立っているだけの想像。彼女を称える者はまるで落書きのような顔をし声は利き手と逆の手で書いたようにぐにゃりとした文字だ。

 彼女は隣を歩く幼馴染を見た。彼はいつか一等星になり人々からの尊敬を集め歓声の中を歩くのだろうか、そんな疑問が過る。だが彼女は即座に否定した。

「……ロロは一等星になりたい?」

 彼女の問いにロロは首を傾げた。それは質問の意味が分からないのではなく彼女の意図がわからないからだ。しかしすぐに考えるのを止めて彼は口を開く。

「一等星になりたいかと聞かれたら……、それなりになりたい!」

 思わずその返答に瑞葉は唖然とする。

「それなりなんだ」

「まあな。俺がなりたいのはかっこいい冒険者だからな。一等星になれればすごいけどそれって別に一番なりたいところじゃないよなあ、って。さっき聞かれて思った」

「ああ、そう」

 呆れるほどぶれないロロの言葉、瑞葉は思わず自身はどうだろうかと問いかける。共にかっこいい冒険者になる、と宿で宣言した日の事をはっきりと覚えている。冒険者試験の際に再び同じ宣言をした時の事もだ。では今はどうだろう。同じ言葉を同じように高らかに宣言することが出来るだろうか。

「……私は、そうだね。私も、ロロと同じかもね」

 強くなるのはより多くの人を守れるようになる為だ。もし一等星になれたならそれはその強さは国中でも並ぶ者がほぼいないと認められたということになる。それは嬉しいだろう。だってそれだけの強さがあれば何も迷うことなく人々を助け守ることが出来るだろうから。

 でもそれって一等星にならなくても出来ることでしょ?

「ロロ、魔物退治頑張ろうね」

「ん?」

「きっと町の人困ってるから」

 ロロは一瞬ぽかん、とした表情で呆けていたがすぐに合点がいって拳を突き出して来た。瑞葉もそれに応えるように拳を作る。

「町の人を助けに、だな!」

 ガッ、と拳同士をぶつけ合う。少し痛みもあったが二人はそれまでよりも気合が入った心持ちがしていた。


 しかしこの時彼らはまだ知らない。赤倉の町で待ち受けるのは決して魔物の脅威だけではないということを。



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