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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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30.冒険者と秋の日々

 山河カンショウの国、ショウリュウの都付近の山間部。感謝祭も終わり季節が移り変わりを見せて行く中、徐々に姿を見せ始めた秋の実りを狙ってか獣や魔物が活発に動き出す。志吹の宿にはとある町から山狩りの依頼があり十名ほどの冒険者を募ってそこに派遣していた。そこにはロロ、瑞葉、ハクハクハクの姿もある。

「ハク、そっち行ったよ!」

 瑞葉の声に反応してハクハクハクが構えていた盾で向かってくる大頭獣を正面から迎え撃つ。ゴォン、と音が響くとそこには当たり負けし吹き飛ばされた大頭獣の姿があった。

「はぁー、すげえもんだ。五等星って聞いてたが俺より強いんじゃねえか?」

 そう言ったのは志吹の宿に拠点を置く冒険者集団、虎イガーの一員である虎太郎だ。四等星である彼も大頭獣を倒すぐらいはわけないが、正面から吹き飛ばすのは流石に難しい。

「い、いえ、あ、ありがとう、ございます」

「おいおい緊張してるー? もっとゆるーく行こうぜゆるーくさ」

 少々お調子者の気があるのだが仕事自体は真面目に行うのでそれなりに信頼を得ている冒険者だ。この山狩りは彼ら虎イガーの四人とロロ達三人、それにザガ十一次元鳳凰から二等星のツバサ、及び三等星のアフェルの二人、それと探知系の魔法を得意とする冒険者で四等星のソラが参加している。ソラが主に獣や魔物の気配を山中から見つけ出し、危険性の高いものをツバサやアフェルが、それ以外を残りの者が倒している。

 現在瑞葉、ハクハクハク、虎太郎の三人は大頭獣が数頭固まっていたのを全て倒し切り一息ついているところだった。

「おーい、そっちは終わったかー?」

 ロロの声が三人の頭上から響く。彼も他の者と一緒に大頭獣を狙っていた牙獣の対処に向かっていたはずだがこの様子だとどうやらもう終わったらしい。

「とりあえず全部倒したとこだぜー!」

「りょうかーい! それと合図が来たから一旦休憩小屋に集合だってさー!」

 瑞葉たちは道すがらロロ、及び虎イガーの他の三名と合流し山頂付近にある休憩小屋を目指す。そこは山狩りを行う彼らの臨時指揮拠点となっており、ソラとアフェルがそこから他の者に指示を出している。

「小屋に集合ってことは何か状況が変わったのかな」

 瑞葉が何気なくそう尋ねると指示を受けた虎イガーの一人である呉忍がその重い口を開く。

「……我が受けた指示は集合、のみだ」

「いや、のみだ、じゃなくてもっとはっきり言いなさいよ! 要するにわからないってことでしょ!」

 横にいたスーリューがその重苦しい口調が無駄な危機感を煽ると声を荒げる。

「……我は多くを語らぬ」

「語れ! 誤解されるぐらいならちゃんと語りなさい!」

 虎イガーの二人は喧嘩せんばかりの勢いだ。慌ててもう一人が仲裁に入るが止まる様子は無い。

「ああもう。ごめんね、こいつらずっと騒がしくて」

 謝られるがこの二人がこんな風に喧嘩するのはここに来るまでにも何度もあったことだ。ロロたちは苦笑いを浮かべるばかり。

「もう慣れたぜ」

「行きしからずっとこんなでしたからね」

 初めこそ大丈夫だろうかと心配していたが今となっては横で生暖かい視線を送るのみ。

「ああ、そりゃあ呆れちゃうよね。虎太郎、頼むよ」

「よし、任せな」

 虎太郎が問答無用で言い合う片方を小脇に抱える。その姿に思わず二人は言い合っていた口が開いたまま塞がらない。

「……何を」

「先行ってるぜー!」

 虎太郎はそのまま走り出した。彼は体力がある方なのできっとあのまま小屋まで走り抜けるだろう。あの二人は四等星であるし道中魔物に会っても然程心配はいらない。

「全く、あれだから呉忍は……。さて、私たちも行きましょうか」

 スーリューが我に返り先へ進み始める。内心、立ち止まっていたのはあなたのせいでは、などと思っていたことは内緒だ。


 ロロたちが休憩小屋に辿り着くと他の者は彼らを待ちわびていたようだ。この一団の指揮を任されているツバサは全員が揃ったのを見て早速と言った風に話し始める。

「皆のおかげで順調に山狩りは進んでいる。怪我らしい怪我も無く喜ばしい限りだ。それでこれからの方針だが……」

 そう言って彼はソラに目配せする。彼女は細い鎖の先に三角錐の石をぶら下げた装飾品を指先から垂らし、机の上に広げたこの付近の地図の上をゆらゆらと揺らしている。

「やはりそれらしい反応はありませんね」

 当然だが彼女は遊んでいるわけでは無い。これは彼女独自の魔法で、今だと地図上の獣や魔物の群れがいる場所では揺れている石が特別な動きをするらしい。しかし皆にアフェルからの合図があった頃からずっとその反応は見られていない。

「彼女の魔法により探知を続けてきたわけだがようやくこの山一帯から大きな群れが消えたようだ。この後は隊を二手に分けて目視で山中を確認し異常が無ければ町に報告して終了とする。意見や質問があればここで言ってくれ」

 ツバサの言葉に対し皆は無言でもって肯定の意を示す。

「……よし。では早速出発しよう」


 ショウリュウの都付近の山の麓、冒険者一行がぞろぞろと山道から降りて来るのが見える。虎太郎は一番乗りで平原の道へ足を踏み入れるとくるくると回って叫ぶ。

「やっと平坦な場所だー! 山はしばらくこりごりだぜ!」

「ずっと山の中でしたもんね」

 山狩りと文字にすれば短いものだが、実際にはかなり広範囲に渡る山を見て回る為にどうしても日数がかかる。ざっと二週間近くは山に籠っていたのだ、嫌になるのも仕方ないだろう。

「ここからは竜尾の川までは歩くことになる。そこからは乗合馬車が走っているはずだ、途中で捕まえて都まで連れて行ってもらうとしよう」

「おー! 丁度疲れてたところだ、馬車はいいねえ。早く行こうぜ!」

「虎太郎さんもう疲れたのか? 俺は都まででも走って行けるぜ」

 ロロがにやりと笑ってそう言った。

「何ぃ!? ……俺はみんなのことを思って疲れてるのを演じただけさ。本当は都までどころかお望みなら都の外周を三周はしてやってもいいな」

 虎太郎がふんぞり返ってそう答える。どうもこの二人は感覚が近いのか行きしから張り合うことが多く、こんな風に言い合いをするのも皆には慣れたものだ。

「虎太郎、子供相手に張り合うんじゃないよ」

「ロロ、私疲れてるから馬車で帰ろう」

 幸い、この二人は聞き訳は良いのでそれ以上の問題に発展することも無い。この後、一行は予定通りに川沿いで乗合馬車を捕まえ都へと揺られて行った。


 志吹の宿では崎藤が皆を出迎える。王都の感謝祭から帰って来た直後は少々疲れた様子を見せていたが彼らがいない間に十分に休めたのだろう。今は普段通りに戻っている。

「お、みんな戻って来たね。山狩りはどうだったかな? 毎年の恒例行事とはいえ疲れるでしょ」

「いえいえ。皆素晴らしい働きぶりを見せてくれましたよ。若手が順調に育っているようで、ここの未来も明るいものです」

「そうだといいねえ。あ、虎イガーのみんなや他の子たちも今日はゆっくりしていきなよ。食事の代金は僕が持つからさ」

「あざーす!」

「ありがとうございます!」

 俄かに騒がしくなる宿のラウンジではここの台所を切り盛りするヤヤさんが忙しなく走り回っている。宿の主の奢りとなれば誰も彼も遠慮なしに食事を頼むものだから大急ぎで作らねば間に合わないのだ。

「はい、毛獣のステーキね。こっちは辛瓜と犀革豆のスープ」

「旨そうだな! 流石ヤヤさんだぜ」

「はいはい、ありがとうね」

「ハクちゃんはとりあえずこっちの作り置きのおかずで持たせておいてね。すぐに新しいのどんどん作るから」

「あ、ありがとう、ございます」

 もう何か月も冒険者として活動しているのでヤヤもハクハクハクが山のように食べることは当然に知っている。間に合わせで出した幾つかの料理もすぐに無くなるだろう。彼女は宿の食料が足りなくなるのではないかと今から心配しているのだった。

 アフェルやソラなどは端の方に陣取って静かに落ち着いた空気で食事を楽しんでいるが、それとは真逆にテーブルを跨いで歩き騒ぐように楽しむ者もいる。虎太郎などはその典型だ。彼は初めは虎イガーの面々と食事をしていたが、やがて立ち上がってロロたちの方にもやって来た。

「よーう、楽しんでるかぁ? お前らも一緒に飲もうぜ」

 虎太郎は手に持った酒瓶を三人の方に突き出す。どうやらお酒が回っているようで顔も酔っ払いのように赤みがかっている。

「私らまだ飲めないですよ」

「何ぃ! ……そういや三人共十五歳になってすぐに冒険者になったんだっけ」

 どうやらまだ思考力や判断力は残っているようで、すぐに酒は引っ込める。山河カンショウの国で十八歳になっていない者に酒を飲ませるのは立派な犯罪行為だ。程度にもよるが最低でも今回の山狩りの報酬を差し出しても足りないぐらいの罰金が科されるのは間違いない。虎太郎はそれほど金持ちではないので当然そんなことは御免だった。

「そうかそうか、お前らみんな若いんだよなあ。俺なんてもう二十五だぜ……。十も違うのか」

 彼は驚いたように三人を見つめる。

「まあ、えと、そうなりますね」

「はぁー、お前らすげえな。若いのに良く頑張ってるなあ」

「虎太郎さんもまだ若いですよ」

「まあ俺もまだ冒険者三年目だし若手は若手だけどな。冒険者なる前は漁師やってたんだよ。竜頭の川で大口鱒とか髭海老取ってさ、船に乗って網でな、ばっ、て投げて取ってたんだよ」

 ショウリュウの都は東に伸びる竜尾の川と西に伸びる竜頭の川、更にその先を流れるサンガの川に程近く自らの船を持つ漁師がそれなりに集まっている。もうじき大口鱒の漁は最盛期を迎える頃で多くの者が船や網を準備してその時を待っているだろう。

「漁師かあ、父さんは漁師って結構儲かるって言ってたけど何で辞めたんだ?」

 漁師の全てが儲かるわけでは無いが、事実として大部分の漁師の懐は温かい。これは魚が豊富にいるが故にとりあえず漁に出れば儲けが出ると言うのが大きな理由だ。また上記の川はどれも水運を担う川であり、魔物などの危険も少なく流れも安定している。船を一度買ってしまえばほとんど壊れることなく十数年は使い続けられるというのも理由として挙げられるだろう。

 漁師を辞めるのは主に年老いて船を出すのが億劫になった者だ。一般的には漁師が扱うのは手漕ぎの船であり体力の衰える老人には厳しい仕事だ。しかし虎太郎はまだ若い。船を持っていたのならこの若さで漁師を辞める理由など普通は無い。

 虎太郎は頭を掻いて苦々しい表情を浮かべその理由を語る。

「あー、まあ恥ずかしい話な。俺の船沈んじゃってな。めんどくさくてしばらく整備してなかったら底から水がな……」

 先に船が壊れることなく十数年使えると言ったが、当然最低限の整備は必要だ。彼の場合はそれを怠り危うく船と共に沈むところだったらしい。幸いにも泳ぎは得意で大急ぎで川岸へ泳いで行ったようだが、船の方は竜頭の川の底で今も眠っている。

「それで今は冒険者やって船代稼いでるんだよ。元々体力は自信あったからな。お前らはみんな冒険者になりたくてなったのか?」

「当然!」

「勿論、です!」

 ロロとハクハクハクが立ち上がらんばかりの勢いで声を上げる。思わずその様子に虎太郎と隣にいた瑞葉まで気圧されてしまう。

「おお、ハクの嬢ちゃんまでそんな勢いとは……」

「そうなんですよね。ちなみに私も冒険者志望でしたよ」

「三人共かあ。しかも三人共魔物とかと戦う気満々なんだろ? うちの呉忍なんかも十五で冒険者になった口だけど最初は街中でゴミ拾いやってたらしいぜ。こそこそ人目を忍んでやってたから忍びなんてあだ名も付けられてなあ。まあお前らみたいなのは珍しいよ。本当なら危ないことは大人に任せろなんて言ってやりたいけどなあ」

 虎太郎はごちゃごちゃ言ってからじっと三人の顔を見る。

「お前ら将来有望だぜ? 魔物とやり合ってるのを見る感じ才能は俺よりずっとありそうだ」

「おー! どこら辺がだ?」

 ロロが虎太郎に詰め寄ってキラキラした目で尋ねる。瑞葉はロロがあんな風に自分の良い所を要求するのは珍しいなと思う。

「お前は、俺に引けを取らない体力だな」

「まあな! 体力なら自信あるぜ!」 

「そっちの二人は魔法だな。ハクの嬢ちゃんが威力で瑞葉の嬢ちゃんは精度だ。俺もあれぐらいのことができりゃあなぁ、三等星も夢じゃないだろうに」

 虎イガーの一団は四等星としては十分にやっているが三等星へなどと言う話は残念ながら全く無い。三等星になるには純粋に実力不足との評価が為されている。

「虎太郎さんは四等星になってどのぐらいなんですか?」

「ん、ああ。つっても冒険者になってまだ三年だからな。二年目の終わり頃に四等星になったから一年ちょっとぐらいだろ」

「四等星になるにも二年ぐらいかかるのか」

「呉忍みたいにそもそも上を目指さない時期があればもっとかかるけどな。本気で上を目指すやつは大体そんなもんらしいぞ。魔物と戦おうってやつは積極的にそういう依頼を受けるけど中々四等星には上げて貰えないもんだ。四等星になったら一応とはいえ一人前の冒険者だからな」

 五等星と四等星の大きな違いは何と言っても一人で危険な依頼を受けることが出来るかどうか、だ。一人で準備し、依頼主と話ができ、危険を排除し、無事に帰って来ることが出来る。それが四等星に求められるものだ。

 冒険者になってようやく半年ほどのロロたちは先の長さに気が遠くなりそうだと思うのだが、虎太郎はそうは思っていないようだ。

「まあお前らならもっと早く四等星になれると思うぜ」

「そうなのか?」

「お前なあ。俺も四等星だけど単純な実力ならそこまで差は無いぜ、俺ら。まあ経験の差はあるけど。お、そうだ」

 虎太郎は何か思いついたのか急に立ち上がりふらふらと崎藤がいる受付の方へ向かう。そして何事か話を付けるとこちらに戻って来た。

「話付けといたからよ。飯食い終わったらちょっと裏で模擬戦やるぞ」

 唐突な話に三人は頭が付いて行っていないようだが虎太郎は良いことをしたと言わんばかりに高らかに笑う。虎イガーの他の面々は虎太郎に呆れたように、或いは三人を憐れむように頬を引き攣らせて溜息をついていた。


 訓練場、中々に広いここは実の所あまり使われることが無い。しかし冒険者の拠点には併設することが義務付けられているので十日に一回ほどは手入れされており急に使うことになっても問題は無い。

 ロロと虎太郎が訓練用の木刀を持って向かい合う。

「さて、ロロ。まずは俺がお前の実力の程を確かめてやるぜ」

「虎太郎さん、俺が勝ったらごめんな」

 煽りに聞こえるそれをロロはそんなつもりで言ったわけでは無いが、しかし虎太郎には当然煽りとして捉えるだろう。

「星の数の違いを教えてやる!」

 虎太郎が地面を蹴って跳び上がった。

 二人を遠巻きに見つめているのは瑞葉、ハクハクハク、そして虎イガーの一員である呉忍だ。

「……あのような挑発に乗るとは、愚かな」

「たぶんそんなつもりで言ったんじゃないですよあれ」

 呉忍の言葉通り、虎太郎が跳び上がったのはいくらなんでも不用心と言うものだろう。もし相手の実戦経験が少しでもあるならばその隙を逃したりはしない。そしてロロもその程度の経験は積んでいた。木刀を片手で振りかぶる虎太郎の腹部目掛けて斬りかかる。

 しかし虎太郎はその攻撃を誘っていたのだ。

「あっ!」

 ロロが思わず声を上げたのは木刀を素手で掴まれたからだ。

「甘いぜ!」

 そのまま虎太郎の木刀が振り下ろされるがすんでの所でロロも身を躱す。ただし持っていた木刀は取られてしまったが。

「よく躱したな」

「虎太郎さんこそ、まさか取られるとは思わなかったぜ」

 虎太郎がロロの持っていた木刀を後ろに投げて構え直す。ロロも拳を構えるが武器を持った相手を前に攻めに転じるのは難しいと察していた。

「……刀を奪うとは、虎太郎め、腕を上げたな」

「でもあれ痛くないんですか?」

「虎太郎は刀を受ける瞬間に魔力を手に集めていた。多少は痛みも軽減されているだろう」

「あ、もしかして魔力視ですか? 私もあれ使ってみたいんですけど、どうやるんです?」

「まずは自分の魔力を視るところからだな。掌に魔力を集めて――」

 二人がそんな会話が盛り上がり始めた頃、ロロと虎太郎の模擬戦も盛り上がりを見せる。

 武器を奪われたロロは防戦一方と見えた。虎太郎とロロの身体能力はほぼ互角、技術的には虎太郎に一日の長があり後はじわじわと追いつめられるのみ、誰もがそう思っていた。そしてロロが一瞬の隙を見せた時、虎太郎はロロの腹部を目掛けて大振りの一撃を入れる。

「食らえ!」

 ガッ!

 その音は明らかに人体と木刀がぶつかる音ではない。

「ロロの魔力がお腹の辺りに?」

「……もう見えるのか?」

 瑞葉たちの呟きの通りだ。ロロは先ほど虎太郎がやったように敢えて隙を見せて攻撃を受け止めた。どこへ攻撃が来るかわかっていれば木刀ぐらいは防御を集中して受け止められる。

「こっちの番だ!」

 そのままロロは木刀を脇に挟んで抜けないようにすると体を捻って奪い取ろうとする。しかし。

「あ」

 虎太郎はその直前に手を離し、結果勢いよく体を捻ったロロはそのまま体勢を崩し後ろに倒れる。そしてその顔を目掛けて虎太郎の拳が。

「俺の勝ちだな」

「……だな」

 ロロは眼前で止められた拳を前に悔しさを滲ませる。もっと色々とやりようはあったはずだと今の模擬戦を思い返した。最初に木刀を取られたのが一番まずかった、その後意趣返しとして木刀を奪おうとしたのは良くなかったのか。或いはその際に相手の行動を持ってよく見ていれば。反省と後悔が幾つも頭の中を駆け巡る。

「お前あんまり対人戦の経験は無いだろ」

「え?」

 ロロは思わずその声に顔を上げた。そこには手を差し出す虎太郎の姿が。ロロははっ、としたようにその手を掴む。

 立ち上がり土埃を払うと再び虎太郎が口を開いた。

「獣や魔物はそれなりに戦ってきたんじゃないか?」

「まあ、そんな依頼ばっかり受けて来たかも」

「だからか。思い切り良く攻撃してくるけどちょっとした陽動にすぐ引っ掛かるんだもんな。四等星や五等星が戦うような相手でそんなのやって来る魔物はいねえもんなあ」

 知恵を持つ魔物、ロロはツルバネの事を思い出していた。様々な攻撃手段を持ち、更に人質を利用して戦力を分断した強く賢い魔物。次にフクレドリの事を思い出す。以前その討伐に向かい自分たちだけの力では成し遂げられず竜神の手を借りることとなったが、今ならばどうにかこなせる自信がある。フクレドリが何をできるのかを知り、自分たちができることを知った今ならばフクレドリの群れが相手でも勝てるはずだ。

 改めて両者を比較して思うのは、ツルバネは自ら策を考え実行し戦っていたがフクレドリはそうではなかったということだ。フクレドリはその攻撃こそ脅威ではあったが場当たり的にこちらに対処していただけに思える。

 そして今、四等星の冒険者虎太郎との模擬戦。彼は自らの知恵と経験を元に行動しロロに勝った。それに対して自身は場当たり的に対処し続けたフクレドリの姿と重なって見える。

「どうする? もう一戦やるか?」

「……じゃあ虎太郎さんの勝ち逃げができなくなっちゃうな」

 にっ、とロロが笑う。

 二人の模擬戦は虎太郎の全勝。しかしロロもただ負けていたわけでは無く、最後の一戦などは虎太郎に負けると思ったと後に言わしめたほどだ。この経験は必ず彼の大きな糧となるだろう。

「よーし、次はハクの嬢ちゃんか? それとも瑞葉の嬢ちゃんか? どっちがやる?」

「私は遠慮しときます。そもそも虎太郎さん相手だと近付かれたら何もできませんし」

 瑞葉のこれは謙遜でも何でもない。彼女は近接戦闘の心得がほとんど無くロロ相手でさえ近接戦ではほぼ何もできない程だ。逆に距離と遮蔽物があれば多少のやりようもあるのだろうが、隠れる場所も無い訓練場ではあっという間に近付かれて終わりだ。

「ハクの嬢ちゃんはどうする?」

「え、あ、私は……」

 ハクハクハクは模擬戦をやってみたい気持ちはあった。彼女の場合はその強大な魔力で肉体を強化すれば多少の攻撃では傷も付かないだろう。しかしそれほどの魔力故に相手を怪我させるのではないかと心配していた。今では依頼を受けて様々な場所で活躍しているが、魔物ではなく人を相手にしてきたことなど無い。ましてや相手が悪人ですらないのであればどうしていいかわからない。

「……ハクは模擬戦よりも格闘術か盾で相手を倒す方法を教わった方が良いんじゃない?」

「え」

「おお、確かに。嬢ちゃんが戦ってる所は見たが力任せにぶっ叩いてるだけだったもんな。あのでかい盾で戦う分には間違ってないとは思うが技術を身に付ければもっと良くなる」

「えぅ」

 彼女はロロに助けを求めるような視線を送る。ロロは少し考えた後にハクハクハクの背をポン、と叩いた。

「俺も色んな技を覚えれば今までより色んな事が出来ると思うぜ。とりあえず教わってみたらどうだ?」

「あうぅ……」

 彼女はロロに背を押されてゆっくり前に出る。

「よーし、じゃあまずは正拳突き百回だ!」

「瑞葉も来い! 一緒にやるぞ!」

「ええ……」

 瑞葉は本気で嫌そうな顔をしたが、結局助けを求めるように見つめるハクハクハクの姿を見て逃げるのを諦めた。それからしばらく三人は虎太郎と呉忍に簡単な近接戦闘の技術を教わるのだった。


 日が暮れ空が夕焼けで赤く染まる。心地良い汗をかいた五人はそろそろ帰ろうとしていたところだ。雑談に花を咲かせながら体を伸ばしたりしていた彼らの元に、とある二人がやって来る。

「お、もう終わる所だったか?」

「そのようですね」

 夕日に照らされたその二人はこの志吹の宿でもかなりの有名人であり、そして五指に入る実力者と言って疑う者はいないだろう。

「ミザロ姉に竜神さん? 何でここに?」

 ミザロ、竜神、どちらも音に聞こえた二等星の冒険者だ。ロロと瑞葉は幼い頃から志吹の宿に出入りする中で良くしてもらっている仲であまり気にしてはいないが、虎イガーの二人などは突然現れた雲の上の人物に戦々恐々としている。宿のラウンジで見かけたり受付として働いているところに話しかけるのとはわけが違うのだ。

 竜神はそんな皆の様子を気にすることなくロロの問いに答える。

「訓練場を借りてるって聞いて折角だから様子を見にな。ロロ達も虎イガーの連中も頑張ってるって話は聞こえて来てるぞ」

 星の輝きに関わらず幾つも依頼をこなしている冒険者は噂になるものだ。特に志吹の宿では崎藤が暇な時はラウンジで仲の良い者と一緒になってそんな話をするのでその手の話には事欠かない。

「あの竜神が俺たちの話を聞いたことあるってよ」

「……光栄なことだ」

 しかしながら虎イガーの一団としては少々驚きだったようだ。自分たちのようなもはや新人とは呼べぬし目立つような実績もない者まで気に掛けているとは思っていなかったらしい。

「折角来たから実力の一つも見てやろうかと思ってたがまだ体力は残ってるか?」

「お、じゃあ虎太郎さん、もう一回やろう!」

「元気だなお前は……」

 虎太郎は拳を構えるロロに少々呆れ気味だ。しかし虎太郎としても雲の上の冒険者が自分の実力を見てくれると言うのだから断る気はさらさら無い。しかし。

「いえ、相手は私がやりましょう」

「え」

 ミザロが前に出て声を上げる。その場の皆が面食らったような表情で彼女を見た。

「何かおかしなことでも? 実力を見るには直接相手をするのが一番です」

 淡々と事実を述べるような口振りで彼女はそう言ったが、相対する彼らはそう落ち着いてはいられない。志吹の宿にいればミザロがどれ程の活躍をして来たかなど何度も聞く機会はある。最も早く二等星になった冒険者という端的な事実を示す話や、五等星の時にクビナシトラやヒャッキャクサソリを一人で倒したなどの眉唾物の話まで様々にあるが、一番最近の話題は元三等星の冒険者である銀斧のリュウキを無傷で制圧したという話だ。銀斧は強さだけならばかなりの尊敬を集めていたはずが、彼女には手傷一つ負わせることが出来なかったのだ。

 そのような話ばかり聞かされているものだから手合わせをすると聞いて最初に訪れた感情は光栄に思うような感情ではない、伝説的な強さを持つ相手を前にした恐怖だ。

 一人だけ例外はいるが。

「そういやミザロ姉には冒険者になる前に不甲斐ない所を見せたからな。今日は良い所見せてやるぜ」

 ロロは一人やる気満々で拳をミザロに向かって突き出している。竜神含め皆はその胆力は間違いなく彼の長所だと感心していた。

 ミザロはロロの様子に笑みを浮かべ、いつの間にか持っていた訓練用の木刀を構える。

「全員で掛かって来てください。その方が早く終わりますし」

 しかし表情と異なりその物言いは不遜であった。


 三十秒後、五人の冒険者が地面に倒れていた。彼らが見上げるミザロの姿は悠然としており少しの乱れも無い。彼女がその場に何万年も前からずっと佇んでいるかのような錯覚さえ覚えるような佇まいである。

「……強い」

「……これが二等星か」

 あっという間だった。ミザロを相手に各自で適当に仕掛けては一撃入れることもできまいと、五人は即席の連携を取っていた。まず口火を切ったのは瑞葉だ。彼女はミザロの視界を塞ぐように炎を生み出し、直後にハクハクハクの風の槍が放たれる。相手が同格の冒険者であればこれで決まっていたかもしれないが、ミザロは遥か格上だ。当然防がれると見ていた為、他の三人がその隙を狙い距離を詰めていた。

 このような策は残念ながらミザロを相手に意味をなさなかった。彼女は炎を何ら気にするでもなく放置し、当然のようにハクハクハクの風の槍を素手で受け止めた。そして驚きつつも攻撃を続行する他の三人の攻撃をあっさりといなしそのまま転ばせる。その様子を見ていた瑞葉がまずい、と思った時には既にすぐ傍におりそのまま抵抗する間もなく転ばされ、残ったハクハクハクもそのことに驚いている間に地面に倒れ込んでいた。

 今日はあくまで単なる手合わせで全く本気でやってはいないだろう。実戦ならば転ばせるなどせず手に持っていた剣で切られているはずだ。仮にミザロにその気が無くともハクハクハクの魔法を素手で受け止め視界が悪いまま攻撃を軽くいなす彼女をどう相手すればいいのかはこの場の誰もわからなかった。

「ではもう一度やりましょうか」

「あほか!」

 竜神が突っ込みを入れるようにミザロの頭をはたこうとしたが当然のように躱される。それが気に障ったのだろう、竜神は舌打ちをしていた。

「お前じゃ何度やっても駄目だろ」

「どういう意味でしょう? 何度もやることでより良く彼らの実力を測ることが出来ますよ?」

「お前は手加減とか色々と下手なんだよ! そっちで待ってろ、私がやる」

 ミザロは不服そうに竜神を見ていたが彼女が引く気が無いのがわかると不貞腐れたように少し離れたところで座り込む。竜神を見る目は心なしか睨み付けているようにも見えた。

 竜神は五人の前に立つと全身で伸びをし、それから大きく足を挙げる。何をするつもりかと皆が注目していると、彼女はそれに応えるように挙げた足で強く地面を踏んだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 大地が嘶くような音を立てると共に周囲の景色が変わって行く。訓練場の周囲は木の柵で囲まれておりその先には都の街並みが広がっていたのだが、それを覆い隠すように地面が隆起していく。もしもその場に立っていたならばそのまま大地に飲み込まれるのではないかと恐怖を抱くことだろう。

 地鳴りが止む頃には周囲の景色は一面が堅牢な岩へと変貌していた。空は見えているものの影となったこの場所は暗く、今起こった事象やそれを引き起こしたであろう人物に対する驚愕や畏怖に顔を染める皆の顔を隠している。

「これで周りに気を遣う必要は無いな。さあお前ら、好きなだけ策を立ててかかって来い」

 竜神は手を広げて彼らを迎え入れる構えを取る。それに乗ってそのまま突撃を仕掛けてもいいのだがこれまで起こったことで既に気圧されていた彼らは顔を見合わせ作戦会議を始める。

「竜神の実力は聞いてはいたけどこんなことまで出来るのかよ」

「……向こうが本気ならこのままあの岩に押し潰されてだけのようだ」

 虎イガーの二人は相手の見せた実力の程に戦意喪失気味にも見えた。尤もこれは無理もない話だ。地面を隆起させる魔法は古くから存在し、彼らも熟練の冒険者の中には相手の攻撃から身を守る為に自身を覆うことが出来るという話ぐらいは聞いたことがあった。そして竜神は中でもその手の魔法が得意ということも聞いたことがあった。しかし景色を一変させるほどの魔法など常識外れも良い所である。しかもその上でまだまだ余力を残しているように見える。

 つまり彼ら二人にとって竜神の行動は圧倒的な実力の差を見せつけただけのものだ。周りに気遣う必要が無いと言われたところで彼ら二人はそもそも周りを気遣わなければならない攻撃など出来はしないのだから。

 しかしロロ、瑞葉、ハクハクハクには竜神の行動の意図がわかっていた。瑞葉は襟を摘み心を落ち着けるように深呼吸をして口を開く。

「あの、お二人が気圧されるのは分かると言いますか、私も気圧されて……、正直ちょっと怖いぐらいですけど。ただあれは……」

 彼女はハクハクハクの方を見た。視線を向けられたハクハクハクは緊張からだろう、杖代わりの棍を強く握り締めている。

「……ハクは魔法が得意なのはお二人も見ましたよね」

「ああ、まあな。山狩りの間に何度も世話になったからな」

「でもあれは全力じゃないんです。ハクは魔力の制御が苦手で、依頼の間は比較的制御が簡単な魔法しか使わないようにしているんです」

 ハクハクハクが依頼中に使う攻撃用の魔法は主に風弾、風の槍、射出の三つだ。風弾は最も簡単に使える攻撃用の魔法として有名であり、風の槍と射出はその応用編と言った程度の難易度だ。初心者向けの魔法とは言え彼女が使う分には大量の魔力を持つが故にその威力は申し分ないものとなり、大抵の魔物を倒すに困ることは無い。

 しかし本来なら彼女はもっと攻撃的な魔法を使えるのだ。彼女が冒険者業を休業する切っ掛けとなった共に戦う仲間ごと強大な魔物クビナシトラを倒した時のように、復帰して最初の依頼でフクレドリをロロもまとめて吹き飛ばした時のように。

「大袈裟にも見えますけど、あの岩の檻はハクに本気で魔法を使わせろってことなんだと思います」

「そんなにすげえのか? 嬢ちゃんの本気は……」

 当の本人は自信無さげに俯いているが、その実力を知っているロロと瑞葉、そして竜神は彼女のことを微塵も疑ってはいない。

「私たちが竜神さん相手に一矢報いる方法があるとすれば、どうにかしてハクの一撃を当てることだけかと。そして竜神さんもたぶんそれを望んでいる、と思います」

 瑞葉の想像は実際当たっている。竜神は彼女が共に依頼へ行った三人の事を気に掛けていた。特にハクハクハクは他の二人に比べ大きな問題を抱えているのも知っていた。しかし彼女は自身が肉体的にも精神的にも強く立場的にも隣で寄り添うことは難しいとわかっている。

 だからこそ今、この場で彼らの壁となることで問題を解決する一助となろうとしているのだ。

「おーい、まだかあ?」

 竜神は退屈そうに座り込んで話がまとまるのを待っている。虎太郎はその姿を隙だらけだと思う一方で、仮に今攻撃を仕掛けても絶対にその一撃が届かないという確信が感じられた。彼は冒険者として依頼をこなした三年の間に格上の魔物に遭遇したことが何度かある。虎太郎はそのいずれからも格の違いを表す威圧感を敏感に感じ取った。

「まあ、あれを相手にするならそんなんでも信じなきゃやってられねえか」

 信じ難いことだが、目の前にでただ座り込んでいるだけの二等星からはそれらより遥かに格上の威圧感を放っている。もし知っている顔でなければ今すぐ逃げ出しているところだ。

「呉忍、全力でサポートするぞ」

「……まあ、やるしかなかろう」

 目の前の危機を脱する為、五人の冒険者が力を合わせる。


 作戦会議はすぐに終わった。この訓練場は開けている為あまり複雑な策は成立させようがない。使えるのは単純な策ばかりだ。

「よぅし、俺が一番槍だ」

 虎太郎が木刀を掲げ吠える。竜神は暇を持て余し地面を隆起させ作っていた城を蹴り砕く。

「ようやく話がまとまったか。そろそろ暗くなるし早めに終わらせるとしよう」

「舐めるなよ!」

 虎太郎の戦法はそのほとんどが近接戦闘に偏っている。一応風弾や風の槍程度は扱えるがその威力は心許無く、虎イガーの一団で魔物と戦う時も遠距離からの仲間の援護の中で前に出るのが彼の役割だ。四等星としては平均的と称される彼の実力はそこらに現れる獣や魔物相手なら一人でも十分である。

「一人で突っ込んでどうにかなると?」

 無論、二等星の竜神が相手では十人いても傷一つ与えることは出来ない。

 竜神は虎太郎は囮だろうと踏んで後ろの四人の動向に注意を払っていた。最も火力の高いであろうハクハクハクは深呼吸をしながら魔力を練っている。その隣で瑞葉が指でこちらを指しているが、あれは魔法を使おうとしている証拠だろう。その前方でロロは腰を低く落とし即座に動ける体制を保っているが何か機を窺っているように待っている。そして呉忍、呉忍は。

「どこに行った?」

 ふと気付くと呉忍の姿が消えていた。作戦会議の間は確かにいたような気はするが、途中から城を作るのに熱中していた彼女はその記憶もあやふやだ。

「まあいいか」

 しかしながら大雑把なのは彼女の特徴の一つだ。特に戦いにおいて彼女は細かな物事を考えるのが得意ではなく、そして考える必要が無い程に強い。

 彼女の視線は目の前に迫っていた虎太郎の方に向く。振り下ろされる木刀は助走からの加速も付いて相応の威力があるだろう。

 バキッ!

「は?」

 威力がある、だからこそと言うべきだろう、竜神の腕に受け止められた木刀は嫌な音を立てて折れた。志吹の宿の訓練場にはかなり経費が掛けられておりこの木刀の頑丈さは驚嘆に値するものだ、更に虎太郎の魔力で強化されているそれは普通、人の腕に当たっても折れはしない。

「お、折れたか。しっかり助走の威力が攻撃の威力に転化できてる証拠だ。身体の動かし方が上手いんだろう」

 平然と評する竜神、その講釈を聞きもせず虎太郎は殴り掛かる。彼は剣術に限らず槍や斧、格闘術もある程度は身に付けている。武器が折れても即座に拳に切り替えるその反応の良さは竜神も少し感心していた。しかし彼女はそれを悪手だと断ずる。

 虎太郎の拳は竜神の腹部に入ったが触れた瞬間に彼は違和感を覚えていた。そして直後、拳に激痛が走る。

「硬っ、た」

 明らかに人のものとは思えない硬さ。岩を殴り付けでもしたかのような感触だ。危険を感じ虎太郎はとにかく離れようとするが。

「とりあえず一人」

 どうやら竜神も明らかな隙を見逃すほど甘くは無いらしい。既に意趣返しのように竜神の拳が虎太郎の腹部へ入る。彼はどうにか魔力で防御はしたが竜神はそれを見越して威力で殴り飛ばす。虎太郎の身体が宙を舞う、そのままロロたちの横まで地面を転がり倒れ伏した。

「さて、次は」

 誰だ、と最後まで口にする前にロロが跳び出した。あまりに芸が無いなと竜神は密かに思いつつ迎撃の体勢を取る。直後彼女の周囲に風が渦巻いた。

「瑞葉の魔法か」

 牙獣やフクレドリ程度ならこの風に切り刻まれ出血多量でその内に死ぬだろう、トウボクサイも柔らかな部分の皮膚が切れて隙を作るぐらいは出来る、では竜神はどうだろうか。彼女はただ立っているだけだがその皮膚は勿論、服すらも切れはしない。

「この服は結構気に入ってるんでね、しっかり守らせてもらうさ」

 そう言って拳を構える竜神、どうやら風で動きを鈍らせることもできないようだ。このままロロが進めば間違いなく返り討ちに遇うだろう、ロロはそんなことわかっていたがそれでも止まりはしない。

「相打ち覚悟か? お前じゃまだ早い」

「俺もそう思うぜ!」

 竜神の間合い、それは先ほど虎太郎が前に出た時に見ていた。ロロはその直前でまるでこけたかのように前方に倒れ込み、そのまま拳を地面に叩き付けた。

「へえ」

 竜神は目の前に巻き上げられた土砂が瑞葉の風によって巻き込まれていくのを感心したように見ていた。土砂が混ざった風は土煙のように視界を塞ぐ。つまり瑞葉の魔法は最初からこれが狙いだったのだろう。

「まあこの場から動けばいいだけだが」

 ガッ。

 木刀が風の向こうから彼女の腹部に当たった。しかしそれだけだ。

「ロロ、良い一撃だがその程度ならさっきの虎太郎の方が強いな」

「なら俺の拳はどうだ!」

 虎太郎の際の焼き増しのようにロロも拳を繰り出すが当然竜神には通じない。拳の痛みを感じる間もなく竜神の蹴りがロロを遠くへ飛ばした。

「じゃあそろそろ終わりにするか」

 面白い戦法を繰り出してくれない彼らに少々溜息をつきながら竜神は前に出る。瑞葉の魔法を抜けそのまま一直線に瑞葉とハクハクハクを蹴飛ばし、それからゆっくりと呉忍を探そう。そう思っていたのだが。

「……いない?」

 瑞葉とハクハクハクが先ほどまでいた場所から消えていた。いや、それだけではない。ロロと虎太郎の姿も消えている。

「なんだ、面白いじゃないか」

 竜神は笑みを浮かべた。何が起こっているかある程度想像は付いていたが黙ってその場に立ち尽くす。本気ならこの訓練場を全て魔力で覆い尽くしどこに誰がいるかなど彼女には手に取るようにわかるし、何なら丸ごと地面で覆いそのまま潰してしまえば良い。しかし彼女は少し楽しんでいる、この後彼らがどんなことをするのか見てみたい。

 竜神は少し考えた後に元々瑞葉たちがいた方へと歩き出す。その途中、ザッ、と後ろから足音がし振り返るとそこには何も無い。

「姿を消す魔法だな」

 竜神は複雑な魔法を使うのは得意ではないが、その一方で様々な魔法について調べるのを実益を兼ねた趣味として嗜んでいる。彼女の記憶によれば魔法で姿を消す方法は幾つかあり、保護色のように周囲の風景と同化するもの、光の屈折などで姿を人の目に映らなくするもの、珍しいところで人の知覚に訴え見えているのに認識できなくするもの。後で知ることだが今回はどうやら一つ目に近いようだ。

 足音が徐々に速度を増していく。竜神の周囲を攪乱するように走っているようだがその姿は未だ彼女の目に映っていない。しかし竜神は腰を落とし今にも走り出す構えを取る。

「それだけ音を出したら場所が丸わかりだ」

 彼女が地面を蹴り向かったのは次に足音が鳴ると推測された方向、そしてその推測は当たっておりその先には呉忍がいた。

「ぐっ」

 呉忍は竜神の一撃を甘んじて受ける。しかしそれと同時に彼女の身体を何かが覆った。

「網?」

 それはあくまで触れた感触で判断しただけで、竜神がその目で網の姿を捉えたのはもう少し後だ。本来ならこのような網に引っ掛かるようなへまはしないが、他の者の姿を消したのと同様にほぼ目には映らなくなっている。先ほどの足音もこの網をかける為にわざと鳴らしていたのだ。

「邪魔だな」

 竜神は引き千切ろうと適当な所を掴んだが、その直後身体が後ろに大きく引かれるのを感じた。

「おっ?」

「ぶん回せぇええええ!」

「うおぉおお!」

 いつの間にか姿を現していたロロと虎太郎が何かを掴んで引いている。それは竜神に掛けられた網の端だ。それを力強く引いてそのままぶん回し始める。竜神の身体が宙を浮きそのまま彼らの周囲を回り始める。

「はっはっは、いいぞ。もっと回してみろ!」

 二人が必死になって回すのを見て竜神は笑う。彼女は手加減しているとはいえ彼らが上手く自分を罠に嵌めたのが嬉しいのだろう。

 人一人を回す二人は徐々に息が合って来て速度もみるみる上がって行く。回る景色の中で竜神はハクハクハクと瑞葉もいつの間にか姿を現しているのを見た。

「こっちは準備良いよ!」

 瑞葉の声。その隣でハクハクハクが呼吸を整えている。その手には凄まじいまでの魔力が込められているのが見えた。

「よし、行くぞロロ!」

「ああ!」

 ロロと虎太郎は息を合わせて網の軌道を変え、竜神を上空へ投げ飛ばした。そこへ瑞葉が風を送り込み竜神の身体は最高到達点で少しの間静止する。

「行けえええええ!」

 ロロが叫ぶ。ハクハクハクがそれに応えるように両手を前に突き出した。そこから放たれるのは純粋なる魔力の奔流。大気が圧縮されすぐに弾け飛び地面は剥がれて周囲を巻き込み前へ進むその力は竜神へと一直線に進んで行く。

「んー、まだまだだな」

 破壊の力に飲み込まれる前に彼女はそう呟いた。


 訓練場を覆っていた土塊はいつの間にか消え、もう間もなく沈み切る夕日が遠くに見える。その赤い光に照らされながらロロ達は目の前で何事も無かったかのようにぴんぴんしている竜神に驚きを隠せない様子だった。

「まあ思ったよりはやるな。姿を見えなくする魔法は使い手が少ない、より腕を磨けばまだまだ上に行けるだろうな」

「……ありがたき言葉」

「瑞葉は順調に自分の長所を伸ばしているじゃないか。お前は魔法が得意だからその方面をどんどん伸ばしていくといい」

「え、あ、はい」

 呉忍、瑞葉の二人は返事こそしたがどこか心ここにあらずの様子で竜神を見つめている。竜神はそんな二人の様子が気に入らないようで少し不機嫌になっている。

「……なんだ? さっきから反応が鈍いぞ? せっかく褒めてやってるんだ、もっと喜んで見せろ」

「いや、まあ……、ええ」

「でもなあ?」

「はっきり言え」

 竜神が瑞葉に詰め寄る。そしてそうなると瑞葉は喋らざるを得ない。なにせ彼女にとっては竜神はそれなりに話しやすい先輩であると同時に畏怖の対象でもあるのだから。

「……えと、その。あんな魔法を喰らったのに何でそんな平気なのかって、普通怪我とか、私らだったら巻き込まれたらどうなってたか」

 竜神はハクハクハクの魔法を避けることもせずまともに食らった。しかしその身体には埃が付いた程度で傷一つ無い。ロロや瑞葉は勿論、虎太郎や呉忍も巻き込まれたとすれば命すら危ういと感じていたが彼女は上空高くに巻き上げられた後に当然のように着地してそのまま五人を集めたのである。

 つまるところそんな竜神の姿に皆驚きを隠せなかったということだ。

「何だそんなことか」

 しかし竜神にとっては何ら驚くようなことではないらしい。寧ろ彼女は誰にとっても驚くに値しない程度の事と認識していたぐらいだ。それだけの理由があった。

「ハクハクハク」

「は、はい」

「お前の魔力量は同世代どころか大抵の冒険者と比べても多い。そこにいるミザロよりも多いだろうさ」

 皆がミザロを見る。彼女は視線が集まると手を振って応えた。しかし竜神は彼女を無視して話を進める。

「でもお前はその膨大な魔力量を活かし切れてない」

 それはハクハクハクには痛い指摘だった。

「流石に風の槍程度の魔法に比べればさっきの一撃は威力があった。だがあれはあくまで魔力をいい加減に放出しただけだ。それであれだけの威力が出せるのは見事だが無駄が多すぎる。制御を失った魔力が互いに互いの邪魔をしていたな」

 風の槍は風を螺旋状に渦巻かせ前方へ発射する。これは風の動きを制御することで前方への動きを阻害しないように考えられたものだ。しかしハクハクハクの先程放った一撃は真逆の状態だったと言っていい。広い空間の中で魔力は様々に動き、結果として竜神の下へ届く時には本来あったであろう威力の半分もあったかわからない。

「大勢の相手をするならあれでも十分かもしれんが強敵を一人相手にするには威力不足だ。あの威力を目的に向けて集中させる必要がある」

「う、あぅ」

 竜神の言葉に自信を無くしたのかハクハクハクは俯き黙り込む。周囲が励ましの言葉を考えていると、竜神は彼女の頭をぽんぽん、と叩いた。

「ちゃんと魔法を撃てたのは良かった。お前にとってあれだけ強い魔法を使うのは難しいことだろう。良い仲間を持ったな」

 竜神はハクハクハクがその魔法によって同期の冒険者に大怪我を負わせロロに対しても未遂とはいえ巻き込みかけたことがあるのをよく知っている。そしてそのことに対して強い後悔と恐怖があるのもよくわかっている。だからこそ、今彼女が自身に向けてあれだけの威力を持つ魔法を放ってくれたことが嬉しかった。

 ロロと瑞葉、二人と冒険者として活動する中でいずれは彼女の傷も癒える日が来るのかもしれない。

「竜神さん、俺はどうだった?」

 竜神が少し物思いに耽っているとロロが尋ねる。確かにロロはまだ講評を受けていない。竜神は少し考えながらロロと虎太郎を交互に見る。

「まあ、悪くは無かったな。技術的には虎太郎の方が上だ」

「まだまだ子供には負けねえよ」

「虎太郎は器用だな。動きを見るに武器も格闘も行ける口だろう? 何でも出来るというのは一つの強みだ。受け身も上手いしそのまま近接武器や格闘を修練すると良い」

「おぉ、あの竜神が俺を褒めてくれるとは」

 虎太郎は感激したのか胸に手を当てて言葉を刻むように目を閉じる。

「俺は俺は?」

 ロロがその横で餌を待つ雛の様な目で竜神を見る。そのきらきらした目を見て竜神は少し言い淀むように視線を逸らした。

「まあ、そうだな。身体能力的には虎太郎と大きく差は無いが技術的にはまだまだ伸びしろが多い、その辺りを磨いていくと今後に繋がるだろう」

 竜神の見る限りロロの強みはその身体能力だ。少なくとも彼と同い年で同じぐらい優秀な者はそうはいないだろう。しかし冒険者という集団の中では然程抜きん出ているわけでは無い。四等星相当のものは持っているが、その先に行くにはまだまだ先の話だ。

 結局、今回の模擬戦を通じて竜神はロロの褒めるべき点を見出せなかったのである。しかしそれを気にするような奴でもないかと竜神は思い返しロロの方を見た。

「成程、さっきも虎太郎さんに一回も勝てなかったもんなあ」

 ぽつりと呟くロロの姿を見て彼女は少しだけ違和感を覚えていた。別にその口から出た言葉はおかしくない、悔しいような悲しいようなそんな表情もおかしくはない。ただそれでもなんとなくの違和感があったのだ。

 しかし竜神はすぐさま気のせいだろうと考えるのを止めた。おそらくへこんでいる姿が珍しいからそんな風に思うのだと。


 地面がでこぼこになって荒れ果てた訓練場、そこに竜神が足を強く踏みしめると地面にさざ波が立つように揺れる。傍目からは奇怪な様子で地面が蠢き少し気持ち悪くも感じられたが、その動きが収まると地面がまるで整備された後のように綺麗に平坦になった。

「やはり便利ですね。訓練場の整備は竜神さんに頼むに限ります」

「まさかその為に私を連れて来たのか?」

 ミザロが黙り込む。周囲はいつものやつかそれとも図星だから黙り込んだのか探るように彼女の表情を見ていた。

「……そういえば今度の祭りの件ですが」

 誤魔化したところを見るに図星だったのだろう。少しの間、全力で走り回る二人の二等星の姿が見られたとか。

 ロロ、瑞葉、ハクハクハクは志吹の宿を後にし虎太郎たちとも別れると三人で並んで歩く。

「今日は充実した一日だったな」

 虎太郎たちとの模擬戦、それから格闘術の指導、そしてミザロ、竜神と模擬戦を行い気が付けば夜だ。三人は特訓と称して簡単な依頼を受けて都中を走り回ったことはあるが、誰かと共に模擬戦を行ったり格闘術の指導を受けるのは彼らには初めての経験だった。

「虎太郎さんの指導は分かりやすかったな」

「相当気を遣って話してくれたんだと思うよ」

「で、でも、今なら、牙獣ぐらいは倒せる、気がする」

 ハクハクハクが盾をぶんぶんと振ってそう言うのだが、二人は元々その盾でめちゃくちゃに吹っ飛ばしていたのを見ているので何とも言えない。

「竜神さん結構褒めてくれたな」

「課題が浮き彫りになった気もするけどね」

 瑞葉がちら、とハクハクハクを見る。

「あぅ、が、頑張る、ます」

 ハクハクハクは竜神に言われた言葉を思い返す。そして彼女は自身の苦手な部分と向き合わねばならないと決心していた。

 分かれ道、この道を曲がるとロロ達の農場へ繋がっている。

「今日はこのまま帰ろうか、暗くなっちゃったし」

「そうだな。じゃあなハクハクハク」

「ま、また明日」

 ハクハクハクが暗がりに消えて行く。残った二人も農場への道を歩き出した。

「竜神さん、強かったね。二等星になるとハクの魔法でも傷一つ無いなんてね」

「そうだな。巻き込まそうになった経験で言うとあれを喰らったら立ってられる自信は無いぜ」

「ロロでもそうなんだ」

 瑞葉はじっとロロの表情を見る。訓練場で竜神がロロに抱いた違和感、それを最も付き合いの長い瑞葉が気付かないはずがあるだろうか。無論、そんなことは無い。彼が周囲の者について語る時、何か不思議な間が一瞬存在しているように感じるのだ。出て来るのは素直な感想であるが、その前に僅かな間が。

 瑞葉は以前までと比べてロロが少し変わったように感じていた。それは上手く言語化できない程度の違いで、良い変化なのか悪い変化なのかもわからない。それは冒険者として活動する中で生まれたものなのか、或いは別の理由があるのか。

「ロロ」

「ん? どうした?」

「何かあったら相談してね」

「なんだそれ」

 あまりに唐突な言葉に困惑するロロ。当然の反応だと瑞葉は思ったがそれでも言わずにはいられなかったのだ。この幼馴染に何度助けられたのかはわからない、だからこそもし何か悩みでもあるなら今度は自分が助ける番なのだろうと。

 星の瞬きは行く道を照らすには心許無い。それでも二人が歩みを止めることは無いだろう。

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