29.冒険者と感謝祭
ショウリュウの都、郊外の農場。その集荷場はいつになく騒がしい様子を見せており、中には大勢の農業従事者と幾人かの冒険者がいる。吹き出す汗は外の暑さと彼らの熱気によるものだ。
「久しぶりだよな、ここに来るの」
「もうすぐ始まるから黙ってなさいよ」
その中にはロロと瑞葉の姿もあった。二人はそれぞれの親と共に暑さに耐え、吹き出す汗を手や布で拭っている。瑞葉の魔法もこの熱気の中では冷気がすぐに霧散してしまうようで早々に使うのを諦めていた。ここにいる大勢の人がこの暑さの中で何を待っているかと言うと、この農場の主であるジムニーが現れるのを待っている。
集荷場の奥、箱が積まれ一段高くなった壇上に大勢の視線を受けながら上がっていく者あり。筋骨隆々の大男、ここにいる大勢の中でその言葉が最も相応しい彼こそがこの農場の主であるジムニーだ。人々のざわめきが彼が姿を現した途端にぴた、と止まる。
「えー、ごほん。皆様、本日はこの農場にお集まり頂き、ひいては感謝祭に向けた農作物の収穫、集荷、配送の業務に従事して頂けること、誠にありがとうございます。今年もこの日を迎えられて嬉しいやら恐ろしいやらと言った気分です」
今この集荷場に集まっている面々は感謝祭の間この農場の仕事に従事する者だ。普段から働いている者は勿論、それだけでは手が足りないので志吹の宿に依頼を出して数人の冒険者が手伝いに来ている。ロロと瑞葉も宿の依頼で、という訳ではなく元々それぞれ親の手伝いで農場に顔を出しているのでその縁で手伝っているだけだ。
「ここにいる多くの方は経験者で説明されずともわかるのでしょうが初めての方も居られますので改めて説明を。えー、感謝祭の期間は普段よりも多くの店と取引が行われる予定となっております。故に農場勤めの方々には収穫及び集荷作業をお願いし、店々への配送に関しては外部から募った冒険者の方々に主に担当してもらうようになります」
ジムニーはその作業分担の理由に関しては説明を敢えて省いた。それはこの農場の特異性故と言えるだろう。
彼の農場では丙族の立ち入りを禁止しており、丙族に対して何かしらの悪感情を持つ者を優先的に雇っている。瑞葉の母親である樹々も都の中心部で丙族を見ては怯え蹲っているところを彼に誘われここで働くことになったのだ。
このような内情故に丙族との関わりを可能な限り排除すべく取引先にも丙族がいないことを条件の一つとして入れている。ショウリュウの都では店員は勿論、お客であっても丙族をお断りにしている店は珍しくないのでこの点に関してはよくあることだ。しかしこの感謝祭の期間は残念ながらいつものようにはいかない。食堂や土産物屋に普段の何倍もの需要が発生すると複数の農場に手当たり次第に注文が入る。そうしなければ数を揃えるのが難しいのだ。こればかりはどうにもならず、また感謝祭という国を挙げての祭りに水を差すのも無粋だろう。ジムニーはその辺りを考慮してこの期間だけは取引先に丙族がいるかという点は妥協し、代わりに丙族と接することに抵抗が無い冒険者を雇い入れることにしているのだ。
「細かな仕事内容に関しては各作業の長に伝達してあります。皆一丸となってこの感謝祭の期間を乗り切りましょう。そして終わったら私のお金で盛大に打ち上げをやりますので是非振るってご参加ください」
わあああ! と歓声が上がる。雇われる冒険者の中には毎年この仕事に来るものもいるのだが、中には終わった後の打ち上げが目当てだと言うものもいる。例年、打ち上げではわざわざ虎狼ホンソウの国から稀少な赤砂虎の肉を仕入れたり、山河カンショウの国でも最も大きな川であるサンガの川で釣れる青鱗魚を丸焼きにしたり、都の中でも特級品の果物や自分の農場で採れる中で最も良いものを皆に振舞っているのだ。
なお、ロロ達からこの話を聞いてハクハクハクは羨ましそうに、或いは恨めしそうに二人を見ていたという。残念ながら彼女は丙族なので農場で行われる打ち上げには参加できない。
ジムニーの話が終わるとロロと瑞葉はそれぞれ親に一言告げて配送を担当するものが集まっている方へ向かった。彼らは普段の手伝いでも主に配送をしているので今回もそれに従事することとなる。
「お、お前らいたのか」
「あ、アーベのおっちゃん。久しぶり」
「ご無沙汰してます」
二人に声をかけた彼はは五等星の冒険者だが主に都の中での便利屋稼業を行っている者で、毎年感謝祭の時期はこの農場の手伝いに来ている。それ以外の時にも農場に顔を見せることがあり二人とは顔見知りだった。
「聞いたぜ、冒険者になったんだろ? てっきり今年はいないのかと思ってたぜ」
「いやいや、父さんの手伝いも大事だぜ。ずっと世話になりっぱなしだしな」
「ははは、立派な息子を持って鼻が高いだろうよ。今年もお互い頑張ろうぜ」
彼はそう言ってロロの背を叩くと他の顔見知りに挨拶に行った。二人も見知った顔の何人かと挨拶を済ませると、明日からの作業に備えて詳しい説明を聞いてそのまま家に帰ることとなる。二人の親のように収穫、集荷を担う者は今日から既に仕事に忙殺されるのだが、配送の組は今日の所の彼らが手伝うほどの仕事は無い。ロロと瑞葉は何かしら手伝いたい気持ちはあったが、それをぐっとこらえ明日からの仕事に向けて英気を養うのであった。
感謝祭の始まりは朝の九時と決まっている。その時間に王都では国王が感謝祭の始まりを宣言し、城の天辺にある鐘が鳴らされるのだ。そして国中の都や町ではそれに合わせて人々がこの日の為に用意した鐘が鳴らされる習わしとなっている。ショウリュウの都ではその象徴である昇竜の滝の前に巨大な鐘が作られ、都中に響く音と共に感謝祭の始まりを告げた。
ハクハクハクが居候している古物商は感謝祭の期間、普段の何倍かの客が入って来る。都の外から来た者の中には珍しい物品を求めてこのような店へ迷い込むこともあるらしい。喜ばしいことではあるが、その間彼女は可能な限り外出していることを求められる。店主である岩次に言わせれば丙族が店の中をうろついていると折角の客が逃げるとのことだが、ハクハクハクはそれを感謝祭を楽しんで来いという気遣いとして考えることにしていた。
去年の彼女は時期的にまだ塞ぎ込んでいる時で感謝祭の期間中ずっと人通りの少ない所を探して隠れるようにしていた。彼女は今思うとそれを祭りの空気をぶち壊す少々空気の読めていない行動だと感じている。しかし今年は違う。ロロと瑞葉は残念ながら農場の手伝いをするということで一緒に回ることはできないが、幸い彼女には他にも共に過ごせる人がいるのだ。普段よりも多くの人が行き交う広場、縁石に座り汗を拭いながら彼女は待ち人が来るのを今か今かと待っている。
「あ、ハクちゃん!」
そして人混みの奥から声が聞こえた。ハクハクハクがそちらに視線を向けると広場を歩く人々を避けてこちらに向かう者が一人。
「サキちゃん!」
サキサキサだ。彼女はハクハクハクがショウリュウの都に来てすぐに仲良くなった同じ年頃の丙族の少女。一時期疎遠になっていたが今は再び仲良くしている。今年は二人で感謝祭を回る約束をしていたのだった。
サキサキサは人並みを潜り抜けハクハクハクの隣に腰かけると大勢の人が行き交う広場を見た。
「今年も凄い人だねぇ。ここまで来るのも一苦労だったよ」
感謝祭が始まると決まってから日にちが近付くにつれ、ショウリュウの都では観光客が徐々に増えつつあった。前日には多くの宿泊施設が満員となる程で、志吹の宿でもミザロがその対応に追われ走り回るのを何人かの冒険者が目撃している。今から宿のラウンジに行けば普段とは打って変わって観光客が席を埋め尽くしているのを見ることが出来るだろう。
今二人がいる広場も普段は散歩でやって来た人が日向ぼっこをしているのが見られるだろうが、今日の所は目の前を通り過ぎる人々の姿に落ち着くこともできない。しかし落ち着かないと言っても悪い気はしないかもしれない。何せここにいる人は皆、感謝祭という盛大なお祭りを楽しみに笑顔を浮かべているのだから。
「サキちゃん、その、どこ行く?」
「どこ行こっか。さっき広場の奥で何か催しをやってたしちょっと行ってみる?」
「催し? 面白い?」
「わかんない。行ってみよ!」
サキサキサはハクハクハクの手を引っ張って歩き出す。ともすれば無遠慮で嫌がられそうな振る舞いにも思えたが、当のハクハクハクはその手をしっかりと握り返して嬉しそうに後をついて行くのだった。
ショウリュウの都、その中心部の通りを歩くだけでも感謝祭の雰囲気を楽しむことが出来るのは想像に難くない。有名な料亭の美味洪水亭では店の前で爪長鳥を丸ごと揚げており香ばしい匂いで食欲を誘い、普段は武器や防具を売っている店では滝を象った剣の柄に付ける飾りを店の前に幾つも陳列し、どこぞの屋根の上では周囲に響き渡るような笛の音で都から出た音楽家が作った曲を鳴らして、怪しい土産物屋は昇竜の滝で採れた水を健康になれるなどと言って押し売りし自警団の厄介になっている。
どれも感謝祭の時期になると見られる風物詩のようなものだが、どれも華やいだ楽し気な雰囲気を作り出している。しかしそんな表通りとは別、裏通りでは戦場もかくやと言うような出来事が起こっていた。
「おーい、こっちだこっち! ジムニーさんとこのだろ!?」
「唐辛子と犀革豆ですね! 確認お願いします!」
「んー、よし、大丈夫だ! これ受け取り証な」
「ありがとうございまーす!」
料理屋の店員に手を振りロロと瑞葉は走り出す。通りの裏手は物品の配送で走り回る人々でてんてこ舞いとなっている。これほどの量を運ぶ場合は普段なら表の通りを荷車でも牽いてまとめて運ぶのだが、感謝祭のこの時期は表通りのあまりの人の数にそういう訳にもいかない。仕方なく農場からの野菜は都中心部の近くに借りた倉庫に一旦集められ、そこから体力自慢の者が細い路地を通れるぐらいの台車に積んで走り回って運ぶのだ。
「次どこだっけ?」
「あそこ、滝の鱗食堂」
「わかった」
そういう訳でロロと瑞葉も裏通りを多くの野菜と共に走り回っている。時に誰かと擦れ違うこともあるがその多くは同じ境遇の者か、或いは何か食材が足りなくなって買いに走る店員だ。誰も彼も急いでいるせいか殺気立っておりここは一種の戦場と言うに相応しいだろう。
滝の鱗食堂に辿り着くと既に店員が外で待っている。
「ロロー! 瑞葉ー! こっちこっち!」
「ヨムク! 久しぶりだな!」
彼は学校で同級生だった者で、卒業と同時に実家である滝の鱗亭の手伝いをしている。
「久しぶり、お店継ぐんだったっけ?」
「そうそう。まだまだ修行中の見習いだけどな。野菜貰うぜ」
箱の中身を手早く検品しながらも三人の話は止まらない。
「お前ら冒険者になったんだろ? 頑張ってるみたいだって自警団の人が言ってたぜ。魔物とも戦ってるんだって?」
「まあな。お前と同じでまだまだ修行中だけどな。でもこのバッジもどんどん棘が減ってくぜ」
ロロが自分の胸にあるバッジを見せながら言う。ヨムクは検品を終えた様で箱を閉じると受け取り証を二人に差し出した。
「じゃあその時は俺の料理を二人に振舞ってやるよ。楽しみにしてるし楽しみにしてろよ」
瑞葉が差し出された受け取り証を手に取り懐に仕舞う。そして二人は走り出した。
「旨い飯のお供に俺たちの活躍をしっかり聞かせてやるからな!」
「またね、頑張って!」
まだまだ配達すべき荷物はあるのでここで立ち止まってはいられない。ヨムクの方も早く店に戻らなければ怒られてしまうだろう。
「お前らもなー!」
駆ける二人の背にヨムクの声が聞こえる。たとえ違う道を歩んでいるとしても互いに気に掛けることはできるし、そういう友がいることは幸せなのだ。
感謝祭の日々はあっという間に過ぎて行く。都のあちこちで催しがあり、観光で見て回るにも飽きはしない。その裏方で働く者は休む間もなく時間に追われるまま走り回っていつの間にか日が暮れて一日の終わりだ。
そうこうしている内に気が付けば今日は感謝祭の最終日。ジムニーの農場では配送ができる者を総動員してどうにか午前中に全ての仕事が終わるように走り回っている。暑さでばてようが喉が渇こうがとにかく荷物が消えるまで彼らは走り続ける。
「これ、受取証、お願いね!」
「ありがとうございます!」
ロロと瑞葉は深々と礼をして大きく息を吐いた。目の前にある台車には既に荷物は無い。そして今持ってきた荷物を載せた時、既に倉庫に集まった面々に残りの荷物を全て振り分けていた。つまり。
「ようやく終わったぁー」
二人の仕事も終わりである。後は倉庫の方に台車を返しに行くだけだ。しかしただそれだけではあるが体力も精神力も使い切った二人には少しの休息が欲しい所だった。一旦その場で立ち止まると息を切らし額の汗を拭う。
「疲れた、ロロ、おぶって」
瑞葉はその場で座り込んで顔も上げずにそんなことを言う。
「台車に乗った方がいいと思うぜ。その方が俺が楽だ」
ロロがそう言うと瑞葉は素直にその言葉に従って台車にちょこんと座った。彼女がこんな風に素直に弱音を吐いたりするのは珍しいのだが、それだけ疲れているという証拠だろう。走り回るのが疲れるのは当然だが、それ以上に瑞葉はどんな順番でどの道を通って配送するのかずっと考えながらだったので思考力がもはや残っていないのだ。ロロは呼吸が整うまで休むと台車を押して歩き始める。
台車がガラガラと音を立ててゆっくりと前へ進む。瑞葉は軽い頭痛と共に景色が移り変わるのをぼーっと眺めている。もはや話す気力も残っていないということだ。ロロは彼女を気遣って余計なことは言わずに黙々と台車を押し続けた。
ロロと瑞葉が倉庫に戻ると先に戻っていた面々が既に談笑している。中にはどこかで買ったらしい酒で酒盛りしている者も居り、少し騒がしいぐらいだ。
「おー、お前らも戻ったか。どうだ、一杯行っとくか?」
「まだ私ら飲めませんよ」
山河カンショウの国では酒は十八歳からと決まっている。残念ながらまだ十五歳の二人には早い話だ。
「んー、そうだったか。じゃああっちで出店で買ったもん食べ比べしてっから行ってみな」
指差された方では箱を机代わりにして団子や串焼きに唐揚げなどを並べて品評会じみたことをしている。一番人気がかき氷なのは暑さと疲労に冷たいものが染み渡るからだろうか。
「食べたいのは山々なんだけどな」
しかしそんな品評会に二人は参加しない。
「この後約束があるんだ」
二人はこれまでに三度手伝いをしていつも配送を終えるとこの場の騒ぎに参加していたが、今年は軽く挨拶をして倉庫を去る。
感謝祭の最終日にジムニーが午前中だけで配送を終わらせようと必死になるのはちゃんと理由がある。裏方の忙しない仕事をする者達にも感謝祭の雰囲気を少しだけでも、最後の半日だけでも味わって欲しいと考えてのことだ。特に冒険者はこの祭りが彼らに感謝する祭りであるが故にそのバッジを見せるだけで様々な特典を得られるのだ、ずっと仕事詰めで終わらせてしまっては申し訳が立たない。
「農場勤めの者は気概を見せよ! 冒険者への感謝を胸に走れ走れ!」
そう言いながら彼自身も荷物を担いで都の裏通りを走り回っていたとか。
そんなわけで冒険者であるロロと瑞葉も最後の半日を楽しむことに決めていた。当然、彼らの仲間であり友人である少女と共に。
「ハクハクハクー!」
縁石に座っていた少女が声に反応して立ち上がる。彼女は満面の笑みで二人を出迎えた。
三人がこの後の時間をどうしたのかはともかく、その一時を心から楽しんでいたことだけは間違いのないことだ。




