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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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28.冒険者と前へ続く道

 山河カンショウの国、ハイドウ村近辺の森の中、ロロは痛む体を剣で支えながら歩く。彼の視線の先には核を貫かれもはや二度と動くことは無い蔓の怪物の亡骸、そして共に戦った仲間たちがいる。

「ハクハクハクー、村長さん、無事かー?」

 ロロがそう声を上げたのとディオンによって蔓に捕らわれていたハクハクハクが助け出されたのはほぼ同時だ。彼女はどうやらその圧倒的な魔力量から成る身体強化によって大した怪我も無いようだ。今は軽く飛び跳ねて無事をアピールしている。

 続けて村長が瑞葉によって助け出される。こちらは無傷とは行かなかったようで立つのも辛そうにしており瑞葉に肩を貸してもらって歩いている状態だ。とはいえ意識はしっかりしているようなので然程心配は必要ないだろう。

 皆の無事を確認したロロはほっと一息をつくと。

「みんなすげえなあ」

 ぽつりと呟く。ツルバネ、今回戦ったのはその幼体ではあるが、この魔物は本来ならばこの程度の被害で済む相手ではないとロロは察していた。しかし一人一人が自らの為すべきことを考え実行し、おそらく最善に近い結果を出した。

「俺ももっと強くならないとな」

 ロロはツルバネの攻撃を完全には見切れなかった。もしディオンがいなければ蔓の鞭を躱せず犠牲になっていただろうし、風の魔法を避けられたのも実の所背負っていたハクハクハクがその予兆を見て合図をくれたからだ。幾つかの依頼を経て少しは強くなったつもりだったが、実際にはまだまだ未熟なところが多いと痛感している。

「誰かに剣の指導でもしてもらおうかな」

 以前に三等星である牛鬼に教えを乞うたことがあったが、その際は畑違いだからと戦いの心構えを教わって終わった。ディオンに聞いてもおそらく同じような事を言われるだろう。では同じように剣を扱う人物、ミザロのことが最初に思い浮かぶ。そういえば牛鬼もミザロに教えてもらえと言っていたのをロロは思い出した。それ以外だと、例えば無数の武器を扱う柳ならば。

「あっ」

 ロロは森の奥を見る。木々がひしめき八太蔓が絡み付き奥を見通すことはできそうもない。しかしこの先では柳が今もツルバネと戦っているはずだ。

「ディオンさん、柳さんを助けに行かないと」

 一人であの化け物と戦うのは危険だ。誰もが普通はそう思う。ロロは自身が足手纏いなのはわかっていたが、ディオンやハクハクハクならば柳の助けになれるはずだと思っていた。

「ああ、それに関してだが」

 ディオンが森の奥の一点を見つめる。ロロは視線の先を見たが、その先に何か特別な物は見えなかった。ハクハクハクやすぐそこまでようやく歩いて来た瑞葉と村長にも何も見えなかったようだ。しかし一分ほどして一人の冒険者が気絶した狩人を担いでそこに現れる。

「どうやらそっちも上手くやったらしい」

 柳は見たところ大した怪我も無いようで平然とこちらへ歩いて来る。あのツルバネを相手に捕まっていた狩人を助けつつ一人で倒したようだ。共に天柳騎として活動するディオンでさえ舌を巻く実力である。

「まさか一人で片付けてしまうとはな」

「幼体ぐらい一人で倒さないと二等星は遠いからね」

 はははは、と高らかに笑う彼女に周囲の者は敬服の念を覚え息を吐いた。もはや言葉も出ない、というわけだ。

「さて、村に戻ってこいつから色々と聞こうじゃないか。それに村長さんはハクハクハクと色々と話があるだろう?」

 村長はそう言われて神妙な面持ちでハクハクハクの方を見る。普段ならば思わず視線を逸らしてしまいそうなハクハクハクもこの時ばかりはじっと村長の目を見つめていた。

「……いや、折角この場に来たのだ。ここで話をしよう。済まないが、少し二人きりにしてくれるか?」

 一行は村長の意を汲み少し離れた場所で二人の話が終わるのを待つことになる。


 ハクハクハクは正に今、村長から過去にどんなことがあったのかを聞いているのだろう。ロロたちもここに来るまでの道中で少し聞きはしたが、より詳しく鮮明な昔話が為されているのだ。瑞葉はちらりと木の陰から顔を出して二人の様子を見たが、今いる場所からでは表情もよくわからない。

「そんな心配しなくても大丈夫だろ」

 ロロは太い木に背を預けて特に意味も無く目についた八太蔓がどこまで繋がっているのかを目で追っていた。随分と呑気に映る姿だが、最後にツルバネに投げ飛ばされた際の痛みがまだあり身体を休めるのが彼の今の仕事だ。

 瑞葉はそんなロロの様子を見て確かに心配すべきはハクよりこっちだったかもしれない、と思う。それからロロの隣に腰を下ろし張り詰めていた緊張の糸を切る為に大きく息を吐いた。

「まあ心配のし過ぎも良くないかもね」

「そうだろ?」

「あんたは能天気過ぎると思うけど」

 瑞葉は今度は呆れたようじーっとロロを睨みながらに溜息をつく。視線の先でロロはあはは、と笑っていた。

「何はともあれ、これでハイドウ村に来た目的は果たせたってことね」

 トキハの護衛こそがこなすべき依頼だが、彼らが来た目的はハクハクハクの両親の最期について調べる為だ。色々とあったが結果的にそれについては知ることが出来たのだ。

「そうだな。それに魔物も倒せて良いこと尽くめだ」

「どこがよ、おかげでぼろぼろなのわかってる?」

 瑞葉はほとんどの時間、ディオンによってその身を守られ無傷と言っても遜色ない状態だ。しかしロロは体中が痛み着ている服もぼろぼろ、村長やハクハクハクも差はあれど怪我などしているだろう。瑞葉は勝利の興奮で今はあまり考えずに済んでいるが、やがて冷静になった頃に死ぬかもしれなかったことを思い出して恐怖する自分の姿が見えていた。

 それに対してロロはどうだろうか。瑞葉は目の前にいる幼馴染をじっと見つめる。この能天気男はツルバネという恐ろしい魔物を前に何を考えていたのだろうか、彼女はそのことを尋ねてみたかった。

「……なんだよ、じっと見て。顔なんか付いてる?」

 じっと見つめられるのが落ち着かないのかロロは頬を掻こうとするが右腕を上げるのが痛くて断念し、やり辛そうに左手で右の頬を掻いていた。

「……あー。あー、そうそう、柳さん凄いよね」

 結局瑞葉は自身の疑問を尋ねなかった。答えを聞くのが怖い、と言うよりは自分がどんな答えを求めているのかわかったからだ。彼女はロロに恐ろしかった、足が震えそうだった、そんな風に答えて欲しかったのだ。そうして自身が安心を得ようとしているだけと気付いてしまったから、彼女は別の話題に差し替えたのである。

「すごいな。ツルバネ一人で倒せるんだもんなあ。それに見たか? こう、切ったらさ、周りの蔓が全部落ちてさ、わかるか?」

 瑞葉は一瞬、何のことを言っているのかわからなかったがすぐに柳が一人奥へ向かう際に襲い来る蔓をまとめて切った時のことだと思い至る。

「あれ明らかに届かない距離まで切ってたよね。ロロはどうなってたか見えた?」

「いや全然。昔見た絵本だと剣の先から真空波が出て遠くの物でも切れるって言うのがあったよな」

「あったね。……現実的には風の魔法とかなのかな。例えば剣を振った時にも風が起こるでしょ? それをこう、強くするみたいな。いや、違うか。それなら上に行った時にやってない理由が無い。他の方法、他の方法……」

 瑞葉が考えるのに夢中になり出したのでロロは自然と口を閉じて体を休める。今は柳とディオンがこの周辺にいる魔物の残党を討伐しているところだ。そしてそこにロロと瑞葉の出番は無い。精々、もし魔物が目の前に現れたなら声を上げるぐらいか。

「瑞葉」

「地面に刺してて……、ん? 何か言った?」

「柳さんもディオンさんもかっこいい冒険者だよな」

 瑞葉はツルバネとの戦いを思い返す。二人が戦いの中で最も優先していたこと、それは他の者を守ることだ。もしあの二人がロロたちを無視して戦っていたのならもっと早くツルバネを倒すことが出来たのだろう。何せ柳は一人でツルバネを倒してしまったのだから。

「そうだね。人を守れるかっこいい冒険者だね」

「俺たちもああなろうぜ。まずは四等星にならないとな」

 冒険者は星の数ほどいる。しかしほとんどの冒険者はその輝きを見られることも無く消えて行く。より強く輝ける者は本当に一握りしかいない。

 その輝きを目の当たりにしてそれを目指すことが出来る者も一握りだ。

「……そうだね」

 瑞葉はこの戦いの中で魔法を駆使し役に立ったと言えるだろう。しかしそれでも猶、彼女は大きな悩みの中にあった。強さ、純粋な強さという面で彼女は自身が役に立てたとは思えなかった。柳やディオンは言うに及ばず、ロロやハクハクハク、村長はツルバネの攻撃を避けたり耐えることが出来た。しかし彼女は誰かが守ってくれなければ、潰れた肉の塊になっていたかもしれない。肉体の鍛え様、魔法による身体能力の底上げ、この二点が肉体的な強さにおける重要な点だが彼女にはそのどちらも足りてはいなかった。

 この先、冒険者として活動を続ければいずれは強力な魔物に遭遇することは増える。その時までに他の面々のような強さを身に付けていなければその魔物に踏み潰されてしまうだけなのでは。彼女は怖かった。柳とディオンの輝きは希望を与えると共に、何かあった時に同じだけの輝きを求められるという恐ろしさを秘めていた。

「三等星だって、あの二人」

「そうだな。あんなに強くても三等星ならミザロ姉とか竜神さんはもっと強いんだな」

 普段、気軽に接していたミザロも魔物と相対すればその輝きを如何なく発揮するだろう。彼女は今でこそ宿の看板娘であるが、かつては一等星に最も近いと言われたほど腕の立つ冒険者なのだから。

 瑞葉は上を目指している。冒険者としてより高みを目指している。しかし今日戦ったツルバネにたった一人で立ち向かえる強さを持てる想像はどうしてもできなかった。彼女の目をあまりに強い輝きが焼いてしまったかのように、その姿を思い描くことが出来ない。

 彼女は再び隣にいる能天気な男に聞いてみたくなった。恐ろしい魔物を前に、何を考えていたの?

「俺さ、正直ツルバネが出て来てさ、ちょっと怖かったんだよな」

 瑞葉は声に出ていたのかと息が詰まり心臓が締め付けられたかのような錯覚を覚えたが、どうもロロの様子を見るに単に思っていることを口にしているだけと気付き安堵の息を吐く。

「あんたにも怖い物あったんだ」

「当然だろ。もし俺一人だったら今頃逃げることもできずに死んでたと思うぜ」

 ロロは互いの実力差をはっきりと口にする。ただ冷静に余計な感情を入れることなくそれを口にするのだから、瑞葉は少し不思議でもあった。自分の弱さが情けないとか思ったりしないのだろうかと。

 結論を言えば、ロロも当然そう思っている。弱く未熟な自分が情けないとはっきり思っている。しかしその一方でそれを考えることを無駄だとも思っていた。

「瑞葉、俺はかっこいい冒険者になるぜ」

 かっこいい冒険者になる、それは自身とロロが持つ共通の夢。

「それを思ったら何があっても立ち止まってられないだろ? だからまずは四等星だ。俺はもっと強くなるぜ」

 夢に向かって歩みを止めないロロの姿は瑞葉には少し眩しい。彼女とて同じようにかっこいい冒険者になると心に決めて歩んでいるつもりだが、どうしたって時々その道を歩むのが恐ろしくなる。例えば自身に成長が感じられない時、例えば恐ろしい魔物に出会った時、例えばその夢は手が届きそうにないほど遠いものだと気付かされた時。

 そんな幾つもの事実の中でロロは平然と前に進み続ける。何がその歩みを支えているのか、瑞葉には想像もできない。或いは想像したくもない。

 もしもその支えがとても些細なことだとすれば、それを支えにできないことに劣等感を抱いてしまいそうだから。

「そっか、ロロは頑張ってるね」

 いや、本当は既に大きな劣等感を抱いている。ロロが何を思っているのか瑞葉にはわからない、しかし彼が歩みを止めることなど無いとはっきりわかっている。そう、自分とは違って。

「私もそうありたいよ」

「ん? 瑞葉の方が頑張ってるだろ」

 しかしロロから予想だにしていなかった言葉がかけられる。

「そんなに頑張ってないよ」

「でもツルバネとの戦いだって瑞葉がいたから勝てただろ?」

「それは気のせいだよ」

 瑞葉がいなければ柳やディオンは守勢に回ることなく前に出れたと瑞葉は思っているし、魔法にしたってハクハクハクの威力の高い魔法でなければ蔓を引き千切るのも困難だった。

「私がいなければいないでみんな上手くやってたはず」

「別にそんなの考えなくていいだろ。お前いたんだからさ」

 ロロの言葉は正論というよりは暴論だ。少なくとも瑞葉はそう思った。

「今日は俺とお前とハクハクハクと村長と柳さんにディオンさん、この六人がいてツルバネと戦ったんだよ。その中で炎で隙を作ったりして活躍できたんだからそれでいいんだよ。どうしても何か自分に不満があるならさ、次までに頑張ればいいじゃん」

 終わり良ければ全て良しとする考えは理解できるものがあったが、それでも瑞葉はロロの言動に若干の恐ろしさを覚えていた。ただただ前向きであるだけとも見えるが自身の考えに馴染まないが故か不気味さを。

 しかしそんなことを考えていた彼女はふと気が付く。以前はそんなロロの姿に助けられていたのではないか、と。前へ前へと進もうとする姿が励みになっていたはずだ、と。であれば変わったのは何だろうか、そう考えれば答えは簡単で自分自身に違いない。ロロの言葉を素直に受け取れない程にひねた考えをしている自分自身こそがおかしいのではないかと。

「ロロはならいつか一等星になれるのかもね」

 そんな言葉が口から零れる。この幼馴染はどんなに遠い目標でも一歩一歩進み続けることが出来る。どんな遠くへだっていつかは辿り着ける。少なくとも自分のように想像より遥かに遠いからと言って歩くのを止めようになることは無いのだろう、彼女はそう感じていた。

 瑞葉はなんだか気恥ずかしくてロロの方を見れず空を見上げていた。だから気付くことが出来なかったのだろう。ロロが瑞葉の言葉を受けて少しだけ悩むように目を伏せていたことを。

「瑞葉やハクハクハクの方が才能あると思うけどな」

 その言葉を発した時の表情は少しだけ憂いを帯びていたことを。


 他の者が離れハクハクハクと村長が二人きりになりしばらくの間、二人は互いに目を合わせることも無くただ黙ってそこにいるだけだった。村長は立っているのも辛いのか地面に座り込み瞑目し、ハクハクハクはその近くで村長の様子を何度もちらちらと見ながら俯いている。

 やがて一陣の風が吹き、森が揺れ木々がざわめく。その音が止む頃、ようやく村長はその目を開いた。

「ハクハクハク」

「ひゃ、あ、はい」

 唐突に呼びかけれらたハクハクハクはぼーっとツルバネの残骸を見ていたせいか、必要以上に驚いて少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。しかし村長はあまりそのことには関心を払わず彼女の方に向き直る。

「お前の両親の話をしよう」

「……はい」

 村長は過去のことを詳細に語り始める。初めて彼らと会った時の事、狩人として活動する中で関わった時の事、村を守る為に戦う彼らの姿、周囲から避けられるようになってからも戦い、石を投げられても村の為に命を張り、そして最後の戦いへ挑む二人のこと。

「我々狩人は村の守りを彼らに任せ魔物の巣へ向かった。あの時の私は未だ丙族への嫌悪と功名心とを捨て切れず丙族の助けを受けることが絶えられなかったのだ。半ば強引に彼らを置いて行き、そして巣へ辿り着いた我々は多くの魔物を倒したもののツルバネを前に撤退を余儀なくされた。負傷者、死者多数の大失敗だ。私を恨んでいる者は多いだろうな」

 自嘲するように笑う彼はきっと過去のことを悔やんでいるのだろう。

「村へ戻った我々は翌日にも再びツルバネと戦うつもりだった。敵が何者か判明し、僅かであろうと勝機はあると思ってのことだ。どのみち奴を討たねばこの村に未来などなかった。そう感じていたのはお前の両親も同じだったらしい」

「お父さんとお母さんも」

「ああ。あの二人はどこからか我々の話を聞いていたのだろう。或いは狩人の中に彼らに助けを求め事情を話した者がいたのかもしれない。どういった経緯でその決心を固めたのかはわからん、が、あの二人は深夜に村を発った」

 ハクハクハクは両親と最後に交わした会話を思い出す。それは正に、その戦いへと向かう直前の事だったのだろう。

「我らが知ったのは彼らが村を出てしばらく後のことだ。すぐに後を追ったが……、この場所に来た時には全てが終わった後だった」

 村長はこの空間を見渡す。その目には現在の姿と過去の記憶が重なって見えていた。

「丁度この場所は木々が無く広い空間になっているだろう。我々がツルバネを追っていた時にはこの場所も木々が生えていて死角の多い危険な場所だった。この辺りでツルバネに捕らえられた仲間もいたはずだ」

 今二人がいる場所には地面に木の根が這っているぐらいで大した植物は生えていない。まるでこの場所だけ大地が死んだかのようだ。

「直接見たわけでは無い、しかし後に残ったものから推測ぐらいはできる。……おそらくあの二人はツルバネと対峙し、そして……。文字通り命を懸けて奴を倒したのだ。お前も魔法を使う、何を言いたいのかはわかるだろう」

 魔法の中には決して使うべきではないとされるものが幾つかある。その多くは習得が難しい上に存在すら秘匿されているのだが、その中に一つ、誰もが知っていて使おうと思えば誰だって使えるものがあった。

「……自爆」

 自爆、魔力を自身に可能な極限まで練り上げる、ただそれだけでできてしまう。魔臓が悲鳴を上げようと、痛みが体を支配しようと、その身が魔力に耐え切れず炸裂するまで魔力を練り上げる。普通は痛みや恐怖に耐えられず途中でやめてしまうが、強固な意志さえあれば人はそれを可能にしてしまう。

「私は魔力はあまり多くない、自爆したところでツルバネを倒すどころか手傷を与えられるかも怪しい。しかしあの二人は丙族で、ハイドウ村にいた者の中で最も魔力が多かった。彼らの命の灯はツルバネを見事に消し飛ばして見せた……、我々は彼らの命と引き換えに生を得たのだ」

 彼の声は怒気に満ち、それは彼自身へと向いている。あの二人に命を懸けさせたのは他ならぬ自身なのだと彼は気付いていた。もしも彼らと協調の道を取っていたならば、有り得なかった道の先をどうしても想像してしまう。

 ハクハクハクは村長が自身の手を血が滲みそうなほど強く握っているのに気付いた。彼女はそれを見てふと思う、彼はこんなことにならなくともこの話をする為に自身の下を訪れていたのだろう、と。

「ハクハクハク」

 その声にハクハクハクは村長を見た。そしてその顔に彼女が最も強く見たのは怒りや悲しみではなく恐れと罪悪感だ。助けを乞い願う弱き者の姿がそこにある。

「お前は……、お前は私に何を望む?」

 そう、彼は必ずハクハクハクの下を訪れていただろう。己の罪に罰を与えられる者がいるとすれば、それは彼女を置いて他にいないのだから。

 ハクハクハクはじっと村長の顔を見た。長きに渡り自分を責め続けて来たのだろう、その姿は憔悴し彼女の記憶にある村の人々を率いていた姿とは似ても似つかない。彼女は目を閉じて考える。彼女は目の前にいる彼をその望み通り断罪することが出来る。丙族が村から出て行かざるを得なかったのは、迫害された幼少期を送ったのは、間接的であれ両親の死の原因を作ったのは、間違いなく彼なのだ。

 ハクハクハクは思い出す、丙族とハイドウ村の人々が多少ぎこちなくとも協力して過ごす日々を。彼女の記憶には僅かにしか残っていないが、確かにその日々は存在したのだ。そして丙族が迫害されるようになってから、なぜあの日々が失われたのかと悲しみを抱き続けてきた。もしもあの日々が続いていればと何度考えたか覚えていない。

 村長はハクハクハクの前に首を垂れ裁きの時を待つ。ハクハクハクの手に魔力が集まっていく。その量は膨大で、彼女の持つ全ての力を込めようとしているかのようだ。村長はそれを見ていたわけでは無かったが肌でその事実を感じている。そして何かの間違いで彼女の手を防いでしまわぬよう、目を閉じた。

「……私は」

 ハクハクハクが拳を振りかぶる。

 ドオン!

 地面の弾ける音、それは離れた場所にいたロロ達や柳達にも聞こえ思わず二人の方を見させるものだ。土が飛沫のように飛び散り村長だけでなくハクハクハクをも飲み込んだ。再び姿が見えた時、二人は土飛沫が昇る前と同じ姿で固まっていた。

「わ。ぷっ、ぺっぺ。口の中入っちゃった……」

 ハクハクハクは口の中に入った土を地面に吐き捨てる。その表情はどこかすっきりしたように穏やかだ。大して村長は目を見開き自身の隣にできたクレーターもどきを見つめている。彼はそこに埋めるつもりだろうか、などと的外れな推論はしない。これはただ、彼女がこれ以上何も裁きを与えるつもりがないことを示している。

「……ハクハクハク」

「え、あ、えっと、何、ですか?」

「お前は私を生かすのか? 生きて罪滅ぼしをしろとでも?」

「え、あ、えと」

 村長の語気は強く、ハクハクハクから答えを得ようと必死だ。しかし彼女は首を横に振った。彼女には答えを与えるつもりなどなかった。

「わ、私はあんまり、その、気にしてない、よ」

「それはお前の両親のことか? それとも丙族を迫害したことか?」

「両方、だよ」

 ハクハクハクの中に恨みの念は確かに存在する。しかしだからと言ってその想いは全てを投げ打ってまで叶えなければならない程ではない。そもそも彼女は誰かを恨み憎むことを得意とせず、既にそれとは違う道を歩み出している。

「あなたは、その……、確かに罰を受ける、べき、なのかも、しれない。ただ、私には、その、もう十分に、罰を受けている、そう見える、の」

 彼女は自分が去った後、彼がどのようにしてこの村で生きて来たのかを考えていた。丙族が消えた村で村人たちはおそらく喜びに沸き立ったのではないだろうか。それこそ寿天のように、邪魔者が邪魔者と一緒に都合よく消えたことに祝杯を挙げる者もいたかもしれない。しかし彼の話の通りであればその時点で既に彼自身の感情は大きく異なるもの、命を懸けて戦った丙族を悼み自責の念に駆られていたのはずだろう。それから先、彼が村長の座を辞することは難しくなかったはずだ。ツルバネとの戦いで失われた命は丙族のものだけでなく、その責任を取るとでも言えば良い。だが彼はその道を選ばず今も村長としてハイドウ村を導き続けている。

 彼女は自身の記憶から様相が少し変わっていた村のことを思い出す。おそらくはトキハによってこの村も徐々に近代化を始めいずれは夜にリョウエンの葉に火を点ける遊びも無くなるかもしれない。今はまだ大した機械も無く夜の灯りも足りていないような場所だが、余所者への警戒心の強い村人たちがそれらを取り入れていることには少々の驚きがあった。柳達からトキハについて話を聞いていた彼女はそれを全て彼女の手腕によるものだと思っていた。当然その面もあるのだろうが、それだけでなく村長もそのことに骨を砕いてきたのだと今ならわかる。

「へ、丙族がいなくなった村で、あなたは、再び、彼らと共に歩ける、そんな日を、目指している。そうでしょ?」

 村長は目の前の聡い少女を見上げた。それは彼がトキハ以外には打ち明けたことのない秘密、自身で追い出しておきながら身勝手で虫の良すぎる話だと思いながら捨て切れなかった夢。いつか、このハイドウ村に再び、丙族が訪れ、共に生きていく日々。トキハとの交流が始まった日、彼はハクハクハクの両親が命を懸けてこの村を守った英雄として語られる日がいつか訪れて欲しいと語った。その為に力を貸して欲しいと。

 村人の意識を変えるのは一朝一夕でできることではない。まずは余所者に対する排他的意識を変える必要がある。トキハを通じて都の技術を取り入れ、共に来る冒険者や彼女自身との交流の中で外の人間への意識を変えていく。そんな交流の中で都に憧れを持つ者が現れれば万々歳だ、その者はこの村と都の架け橋になってくれるかもしれない。一人が行けばまた一人と徐々に往来が増えるはずだ。都に住み着く者もいるだろうが、きっと里帰りぐらいはするだろうしこちらから彼らを訪ねるのもいい。その中でたった一人でもいい、多くの人を知り多くの考えを知った者が新たなハイドウ村を作ってくれたなら。

 彼は自身を過去の過ちの象徴と捉え、これまでの間違いを一心に背負い裁きを受けるつもりだった。残念ながら彼の想いと裏腹にハクハクハクはそれを拒否したのだが。

「……私に生きて先頭に立ち続けろと?」

「わからない、よ。でも、あなた、が、そうしたいと、願うことを、す、すべき、だと思う」

 私が自身の望みを叶えようとするように。村長は言外にそんな音を聞いた気がしていた。

 風が吹き木々のざわめきが聞こえる。舞い落ちる木の葉に思わず目を閉じたハクハクハクが再びその目を開いた時、村長は憑き物が落ちたような表情で微笑みを浮かべていた。そして彼はその目で真っ直ぐに丙族の少女を見る。

「お前は私に何も望まない、か。……ではお前自身は何をしたいと願っているのだ?」

 少女の瞳に光が灯る。彼女は空を見上げ、手を伸ばす。その問いの答えは決まっていた。

「英雄、お父さんとお母さんみたいな、英雄になる」

 これまでにない力強い言葉。両親の過去を知り、そして二人が周囲に与えた影響を知り、彼女は以前よりもずっとずっと強く願いを追い求める。この場はとてもお誂え向きで両親もきっと自分を見守っている、彼女はそう信じて風の中に漂う何かを見ていた。

 彼女の目には英雄となった自分の姿が映っている、必ずその夢を実現すると誓いを立てた。


 既に周囲の索敵は終わり僅かにいた魔物達も仕留め終えている。柳とディオンはロロ達と合流しハクハクハク達の話し合いが終わるのを待っていた。この後、村に戻ってからどうするかとか、寿天の処遇をどうすべきかなどの話が一通り終わった頃、ハクハクハクが村長に肩を貸しながら皆の下へ歩いて来る。

「もういいのかー?」

 ロロが尋ねると二人が頷く。ハクハクハクは晴れ晴れとした顔でどうやら目的を果たしたのだと誰もが理解した。柳はよかったよかったと寿天を抱えて村に戻る準備を始め、ディオンやロロもそれに続く。その中で瑞葉だけは少し違和感を抱いていた。確かにハクハクハクは目的を果たした、しかし村長からされた話は晴れ晴れとするような内容だっただろうか。彼女はここに来る道中にハクハクハクの両親の最期を図らずも知ってしまった、故に若干の疑問が残る。立派な最期だったから、その一言で全てを終わらせることもできるのだろうが、それで本当にいいのだろうかと。

 そこまで考えたところで余計な心配のし過ぎだと頭を振り歩き始める。彼女自身、どうやら今の自分は何事も悪い方に考えていると自覚があったのだ。

「ハク、一人で大丈夫? 手伝おうか?」

「大丈夫、わ、私、力、強い、よ」

 それもそうか、と瑞葉は傍で見守るに留める。自分どころかロロよりも力が強いのを知っているのだから。

「いや、ハクハクハク。お前は馬に乗せてもらうべきだ。魔力を相当消耗しただろう」

 しかし村長がそう言った。実際の所ハクハクハクにはまだ余力が十分にあり彼女は少し困ったように瑞葉を見た。その瑞葉はと言うと、村長の言葉に当然の違和感を覚えていた。なぜならというか、当然に肩を貸してもらって歩いている者の方が機械馬に乗るべきだからだ。

「……ハク、まあ村長の言う通りにしたら? 攫われて戦って何だかんだあっての今だし、やっぱりハクは少し休んだ方が良いと思うよ」

 ハクハクハクはその言葉に少しむくれて不満の意を示したが結局は言う通りにディオンの下へ。瑞葉は村長に肩を貸してゆっくり歩き出し、そして尋ねる。

「えっと、何か話でも?」

 わざわざハクハクハクを自分の傍から遠ざけたのは必ず理由あっての事だ、瑞葉はそう考えていた。そうだった場合に最も可能性が高いのはやはり何か聞かれたくない話があるということだろう。村長は前を行くハクハクハクと十分に距離があるのを見てから小声で話し出す。

「あの子を注意して見てやってくれ」

 あの子、とは当然に一人しかいない。瑞葉は機械馬に乗っている友人を見た。

「ハクハクハクの事ですか?」

「ああ。さっき話をしながら考えていたのだが、あの子は、そうだな、危うさを孕んだ心をしている、と、感じた。……曖昧な事を言って申し訳ないが」

 確かに曖昧で実の無い話のように思える。しかし瑞葉は先ほど彼女が感じた違和感を思い出した。ハクハクハクの晴れ晴れとした表情が、段々と不気味に感じられてくる。

「……まあ、注意して見るというか、少なくとも私やロロはハクと一緒にいます。冒険者の仲間で、大切な友人です」

「そうか。……あの子には良き友が出来たのだな」

 村長は瑞葉を、そしてロロを見て笑みを浮かべていた。


 村の入口へ辿り着くと、そこには額に青筋を浮かべながら微笑みを浮かべるトキハとそれに付き従うように控えている数人の村人がいた。先頭を歩いていた柳は思わずたじろいで足が止まってしまう。

「皆様、お帰りなさい。温かい食事の準備ができていますよ。行きましょうか」

 優しい言葉を投げかけられたかのように見えるが、その裏には拒否を許さない圧を感じさせるものがある。よくよく見ればトキハの後ろにいる村人たちも彼女の機嫌を常に気にするようにちらちらとその表情を盗み見ようとしているではないか。ある意味で今のトキハはツルバネよりも恐ろしいらしく、柳が冷や汗を浮かべ目を合わせることもできなかった。

 村の集会所にて用意されていた食事は胃に優しく滋養のあるものばかりで冒険者一行と村長は一心地つき、気を休めることができただろう。トキハの監視が無ければ。

「めっちゃ見てるよな」

 スープを飲む手を止めてロロが小声で瑞葉に耳打ちする。と、トキハがぐるん、と首を回してロロの方を笑顔で見やる。もちろん、額に青筋を浮かべながらだ。

「ロロさん、何か言いましたか?」

「え、あ、お、美味しいスープだな、って言いました!」

「そうですか。おかわりもありますのでたくさん食べてくださいね」

「はい!」

 そんなことがあってからは皆黙々と食事を取り続ける。子供たちは勿論、柳、ディオン、村長の大人たちまで委縮してトキハの機嫌を伺いながら食事を続けていた。

 そして皆が食事を終えるとトキハが外に合図を出し、村人たちが縛り上げられた狩人、寿天を中へと運び込む。

「じゃあ、説明してもらいましょうか」

 若干の間の後、代表して村長が今日の出来事について話し始める。

 村長が自身の知る事のあらましを説明した後、部屋の中には雷が落ちる。

「どうやらぁ、あなた達には少々お説教が必要そうですねぇ」

 そんな言葉から始まった稲妻の如き怒りに満ちた説教は正論を説くようなものばかりで、偶に柳や村長が反論しようとするも笑みの奥にある瞳に睨まれると思わず黙り込んでしまう。冒険者たちは危機管理について意識を改める必要があり、今回攫われてしまったハクハクハクも単独で行動するなど以ての外とお叱りを受けている。

「他に目的があるのは分かっていましたが、私の依頼を遂行できなくなるようでは困りますよ? その辺り当然皆様にはわかって頂いていると思っていましたけどねぇ、特に三等星のお二方?」

「も、申し訳ない」

「うむ、我々の不徳の致すところである。監督すべき立場でありながらこのような失態を犯し言い訳のしようも無い」

 頭を下げる二人に少しは溜飲が下がったのか、今度は村長の方へと向き直る。

「蔵主村長、あなたもあなたですねぇ。魔物が増えてきた件に関しては私の仲介で冒険者を呼んで調査する手筈でしたねぇ。何を先走っているのですか?」

「……いや、この子が攫われたと聞き」

「ええ、わかりますよ。しかし私としては先の商売を潰されて少々ご立腹です」

「それはそうかもしれないが、一刻を争う事態で」

「あの狩人の行動に関してはあなたの身から出た錆でもありますけどね」

 村長はもはや何も言えず黙り込んでしまう。それを見てトキハは嘆息する。しばらく誰も口を開こうとしない、無言の嫌な時間が流れた。おそらくトキハは意図してそうしたのだろう、この場の皆が自省し身を縮こまらせる。

 コッ。

 ふと、外から音が聞こえた。静かな部屋に響くその音を聞きトキハが入り口の方へ向かう。ガラッ、と音を立てて戸を開くとその向こうには村人の姿。

「皆さん、準備ができましたよ」

 冒険者一行と村長はその言葉に首を傾げるばかり。トキハを見るとその顔からは先ほどまで浮かべていた青筋が消え、普段の優しい笑みを浮かべていた。

「では行きましょう。強大な魔物を倒したのですから、今日は宴ですよ」

 ぽかん、と口を開く一行。しかし外からは盛り上がっている音が聞こえる。太鼓の音が、笛の音が、他にも様々な楽器やそれだけでは足りず自らの手を打ち鳴らし、木片を滅茶苦茶に叩き、下手糞な歌を歌う。

「さあ、主役の皆が行かなければ盛り上がりませんから」

 その言葉に一人、また一人と立ち上がり歩き出す。歓声が聞こえる、人々の歓声が。昇ったばかりの太陽に届きそうなほど大きな声で英雄たちが迎えられる。


 リョウエンの枝葉が高く火を上げる中で爪長鳥が丸焼きにされているのを大勢が見守っている。塩漬けの大口鱒とたくさんの野菜や山菜が煮込まれたスープも完成間近だ。子供が犀革豆の殻を捨てているのを見て大人が勿体無いと嘆いている。

「朝も早くからこのような宴が開かれるとはな」

 ディオンが木をくり抜いた器に注がれた酒を飲みそんな言葉を零す。酒の入った小樽を抱える村人ははははと笑って減った酒をすぐに足した。

「魔物の親玉を倒したんだろ? 今日はめでたい日だからな。夜が更けるまで一日中騒ごうってもんだ」

 彼は飲め飲めと騒ぎながら空いた器を持っている者に次々と酒を注ぎに行った。ディオンは頭を掻いて苦笑いを浮かべ、手に持った酒を見やる。

「この勢いで飲んだら昼には潰れてしまうだろう」

 酒には強い方であると自覚はあるが、如何せん飲んでも飲んでもすぐに次が来てきりが無い。頭を抱えていると奥から皿に盛った肉を咥えながらロロが走って来た。

「ディオンさん、向こうのスープがそろそろできるって。行こうぜ!」

「む、そうか。そろそろ何か食べたいと思っていたところだ」

 二人は鍋の前に行くと大勢に囲まれ、身動きするのも難しく次々と器に入れられるスープを延々と食べ続けたようだ。

 瑞葉は村人が作ったという漬物に舌鼓を打っている。そしてその視線は脂の焼ける音を鳴らしている爪長鳥、そしてそれを見て涎を垂らしているハクハクハクと柳を向いていた。柳がどっちが先に一羽丸々食べられるか競争しようなどと言っていたが、見ずとも結果は明白だろう。

「嬢ちゃん、うちで漬けたのも食ってみろよ。旨いぞ」

「良いんですか? ありがとうございます」

 瑞葉の後ろには自慢の漬物を持った村人たちが列を為しているのに彼女は気付いていない。冒険者たちは思い思いにこの宴を楽しんでいるようだ。


 村長は皆から少し離れたところにある長椅子に座っている。それを見つけたトキハは無言でそちらへ向かい、目を合わせることも無く隣へ腰を下ろした。

「……ハクハクハクを連れてきたのはあなたの差し金かな?」

 村長は疑問に思っていたことを口にする。彼は色々と村の事で世話になる中でトキハのことは油断ならない人物だと認識していた。故にハクハクハクとこの村の関係、或いは彼自身の考えについてまである程度の想像がされていたのではないかと疑っている。

 しかしトキハはそれを否定する。

「私は何もしていませんよ。あの子がここの出身であることや両親がこの村の為に戦って死んだことは知っていましたけどね。偶々あの子たちがこの依頼を受けたというだけですよ」

「そうか」

「……まあ、あの子を連れて来ることであなたや他の方々からより多くの考えを聞けるだろうという企みがあったことは否定しません」

 そしてその企みは悪くない結果に終わったのだろう。村を覆う魔物の影を晴らし、寿天のような過激な考えを持つ者を炙り出した。このことはハイドウ村と都の関係を良くすることに一役買うことになるだろう。そして間を取り持つ彼女はより多くの財を稼ぐことが出来る。

「子供を利用するようなことはあまり褒められたものではないな」

「私は彼女の望みを叶える一助になろうとしたまでです。その際にこの村の人が暴走し今回のような事態に陥った。しかし私はこの結果に対していかなる責任を負う必要がありましょうか?」

「……我々ほど多くを負う必要は無いだろうな」

 二人の間に沈黙が降りる。遠くから人々の喧騒の音が聞こえる。どうやら大口鱒のスープも出来上がったようだ。

「蔵主村長殿は参加なさらないので?」

 彼は強大な魔物を倒した英雄の一人だ。人々は共に宴を楽しみたいと望んでいるだろう。

「生憎、彼らと違い老骨には堪える相手だった。昔ならばこの程度で休むことは無かっただろうが今の私には立っているのも辛いほどだ」

 最後に投げ飛ばされて立つのもやっとだったロロが既に元気にしているのに彼は若さへの羨望を感じる程に彼は肉体の老いを感じていた。そんな自身を老骨と称する者を見てトキハは大きな溜息をつく。彼女が財を成す手法がどんなものであろうと、彼女自身は善性の強い人間だ。少なくとも、村長がこの宴に参加できないことを快く思わない程度には。

「でしたら幾らか食事を取って」

 そう言って立ち上がろうとした時、彼女の目にこちらへ向かってくる影が映る。

「いえ、その必要もありませんか」

 トキハが上げかけた腰を下ろすと二人に声がかけられる。

「おーい」

 ロロの声だ。その手には深めの器が二つ。

「大口鱒のスープだって。どうにか抜け出して二人の分も取って来たぜ! めっちゃ旨いからこれ」

 そう言って二人にスープを渡すと、後ろからやって来た屈強な村人に肩を掴まれる。

「坊主、まだまだ旨いもんはいっぱいあるぞ。今日は全部食ってもらうからな。あ、お二人の分も後で届けさせますんで、ゆっくりしてください」

 そのままロロは引っ張られてどこかへ消えて行った。それを見送ると次は瑞葉が何人かの村人を連れてやってくる。

「お二人も漬物食べませんか? みんなどれが一番美味しいかで喧嘩始めちゃって」

「うちのが一番だよ!」

「わかってないなあ。うちのやつは隠し味にちょいと味噌をだな」

「馬鹿言え、ちょっと甘くするのが良いんだろうが」

 後ろで騒ぐ数人の村人に瑞葉が頭を抱える。

「こんな調子で、今みんなに食べ比べしてもらってるんです」

「そうなんですか。では折角ですから頂きましょうか」

 トキハが先に一つ手で摘まみ口に入れる。

「全く、このようなことで喧嘩とは」

 村長が呆れたようにそう言いながらも漬物に手をつけた。二人がそれぞれの漬物を食べる姿を村人たちが見守っている。瑞葉は今の内にここから逃げ出せないかと考えていたが後ろに控える人たちの圧を感じて早々に諦めることとなった。

「どれも美味しいですねえ」

「どれか、と尋ねられたならこの砲葉菜の漬物を挙げよう」

 砲葉菜を漬けた村人がやった、と声を上げる。他の者はその者を恨めしそうに睨んだ。

「好みの差はあると思いますがどれも良くできてますよ。都に持ち帰れば売り物になりそうなぐらいです。次に漬物を作る時は量を増やして都で売ってみませんか? 協力は惜しみませんよ」

 商売の話は長くなりそうだったので宴が終わってからということになった。トキハの中では既にどう程度の利益が出るかまで見積もりが終わっているのだろう。

 瑞葉たちも去った後、小さな少女が一人、手に爪長鳥の丸焼きが載った皿を二つ持ってやって来る。彼女は二人の前、より正確に言うと村長の前で黙ったまま立ち尽くしている。鳥の丸焼きに隠されて表情は見えないがきっとどんな言葉を発するべきか悩んでいるのだろう。

「ハクハクハク、宴は楽しんでいるか?」

 それを察してか村長が先に口を開いた。彼女は爪長鳥の隙間から顔を見せ村長を見た。

「えっと、ね。みんな、ちょっと、私を見て、その……、変な顔、する時あるよ。でも、鳥もいっぱい貰ったし、楽しい、です」

 そう言って穏やかな笑みを見せる。もしかすると彼女がこの村の中でそんな穏やかな表情を浮かべたのは初めての事だったのかもしれない。

「これ、その……、二人の分、だって」

 ハクハクハクが皿を二人に押し付ける。

「それ、美味しい、から。えっと、あ、あのね。私は今、その、幸せだよ。だから、そのお裾分け、です」

 村長が少し驚いたような表情でハクハクハクを見る。その視線に耐え切れなくなったのか彼女は走って逃げてしまったが。

「良かったですねえ。お裾分けですって」

「私が幸せを分け与えられるに足るような者だったとはな」

 手の中にある爪長鳥をまるで愛しい物でも見るかのように村長は見つめる。そして小さく笑った。

「しかし私には一羽丸ごとは多すぎる」

「ああ、あなたもそうなんですね……」

 宴は誰かが言ったように夜まで続いた。長く続く宴の中で丙族の少女がいることも誰の気にも止まらなくなっていく。過去を無かったことには出来ないが、過去を乗り越え新たな一歩を踏み出すことはできるのだろう。

 暗い夜にリョウエンの枝葉が火を灯す。それはこの村の未来が明るいことを暗示しているのかもしれない。

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