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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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27.冒険者と空を覆う魔物

 山河カンショウの国、ハイドウ村の奥にある森の中。空を覆う蔓が互いに絡まり合うように集い、鳥のような形を象っていく。ハクハクハクは真上に集まるそれらを震えながらただ見つめることしかできない。

「馬鹿な、なぜ奴が!」

 ハイドウ村の村長が叫んだ。彼はどうもあの魔物に心当たりがあるらしい。ロロと瑞葉はあれについての知識がないのだが、この瞬間かつてないほどの危機に晒されているということだけはしっかりと認識していた。

「あの姿、まさかツルバネか!?」

 ディオンが叫ぶ。普段の彼からは想像もできない程に焦ったような声色で上空を見上げている。

 ツルバネ、それはかなり珍しく、そして魔物の中でも特に力を持った存在だ。植物の蔓のような肉体を持ち核を中心にその蔓が集まり鳥を模した姿を取っていることが多い。冒険者へ依頼が来たとしても二等星以上の者にしか案内されない程に危険とされる。数年前に志吹の宿へも依頼が来た時は既に三等星を含む冒険者十数名が重傷を負うか命を失い、結果ザガ十一次元鳳凰が総出で向かい解決することとなった。

 その脅威の魔物が今彼らの目の前にいる。

「撤退だ!」

 ディオンが叫ぶ。

「柳でさえ対処しきれん相手だ、我々だけで挑むのは無謀だ」

 しかし相手はそう簡単に撤退を許しはしない。ツルバネの身体から複数の蔓が伸びる。それは先ほど柳を投げ飛ばした時と同様に目にもとまらぬ速度で冒険者たちに襲い来る。各々が攻撃に備え武器を抜いた瞬間、一本の矢が空へ飛んだ。一本の蔓がそれを防ごうと軌道の先へ躍り出るがそれを貫き矢は蔓でできた鳥へと突き刺さる。

「クルルルゥゥ」

 矢は確実に刺さっているが痛みは無いようで、ツルバネは低い唸り声を上げると下手人に向けて蔓を飛ばす。

「やはり核以外は効果が薄いか」

 折れた大木を背に彼女は武器を構えた。蔓は全方位から彼女に襲い掛かったが一瞬で全て断ち切られた。

「す、すげえ」

 思わずロロが呟く。

「無事だったのか……」

 村長がポツリと漏らす。柳は平然と空を見上げて口を開く。

「ちょっと痛かったな」

 ツルバネに凄まじい勢いで投げ飛ばされた感想はそれだけらしい。臨戦態勢で全身の武器をいつでも抜けるよう準備した彼女はツルバネを見据える。

「あの程度で倒せたとでも思ったか?」

 ツルバネも彼女の姿を見る。本能的に悟っているのだ、この場で最も危険なのは彼女であると。

「私の名は天柳騎の柳、お前を倒して……、二等星になろうか!」

 柳が地面を蹴り大きく跳び上がった。


 柳の姿が宙を舞う。方々に生えた木々を蹴って飛び回りツルバネへと接近していく。しかし相手もそう簡単に近付かせる気は無いようで、無数の蔓が進路を塞ぎ、束ねて鞭となり、空中で無防備な彼女を討ち取ろうとする。

「ロロ、ハークハークをここへ。今の内に撤退するぞ!」

「わかった」

 ロロがハクハクハクの下へ、ディオンはその間に逃走経路を探るがしかしそう簡単には行かない。

「む」

 下にいる者の進路を塞ぐように木々の間を蔓が這っているのが見える。どうやら逃がすつもりは無いらしい。

「あのツルバネ、人間と戦い慣れているようだ。逃げせば増援が来るとわかっているのだろう」

 その言葉を聞き村長が上空にいる魔物を睨む。

「六年前、ここにあった魔物の巣の長、それがツルバネだ」

「何?」

 六年前にこの場所で彼らが戦い、しかしどうすることもできず引き返したその魔物の姿を彼ははっきり覚えている。

「しかし奴はハクハクハクの両親が打ち倒したはず。なぜ……」

 一度消えた命が蘇ることなどありはしない。そしてハクハクハクの両親はこの場で、自らの命と引き換えにツルバネを打ち倒し周辺の平和を取り戻した。それは確かな事実だ。だとすればどういうことなのか。

「あ、あれ、たぶん、まだ子供」

 いつの間にかロロがハクハクハクを引き連れて来ており、話を聞いていたハクハクハクが上空のツルバネを指差す。

「つ、ツルバネ、もっと大きいはず。ほ、本には、蔓の一本一本、が、人の胴より、も、太いって」

 空から柳が切った蔓の一部が落ちて来る。その太さはどう見積もっても人の腕程度であろう。

「……まさかあの時のツルバネに子が?」

「えっと? そう、かも?」

 魔物の生態、特にツルバネのような稀少な者に関しては分からないことが多く、どのようにして数を増やしているのかも定かでない。ハクハクハクは実際にどうなのかはわからないが、しかし上空にいるあれが子供のようなものであるのは確かだろうと考えていた。

「ツルバネの幼体か。しかし、だからと言って危険なことには変わらんぞ」

 ディオンが空を見上げると柳が今にもツルバネに肉薄しようとしていた。しかし次の瞬間、何も無いのに突然ぶん殴られたかのように下へ飛ばされる。あっ、と皆が驚く間もなく地面への衝突と共に土や木片が周囲に散った。

「柳さん!」

 瑞葉が叫ぶが、視線の先で既に柳は両の足で立っている。どうやら上手く着地したらしい。

「簡単には近付けないか」

 柳は木々を蹴ってツルバネに近付こうとしたのだが、寸前で上から凄まじい風圧で地面に叩きつけられた。

「ふーむ、どうやらあのツルバネは風の魔法を使うらしい」

 ディオンの言葉通り、ツルバネは風の魔法を得意とする。上空にいられるのも蔓で周囲の木に掴まっているからというのもあるが、風の力のみで浮かぶことも可能かもしれない。

「柳、行けそうか?」

「問題ない」

 柳の闘志が鈍ることは無い。どのような強敵であれ彼女が武器を振るうことを止めることはないだろう。彼女は矢を番えて次々と放っていく。

「クゥルウウウゥゥ」

 ツルバネは矢が体に刺さるのを意に介することも無く、無差別に蔓を伸ばして攻撃を仕掛ける。しかし地面に伸びた蔓は柳とディオンが次々と切り裂くだけだ。

「こうやって切り続ければいつか死ぬのか?」

「きりが無かろう」

 常人には目で追うことも困難な蔓の攻撃もこの二人相手ではどうやら決定打とはなり得ないようだ。ロロや村長も自衛の為に剣を抜いていたがそちらに届きそうな気配は無い。互いに決め手を欠ける膠着状態、状況から見れば足手纏いのいないツルバネの方が若干有利なのかもしれない。

「なあ、あいつ弱点は無いのか?」

 しかしたとえ実力が足りずとも何かしら役に立つことはできるのだ。彼らがどうすべきかを常に考えていれば。ロロの問いに村長は考え込む。

「……可能性があるとすれば、火だろう。奴の身体は植物だ、落ちている蔓を見るに元は完全に植物なのだろう。多少は怯む可能性もある」

「火か」

 ロロは一瞬、自分の掌を燃やして殴りかかろうかと思ったが流石に今はそんなことをする場面じゃない自重する。

「瑞葉、ハクハクハク!」

「わかってるって」

 瑞葉が魔力を集中する。それは彼女が魔法を使う時の予備動作、徐々に狙いを付けていく。目標はツルバネの顔らしき場所。魔臓より魔力が生まれ全身を巡り、手指を通ってその指し示す方へ向かって行く。

「燃えろ!」

 そして彼女の声と共に炎がツルバネの目の前で燃え上がった。さして大きな炎ではなく、ツルバネが纏う蔓に火が点くかも少々怪しい。しかし植物の身体を持つが故の性か、炎から逃げるように蔓が蠢き惑う。

 その隙を見逃す敵はいないだろう。

 瑞葉が炎を出すのとほぼ同時に柳は槍を地面に突き刺す。そしてそのまま地面から引き抜くと同時に周囲を一回転するように切り裂いた。その速度は凄まじくロロ達の目では追い切れなかったが、彼女が振るった槍よりも遠くにある蔓までもが切断さればらばらと落ちていく。それを見届けることも無く彼女はツルバネの核に向けて最短距離で向かうべく地面を強く蹴った。

 隙を作りそこに柳の全力を乗せた攻撃、確実に致命の一撃となるだろう。彼らに見落としさえなければ、だが。

「クルルゥゥウ!」

「何っ!」

 その声は今までと違う方向から聞こえてきた。そして柳の進行方向を塞ぐように蔓が伸びる。

「もう一体いるのか!?」

「ちぃっ!」

 ツルバネに槍が届く前に蔓に捕らえられると悟った彼女は咄嗟の判断で右手で槍を投げると、もう片方の手で腰のナイフを抜く。蔓が無防備な彼女の腕や足に巻き付く、しかし柳も左手は死守しその手に持ったナイフで巻き付いた蔓を切り裂いていく。

 その間、柳の投げた槍は何本かの蔓を貫き上空のツルバネ、その核に、突き刺さる。

「クルルルルルアァァァ!」

 柳の槍は核に傷を付けられたものの致命傷には至らなかったらしい。むしろ怒りを滾らせ目の前にいる敵目掛け身体中の蔓を伸ばした。空中で身動きの制限された状態では二体分の物量を捌くのは難しいと容易に想像できた。

「ツルバネは柳を地面に降ろさぬつもりだ!」

「俺たちは何かできるか?」

 ディオンとロロは強力な遠距離攻撃の手段など持っていない。村長は魔王大戦の頃は弓の実力も名高かったが隻腕となった今では昔を懐かしむことしかできない。だがこの場には魔法を主体として戦う者が二人もいる。

「ズーハ、ハークハーク、多少荒っぽくていい、向こうから伸びる蔓を吹き飛ばせるか?」

 ディオンが指差すのは未だ木々の向こうに隠れ姿を見せぬツルバネ、そこから伸びている無数の蔓。それを一瞬でも吹き飛ばせば柳ならばどうにかするとディオンは考えたようだ。そして瑞葉は言われるまでも無くそうなるだろうと考えていたようで既に魔力を練り始めている。あわあわと動揺を見せていたハクハクハクはロロに押されてその隣に並んだ。

「ハク、私の後に続けて全力で!」

「う、うん」

 ハクハクハクが大きく深呼吸をして魔力を練り始める。

「行くよ! 風よ、螺旋を描き貫け!」

 瑞葉の手から風が螺旋状に集まり槍となって放たれる。ある程度貫通力のあるこの魔法であれば普通の植物の蔓ならば勢いのままに千切れ飛ぶだろう。しかしこの蔓は単なる植物にあらず、ツルバネという恐るべき魔物の一部だ。瑞葉の放った風の槍は最初に当たった一本の蔓をどうにか千切るとその時点で勢いが大きく削がれ、二本目は大きく揺れるだけの結果に終わる。

「風よ、螺旋を描き貫け」

 しかし本命の一撃がその後ろから迫る。一発目の風の槍とは威力も規模も大きく違うそれは、大きく揺れている蔓を無慈悲に引き千切りそのまま前進する。本来この魔法は周りへはあまり影響がないのだが離れた場所にいる柳もそこから巻き起こる風圧に身体が浮く感覚がしたという。

 ハクハクハクが放った風の槍が一瞬、二体目のツルバネから伸びていた蔓を全て断ち切った。瞬間、柳が動く。

 彼女の目の前にいるツルバネは怒りの余りにそこから伸ばされる蔓は直情的かつ直線的に柳を狙っている。その軌道は相対する彼女にとって至極読み易い。体に巻き付いた蔓を全て切った彼女は向かってくる蔓の一本を掴み、そのまま巧みに残りの蔓を躱した。

「お前は死ね」

 そしてそのままナイフを目の前のツルバネに、より正確に言えばそこに刺さっている自らの槍目掛けて投擲した。それを邪魔するものは何も無く、槍を押すようにナイフが当たる。

「どうだ?」

 柳は自由落下しながら目を凝らして自らの攻撃の結果を見届ける。ナイフが槍を押し、より深く核を傷付けた。これで終われば残りの一体に集中できる、そう思いながら。空中でツルバネは沈黙を保っている、しかしそれが落ちる気配は無い。

「終わってないか」

 柳はもう一度押し込もうと追加のナイフを投げたがそれは槍に当たる少し前で不自然に軌道を変えた。

「……風か!」

 ツルバネの周囲に近寄るのも困難なほどの気流が渦巻いている。それがナイフの軌道を逸らしたのだ。そして一本の蔓が槍に絡まるとそれを抜き取って遠くへ投げ飛ばす。同じ手段は使えなくなったらしい。

 柳が地面に降りると再び膠着状態に陥る。二体のツルバネの猛攻、しかし地面に降りた柳とディオンはそれを悉く防ぎ切る。ツルバネが二体であるのに手数があまり変わっていないように見えるのは、おそらく先ほどもそうとわからないよう攻撃に参加していたからだろう。上空のツルバネはかなりの傷を負っているはずで、冒険者たちには先ほどまでより余裕が感じられる。

「私たちが蔓を迎撃する。ハクハクハク、さっきので上のやつを倒せるか?」

「わ、わからない、けど、やってみる」

 無数の蔓が上空を覆っている。それはハクハクハクには見切れないほどの速度で向かってくる。本能的な恐怖を呼び覚まさせるものがあったが、柳が、ディオンがそれらを全て捌き切った。

「ハク、今!」

「風よ、螺旋を描き貫け」

 その威力は弱っているツルバネにとっては脅威と呼ぶに十分だろう。しかし。

「クルルゥゥウ」

 嘶きと共にハクハクハクの魔法に風の塊がぶつけられる。風同士のぶつかり合いは互いの勢いを周囲に霧散させ、ツルバネに届いたのはもはや威力の残らない風だけだ。ハクハクハクは思わず苦虫を噛み潰したような顔で己の実力不足を嘆くが。

「ハク、これ使って」

 瑞葉が落ちていた木片を渡す。そもそも風の槍はハクハクハクの持つ最高の魔法という訳ではない。寧ろ彼女が暴走して周囲を傷付けないようにする為の比較的弱い魔法だ。

「射出の方が貫通力があるから、こっちなら多分当たる」

 物体に魔力を込めて風で撃ち出す射出の魔法、こちらの方がより一点に威力を集約できる。

「あ、ありがとう」

 ハクハクハクが木片に魔力を込める。この一撃で勝負を決める、そう意気込む皆だったが。

「何だあの蔓」

 ロロがふと呟く。その視線の先は上空を伸びる蔓に向けられていた。その蔓はなぜかロロたちの方へ向かって来ず彼らを通り過ぎてどこか遠くへ。ロロの呟きを耳にし柳やディオンもその不自然さには気付いたがその目的は分からない。

「なあ、蔓はどこまで伸びるんだ?」

 その問いに村長は六年前のことを思い出す。撤退する仲間に伸びて来る蔓、しかしある程度離れると蔓は追って来なくなった。

「かなり遠方に伸びるがどこまでも伸ばせるわけでもない。もう一体のツルバネがどこへいるかはわからないが、どのみちここからそう離れたところまでは伸びないはずだ」

 どうやらこの付近に目的があるのは間違いないようだが、それに心当たりがある者はいなかった。

 一行はツルバネの強襲を受けて忘れていたことが一つある。彼らがなぜこんな場所に来なければならなかったのかということを。ツルバネは目の前の冒険者たちに危険を感じ策を練る中でそのことに気付いたのだ。それは。

「なっ! うおおぉぁ!」

 遠くから聞こえる叫び声。

「寿天の声だ!」

 それはハクハクハクを連れ去った狩人のもの。彼は後方からツルバネと戦う彼らの様子を観察していた。そして隙あらば手柄を横取りしようと考えていたのだが、背後から這い寄る蔓の存在に気付かず捕らえられる。

「放せええぇえぇぇぇぇl」

「奥に引き込まれて行くぞ!」

 ご丁寧に上空の見えやすい所を通り過ぎ森の奥へと引き込まれる狩人。おそらくツルバネの力ならば投げ飛ばしたり首を絞め殺すことも可能だったのだろうが、生かしたままだ。

「人質のつもりか?」

 助けに来させて陣形の崩れたところを一人一人倒していくつもりのようだ。六年前、小さな体ながらも人と魔物の争いを見ていたのだろう、人間が仲間を見捨てることはできないと知っているのだ。

「……見捨てたいところだが」

 柳はここに来るまでにあの狩人が行ったことを知っている。それを思えば見捨てたところで心は痛まないのだが。

「しかし冒険者としては見捨てるわけにもいかないか」

 彼らは悪事を働いた者と事を構えることもあるが、基本的には相手を殺すのではなく捕縛する為だ。裁きを与えるのは彼らの役目ではない。

「ディオン、私は奥へ行く。頼むぞ」

「うむ、仕方あるまい。こちらは任せよ」

 柳が走り出す。それを見たツルバネは一番の脅威たり得る彼女に向けて全ての蔓を放った。彼女は自らに向かい来る蔓を見つめどこからか刀を取り出し、そして振るう。

 一瞬、時が止まったかのように思えた。柳の周囲の蔓が動きを止めた錯覚、それは一瞬にして彼女の刀の届く範囲を明らかに超えて遠くから切られたからだ。地面に蔓の残骸が落ちていく中を柳が走る。

「どうやったんだ今の」

「ローロ、話は後だ。来るぞ!」

 柳が森の奥へ消え去ると当然残った者に牙が向けられる。森の奥のツルバネは柳の相手で忙しいようだが、上空のツルバネは既に残った者たちに狙いを定めていた。

「ハク、撃って!」

 しかしここまでの騒ぎの間にハクハクハクは既に魔法の準備を終えていた。

「疾風よ、我が剣を仇の元へ放て」

 放たれた一撃、ツルバネは先と同じように風の魔法で迎撃を試みるが。ハクハクハクの魔力で強化された木片に風の塊がぶつかる、しかし鋭く一点に集中した力をそれだけで挫くことはできない。

「行けっ!」

 ロロの声に呼応するようにツルバネの核を目掛けて一直線に木片が飛んで行く。そしてその切っ先が、核を傷付けることはなかった。

「クルルルルルルルゥ!」

 今までで一番大きな嘶きと共にツルバネの周りを風が渦巻く。それだけ強大な風を巻き起こすの柳の攻撃で核を傷付けられている現状では危険を伴う行為だったが、結果として木片の軌道を逸らすことに成功したのだ。

「外したか。ハークハークまだ行けるか!?」

「もう準備してます」

 ハクハクハクの魔力にはまだ余裕がある。ツルバネが命を省みない無茶をしていることにディオンは気付いており、このまま何度も撃ち続ければ風を起こせなくなる時が、核に当たる時がいずれ来ると勘付いた。このまま何度も撃ち続けられれば、だが。

「奴が降りて来るぞ!」

 村長が叫ぶ。ツルバネが徐々に高度を下げて来ていた。しかしだからと言って操れる蔓の数が増えるわけでは無い。そして手負いの攻撃程度ならディオン一人でも捌き切れるものだ。

「近付いて来るなら俺の剣でも当たるかな?」

 ロロが何気なく呟く。ツルバネの強さとは、自らは上空に身を置き一方的に蔓で攻撃を仕掛けられる所にある。本体が機敏に動くことは無く弓や魔法で狙うことは可能だが、蔓で身を守ったり風の魔法で攻撃を逸らすことが出来るので核に攻撃を当てることは至難の業と言えるだろう。そのツルバネが自ら地上に降りることにどんな利点があると言うのか。身体強化が得意な者なら暴風の中でも核を目掛けて攻撃することも可能なのだから。

「……っ! ハークハーク、避けろ!」

 木片に魔力を込めている最中、無防備な彼女に向けて風の塊が降って来る。瑞葉の目の前で地表が炸裂したかのように弾け飛んだ。彼女は呆然と立ち尽くす。

 ツルバネは自身の近くにしか風を起こすことが出来ない。ハクハクハクを脅威とみなし攻撃を仕掛けられる前に仕留めようと敢えて地上に近付いてきたのだ。

「ハク!」

「大丈夫!」

 ロロの声が響く。ディオンの声を聞いたロロは咄嗟にハクハクハクを突き飛ばしていた。そして本人もぎりぎり直撃を免れていたようだ。

「まだ来るぞ!」

 地表が音を立てて次々と炸裂する。ロロは起き上がったばかりのハクハクハクを抱えて走り出し、ディオンは瑞葉を機械馬に乗せて駆け出す。

「行けっ!」

 村長は自身の剣に魔力を込めて投げたが、核に近付いた所で周囲から現れた無数の蔓がそれを絡め取る。そのまま剣は圧し折らればらばらとなった。

「駄目だ! 私の攻撃ではあの蔓は突破できん!」

 どうやらツルバネは蔓で攻撃し風で防御という普段の戦い方を捨て、風で攻撃し蔓を防御に使う策に出たようだ。そしてそれは思いの外有効に機能している。

「ディオンさんならあれを突破出来ないんですか?」

「可能だ、と言いたいが難しい。奴は攻撃を誘っているのだ」

「つまり?」

「あのばらばらになった剣のようになるということだ」

 実際の所、ディオンは全力で突撃すればあの蔓を突破しこちらに致命の一撃が入る前に核を破壊することも可能だろうと思っている。ただししくじれば自分だけでなく他の者たちが危険に晒される、故にこれはあくまで最後の手段だ。

 風が地面を叩き土砂が舞う。予兆が見えづらい風の魔法を避け切るのは難しい。体力に余裕がある今は何とかなっているが、ロロや村長はいずれ限界が来るだろう。

「とりあえず風を止めねば」

「やってみます」

 機械馬に乗っている瑞葉は多少落ち着いて魔力を練る余裕がある。そうは言っても揺れが酷く、荒れ狂う風の中だ、繊細な魔力制御が必要なことは普通出来ないのだが。瑞葉がツルバネをその指で指し示す。

「燃えろ」

 ツルバネの本体付近の蔓が燃え始める。

「クルルルルゥウゥ!」

 その炎は大きなものではなかったが、ツルバネはけたたましい声と共に自身の周囲に風を渦巻かせる。風の勢いは凄まじく小さな炎はあっという間にかき消されてしまう。

「消された……」

「いや、今のは良いぞ。攻撃が減った」

 炎を消す際、ツルバネは自身の命を削られるのを感じていた。急激な魔力の使用は魔臓を痛めるのと同様に、魔物にとっても負担がかなり大きいものらしい。結果、攻撃の手は緩まり一行には多少の余裕が生まれる。

「このまま持久戦に持ち込みますか?」

「う、む。可能ならばそうしたい」

「奴は賢いぞ」

 いつの間にか隣にいた村長が二人に話しかける。

「こちらも策を考えるべきだ」

 その言葉の直後、上空に風の気配を感じ互いに別方向へと避ける。村長の言葉は軽く考えるべきではない。ディオンと瑞葉はそう感じていたが、だからと言ってそう簡単に何か策を思い付くわけでも無い。ツルバネの起こす風と隙を見せれば襲い来るであろう蔓は落ち着いた時間を与えてはくれない。

「……とりあえず、炎を何度も撃ちます」

「うむ、頼む」

 とにかく消耗させるのだ。どれだけ強敵であろうと限界は必ずある。そうすれば勝利が近付くのだから。

「はあ、俺も、炎飛ばせれば、はあ、良かったんだけどなあ」

 ロロがハクハクハクを背負って走りながら呟く。体力には自信があったが先ほどから神経を研ぎ澄ませ風を読みながら走り続け、いつの間にか肩で息をしている。五等星でありながらここまで耐えていることには称賛を送るべきだが、限界が近いのは間違いない。ディオンはそろそろ賭けに出る時間かもしれないと焦りを感じていた。

 そんな時にふと、ハクハクハクが呟く。

「……リョウエンの葉っぱ」

「ん? ハクハクハク、何か言ったか?」

「リョウエンの葉っぱなら、大きな火が付く、かも」

 ハイドウ村で育った者なら誰でも知っている。夜になればリョウエンから採れた油に火が灯され、狩人は森で焚火の火種に葉をかき集め、子供たちは暗い夜にぱっ、と燃え上がるリョウエンの葉で遊んでいた。そしてその木がこの付近にも生えている。

 そして彼女の言葉はロロ以外にも聞こえていた。

「あの枝を落とせ!」

 村長が上を指差す。瑞葉は即座にその先にある枝に狙いを定め風を起こした。人の背ほどもあり緑の葉が生い茂る枝が、落ちる。

 次の瞬間、その場にいる全員が動いた。最初に動いたのはツルバネ。冒険者たちの動きに何か仕掛けてくると勘付いたのだろう、その策が成る前に勝負を決めようと風も蔓も何もかも無作為に地面に叩き付け始める。それを見たディオンは自分に狙いを集中させようと敢えてツルバネに向かい機械馬を走らせ、その背にしがみ付いている瑞葉は次に備えて魔力を練る。

 落ちて来る枝に目を向けているのは村長、ロロ、ハクハクハクの三人だ。位置的には村長が最も近く彼はいち早くそれを手にする為に真下へ走る。ロロとハクハクハクもそちらへ向かおうとしたが風と蔓が邪魔をして思うようにはいかない。

 ツルバネはディオンが向かって来ているのに気付くと、他の三人を無視して激しい攻撃を仕掛ける。直上に風の動きを感じ機械馬が横に跳ぶと、直後地面が弾ける。横薙ぎに襲う蔓を上に跳んで避け、正面から突き刺さんばかりの勢いで伸びる蔓をランスでいなす。瑞葉は目を閉じて集中していたが周囲から聞こえる轟音に死んだかも、と何度思ったかわからない。

 そんな最中、村長が枝が降って来るのを待っている。自由落下に身を任せるそれは待つだけの彼らにとって実にもどかしくなる速度だ。周囲への攻撃が止まったことでハクハクハクはロロの背を降り再び木片に魔力を込め始める。

 ツルバネはディオンへ狙いを定めていたが、その視線は他の者の動きを見逃してはいない。村長の動きも、ハクハクハクの動きも、ロロの動きもその目で見ていた。その上で知性ある魔物は対処すべき相手とその手段を考えている。

「クルルウウウウウゥァア!」

 嘶きと共にツルバネの周囲を近寄るのも困難なほどの気流が覆った。危険を感じディオンも機械馬を後ろへ走らせるほどの威力だ。そしてその一瞬を利用し、蔓を他の三人に向かわせた。

「しまった!」

 ディオンは即座に手近なところを通る蔓を切り落とすが全ては防ぎ切れない。ロロはハクハクハクを守るべく彼女の方を振り向く。

「……大丈、夫」

 しかし彼女の口がそう動いたのを見て別方向へと走る。ハクハクハクは蔓の衝撃に備え木片を捨てて自らの身体を強化し始める。無数の蔓が彼女に巻き付いて行く。

 村長は自身に迫る無数の蔓を見て即座に逃げるべきだと本能的に感じた。しかし彼はそれよりもやるべきことがあると信じていた。そして彼は最初に向かってきた蔓を足場にして高く跳ぶ。当然他の蔓は彼を追うように方向を変えたが、それよりも早くリョウエンの枝を手に取った。

「頼んだぞ!」

 村長がそう叫ぶと共に枝がツルバネに向けて投げられ、直後、村長の姿は蔓に捕らえられ見えなくなった。

 リョウエンの枝は宙を舞い、そのままツルバネの近くへと向かう。瑞葉はハクハクハクと村長が犠牲となったのを見ていたが、不思議と動揺は無かった。或いは、そうなったからこそより強い決意を胸に集中しているのかもしれない。

 瑞葉がその指をツルバネとリョウエンの枝を結ぶ線に向ける。

「燃えろ」

 その一連の動作をツルバネはこれまでに二度見ていた。そして三度目の今、何が起こるのかは既に見切られていた。

「クルルルゥ!」

「あっ!」

 瑞葉が魔力を燃やす直前、強い風がツルバネを覆った。それはこれから点くであろう火を即座に消す為のものだったのだが、同時にリョウエンの枝を風で飛ばし冒険者たちの目論見を外すことに成功したのである。

 ディオンがこれまでと覚悟を決めて全身に魔力を滾らせる。

「ロロ!」

 ツルバネにとって少しすばしこいだけで大した脅威にならない者、ディオン達にとって蔓を自力で避けられるのであまり心配はいらない者。互いに意識から外れていた者が、ツルバネの近くへと走っていた。

「俺は炎を飛ばせないけどさ」

 彼は高く跳んでリョウエンの枝を掴んだ。ツルバネは風での迎撃を試みたが、これまでに何度も無理を重ねた結果、ロロを吹き飛ばすほどの風が即座には出ない。そして蔓が彼を捕らえられるかどうかだが、既に関係ない。

「炎を出すだけならできるぜ」

 ロロの手から炎が出る。それはリョウエンの枝葉に引火し人の背よりも高く大きく燃え上がった。燃えた枝をロロが核に向けて投げるとツルバネがけたたましく鳴き喚く。その直後、一本の蔓がロロを投げ飛ばすが炎が消える様子は無い。

「ズーハ、少し降りてくれ」

 ハクハクハクと村長を拘束していた蔓が緩んでいる。ツルバネは炎の対処に手一杯で他に手が回っていないのだ。瑞葉はディオンの言葉に従い機械馬を降りた。ディオンは兜の向こうでこの場にいる全員の奮闘に笑みを見せる。直後、鎧騎士の姿が消える。

 ディオンは複雑なことが出来る手合いではない。機械馬の操縦技術と巨大なランスを操る膂力や技術は誰もが目を見張るが、それだけだ。それでも彼が三等星の中で実力者として名が知れているのは至極単純な理由で、彼の本気の一撃を止められる者などいないというだけだ。

 ツルバネから距離を取ったディオンは加速、加速、加速、加速。人馬一体となったその動きを見切ることなど出来はしない。

 一陣の風が突き抜ける。

「……クルゥ、ル、ゥ」

 核を貫かれたツルバネが力無い鳴き声と共に地上に落ちていく。ディオンがその遥か向こうからその様を見届ける。

 ズウゥン。

 核を中心に形成されていた蔓の鳥が地面を揺らす。瑞葉とディオンはそれを見て村長とハクハクハクの下へ向かった。幸い、二人共蔓の隙間から手足を出そうともがいているのが見える。投げ飛ばされて木にぶつかっていたロロも剣を支えにしながらなんとか立ち上がった。

「ははっ、俺たちの勝ちだ」

 空を覆っていた蔓が消え、日の光が彼らを照らした。

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