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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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25.冒険者の帰郷





 ショウリュウの都、郊外の農場。ロロは家の中で朝食を摂っている。

「まあそれで何だっけ? えっと……、あ、ハイドウ村だ。そこに行って来るんだ。たぶん帰るまで十日ぐらいだと思う」

 目の前にいる彼の父、ナバスは目の前にあるぼそぼそとしたパンをちぎって食べている。話を聞いていないように思えるかもしれないが彼が食卓で話すロロの言葉を聞き逃したことは無い。

「まあ感謝祭までには帰れるよ。今年も忙しいんだろ?」

「……お前が心配することじゃない。お前はもう冒険者だろう」

「いいっていいって。俺は確かに冒険者になったけど父さんの息子なのは変わらないからな。毎年やってるし今更やらない方がなんか変だろ」

「そうか。無理はするなよ」

「前に一緒に依頼に行ったディオンさんが言ってたんだ。冒険者は自分の体調の面倒もきちんと見ないといけないって。だから無理はしないし大丈夫だよ」

 だから大丈夫ということは無いのだが、少なくとも意識はしているということなのだろう。ナバスは単に父親としてもロロのことを知る一人の人間としても若干の心配はあったが、その分しっかりと見てやればいいだけだと心配をどこかへ置き去りにする。依頼に行っている間は見ることが出来ないが彼にはいつも頼れる幼馴染が付いている。帰ってきた時にゆっくり休めるようにするのが親の務めなのだろう、と彼は一人思うのだった。


 瑞葉が家を出た時、まだ外にロロの姿は見えないようだった。今日は母に何か言われることもなく滑り出しは上々だと彼女は思う。

「ハイドウ村、ハクの故郷か……」

 瑞葉は今から向かう目的地のことを考えていた。先日ハクハクハクから話を聞き丙族を疎んでいる者が多くいることを知っている。依頼主の商人であるトキハと話をし、どこにあってどんな村なのか多少の話は聞いている。

「なんだかもう不安だ……」

 共に行くロロ、ハクハクハク、柳、ディオンの四人。彼ら全員がハイドウ村へ行くべきだと主張するものだから彼女は言えなかったことがある。

「絶対面倒なことになるのわかってるのに……」

 今回依頼に行く者の中で丙族はハクハクハクだけだ。彼女は普段丙族の特徴たる部分を極力隠しておりあまり丙族であると気付かれることは少ない。しかし今回は違う。彼女のことを知っている者が大勢いるはずなのだ。彼女に気付いた時に村人の態度がどうなるか、それはわからない。

「憂鬱だ……」

 そんなことに思い悩み彼女は大きく溜息をつく。尤も、そんなことを言っている彼女も決して行くのを止めようとしているわけではない。ハクハクハクは彼女自身の望みを叶える為にハイドウ村へ行かねばならない、そしてその想いに対して瑞葉が協力したいと考えていることは間違いない。つまり彼女が憂鬱なのは村人とハクハクハクの間を上手く取り持てるかどうか不安だから、ということなのだろう。

 そしてそれに考えが及んだ時、瑞葉はふと思う。

「……私、ハクのこと大事なんだな」

 それ自体は当然のことのように思えた。彼女にとってハクハクハクは共に冒険者として活動する仲間であり、少し気弱で内気だが善良な少女であり、信頼し尊敬できる友人だ。

「まあ、そりゃそうだよね。……私は別に丙族だからって何も無いし」

 彼女は信頼し尊敬する友人のことを家族に、より正確に言えば母親に、話すことはできなかった。彼女の母は大切な人を魔王の残党である丙族に殺された。瑞葉は周囲の噂話から血の繋がった父親、そういう人が丙族に殺されたことを知識として知っている。しかしそれだけなのだ。彼女にとっては顔も知らない人に過ぎない。しかし母のことを思えば丙族の話題など家ではすべきではないし、可能ならば丙族との付き合いなど絶った方が良い。

「……ハクは良い子なんだよ、お母さん」

 母とハクハクハクが同じ食卓を囲んで話をしている姿を彼女は思い浮かべていた。それが叶わぬ妄想だということはわかっていたが。

 ロロが家から出て来たのを見ると彼女はそれまでの妄想を止める。そして二人は集合場所へと向かうのだった。


 ショウリュウの都、東門。ベンチに座るハクハクハクの前を多くの人が通り過ぎて行く。身なりからして彼女が冒険者であることを想像するのは難しくない。都に来た観光客は冒険者が待ち合わせをしているのだろうかと思い、外へ向かう冒険者は同業者の幸運を祈りつつ自らの依頼へ向かう。人々の目に彼女の姿は小さな冒険者としてしか映っていないのだろう。

 ハクハクハクがこの場に来たのはもう一時間も前になる。いつも必要以上に早く集合場所に向かう彼女であっても今日ほど早い日はなかった。故郷であるハイドウ村へ向かうということで必要以上に気が急いていることをベンチに座りながら彼女は自覚していた。

「……あそこじゃ、こんな風に座っていられなかったな」

 ぽつり、と呟く。ハイドウ村へいた頃、外でこんな風に座っていようものなら今頃は石をぶつけられ血を流しながら逃げ隠れしている頃だろう。丙族であることがわからないよう隠しているとはいえ、ここでは誰もが彼女のことをベンチに座っている冒険者としてしか見ないのだ。彼女が被っているフードを取ったところで偶に軽蔑するような視線を向けられることが増えるくらいのものだ。近くに衛兵もいる、決して直接的に何かする者など現れはしない。

 ショウリュウの都で丙族が直接的な差別を受けることはまずない。それは単にここではそれが禁止されているからというのが最も大きな理由だ。その行為を見咎められたなら自警団の世話になって罰金を支払うか牢屋に入れられることになるだろう。未だに丙族に対し憎しみや複雑な感情を抱く者は多いが刑罰を受けてまでその感情を表に出す者は少ない。

 また丙自治会の存在も大きい。彼らは丙族同士で助け合い支え合う集団でありながら、丙族が関わったいざこざを仲裁することも多い。そしてその際に彼らは決して丙族を贔屓にはしない。ゴウゴウの言葉を借りると、丙族が理由も無く貶められることはあってはならないが丙族を理由もなく持ち上げることもあってはならない、ということらしい。理も無しに持ち上げたところで元から丙族に差別感情を持つ人は勿論、そうでない者にまで反感を覚えさせる結果しかもたらさない。幸いこの都では法が不要な差別から守ってくれる、丙族とそれ以外の人とで判断を変えるような真似はしてならないということなのだろう。そしてそんな彼らの行動は徐々にではあるが丙族への偏見を変えつつあると言える。

 ハクハクハクはそんな場所でもう何年も暮らしている。彼女の知識と経験はここを安全な場所だと認識している。しかし彼女は未だ目の前を通り過ぎる人々に対する恐怖心を消すことはできなかった。理由は簡単だ。故郷での暮らしも最初からひどかったわけじゃない。彼女は悲しいことにそのことを覚えているのだから。


 集合時間が近付くにつれて続々と集まって来る冒険者たち。ロロと瑞葉がハクハクハクを見つけて手を振り、柳とディオンがベンチで雑談をしている三人に声をかける。そして依頼主のトキハも背角獣が曳く馬車と共にやって来る。

「皆さん、今日はよろしくお願いします」

 トキハが冒険者一行に深々と頭を下げて挨拶する。彼女は三十代の若さでそれなりに成功している商人と言えるだろう。多くの顧客を持ち、その誰もから信頼され、多額の富を得ている。一方で彼女のやり方を真似しようとする者は多くない。理由は至極単純、面倒だからだ。

「一応、改めて説明しておきますね。ハイドウ村へは道が切り開かれているのでその道を行きます。ただあまり整備はされていないはずなので少々面倒が多いです」

「倒木や岩とかの邪魔なものがあればどければいいんですよね?」

「はい。私の背角獣の馬車では村に着くまで三日ほどかかりますので途中の山小屋に泊まることになります。ここもあまり利用者はいないはずなので掃除などはしなければなりませんね」

「そのぐらい任せてくれよ」

「頼もしい限りです。ハイドウ村付近は獣や魔物が現れることもままあります。私は残念ながらあまり戦うことはできませんので」

「それこそ私たちの専門分野だ。任せてもらおう」

「心強いお言葉です。では皆さん、準備がお済みのようでしたら出発しましょう」

 一行が門を出る。ハイドウ村への旅の始まりだ。


 ハイドウ村への大まかな道筋はこうなる。まずショウリュウの都東門を出て川沿いを真っ直ぐ。しばらくすると南方への分かれ道があるのでそこを曲がる。後はひたすらその道を歩き続けるだけだ。ろくに整備されず草に覆われていたり、成長した木々が道の邪魔をしていたりしてもその道を歩き続ける。山中に入り倒木が邪魔をしていても、どこから転がって来たかわからない岩があってもその道を歩き続ける。獣が出ようが魔物が出ようが歩き続ける。そうすればいずれハイドウ村が見えて来るだろう。

「中々険しい旅路だったぜ」

 ロロがそう呟いたのは遠くに木の杭で作られた柵とその向こうに幾つかの建物が見えたからだろう。まさしくあれがハイドウ村である。三日ほどの旅に思いを馳せるロロをディオンが兜の奥から優しい目で見つめる。

「うーむ、確かにこの旅路で中々多くのことを経験できたものだ。見えなくなった道を切り開き、道を塞ぐ倒木をどかす。途中の山小屋で機械の故障でコンロの火が点かなかったのも良い思い出だ。ズーハの炎の魔法は私よりも上手くできていたぞ。何より牙獣の群れと遭遇した時のことだ。三人共落ち着いて対処できていた。成長が感じられる一幕だったな!」

 ディオンが三人を褒めるのも無理からぬことだ。彼が共に依頼へ行った時の三人はまだまだ経験も浅く、手探りでやっていることが多かった。しかしあれから幾つかの依頼を受けた。時に不測の事態が起こることもあり、そこから多くのことを学んできたのだ。三人共元々実力の評価は高く経験さえ積めば、と言われていたが徐々にその経験が埋まりつつあるのが見て取れる。

「皆さんのお力添えには感謝しかありません。ハイドウ村へ着けば落ち着いた時間も取れますのでしっかり休んでくださいね」

 トキハが微笑みと共に皆に感謝の意を示す。しかしながら彼らに休む時間はない。今回は為すべきことがあるのだ。


 ハイドウ村へ入るとハクハクハクはいつも以上に深くフードを被った。それは過去の記憶から来る防衛本能だろう。ロロと瑞葉はそんな彼女を見て無言で左右に立ち周囲からの視線を遮るような形をとった。そして一行は馬車を一旦村の食糧庫の辺りに停めると村長の下へ挨拶に向かう。

 トキハが戸を叩くと中から壮齢の男性が顔を出した。背は高く髪が少し白んだ隻腕の男、ハクハクハクはその男に見覚えがある。記憶にある姿よりは少し老けて見えたが見間違えなどしない。

「トキハ様と、……お連れの冒険者様ですね。よくお越しくださいました。どうぞ中へお入りください」

「村長さん、ありがとうございます。皆さん入りましょうか」

 彼こそはこのハイドウ村の村長。ハクハクハクがこの村を去る前からずっとその役割を全うしている。彼は大木から切り出した机のある応接室に皆を案内すると自らお茶を用意して配る。最後にハクハクハクの前にお茶を置くと、じっと彼女の顔を見つめる。

「あ、ど、うも」

「……失礼。冒険者の方が多くて賑やかだなと思いつい見つめてしまいました。今日は五等星の方にもお越し頂いたのですね」

「ええ、未来の一等星もこうした一歩から生まれますから」

「そうですね。いずれは頼もしい冒険者になるのを期待しています」

 社交辞令のような挨拶を済ませるとトキハと村長は本題に入る。つまりは商談だ。トキハがここへ持ってきた多くの商品の代金は既に支払われている。今度はあの馬車に何を積むか、だ。当然ではあるがトキハは商人で慈善事業をやっているわけではない。金儲けをしているのだ。

「奥地の森で良い魔力を含んだものが――」

「相場より高くありませんか? その値段ならばおそらく――」

「我々にも生活があります。ただでさえ魔物が増え――」

 商談は折よくまとまっていく。元々ハイドウ村は特産と呼べるほどの物は無く、このような事態の時に支払いに苦しんでいたのだが今回は面白いものが見つかったようだ。魔力を含んだ木々でそれらはショウリュウの都で悪くない値段で取引されている。主に加工して冒険者などがお守りにしているのを見かけるだろう。身に付けると雀の涙ほどではあるがそこに籠った魔力分だけ普段より調子が良くなるとか。

「俺らも買うか?」

「……帰ってから考えましょ」

 瑞葉はあまり信用していないようで興味津々なロロを窘めていた。


 ハイドウ村を彼らが離れるのは四日後のことだ。荷物を降ろし新たに積むだけならば明日にも出発できる。しかし敢えて村に滞在するのはトキハが曲げずにいる商売のやり方だ。彼女は商売でここのような僻地の村々へ行くわけだが、その際に必ずそこに住む人々から様々な話を聞き、暮らしを体験し、交流を深める。それは彼女が信頼を得る為の手段であり、一方で人々の暮らしを彼女に依存させるやり口でもある。

 以前に別の村でこんなことがあった。

「おはようございます。精が出ますね」

「ん、ああ。確か昨日来た商人だよな? 向かいのばあさんがいい薬を貰ったって喜んでたよ。何してるんだ?」

「村を見て回ってるんです。またここには来るつもりですから何か困り事があればお力になれればと思って」

「困り事ねえ。まあなんと言ってもこれだな、見てくれこの丸葱」

「まあ、なんだか皮が黒く」

「ああ、おかげで商品にならねえ。ここ何年か出来が悪かったんだが今年はみんなこんなだ。今年こそはって気合入れてたのによ」

「そういえば畑作りに関しての書物が馬車に積んであるんです。何か参考になるかもしれません。ちょっと取ってきますね」

「あ……。行っちまった。金なんてねえのに」

「ありましたよ。丸葱に関しても少し記載があります。え、お金? いいですよ。皆さんお困りなんでしょう? 私は皆さんの困り事を解決したいんです! ほら、ここ、見てください」

「……へえ、肥料はやり過ぎても良くないのか。去年もあまり良くなくて今年こそはと肥料をたっぷりやったんだが、それが良くなかったのか?」

「そうかもしれませんね、きっと次はよい丸葱ができますよ。この本は著名な学者様が書かれていて都でも評判が良いんですから。ここに置いて行きますからぜひ皆さんのお役に立ててください」

 その村人は内心トキハの言葉を社交辞令のようなものだと笑っていた。本に関してもただで置いて行くようなものだと大して信用してもいなかった。しかし事実としてここ数年作物の出来は悪く何かしら変えて行かないといけないことは理解していた。それに都で評判だという本がどんなものか興味もあった。そして一年後。

「よお、商人さん! 久しぶりだな」

「お久しぶりです。何だか景気がいいですね」

「あんたのおかげだ! 見てくれこの丸葱!」

「これは……。すごいですね! とっても丸くてとても美味しそうですよ」

「あんたが置いて行った本のおかげだ。あの通りにやったら作物の出来が良くなってな。みんな今年は豊作だって喜んでるぜ」

「本当ですか? それはとても、喜ばしいことです」

「みんなあんたにお礼したがってるんだぜ。……ところでな、この丸葱は都で売れねえか?」

「え……? そうですね。見た目もいいですし、大きさもほど良くていいと思いますよ。丸葱はきちんと保管すれば長持ちしますしね」

「そりゃよかった。この丸葱はあんたのおかげで採れたんだ。干して乾かしたのがあるからよ、それを貰ってほしくてな」

「え、それは嬉しいですけど……。そんなことをしたらあなたたちの食べる分が」

「なーに、今年は豊作で村の食料は余裕があるんだ。ちょっとぐらい持ってって貰っても平気だって」

「……そうですか? ……そうですね。お礼を拒むのも失礼ですね。せっかくの御厚意です、ありがたく頂戴します」

 そうして彼女は村から幾らかの食料を都に持ち帰った。実際の所、この時に彼女が稼いだ額はそう多くは無い。ただで貰った作物は儲かったが量はたかが知れている。それに貧しい村ではあまり物が売れない。どうしても生活に必要な薬や食料は売れるが儲かる嗜好品や値段の張る工作機械などは売れなかった。しかし村の状況が変われば事情も変わっていく。豊作で余裕が生まれた村ではより良い暮らしを求め機械の導入が囁かれ始める。相談相手として選ばれたのは機械の仕入れも可能で村人からの信頼もあるトキハだ。機械が導入され金銭に余剰が生まれ始めた村は更に良い暮らしを求め始める。専門書、新しい機械、嗜好品、等等々、どれも村人が相談するのは信頼の置ける商人、トキハだ。

 彼女は小さな村に富を与えその富を自らの利益とする。都の商人は彼女のやり方を面倒だと真似しようとしない。ただ賢しい者は気付いている。彼女のやり方は面倒なのではなく再現が難しいのだと。僻地の村に商人が突然行ったところで信用などされない。村民の心の隙間に入り込むのは決して容易くは無い。村民が自ら稼ぎを得るよう仕向けるのも簡単ではない。最新の専門書を置いたところでそれだけで誰もが成功するわけではない。しかし彼女は幾つもの村を発展させそこから多くの利益を得ている。背筋が凍るような手腕だと賢しきものは口の端を歪めながら苦々しく笑うのだ。

 トキハはこれからも多くの村々を発展させそこから利益を貪るだろう。その姿を俯瞰して見ればまるで彼らを支配し手足のように操っているようにさえ見える。しかし彼女が非難されようもないのは、誰も不幸にはなっていないからだろう。彼女は自身が儲けることに余念は無いが、一方で確かな善性を持って多くの村を発展させているのだから。

 そんな彼女は今回もハイドウ村に滞在し人々と話し、時に悩みを相談されその解決策を商人のやり方で提案するだろう。そしてその際に彼女は人を伴うのを嫌う。それは自身が誠心誠意村人たちと向き合う為であるが、一方で村人たちの信頼を彼女が独占する為のやり方でもあった。故に共に来た冒険者一行は数日暇を持て余すだろう。

「こうなるから私たちには時間があるわけだ。明日からの三日間は完全に自由時間でその間に目的を達してしまおうというわけだな」

 柳が部屋の中央で腰に手を当て胸を張っている。場所は冒険者一行にと案内された宿泊場所。広い部屋だが生憎一室しかなく五人全員が荷物をそれぞれ置いて若干窮屈さを感じさせる。尤も、その原因の多くは過剰とも思える程多い柳の武器とディオンが連れている機械馬のせいであろうが。ともかくそんな場所で彼女はここに来た依頼以外の目的、つまりハクハクハクの両親についてどう調べるかについて話し始めていた。

「ハクハクハク、君の両親だが、最後に見たのはいつのことだったか」

「あ、えと、大体、ろ、六年前?」

「十歳の時って言ってたね。だからそのぐらいで合ってると思うよ」

「少し時間が経ってるな。とりあえず村人に聞き込みをしないと始まらないが、当時のことを覚えているだろうか」

 ハクハクハクの両親がどこへ行ったのか、知っているとすれば当時ここに住んでいた村人だ。聞き込みをしない理由は無く、どう探すのか考えた者は当然その想定をしていただろう。しかし瑞葉には少々懸念があった。

「聞き込みって大丈夫なんですか? その……」

 瑞葉はハクハクハクの方を見て言い辛そうに言葉を濁す。ただ続きを話さなければ話が進まないのも事実なので襟を摘みながら軽く深呼吸をした。

「へ、い族がその、嫌われてる村ですよね。だからその、丙族について聞き込みをするのって、なんだか……、その、危ないんじゃないかな、って」

 それに対して言葉を発する者はいない。それは瑞葉が白い眼を向けられているわけではなく、単に皆が口には出さずとも内心考えていたことだからだ。

「うーむ、まあ、間違いなくいい気はされんだろうな」

 ディオンが兜の奥で難しい顔をしながら同意する。元々石を投げる程に嫌っていた丙族たちの話を誰が好き好んでしたがると言うのだ。この村に住んでいる丙族に聞くというのも不可能だ。なにせハクハクハクの一家が村に残った最後の丙族であったのだから。

「でも聞かないとどうにもならないだろ。何があったか俺たちわからないんだから」

 これはロロの言う通りだ。たとえ白い目で見られようがまず話を聞かねば何の情報も得られるはずがない。

「……まあ、ね。そうなんだけどさ」

 瑞葉の視線が一瞬ハクハクハクに向けられた。彼女がこんな風に心配しているのは単にハクハクハクがいるからだ。丙族の話を聞いたことを不快に思われるだけなら構わない、実際のところ瑞葉は少々辛いものがあると感じているが、それは構わないこととする。しかしそこにハクハクハクがいると話が変わってくる。もしこの村にいた丙族に相手が気付いた時、その態度はどうなるだろうか。そしてそれはハクハクハクに辛い思いをさせる結果になるのではないか。そのことが心配なのだ。

「わ、私、みんなに、聞くよ」

 ハクハクハクが声を上げる。

「その……、こ、怖いのはそうだけど。ど、どうしても、知りたい、から」

 彼女は決して頭が悪いわけではない。村人に自分のことが気付かれた時に良い態度を取られないことなどわかっている。得られるのが望んだ答えではなくただの罵詈雑言かもしれないとわかっている。それでも知りたい、だからここに来たのだ。

 彼女の覚悟は既に決まっている。それは彼女の瞳を見た誰もが理解できた。

「あー、ごめん。余計なお世話だった、ね」

「ううん、その、心配ね、してるんだって、その、わかってるから」

 瑞葉は思わず顔を背ける。心の内がばれていると余計に恥ずかしいじゃないかと心中で毒づいていた。

「聞き込みは手分けして行おう。そうだな、村長の家を境に東西に分かれてやるとしようか」

「じゃあどう分ける? くじ引きか?」

「ならそれで行こう」

 厳正なる抽選の結果、ロロとハクハクハクと柳、瑞葉とディオンに分かれて聞き込みを行うことに。今日は既に暗くなってきているので本格的に始めるのは明日からだ。

 さして贅沢とは言えない夕食を取り終えると一行は宿の外にいた。魔力灯がほとんどなく暗い村は人に本能的な不安を呼び起こさせるかもしれない。

「ここは明かりがあんまりないんだな」

 宿の表には街灯がある、しかしその周囲にある灯りはそれだけだ。後は建物の中の灯りから光が僅かに漏れているぐらいだろう。

「私がね、ここにいた時は、その、まだ、こんなのもなかった、よ」

 ハクハクハクが子供の頃、村の灯りと言えば炎であった。夜の家の中で揺らめく蝋燭の火、焚火で獣の肉を焼いている狩人、油が多いリョウエンの葉を燃やして遊ぶ子供。それらを遠くから見つめるだけだった記憶が蘇る。

「じゃあハクがいた頃より発展してるんだね」

 瑞葉の言葉に記憶の旅に出ていたハクハクハクが我に返る。

「六年だろう? ここを離れてから」

 柳の言葉にハクハクハクが頷く。

「それだけの時間があれば町も変わるさ。男子三日会わざればというが六年もあれば都であっても大きく変わるだろう」

 ハクハクハクは改めて周囲を見やる。街灯に照らされて仄かに映る建物の影。それらは彼女の記憶にある物とは随分と違って見える。そこらから切り出した木で作られた家々はその外装を都から仕入れた建材で覆われ、道は土臭く時折草が生えてきていたのが一部舗装され、遠くには星明りに照らされた煙突が見える。

「……ハイドウ村、なんだよね」

 ハクハクハクの口から思わずそんな呟きが漏れる。変わってしまったことを寂しく思っているのか、それとも残された面影に懐かしさを感じているのか。それはわからない。


 翌朝から一行は二手に分かれ聞き込みを開始する。ロロとハクハクハクそして柳は村の東方面へ歩き出していた。

 ロロは日差しの中で見る村の様子を物珍し気に見ている。

「やっぱり都とは全然違うなあ」

 ロロは生まれた時からショウリュウの都で日々を過ごしている。都の中を歩いていて壁に穴が空いている家や軒先の柱が今にも折れそうな家など見たことは無い。塗装もされず錆びた釘が飛び出たのを危ないからか先だけ曲げているところも見える。しかしそれでいて中途半端に外装を覆っていたり急に都で見るような家が現れたりするのは少し面白く感じるものがあった。

「あの、ね。私がいたの、あんな感じ、の、家なの」

 ハクハクハクが指差した先には全て木で作られ、柱の表面がぼろぼろに風化しているような家だ。ロロの目には今にも崩れてしまうんじゃないかという風に見えた。

「そういえば元々住んでいたのはどの辺りなんだ?」

「え、っと……、向こうの門、の近く、かな」

 過去のハイドウ村では丙族は村の入り口近くの家に住むという決まりがあった。理由は簡単で、魔物などが現れた時にすぐに対応できるように。或いは最初に犠牲になるのが彼らになるように、か。

「ならそっちに向かいながら誰かいたら話聞こうぜ。……お、丁度家から出て来たな」

 家から出て来たのは間違いなく普通の人だ。サイズの緩い半袖の服を着ていて、その見える部位に丙族の特徴は見当たらない。おそらく彼は起きてから日光浴をするのが日課なのだろう、眠そうに目を擦りながら箒を片手に家の前に置いた小さな椅子に腰かけていた。

「おはようございまーす!」

 ロロの声に男は三人の方を向いた。その視線がハクハクハクの方を向いた時、三人に緊張が走る。ハクハクハクは深く被ったフード、袖を隠すようなパーカーを身に付けているが、この暑い夏に体の露出を避けた格好をするのは彼女ぐらいだ。彼女があっさりと過去にここに住んでいたのだとばれるようなら、流石に一旦戻って話し合いの場を持たねばならない。

「あー? あ、商人さんのお連れさん?」

 しかし男は気付いた様子は無く一般的な対応だ。丙族と気付く様子もない。ロロはそのまま勢いで話を聞いてしまおうと口を開く。

「そうそう。俺は冒険者のロロ! それで、ちょっと聞きたいことがあって……」

 そしてそこまで言ったところで言葉に詰まる。勢いで行動したことのツケというべきか、どんな風に話を聞けばいいのか何も考えていなかったのだ。突然黙り込むロロを不審げに男は見ている。そしてロロは、すすす、と横を向いて柳に目で合図をした。柳は頬を引き攣らせたが。

「全く、ちゃんと聞きたいことぐらい頭の中で整理しておくんだぞ」

 窘めるようにそう言って話を引き継ぐ。

「以前にこの村から来たという者と少し話す機会があったんだが、その時にここに魔物退治をしているという人がいると聞いてな。とても強いと聞いて一度会って話をしてみたいと思っていたんだ」

「ああ、まあ確かにあんたどう見ても魔物退治が生業って感じだよな」

 男の視線は柳が身に付けている大量の武器に向けられている。彼はおそらく魔物との戦いを専門とする者同士色々と聞きたいことがあるのだろうと考えているだろう。

 そんな中ロロは柳の言葉を聞いて素直にすごい、と感心していた。ロロは昨夜の話し合いから直接丙族がどうのと話を聞くのは難しいとわかっていたが、ではどう話を聞くべきかについては考えていなかった。それで今言葉に詰まったわけでこれ自体は準備不足を窘められるのも無理からぬ話。対して柳は急に振られた会話にも関わらず特に窮することなく余裕を持った対応をしていた。冒険者としての経験値の差が如実に表れている。

「そうだな……、うちの村で魔物退治なら何と言っても村長だ。昔は魔王大戦に召集されたこともあるとかで今でも狩りや魔物退治の手ほどきは村長がやってる。前に村長が模擬戦をやってるのを見たんだが若いやつらが三人がかりであっさり転がされてたな」

「村長かあ、ここに来た時に挨拶に行ったよ。確かに強そうだった。でも彼は片腕が無かったな」

「ああ、俺が小さい頃からもう無かったんだよ。それこそ魔王大戦の時にな」

「なるほど。しかし私が聞いた話じゃそんなことは言ってなかったんだ。腕が無いなんてそんな目立つことを話さないことは無いだろう? 何と言ってたか……。ああ、そう確か魔法が得意だと言っていた記憶がある。まあ随分前に聞いた話だから記憶も定かじゃないが……」

 言うまでもないが柳の話は全て嘘だ。ただ初対面の相手がそれを知るすべなどない。ただ彼女はそれとなく魔物退治を担っていた丙族の強者の話になるように誘導しているだけだ。

「魔法が、かあ……」

 そして相手はその誘導にかかったようだ。頻りに周囲を気にし始め声も自然と小さくなっている。

「……これはさ、あんまり大きい声で話せないんだけど。この村って、昔はさ丙族に守ってもらってたんだ。……まあ、みんないなくなっちゃったんだけどな」

 そこから彼が話し始めたのはこの村の歴史。その大部分はハクハクハクが話したものと同一だった。違うのは視点、だろうか。

「まあその、丙族のことをさ、みんなって言うか、大人が嫌ってるのはわかってたんだ。ただ子供の俺にとっては魔物を倒したり獣を狩って美味しい肉を取って来てくれる人って感じで別にそんなに気にしてなかったんだよ。でも今の村長になってから、ちょっとさ、その、みんなぴりぴりし出して」

 今の村長になったのは彼が十の頃の話。多少の分別が付く年齢であった彼は村の雰囲気が大きく変わったことを恐ろしく感じていたという。

「それからはどんどんその、丙族のみんなに対して当たりが強くなっていって、それでみんな出て行って。結構長く残ってた人もいたんだけど……」

 その先は言わずともわかるだろう、と言いたいのか男は黙り込む。いや、或いは別の理由があるのかもしれない。男が固く握り締めた手を見ているとそう思えて来る。

「……そうか、悪かったな。変なことを聞いて」

「いえ。……丙族で一番最後まで残っていたのは小さな子供を連れた家族だったんだ」

 三人の表情が変わる。それは彼女らが聞きたかった話だ。何より、ハクハクハクが。

「本当に強い人たちで」

「二人はどうなったの!?」

 それはハクハクハクがどうしても聞きたかったことだ。さっきまで後ろに隠れていたのに突然二人を押し退けて声を上げる。その豹変ぶりに男が驚くと同時に、その目がある一点、前に出た際にめくれ上がった彼女のフードの中に注がれる。ロロと柳は隠そうとしていたがもう遅かった。

「丙、族?」

「ねえ! あの二人は……、おとがむふ」

「ごめんねえ、ちょっとこの子興奮しちゃって」

「あー、丙族なの隠してて悪いな。ちょっとほら、まああれじゃん?」

 柳が手でハクハクハクの口を覆い、ロロが下手なりになんとか誤魔化そうとしているがもう遅い。

「あ、え、その顔……、それに声も」

 男は既に気付いてしまったのだから。

「ハクハクハク?」

 尋ねられたハクハクハクは何も言わなかった。しかし彼女の顔に、声に、そして今交差する眼差しに、男は覚えがあった。故に彼の顔は恐れ、怯え、青褪める。

「……あ、う。……っ」

 男の手から箒が落ちる。

「あ!」

 そして男は走り出した。わき目も振らず一目散に逃げ出すように。

「おい、行っちゃうぜ、追いかけるか?」

 ロロが走り去る背中を指差し尋ねるが、柳は首を横に振った。

「やめておこう。これ以上刺激するのは良くない、お互いにね」

 彼女はハクハクハクの口を覆っていた手を離す。それと同時にハクハクハクは男を追いかける為に走り出す、はずだったが柳に手を掴まれロロに道を塞がれた。

「一旦戻ろう」

「でも、あの人知ってるかも」

「ハクハクハク、一旦落ち着こうぜ。今行ってもたぶん話してくれないぞ」

 ロロの言う通りだ。何なら三人の姿を見るだけで逃げ出してしまうだろう。なぜ逃げ出したのかは彼らにはわからないが、逃げ出すだけの何かがあることは確かなのだから。


 昼食時、宿には五人の冒険者が集まっている。彼らの目の前には山のような量の食事。

「冒険者の皆さんはよく食べるんですねえ」

 宿の主人は間延びした口調で感心しながらそれらを運ぶ。冒険者たちは苦笑いを浮かべるばかりだ。主人が最後の皿を運び終わると柳が心づけを手渡したのは目の前の皿の数に圧倒されたからもあるだろう。

「……こんなに食べるのか?」

「そりゃあいっぱい食べて力を付けないとだろ」

「あんたこの三分の一も食べれないでしょ」

「柳よ、ハークハークを侮るでない。あの小さな体にはエンコウチュウを飼っているのだ」

 エンコウチュウと言えば鼠と蚯蚓を巨大化させて合わせたような奇怪な魔物であるが、かなり大食いで土を食み地面を穴だらけにしてしまう。

「この小さな体に、ねえ」

 柳は過去にエンコウチュウを何度か討伐している。その巨大な体は目の前にするとまるで山のように感じることもあるほどだ。大して目の前にいる少女はその歳よりも幼く見える。どうにも上手く結び付かないらしい。

「いいから食べようぜ」

「そうだな、食べよう」

 後に柳はまるでこの世のものとは思えなかった、エンコウチュウどころじゃないと呟いていたという。

 食事の最中、各々聞き込みの成果を話し始める。

「ふーむ、なるほど。早速知っている者を見つけていたのか」

「でもちょっと聞きだすのは難しいかもね」

「まあ他の人にも聞いてみようぜ。あの人が覚えてたんだし他の人も何か覚えてるだろ」

「こっちはまあ、成果はそれなりって感じね。色々聞けたわ」

 瑞葉、ディオン組は直接的に聞くのは難しいと感じていた為、村の歴史から話を広げて行ったようだ。数人から話を聞きそれぞれの話をうまく組み合わせると中々面白い話が見えてくる。

「えっと、村長が今の代になってからの話なんですけど。どうも近くに魔物の巣が見つかったみたいなんです」

「魔物の巣?」

「はい。複数の魔物が森に巣を作って数を増やしていたとか。それでこの村付近に来る魔物も増えていたみたいです」

「じゃあ俺たちの出番か?」

「その巣はもう無いよ……。えっと、まあ村長も対策の為に村の人たちを鍛えて魔物の数を少しずつ減らしていったみたいですよ。数年かかったみたいですけど」

 数年というとこの村は相当に長い間、魔物の危機に晒されていたということだろう。

「依頼は出さなかったのか?」

 小さな村で自衛の手段が少なかったり明らかに手が余る魔物が現れた場合、都などにある大きな冒険者の拠点に依頼を発注することが国より推奨されている。有り体に言ってしまえば国では面倒が見切れないから冒険者に依頼しろ、ということだ。しかし幾らかの補助金が出るので安く依頼ができ迅速な解決が図られる為に多くの村は国の言う通りにしている。しかしハイドウ村ではそうしなかった。

「うーむ、それに関しては、その通りだと言うほかあるまい。どうも村長はあまり依頼を出すことに乗り気でなかったらしい。想像でしかないが、おそらく自らの実績を求めていたのではないだろうか」

 二人が聞いた話では村長は内心かなり丙族のことを敵視していたらしい。表に出すことは無かったが明らかに態度が違ったのだと言う。それで丙族を追い出す口実というか、この村に丙族が必要ないということの証明として、魔物を自らの力で殲滅しようとしていたのだ。

「話では彼らは魔物の巣の位置を突き止めたらしい」

「じゃあ後は巣をどうにかするだけじゃん」

「いつの間にか終わっていたと言っていた」

 村人の誰も実際に巣を壊した時のことは話はしなかった。いや、話さないと言うのは正確でない。彼らはその時のことを知らないだけなのだ。そのことを知った柳は口元に手を当てて何事か考えながら口を開いた。

「それは確かに気になるな」

「何でだ? もう何年も前なんだし覚えてないだけじゃ?」

 ロロは純粋に不思議そうに尋ねる。柳はなんてことないように答えた。

「冒険者に依頼せずに自分たちの力で魔物の巣を破壊しようとした。これが実績を作る為かどうかはわからないが、どうであれ巣を破壊したと大々的に公表しない理由は?」

「……そっか、確かになんか変だな」

 ロロもようやく話しに追い付いて来たと見える。それを確認した瑞葉はこほん、と咳ばらいを一つした。

「まだ話には続きがあって」

 もう一つ、まだ二人はとある事実を話していない。それは彼らにとってとても重要な情報。

「魔物が減ったのとハクハクハクがこの村を去ったのがどうも同じ時期らしいんですよ」

「……へえ、それは」

 柳の中にある憶測が生まれたがこの場でそれ以上の追及はしなかった。それは単に憶測の域を出ないからと言うのもあるし、すぐ傍にハクハクハクがいるからでもある。

「出来れば村長にも話を聞いてみたいところだけど……、まあ一番話が聞きづらい相手だからなあ」

「たぶんあの人が一番丙族を嫌ってますよね」

 村から丙族を追い出そうとした張本人、そして自分たちはあくまで一時的にこの村に身を置かせてもらっているに過ぎない。それにトキハの迷惑にならぬようある程度の自重は必要だろう。

「なあなあ、その魔物の巣ってどの辺りにあったんだ? 時間があったら見てみたいな」

 ロロが尋ねる。突然そんなことを聞いたのは、それまで色々考えていたのが行き詰ったのを感じたからだろう。ロロは巣、と呼べるほど魔物が集まっている場所に行ったことは無く、純粋に興味が沸いたらしい。

「魔物の巣の場所なんて知らないわよ。知ってるとしても村長とか、あと一緒に魔物退治をしていた人じゃない?」

「あー、それもそっか。聞き込みしてる中でいたら話聞いてみるかな」

 ロロはのんきでいいな、瑞葉は一人そう思う。実のところ既に瑞葉、柳、ディオンの三人はハクハクハクの両親がどうなったのかについて仮説を持っている。そしてその仮説が事実だとすればこれ以上過去を探るのは止めるべきではないかと考えもしている。ただ彼らはわかっている、真実がどうであれそれを知るべきかどうかを決められるのは一人だけだ。

「ハク、大丈夫? さっきからずっと何か考えてるみたいだけど」

「ぅえ、あ……」

 ハクハクハクの元に視線が集まる。彼女は先ほどまでの会話に参加せず、ずっと俯いて何事かを考えているように見えた。傍から見れば話を聞いているのかもわからないぐらいだ。

「あ、あの、大丈夫、だよ」

「本当に? その、何て言うか、無理はしないでね? ……うん」

 ハクハクハクは瑞葉が気を遣っているとわかっている。だからこそ彼女の口からは。

「……ありがとう、瑞葉ちゃん。でも、その、私、は……。二人がどうなったか、知りたいの」

 そんな言葉が出て来るのだ。ここにいる皆は、少なくともロロと瑞葉は、何かあっても自分を支えてくれる。そう信じられるから。


 午後からの聞き込み、何人かに話は聞けたが収穫は無かった。それは意図的にこちらから踏み込み過ぎるのを避けているからと言うのもあるが、それ以上に一部の村人の口が重いからだ。

「なあ、村長と一緒に魔物退治しているって人が一人もいないんだけどどうなってるんだ?」

 ロロがむすっ、とした顔で言った。魔物の巣について話が聞けなかったのが余程不満らしい。しかし柳は飲んでいたお茶を置くとロロにとっては衝撃の言葉を発した。

「いや、いたよ。三人ぐらい」

「えっ!? いや、でもそんなことやってるって人いなかっただろ? なあハクハクハク」

「え、あ……」

 ハクハクハクが視線を逸らす。それを見てロロも理解する。

「い、いたのか……。どうして教えてくれないんだよ」

「三人共何も話してくれなかったからね」

「んー? ……あ、もしかして話しかけたけど用があるってどっか行った人たち?」

「そういうこと」

 村人の全員が快く話をしてくれるわけではない。午前中に彼らが話を聞き回っているのは既に一部の村人に知れ渡っており、彼らの姿を見て家の中に隠れる者も実はいたほどだ。そしてその多くは村の狩人である。

「この村じゃ獣や魔物退治をする人を狩人って呼んでるらしいですけど、その人たちは何も話してくれませんね」

「まあ、わかりやすく何か話したくないことがあるんだろうね」

「昔に嫌なことでもあったのかなあ」

 ロロは不思議そうにしている。瑞葉はその様子に呆れると共にハクハクハクの方を見た。既に村人の一人にハクハクハクがいることがばれている。そしておそらくその話は既に村の中で共有されているだろう。特に、村長に、そして村長と一緒に魔物退治をしているという狩人に。話したくないことがハクハクハクに関連しているのは確実じゃないだろうか。つまり、嫌な仮説。

 ハクハクハクの両親は村長や狩人によって魔物の巣を破壊するための犠牲になったのでは?


 夜、ハクハクハクが宿の外で夜風に当たっている。彼女は気付いていない。物陰から彼女を見つめる瞳があることを。





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