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21.冒険者の彷徨える未来

 ショウリュウの都、イザクラ考古学団ショウリュウの都支部前。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人がその建物を見上げている。それは一般的な木造建築や煉瓦を主にしたものでなく、金属の分厚い板を組み合わせ作り上げられた異質な物体だ。

「すごい見た目だよな」

 ロロが思わずそう呟く。表面の掃除を怠ったせいか金属特有の輝きを失ったそれは建造物というよりは単なる巨大な塊にしか見えない。目立つことには目立つのだが観光資源というよりは単に腫れ物扱いになる見た目だ。実際、三人も今日この日まで訪れたことが無かったのはそういった側面があるからだろう。

「ちょっと入り辛いけど日時はあってるはずだし行こうか」

 瑞葉が手元に持った紙を見てそう言った。その紙には遺跡探索体験会についてと書かれている。イザクラ考古学団主催で遺跡探索に行ったことが無い物を主な対象として体験会が開かれる旨が記されている。お題目として冒険者の依頼として数の多い遺跡探索についての知識の授与、遺跡から得られるものへの知識を深めることなどが書かれているが、最大の目的は考古学に興味を持ってもらう切っ掛け作りだろう。

 三人は入り口として切り取った場所に無理矢理はめ込んだような木製の引き戸を開けて中へ入っていく。中の壁も金属製なのは圧巻の一言だ。床は滑るからか全面に絨毯が敷かれている。目的の部屋はこの突き当りらしく三人はそこを歩いて行くのだが。

「な、なんだか、暑い、ね」

「そうだな」

「うん」

 ハクハクハクの呟きに二人が思わず同意の声を上げる。時期は夏、外も歩いていると汗が出るような季節なのだが、ここの室内の熱気は更に上だ。おそらく金属に覆われたこの場所は籠った熱気が逃げる場所が無いのだろう。

 汗と熱気の不快感に包まれながら三人は目的の部屋の前。代表してロロが引き戸を開くと中から涼しい風が吹いて来た。入り口のほど近くに立っていた者が彼らの方を見る。

「よく来てくれたね。どうぞ、中へ入って好きな所へ座るといい」

 声をかけたのは先日志吹の宿で少し話をしたイザクラ考古学団の九岳だ。どうやら今日の説明会は彼が担当するようで教壇の前でこの後使う資料を整理している。中には既に数人の冒険者がおり、思い思いに寛いでいるのが見える。そんな風に中の様子を見て立ち止まっている三人に部屋の入口近くの席に座る男が苛立たし気に口を開いた。

「早くドア閉めろ。熱気が入ってくるだろ」

「あ、はい」

 その言葉を聞いて瑞葉がすぐにドアを閉める。この部屋は先ほどまで歩いて来た廊下が嘘かと思えるほどに涼しい。そのような快適な環境が奪われるとなれば少し気が立つのも理解できるだろう。三人は席に着くと小声で話し始める。

「なあ、何でこの部屋こんな涼しいんだ?」

「さあ? でもドアは開けてたら駄目みたい」

「あの、そこから風が、出てる」

 ハクハクハクの指差した先、壁の上方には見慣れない四角い箱がある。その箱の下方前面には横に大きく開いた口があり、そこから涼しい風が出ているようだ。

「何だろう、あれ」

「あれはエアコンって言うんだ」

 それは三人が見たことも聞いたことも無い物で疑問符を並べることしかできずにいたが、それを聞いていたらしい前に座っている冒険者が答えをくれる。

「何でも魔力を込めておけば涼しい風を自動で出してくれるらしい。最近出来た物らしいぞ。元々構想はあったらしいんだが今までは魔力を自動で涼しい風に変換するのが難しかったんだとか。それが最近発掘された遺物の解析で方法論が確立されたんだと」

「へえー、じゃあこれからは夏も涼しく過ごせるのか」

 ロロは昔から農場での手伝いを通じて夏の熱気には多少慣れているが、暑いものは暑い。魔法が得意な者は水を凍らせたり、周囲の気温を下げるという器用なことが出来るのだが限られた極一部の話である。手に入るのであれば是非とも欲しい逸品であるが。

「残念ながら庶民に手の届く値段じゃないぞ」

 冒険者が口にした金額はとてもロロたちに手の届く値段ではない。この支部にあるのもあくまでイザクラ考古学団が遺物の解析に大きく貢献したからこそで、彼らもわざわざその値段を払ってまで買おうとはしないだろう。

「そんなするのか、あれ……」

「まだ数があまり無いらしいからな。いずれは量産されるかもしれないがまだ先は長そうだぜ」

「そっかあ、残念だな」

 親切な冒険者はその後も遺物に関しての蘊蓄を幾つか披露する。街灯などに使われる魔力灯は遺物の研究が進むにつれて世代が変わり今は第五世代であるとか、イザクラの都ではよく出土する遺物が露店で売られているが偽物も多いので注意した方がいいとか、今研究中の遺物で注目されているのは怪我を治す遺物であるとか。三人は今まで聞いたことのない話に興味津々で次に戸を開く者が現れるまでずっとその話を聞いていた。

 説明会開始直前、戸を開けて一人の少女が部屋の中へ入る。その姿に三人は見覚えがあった。彼女は三人に、とりわけその中のハクハクハクに気付き、入り口付近で思わず固まる。

「おーい、サキサキサ。こっち来いよ」

 ロロの呼び掛けでサキサキサは我に返り戸を閉めて若干躊躇いがちながらもロロたちの方へ、彼女のことを横目でちらちらと見ているハクハクハクの横を通り過ぎ彼らの後ろに座った。ここに用意されているのは三人掛けの席で奥からロロ、瑞葉、ハクハクハクの順に座っており、サキサキサが座ったのはロロの後ろだ。単に奥から詰めただけか、或いは意図しての事かはわからないがハクハクハクと距離を取る位置になっている。

 サキサキサが席についてしばらくは気まずい沈黙が流れていた。彼女は時折ちらりとハクハクハクの方を見てはすぐに俯いてしまうし、ハクハクハクも頻りに彼女の方を振り返って見てはすぐに視線を逸らす。互いに何か言いたいことがあるのは目に見えているにも関わらず、どちらも話そうとはしないのだ。ロロと瑞葉はその様子に溜息をつかずにはいられないだろう。

「ハクはサキさん先輩のこと知ってるんだよね? 実は私たちこの前にたまたま会ってね、この遺跡探索の体験会に誘ってくれたのもサキさん先輩なんだよ」

 瑞葉は少しでも話しやすい空気を作ろうとそんな風に言ってみるが、ハクハクハクはそうなんだ、と小さく呟くだけだった。瑞葉はこれは中々大変そうだと心中で気を引き締めるのだが、残念ながら話は一旦中断せざるを得ない。

「さて、そろそろ時間だ。始めるとしようか」

 瑞葉は余計なことを考えるのを止め、九岳の声に集中し始める。


 この説明会に集まったのは十人ほどだ。九岳としてはもっと大勢が集まることを想像していたらしい。後に、イザクラ考古学団の面々はこれだけ集まれば上等であると言ったようだが。多めに余った資料に唇を噛むのを止めて九岳が説明を始める。

「さて、この場で皆に学んでもらいたいのは、考古学の意義と遺跡探索とは実際どのような工程を経て行われるのかという話だ」

 考古学の目的は多岐に渡る。単純に歴史を解明すること、過去の技術を現代に復活させること、文明の滅んだ原因を突き止め同じ轍を踏まぬようにすることなどだ。その細かな説明を瑞葉やサキサキサのような真面目な冒険者は貰った資料にまとめて行く。ロロとハクハクハクは残念ながらそこまでのやる気は無さそうで、うんうんと何度も頷きながら九岳の話を聞いている。

「このように考古学と一息に言ってもその目的は様々であることが分かっただろう。今回我々が皆に体験会として連れて行く遺跡探索も立派な考古学の一部だ」

 遺跡、と名付けられたそれらはどれも違う中身をしている。例えば人が居住していた跡があったり、広い空間に椅子がぽつん、と置かれていたり、或いはガラスで作られた巨大な水槽が中央にそびえていたりなどだ。今回行くのは既に一度探索が終わった場所であり多くの遺物は持ち出された後となっている。遺物について調べるには膨大な知識と専用の器具、更に安全の為に広くて周囲が頑丈な壁に覆われた施設が必要とされている。以前に徒に遺物を遺跡内で使用した結果、巨大な爆発で遺跡が崩壊、十数人の死者が出たこともあった。幸いというか残念ながらというか、今回行われる体験会ではほとんどの遺物が持ち出されている為そのようなことは起こり得ないだろう。

「遺跡に入ってからは我々の指示に必ず従ってもらう。それができない場合は申し訳ないが遺跡の外でしばらく眠っていてもらうことになるだろう」

「……しばらく気絶してもらうってこと?」

 瑞葉の呟きに答える者はいなかったが、その解釈に間違いはない。九岳は監督者として皆の安全を守る義務があると考えている。遺跡にはどのような危険が潜んでいるかはわからない、それが一度調べた場所だとしてもだ。皆の安全を脅かす存在を放置しておけるほど九岳は不真面目でなく、そしてそのような相手に口頭の注意だけで済ませるほど温和でもない。何より研究者としてふざけて遺跡を破壊されでもしたらたまらないと言うのが彼の本音であろうが。

 それから遺跡探索がどのような手順で行われるか、そして探索中の注意事項などが一通り説明された。長丁場であったがこれを終えれば今日の話はもう終わったも同然である。九岳はそこで一息つくとその場の全員の顔と冒険者バッジを見る。

「十人、か。一度で行くには多いな。半分ずつで二度に分けて行くのがいいか」

 そう呟きながら手元の資料、これはイザクラ考古学団の先々一月分の予定表だが、これを見ながら頭の中で予定を組み込んでいく。

「この中に五日後から十日後までに予定のある者はいるか?」

 それに対し反応を見せる者はいない。

「別に何もないよな?」

「まあ、私ら農場の仕事は手伝わなくていいって言われてるし。ハクは?」

「え、あ。わ、私も、大丈夫」

「先輩は?」

「うぇっ? あ、な、だ、何もないよ」

「だよなあ」

 冒険者というのは自ら依頼を受けることで初めて仕事を得る為に時間的に自由が利く仕事だ。ここにいる者はもれなく冒険者であり、当然先の予定などない者ばかりらしい。

「そうか。十人を一度に連れて行くのは監督が難しいので二度に分けて遺跡へ向かいたい。そこでそこにいる五等星の四人は都合が良いので全員が一緒に来てくれるとありがたいのだが」

 今回の遺跡探索は一応、危険度のある依頼に分類される。故に五等星は三人以上いなければ行くことが出来ない。五等星が四人しかいない為、必然四人が同じ日の方が都合が良いと言うわけだ。ちなみに三等星以上の冒険者に関しては同行する予定の九岳がそれに当てはまるので問題は無い。

 そんな九岳の提案にロロは握り拳を作って答える。

「もちろんだ、なあ?」

 ロロが振り返った先でまず瑞葉が背筋を伸ばし視線を真っ直ぐ向けて答える。

「ええ、その方が私たちも助かります」

 こっちの二人が乗り気なのに対して、躊躇いがちに互いの様子を覗っているのがハクハクハクとサキサキサだ。二人共互いをちらちら見ながら口を開きかけては閉じると言うのを繰り返している。

「なあ?」

 その様子を見るのに飽きたのかロロが圧をかけるように再び言った。その様子を見て二人は観念したようにそれぞれに口を開く。

「は、はい、大丈夫……、だ、だよ?」

「もちろん、だよ。その為に二人を誘ったんだしね」

 どちらも歯切れ悪い様子だったが九岳はそこには追求せず人員の振り分けを始める。と言ってもロロたちのいる日は五人中四人が埋まったのであと一人を誰にするかというだけのことだが。

 その後の話し合いの結果、五日後に一度目、八日後に二度目の遺跡探索が行われることが決定した。ロロたち四人は一度目の方で行くことになる。遺跡はショウリュウの都から程近い所にあり、日帰りで行われることになっている。瑞葉はいくら近いとはいえ日帰りでは遺跡について調べる時間が不十分にならないか心配していたが、九岳は心配はいらないと言うだけでその話は終わらされる。

 それから補足説明や質問の時間が過ぎて、開始から二時間近くが経った。

「……これ以上の質問は無いようだな。ではこれで説明会を終了としよう。そこの五人は五日後に、他の者は八日後に再び会えるのを楽しみにしている」

 九岳のその言葉で説明会は締められる。するとそこにいた者は思い思いに席を立ち戸を開け、忘れていた外の熱気に思わず後ずさりしていた。


 ロロ、瑞葉、ハクハクハク、そしてサキサキサの四人がイザクラの支部を出る。

「さっきまであんな涼しい場所にいたのに外は暑いな」

 日差しは強く四人を照らす。直射日光の下では流石に暑さを感じずにはいられない。

「何か食べに行こうぜ。一昨日に食べたかき氷とかいいんじゃないか?」

 かき氷はショウリュウの都でここ数年流行っている食べ物で、始めこそ単に氷を砕いただけと言われていたが今では氷の冷たさとシロップの味で夏場の定番となっている。ロロと瑞葉は先に言った通り一昨日にも野菜を運ぶついでに近くの店で食べたばかりだ。

 瑞葉はロロの提案に少し考える素振りを見せる。彼女の視線は後ろにいるサキサキサに、もっと言えば彼女が隠そうとしない額の丙の字に向いていた。

「……いや、それより確か滝の近くの屋台に美味しいかき氷があるって聞いたからそっちにしましょう」

「へー、そんなのがあるのか? 評判がいいならそっちにするか」

 昇竜の滝は観光地だ。近くには幾つもの屋台が立ち並び、当然この時期にはかき氷の屋台もある。そこで評判になっている屋台があるのは事実で、何でも氷の冷やし方が特別らしい。瑞葉はその噂を聞いたことがあるからこそこんな提案をしたのだが、もう一つ思惑がある。彼女は先日の母との会話を思い返していた。

 夕食の席でその日にあったことを話していた時、サキサキサという丙族の名を出した時の母の表情を瑞葉はよく覚えている。漠然とした名状しがたい不安と恐怖、おそらくそんなものがあったのだと瑞葉は思っている。彼女はそんな思いを母にさせたくなどなかった。故に丙族と関わっていることは隠さねばならなかった。

 街中のかき氷屋は野菜を卸している店の近くだ。もしも店主が農場に直接来ることがあったりすれば丙族と一緒にかき氷を食べていたということがばれてしまうかもしれない。無論、それを言えば街中を一緒に歩いていたと言うだけでも問題なのだが、少しでも可能性を減らせるならばそれに越したことは無かった。

 ロロと瑞葉が滝の方面へ歩き出す。しかしハクハクハクとサキサキサは後ろでまごまごとして中々歩き出そうとしない。ロロがふと後ろを振り返ると既に家三軒分は離れていた。

「早くいこーぜ二人共」

 そう言われても二人は顔を見合わせてしばらく立ち止まっていた。そんな面々を置いて行かんばかりにずんずん先に進む二人。前を行く二人と隣にいるサキサキサの顔の間で視線を彷徨わせ逡巡するハクハクハク。不安か、恐怖か、或いは自らの臆病さか、以前までの彼女ならばそれらに負けて何もできなかったかもしれない。しかし今の彼女は以前よりもそれらと戦える強さを持っている。

「う、うぇ、あ。あの……。行こっ! ね? あ、あぅ、その……、嫌でなければ」

 それが態度に現れるかは別であるが。しかしサキサキサはそんな彼女の誘いに照れたように口を尖らせる。そして彼女の言葉に自らを恥じるように額を掻いた。

「ハクちゃんがそう言ってくれるなら……、もちろん行くよ」

 こうして四人はかき氷の屋台へ向かう。未だハクハクハクとサキサキサの間に会話らしい会話はなかったが再会してすぐに見せていた気まずそうな雰囲気は和らいでいた。ロロと瑞葉はその様子を見るだけでもこうして誘った甲斐があったと喜びの笑みを零す。


 かき氷の屋台は盛況で今も十人ほど観光客や噂を聞き付けた都の人が並んでいる。滝を見ている人の中にもかき氷を持っている人がおり、美味しそうに食べている姿が目に付けばそれだけでも宣伝になるのだろう。四人は最後尾に並び、どの味がいいかなどと話しながら順番を待つ。しばらくして自分たちの番が来ると屋台の大将の声が響いた。

「らっしゃい! うちは色んな味があるのが売りでね、どの味にするんだい?」

 大将の言葉通り様々な味のシロップが置かれているのが見える。その多くはショウリュウの都で採れる果物のもので、観光客に人気なのはそれらの特産品の味目当てなのもあるのだろう。四人がそれぞれ好きな味を頼むと大将は任せろ、と言って氷を削り出す。

「かき氷ってのは何回見てもすげえよな。何で氷がああなるんだ?」

 ロロは白くふわふわの物体となって器に降り注ぐ氷に目を光らせている。

「俺も良く知らねえ。この機械を作ってくれたやつに感謝だな」

 大将は手回し式の機械で氷を削っているのだが、その傍らでも快く雑談に応じてくれた。それを見て瑞葉も気になっていたことを尋ねる。

「ここって氷の冷やし方が違うって噂を聞いたんですけど何が違うんです?」

「ああ、その話か。結構広まってるみたいで驚いたよ。一応内緒にしてくれたあ頼まれてるんだがなあ」

「おじさんが気にすることじゃない。どうせディオンのやつが勝手に言いふらしたんだ」

 大将が申し訳なさそうに苦々し気な表情を浮かべていると奥から声が聞こえる。そしてその声が出した名前にサキサキサ以外は聞き覚えがあった。

「ディオン? ディオンってあのディオンさんか?」

「た、たぶん。あの、鎧の、さ、ササハ村に行った、時の人」

 ロロとハクハクハクが小声で相談する最中、瑞葉は別のことを考えている。ディオンという名前にも当然覚えがあるのだが、瑞葉はその声の方に聞き覚えがある気がしたのだ。どこで聞いたのだったか、と考える。ディオンの知り合いで、声に聞き覚えがある人、その二つが重なる人物とは。

「全く、迷惑なことだ。まだそこに客はいるだろう?」

「もちろんだ」

 そんな話がされている中で瑞葉は声の正体に気付く。

「ハク、サキ先輩、ちょっと向こうへ」

「え?」

 大将の後ろにかかっていた帳を手で除けて奥にいた人物が出て来る。それとハクハクハク、サキサキサの二名gが屋台の中から見えない位置へ移動し終えるのはほぼ同時だった。

「……君たちは。そうか、君たちもディオンのやつから聞いたのだろう」

 顔を出した者の名はアグニ。普段は天柳騎という三人組で活動している冒険者だ。ロロたちは以前にその内の一人であるディオンと共に依頼をこなしている。その際にロロたちは一度アグニに一緒に依頼に行くよう頼んだが断られており、瑞葉は先ほどそのことを思い出したのだった。

 アグニもその時のことを覚えており、目の前の二人は依頼の際にディオンからかき氷の話を聞いたのだと誤解したようだ。

「私は個人的な理由でこの店に手を貸しているだけに過ぎない。決して私の作る氷の素晴らしさを自慢したいわけではない。製法に関して何か問われたりするのは甚だ不愉快に思っている」

 噂を聞き興味本位で氷の製法を尋ねる者や機密を暴いて自分の者にしようとする輩は多いらしい。アグニはそれらの応対にうんざりしている様子だ。

「いいか、君たちも私が氷を作っているということを余所で言いふらさないでくれ。私ははっきり言って迷惑している」

 実際の所、瑞葉は牛鬼がお勧めしていた菓子を買いに行った際にここの噂を聞いただけで、ディオンから何かを聞いたという事実はない。故にアグニが氷を作っているなどとは知らず、誰かがばらしたということにするならアグニ本人がばらしたと言うべきだ。今更それを突っ込める者など居りはしないが。

「そうだ、今日はあの丙族はいないのか? あれにも言っておけよ。……丙族に何かされるのはもう勘弁だ」

 言いたいことだけを言うとアグニは裏に戻っていく。

「すまんな嬢ちゃん。悪い奴じゃないんだが気難しいやつでよ」

 アグニの姿が消えると大将が小声で瑞葉にそう言った。

「それにあの子らを逃がしてくれたのも助かったぜ。余計に話が拗れるところだった」

「ああ、いえ……」

 瑞葉はアグニが丙族を嫌っていたのを覚えていた。故に出て来る気配を察した時、二人がいると話が拗れるのを見越して離れさせたのである。瑞葉はこれが最善なのだと考え行動し、その結果も良いものだった。しかしどこか心が痛むのを感じていた。


 かき氷を食べて一心地付く四人。滝は彼ら全員もう見慣れており観光客に場所を譲って少し離れた場所にあるベンチに座る。相変わらずハクハクハクとサキサキサは直接話そうとはしていないが、二人の間にある雰囲気は悪くなく時間が全て解決するだろうと思われた。

 その後、遺跡探索の準備をどうするかなどを話しその日は解散となる。

 ロロと瑞葉はこの日は遊んで帰る気分でもなくそのまま家路に就いていた。軽い雑談などをしながら歩いていたのだが、前方に立ち塞がる影がある。現れたその人物に二人は困惑を顕わにする。

「……えっと、どうかしました?」

 瑞葉が尋ねると彼女はつかつかと二人の方へ歩み寄ってくる。そして一言。

「手伝って欲しいことがあるの」

「手伝うって、何を……、っていうかさ」

 ロロは呆れたように口元を抑える。

「さっき言ってくれよ。それ言う為にわざわざ先回りしたのか?」

 二人の目の前にいるのはサキサキサだ。話を終えて解散した後、二人の後をつけて先回りしていたのだ。回りくどいい事この上なく、ロロのように思う気持ちもわかるだろう。

「さっきはハクちゃんがいたからね」

 しかし彼女は悪びれることも恥ずかしがることも無く堂々とそう言った。

「どういうこと?」

 瑞葉が尋ねると、目を見開き中空に手を突き出した。

「ハクちゃんとの仲直り作戦を決行します」

 彼女の表情は至って真剣でふざけている様子などまるでない。曲がることなく真っ直ぐに突き出された手は彼女の迷いの無さを象徴しているようだ。そんな彼女と対照的なのがその話を聞かされた二人だ。

「仲直り作戦って……」

「何をするのか聞きたいんでしょ。それぐらい当然考えてるわ」

「いや、そうじゃ」

「今度の遺跡探索、あれはチャンスなの。私はその場で強くてできるかっこいいすごい冒険者なのを見せてハクちゃんの力になれるってことを証明する!」

 彼女は止まることなく話し出し、ロロたちは口を挟む機会を失う。瑞葉は思わず躁鬱が激しすぎる、などと呟いていたが彼女の耳には入らなかったらしい。

「例えば私がすごい遺物を発見すればそれだけでハクちゃんから一目置かれること間違いなし。魔物や獣が出た時もドカンと一発で倒してやるわ」

 二人は別にハクハクハクと仲が悪くなったわけでもないだろうとか色々と言いたいことはあった。しかし今のサキサキサに話を飲み込ませるのは並大抵の苦労では済まない。大人しく話を聞き続ける。

 五分ほど自らの妄想の世界に閉じこもっていたサキサキサはようやく少し大人しくなって戻ってくる。

「ごほん。まあ色々と言ったんだけど、要するに今度の遺跡探索でハクちゃんにいいところを見せたいの。その為に幾つか協力してほしいことがあって」

 つらつらと要望を幾つか告げ二人にうん、と言わざるを得ない圧をかけると彼女は走って帰って行った。ロロと瑞葉は去り行く彼女の表情はとてもいい笑顔だったと言う。

 二人ぽつんと取り残され歩き出す切っ掛けも無くただただサキサキサが去って行った方を見つめていた。しかしやがて瑞葉が沈黙に対し口火を切る。

「……ロロ」

「んー?」

 ロロは顔の向きも変えずに生返事をする。そのこととは関係なく瑞葉は少しだけ次の言葉を発するのを躊躇う。しかし結局は断固とした口調で言い切る。

「私、先輩の作戦絶対に上手く行かないと思う」

 瑞葉にしては珍しい強い口調にロロは一度彼女の方を見た。そして再び元の方を向く。

「……俺もそう思うな」


 何人もの思惑が入り乱れる遺跡探索が待ち受ける。人々は己が望みを叶える為に戦うのだろう。次回、遺跡探索が始まる、予定。


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