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志高く剣を取る ~ロロはかっこいい冒険者になると誓った~  作者: 藤乃病


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11.冒険者の特訓

 ショウリュウの都郊外、様々な畑が広がる地帯を三人の冒険者が行く。瑞葉とハクハクハクが前を並んで歩き、その後ろでロロが荷車を牽いていた。三人の装いは工事現場の作業員のようで、全身を作業着で固めて厚手の軍手にゴムの長靴を履いている。荷車にはシャベルと土嚢袋が載っているだけでこれから何か作業に向かうところなのが見て取れるだろう。

「おーい、こっちだぞー」

 横のとうもろこし畑から彼らを呼ぶ声が響く。声の方を向くと作業服に身を包んだ壮齢の男性が手を振っていた。荷車を一旦置いて三人はそちらへ向かう。

「二人共久しぶりだな。冒険者になったってのは聞いてたがまさかお前らが来るとはな」

「たまたまここの依頼を見かけたので折角だから引き受けさせてもらったんです」

 ここはロロたちが住んでいる農場から都の中心へ行く途中で通りかかる場所だ。故に彼とロロたちは顔見知りでもあった。

「そっちの嬢ちゃんは二人の仲間かい?」

「ああ、一緒に冒険者として頑張ってるんだぜ」

「そうかそうか。嬢ちゃん、こいつは馬鹿だし瑞葉ちゃんも堅苦しいが仲良くしてやってくれよ」

「あ、は、はい」

 ハクハクハクは男性の勢いに少々体が引きながら何度も頷く。その様子に男性は笑っていたが、やがて咳ばらいをしてかしこまる。

「さて、仕事の話をしようか」

「水路の清掃だろ?」

「ああ、ちょっと前に大昇竜の山で崖崩れがあったのは知ってるか?」

 ロロたちは自身が冒険者になったばかりで忙しくあまり気にしてもいなかったのだが、数日前にショウリュウの都が誇る大昇竜の山で崖崩れがあった。もっとも規模自体は大したものではなく、人的被害が無いのもあって既に町でも忘れられつつある。しかし山から流れる水路には多少の問題が残った。濁った水などは既に流れ去ってしまったが、泥や木の枝、石などが上流から流れてきているのだ。崖崩れがあった場所に関しては都が既に対応して補修工事が始まっているのでこれ以上は流れてこないだろう。しかし既に水路に溜まっている分に関しては何とかしなければならない。

「それぞれの農場から人を出し合うのも考えたんだが今は忙しくなってきた時期でなあ」

「もう夏だしな。うちでも最近はかなり忙しそうだぜ」

 時期は夏が始まった盛りだ。作物が徐々に育ってきて害虫の対策や雑草取りに人手が取られている。それどころか早生の野菜は既に収穫し出荷する時期になってきている。水路で何か問題が起こる前に堆積物を処理したいが無理をするぐらいなら冒険者に頼もうと言うことで彼らにお鉢が回ってきたというわけであった。

「お前らならやり方はわかるだろ。上流の方に多く溜まっているから適当にどかしてくれ。土嚢袋はいつものところへ置いてくれればいい」

 農場が忙しくなる前に周辺の者総出で水路の掃除をするのがこの辺りの習わしだ。ロロと瑞葉は親の手伝いで何度かそれに駆り出されている。彼はその時に一緒になって掃除したこともあるので説明もそこらに三人を送り出す。

「いつもの所ですね。わかりました」

「じゃあ行ってくるぜ」

 三人は荷車を牽いて水路を上流へ向かって歩き出す。途中、ハクハクハクが二人に尋ねる。

「えっと、二人は、この辺りに住んでるの?」

「そうそう。結構この辺歩いてると知り合いによく会うんだよなー」

「うん、えっと、まあちょっと私らが住んでる辺りには、方角が違うから、今日は行かないんだけど」

「あ、そうなんだ」

 ハクハクハクは瑞葉の歯切れの悪い言葉に少々首を傾げる。

「それよりさ、今日は依頼の中で特訓するんだろ? どうするんだ?」

 しかしそれについて何か考え始める前に話題がすり替えられる。特訓する、と言うのは先日の反省会の中で瑞葉が言い出したことだ。

「私、一月ぐらい依頼を受けるのを止めようかと思います」

 唐突にそう言った瑞葉に対してロロが露骨に嫌そうな顔をした。しかし何も言いはしなかった。思いつめた様子で自らの襟元を両手で引っ張り強く唇を結ぶ、その様子に何も言えなかったのだ。その場にいた唯一の大人である竜神は瑞葉の真剣な表情を見て尋ねる。

「未熟だから、とでも言うつもりかい? さっきも言ったが三等星以上の冒険者が付くのは新人の次を保証する為だ。それは理由にならない」

 それは私らを馬鹿にしている、暗に竜神はそう言っている。思わず尻込みしかねないほどに威圧する彼女に、しかし瑞葉は臆してはいない。

「……私も、そう思います」

 同意の言葉を受けて竜神は威圧する気配を少しだけ緩め続きを促した。

「その、まずこの三人でどうやって行くかっていうことを考えたいんです。自分たちの強みや弱みをしっかり知ってそれを改善するにはどうするのか、それができないならどうやって補い合うのかっていうのを、少し考える時間が欲しくて」

「……なるほど」

 竜神にとって少々弱気に思えなくもない発言だと感じられたが、一方で彼女は自分が強者である故の傲慢でもあるかもしれないとも思う。初めての依頼で、結果的には怪我人も出なかったとはいえ、大きなお失敗をしたのだ。心に影を落とすのは当然のことだろう。

「だから依頼を受けずに三人で少し特訓をしたいな、と」

 寧ろその状況で前を向いて歩く意思を持っているこの子は強い心の持ち主なのかもしれない。竜神が大きく息を吐くと周囲の緊張が緩む。瑞葉もほっとした様子で

「……成程。しかし折角冒険者になったなら適当に危険性無しの依頼を三人で受けたらどうかな? 別に魔物退治や町や人の警護だけが冒険者の仕事ってわけじゃないのはご存じの通りだし」

「え? ……あ、でも、それに三等星以上の人を付き合わせるのは気が引けて」

「え? いや、危険が無いと判断された依頼は別に五等星だけでも受けられるよ? 三人以上っていうのは変わらないけど」

「え?」

 志吹の宿でそんな会話があったとか。講習を担当したミザロは後に崎藤に怒られることになったのだがそれについてはここでは割愛する。そういうわけで志吹の宿に丁度来ていた水路掃除の依頼を受けてここまで来たわけだ。

「えっと、特訓の方法は、瑞葉、さん、が考えてくれたって」

「……瑞葉さんはちょっと、やめてほしい、かな。なんだかむずがゆい」

「み、瑞葉、ちゃん?」

「あー、まあそれで」

 何も考えていないように見えるロロと違って瑞葉とハクハクハクはお互いに距離感を測るのに苦心しているようだ。瑞葉は背丈が自分より小さくて幼く見えるハクハクハクにちゃん付けで呼ばれるのに少し戸惑いつつも、とりあえず質問の答えを口にし始める。

「私たちってまだまだ新人で、問題がまだまだあると思うの。だからそれらを少しづつ特訓で直していきたいわけね」

「どうするんだ?」

「今から言うわよ。まず私だけど、魔力の総量が少ないってのがこの前のでよくわかったわ。たったあれだけで魔力が空になるとは思わなかった。だからとりあえず魔力量を増やすのを意識していきたいのよね」

「どうやって?」

 少しは考えろ、と瑞葉は思わず手が出そうになるのをどうにか留める。ハクハクハクがいなければ今頃ロロは三度ぐらい殴られていたかもしれない。

「魔力量は基本的に魔力を消費すれば伸びていくわ。体力と一緒よ。とにかく魔法を使えばいいの」

「こんなところで? 風の魔法でも使うのか?」

「身体強化と物質硬化を同時に使うのよ。依頼をこなしながら常に」

 身体強化は走る速度を上げたり重い物を持ち上げるのに便利で、物質硬化は服や鎧、武器などに魔力を通して強化することができる。どちらも冒険者には必須の魔法と言えるもので、三等星以上ともなれば依頼をこなす間は常に使用しているものがほとんどだろう。

「ずっと? それって結構しんどいんじゃないか?」

「だからいいんでしょ。まあこれはどっちかって言うと私たち向けでハクにはそこまで難しくないかもしれないけど」

「え、えう、うん。えと、そ、そうかも」

 ハクハクハクの魔力量はかなり多く瑞葉の倍以上もある。その上、彼女はあまり素の身体能力は高くないので平時から身体強化の魔法を使うことが多いのでそこまで苦にはならないようだ。

「ハクの場合はちょっと違った方法を考えないといけないのよね。とりあえず今日は私たちに付き合ってもらっていい?」

「うん、うん、もちろん! ……です」

 十数分ほどして目的地へと辿り着く。水路には途中で引っかかった木々の枝葉に泥や石が堆積して水の流れを邪魔している。

「早速どかしていくか」

「そうね。ちゃんと魔法使いながらね」

「わかってるって」

 泥をシャベルで掬い土嚢袋へ。枝を手で掴み小さく圧し折ってそのまま荷車へ。ザシュ、バキッ、ザー、ドサッ。三人は黙々と作業をこなしている。

 ロロが額の汗を拭った時、とりあえず荷車が置いてる場所から見える範囲は綺麗になっていた。持ってきた土嚢袋が五つほどいっぱいになり、木の枝や石と合わせて荷車の三分の一ほどの場所を取っている。瑞葉やハクハクハクもそろそろ移動の時期と見て荷車の所へ戻ってくる。

「この辺はもうよさそうね」

「ああ、もうちょっと下流の方へ行こうぜ」

 シャベルを荷車に積んで再び歩き出す。その際に瑞葉はロロの足取りが普段よりも遅いように感じた。

「疲れてる?」

「……ちょっとな」

 この三人の中で最も魔力が少ないのはロロだ。故に同じように魔法を使っていれば当然彼の魔力が初めに尽きる。

「そんなに魔力切れ早かったっけ?」

「うーん、身体強化だけなら普段から結構使ってるけどなあ。物質硬化に関してはここぞって時しか使ってなかったし。まだ慣れてないのかも」

「休憩する?」

「いや、一旦物質硬化はやめる。水路を早く綺麗にしないとだし休憩なんてしてられないってな」

 少し下流へ行くと多少は堆積物があるのが見えるが、先ほどに比べれば少ない。おそらくは先の地点で大部分が止まっていたのだろう。思ったよりは早く終わりそうだと三人は勇んで水路に入っていく。やることは変わらない、慣れも生まれてきてより早く終わるだろうと見込まれていたのだが。

「……ふー」

 瑞葉がシャベルで体を支えながら大きく息を吐く。まだ日は昇り切っておらず暑いと言う程の気温ではない。しかし彼女の額には汗が伝う。その様子にロロが少し心配した様子で声をかける。

「大丈夫か?」

「うん、無理はしないから」

「ならいいけどさ」

 既に瑞葉も魔力が減ってきているらしい。彼女は自分もロロと同じように物質硬化はここまでにしておくべきかもしれないと考える。そんな彼女の目にハクハクハクの姿が映った。今は子供の頭ほどの石を運んでいる。それはともすれば歳が一桁の子供にも見えるハクハクハクの手には余るように思えるが、それを彼女は軽々と運んでいる。まだまだ魔力切れの心配はなさそうだ。

「ハクって力持ちだよね」

「え、そう……、かな」

 それどころか魔法使用の前提ならロロよりも力が強いのかもしれないと人に感じさせるほどの働きっぷりだ。平気で泥の詰まった土嚢袋を片手で持ち上げる姿は見る者を驚かせることだろう。

「ちゃんと力が制御できるようになれば私らなんてお払い箱だったり?」

 瑞葉が思わずそう呟く。幸いそれは誰の耳にも届かなかったようで、彼女はすぐに仕事を再開するのだった。

 一通りの仕事を終えて三人は依頼人に報告へ行く。既に日は傾き夕焼けの様相を呈している。赤く染まった豆畑の中で依頼人は鞘の膨らんでいないエンドウを間引いていた。

「おーい」

 ロロの呼びかけに気が付くとエンドウの入ったかごを持ったまま三人の元へやってくる。

「終わったか? それとも今日はここまでで明日にするのか?」

「大体終わったぜ。まあ一応明日も見に来るよ」

「そうか、助かるな。依頼の報酬は宿の方から受け取ってくれ。それと」

 男性がエンドウを三人に差し出す。

「これは俺からだ。今年はなかなか出来が良くて旨いぞ。おすすめは卵とじだな」

「いいんですか?」

「まあ冒険者になった二人と、かわいいお嬢ちゃんに餞別だな」

 差し出されたエンドウを受け取った三人はそれぞれ礼を言う。それから宿の方へ戻っていくのだった。

「いい物貰っちゃったね。三人で山分けしようか」

「そうだな……。ハクハクハクはエンドウ豆好きか?」

「ん、ん-……。あんまり食べたこと、ないかも」

「そうなのか。俺はこのぐらいの時期になると父さんがどっかからよく貰ってくるんだよな」

「うちも同じ感じかな。私は油で炒めて髭菜と一緒に食べるのが好きなんだよね」

「髭菜……、おいしそう、かも」

 今度何かしら御馳走するよ、と瑞葉がハクハクハクの肩に手を置いた。少し打ち解けた雰囲気になってきたらしい。ただ、瑞葉はそんなことよりも自分の手に残った感触の方が気になっていたようだが。

「ハクはまだ魔法を使ってるの?」

「え、あ、身体強化と、物質硬化なら、うん、使ってる、よ」

「そっかあ、すごいね」

 瑞葉はとっくに常時使うことを諦めていた。途中で身体強化だけを使うのすらしんどくなったので今は必要な時だけ使っている。魔力の量が多いと聞いてはいたがこの時に初めてその大きな差を実感していた。

「他の特訓についても考えて行かないとね……」

 そして差を実感したからこそ今のままではいけないと強く思いそう呟いた。それは独り言のつもりだったがロロは聞き逃さなかった。だから彼も知恵を絞って考え始める。その成果が出るのは数日後だ。


 何日かが過ぎた。その間も彼らは幾つかの依頼を受けて、それを可能な限り魔法を使いながらこなすという特訓をこなし続ける。ただ毎日ずっと働き詰めもよくないということで今日は休んで都を散策でもしようということになっていた。

「じゃあ行こうぜ」

 三人が集まるとロロがそう言って先頭に立って歩き出す。一体、どこへ向かっているんだと瑞葉は思ったが隣にいるハクハクハクが何の疑問もなくついて行くので同じように歩くのだった。

「どうせ特訓するなら必殺技でも欲しいよな」

 唐突にロロがそんなことを言う。しかしあまりに脈絡が無いので瑞葉は何かあるのかと訝しみつつ首を横に振った。

「馬鹿言わないでよ。私らの実力じゃそんなの考えても撃つこともできないわよ。大体、そんなのどこで特訓するの?」

 瑞葉の疑問に対してロロがにやり、と笑う。いやロロだけではない、ハクハクハクもにやり、とまではいかないが何か含みがあるような表情を見せている。

「……何?」

「今日は依頼を受けないって三日前に決めたろ?」

「まあ、そうね」

 それは三人の合議で決めたことだ。無理のし過ぎは良くないとロロからの提案だったことを瑞葉は思い出す。性格的にはこういう時に一番無理をしそうなものだが珍しいと彼女は思っていたが真っ当な提案だったのでその場は特に気にもせず了承したのだ。

「ハクハクハクとも話してたんだ。特訓はいいけど依頼を受ける中だけじゃ色々とできることに限界があるよなって」

 ハクハクハクがこくこく、と何度か頷く。

「え、何で私には相談してくれないの? もしかして嫌われてる?」

「ち、違うの、違うよ?」

「冗談よ」

 瑞葉はこの数日を振り返る。記憶を遡れば確かに二人の行動に何やら不審な点もあったなと思い出された。ロロがちょっと買い物するから先に帰れと言ったり、依頼の中で二人で何か話していたり、その時の彼女は気にしていなかったが今になってみると色々と合点がいくものだった。

「そして俺たちは見つけたんだ。必殺技の特訓をできるところをな!」

「それが今向かっている場所ってこと?」

「よし、走るぞ!」

 ロロが走り出す。瑞葉が頭を抱えて嘆きつつも後を追って走り出す。一人残されたハクハクハクは一瞬ぽかん、と口を開けて唖然としていたがはっとして二人に続く。

 三人の冒険者が駆けて行った先は随分と見覚えのある場所だ。

「志吹の宿じゃん」

 結局いつもの所に来たというだけでは何の意味もない、瑞葉はそう含みを込めて言ったのだがロロは鼻で笑うばかりだ。

「わかってないな。お前の悪いところを教えてやるよ」

「何よ」

「言ってやれ、ハクハクハク」

「え?」

 急に話を振られて困惑するハクハクハク。更にそこへ向けられた瑞葉の表情は厳しい。それは彼女に向けられたものではないのだが、気弱で臆病な彼女からすればそんな表情で見られること自体が恐ろしいものだ。

「あ、え、えと。ご、ごめんなさい」

「あ、いや、謝らないでよ。ほら、その、悪いのは全部あいつなんだから」

 頭を下げ合う二人にロロは変な振りをしてしまって悪かったなと心の中で思う。口にしなかったのは気まずかったからか。それはそれとしてロロは咳払いを一つして話し出す。

「瑞葉、お前の悪いところは何でも自分だけで解決しようとすることだ!」

「それって悪い?」

「対して俺はすぐに人を頼れる。これこそ強き心の持ち主の行いだな」

「他力本願なだけでしょ」

「ええい、自分で解決するよりいい案が出るならそれでいいだろ。まあそれはそれとしてだな。俺たちはお前がハクハクハクの特訓について悩んでるのを見て何か力になれないかって思ってたわけだ」

「……成程」

 瑞葉の中でハクハクハクの特訓に関しては少々行き詰っている部分があった。彼女に魔法の制御について特訓させるというのは言葉の上では簡単そうでも実際に実現させるのは難しい。失敗した時の危険度や被害が多過ぎるのだ。例えば彼女は農場の使っていない土地を借りるという案を考え母や母が務める農園の園長に軽く聞いてみたりはしていた。しかし彼女の魔法の規模を考えるとどうしても畑への被害が不安視されてしまう。そうそう適した条件の場所など見つからなかった。

「なら聞かせてもらおうかしら、ハクハクハクの特訓をどうやって行うのか」

「裏手の訓練場を借りるのさ」

「狭いでしょ。ハクの魔法ならあのぐらいあっさり吹っ飛ばしちゃうかもよ」

 瑞葉がちらり、とハクハクハクの方を見ると彼女の目が泳いでいるのが見えた。実際、何もなければ彼女の全力は宿ごとすべてを吹き飛ばすだろう。

「悪いけど何かあったら私たちだけじゃ止められないと思うわ」

「だったら簡単だ。他にもいればいいんだろ」

 扉の開く音。宿に入ってきたのは三等星の冒険者にして丙自治会のまとめ役、ゴウゴウだ。彼は軽く中を見渡してロロたちの方へと向かってくる。そしてそのままハクハクハクの隣へと座った。そしてそれを見てロロは得意げに笑い宣言する。

「今日ご教授いただくのはゴウゴウ先生だ。敬えよ」

「先生と呼べるほど何かに精通してはいない。その呼び方はやめてもらおう」

 そんなやり取りをする二人を瑞葉は何か言いたそうにしているが、しかし口に出すのは憚れるのか結局それを飲み込む。もっともそれはゴウゴウにとっては非常に見慣れた反応の一つであったが。

「瑞葉、お前の気持ちはある程度わかるつもりだ。迷惑ならば今日の所はやめておく。ここには他にも魔法を得意とする冒険者が何人もいる。イザクラ考古学団の者もそろそろ帰ってくる頃だ。それを待つのも悪くない案だと思うが」

 ゴウゴウに心中を見透かされたようなことを言われ瑞葉は戸惑う。彼女はゴウゴウとハクハクハクを順に見やる。

「……い、え。問題ありません。このような機会を下さりありがとうございます」

 彼女が必要以上に丁寧に言葉を使う時、それはまだ何かを考え続けている証だ。

「いや、気にするな。ハクハクハクのことはこちらでも気にしていたのだが、お前たちと上手くやっているようでこちらとしても感謝している」

「う、あ、ゴウゴウさん」

 ゴウゴウの言葉にハクハクハクが少し照れたように頬を赤く染める。

「……さて、行くとしよう。崎藤に頼んで訓練場は貸し切りにしている。二時間は邪魔が入らない」

「よっしゃ行くぞ!」

 訓練場、ロロと瑞葉そしてハクハクハクがここに来るのは冒険者研修以来のことだった。

「研修から一か月ぐらいだっけ?」

「えーと、そうね。そのぐらい」

「私、もう一年以上前だ」

「時間は限られている。感傷に浸るのは後にしてくれ。まずは実力のほどを見たい。単純な的当てからやるとしよう」

「すぐ取ってくるぜ」

 ロロが倉庫へ走り適当な的を持ってくるとそれを適当に離れた場所へ置いた。

「とりあえずあそこへ当てればいいんですか?」

「そうだな」

「じゃあ早速」

 瑞葉がゆっくりと精神を集中して魔力を練り始める。魔力は魔臓より流れ心臓、そこから手へ、そして遠く遠く、的目掛けて魔力を動かす。三十秒ほどして的の周囲に旋風が起こる。瑞葉は一息ついてからゴウゴウたちの方を見やる。

「どうでしょうか?」

 尋ねられてもゴウゴウは的の方を見て黙っていた。瑞葉が不審そうに顔を覗き込むとタイミング悪く視線を戻したゴウゴウと目が合う。思わず視線を逸らしたその先で感心するように旋風の跡を見ているハクハクハクがいた。

「瑞葉、起点指定の型でなくていい。体外放出の型でやってみてくれ」

「……え?」

 何を言っているのかわからない、と瑞葉は思っている。それを見てゴウゴウはあまり馴染みのない言葉だったかと反省し手を的に向けて伸ばす。直後、その掌に雷が走る。

「こういうことだ」

 掌の雷が的に向かって迸る。魔力によって制御されたそれは雷にも関わらず人の目にも捉えられる速度で幻想的にも見えるだろう。それが的に当たった瞬間、破裂音と共に的の周囲から煙が上がる。

「今のように的の周囲に魔法を発生させるのでなく、掌などから発射する型だ」

 炎や風、雷といったある物理的な現象を発生させる魔法は体外放出と起点指定という二つの型がある。体外放出は魔力を掌などに集中させてそこから放つ型で、体内の魔力を制御しそのまま直線的に飛ばすだけと比較的に扱いやすいものだ。対して起点指定の型は自分の体外で魔力を操作し目的の位置まで動かす必要がある。体外での魔力制御、特に何もない空中や遠距離におけるものは高度な魔力制御を要求される。使いこなせば壁の向こうなどにも魔法を発生させることができ、習得者はそれだけで一目置かれるだろう。

 瑞葉は幼い頃より魔法を使ってきたが今のような指摘は初めて受けたものだった。それは彼女が家の手伝いぐらいでしか魔法を使わず、その様子を見てきた者が魔法に対して明るいものがいなかったからだ。

「……えっと、それってどうやるんですか?」

 だから彼女は起点指定の型でしか魔法を使えない。ゴウゴウとハクハクハクは顔を見合わせ思わず言葉をなくしている。

「え、でもお前手から火とか出してなかったか? こう、掌にさ」

 思わずロロがそう突っ込みを入れたのだが。

「……これのこと?」

 彼女が掌を上に向けると数秒後に炎が生まれる。

「これ、掌から少し離れたところで炎を作ってるんだけど……」

「それって違うのか?」

「これをあっちまで飛ばすんでしょ? ここからどうやって動かすのかわからないのよね」

 ゴウゴウは想定外の事態に頭を抱えたくなったが、一方で瑞葉の魔力制御がそこらの冒険者では太刀打ちできないほどに高度なものであることも理解していた。

「魔法はどこで覚えた?」

「あ、はい。えっと、小さな頃に本で読んだ方法で、ヨトゥク式の基礎の本があったのでそれで」

「……そうだな。瑞葉、お前はまず体外放出の型を覚えてもらおう。基本的には起点指定の型の方がより高度な技術だ。それを独学で覚えたお前ならおそらくそう時間はかからないだろう」

「……わかりました」

 後に彼女には説明されることだが、体外放出の型は起点指定の型に比べ魔力効率が良いことも大きな利点となっている。これを習得できれば少ない魔力でもより効率の良い運用をすることができるだろう。

「ハクハクハク、お前も的当てを」

「ん、は、はい」

 ハクハクハクがゴウゴウに促されて前に出る。彼女は手を胸の前でぐっ、と握りしめた。

「風よ、螺旋を描き貫け」

 彼女がそう唱えて手を前に突き出す。直後、その手の先から槍状の風がごう、と音を立てて放たれる。それは周囲に土煙を上げながら瞬く間に的に当たって派手な音を立てた。

「すっげー……」

「……ほんとね」

 ロロと瑞葉はハクハクハクが強大な魔法を使えることを知っていたしその結果どうなるかを見てはいたが、実際にその手から放たれるところを見るのは初めてだった。そしてそれを間近で見てみるとその威力が自分たちの扱える魔法に比べて桁違いであることがはっきりと理解できる。

「今の食らったら俺でもしばらく動けないかもな」

 大きく揺れる的を見ながらロロが呟く。的は志吹の宿に在籍するイザクラ考古学団という一団が作ったもので、大抵の魔法や攻撃では壊れないようになっている。ロロたちは研修の際にその頑丈さを身をもって知っている。故にあれが揺れるほどの威力を出すのがどれほど難しいかもよく理解していた。

「威力にしても撃つまでの早さにしても私なんか足元にも及ばないわ……」

「体外放出の型の方が魔法を撃つまでの時間は早いものだ。それにお前はヨトゥク式で魔法を使っているだろう?」

「え、あ、はい」

「ヨトゥクのやり方は少々丁寧過ぎるきらいがある。それを悪いこととは言わないが実践的ではない面もある」

 魔臓で生み出される魔力、その流れを一から掌握していくのがヨトゥク式の魔法の使い方だ。魔法の暴発が起こり辛く魔力を余すところなく使えるのが利点だが、その一方で一々魔力の流れを追う為に集中しなければならずとにかく遅いという欠点がある。瑞葉は幼い頃からの癖で特に丁寧にそれをやっており、魔法を撃つまでがあまりに遅い。

「ハクハクハクは孤城の流派で魔法を使っている。あれは画一的な魔法を使う分には早く安定しているのが特徴だ」

 孤城の流派とはヨトゥク式と同じように魔法の使い方を説いた教えだが、方針としてはかなり異なっている。孤城の流派では魔力の流れと魔法への変換を言葉や動作と結び付けて行う。例えば特定の言葉と共に体が自然と特定の魔法を撃つように魔力を操作するように訓練するのだ。初めは上手く行かないのが常だが、慣れてくると言葉や動作だけで何も考えることなく安定して魔法を放つことができるようになる。言葉や動作に対応した魔法、対応した威力で。

「話には聞いたことはあるのですが、その、正直その感覚がよくわからなくて」

「そうか。ハクハクハクはヨトゥク式が難しいと言っていたな」

 びくっ、と大袈裟なほどの反応を見せるハクハクハク。気まずそうにゴウゴウの顔を見る彼女はまるで親に叱られた子供のようだ。

「お前たちは魔法の行使に関して正反対の問題を持っているように感じる。互いに互いのやり方を学ぶというのも何かしらの意味はあるだろう」

 つまり二人で互いに教え合えということだ。ゴウゴウがロロを連れて二人から少し離れる。

「え、っと」

「う、あ、あの」

 初めの頃はしばらくそんな様子で互いに何やら遠慮して話が進みそうもなかったが、どちらかが話し始めるとそれにつられて徐々に活発に会話が行われていく。その様子は少し離れたところからでもわかった。

「あの二人はとりあえず放っておいてもいいだろう」

「つまり俺はゴウゴウさんに個人授業をつけてもらって二人に大きな差をつけるってことだな」

「……いや、うむ、まあ、そう思いたいならそれでいい」

 実際のところロロは二人とは次元が違うほどの低い位置での魔法しか使えないのだ。彼はこれからゴウゴウに扱かれて掌に魔法を起こす術から学ぶこととなる。


 特訓の日々が続く。ロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は冒険者と言うよりは便利屋と言うべき仕事をこなしながら少しずつ力をつけていく。それと同時に仲間として互いのことを知り、小さな信頼を育んでいく。或いはこの一か月の真の収穫とはそちらの方なのかもしれない。

「とうとうあれから一か月。明日からはいよいよ冒険者らしい依頼を受けよう」

 今、彼らはロロたちのいる農場から野菜を卸している料理店で壮行会を開いている。幸い、危険度が低いとはいえ依頼を幾つもこなしてきた彼らには多少は金銭に余裕があった。二人の伝手で店の個室を貸し切り明日に向けて英気を養おうというわけだ。

「……大丈夫かな」

「不安か? まあ大丈夫だろ、俺たち結構頑張ってきたしさ」

「……ん、そうだよね」

 未だ不安を捨てきれないハクハクハクであったがこの一月で二人と共に過ごすうちに少しは落ち着いているのが見て取れる。

「とりあえず何を受けるんだ?」

「それに関しては宿で聞いてから……、にはなるんだけど。できれば魔物の討伐がいいかなとは思ってる」

「ん、今度こそ頑張る」

「前回の雪辱戦ってわけだな」

 二人の言葉に対して瑞葉が頬を掻いて何やら言い出しづらいことでもあるらしく明後日の方を向く。

「それもまあ、あるんだけどね」

 怪訝な顔をする二人。瑞葉はそれから迷って迷って、目の前のお冷を少し飲み、更に思考を三周ほどしてからようやく決心したようで話し出す。

「護衛とかさ、あまり関わる人が多くなると余計に心配事が多くなるかなって。まあ前回の雪辱っていう意味合いもあるんだけど。それで弾みをつけたいって気持ちは本当にあるんだよね。何か失敗した後っていうのはどうしても気持ちが落ち込んじゃうからそういう弾みをつけるのっていいよね」

 随分と言い訳がましい台詞が多かったのはそれだけ口に出すのに何かしら罪悪感があることの証拠だろう。つまり、ハクハクハクの魔法で他の誰かを傷つけてしまわないかということを。瑞葉は話し出してから口を閉じるまで頻りにハクハクハクの方を気にしていた。いや、話し終わっても何度も視線を向けている。

「ありがとう」

 ハクハクハクはそんな瑞葉に対してそう言った。

「私、その、まだ不安も多くて、私への不安もあるのは、わかってて。瑞葉、瑞葉ちゃんが、色々と考えてくれてるのは、とても助かるの」

 そんな風に感謝されると余計に罪悪感が募る、瑞葉はそう思ったが彼女の言葉に対して野暮なことを言ってはならないと自ら戒める。

「まあ色々と不安なのはわかるけど頑張ろうぜ。俺の新必殺技のお披露目も待ってることだしな」

 ロロは何か思い浮かべるように虚空を見つめる。そこには凄まじい必殺技で魔物を倒す自分の姿が見えているのだろう。

「結局ろくに使える魔法が増えなかったのに何言ってるんだか」

「あ、お前、それを言ったら駄目だろ!」

「何よ。ハクだってそんなこと知ってるわよ」

 二人のやり取りにハクハクハクがふふふ、と笑みを浮かべる。その様子を見て二人もつられて笑顔を見せた。

 個室の戸を開けてショウリュウ料理が運び込まれる。三人で食べ切れるかわからないほどの量、いや、ハクハクハクがいればこの程度は問題にもならないだろう。食べ始めてからもロロと瑞葉の掛け合いに自然と笑顔を見せるハクハクハク。料理を運び込む者は成程仲の良い三人組だと思ったようだ。

 きっと明日は上手くいく。いや、上手くやってみせる。決意を新たに三人はそれぞれの家へと帰って行った。


 そして明日の依頼、それを切っ掛けに彼らはショウリュウの都を揺るがす事件に関わることになる。



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