10.冒険者の反省会
ショウリュウの都、志吹の宿ラウンジ。テーブルには沢山の御馳走が並んでいる。特に目を引くのは砲葉菜に肉餡を詰めて丸ごと焼いた料理だろう。砲葉菜の中にたっぷりと詰めるので更に膨れて大きく見えることから大砲葉菜と呼ばれる料理だ。肉厚で水分をたっぷり含んだ砲葉菜を使わなければ中の肉餡に火が通る前に焦げてしまうのでなかなかこれを見る機会はないだろう。
「流石は石原の大荘園だね。大砲葉菜なんて久しぶりに見たよ」
宿の主人たる崎藤が感心するようにそう言った。
「これだけ大きな砲葉菜を作れるのはこの辺りじゃあそこぐらいだからね。いいものをくれたよ」
竜神が同調して頷く。この砲葉菜は依頼を終えて依頼主である石原に報告をした際に土産にと持たされたものだった。その気前の良さこそあの場所が石原の大荘園と呼ばれ尊敬を集める一因なのだろう。
「もう食べていいのか?」
ロロが涎を垂らして急かすように尋ねる。隣で瑞葉は行儀が悪いなあと呆れる。もっとも彼女も当然に早く目の前の御馳走を食べたいとは思っていた。生まれて初めて見るような豪華な御馳走の数々に目移りしてしまいそうなほど。
「ちょっと待ちなよ。飲み物を今配るからね」
食堂の方からそれぞれの飲み物を持って調理師のおばちゃんがやってくる。ロロ、瑞葉、竜神、崎藤、そしてハクハクハクの前にそれらが置かれた。
「あ、ありがとうございます……」
ハクハクハクが徐々に消え入っていく声で礼を言う。おばちゃんはにっこり笑って彼女の頭を撫でた。
「折角なんだから楽しんで行ってよ。料理はどんどん作るからね」
ハクハクハクは何度も頷いて答える。
おばちゃんが調理場へ戻るのを見届けると崎藤が飲み物に手を伸ばして咳ばらいを一つした。
「えー、この度は新人たちの依頼達成を祝って祝勝会を、祝勝会ということで。本当に成功してよかったよ。竜神がついてるとはいえやっぱり心配でさあ。実力を疑っているわけじゃないけど、ここでずっとこの仕事やってるとねえ、やっぱり」
「前置きが長い」
延々と喋る崎藤にしびれを切らした竜神が無理やり話を止める。崎藤もそれを聞いて少しバツが悪そうに頬を掻いた。それから皆に飲み物を持つように促して、改めて口を開く。
「じゃあ、そう言うことで。えー、この度は新人の依頼達成を祝って」
乾杯! 声とグラス同士がぶつかる音が響く。それから思い思いに皿から好きなものを取っていく。
「これ旨そうだな」
「最近毛獣って高いんじゃなかった?」
「この前ミザロが買って来たんだよ」
「そっちのやつって何? 見たことはある気がするけど」
「旨い!」
賑やかな時間が過ぎていく。依頼を達成したお礼にもらった野菜を上手く活用した料理の数々に皆が舌鼓を打つ。食べる手が止まらない新人たちを竜神と崎藤は微笑ましく眺めて笑う。
一時間後、テーブルを埋め尽くさんばかりにあった皿はほとんど空になっていた。その半分以上はおそらくハクハクハクの胃に収まっている。
「この前も思ったけど……、ハクハクハクってよく食うよな」
ロロは依頼の前日に食事に誘った時のことを思い出していた。その時もハクハクハクはロロと瑞葉が食べた以上の量を食べていたのだった。
「え? あ、うん……。食べるのは、好き、だよ」
そう言いながら残っている手羽先の唐揚げに手を伸ばす。まだ入るのかと瑞葉が驚きを隠さず息を吐く。
「それにしても、よ。その細い体のどこに入ってるの?」
彼女は二人から見つめられて、え、あ、と小さく短い声を上げて身を縮こませる。
「知らなかったかな? 丙族は種族全体で見ても大食いが多いんだよ。そういう意味ではハクハクハクの食べる量は普通かもね」
「そうなんですか? ……知らなかった」
丙族の特徴は幾つかある。名前の由来にもなっている額に浮かぶ『丙』という字に似た痣。胸元から肩回りにかけて浮かぶ独特の文様。手首辺りに生える石。一般的な人に比して生来からの魔力の多さ。そしてほとんど全ての者が大食いである。丙族一人に一般的な人の三人分の食費がかかると言われることもあり、仕事をしている丙族の中には食費を支払ったら手元に何も残らないものもいるのだ。
「私、丙族について何も知らないのかも」
瑞葉が思わず呟く。
「何か言ったか?」
「……このままだと残りも全部ハクに食べられそうだ、って言ったの」
「あー! 確かに」
ロロが大急ぎで自分の取り皿に食べたいものを確保し始める。瑞葉は目の前の丙族の少女が次々と口の中に料理を放り込んでいくのをしばらく眺めていた。
すっかり皿を空にして冒険者たちのお腹が膨れ上がった頃、おばちゃんが奥から出てきて皿を回収していく。
「みんなよく食べたね。これだけいい食べっぷりだとこっちも作った甲斐があるよ」
たれや肉汁などの痕跡だけを残して全く空となった皿を見ておばちゃんが笑う。それを見てロロたちもまた笑顔で礼を言うのだ。
「旨かったぜ!」
「ありがとうございます、とってもおいしかったです」
「あ、ありがとう、ございます」
「また食べに来ておくれよ、腕によりをかけて作るからさ」
おいしい料理は人を幸せにする。志吹の宿を拠点とする冒険者たちの日々の活力はこのおばちゃんによって生み出されているのだ。
さて食事を終えた一行は解散してそれぞれ休息を取る、ということはなかった。崎藤だけは仕事があるのでその場を離れたが、冒険者の四人はその場に残る。竜神が両手を組んでテーブルに肘を置き三人をじっと見る。
「それじゃあ食事も終わったことだし、反省会を始めようか」
竜神の声に三人がそれぞれバツが悪そうにする。ロロは額を押さえて俯き、瑞葉は襟元を掴んで縮こまり明後日の方を向いて、ハクハクハクは唇を真一文字に結んで落ち着かないように指を絡めた。
「おやあ? みんなどうしちゃったのかな? 元気がないなあ」
「いや元気だぜ、ほんと元気元気、なあ?」
「え、あ、いや……」
「……あ、……う」
「……あ、いや、ごめん」
ロロの呼びかけに応えられるほどの元気は瑞葉とハクハクハクにはなかった。反省会を開くと言ったのは竜神だ。これは新人たちに今回の依頼からより多くを学んでほしいと開いたという理由ももちろんある。ただそれ以上に、彼女たち二人を放置しておくのは今後に差しさわりがある、と判断している部分の方が大きいだろう。
「今回の、その、失敗は全部私のせいです。すみません」
瑞葉は自分のせいで依頼が失敗しそうになったと思っている。そのせいでロロを窮地へ追いやり、その後の対応も思い返せばひどいものだったと自責の念が絶えない。それは傍から見ても明らかな様子で、この状態を放置すれば自分を責めるばかりでよい方向へ進まないだろうと竜神は考えている。
「……確かに君たち三人だけで行っていたなら失敗していたかもしれない」
これは否定しようのない事実だ。あの時にもし竜神がいなければ? ハクハクハクの魔法で魔物を一掃できたとしてもロロは大怪我を負っていただろう。或いは死んでいたかもしれない。更に一掃できなかったとすれば瑞葉の叫び声で居場所がばれていた二人も魔物に囲まれていた可能性がある。これでも成功すると言い張るようならそれは単なる馬鹿だ。しかし竜神はそんな話がしたいわけではない。
「しかしながら結果的に依頼は成功した。その点は喜ぶべきだと思うね」
「でも、それは竜神さんのおかげでしか」
「それの何が悪い?」
竜神の返しは瑞葉にとって意外なものだった。それ故に言葉に詰まる。竜神はそれを見て更に言葉を続ける。
「君たちは自覚すべきなのさ。自分が弱い、とね」
普段ならばそんなことを言われればすぐに言い返すロロでさえこの時は何も言えなかった。今回の依頼を通じてその自覚があるからだ。
「これはミザロの受け売りだがね。冒険者にとって最も大切なことは己の弱さを知ることだ。自分の力で何ができないのかを知ることだよ」
「……どういう意味なんだ?」
「例えば先の依頼の中でよくわかったことだが、ロロは近距離戦は得意だ。それに何かあっても立ち止まらずすぐに対処しようとする。これらは一つの強みだろう」
「まあな」
ロロは褒められて素直に鼻を高くする。
「一方で頭を使って考えるのは苦手だし、遠距離の攻撃手段は投石ぐらいのものだ。これは明らかな弱みだ」
「……まあ、な」
先ほど高くなった鼻があっさりとへし折られる。
「さて、問題と行こう。仮に遠距離で助けを求めている人がいるとしよう。その人を助けるには超遠距離から一発で何らかの危機を排除する必要がある。ロロはどうする?」
「え、と……、石を投げる?」
曖昧な問題に戸惑いつつもロロは咄嗟に先ほど教えてもらった遠距離攻撃手段を言った。竜神はうんうんと頷く。
「じゃあ当たらなかったら助けを求めている人が死ぬとしても?」
意地悪問題かよ、とロロは脊髄反射的に言いかけたのをどうにか留める。。
「……えー、いや、それならしないけど……。どうすればいいんだ?」
「簡単だよ」
竜神の視線が瑞葉とハクハクハクの方を向く。それでロロは合点がいったと手を叩く。
「あ、なるほど。俺がやらなくてもいいのか」
「そうとも。仲間がいるならできるやつに頼めばいい。チームなんだから自分の強みを活かせる場面で動けばいいだろう?」
なるほどなー、とロロは納得したように何度も頷いている。しかし瑞葉はなんだかはぐらかされたように感じていた。
「つまり頼れるなら頼ればいいってことですよね。でもそれじゃあ」
「いつまで経っても強くなれない、とかかな?」
「……まあ」
「新人はよくそういう勘違いをする。どうしてぶっつけ本番で成長する必要があるんだか」
呆れたように竜神は吐き捨てる。実際、そんなことを言って大きな失敗をした新人を何人も見てきたからだろう。
「自分ができないことがあるとわかったなら次までにそれができるようになればいい。今回、自分の魔力量の問題で作戦を完遂できなかった。なら次までに魔力量の底上げをすればいい。或いは魔力の消費効率を上げる方法を身に着けたり、同じ状況の際に可能な別の策を考えるのもいいだろう」
次々と出て来る言葉に対して瑞葉は何も言えなかった。理由は簡単でそれが正論だとわかっているからだ。
「君たちはこれから様々な経験をして成長していくんだ。私たちが同行するのはその次を保証するためなんだよ。今の自分が弱いと認識しろ。そしてだからこそ次に強くなれるよう努力するんだ」
竜神の言葉に答える声はない。正論の暴力で何も言い返せずただただ沈黙する瑞葉。しかし彼女は今の話を理解できないほど頭が悪くはないし、それを飲み込めぬほど捻くれてもいない。時間と共に落ち着けば彼女自身の弱みと向き合い、どうしていくべきかを考え始めるだろう。その証拠にその表情は怒りよりも決意が強く表れている。
竜神は瑞葉の様子にひとまず安心し、もう一人の問題児へと向き直る。じっと俯いて目を合わせようともしない彼女へ。
「ハクハクハク、今のはお前にも当てはまる言葉だ」
びくっ、とハクハクハクが肩を震わせる。瑞葉とハクハクハクは似たような理由で自責の念を抱えているが、こちらの方がより根深いものがあることを竜神は知っている。呼びかけても目を合わせようとしない彼女に竜神は頭を抱えたくなった、のだが。
「……竜神さん、ちょっと聞きたいことがあります」
口を挟んだのは瑞葉だ。竜神は目で続きを促す。
「ハクって前にも何かあったんですか?」
瑞葉は薄々ハクハクハクは何か訳アリなのだろうと気付いていた。それが何なのかはわからないが、その言動や態度から明らかに単なる人見知りなだけではないと。そして竜神がそのことについて知っているのだろうとも勘付いていた。竜神は瑞葉がそう尋ねてきたことに少し驚きつつも、そういう風にハクハクハクを知ろうとしてくれていることを嬉しく思う。
「……それを聞くべき相手は私じゃないな」
聞くべき相手とは当然、それはロロにさえもわかることだ。自然と三人の視線がハクハクハクに集まる。ハクハクハクがそんな風に複数人の注目を集めるのはいつぶりだろうか。その眼が、表情が、仕草が、彼女には恐怖の対象だ。冒険者が自分に向けるそれは恐怖でしかない。それが自分の責任であるとわかっている。手が震えているのか、震えて視界がぶれているのか、世界が揺れているのか、彼女にはもはや区別もつかない。過去の記憶が脳裏に蘇る。彼女はどうしてこうなったのか。
ハクハクハクは両親と幼い頃に死別した孤児だ。そして彼女を引き取るような知り合いは居らず、たまたまそのことを聞いたゴウゴウが丙自治会で面倒を見るということになりショウリュウの都へやってきた。丙自治会に来た彼女はその血筋から周囲の者に素晴らしい魔法使いになることを期待されていた。小さい頃の彼女は周囲の期待に応えるように冒険者の道を夢見た。そんな彼女が魔法を習い始めたのは十歳の頃。
「すごい魔力だ! これほど大きな炎を……、も、もう少し小さくはできないか?」
彼女が初めに試したのは火を出す魔法。教えた者は指先に明かりを灯せる程度の小さな火を出すように教えるつもりだった。しかし彼女が灯した火はあまりに大きく人一人を飲み込めそうなほどのもの。幸い、近くにいたゴウゴウのおかげで事故にはならなかったものの、一歩間違えれば大火事になっていた可能性さえある。
なぜ彼女がそれほどに大きな炎を出したのかと言うと答えは単純だ。それほどに大きな魔力を彼女が有していたから。実際、彼女の持っている魔力の量は凄まじいもので、当時でさえ一般的な三等星の冒険者を超えるほどだったという。しかし幼い彼女にそれを制御することはできなかった。ゴウゴウはその一件以来危険を感じて、彼女に魔法を教える際は必ず同席していたという。もしも彼がいなければハクハクハクは冒険者になることを諦めるか、彼女の練習の跡は瓦礫だらけになっていただろう。
彼女が冒険者になることができる年齢になった際、ある程度は魔力を制御することができるようになっていた。実際、冒険者研修においても指先に炎を灯すのを見た竜神は彼女に問題は無いと判断した。そして試験を突破し冒険者となった彼女は初めての依頼で事故を起こす。
「簡単な依頼のはずだった。でも事前の情報にはない魔物が現れたんだ、クビナシトラだ。私が相手をしている隙に撤退させるはずだったんだが、番いだったんだ。それで彼女たちの前にも現れて、彼女が……」
これはハクハクハクの冒険者としての初依頼を共にした三等星の冒険者の証言だ。その続きを聞いてみよう。
「……先に言っておきますが彼女は決して悪くありません。クビナシトラはご存じの通り危険度の高い魔物です。三等星でも無傷で勝つのは難しい。そんな魔物が目の前に現れたなら動揺するのは当然のことです。あの三人はまだ新人ですからね。……クジキ君がクビナシトラに向かって行ったんですが、逆に腕に噛み付かれてそのまま跳びかかられました。私は……、すみません、私は間に合いませんでした。それで、その時にあの子が、ハクハクハクが魔法を撃ったんです。……恐ろしいものでした。私でも巻き込まれていたら数か月は冒険者として活動できなかったと思います。周囲のものを巻き込み吹き飛ばし、そして破壊する。幸い彼女の後ろにいた鶯さんは無事でしたが、クジキ君は……、ええ、おそらく冒険者として活動することはできないかと……」
その後ハクハクハクは二度ほど依頼を受けたのだが彼女が攻撃の為に魔法を使うことはなかった。彼女の索敵能力は確かに役に立ってはいたが、自衛すらできない者が同行することに対して不満は大きかった。再起不能になるほどの事故を起こし、その後は自衛さえできない置物。体裁を気にしてか面と向かって何か言う者こそいなかった。しかし彼女と関わろうとする者は自然といなくなり、結果として彼女は名ばかりの冒険者となっていった。
そして今、彼女は再び同じ過ちを犯しかけた。目の前には竜神と瑞葉、そして自らの魔法に巻き込みかけたロロの姿がある。
「ハク、その……、話したくないなら別に構わないけど……。昔に何かあったの?」
ハクハクハクは動かない。しかし答える気が無いわけじゃない。目の前の二人に説明する義務がある、彼女は強くそう思っている。ぐっ、と拳を強く握り、過去の記憶を思い出している。彼女の、悪夢のような記憶を。
「わ、私は……」
心臓が痛む、喉が震える、空気が荒い息と共に逃げていく。声が出ない。その表情は恐怖に満ちていた。記憶の中、向けられた視線は冷たく、かけられた言葉は薄ぺらい噓の慈悲に満ちている。その原因は彼女自身にある。仕方のないことなのだ。彼女は自分自身にそう言い聞かせてきた。冒険者なんて諦めて農場にでも働きに出ればいい。たとえどんな目で見られようと食べ物さえあれば生きてはいけるのだと。彼女は泥濘に飲み込まれ今にも崩れ落ちそうな姿で、しかし握りしめた拳でなんとかその体を支えている。
「ハクハクハク、水、飲むか?」
彼女の前に水が差し出される。ふ、と緊張の糸が切れた気がした。ハクハクハクが顔を上げるとその先にはロロが辛そうに目を伏せている。なぜあなたが? 彼女はそう思いながらゆっくりと水を手に取る。
「……ゆっくり飲めよ」
冷たい水はハクハクハクの食道を通り胃に落ちていく。臓腑に沁みる冷たさが少しだけ彼女の正気を取り戻させ、震えが少し収まっていた。
「あのさ、瑞葉も言ってたけど、話したくないならやっぱり話すべきじゃないと思う」
ロロが真剣な表情で話し出す。言葉を選びながら、所々詰まりながら、それでも伝えるべきことを伝えようと必死に。
「俺たちも無理に聞き出したいわけじゃないんだ。ただ、悩みがあるなら聞きたいっていうか、相談してほしいっていうか……。解決できるなら、そうしたいって思って。あ、いや解決できるわけじゃないかもしれないけど、なんていうかさ……。俺たちって仲間だから、もっと、こう……。あーっと、まあ……。そうだな、いい風にしていけたらいいなって思うんだよ」
ロロの口から紡がれた言葉は決してかっこ良くも、綺麗でもない。それでもその懸命な姿は、彼なりに考え抜いた言葉は、聞く者の心を動かすだろう。瑞葉も竜神も何も言おうとはしない。ただハクハクハクを見た。その眼は、表情は、ロロと同じ気持ちだと訴えているように思えた。
「……うん、ありがとう」
ハクハクハクの目からは自然と涙が流れていた。それまでの憑き物が落ちた様に見える。それから彼女は袖で涙を拭い、その口で過去の出来事を話し出した。
ハクハクハクの話が終わる。瑞葉は言うべき言葉を探していたが中々見つからない。話を聞きだしておきながら何もできないことに不甲斐なささえ感じている。しかし客観的に見れば仕方のないことでもある。彼女はまだ若く、たかが十五の少女に過ぎないのだから。ここで何か言えるのは人生経験が豊富な大人か、若くして悟りを開くような傑物か。
「よし、じゃあ上手くできるよう練習しよう。俺も手伝うぜ、俺は頑丈だから多少は大丈夫だって」
「え」
或いは見境なく動いてしまう考えの足りない者だ。ロロは間違いなくその気がある。
「そういう問題じゃないでしょ、巻き込んで怪我させるのが嫌でこんな悩んでるんだから」
瑞葉が思わず小声で耳打ちする。
「でもどうにかしようと思ったら何かしないと駄目だろ」
ロロにしてはまともな意見に瑞葉はぐうの音も出ない。彼はハクハクハクの目を真っ直ぐに見て語りかける。
「なあハクハクハク、俺はもうハクハクハクのこと仲間だと思ってるからさ」
ロロが掌を上にして両手を出す。ハクハクハクがぽかんとして見ていると催促するように手を何度も振る。きっと手を出せと訴えているのだろう。それで彼女はおっかなびっくり手を出してロロの手に重ねる。ロロは差し出された手を見てにっ、と笑って強く握った。
「俺たちは仲間だから、俺は簡単にはこの手を離さないぜ」
力強く握られた手は引いても振ってもちょっとやそっとでは離れない。瑞葉はそれを見ながらまるで馬鹿みたいだと思った。そう思ったのだが、気恥ずかしそうに明後日の方を向いて、彼女もそこに手を添える。ハクハクハクはそれを見て何か込み上げるものがあり涙が溢れそうだった。ただ、涙を流したくはなかった。悲しくなんてなかったから。それよりも、きっと、笑う方がいいと思ったから。
「……その、あの、あのね」
目尻の涙を袖で拭って彼女は笑う。
「これからよろしくね」
ハクハクハクの笑顔に二人は一瞬心を奪われる。それはきっと彼女がようやく心を許して、心の底からの笑顔を見せたからだ。
「ああ、よろしくな!」
「こちらこそよろしくね」
こうして改めてロロ、瑞葉、ハクハクハクの三人は共に過ごす仲間となった。笑い合う三人の姿に竜神は安堵の溜息をつく。
「丸く収まったじゃないか。私って心配性なのかねえ」
その呟きは誰の耳にも入らず消えて行く。
その日の志吹の宿では若い三人の新人冒険者が楽しそうに話していたらしい。たまたま立ち寄った者はその様子に不思議と元気が湧いてくるようだと思った。根拠もなく、きっと未来は明るいと信じていける。それはきっと悪くない気分だ。