1.かっこいい冒険者になる
山河カンショウの国北部、ショウリュウの都。
澄んだ水が流れる川を中心に立ち並ぶ民家や商店街。少し郊外に行けば川から引いた水で多くの作物が取れる畑が広がっている。多くの商売人にとってここで最も価値があるものは特産の甘い果実や保存のきく穀物だ。彼らは外から鉱石や肉を持ってきて代わりに多くの果実や穀物を持っていく。ここは山河カンショウの国の中で最も商人に愛される都だ。
ショウリュウの都へ観光に訪れるのも良いだろう。ここを訪れたなら見るべきものは二つある。一つはこの都の象徴とも言える昇竜の滝を見に行くことだ。都の名にもなったこの滝はこの都で最も高い建物の更に何倍も高くから水が流れ落ちる。滝壺付近では天から降ってくる大量の水の壮大さに圧倒され、散る飛沫が日の光に照らされる幻想的な様に心を奪われる。あなたが気を付けることは間違っても落下防止用の手すりを超えないことと周囲のぼったくり屋台で金を使わないことだ。
そしてもう一つ。今や三大国のいずれにも存在する冒険者制度。冒険者は依頼を受けて魔物を退治したり、遺跡の調査に同行したり、犬猫探しや水路のどぶさらいまで行う。彼らの仕事の在り方を作った小さな宿、志吹の宿を見に行くことだ。そして看板を見つけたあなたはきっとこう思うだろう。
「普通の小さな宿だ……」
その声に宿の前を掃除していた四十過ぎの店主が苦々しく笑う。
「うちは観光地じゃないんだけどなあ……」
店主のぼやきを聞いてばつが悪くなったのか旅人はその場を去る。旅人にとってこの宿はつまらない小さな宿だ。しかしその一方でこの都に住む人々にとっては欠かせないものとなっている。更に一部の者にとっては憧れの場でもあった。
「崎藤さん」
二人の若者が宿の店主、崎藤に声をかける。
「ロロに瑞葉ちゃんじゃないか。どうしたんだい? またジムニーさんとこの畑で魔物が出たとか? 依頼なら中でミザロちゃんに言ってくれたらいいよ」
「違うよ。でもジムニーさんの畑は豊作で困ってるから野菜を取りに来てって言ってた。今年はとうもろこしがおすすめだって」
「それはいいね。今度焼きとうもろこしパーティでも開こうか」
「そんなことよりさ、聞いてくれよ。俺たち二人とも十五歳になったんだ」
崎藤はそれを聞いて二人の目的を察する。それと同時に大きな溜息をついた。
「そんなに冒険者なんてなりたい? それにナバスさんや樹々さんは反対してると思ってたけど」
「説き伏せた」
「あの頑固な二人を?」
ロロが握り拳を作って得意げに笑う。瑞葉も同調するように頷いた。崎藤は頭を抱えて唸る。
「まあ、それなら止める理由がなくなるね。でも冒険者なんてふわっとした表現で誤魔化してるけどただの便利屋だよ? うちに所属してる人もほとんどは空いた時間に犬猫探しに行ったり薬草採りを手伝ったりしてるだけだし」
「俺はそうはならないね」
「私もそうはならないよ」
崎藤の止める言葉など彼らの耳には入らない。冒険者の始まりの宿とも呼ばれるここ、志吹の宿の前でロロと瑞葉は共に拳を突き出した。
彼らは胸に大きな志を抱いて冒険者になろうとしている。
「俺は」「私は」
「かっこいい冒険者になるんだ!!」
それが他人からどれだけ馬鹿らしく聞こえても彼らは本気だ。その熱量はきっとこれから世界を大きく動かしていく。