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そのトラ猫をふみ超えて  作者: ひなたひより
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第5話 腹がいてえ

 夏休みに入り、当然の事ながら篠原さんと会う機会は無くなった。

 トラオは毎日顔を出すようになり、嫌々相手をしていた妹も、なんだか可愛くなってきたのか、トラオが来るのを楽しみにしているみたいだった。

 実は俺もトラオの事を気に入っている。

 しょっちゅう相手をしているうちに、何となく心が通じ合っている様な気がしだしてきていた。

 そしてある日、トラオは腹を下した。

 庭の片隅にビチビチのやつをしていた。

 まあ、野良猫なので変なものを普段から食ったりしているだろうから、こういう事もあるだろうと思っていたのだが……。

 流石に三日経っても尻の毛を汚しているのを見て、これはいかんと考えた。

 母親にトラオを病院に連れて行きたいと願い出ると、意外とあっさり了解してくれた。

 俺は気付いていなかったが、母もトラオの事を結構気に入っていた様だった。

 ペット用の籠も何もないので、尻にタオルを巻いてそのまま抱えて獣医に診せに行った。

 医者はトラオの尻の穴を丁寧に診てくれた。どうも寄生虫がいるみたいで薬を飲んでれば治ると言われてほっとした。

 トラオを抱いて待合で会計を待っていると奇跡が起こった。

 ドアを開けて入ってきた女の子。

 見間違おう筈もない、篠原さんだった。


「あれ?近藤君?」


 マジか。ホントか。現実か?


「篠原さん……」


 篠原さんは母親と一緒に来ていた。片手に籠を持っている。

 俺は篠原さんのお母さんに一礼した。

 そして篠原さんがざっと紹介してくれた。


「同じクラスの近藤君」

「あ、近藤です。初めまして」

「こんにちは。あら猫ちゃん病気なの?」

「あ、はい。お腹を壊してそれで……」


 どうやら篠原さんはチンチラを連れてきた様だ。

 待っている間だけだったが、最近ちょっとチンチラの食欲がないのだと話してくれた。


「立派な猫だね」


 膝の上でドンと体をはみ出させているトラオに、素直な印象を述べてくれた。


「よく食べるからね、こいつ」


 すぐに名前を呼ばれて会計を済まし、そこで篠原さんとは別れた。

 帰り道トラオを抱えて帰りながら、こいつが神の使いであることを俺は確信していた。

 ここで逆転満塁ホームランが来るとは夢にも思わなかった。


「帰ったら好きなだけチクワを食ってくれ。あ、そういや腹下してたな」


 猛烈な幸福感の中、トラオのずしりとした体重を腕に感じ、これが幸せの重みというやつかと噛みしめたのだった。


 それから俺は体調のすぐれないトラオの面倒をきっちりみた。

 こいつには言い尽くせない程の大きな借りがある。

 きっと大切に扱っていれば、さらにご利益がある。

 そしてこいつを粗末に扱ったらバチが当たりそうだ。


「おまえの事をちょっとでも疑ってしまって悪かった。これからは千パー信じるから許してくれ」


 俺はトラオを自分の部屋で寝かせ、甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 そのうちにトラオの調子は良くなり、また気ままにあっちこっちに出かけるようになった。

 以前と同じ感じに戻ったトラオだが、一つだけ大きな変化があった。

 世話をしてくれた俺に恩義を感じているのか、それともただ単に居心地が良かったのか、トラオは不定期だが頻繁に俺の部屋に寝に来るようになった。

 だいたい二階の窓から直接入ってくる。

 網戸にしているときはガラリと勝手に開けて入ってくる。

 窓を閉めている時はニャーと鳴いてさっさと開けろとせがむ。

 寝ている時に勝手に開けて入って来た場合、少し困った事になる。

 トラオは網戸をやすやすと開けれる腕力とテクニックを持っていた。

 しかし開けはするが絶対に閉めない。

 つまりトラオが侵入してくると、網戸はいくらか開いたままになっている訳だ。

 蚊が飛ぶんだよ。

 ブンブン五月蠅く耳の傍で騒がれて、たいがい目が覚める。

 そして気付いたときにはあっちこっち痒い。

 まったく困った奴だ。

 トラオはだいたい俺の布団で寝ている。

 何度か俺の胸の上で寝ていたことがあったが、その場合はたいがい息苦しさで目が覚めた。

 そして布団の上に大量の毛を落としていく。

 あと、あいつの寝た後、布団が薄茶色になっている。

 しょっちゅう体をベロベロと舐めて毛づくろいしているみたいだが、風呂に入った事はきっと無いだろう。

 トラジマ模様であんまし汚れているようには見えないが、多分想像を超えた汚いところにも足を踏み入れているに違いない。

 そう考えると相当ばっちい奴だった。



 いつの間にか夏休みも半分終わった。


「にゃー」

「ああ、今入れてやるよ」


 蒸し暑い夏の夜。

 軽く冷房の効いた部屋にトラオを入れてやると、すぐに布団の上に上がってきた。


 ゴロゴロゴロ。


 何だ喉を鳴らしてるのか。

 あんましベッドを占領しないでくれよ。

 こうしてまたトラオとベッドをシェアする。

 いつしか隣にトラオがいないと物足りない。そんな風に感じるようになっていた。

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